カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(前の俺たちが生きた頃でさえ、とうに昔話で…)
伝説というヤツだったんだが…、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに熱い淹れたコーヒー、それをお供に。
(人間が宇宙に出てゆくようになった時代も、まだある程度は…)
残っていたかもしれないな、と頭に描くのは、かつて人間の側にいたモノたち。
妖精や魔物や、怪物といった類の存在、彼らは確かに息づいていた。
人間が地球しか知らなかった頃には、とても身近に。
夜の闇やら、人の近付かない森の奥やら、様々な場所に潜みながら。
彼らが姿を消してしまってから、もうどのくらいになるのだろうか。
SD体制が始まる前には、消えてしまっていただろう。
地球が滅びてゆこうというのに、彼らが「いられる」わけもない。
彼らのことを語る者さえ、滅びゆく地球には、いなかったろう。
(…その後に、SD体制が来て…)
死の星になった地球を蘇らせようと、様々な試みがなされてはいた。
けれど実を結ぶことなどは無くて、前の自分が辿り着いた時にも、死の星のまま。
SD体制が崩壊した後、長い時をかけて青く蘇って、今の地球がある。
その地球に「彼ら」は戻って来たのか、戻ることなく伝説の中か。
(…どっちなんだろうなあ…?)
噂さえも聞きやしないしな、とハーレイは首を捻った。
「幽霊が出た」という話ならば、前の自分が生きた頃から絶えてはいない。
人間が全てミュウになっても、やはり幽霊は「出る」らしい。
(しかし妖精やら、魔物の類が出たって話は…)
全く聞いたことが無いから、彼らは滅びてしまったろうか。
元々、神話や伝説の中の存在なのだし、今の時代まで生き残るには…。
(弱すぎたのかもしれないなあ…)
存在自体が希薄すぎて、という気がする。
幽霊は「ヒトの魂」だから、人間がいれば「生き残れる」。
死んでいるモノに「生き残る」も何も無いのだけれども、理屈から言えばそうだろう。
ヒトがいるなら魂はあるし、無くなることは無いのだから。
ところが、妖精や魔物は違う。
住める所を失ったならば、儚く消えてゆくしかない。
地球が滅びに向かった時から、彼らの姿は薄れ始めて、存在を保てなくなった。
そうして消えて「戻れないまま」、今は伝説の中にだけ「いる」。
彼らが戻れる場所が生まれて、其処へ戻ろうにも彼ら自身の欠片さえ全く残っていなくて。
(…そんなトコだな、今ならヤツらが住むトコだって…)
地球の上にはあるんだが、と思いはしても、彼らは「いない」。
どんなに綺麗な湖があろうと、水の精霊が住んでいるとは聞かないから。
(…なんとも残念な話だよなあ…)
せっかくの青い地球なのに、と心の底から残念に思う。
今の地球なら、妖精も魔物も、生き生きとしていられるだろうに。
彼らを迎える人間の方も、退治しようとするよりも先に、まずは接触する所から。
友好的に暮らせるのならば、それが一番いいと考えるのが今の時代の人間たち。
(流石に、人間を食って生きている怪物なんかは…)
ちと困るがな、と苦笑していて、とある言葉が浮かんで来た。
人間を食べて生きるとまではいかないけれども、人間を糧にしていたモノ。
(……吸血鬼……)
人の生き血を吸うという魔物、彼らがいたなら、どうなるだろう。
良い関係を築いてゆけるか、あるいは退治するしか無いか。
(…ちっとくらいなら、血を吸われても…)
死にはしないと伝わるのだから、献血をするような感覚で…。
(血の余ってるヤツが、順番にだな…)
自分の血を分けてやりさえすれば、彼らは無害かもしれない。
無差別に人を襲いはしないで、昼間は暗い場所に潜んで眠って…。
(夜になったら「お世話になります」と、血を分けてくれるヤツらの所に…)
姿を現し、血を吸った後は、彼らと歓談してから帰る。
「次回もよろしくお願いします」と、お礼の品も置いていったりして。
(…ふうむ…)
上手い具合にいきそうじゃないか、と思いはしても、彼らは「いない」。
吸血鬼が最後に現れたのは、いつだったのか。
地球が滅びに向かった頃には、とうに姿が消えていたのか、それさえも謎。
(…そういう研究をしているヤツなら、分かるんだろうが…)
生憎と俺は素人で…、と素人なりに考えてみる。
住む場所を失くして消えた吸血鬼は、どうなったのか。
彼らが消えてしまった後には、何も残らなかったのだろうか、と。
(…吸血鬼ってヤツを退治するには、心臓に杭を打ち込むだとか…)
銀の弾で撃つとか、倒す方法が幾つか伝わっていたという。
見事、吸血鬼を仕留めたとしても、退治は其処で終わりではない。
彼らが二度と蘇らぬよう、死体を燃やして、完全に灰にしてしまって…。
(川に流すんだったよな?)
そうすれば彼らは、宿にしていた「死体」が無いから、もう戻れない。
彼らが「血を吸う」ことは無くなり、新しい吸血鬼が増えたりもしない。
(…しかしだな…)
そうやって倒し続けていたのに、吸血鬼は何度も現れていた。
昔話や伝説の中で、彼らは長く語られ続けて…。
(それこそ何千年って時間を、滅びることなく生き抜いたんだぞ?)
灰になっても、実は復活出来たんじゃあ…、と素人ならではの説を出してみた。
燃やされ、ただの灰にされても、その灰が長い時間をかけて蘇って来る。
死の星だった地球が蘇ったように、吸血鬼の灰も時間が経てば…。
(でもって、宿れる死体さえあれば…)
それに宿って、また「吸血鬼になる」のかもしれない。
新しく「吸血鬼になった」死体は、血を吸われたことは無かったとしても。
生きていた間に「血を吸った」経験なども全く無くて、普通に生きて死んだ者でも。
(…大いにありそうな話だぞ?)
でないと説明がつかんじゃないか、と吸血鬼の伝説の多さに思いを馳せる。
「灰にしてしまえば、それで終わり」なら、あんなに沢山いるわけがない、と。
その説でゆくなら、吸血鬼は地球が滅びた後にも、残れた可能性がある。
地球が滅びて死の星になって、宿れる死体が「何処にも無い」から、いなかっただけで。
(…吸血鬼にも、生存本能ってヤツがあるのなら…)
死の星の地球で「宿れる死体」を待ち続ける間に、見切りをつけてしまったろうか。
「もう、この星ではどうにもならない」と、人間が地球を離れたのと同じ考え方に至って。
(そうなりゃ、ただの灰なんだから…)
地球という星へのこだわりを捨てれば、宇宙に流れ出せただろう。
宿るべき「新しい死体」を探しに、吸血鬼の灰は地球の空へと舞い上がって…。
(流れ流れて、ソル太陽系からも出て行って…)
何処かで「死体」を見付けるんだ、と思った所で、ハタと気付いた。
ソル太陽系さえも離れて、死体探しの旅をしてゆくのなら…。
(…とてもいいモノがあったんじゃないか?)
ジルベスター星系まで流れて行けばな、と頭の中に浮かんで来たのはメギドの残骸。
前のブルーが命を捨てて壊した、惑星破壊兵器。
つまり其処には、前のブルーの…。
(…死体ってヤツが…)
あった筈だ、と大きく頷く。
メギドと共に砕けて散ったと、誰もが思っているけれど。
今のブルーも、そうだと頭から思い込んで、疑いもしないけれども…。
(…なんたって、伝説のタイプ・ブルー・オリジンだったんだぞ?)
本当に爆死したのかどうか、それは誰にも分かりはしない。
命は確かに失せたけれども、身体は「残っていた」かもしれない。
キースに撃たれた傷はあっても、そこそこ「綺麗な」状態で。
人類軍が「戻って」メギドの残骸を調べるまでには、かなりの時間があったという。
それまでの間に、死体探しの旅の途中の、吸血鬼の灰が流れて来たら…。
(お誂え向きの死体だぞ、これは…)
なにしろ、前のブルーといったら、神々しいほどの美しさ。
それは気高く、目にした者は、惹かれ、魅了され、虜になる。
もしも吸血鬼に生まれ変わったなら、人を惑わすにはもってこいの姿と言えるだろう。
吸血鬼の灰が「ブルーを見逃す」わけがない。
もう早速に宿って、肉体の傷を治して、新しい宿主に仕立てなくては。
(…心臓に杭を打ち込まなければ、死なないってヤツが吸血鬼だし…)
前のブルーの傷を治すのは、とても簡単に違いない。
キースが砕いた右の瞳も、すぐに治って、元の輝きを取り戻す。
そうして「ブルー」の肉体は癒えて、真っ暗な宇宙で、目を覚まして…。
(…生きているのか、って自分の手とかを眺め回して…)
驚く間に、今の自分が「何になったのか」、前のブルーは、ようやく気付く。
「ぼくはもう、人間なんかじゃない」と。
ミュウでもなくて人類でもない、ヒトの血を吸って生きてゆく魔物。
(…吸血鬼になってしまったんだ、と気が付いたら、だ…)
前のブルーがすることは、きっと、一つだけしか無いだろう。
けしてヒトの血を吸ったりはせずに、ただただ、眠り続けること。
眠っていたなら、血を吸わなくても生き続けることが出来るから。
誰にも迷惑をかけることなく、自分だけが一人、孤独に耐えてゆけばいいから。
(そうやって眠って、長い長い時間を眠り続けて…)
ある時、不意に目覚めたブルーは、ミュウならではの思念で「地球」のことを知る。
ブルーが隠れ住む星の近くを、青い地球にゆく宇宙船が飛んでいたりして。
(地球に行くんだ、って大勢の子供が、はしゃぎながら乗っていたりすりゃあ…)
ブルーの眠りがいくら深くても、心まで届くことだろう。
地球と聞いたら、前のブルーなら、目覚めないではいられない。
その宇宙船には間に合わなくても、次に地球に行く船が近くを通り掛かったら…。
(どんなにあいつが我慢強くても…)
船を追い掛け、中に忍び込むことだろう。
地球まで運んで貰うだけなら、ヒトの血を吸う必要は無い。
どうしても「血が要る」ことになっても、ほんの少しだけ吸えば充分。
「要る分だけ」と自分に強く言い聞かせて、それを守って、青い地球まで辿り着く。
前のブルーが焦がれ続けた、水の星まで。
(青い地球を見たら、きっとあいつは…)
涙を流して、「やっと来られた」と喜ぶのだろう。
宇宙船が地球に着陸したなら、ブルーは再び、眠りに就く。
二度とヒトの血を吸わないように、吸血鬼になってしまった自分を封印して。
誰にも出会うことが無いよう、深い地の底にでも潜り込んで。
(…そうやって、ずっと眠り続けて…)
生まれ変わった俺に気付いて、起きてくれりゃな、とマグカップを指でカチンと弾く。
「そんな魔物なら大歓迎だ」と、「俺の血だったら、いくらでも分けてやれるから」と。
(…前のあいつが、今の俺に会いに来てくれて…)
自分の正体が魔物だったら、嫌いになるか、と尋ねられたら、答えは「否」。
魔物だろうが、吸血鬼だろうが、まるで全く構いはしない。
ブルーに会えて、一緒に生きてゆけるなら。
吸血鬼になってしまったブルーは、「ハーレイの血が無いと眠ってしまう」のだとしても。
(もしもあいつが、魔物だったら…)
俺だって、それに合わせてやるさ、と浮かべた笑み。
「俺の血さえありゃ、元気に生きてゆけるというんだったら、献血だ」と。
ブルーが充分、血を吸えるように、食事の量を増やしたりして。
身体も今より更に鍛えて、ブルーに「いくらでも」血をやれるように…。
魔物だったら・了
※前のブルーが吸血鬼だったら、と考えてみたハーレイ先生。吸血鬼に相応しい美しい姿。
吸血鬼になってしまったブルーが来たら、迷わず、一緒に暮らすのです。血を分け与えてv
伝説というヤツだったんだが…、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに熱い淹れたコーヒー、それをお供に。
(人間が宇宙に出てゆくようになった時代も、まだある程度は…)
残っていたかもしれないな、と頭に描くのは、かつて人間の側にいたモノたち。
妖精や魔物や、怪物といった類の存在、彼らは確かに息づいていた。
人間が地球しか知らなかった頃には、とても身近に。
夜の闇やら、人の近付かない森の奥やら、様々な場所に潜みながら。
彼らが姿を消してしまってから、もうどのくらいになるのだろうか。
SD体制が始まる前には、消えてしまっていただろう。
地球が滅びてゆこうというのに、彼らが「いられる」わけもない。
彼らのことを語る者さえ、滅びゆく地球には、いなかったろう。
(…その後に、SD体制が来て…)
死の星になった地球を蘇らせようと、様々な試みがなされてはいた。
けれど実を結ぶことなどは無くて、前の自分が辿り着いた時にも、死の星のまま。
SD体制が崩壊した後、長い時をかけて青く蘇って、今の地球がある。
その地球に「彼ら」は戻って来たのか、戻ることなく伝説の中か。
(…どっちなんだろうなあ…?)
