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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(冬には、まだ少しばかり早いんだが…)
 動物たちには今が忙しい季節だよな、とハーレイは、ふと考えた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(人間様だって、食欲の秋で…)
 美味しいものが欲しくなる季節だけれども、動物たちもそれに似ている。
 せっせと食べ物を探さなくても、実りの秋は、お腹一杯食べられて…。
(おまけに美味くて、最高なんだが…)
 問題は、その後のことだった。
 人間の場合は、自然の恵みも、農作物も、収穫して蓄えておけばいい。
 昔だったら、干したり漬けたり、様々な工夫が必要だった。
 貯蔵用の倉庫を作るにしたって、風通しなどを考慮しないと駄目だったけれど…。
(今の時代は、うんと技術が進んだからなあ…)
 専用の倉庫に入れておいたら、腐ったりする心配は無い。
 お蔭で店には、いつも新鮮な品が並んで、冬でも色々なものが食べられる。
 栽培や養殖の技術も進んでいるから、文字通り「とれたて」の品も並べられている。
(だが、動物だと、そういうわけにはいかないし…)
 秋の間に、冬に備えて頑張っておく必要があった。
 種族によっては、食べ物を貯蔵するものもいるけれど…。
(大抵のヤツらは、何処かに保存しておく代わりに…)
 栄養を余分に摂取しておいて、自分の身体に蓄えてゆく。
 いつも活動する分に加えて、食べ物の少ない冬に活動する分を。
 身体の周りに皮下脂肪をつけ、まるまると太って冬に動けるようにしておく。
(鳥だと、ふくら雀ってヤツで…)
 見た目も丸くて、とても愛らしい。
 とはいえ、雀の方にしてみれば、可愛く見えるように太ったわけでは全くない。
 太らないままで冬を迎えたら、食糧不足で、たちまち飢える。
 雀の餌になる小さな虫は、寒い季節には殆どいない。
 何か無いかと田んぼに行っても、穀物は収穫されてしまって、米粒も落ちていないだろう。
(腹が減ったら、もう飛べなくて…)
 食べ物を探しに他所へ行こうにも、もはやどうすることも出来ない。
 そうならないよう、栄養をつける努力をするのが、動物たちの秋だった。
 美味しく食べて丸く太って、寒さの季節に備えるシーズン。
 山に行ったら、リスが頬袋を膨らませていることだろう。
 ドングリを埋めたりもすると聞くけれど、その前に、まずは口一杯に詰め込んで。


 動物の秋は忙しそうだ、と思うと同時に、嬉しくもある。
 前の自分が生きた時代は、地球に動物はいなかった。
 それが今では、山にも森にも、冬を迎えるために駆け回るものたちがいる。
 「今の間に太らないと」と木の実などを食べ、まるまると太ってゆく鳥や獣が。
(そういえば、冬眠するヤツだって…)
 今の時代はいるんだよな、と思い当たった生き物たち。
 代表格は熊だろうか、と今の自分が暮らす地域に棲む動物を考えてみる。
(この辺りだと、ツキノワグマで…)
 もっと北の方へ行ったら、ツキノワグマよりも大きなヒグマになるらしい。
 彼らは秋に山のように食べて、冬の間は眠って過ごす。
 安全な巣穴を確保しておき、其処に潜って、春が来るまで目を覚まさずに…。
(ひたすら眠り続けるらしいな、飲まず食わずで)
 そうするためには、しっかり食っておかないと…、と冬眠前の熊の苦労を思う。
 どれほど腹に詰めるのだろうか、人間の身では全く分からない。
(もう食えない、ってほどに食っても、次の日が来りゃ、また食えるのが人間様で…)
 実際、お腹も減るものだから、冬眠などは出来ないだろう。
 「春まで寝るぞ」と決意を固めて準備をしても、三日ほどしか持たない気がする。
 布団に潜って眠っていたのに、お腹が鳴る音で目が覚めて。
 するとたちまち、「腹が減ったし、喉も乾いた」と自覚させられ、布団から出て…。
(何か食い物はあったかな、と探し回って…)
 ガツガツと食べて、冬眠はすっかり台無しになる。
 たらふく食べて満足した後、ウトウト眠ってしまったとしても…。
(腹が減ったら、また目を覚まして食うしかなくて…)
 冬眠するために休暇を取っていたとしたって、休暇の間は、その繰り返し。
 下手をしたなら、「こんな筈ではなかったんだが…」と、買い出しにだって行かねばならない。
 春まで眠る予定だったら、食料の備蓄は「目覚めた時に食べる分」しか無いかもしれない。
 それだと何回か目覚める間に、底を尽いてしまうことだろう。
(でもって、仕方なく、食い物を買いに店に行ったら…)
 其処で同僚にバッタリ出くわし、大笑いされてしまいそう。
 「おや、冬眠はどうしたんです?」と、食料品を詰めた籠を覗き込まれて。
 「それとも、今から冬眠でしたか?」と可笑しそうに尋ねてくる同僚。
 休暇を取ったのは何日も前で、本当だったら、とっくに眠っている筈だから。
 春まで起きて来るわけがなくて、家を訪ねても、鍵がかかっていて、出ては来なくて。