噂さえも聞きやしないしな、とハーレイは首を捻った。
「幽霊が出た」という話ならば、前の自分が生きた頃から絶えてはいない。
人間が全てミュウになっても、やはり幽霊は「出る」らしい。
(しかし妖精やら、魔物の類が出たって話は…)
全く聞いたことが無いから、彼らは滅びてしまったろうか。
元々、神話や伝説の中の存在なのだし、今の時代まで生き残るには…。
(弱すぎたのかもしれないなあ…)
存在自体が希薄すぎて、という気がする。
幽霊は「ヒトの魂」だから、人間がいれば「生き残れる」。
死んでいるモノに「生き残る」も何も無いのだけれども、理屈から言えばそうだろう。
ヒトがいるなら魂はあるし、無くなることは無いのだから。
ところが、妖精や魔物は違う。
住める所を失ったならば、儚く消えてゆくしかない。
地球が滅びに向かった時から、彼らの姿は薄れ始めて、存在を保てなくなった。
そうして消えて「戻れないまま」、今は伝説の中にだけ「いる」。
彼らが戻れる場所が生まれて、其処へ戻ろうにも彼ら自身の欠片さえ全く残っていなくて。
(…そんなトコだな、今ならヤツらが住むトコだって…)
地球の上にはあるんだが、と思いはしても、彼らは「いない」。
どんなに綺麗な湖があろうと、水の精霊が住んでいるとは聞かないから。
(…なんとも残念な話だよなあ…)
せっかくの青い地球なのに、と心の底から残念に思う。
今の地球なら、妖精も魔物も、生き生きとしていられるだろうに。
彼らを迎える人間の方も、退治しようとするよりも先に、まずは接触する所から。
友好的に暮らせるのならば、それが一番いいと考えるのが今の時代の人間たち。
(流石に、人間を食って生きている怪物なんかは…)
ちと困るがな、と苦笑していて、とある言葉が浮かんで来た。
人間を食べて生きるとまではいかないけれども、人間を糧にしていたモノ。
(……吸血鬼……)
人の生き血を吸うという魔物、彼らがいたなら、どうなるだろう。
良い関係を築いてゆけるか、あるいは退治するしか無いか。
(…ちっとくらいなら、血を吸われても…)
死にはしないと伝わるのだから、献血をするような感覚で…。
(血の余ってるヤツが、順番にだな…)
自分の血を分けてやりさえすれば、彼らは無害かもしれない。
無差別に人を襲いはしないで、昼間は暗い場所に潜んで眠って…。
(夜になったら「お世話になります」と、血を分けてくれるヤツらの所に…)
姿を現し、血を吸った後は、彼らと歓談してから帰る。
「次回もよろしくお願いします」と、お礼の品も置いていったりして。
(…ふうむ…)
上手い具合にいきそうじゃないか、と思いはしても、彼らは「いない」。
吸血鬼が最後に現れたのは、いつだったのか。
地球が滅びに向かった頃には、とうに姿が消えていたのか、それさえも謎。
(…そういう研究をしているヤツなら、分かるんだろうが…)
生憎と俺は素人で…、と素人なりに考えてみる。
住む場所を失くして消えた吸血鬼は、どうなったのか。
彼らが消えてしまった後には、何も残らなかったのだろうか、と。
(…吸血鬼ってヤツを退治するには、心臓に杭を打ち込むだとか…)
銀の弾で撃つとか、倒す方法が幾つか伝わっていたという。
見事、吸血鬼を仕留めたとしても、退治は其処で終わりではない。
彼らが二度と蘇らぬよう、死体を燃やして、完全に灰にしてしまって…。
(川に流すんだったよな?)
そうすれば彼らは、宿にしていた「死体」が無いから、もう戻れない。
彼らが「血を吸う」ことは無くなり、新しい吸血鬼が増えたりもしない。
(…しかしだな…)
そうやって倒し続けていたのに、吸血鬼は何度も現れていた。
昔話や伝説の中で、彼らは長く語られ続けて…。
(それこそ何千年って時間を、滅びることなく生き抜いたんだぞ?)
灰になっても、実は復活出来たんじゃあ…、と素人ならではの説を出してみた。
燃やされ、ただの灰にされても、その灰が長い時間をかけて蘇って来る。
死の星だった地球が蘇ったように、吸血鬼の灰も時間が経てば…。
(でもって、宿れる死体さえあれば…)
それに宿って、また「吸血鬼になる」のかもしれない。
新しく「吸血鬼になった」死体は、血を吸われたことは無かったとしても。
生きていた間に「血を吸った」経験なども全く無くて、普通に生きて死んだ者でも。
(…大いにありそうな話だぞ?)
でないと説明がつかんじゃないか、と吸血鬼の伝説の多さに思いを馳せる。
「灰にしてしまえば、それで終わり」なら、あんなに沢山いるわけがない、と。
その説でゆくなら、吸血鬼は地球が滅びた後にも、残れた可能性がある。
地球が滅びて死の星になって、宿れる死体が「何処にも無い」から、いなかっただけで。
(…吸血鬼にも、生存本能ってヤツがあるのなら…)
死の星の地球で「宿れる死体」を待ち続ける間に、見切りをつけてしまったろうか。
「もう、この星ではどうにもならない」と、人間が地球を離れたのと同じ考え方に至って。
(そうなりゃ、ただの灰なんだから…)
地球という星へのこだわりを捨てれば、宇宙に流れ出せただろう。
宿るべき「新しい死体」を探しに、吸血鬼の灰は地球の空へと舞い上がって…。
(流れ流れて、ソル太陽系からも出て行って…)
何処かで「死体」を見付けるんだ、と思った所で、ハタと気付いた。
ソル太陽系さえも離れて、死体探しの旅をしてゆくのなら…。
(…とてもいいモノがあったんじゃないか?)
ジルベスター星系まで流れて行けばな、と頭の中に浮かんで来たのはメギドの残骸。
前のブルーが命を捨てて壊した、惑星破壊兵器。
つまり其処には、前のブルーの…。
(…死体ってヤツが…)
あった筈だ、と大きく頷く。
メギドと共に砕けて散ったと、誰もが思っているけれど。
今のブルーも、そうだと頭から思い込んで、疑いもしないけれども…。
(…なんたって、伝説のタイプ・ブルー・オリジンだったんだぞ?)
本当に爆死したのかどうか、それは誰にも分かりはしない。
命は確かに失せたけれども、身体は「残っていた」かもしれない。
キースに撃たれた傷はあっても、そこそこ「綺麗な」状態で。
人類軍が「戻って」メギドの残骸を調べるまでには、かなりの時間があったという。
それまでの間に、死体探しの旅の途中の、吸血鬼の灰が流れて来たら…。
(お誂え向きの死体だぞ、これは…)
なにしろ、前のブルーといったら、神々しいほどの美しさ。
それは気高く、目にした者は、惹かれ、魅了され、虜になる。
もしも吸血鬼に生まれ変わったなら、人を惑わすにはもってこいの姿と言えるだろう。
吸血鬼の灰が「ブルーを見逃す」わけがない。
もう早速に宿って、肉体の傷を治して、新しい宿主に仕立てなくては。
(…心臓に杭を打ち込まなければ、死なないってヤツが吸血鬼だし…)
前のブルーの傷を治すのは、とても簡単に違いない。
キースが砕いた右の瞳も、すぐに治って、元の輝きを取り戻す。
そうして「ブルー」の肉体は癒えて、真っ暗な宇宙で、目を覚まして…。
(…生きているのか、って自分の手とかを眺め回して…)
驚く間に、今の自分が「何になったのか」、前のブルーは、ようやく気付く。
「ぼくはもう、人間なんかじゃない」と。
ミュウでもなくて人類でもない、ヒトの血を吸って生きてゆく魔物。
(…吸血鬼になってしまったんだ、と気が付いたら、だ…)
前のブルーがすることは、きっと、一つだけしか無いだろう。
けしてヒトの血を吸ったりはせずに、ただただ、眠り続けること。
眠っていたなら、血を吸わなくても生き続けることが出来るから。
誰にも迷惑をかけることなく、自分だけが一人、孤独に耐えてゆけばいいから。
(そうやって眠って、長い長い時間を眠り続けて…)
ある時、不意に目覚めたブルーは、ミュウならではの思念で「地球」のことを知る。
ブルーが隠れ住む星の近くを、青い地球にゆく宇宙船が飛んでいたりして。
(地球に行くんだ、って大勢の子供が、はしゃぎながら乗っていたりすりゃあ…)
ブルーの眠りがいくら深くても、心まで届くことだろう。
地球と聞いたら、前のブルーなら、目覚めないではいられない。
その宇宙船には間に合わなくても、次に地球に行く船が近くを通り掛かったら…。
(どんなにあいつが我慢強くても…)
船を追い掛け、中に忍び込むことだろう。
地球まで運んで貰うだけなら、ヒトの血を吸う必要は無い。
どうしても「血が要る」ことになっても、ほんの少しだけ吸えば充分。
「要る分だけ」と自分に強く言い聞かせて、それを守って、青い地球まで辿り着く。
前のブルーが焦がれ続けた、水の星まで。
(青い地球を見たら、きっとあいつは…)
涙を流して、「やっと来られた」と喜ぶのだろう。
宇宙船が地球に着陸したなら、ブルーは再び、眠りに就く。
二度とヒトの血を吸わないように、吸血鬼になってしまった自分を封印して。
誰にも出会うことが無いよう、深い地の底にでも潜り込んで。
(…そうやって、ずっと眠り続けて…)
生まれ変わった俺に気付いて、起きてくれりゃな、とマグカップを指でカチンと弾く。
「そんな魔物なら大歓迎だ」と、「俺の血だったら、いくらでも分けてやれるから」と。
(…前のあいつが、今の俺に会いに来てくれて…)
自分の正体が魔物だったら、嫌いになるか、と尋ねられたら、答えは「否」。
魔物だろうが、吸血鬼だろうが、まるで全く構いはしない。
ブルーに会えて、一緒に生きてゆけるなら。
吸血鬼になってしまったブルーは、「ハーレイの血が無いと眠ってしまう」のだとしても。
(もしもあいつが、魔物だったら…)
俺だって、それに合わせてやるさ、と浮かべた笑み。
「俺の血さえありゃ、元気に生きてゆけるというんだったら、献血だ」と。
ブルーが充分、血を吸えるように、食事の量を増やしたりして。
身体も今より更に鍛えて、ブルーに「いくらでも」血をやれるように…。
魔物だったら・了
※前のブルーが吸血鬼だったら、と考えてみたハーレイ先生。吸血鬼に相応しい美しい姿。
吸血鬼になってしまったブルーが来たら、迷わず、一緒に暮らすのです。血を分け与えてv
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(ずうっと昔は、身分っていうものが…)
あったんだよね、と小さなブルーの頭の中を、不意に過っていったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…今のぼくが住んでる地域だと…)
士農工商ってヤツだったっけ、と歴史の授業を思い出す。
遠い昔に「日本」と呼ばれた小さな島国、それが在った辺りに今の自分は住んでいる。
日本は消えてしまったけれども、その名はSD体制が崩壊した後、復活して来た。
機械の支配がとうに無くなり、青い地球まで蘇ったからには、文化も復興させねば、と。
(だから今でも、此処は日本って地域だけれど…)
其処では昔、住民は皆、四つの身分に分けられて暮らしていたという。
支配階級の武士たちが士族で、その下に農民、といった具合に。
(でも、今は身分って制度は無くて…)
前の自分が生きた時代にも、何処にも残っていなかった。
そもそも身分制度自体が、時の彼方に消え去った後で。
(…もしも残っていたとしたって…)
SD体制を敷くとなったら、身分制度は滅びただろう。
武士は何処まで行っても武士で、農民は努力を積んでみたって農民のまま。
自分が生を享けた階級、それは一生、変わらないから。
(先祖代々、受け継がれるのが階級だから…)
血の繋がった親子がいない時代に、身分制度は馴染まない。
旧世代の人間と共に宇宙に散らばり、滅びるしかなかった身分というもの。
(だけど、残っていなかったから…)
すんなりSD体制の時代に入って、前の自分は身分制度を体験してなどはいない。
今の時代もあるわけがなくて、どんなものかは、歴史の授業で学んだだけ。
(…身分が違うと、人間扱いされなかったりしたんだよね?)
なんだかミュウと人類みたい、と少し可笑しくなった。
「身分制度は無かったけれども、前のぼくは少し経験していたみたい」と。
もっとも、経験していた頃には、楽しむどころではなかったけれど。
相容れなかった、人類とミュウという二つの種族。
人類が支配階級だったら、ミュウは「人間扱いされない」階級。
「日本」で言うなら武士と農民、そういった違いになるのだろうか。
(…武士が農民を斬り捨てちゃっても、罪にはならなかったらしいし…)
ちょっと似てるよ、と思ったはずみに、違う考えが頭を掠めた。
「ぼくとハーレイなら、どうなったかな?」と。
前の生では、同じミュウという種族に生まれて、苦楽を共にした恋人。
新しい命を貰った今の時代は、人間は全てミュウになったから、差別を受ける者などいない。
(ぼくとハーレイが、違う身分になるんなら…)
うんと昔のことになるよね、と浮かんだ「もしも」は、なかなかに楽しそうではある。
ハーレイと「違う身分」に生まれた場合は、何が待ち受けているのだろうか。
(えーっと…?)
ハーレイにチョンマゲは似合わないよね、という気がするから、日本とは違う国がいい。
いわゆる「洋服」を着ている所で、身分にうるさい国といったら…。
(…イギリスかな?)
シャングリラでもイギリス貴族を気取ったよね、と収穫祭を思い出した。
一番最初の収穫を祝って、皆で食べたのがサンドイッチ。
(キュウリだけで作ったサンドイッチは、アフタヌーンティーに欠かせなくって…)
最高の食べ物だったというから、収穫祭のパーティー用に選ばれた。
何の贅沢も出来ない船でも、「気分だけはイギリス貴族といこう」と。
誰もが幸せ一杯になった、キュウリを挟んだサンドイッチが出て来たパーティー。
(あの時、とっても楽しかったし…)
身分違いを考えるのならイギリスにしよう、と舞台を決めた。
次に決めるものは、互いの身分。
ハーレイと自分、どちらかが貴族で、もう一方は農民にするのが良さそうだ。
貴族は広大な領地を所有していて、それを農民たちに耕させて…。
(その収穫が、収入源だったらしいから…)
農民も「持ち物」の一つだったと言えるだろう。
ハーレイと自分、どちらかは貴族、もう一方は貴族の所有物の農民。
それで考えるのが面白そうだし、そういう身分に生まれた二人にするのがいい。
二人の身分が違っていたなら、二人を取り巻く世界もまるで違うだろうから。
(次は、どっちを貴族にするかで…)
順当にゆけば、ぼくの方かな、と首を捻った。
今の生では、ハーレイは「ブルー」に敬語を使いはしない。
逆に「ブルー」が使う立場で、そうなるのは身分のせいではなくて、学校のせい。
けれども、遥かな時の彼方では、「ハーレイ」が「ブルー」に話す時には…。
(必ず敬語で、そうなったのは…)
エラが口うるさく徹底させていた、「ソルジャーに対する作法」が原因。
船で一番偉いのだから、敬語を使って話すべきだ、という決まり。
(…あれも一種の身分制度ってヤツだったかも…)
前のぼくだけが貴族ってヤツ、と思うものだから、そのまま転用するのなら…。
(ぼくが貴族になるんだけれど…)
今の生では敬語を使う立場が逆だし、逆で考えるのが良さそうな感じ。
第一、「ブルーの方が偉い」ままでは、想像してみても、さほど面白くないだろう。
「意外な部分」が多くなるほど、「もしも」の世界に奥行きが出そう。
(よーし、貴族はハーレイの方で!)
どうなるかな、とワクワクと思考をスタートさせた。
舞台は遠い昔のイギリス、ハーレイは其処で生まれた貴族の一員。
(今のぼくたちと同じくらいの年の差で…)
ハーレイは貴族の当主といったところだろうか。
先祖代々の領地を受け継ぎ、何不自由なく暮らしている。
働かなくても済む身分だから、狩りに出掛けたり、旅をしたり、と。
(…ぼくは、ハーレイが持ってる領地で、農民の家に生まれた子供で…)
幼い頃から家の手伝い、乳搾りをしたり、畑で草を毟ったり。
川に出掛けて魚を釣るのも、遊びではなくて食事のため。
魚を沢山釣って戻れば、その日は食卓が豪華になる。
(そうやって毎日、家の仕事を手伝って…)
生きている内に、ある日、ハーレイとバッタリ出会う。
領地の見回りに来た馬車を見るのか、それとも川で釣りをしていたら…。
(ハーレイが、お忍びで…)
釣りにやって来て、「釣れるか?」と尋ねてくるのだろうか。
「釣れるんだったら、此処で釣ろう」と、「隣、いいかな?」と。
考えただけで心臓がドキリと跳ねた。
馬車の中のハーレイを目にするよりも、断然、そっちの方がいい。
釣りをしていて、偶然、声を掛けられるのが。
立派な釣竿を持ったハーレイが、隣に座って一緒に釣りを始めるのが。
(釣竿も立派で、服だって…)
目立たない格好をしてはいたって、きっと仕立ての良い品だろう。
農家で生まれた「ブルー」は知らない、見たこともないような布を使った服。
(この人、だあれ、って…)
不思議に思って訊いてみたって、ハーレイは「さてな?」と微笑むだけ。
「ただの釣り人でいいじゃないか」と、「今日は、お前さんと釣るんだからな」と。
並んで釣りをしている間に、時間が経ってゆくものだから…。
(…ぼくの方が先に、お腹が減るよね?)
農家の子ならば、朝から家の仕事も済ませて、釣りに来た筈。
食事は粗末な内容だろうし、昼が来るまでにお腹が減るのに違いない。
(…お腹が、グーッて鳴っちゃって…)
空腹なのだ、と訴えたならば、ハーレイは笑い始めるだろうか。
ハーレイの方は、朝からたっぷり食べて来た上、何の仕事もしていない。
強いて言うなら釣りをするために、何処かから歩いてやって来ただけ。
(お腹が減るのも、ずっと先だから…)
釣り仲間になった子供のお腹が鳴ったら、「腹が減ったんだな」と思うことだろう。
「子供は腹が減るのも早いし、当然だよな」と。
ついでに農家の子供だったら、働いている分、貴族の子供よりも早く空腹になる。
(最初はそれに気が付かないで、お腹が鳴ったことを笑って…)
「もう昼なのか?」と目を丸くしそうだけれども、じきに真相を見抜くだろう。
「この子は、朝から一仕事してから、釣りに来たんだ」と。
「腹も減るさ」と、「家に帰っても、飯は充分あるんだろうか?」と。
もちろん「ブルー」の家に帰れば、食事は用意されている。
農家の子供に似合いの料理で、うんと質素な食卓の中身。
ハーレイならば、其処まで見通すだろうから…。
(ぼくのお腹が鳴った時には…)
何も知らずに笑ってしまっても、その後には、きっと…。
お弁当を分けてくれると思う、と「貴族のハーレイ」に胸が高鳴った。
お忍びで釣りにやって来たなら、お弁当を持っていることだろう。
屋敷の厨房で作らせたもので、ハーレイの一食分より遥かに量が多いのを。
(だって、お弁当が足りなかったら…)
厨房の者の失態になるし、ハーレイは叱らなかったとしても、執事が叱る。
「なんてことを」と、「お詫びしなさい」と。
そうならないよう、ぎっしり詰まった、お弁当入りのバスケット。
ハーレイは笑顔でバスケットを開けて、「食べていいぞ」と言ってくれそう。
「どれでもいいから、好きなのを取っていいんだぞ」と。
(そう言われたら、とっても嬉しいんだけど…)
美味しそうな匂いもするのだけれど、初めて見る料理に途惑って…。
(手を伸ばせなくて、困っていたら…)
ハーレイが「ほら」と、選んで渡してくれるのだろう。
「美味いんだぞ」と、「お前は、これを見たことないのか?」と微笑みながら。
(貰って食べたら、頬っぺたが落っこちるくらいに美味しくって…)
他の料理も気になってしまって、バスケットを食い入るように見詰めるだろうか。
「あれは何なの?」と、「どんな味がする食べ物かな?」と。
(ハーレイの顔より、バスケットの中身のお弁当…)
色気より食い気っていうヤツだよね、と「自分」の姿に呆れるけれども、ありそうな話。
なにしろ「ただの農家の子供」で、貴族の食事は知らないのだから。
(ハーレイ、笑い出しそうだけれど…)
そんな「ブルー」が満腹するまで、お弁当の中身を惜しみなく分けてくれるのだろう。
「全部食べてもいいんだぞ?」と、自分はのんびり釣りをしながら。
「俺は帰ってから、家で食べればいいんだしな」と、「遠慮するなよ」と。
(いい人だよね、って…)
心の底から思ってしまって、いつの間にか、恋に落ちている。
自分でも、そうと知らないで。
多分、生涯、恋をしたとは思わないままで、「御領主様」に一目惚れ。
バスケットの中身が空になったら、二人で仲良く釣りを続けて。
釣りを終えたら、「またね」とハーレイに元気に手を振り、家に帰って。
それから何日か経った頃合いで、馬車の中に「ハーレイ」を見付けるのだろう。
畑仕事を手伝う間に、両親が「御領主様だ」と言った方向に。
お辞儀するように言われた馬車の、立派な座席に腰を下ろしているハーレイを。
(ビックリしちゃって、声も出なくて…)
両親に頭を押さえ付けられて、馬車のハーレイにお辞儀しながら、考え始めるのに違いない。
「御領主様じゃないハーレイに、また会えるかな?」と。
いつもの釣り場で釣りをしていたら、またハーレイが来るだろうか、と。
(…ホントにハーレイが来てくれたなら…)
隣で釣り糸を垂れてくれたら、とても幸せなことだろう。
お弁当の中身を分けて貰えたら、前よりも、ずっと嬉しくて…。
(ハーレイの方でも、ぼく用に、お弁当を用意してくれていたら…)
釣り場で会うだけの仲に過ぎなくても、最高に幸せだろうと思う。
恋だと気付いていないままでも、ただの「釣り仲間」で生涯を終えることになっても。
(身分違いだったら、下手にハーレイの屋敷の使用人に迎えられちゃうよりも…)
釣り仲間で過ごす方がいいよね、と頬を緩めて、うっとりとする。
「その方がきっと、うんと幸せ」と。
「ハーレイと、ずっと釣りをするんだ」と、「釣り仲間で終わる恋もいいよね」と…。
身分違いだったら・了
※ハーレイ先生と身分違いの恋だったら、と想像してみたブルー君。貴族と農民な二人で。
なんとハーレイ先生が貴族で、おまけに釣りで始まる恋。一生、ただの釣り仲間でも幸せv
あったんだよね、と小さなブルーの頭の中を、不意に過っていったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…今のぼくが住んでる地域だと…)
士農工商ってヤツだったっけ、と歴史の授業を思い出す。
遠い昔に「日本」と呼ばれた小さな島国、それが在った辺りに今の自分は住んでいる。
日本は消えてしまったけれども、その名はSD体制が崩壊した後、復活して来た。
機械の支配がとうに無くなり、青い地球まで蘇ったからには、文化も復興させねば、と。
(だから今でも、此処は日本って地域だけれど…)
其処では昔、住民は皆、四つの身分に分けられて暮らしていたという。
支配階級の武士たちが士族で、その下に農民、といった具合に。
(でも、今は身分って制度は無くて…)
前の自分が生きた時代にも、何処にも残っていなかった。
そもそも身分制度自体が、時の彼方に消え去った後で。
(…もしも残っていたとしたって…)
SD体制を敷くとなったら、身分制度は滅びただろう。
武士は何処まで行っても武士で、農民は努力を積んでみたって農民のまま。
自分が生を享けた階級、それは一生、変わらないから。
(先祖代々、受け継がれるのが階級だから…)
血の繋がった親子がいない時代に、身分制度は馴染まない。
旧世代の人間と共に宇宙に散らばり、滅びるしかなかった身分というもの。
(だけど、残っていなかったから…)
すんなりSD体制の時代に入って、前の自分は身分制度を体験してなどはいない。
今の時代もあるわけがなくて、どんなものかは、歴史の授業で学んだだけ。
(…身分が違うと、人間扱いされなかったりしたんだよね?)
なんだかミュウと人類みたい、と少し可笑しくなった。
「身分制度は無かったけれども、前のぼくは少し経験していたみたい」と。
もっとも、経験していた頃には、楽しむどころではなかったけれど。
相容れなかった、人類とミュウという二つの種族。
人類が支配階級だったら、ミュウは「人間扱いされない」階級。
「日本」で言うなら武士と農民、そういった違いになるのだろうか。
(…武士が農民を斬り捨てちゃっても、罪にはならなかったらしいし…)
ちょっと似てるよ、と思ったはずみに、違う考えが頭を掠めた。
「ぼくとハーレイなら、どうなったかな?」と。
前の生では、同じミュウという種族に生まれて、苦楽を共にした恋人。
新しい命を貰った今の時代は、人間は全てミュウになったから、差別を受ける者などいない。
(ぼくとハーレイが、違う身分になるんなら…)
うんと昔のことになるよね、と浮かんだ「もしも」は、なかなかに楽しそうではある。
ハーレイと「違う身分」に生まれた場合は、何が待ち受けているのだろうか。
(えーっと…?)
ハーレイにチョンマゲは似合わないよね、という気がするから、日本とは違う国がいい。
いわゆる「洋服」を着ている所で、身分にうるさい国といったら…。
(…イギリスかな?)
シャングリラでもイギリス貴族を気取ったよね、と収穫祭を思い出した。
一番最初の収穫を祝って、皆で食べたのがサンドイッチ。
(キュウリだけで作ったサンドイッチは、アフタヌーンティーに欠かせなくって…)
最高の食べ物だったというから、収穫祭のパーティー用に選ばれた。
何の贅沢も出来ない船でも、「気分だけはイギリス貴族といこう」と。
誰もが幸せ一杯になった、キュウリを挟んだサンドイッチが出て来たパーティー。
(あの時、とっても楽しかったし…)
身分違いを考えるのならイギリスにしよう、と舞台を決めた。
次に決めるものは、互いの身分。
ハーレイと自分、どちらかが貴族で、もう一方は農民にするのが良さそうだ。
貴族は広大な領地を所有していて、それを農民たちに耕させて…。
(その収穫が、収入源だったらしいから…)
農民も「持ち物」の一つだったと言えるだろう。
ハーレイと自分、どちらかは貴族、もう一方は貴族の所有物の農民。
それで考えるのが面白そうだし、そういう身分に生まれた二人にするのがいい。
二人の身分が違っていたなら、二人を取り巻く世界もまるで違うだろうから。
(次は、どっちを貴族にするかで…)
順当にゆけば、ぼくの方かな、と首を捻った。
今の生では、ハーレイは「ブルー」に敬語を使いはしない。
逆に「ブルー」が使う立場で、そうなるのは身分のせいではなくて、学校のせい。
けれども、遥かな時の彼方では、「ハーレイ」が「ブルー」に話す時には…。
(必ず敬語で、そうなったのは…)
エラが口うるさく徹底させていた、「ソルジャーに対する作法」が原因。
船で一番偉いのだから、敬語を使って話すべきだ、という決まり。
(…あれも一種の身分制度ってヤツだったかも…)
前のぼくだけが貴族ってヤツ、と思うものだから、そのまま転用するのなら…。
(ぼくが貴族になるんだけれど…)
今の生では敬語を使う立場が逆だし、逆で考えるのが良さそうな感じ。
第一、「ブルーの方が偉い」ままでは、想像してみても、さほど面白くないだろう。
「意外な部分」が多くなるほど、「もしも」の世界に奥行きが出そう。
(よーし、貴族はハーレイの方で!)
どうなるかな、とワクワクと思考をスタートさせた。
舞台は遠い昔のイギリス、ハーレイは其処で生まれた貴族の一員。
(今のぼくたちと同じくらいの年の差で…)
ハーレイは貴族の当主といったところだろうか。
先祖代々の領地を受け継ぎ、何不自由なく暮らしている。
働かなくても済む身分だから、狩りに出掛けたり、旅をしたり、と。
(…ぼくは、ハーレイが持ってる領地で、農民の家に生まれた子供で…)
幼い頃から家の手伝い、乳搾りをしたり、畑で草を毟ったり。
川に出掛けて魚を釣るのも、遊びではなくて食事のため。
魚を沢山釣って戻れば、その日は食卓が豪華になる。
(そうやって毎日、家の仕事を手伝って…)
生きている内に、ある日、ハーレイとバッタリ出会う。
領地の見回りに来た馬車を見るのか、それとも川で釣りをしていたら…。
(ハーレイが、お忍びで…)
釣りにやって来て、「釣れるか?」と尋ねてくるのだろうか。
「釣れるんだったら、此処で釣ろう」と、「隣、いいかな?」と。
考えただけで心臓がドキリと跳ねた。
馬車の中のハーレイを目にするよりも、断然、そっちの方がいい。
釣りをしていて、偶然、声を掛けられるのが。
立派な釣竿を持ったハーレイが、隣に座って一緒に釣りを始めるのが。
(釣竿も立派で、服だって…)
目立たない格好をしてはいたって、きっと仕立ての良い品だろう。
農家で生まれた「ブルー」は知らない、見たこともないような布を使った服。
(この人、だあれ、って…)
不思議に思って訊いてみたって、ハーレイは「さてな?」と微笑むだけ。
「ただの釣り人でいいじゃないか」と、「今日は、お前さんと釣るんだからな」と。
並んで釣りをしている間に、時間が経ってゆくものだから…。
(…ぼくの方が先に、お腹が減るよね?)
農家の子ならば、朝から家の仕事も済ませて、釣りに来た筈。
食事は粗末な内容だろうし、昼が来るまでにお腹が減るのに違いない。
(…お腹が、グーッて鳴っちゃって…)
空腹なのだ、と訴えたならば、ハーレイは笑い始めるだろうか。
ハーレイの方は、朝からたっぷり食べて来た上、何の仕事もしていない。
強いて言うなら釣りをするために、何処かから歩いてやって来ただけ。
(お腹が減るのも、ずっと先だから…)
釣り仲間になった子供のお腹が鳴ったら、「腹が減ったんだな」と思うことだろう。
「子供は腹が減るのも早いし、当然だよな」と。
ついでに農家の子供だったら、働いている分、貴族の子供よりも早く空腹になる。
(最初はそれに気が付かないで、お腹が鳴ったことを笑って…)
「もう昼なのか?」と目を丸くしそうだけれども、じきに真相を見抜くだろう。
「この子は、朝から一仕事してから、釣りに来たんだ」と。
「腹も減るさ」と、「家に帰っても、飯は充分あるんだろうか?」と。
もちろん「ブルー」の家に帰れば、食事は用意されている。
農家の子供に似合いの料理で、うんと質素な食卓の中身。
ハーレイならば、其処まで見通すだろうから…。
(ぼくのお腹が鳴った時には…)
何も知らずに笑ってしまっても、その後には、きっと…。
お弁当を分けてくれると思う、と「貴族のハーレイ」に胸が高鳴った。
お忍びで釣りにやって来たなら、お弁当を持っていることだろう。
屋敷の厨房で作らせたもので、ハーレイの一食分より遥かに量が多いのを。
(だって、お弁当が足りなかったら…)
厨房の者の失態になるし、ハーレイは叱らなかったとしても、執事が叱る。
「なんてことを」と、「お詫びしなさい」と。
そうならないよう、ぎっしり詰まった、お弁当入りのバスケット。
ハーレイは笑顔でバスケットを開けて、「食べていいぞ」と言ってくれそう。
「どれでもいいから、好きなのを取っていいんだぞ」と。
(そう言われたら、とっても嬉しいんだけど…)
美味しそうな匂いもするのだけれど、初めて見る料理に途惑って…。
(手を伸ばせなくて、困っていたら…)
ハーレイが「ほら」と、選んで渡してくれるのだろう。
「美味いんだぞ」と、「お前は、これを見たことないのか?」と微笑みながら。
(貰って食べたら、頬っぺたが落っこちるくらいに美味しくって…)
他の料理も気になってしまって、バスケットを食い入るように見詰めるだろうか。
「あれは何なの?」と、「どんな味がする食べ物かな?」と。
(ハーレイの顔より、バスケットの中身のお弁当…)
色気より食い気っていうヤツだよね、と「自分」の姿に呆れるけれども、ありそうな話。
なにしろ「ただの農家の子供」で、貴族の食事は知らないのだから。
(ハーレイ、笑い出しそうだけれど…)
そんな「ブルー」が満腹するまで、お弁当の中身を惜しみなく分けてくれるのだろう。
「全部食べてもいいんだぞ?」と、自分はのんびり釣りをしながら。
「俺は帰ってから、家で食べればいいんだしな」と、「遠慮するなよ」と。
(いい人だよね、って…)
心の底から思ってしまって、いつの間にか、恋に落ちている。
自分でも、そうと知らないで。
多分、生涯、恋をしたとは思わないままで、「御領主様」に一目惚れ。
バスケットの中身が空になったら、二人で仲良く釣りを続けて。
釣りを終えたら、「またね」とハーレイに元気に手を振り、家に帰って。
それから何日か経った頃合いで、馬車の中に「ハーレイ」を見付けるのだろう。
畑仕事を手伝う間に、両親が「御領主様だ」と言った方向に。
お辞儀するように言われた馬車の、立派な座席に腰を下ろしているハーレイを。
(ビックリしちゃって、声も出なくて…)
両親に頭を押さえ付けられて、馬車のハーレイにお辞儀しながら、考え始めるのに違いない。
「御領主様じゃないハーレイに、また会えるかな?」と。
いつもの釣り場で釣りをしていたら、またハーレイが来るだろうか、と。
(…ホントにハーレイが来てくれたなら…)
隣で釣り糸を垂れてくれたら、とても幸せなことだろう。
お弁当の中身を分けて貰えたら、前よりも、ずっと嬉しくて…。
(ハーレイの方でも、ぼく用に、お弁当を用意してくれていたら…)
釣り場で会うだけの仲に過ぎなくても、最高に幸せだろうと思う。
恋だと気付いていないままでも、ただの「釣り仲間」で生涯を終えることになっても。
(身分違いだったら、下手にハーレイの屋敷の使用人に迎えられちゃうよりも…)
釣り仲間で過ごす方がいいよね、と頬を緩めて、うっとりとする。
「その方がきっと、うんと幸せ」と。
「ハーレイと、ずっと釣りをするんだ」と、「釣り仲間で終わる恋もいいよね」と…。
身分違いだったら・了
※ハーレイ先生と身分違いの恋だったら、と想像してみたブルー君。貴族と農民な二人で。
なんとハーレイ先生が貴族で、おまけに釣りで始まる恋。一生、ただの釣り仲間でも幸せv
(…ずっと昔は、この世界には…)
身分ってヤツがあったんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺たちが、暮らしている地域の辺りは…)
人間が地球しか知らなかった時代は、日本と呼ばれた島国だった。
士農工商に分けられていた、其処に住んでいた人間の身分。
(農民だと、上から二つ目なんだが…)
本当に「上から二番目の地位」を誇れた者は、ほんの僅かしかいなかったという。
実際の所は、一番下の商人の方が豊かな暮らしで、仕事の中身も楽だった。
(しかし、人間が生きてゆくには…)
農民が作る米が大事で、一番上の身分の大名の優劣も、米の収穫量で決まっていたらしい。
だから農民が不満を持たないように、「身分だけは」上から二番目の地位。
「偉いんだぞ」と言ってやったら、その気になって頑張る者も…。
(はてさて、存在していたんだか…)
今となっては謎だよな、と首を捻って、ブルーの顔を思い浮かべた。
前の生から愛し続ける、愛おしい人。
今は子供になっているけれど、いずれは前の生と同じに…。
(育って、うんと美人になって…)
神々しいほどに気高くなるから、身分制度があった頃なら、間違いなく最上級だろう。
士農工商で言えば士族で、武士の階級。
大名の一人息子といった所で、あるいは将軍様かもしれない。
(…だがなあ…)
チョンマゲは、ちと似合わないよな、と考えるまでもなく答えが出て来る。
「あれは駄目だ」と、「ブルーには少しも似合いやしない」と。
もっと時代を遡ってみれば、平安時代の貴族というのもあるけれど…。
(アレだって、子供時代はともかく、育てば一種の…)
チョンマゲなのだし、やはりブルーには似合わない。
とても身分が高いブルーなら、美しくいて欲しいと思う。
一番上の身分に生まれて、相応しい暮らしをしているのなら。
そうなってくると、この「日本」では駄目だろう。
チョンマゲを結わない、ヨーロッパ辺りが良さそうだ。
(あそこで一番、身分にうるさかったのは…)
確かイギリスだったっけな、と今の生で仕入れた知識を引き出す。
前の生でも、イギリス貴族の話は聞いていたけれど…。
(断然、今の俺の方が、だ…)
あれこれと本を読んだりしたから、遥かに詳しくなっている。
「日本」では身分制度が無くなった後は、階級制度は、見事に崩れ去ってしまった。
ある程度は残っていたらしいけれど、あからさまな差別は消えたという。
店に入るのも、宿に泊まるのも、それに見合った服装や持ち金さえあれば…。
(元の身分が何であろうが、何も言われやしなくって…)
きちんとサービスを受けることが出来て、買い物だって自由に出来た。
お蔭でマナーなども自然と身につき、何処へ行っても相応に振る舞えるものだから…。
(元の身分が何だったかなんて、もう傍目にも分からなくなって…)
いつの間にやら、誰もが同じで横並びの社会になっていた。
農民だろうが、商人だろうが、それは身分というものではなく、職業になって。
(ところが、イギリスって国の場合は…)
階級制度が根強く残って、貴族などの上流階級の者と、それ以外とでは月とスッポン。
他の国では身分制度が消えていっても、まるで伝統を守るかのように…。
(しつこく残っていたらしいよなあ…)
だから昔は、もっと酷いぞ、と「今の自分」の知識が教えてくれる。
上流階級の特権意識は、それは強くて、とんでもなかった。
自分より下の階級の者は、人間扱いしなかったほど。
なんとも酷いと思うけれども、「ブルー」に似合いそうな身分ではある。
チョンマゲなんかは結っていなくて、服装だって洗練されたもの。
(…前のあいつと、同じ姿に育ったら…)
それは素晴らしいイギリス貴族の、「ブルー」が見られることだろう。
立ち居振る舞いも仕草も優雅で、誰もが見惚れてしまうほどの。
(うん、なかなかに…)
いいじゃないか、と想像していて、「だったら、俺は?」と疑問が浮かんだ。
ブルーが上流階級だったら、自分は何になるのだろう。
(…もちろん俺も、あいつと同じに…)
上流階級に生まれていないと、ブルーと付き合うことは出来ない。
うっかり農民だったりしたなら、ブルーの家が所有している領地で暮らして…。
(ブルーが馬車で通ってゆくのを、見てるだけってか?)
そいつは困る、と思ったけれども、身分や生まれは「選べはしない」。
其処に生まれてしまったのなら、その場所で生きてゆく他はない。
身分制度が壊れた後の時代だったら、何も問題無いけれど…。
(ブルーが上流階級に生まれて、其処で暮らしているってことは、だ…)
上流階級は健在なのだし、階級制度も「生きている」。
運良く、ブルーと同じ貴族に、生まれられればいいけれど…。
(…世の中、そうそう上手くいかないモンでだな…)
今の俺たちはレアケースだぞ、と「今の生」の貴重さは承知している。
神様が起こした奇跡のお蔭で、ブルーと二人で、青い地球の上に生まれて来られた。
言うなれば「運が良かった」わけで、こんな幸運は、そう多くは無い。
(前の俺たちも、考えようによっては悲惨で…)
不幸なカップルだったもんなあ、と苦笑する。
幸せなことも多かったけれど、結局、最後は離れ離れで、一種の悲恋と言えるだろう。
それを思うと、「ブルーが上流階級に生まれた」世界があったら…。
(幸せになれるとは、限らなくて…)
俺の片想いで終わっちまうかも、という気がする。
貴族と農民の間の溝は、当時だと、越えられるわけがない。
橋を架けようにも、道具も、場所も見付かりはしない。
ブルーは何処まで行っても貴族で、「ハーレイ」は、ただの農民のまま。
どんなに努力してみた所で、どうこう出来るものでもない。
ブルーは馬車で通ってゆくだけ、「ハーレイ」は馬車を見ているだけ。
馬車の中のブルーが、どんなに気高く、美しくても。
「あんなに綺麗な人がいるのか」と、見る度に、心を奪われていても。
(…うーむ…)
こいつは厳しい世界だよな、と溜息が一つ零れ落ちた。
貴族のブルーは「お似合い」だけれど、それに似合いの「ハーレイ」がいるとは限らない。
違う身分に生まれたら最後、ブルーに恋することは出来ても、その恋はけして実りはしない。
ブルーに気付いて貰えもしなくて、片想いで終わってしまいそう。
とはいえ、そういうことになっても…。
(俺があいつに、惚れずに終わることなんて…)
絶対にあるわけがない、と絶大な自信だけはあるから、そういう悲恋もあるかもしれない。
ブルーと自分の生まれた「世界」が違ったら。
同じ地球の上には違いなくても、階級制度があった時代に、違う身分に生まれたら。
(あいつは貴族で、俺は農民…)
俺は、あいつの親父の所有物として生まれるんだな、と「今の自分」の知識が教える。
ブルーが貴族に生まれて来るなら、当然、ブルーの父親がいる。
公爵や侯爵、伯爵といった、立派な爵位を持った人物。
広大な領地を所有していて、それを農民に任せているから、農民だって財産の一部。
つまり「ハーレイ」は生まれた時から、ブルーの父親の持ち物になる。
将来的には、ブルーの父親の領地を耕し、収入源になる家畜や農作物を育てるための使用人。
家も畑も、何もかも、ブルーの父から借り受けているものでしかない。
其処から生まれた収入の一部くらいは、好きに使わせて貰えても。
市に出掛けて何か買うとか、そういったことは許されていても。
(…身分違いなら、そうなっちまうな…)
俺は「持ち物」に過ぎないわけだ、と悲しいけれども、仕方ない。
身分の壁は越えられないから、その地位に甘んじるしかない。
農民として生きる間に、「ブルー」を目にすることがあっても。
ある日、領地の見回りに来た「ブルーの父親」が、幼い息子を伴っていても。
(…チビのあいつに、一目惚れ…)
五歳くらいにしかならない「ブルー」でも、会ってしまったら「惚れる」だろう。
「なんて可愛い子供だろう」と、「いつまでも側にいられたら」と。
それきり「ブルー」が忘れられなくて、ブルーの父の馬車が来る度に…。
(ブルーが一緒に乗っていないか、目を凝らすんだ)
運が良ければ、其処に「ブルー」がいるだろうから。
そんな具合に始まった恋は、どういう風になってゆくのか。
片想いの悲恋で終わるにしたって、「見るだけ」で諦めたくなどはない。
少しでも「ブルー」に近付きたいし、出来るものなら…。
(…側にいたい、と思うよなあ…?)
毎日、ブルーを見ていられたら、と思い始めるのに違いない。
ブルーが暮らす屋敷に行けたら、そうすることが出来るだろう。
屋敷で雇われ、使用人として働くことを許されたなら。
(…農民の仕事も、屋敷の中にはある筈だしな?)
お屋敷にだって菜園はある、と「今の自分」は知っている。
新鮮な野菜を主人の食卓に届けるために、専用の畑が何処かに設けられているもの。
まずは、屋敷の使用人用の門を叩いて…。
(下働きの見習いでいいんで、働かせて下さい、と…)
畑で働く者に頼んで、上の使用人に話を通して貰う。
「こういう者が来ておりますが、雇ってみてもいいでしょうか」と、お伺いを。
(…身元を聞かれて、面接みたいな感じになって…)
お眼鏡に適うことが出来たら、畑で働く下っ端になれることだろう。
使い走りなどにも便利に使われ、生まれ育った農家にいるより、仕事が多くて辛い毎日。
寝る場所も厩の藁の上とか、納屋の隅とかになりそうだけれど…。
(それでも、ブルーの姿を、だ…)
チラリと一目でも見られたならば、その日は、きっと幸せ一杯。
「来て良かった」と心の底から満足しながら、満たされて眠りに就くのだろう。
「このお屋敷の何処かで、ブルーも眠っている筈だ」と思いを馳せて。
ブルーの部屋など、想像することも出来なくても。
屋敷の中には入れないから、絨毯さえも知らないような身分でも。
(だが、頑張って、経験を積めば…)
いつかは屋敷の中に入って、働ける時が来るかもしれない。
屋敷の中で働く誰かが、「ハーレイ」の働きに目を留めてくれたなら。
「こいつは、お屋敷でも使えそうだ」と、畑からスカウトされることがあったら。
(…そうなりゃ、運が向くってわけで…)
屋敷に入って仕事していれば、昇進する機会は幾らでもある。
ブルーを見られる日だって増えるし、いつかは、ブルー専属の…。
(使用人になって、紅茶を運べるくらいになれたら…)
もう、それで俺は満足なんだ、と笑みを浮かべる。
「身分違いなら、その程度でも、うんと幸せってモンだよな?」と。
一生、片想いの悲恋だろうと、ブルーの側にいられれば。
ブルーに紅茶を運び続けて、屋敷で働き続ける間に、ある日、寿命が尽きるのならば。
(…最期まで、あいつの側にいられた、って…)
俺は喜んで天国に行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
「なんたって、ブルー専属だぞ?」と。
生涯、ブルーに仕え続けて、紅茶を運んでいられたんだぞ、と…。
身分違いなら・了
※ブルー君に身分違いの恋をしてしまった自分を、想像してみたハーレイ先生。
片想いの恋でも、ブルー君専属の使用人になれれば、それだけで満足らしいですよv
身分ってヤツがあったんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺たちが、暮らしている地域の辺りは…)
人間が地球しか知らなかった時代は、日本と呼ばれた島国だった。
士農工商に分けられていた、其処に住んでいた人間の身分。
(農民だと、上から二つ目なんだが…)
本当に「上から二番目の地位」を誇れた者は、ほんの僅かしかいなかったという。
実際の所は、一番下の商人の方が豊かな暮らしで、仕事の中身も楽だった。
(しかし、人間が生きてゆくには…)
農民が作る米が大事で、一番上の身分の大名の優劣も、米の収穫量で決まっていたらしい。
だから農民が不満を持たないように、「身分だけは」上から二番目の地位。
「偉いんだぞ」と言ってやったら、その気になって頑張る者も…。
(はてさて、存在していたんだか…)
今となっては謎だよな、と首を捻って、ブルーの顔を思い浮かべた。
前の生から愛し続ける、愛おしい人。
今は子供になっているけれど、いずれは前の生と同じに…。
(育って、うんと美人になって…)
神々しいほどに気高くなるから、身分制度があった頃なら、間違いなく最上級だろう。
士農工商で言えば士族で、武士の階級。
大名の一人息子といった所で、あるいは将軍様かもしれない。
(…だがなあ…)
チョンマゲは、ちと似合わないよな、と考えるまでもなく答えが出て来る。
「あれは駄目だ」と、「ブルーには少しも似合いやしない」と。
もっと時代を遡ってみれば、平安時代の貴族というのもあるけれど…。
(アレだって、子供時代はともかく、育てば一種の…)
チョンマゲなのだし、やはりブルーには似合わない。
とても身分が高いブルーなら、美しくいて欲しいと思う。
一番上の身分に生まれて、相応しい暮らしをしているのなら。
そうなってくると、この「日本」では駄目だろう。
チョンマゲを結わない、ヨーロッパ辺りが良さそうだ。
(あそこで一番、身分にうるさかったのは…)
確かイギリスだったっけな、と今の生で仕入れた知識を引き出す。
前の生でも、イギリス貴族の話は聞いていたけれど…。
(断然、今の俺の方が、だ…)
あれこれと本を読んだりしたから、遥かに詳しくなっている。
「日本」では身分制度が無くなった後は、階級制度は、見事に崩れ去ってしまった。
ある程度は残っていたらしいけれど、あからさまな差別は消えたという。
店に入るのも、宿に泊まるのも、それに見合った服装や持ち金さえあれば…。
(元の身分が何であろうが、何も言われやしなくって…)
きちんとサービスを受けることが出来て、買い物だって自由に出来た。
お蔭でマナーなども自然と身につき、何処へ行っても相応に振る舞えるものだから…。
(元の身分が何だったかなんて、もう傍目にも分からなくなって…)
いつの間にやら、誰もが同じで横並びの社会になっていた。
農民だろうが、商人だろうが、それは身分というものではなく、職業になって。
(ところが、イギリスって国の場合は…)
階級制度が根強く残って、貴族などの上流階級の者と、それ以外とでは月とスッポン。
他の国では身分制度が消えていっても、まるで伝統を守るかのように…。
(しつこく残っていたらしいよなあ…)
だから昔は、もっと酷いぞ、と「今の自分」の知識が教えてくれる。
上流階級の特権意識は、それは強くて、とんでもなかった。
自分より下の階級の者は、人間扱いしなかったほど。
なんとも酷いと思うけれども、「ブルー」に似合いそうな身分ではある。
チョンマゲなんかは結っていなくて、服装だって洗練されたもの。
(…前のあいつと、同じ姿に育ったら…)
それは素晴らしいイギリス貴族の、「ブルー」が見られることだろう。
立ち居振る舞いも仕草も優雅で、誰もが見惚れてしまうほどの。
(うん、なかなかに…)
いいじゃないか、と想像していて、「だったら、俺は?」と疑問が浮かんだ。
ブルーが上流階級だったら、自分は何になるのだろう。
(…もちろん俺も、あいつと同じに…)
上流階級に生まれていないと、ブルーと付き合うことは出来ない。
うっかり農民だったりしたなら、ブルーの家が所有している領地で暮らして…。
(ブルーが馬車で通ってゆくのを、見てるだけってか?)
そいつは困る、と思ったけれども、身分や生まれは「選べはしない」。
其処に生まれてしまったのなら、その場所で生きてゆく他はない。
身分制度が壊れた後の時代だったら、何も問題無いけれど…。
(ブルーが上流階級に生まれて、其処で暮らしているってことは、だ…)
上流階級は健在なのだし、階級制度も「生きている」。
運良く、ブルーと同じ貴族に、生まれられればいいけれど…。
(…世の中、そうそう上手くいかないモンでだな…)
今の俺たちはレアケースだぞ、と「今の生」の貴重さは承知している。
神様が起こした奇跡のお蔭で、ブルーと二人で、青い地球の上に生まれて来られた。
言うなれば「運が良かった」わけで、こんな幸運は、そう多くは無い。
(前の俺たちも、考えようによっては悲惨で…)
不幸なカップルだったもんなあ、と苦笑する。
幸せなことも多かったけれど、結局、最後は離れ離れで、一種の悲恋と言えるだろう。
それを思うと、「ブルーが上流階級に生まれた」世界があったら…。
(幸せになれるとは、限らなくて…)
俺の片想いで終わっちまうかも、という気がする。
貴族と農民の間の溝は、当時だと、越えられるわけがない。
橋を架けようにも、道具も、場所も見付かりはしない。
ブルーは何処まで行っても貴族で、「ハーレイ」は、ただの農民のまま。
どんなに努力してみた所で、どうこう出来るものでもない。
ブルーは馬車で通ってゆくだけ、「ハーレイ」は馬車を見ているだけ。
馬車の中のブルーが、どんなに気高く、美しくても。
「あんなに綺麗な人がいるのか」と、見る度に、心を奪われていても。
(…うーむ…)
こいつは厳しい世界だよな、と溜息が一つ零れ落ちた。
貴族のブルーは「お似合い」だけれど、それに似合いの「ハーレイ」がいるとは限らない。
違う身分に生まれたら最後、ブルーに恋することは出来ても、その恋はけして実りはしない。
ブルーに気付いて貰えもしなくて、片想いで終わってしまいそう。
とはいえ、そういうことになっても…。
(俺があいつに、惚れずに終わることなんて…)
絶対にあるわけがない、と絶大な自信だけはあるから、そういう悲恋もあるかもしれない。
ブルーと自分の生まれた「世界」が違ったら。
同じ地球の上には違いなくても、階級制度があった時代に、違う身分に生まれたら。
(あいつは貴族で、俺は農民…)
俺は、あいつの親父の所有物として生まれるんだな、と「今の自分」の知識が教える。
ブルーが貴族に生まれて来るなら、当然、ブルーの父親がいる。
公爵や侯爵、伯爵といった、立派な爵位を持った人物。
広大な領地を所有していて、それを農民に任せているから、農民だって財産の一部。
つまり「ハーレイ」は生まれた時から、ブルーの父親の持ち物になる。
将来的には、ブルーの父親の領地を耕し、収入源になる家畜や農作物を育てるための使用人。
家も畑も、何もかも、ブルーの父から借り受けているものでしかない。
其処から生まれた収入の一部くらいは、好きに使わせて貰えても。
市に出掛けて何か買うとか、そういったことは許されていても。
(…身分違いなら、そうなっちまうな…)
俺は「持ち物」に過ぎないわけだ、と悲しいけれども、仕方ない。
身分の壁は越えられないから、その地位に甘んじるしかない。
農民として生きる間に、「ブルー」を目にすることがあっても。
ある日、領地の見回りに来た「ブルーの父親」が、幼い息子を伴っていても。
(…チビのあいつに、一目惚れ…)
五歳くらいにしかならない「ブルー」でも、会ってしまったら「惚れる」だろう。
「なんて可愛い子供だろう」と、「いつまでも側にいられたら」と。
それきり「ブルー」が忘れられなくて、ブルーの父の馬車が来る度に…。
(ブルーが一緒に乗っていないか、目を凝らすんだ)
運が良ければ、其処に「ブルー」がいるだろうから。
そんな具合に始まった恋は、どういう風になってゆくのか。
片想いの悲恋で終わるにしたって、「見るだけ」で諦めたくなどはない。
少しでも「ブルー」に近付きたいし、出来るものなら…。
(…側にいたい、と思うよなあ…?)
毎日、ブルーを見ていられたら、と思い始めるのに違いない。
ブルーが暮らす屋敷に行けたら、そうすることが出来るだろう。
屋敷で雇われ、使用人として働くことを許されたなら。
(…農民の仕事も、屋敷の中にはある筈だしな?)
お屋敷にだって菜園はある、と「今の自分」は知っている。
新鮮な野菜を主人の食卓に届けるために、専用の畑が何処かに設けられているもの。
まずは、屋敷の使用人用の門を叩いて…。
(下働きの見習いでいいんで、働かせて下さい、と…)
畑で働く者に頼んで、上の使用人に話を通して貰う。
「こういう者が来ておりますが、雇ってみてもいいでしょうか」と、お伺いを。
(…身元を聞かれて、面接みたいな感じになって…)
お眼鏡に適うことが出来たら、畑で働く下っ端になれることだろう。
使い走りなどにも便利に使われ、生まれ育った農家にいるより、仕事が多くて辛い毎日。
寝る場所も厩の藁の上とか、納屋の隅とかになりそうだけれど…。
(それでも、ブルーの姿を、だ…)
チラリと一目でも見られたならば、その日は、きっと幸せ一杯。
「来て良かった」と心の底から満足しながら、満たされて眠りに就くのだろう。
「このお屋敷の何処かで、ブルーも眠っている筈だ」と思いを馳せて。
ブルーの部屋など、想像することも出来なくても。
屋敷の中には入れないから、絨毯さえも知らないような身分でも。
(だが、頑張って、経験を積めば…)
いつかは屋敷の中に入って、働ける時が来るかもしれない。
屋敷の中で働く誰かが、「ハーレイ」の働きに目を留めてくれたなら。
「こいつは、お屋敷でも使えそうだ」と、畑からスカウトされることがあったら。
(…そうなりゃ、運が向くってわけで…)
屋敷に入って仕事していれば、昇進する機会は幾らでもある。
ブルーを見られる日だって増えるし、いつかは、ブルー専属の…。
(使用人になって、紅茶を運べるくらいになれたら…)
もう、それで俺は満足なんだ、と笑みを浮かべる。
「身分違いなら、その程度でも、うんと幸せってモンだよな?」と。
一生、片想いの悲恋だろうと、ブルーの側にいられれば。
ブルーに紅茶を運び続けて、屋敷で働き続ける間に、ある日、寿命が尽きるのならば。
(…最期まで、あいつの側にいられた、って…)
俺は喜んで天国に行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
「なんたって、ブルー専属だぞ?」と。
生涯、ブルーに仕え続けて、紅茶を運んでいられたんだぞ、と…。
身分違いなら・了
※ブルー君に身分違いの恋をしてしまった自分を、想像してみたハーレイ先生。
片想いの恋でも、ブルー君専属の使用人になれれば、それだけで満足らしいですよv
(今日は会えずに終わっちゃったけど…)
姿も見掛けていないんだけど、と小さなブルーが頭に浮かべた恋人の顔。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は一度も、ハーレイの姿を見ていない。
古典の授業は無い日だったし、グラウンドでも廊下でも、ハーレイを全く見掛けなかった。
(寂しいんだけど、こんな日があるのは、今だけで…)
何年か経ったら変わるもんね、とブルーは思考を前向きに切り替える。
今の学校を卒業したなら、じきに十八歳の誕生日がやって来る。
十八歳になれば結婚出来るし、ハーレイも充分、承知だから…。
(誕生日には無理でも、その内に…)
プロポーズしてくれて、結婚式を挙げることになるだろう。
そしたら毎日、同じ家で暮らしてゆくから、会えずに終わる日などは無くなる。
結婚するまでの待ち時間だって、今とは違うものになる筈。
(ハーレイの都合で、会えない日だって…)
夜になったら、ハーレイから通信が入ると思う。
「今日も元気にやっていたか?」と、「何処かに遊びに行ったのか?」などと。
(うん、きっと、そう…)
通信機越しにハーレイの声を聞いている間に、会っている気分になってくるのに違いない。
「今日はね…」と一日の報告をして、ハーレイの話を聞いたりもして。
(それに、会える日は、デートだってば!)
ハーレイが何処かに誘ってくれて、愛車で迎えに来てくれる。
目的地までは、二人だけのためのシャングリラで…。
(地球の上を走って行くんだよ!)
今のハーレイの車が、今のぼくたちのシャングリラ、と心が弾む。
濃い緑色の車体だけれども、ハーレイがハンドルを握る以上は、懐かしい船と変わらない。
「シャングリラ、発進!」と号令をかけて、ハーレイが車をスタートさせる。
その日のデートの場所に向かって。
ドライブに出掛ける日だというなら、ハーレイが考えた航路に向けて。
あと何年か待っている内に、その日が、その時が来てくれる。
チビの自分の背丈だって伸びて、結婚式に着る衣装を選びにゆく日も来る。
(衣装選びも、デートみたいなものだよね?)
何日も前から予約を入れて、ドキドキしながら行くんだよ、と考えただけで頬が緩みそう。
どんな衣装を着るのがいいか、ハーレイと二人で相談しながら決めてゆく。
ウェディングドレスも素敵だけれども、白無垢だって捨て難い。
(両方、着たって、いいと思うし…)
着替えが大変そうだけど、と欲張りな夢も描いてしまう。
ドレスと白無垢、両方を選んで、途中で着替え。
(着替えで、ヘトヘトになっちゃったって…)
式の間は、気付きもしないことだろう。
幸せで胸が一杯になって、身体なんかは何処かへ置き去り。
普段だったら「もう無理だってば…」と、ペシャンと座り込みそうなほどでも、元気一杯。
ハーレイと並んで記念写真で、招待客と一緒に披露宴なども笑顔でこなす。
「疲れちゃった」なんて、思いもしないで。
控室に引っ込むこともしないで、招待客のテーブルを回って写真撮影に応じたりも。
(だって、最高の気分なんだもの!)
疲れたなんて思うわけない、と確信に満ちた気分になる。
楽しいことをしている時には、疲労感など覚えもしないし、実際、疲れたりしない。
(後で、ドッと疲れちゃうこともあるけれど…)
それでも自分は充分満足、寝込む結果が待っていたって、後悔などは微塵も無い。
いずれハーレイと出掛けるデートも、結婚式と同じで「疲れない」だろう。
ドライブの途中で酔ってしまって、「何処かで停めてよ」と頼むことはあっても。
前の晩によく眠れていなくて、助手席で寝てしまう失敗をしても。
(そういうデートも、悪くないもんね?)
酔って気分が悪くなっても、デート自体は悪くはならない。
ハーレイが「よし、直ぐに何処かで…」と停められる所を探してくれて、其処で休憩。
道端でのんびり景色を見たり、喫茶店などに入ったり。
助手席で眠ってしまった時には、きっとハーレイに優しく揺り起こされる。
「着いたぞ」と、目的地の駐車場で。
あるいは「おいおい、景色を見逃しちまうぞ?」と、とても眺めのいい展望台とかで。
何年か経てば、「ハーレイとデート」が日常になって、あちこちにゆけることだろう。
結婚式を挙げてしまえば、毎日一緒で、もちろん休日は、二人でデート。
デートどころか、旅行にだって行けるようになるから、行動範囲はうんと広がる。
(それも素敵だけど、結婚式を挙げるまでの間に…)
ハーレイとデートに出掛けてゆくのも、毎回、その日を楽しみに待って…。
(デートの日は、ハーレイの車が来るのを…)
待って、待ち焦がれて、家の前まで行くかもしれない。
「まだかな?」と、「もうじき来そうだけれど」と。
約束の時間は少し先でも、両親に「気が早すぎないか」と笑われても。
(だって、デートに行くんだよ?)
ハーレイが選んでくれた行先へ、と思った所で、頭を掠めていった考え。
行先も、食事する店やお茶を飲む店も、ハーレイが決めるのもいいけれど…。
(ぼくが決めたって、いいんだよね?)
今のぼくだと、まだ無理だけど、と未来の自分に思いを馳せる。
背丈が伸びて、前の自分と同じ姿に成長を遂げた、そういう「自分」。
今の学校も卒業していて、友達は皆、上の学校に進んでいるだろう。
(…上の学校は、誰でも同じ日に授業じゃなくて…)
平日でもお休みだったりするんだよね、と上の学校の噂は聞いている。
授業がある日も、授業と授業の間にぽっかり、空いた時間が出来もするのだ、と。
(そんな時には、同じ日に休みの友達だとか…)
丁度、授業の合間の時間が空いている、という仲間を誘って、遊んだり食事をするらしい。
そうなったならば、今の学校を卒業した後、進学しないで家にいる「ブルー」は…。
(遊び友達にピッタリだから…)
何人もが「ちょっと出て来ないか?」と誘ってくれるようになるだろう。
「俺は休みだから、何処かに出掛けないか」とか、「空き時間に飯を食おうぜ」だとか。
誰よりも暇にしている「ブルー」は、格好の遊び相手で、貴重な人材。
引っ張りだこで、色々な場所に連れてゆかれて、食事に、おやつ。
当然、今より、ぐんと知識が増えて来る。
何処に美味しい店があるのか、どんな遊び場所が存在するのか、実体験の裏付け付きで。
チビの自分には思いもよらない、広い世界に連れ出されて。
(そうやって、知識が増えていったら…)
デートのコースを、ハーレイに代わって組み立てることも出来ると思う。
「次のデートは、此処に行きたいな」と提案したなら、ハーレイが反対するわけがない。
笑顔で「そうだな、次は其処に行くか」と、快諾してくれることだろう。
何処か子供っぽいコースでも。
上の学校の学生たちには「とっておきの店」でも、ハーレイには少し物足りなくても。
(ぼくが選んだコースで、デート…)
それもいいよね、と今からワクワクするのだけれども、ハタと気付いた。
「ちょっと待ってよ?」と、「ぼくが提案するってことは…」と。
自分が選んで「この日は、此処」と言えるからには、その日の予定は「決まっていない」。
予めハーレイから聞いてはいなくて、カレンダーに予定を「書いていない」日。
自分の方では、空いているつもりでいるのだけれど…。
(ハーレイの方は、他に予定が入っているから…)
その日は誘っていないだけかも、と「有り得ること」が頭に浮かんで来る。
「その可能性は、ゼロじゃないよね?」と。
ハーレイには何か予定があるから、デートには出掛けられない日かも、と。
(そんなの知らずに、頑張って予定を立てちゃって…)
二人でデートに出掛けた帰りや、通信で話している時に、デートの誘いを持ち掛ける自分。
胸を高鳴らせて、「あのね…」と期待に満ちた瞳で。
「次のデートは、此処がいいな」と、ハーレイに相談もせずに決めたコースを挙げて。
行けるものだと思い込んだまま、ハーレイの返事も聞かずに話す。
「此処のお店の、これがとっても美味しいんだよ」などと、得意げに。
「ハーレイは行ったことが無いでしょ」と、「学生で一杯で、人気なんだよ」とか。
散々、あれこれ話した後に、ハーレイの返事を待つのだけれども、何故か困惑している恋人。
「いいな」と「よし、この次は其処にしよう」と、パチンとウインクする代わりに。
(どうしちゃったの、って、じっと待っていたら…)
ハーレイが「すまん」と頭を下げる。
「悪いが、その日は、他に予定が入っちまってて…」と。
通信機を通して話していたなら、ハーレイの声は、曇ってしまっているのだろう。
「申し訳ない」と、「どうしても、其処は無理なんだ」と、ただひたすらに詫びるばかりで。
練りに練ったデートのためのコースが、台無しになってしまう瞬間。
「そんな…」と言ったきり言葉を失くして、肩を落とす自分が見えるよう。
(デート、断られちゃったんだ、って…)
今、起きた「信じられない事実」を受け止めるまでに、かなり時間がかかりそう。
「いったい何がどうなっちゃったの?」と、頭の中がぐるぐるして。
「ハーレイがデートを断るなんて」と、「頑張ってコースを考えたのに」と。
(でも、本当に、そうなっちゃうこと…)
絶対に無いとは言えないものね、と今の自分の頭の中まで、ぐるんぐるんと回り出す。
「断られちゃったら、どうしよう」と、まだ断られてもいないのに。
そもそも誘ったわけでもないのに、もう「そうなってしまった」ような気分になる。
「せっかくデートに誘ってみたって、断られちゃうかもしれないんだ」と。
(何処がいいかな、って、一杯、一杯、考え続けて…)
紙に書き出したり、友達に「あそこのお店、どうだったっけ?」と営業時間を確認したり。
期間限定のメニューが気に入ったのなら、いつまでやっているのか、店に問い合わせたりも。
(そうやって、デートのコースを決めて…)
これ以上は無いと思える所まで練りに練り上げて、ハーレイを誘う。
「次のデートは、此処がいいな」と、断られるとは夢にも思うことなく。
間違いなくその日に行けるものだと、頭から信じて思い込んで。
(…もしかしたら、期間限定メニューを逃さないように…)
人気の料理が売り切れないよう、予約も入れているかもしれない。
学生だって、店に予約を入れることなら、耳にしている。
確実に席を押さえたいとか、売り切れ御免の人気料理を人数分だけ確保したい時に。
(そういう話も聞いているから、ぼくだって、うんと張り切って…)
窓際の眺めのいい席を予約しておいて、「料理は、これでお願いします」と頼んでおく。
ハーレイと二人で店に入ったのに、席が一杯では駄目だから。
お目当ての料理が「売り切れました」では、ハーレイを誘った意味が無いから。
(だけど、ハーレイに断られちゃったら…)
何もかも意味が無くなっちゃうよ、とショックで目の前が暗くなりそう。
それを言われた未来の自分も、想像してみた今の自分も。
(…もしも、デートを断られちゃったら…)
ぼくは泣き出しちゃうのかも、と考えただけで震え出しそうだけれど、無いとは言えない。
未来の自分がデートのコースをせっせと練って、誘ったのに。
「あのね、次のデートは、此処にしたいんだけど…」と自信満々で案を出したのに。
(そんなの、ホントに嫌すぎるから…!)
きっとハーレイは、「すまんが、店には友達と行ってくれないか?」などと言うのだろう。
「料理を予約したんだったら、お前も、その方がいいだろう?」と。
「期間限定メニューと言ったが、そのメニュー、次のデートじゃ間に合わないしな」などと。
(そんな気遣い、されちゃっても…!)
ぼくは、ハーレイと行きたかったんだから、と泣き叫ぶしかないのだろうか。
あまりにも、子供じみた話だけれど。
結婚式の話も出ているくせに、みっともないとは思うけれども。
(でもでも、すっかり行けるつもりでいたのに、断られちゃったら…)
そうなっちゃうよ、と分かっているから、そんな未来は来て欲しくない。
ハーレイにデートコースを告げたら、断られるなんて。
「すまん」と頭を下げて詫びられ、泣きじゃくることしか出来ない未来だなんて…。
断られちゃったら・了
※ハーレイ先生とのデートを夢見るブルー君。コースを自分で考えるのもいいかも、と。
けれど、断られてしまう可能性だってあるのです。友達と行くといい、と気遣われても…。
姿も見掛けていないんだけど、と小さなブルーが頭に浮かべた恋人の顔。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は一度も、ハーレイの姿を見ていない。
古典の授業は無い日だったし、グラウンドでも廊下でも、ハーレイを全く見掛けなかった。
(寂しいんだけど、こんな日があるのは、今だけで…)
何年か経ったら変わるもんね、とブルーは思考を前向きに切り替える。
今の学校を卒業したなら、じきに十八歳の誕生日がやって来る。
十八歳になれば結婚出来るし、ハーレイも充分、承知だから…。
(誕生日には無理でも、その内に…)
プロポーズしてくれて、結婚式を挙げることになるだろう。
そしたら毎日、同じ家で暮らしてゆくから、会えずに終わる日などは無くなる。
結婚するまでの待ち時間だって、今とは違うものになる筈。
(ハーレイの都合で、会えない日だって…)
夜になったら、ハーレイから通信が入ると思う。
「今日も元気にやっていたか?」と、「何処かに遊びに行ったのか?」などと。
(うん、きっと、そう…)
通信機越しにハーレイの声を聞いている間に、会っている気分になってくるのに違いない。
「今日はね…」と一日の報告をして、ハーレイの話を聞いたりもして。
(それに、会える日は、デートだってば!)
ハーレイが何処かに誘ってくれて、愛車で迎えに来てくれる。
目的地までは、二人だけのためのシャングリラで…。
(地球の上を走って行くんだよ!)
今のハーレイの車が、今のぼくたちのシャングリラ、と心が弾む。
濃い緑色の車体だけれども、ハーレイがハンドルを握る以上は、懐かしい船と変わらない。
「シャングリラ、発進!」と号令をかけて、ハーレイが車をスタートさせる。
その日のデートの場所に向かって。
ドライブに出掛ける日だというなら、ハーレイが考えた航路に向けて。
あと何年か待っている内に、その日が、その時が来てくれる。
チビの自分の背丈だって伸びて、結婚式に着る衣装を選びにゆく日も来る。
(衣装選びも、デートみたいなものだよね?)
何日も前から予約を入れて、ドキドキしながら行くんだよ、と考えただけで頬が緩みそう。
どんな衣装を着るのがいいか、ハーレイと二人で相談しながら決めてゆく。
ウェディングドレスも素敵だけれども、白無垢だって捨て難い。
(両方、着たって、いいと思うし…)
着替えが大変そうだけど、と欲張りな夢も描いてしまう。
ドレスと白無垢、両方を選んで、途中で着替え。
(着替えで、ヘトヘトになっちゃったって…)
式の間は、気付きもしないことだろう。
幸せで胸が一杯になって、身体なんかは何処かへ置き去り。
普段だったら「もう無理だってば…」と、ペシャンと座り込みそうなほどでも、元気一杯。
ハーレイと並んで記念写真で、招待客と一緒に披露宴なども笑顔でこなす。
「疲れちゃった」なんて、思いもしないで。
控室に引っ込むこともしないで、招待客のテーブルを回って写真撮影に応じたりも。
(だって、最高の気分なんだもの!)
疲れたなんて思うわけない、と確信に満ちた気分になる。
楽しいことをしている時には、疲労感など覚えもしないし、実際、疲れたりしない。
(後で、ドッと疲れちゃうこともあるけれど…)
それでも自分は充分満足、寝込む結果が待っていたって、後悔などは微塵も無い。
いずれハーレイと出掛けるデートも、結婚式と同じで「疲れない」だろう。
ドライブの途中で酔ってしまって、「何処かで停めてよ」と頼むことはあっても。
前の晩によく眠れていなくて、助手席で寝てしまう失敗をしても。
(そういうデートも、悪くないもんね?)
酔って気分が悪くなっても、デート自体は悪くはならない。
ハーレイが「よし、直ぐに何処かで…」と停められる所を探してくれて、其処で休憩。
道端でのんびり景色を見たり、喫茶店などに入ったり。
助手席で眠ってしまった時には、きっとハーレイに優しく揺り起こされる。
「着いたぞ」と、目的地の駐車場で。
あるいは「おいおい、景色を見逃しちまうぞ?」と、とても眺めのいい展望台とかで。
何年か経てば、「ハーレイとデート」が日常になって、あちこちにゆけることだろう。
結婚式を挙げてしまえば、毎日一緒で、もちろん休日は、二人でデート。
デートどころか、旅行にだって行けるようになるから、行動範囲はうんと広がる。
(それも素敵だけど、結婚式を挙げるまでの間に…)
ハーレイとデートに出掛けてゆくのも、毎回、その日を楽しみに待って…。
(デートの日は、ハーレイの車が来るのを…)
待って、待ち焦がれて、家の前まで行くかもしれない。
「まだかな?」と、「もうじき来そうだけれど」と。
約束の時間は少し先でも、両親に「気が早すぎないか」と笑われても。
(だって、デートに行くんだよ?)
ハーレイが選んでくれた行先へ、と思った所で、頭を掠めていった考え。
行先も、食事する店やお茶を飲む店も、ハーレイが決めるのもいいけれど…。
(ぼくが決めたって、いいんだよね?)
今のぼくだと、まだ無理だけど、と未来の自分に思いを馳せる。
背丈が伸びて、前の自分と同じ姿に成長を遂げた、そういう「自分」。
今の学校も卒業していて、友達は皆、上の学校に進んでいるだろう。
(…上の学校は、誰でも同じ日に授業じゃなくて…)
平日でもお休みだったりするんだよね、と上の学校の噂は聞いている。
授業がある日も、授業と授業の間にぽっかり、空いた時間が出来もするのだ、と。
(そんな時には、同じ日に休みの友達だとか…)
丁度、授業の合間の時間が空いている、という仲間を誘って、遊んだり食事をするらしい。
そうなったならば、今の学校を卒業した後、進学しないで家にいる「ブルー」は…。
(遊び友達にピッタリだから…)
何人もが「ちょっと出て来ないか?」と誘ってくれるようになるだろう。
「俺は休みだから、何処かに出掛けないか」とか、「空き時間に飯を食おうぜ」だとか。
誰よりも暇にしている「ブルー」は、格好の遊び相手で、貴重な人材。
引っ張りだこで、色々な場所に連れてゆかれて、食事に、おやつ。
当然、今より、ぐんと知識が増えて来る。
何処に美味しい店があるのか、どんな遊び場所が存在するのか、実体験の裏付け付きで。
チビの自分には思いもよらない、広い世界に連れ出されて。
(そうやって、知識が増えていったら…)
デートのコースを、ハーレイに代わって組み立てることも出来ると思う。
「次のデートは、此処に行きたいな」と提案したなら、ハーレイが反対するわけがない。
笑顔で「そうだな、次は其処に行くか」と、快諾してくれることだろう。
何処か子供っぽいコースでも。
上の学校の学生たちには「とっておきの店」でも、ハーレイには少し物足りなくても。
(ぼくが選んだコースで、デート…)
それもいいよね、と今からワクワクするのだけれども、ハタと気付いた。
「ちょっと待ってよ?」と、「ぼくが提案するってことは…」と。
自分が選んで「この日は、此処」と言えるからには、その日の予定は「決まっていない」。
予めハーレイから聞いてはいなくて、カレンダーに予定を「書いていない」日。
自分の方では、空いているつもりでいるのだけれど…。
(ハーレイの方は、他に予定が入っているから…)
その日は誘っていないだけかも、と「有り得ること」が頭に浮かんで来る。
「その可能性は、ゼロじゃないよね?」と。
ハーレイには何か予定があるから、デートには出掛けられない日かも、と。
(そんなの知らずに、頑張って予定を立てちゃって…)
二人でデートに出掛けた帰りや、通信で話している時に、デートの誘いを持ち掛ける自分。
胸を高鳴らせて、「あのね…」と期待に満ちた瞳で。
「次のデートは、此処がいいな」と、ハーレイに相談もせずに決めたコースを挙げて。
行けるものだと思い込んだまま、ハーレイの返事も聞かずに話す。
「此処のお店の、これがとっても美味しいんだよ」などと、得意げに。
「ハーレイは行ったことが無いでしょ」と、「学生で一杯で、人気なんだよ」とか。
散々、あれこれ話した後に、ハーレイの返事を待つのだけれども、何故か困惑している恋人。
「いいな」と「よし、この次は其処にしよう」と、パチンとウインクする代わりに。
(どうしちゃったの、って、じっと待っていたら…)
ハーレイが「すまん」と頭を下げる。
「悪いが、その日は、他に予定が入っちまってて…」と。
通信機を通して話していたなら、ハーレイの声は、曇ってしまっているのだろう。
「申し訳ない」と、「どうしても、其処は無理なんだ」と、ただひたすらに詫びるばかりで。
練りに練ったデートのためのコースが、台無しになってしまう瞬間。
「そんな…」と言ったきり言葉を失くして、肩を落とす自分が見えるよう。
(デート、断られちゃったんだ、って…)
今、起きた「信じられない事実」を受け止めるまでに、かなり時間がかかりそう。
「いったい何がどうなっちゃったの?」と、頭の中がぐるぐるして。
「ハーレイがデートを断るなんて」と、「頑張ってコースを考えたのに」と。
(でも、本当に、そうなっちゃうこと…)
絶対に無いとは言えないものね、と今の自分の頭の中まで、ぐるんぐるんと回り出す。
「断られちゃったら、どうしよう」と、まだ断られてもいないのに。
そもそも誘ったわけでもないのに、もう「そうなってしまった」ような気分になる。
「せっかくデートに誘ってみたって、断られちゃうかもしれないんだ」と。
(何処がいいかな、って、一杯、一杯、考え続けて…)
紙に書き出したり、友達に「あそこのお店、どうだったっけ?」と営業時間を確認したり。
期間限定のメニューが気に入ったのなら、いつまでやっているのか、店に問い合わせたりも。
(そうやって、デートのコースを決めて…)
これ以上は無いと思える所まで練りに練り上げて、ハーレイを誘う。
「次のデートは、此処がいいな」と、断られるとは夢にも思うことなく。
間違いなくその日に行けるものだと、頭から信じて思い込んで。
(…もしかしたら、期間限定メニューを逃さないように…)
人気の料理が売り切れないよう、予約も入れているかもしれない。
学生だって、店に予約を入れることなら、耳にしている。
確実に席を押さえたいとか、売り切れ御免の人気料理を人数分だけ確保したい時に。
(そういう話も聞いているから、ぼくだって、うんと張り切って…)
窓際の眺めのいい席を予約しておいて、「料理は、これでお願いします」と頼んでおく。
ハーレイと二人で店に入ったのに、席が一杯では駄目だから。
お目当ての料理が「売り切れました」では、ハーレイを誘った意味が無いから。
(だけど、ハーレイに断られちゃったら…)
何もかも意味が無くなっちゃうよ、とショックで目の前が暗くなりそう。
それを言われた未来の自分も、想像してみた今の自分も。
(…もしも、デートを断られちゃったら…)
ぼくは泣き出しちゃうのかも、と考えただけで震え出しそうだけれど、無いとは言えない。
未来の自分がデートのコースをせっせと練って、誘ったのに。
「あのね、次のデートは、此処にしたいんだけど…」と自信満々で案を出したのに。
(そんなの、ホントに嫌すぎるから…!)
きっとハーレイは、「すまんが、店には友達と行ってくれないか?」などと言うのだろう。
「料理を予約したんだったら、お前も、その方がいいだろう?」と。
「期間限定メニューと言ったが、そのメニュー、次のデートじゃ間に合わないしな」などと。
(そんな気遣い、されちゃっても…!)
ぼくは、ハーレイと行きたかったんだから、と泣き叫ぶしかないのだろうか。
あまりにも、子供じみた話だけれど。
結婚式の話も出ているくせに、みっともないとは思うけれども。
(でもでも、すっかり行けるつもりでいたのに、断られちゃったら…)
そうなっちゃうよ、と分かっているから、そんな未来は来て欲しくない。
ハーレイにデートコースを告げたら、断られるなんて。
「すまん」と頭を下げて詫びられ、泣きじゃくることしか出来ない未来だなんて…。
断られちゃったら・了
※ハーレイ先生とのデートを夢見るブルー君。コースを自分で考えるのもいいかも、と。
けれど、断られてしまう可能性だってあるのです。友達と行くといい、と気遣われても…。
(今はまだ、あいつの家でしか…)
デートは出来ないわけなんだが、とハーレイは恋人の顔を思い浮かべた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
今日はブルーに会えずに終わった。
学校でも姿を見掛けていないし、仕事帰りにブルーの家にも行けてはいない。
残念な気持ちで一杯だけれど、土曜日が来たらデートが出来る。
ブルーの家の庭で一番大きな木の下、其処で二人でお茶を楽しむ。
(すっかり定番になっちまったなあ…)
庭でのデート、と白いテーブルと椅子で過ごすティータイムを思い出す。
天気がいい日の午後の定番、外が駄目ならブルーの部屋で、二人きり。
今の所は、それが精一杯の恋人同士だけれども、いずれはデートが出来る日が来る。
ブルーの家の庭の垣根の外の世界へと、繰り出してゆける。
(俺が迎えに行ってだな…)
出て来たブルーを愛車に乗せて、色々な場所へ出掛けてゆく。
お茶を飲むのも、喫茶店とか、雄大な景色を眺めながらのテラス席とか。
(遠出するなら、道もあれこれ考えて…)
ブルーが喜びそうなルートで、目的地まで走ってゆくのがいいだろう。
休憩場所が豊富にあって、様々なものに出会えるルート。
店はもちろん、野生の動物や鳥が見られるとか、そういった道を選ばなくては。
(せっかく、俺たちのためだけのシャングリラで…)
走るんだしな、と愛車でのドライブに思いを馳せる。
今の自分が乗っている車は、ブルーと二人で乗れる日が来たら、シャングリラになる。
白い車に買い替えるまでは、濃い緑色の車体だけれども、気分は白いシャングリラ。
(前のあいつを、シャングリラで…)
青い地球まで連れてゆくのが夢だったのに、それは叶わずに終わってしまった。
だから今度は、今のブルーを、今ならではのシャングリラに乗せて、地球の上を走ってゆく。
青く蘇った水の星には、車のための道路が敷かれているのだから。
待ち遠しいな、と楽しみでたまらない、ブルーとのデート。
まだ何年も待たされてしまう、ブルーとデートに出掛けられる日。
なにしろブルーは、十四歳の子供でしかない。
背丈もまだまだ子供のそれで、デートもキスも、今のブルーとは出来ないけれど…。
(あいつの背丈が、前のあいつと同じになったら…)
晴れてデートもキスも解禁、そうなれば早速、デートに誘うべきだろう。
まずは二人で、ブルーの家の垣根の外の世界へ出てゆき、お茶や食事をする所から。
(外の世界を、うんと堪能した後で…)
ブルーを家まで送り届けて、「おやすみなさい」のキスをする。
車を降りる前のブルーに、「忘れ物だ」と、唇に。
(…初めてのキスは、そんなトコだな)
それが一番自然だろうさ、とマグカップの縁を指でカチンと弾く。
ブルーが欲しがっている唇へのキスは、恋人同士のそれだけれども、初デートでは…。
(贈るのは、ちと早すぎだろう)
もっと、時間をかけたいよな、と思ってしまう。
キスを贈る場所も、それに時間も、選び抜いてのキスがいいんだ、と。
(そうは言っても、こればっかりは…)
その時々で変わりそうだし、最初のデートで贈ってしまう可能性もゼロではない。
「こんな筈ではなかったんだが…」と思う展開、それが来ないとは限らないから。
選び抜いたデートのコースなのだし、そういうことも起こり得る。
あるいは途中でコースが変わって、恋人同士のキスに相応しい場面が来てしまうとか。
(なんたって、俺が一人でドライブするんじゃないんだし…)
一緒に出掛けるブルー次第で、コースも行先も変化する。
ブルーが窓から見付けた何かが、コース変更のための標識代わり。
「あのお店に入ってみたいんだけど」と指差されたなら、その店へ。
「あっちの道だと、何処に行けるの?」と質問されて、答えた結果がコース変更だとか。
そうやってルートやコースが変われば、シチュエーションだって変わって来る。
恋人同士のキスが相応しい雰囲気になったら、それを無視して帰るのは…。
(俺も惜しいし、ブルーも黙っちゃいないだろうしな?)
予定変更になっちまうんだ、と苦笑する。
「計画通りにいくかどうかは、分からないよな」と。
初めてのキスは「おやすみなさい」か、恋人同士のキスなのか。
今のブルーと過ごす未来は、その辺りからして全く読めない。
きっと「その時」がやって来たなら、色々なことが起きるのだろう。
まるで予想もしていなかった、「こんな筈では」と困ってしまうようなことだって。
(はてさて、困るようなヤツとなったら…)
何があるやら、と首を捻って、その瞬間にハタと気付いた。
実にとんでもない、困るより他にどうしようもない、未来のデートで起きそうなこと。
(…あいつにデートを申し込んだら…)
断られちまうこともあるんだよな、と「その可能性」に愕然とする。
ブルーにも予定などがあるから、どんな時でもデート出来るとは限らない。
(店を予約して、コースの方も練りに練って、だ…)
自信満々で申し込んだら、「ごめん」と返事が返って来ることもあるだろう。
「その日は、友達と出掛ける予定になっているから」と、先約の方を優先されて。
(…今現在のあいつだったら、そういう時には、友達の方を断って…)
恋人を選ぶと思うけれども、未来のブルーとなったら違う。
「ハーレイとデート」は普通なのだし、断っても、また別の日に行ける未来のブルー。
ゆえに、定番の「ハーレイとの休日」を過ごすよりかは、友達と何処かに出掛ける方を…。
(選んじまって、俺と一緒に出掛けるデートは、またの機会に…)
なっちまいそうだ、と容易に想像がつく。
「ごめんね」と小さく肩を竦めて、「また誘ってよ」と微笑むブルー。
「その日はダメだから、また今度ね」と。
(…うーむ…)
本当に有り得る話なんだが、と気付かされたら、その後の自分が気になって来る。
ブルーにデートを申し込んだのに、断られてしまった未来の自分。
「断られたら、どうするんだ?」と。
店を予約し、あれこれ考え抜いたコースも、「また今度ね」と言われた時の自分のこと。
(考え直してくれ、なんて言えるわけが無いし…)
そこは大人ならではの余裕を見せて、「そうだな、友達と楽しんで来い」と言うべきだろう。
「その日は、俺も好きにするから」と、「気ままにドライブしてくるかな」とでも。
(……しかしだな……)
ブルーの前では笑顔で大人の余裕たっぷり、それで済ませて家に帰っても、その後の自分。
さぞやガッカリしているのだろう、と考えなくても分かってしまう。
ブルーの喜ぶ顔が見たくて、わざわざ店を予約したのに、それはキャンセルするしかない。
考え抜いたデートのコースも、一人で回るには、向いてはいない。
(何もかもが、パアというヤツで…)
肩を落とす自分が、目に見えるよう。
「ブルーとデートだ」と思っていたのに、デートどころか、一人で過ごす休日になる。
その上、予約を入れた店には、キャンセルの連絡をしないと駄目で…。
(すみませんが、都合が悪くなりまして、と…)
係に通信を入れる時にも、声が沈んでいることだろう。
キャンセル料などはかからなくても、「ブルーと行けなくなってしまった」結果だから。
ブルーと二人で食事のつもりが、その店に「その日は」縁が無かった。
「また今度ね」と言われたのだし、次の機会はあるのだけれども、その日は行けない。
(…なんでその日にしちまったんだ、と…)
予約を入れた自分を詰って、「先にブルーに聞くべきだった」と嘆くことしか出来ない結末。
その店が「いい店」であればあるほど、ショックは大きくなることだろう。
なかなか予約が取れない店とか、次の機会では食べられない料理が目当てだったとか。
(先にブルーに聞いておいたら…)
断られる心配は無いわけなのだし、未来にデートをするとなったら、それが一番とも言える。
「その日は空けておいてくれよ」と、ブルーに予約を取り付けておけば安心だけれど…。
(…デートの度に、ブルーに予約をするというのも…)
なんだか大人げない気がする。
それではブルーを「縛る」わけだし、ブルーも自由が減ることだろう。
友達同士で出掛けるなどは、ブルーの年なら「思いつき」だけで決まりがち。
デートに行こうと誘う頃には、ブルーの年は十八歳になっている。
ブルーは「ハーレイのお嫁さん」が夢だし、上の学校には行かないけれども、友達は違う。
恐らく全員、上の学校に進学するから、休日ともなれば、本当に「思いつき」だけで…。
(ドライブしようとか、旅行しようとか、当日に思い付いたって…)
実行しそうな連中だから、ブルーを「予約」で縛れはしない。
「空けておいてくれ」と言ったばかりに、友達と出掛けるチャンスを逃しそうだから。
(ブルーに予約を入れるとなったら、せいぜい、数日前ってトコで…)
もう、その日には、友達との予定が入ってしまっているかもしれない。
前の週から「空けておいてくれ」と頼んでおいたら、入らなかった「何か」が入って。
友達と何処かに旅行するとか、ドライブに出掛けてゆくだとか。
(…俺がデートを申し込んだら…)
「ごめんね」と済まなそうな顔のブルーに、デートを断られてしまう。
そんな未来も有り得るのだ、と気が付いてみても、ブルーを「縛る」わけにはゆかない。
たとえ自分が打ちのめされても、ションボリする羽目になったとしても。
「断られちまった…」と溜息しか出なくて、休日を一人で過ごすより他はなくても。
(…ブルーを縛れやしないしなあ…)
断られたら、大人の余裕で「また今度な」と言うしかない、と溜息が一つ、零れ落ちた。
「なんてこった」と、「断られることも覚悟しておけってか?」と。
ブルーと過ごす未来のデートは、全て薔薇色ではないらしい。
時には赤信号が点って、デート自体がお流れになる。
どんなに頑張って準備したって、店を予約し、コースを練っておいたって。
(…仕方ないとは、分かっちゃいるが…)
頼むから、プロポーズの時だけは勘弁してくれ、と祈るような気持ちになって来た。
「プロポーズの予定で練り上げたプランがパアになったら、どん底だぞ?」と。
そうならないよう、ブルーに予約を取り付けておけば、安心安全になるのだけれど…。
(…プロポーズってヤツは、サプライズが基本なんだよなあ…?)
それでこそ感動も大きくなるってモンなんだ、と分かっているから、そうしたい。
ブルーに予約なんかはしないで、「デートしないか?」と持ち掛けて。
(店を予約して、コースを練って…)
プロポーズのデートを断られたら、どうしよう、と本当に溜息しか出ない。
絶対に無いとは言えないから。
それが嫌なら、ブルーに予約をするしか無くて、サプライズの感動がグンと減るから。
(…そうした結果、断られたら…)
泣いてしまうかもしれないな、と思うものだから、祈るしかない。
「その時だけは、上手くいくように」と。
未来の自分の運がいいことを、それに神様が意地悪な気分にならないことを…。
断られたら・了
※ブルー君が前と同じに成長したら、ハーレイ先生とデートが出来るわけですけれど。
そのブルー君の都合によっては、デートを断られてしまう可能性。ハーレイ先生、大丈夫?
デートは出来ないわけなんだが、とハーレイは恋人の顔を思い浮かべた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
今日はブルーに会えずに終わった。
学校でも姿を見掛けていないし、仕事帰りにブルーの家にも行けてはいない。
残念な気持ちで一杯だけれど、土曜日が来たらデートが出来る。
ブルーの家の庭で一番大きな木の下、其処で二人でお茶を楽しむ。
(すっかり定番になっちまったなあ…)
庭でのデート、と白いテーブルと椅子で過ごすティータイムを思い出す。
天気がいい日の午後の定番、外が駄目ならブルーの部屋で、二人きり。
今の所は、それが精一杯の恋人同士だけれども、いずれはデートが出来る日が来る。
ブルーの家の庭の垣根の外の世界へと、繰り出してゆける。
(俺が迎えに行ってだな…)
出て来たブルーを愛車に乗せて、色々な場所へ出掛けてゆく。
お茶を飲むのも、喫茶店とか、雄大な景色を眺めながらのテラス席とか。
(遠出するなら、道もあれこれ考えて…)
ブルーが喜びそうなルートで、目的地まで走ってゆくのがいいだろう。
休憩場所が豊富にあって、様々なものに出会えるルート。
店はもちろん、野生の動物や鳥が見られるとか、そういった道を選ばなくては。
(せっかく、俺たちのためだけのシャングリラで…)
走るんだしな、と愛車でのドライブに思いを馳せる。
今の自分が乗っている車は、ブルーと二人で乗れる日が来たら、シャングリラになる。
白い車に買い替えるまでは、濃い緑色の車体だけれども、気分は白いシャングリラ。
(前のあいつを、シャングリラで…)
青い地球まで連れてゆくのが夢だったのに、それは叶わずに終わってしまった。
だから今度は、今のブルーを、今ならではのシャングリラに乗せて、地球の上を走ってゆく。
青く蘇った水の星には、車のための道路が敷かれているのだから。
待ち遠しいな、と楽しみでたまらない、ブルーとのデート。
まだ何年も待たされてしまう、ブルーとデートに出掛けられる日。
なにしろブルーは、十四歳の子供でしかない。
背丈もまだまだ子供のそれで、デートもキスも、今のブルーとは出来ないけれど…。
(あいつの背丈が、前のあいつと同じになったら…)
晴れてデートもキスも解禁、そうなれば早速、デートに誘うべきだろう。
まずは二人で、ブルーの家の垣根の外の世界へ出てゆき、お茶や食事をする所から。
(外の世界を、うんと堪能した後で…)
ブルーを家まで送り届けて、「おやすみなさい」のキスをする。
車を降りる前のブルーに、「忘れ物だ」と、唇に。
(…初めてのキスは、そんなトコだな)
それが一番自然だろうさ、とマグカップの縁を指でカチンと弾く。
ブルーが欲しがっている唇へのキスは、恋人同士のそれだけれども、初デートでは…。
(贈るのは、ちと早すぎだろう)
もっと、時間をかけたいよな、と思ってしまう。
キスを贈る場所も、それに時間も、選び抜いてのキスがいいんだ、と。
(そうは言っても、こればっかりは…)
その時々で変わりそうだし、最初のデートで贈ってしまう可能性もゼロではない。
「こんな筈ではなかったんだが…」と思う展開、それが来ないとは限らないから。
選び抜いたデートのコースなのだし、そういうことも起こり得る。
あるいは途中でコースが変わって、恋人同士のキスに相応しい場面が来てしまうとか。
(なんたって、俺が一人でドライブするんじゃないんだし…)
一緒に出掛けるブルー次第で、コースも行先も変化する。
ブルーが窓から見付けた何かが、コース変更のための標識代わり。
「あのお店に入ってみたいんだけど」と指差されたなら、その店へ。
「あっちの道だと、何処に行けるの?」と質問されて、答えた結果がコース変更だとか。
そうやってルートやコースが変われば、シチュエーションだって変わって来る。
恋人同士のキスが相応しい雰囲気になったら、それを無視して帰るのは…。
(俺も惜しいし、ブルーも黙っちゃいないだろうしな?)
予定変更になっちまうんだ、と苦笑する。
「計画通りにいくかどうかは、分からないよな」と。
初めてのキスは「おやすみなさい」か、恋人同士のキスなのか。
今のブルーと過ごす未来は、その辺りからして全く読めない。
きっと「その時」がやって来たなら、色々なことが起きるのだろう。
まるで予想もしていなかった、「こんな筈では」と困ってしまうようなことだって。
(はてさて、困るようなヤツとなったら…)
何があるやら、と首を捻って、その瞬間にハタと気付いた。
実にとんでもない、困るより他にどうしようもない、未来のデートで起きそうなこと。
(…あいつにデートを申し込んだら…)
断られちまうこともあるんだよな、と「その可能性」に愕然とする。
ブルーにも予定などがあるから、どんな時でもデート出来るとは限らない。
(店を予約して、コースの方も練りに練って、だ…)
自信満々で申し込んだら、「ごめん」と返事が返って来ることもあるだろう。
「その日は、友達と出掛ける予定になっているから」と、先約の方を優先されて。
(…今現在のあいつだったら、そういう時には、友達の方を断って…)
恋人を選ぶと思うけれども、未来のブルーとなったら違う。
「ハーレイとデート」は普通なのだし、断っても、また別の日に行ける未来のブルー。
ゆえに、定番の「ハーレイとの休日」を過ごすよりかは、友達と何処かに出掛ける方を…。
(選んじまって、俺と一緒に出掛けるデートは、またの機会に…)
なっちまいそうだ、と容易に想像がつく。
「ごめんね」と小さく肩を竦めて、「また誘ってよ」と微笑むブルー。
「その日はダメだから、また今度ね」と。
(…うーむ…)
本当に有り得る話なんだが、と気付かされたら、その後の自分が気になって来る。
ブルーにデートを申し込んだのに、断られてしまった未来の自分。
「断られたら、どうするんだ?」と。
店を予約し、あれこれ考え抜いたコースも、「また今度ね」と言われた時の自分のこと。
(考え直してくれ、なんて言えるわけが無いし…)
そこは大人ならではの余裕を見せて、「そうだな、友達と楽しんで来い」と言うべきだろう。
「その日は、俺も好きにするから」と、「気ままにドライブしてくるかな」とでも。
(……しかしだな……)
ブルーの前では笑顔で大人の余裕たっぷり、それで済ませて家に帰っても、その後の自分。
さぞやガッカリしているのだろう、と考えなくても分かってしまう。
ブルーの喜ぶ顔が見たくて、わざわざ店を予約したのに、それはキャンセルするしかない。
考え抜いたデートのコースも、一人で回るには、向いてはいない。
(何もかもが、パアというヤツで…)
肩を落とす自分が、目に見えるよう。
「ブルーとデートだ」と思っていたのに、デートどころか、一人で過ごす休日になる。
その上、予約を入れた店には、キャンセルの連絡をしないと駄目で…。
(すみませんが、都合が悪くなりまして、と…)
係に通信を入れる時にも、声が沈んでいることだろう。
キャンセル料などはかからなくても、「ブルーと行けなくなってしまった」結果だから。
ブルーと二人で食事のつもりが、その店に「その日は」縁が無かった。
「また今度ね」と言われたのだし、次の機会はあるのだけれども、その日は行けない。
(…なんでその日にしちまったんだ、と…)
予約を入れた自分を詰って、「先にブルーに聞くべきだった」と嘆くことしか出来ない結末。
その店が「いい店」であればあるほど、ショックは大きくなることだろう。
なかなか予約が取れない店とか、次の機会では食べられない料理が目当てだったとか。
(先にブルーに聞いておいたら…)
断られる心配は無いわけなのだし、未来にデートをするとなったら、それが一番とも言える。
「その日は空けておいてくれよ」と、ブルーに予約を取り付けておけば安心だけれど…。
(…デートの度に、ブルーに予約をするというのも…)
なんだか大人げない気がする。
それではブルーを「縛る」わけだし、ブルーも自由が減ることだろう。
友達同士で出掛けるなどは、ブルーの年なら「思いつき」だけで決まりがち。
デートに行こうと誘う頃には、ブルーの年は十八歳になっている。
ブルーは「ハーレイのお嫁さん」が夢だし、上の学校には行かないけれども、友達は違う。
恐らく全員、上の学校に進学するから、休日ともなれば、本当に「思いつき」だけで…。
(ドライブしようとか、旅行しようとか、当日に思い付いたって…)
実行しそうな連中だから、ブルーを「予約」で縛れはしない。
「空けておいてくれ」と言ったばかりに、友達と出掛けるチャンスを逃しそうだから。
(ブルーに予約を入れるとなったら、せいぜい、数日前ってトコで…)
もう、その日には、友達との予定が入ってしまっているかもしれない。
前の週から「空けておいてくれ」と頼んでおいたら、入らなかった「何か」が入って。
友達と何処かに旅行するとか、ドライブに出掛けてゆくだとか。
(…俺がデートを申し込んだら…)
「ごめんね」と済まなそうな顔のブルーに、デートを断られてしまう。
そんな未来も有り得るのだ、と気が付いてみても、ブルーを「縛る」わけにはゆかない。
たとえ自分が打ちのめされても、ションボリする羽目になったとしても。
「断られちまった…」と溜息しか出なくて、休日を一人で過ごすより他はなくても。
(…ブルーを縛れやしないしなあ…)
断られたら、大人の余裕で「また今度な」と言うしかない、と溜息が一つ、零れ落ちた。
「なんてこった」と、「断られることも覚悟しておけってか?」と。
ブルーと過ごす未来のデートは、全て薔薇色ではないらしい。
時には赤信号が点って、デート自体がお流れになる。
どんなに頑張って準備したって、店を予約し、コースを練っておいたって。
(…仕方ないとは、分かっちゃいるが…)
頼むから、プロポーズの時だけは勘弁してくれ、と祈るような気持ちになって来た。
「プロポーズの予定で練り上げたプランがパアになったら、どん底だぞ?」と。
そうならないよう、ブルーに予約を取り付けておけば、安心安全になるのだけれど…。
(…プロポーズってヤツは、サプライズが基本なんだよなあ…?)
それでこそ感動も大きくなるってモンなんだ、と分かっているから、そうしたい。
ブルーに予約なんかはしないで、「デートしないか?」と持ち掛けて。
(店を予約して、コースを練って…)
プロポーズのデートを断られたら、どうしよう、と本当に溜息しか出ない。
絶対に無いとは言えないから。
それが嫌なら、ブルーに予約をするしか無くて、サプライズの感動がグンと減るから。
(…そうした結果、断られたら…)
泣いてしまうかもしれないな、と思うものだから、祈るしかない。
「その時だけは、上手くいくように」と。
未来の自分の運がいいことを、それに神様が意地悪な気分にならないことを…。
断られたら・了
※ブルー君が前と同じに成長したら、ハーレイ先生とデートが出来るわけですけれど。
そのブルー君の都合によっては、デートを断られてしまう可能性。ハーレイ先生、大丈夫?