(赤っ恥っていうヤツだよなあ…)
 そいつは御免だ、と肩を竦める。
 冬眠も面白そうだけれども、人間に出来る芸当ではない。
 バカンス気分で「冬眠します」と休暇を取っても、けして眠って過ごせはしない。
 三日も眠れば上等な方で、自分の場合は二日くらいで限界が来ることだろう。
 「腹が減った」と、目が覚めて。
 グウグウと空腹を訴える音で、嫌でも意識を揺り起こされて。
(…そういう種族の動物でないと、冬眠なんかは…)
 出来やしないぞ、と思ったけれども、ハタと気付いた遥かな時の彼方の記憶。
 白いシャングリラで生きていた頃、前のブルーは…。
(十五年間も眠って過ごして、一度も起きやしなかった…)
 飯も食わなきゃ、水の一滴も飲んじゃいない、と今も鮮やかに覚えている。
 深く眠ってしまったブルーは、何の栄養も、もはや必要とはしなかった。
 ノルディが何度も調べたけれども、点滴さえも不要だという。
 ただの昏睡状態ではなく、身体の機能を極限まで落としてしまっていたから、何も要らない。
 生命を維持するための栄養、それは「摂らなくてもいいのだ」と聞いた。
 むしろ与えたら、過剰な摂取で、悪い影響が出てしまう。
(太っちまうとか、身体がむくんでしまうとか…)
 それでは本末転倒だから、ノルディは「何もしなかった」。
 ブルーの身体を診察するだけで、医療と名の付くことは一切していない。
(あれは一種の冬眠だよな?)
 前のあいつには出来たのか、と改めて「前のブルー」の能力の高さを思い知らされた。
 人間には不可能だと思える冬眠、それさえもやってのけたくらいに、前のブルーは強かった。
(それに比べて、今のあいつは…)
 まるで全く駄目なんだよな、とチビのブルーを思い浮かべる。
 今のブルーは、サイオンが不器用になってしまって、思念さえもろくに紡げはしない。
 あれでは冬眠しようとしたって、どうにもならないことだろう。
 さっき自分が考えていたケースと同じで、お腹が空いて目を覚ます。
(ハーレイ、何か食べるものは、って…)
 出て来るんだな、とクックッと笑う。
 一緒に暮らし始めた後で、ブルーが冬眠宣言をしたら、きっとそうなる。
 「ぼくは春まで起きないからね!」と、勇んで寝室に籠っても。
 お腹一杯に食べ物を詰め込み、冬眠しようと頑張っても。


(…せいぜい、持って二日ってトコか…)
 いや、二日でも危ないな、とブルーの食の細さから計算し直した。
 食べられる量が少ないのだから、当然、胃袋の中身が減るのも早くなる。
 ハーレイだったら「三日はいける」かもしれないけれども、ブルーの場合は…。
(次の日の昼には、腹が減って起きて来そうだな)
 そしたら笑いながら飯を作ってやろう、と「冬眠に失敗したブルー」に思いを馳せる。
 罰の悪そうな顔で起きて来るのか、あるいは「何か食べるもの、ない?」と当然のように…。
(俺に要求するのか、どっちだ?)
 こればっかりは蓋を開けてみないと…、と想像する間に、別のことが空から降って来た。
 「今のブルーは冬眠しない」と、いったい誰が言ったんだ、という声が。
(…誰も言ってはいないんだが…)
 そもそも「眠る」必要が無いし、と思ったけれども、どうだろう。
 必要があるから冬眠するのが動物たちで、前のブルーも「そうだった」。
 自分の力が必要とされる時が来るまで、眠り続けて…。
(前の俺たちを助けるために、メギドを沈めて…)
 命尽きたわけで、今のブルーには、そんな局面は来ないけれども…。
(必要がありさえすれば、今のブルーも…)
 もしかしたら、冬眠するかもしれない。
 けれどブルーには、冬眠してまで「やらねばならない」ことは一つも無い筈で…。
(…大丈夫だよな?)
 あいつが冬眠するわけがない、と答えを出して、「待てよ?」と顎に手を当てた。
 前のブルーが「冬眠した」のが、力を温存するためならば…。
(…今のあいつだと、まるで使えない状態のサイオンってヤツをだな…)
 覚醒させるために深く眠って、体質を変えるかもしれない。
 「起きたまま」では不可能だけれど、「冬眠のように眠り続けて」、肉体を…。
(根本から変えてしまうんだったら、いけるんじゃあ…?)
 なにしろタイプ・ブルーだけに、と空恐ろしいけれど、ブルーなら可能性はある。
 前のブルーの生まれ変わりで、サイオンの能力は、本来、高い。
 ブルー自身にも自覚は無くても、ある日、突然、前のように深く眠り始めて…。
(目が覚めた時は、前のあいつと全く同じに…)
 サイオンを使いこなせる「ブルー」になるのかもしれない。
 不器用だったのが別人のように、前のブルーと同じ能力を身につけて。


(……うーむ……)
 まさかな、と否定したいけれども、否定し切れない部分も大きい。
 今のブルーも、前のブルーも、その能力は未知数だった。
 それだけに、ブルーと暮らし始めた後、急にブルーの食欲が増して…。
(もっと食べたい、お腹が減った、と…)
 食事も、おやつも、食べる量が目に見えて増えてゆく。
 冬に備えて山ほど食べる動物みたいに、ブルーもドッサリ食べる毎日。
(飯の支度をする、俺にしてみりゃ…)
 作り甲斐のある日々が続いて、朝から張り切ることだろう。
 「ホットケーキは何枚食べる?」と、「オムレツの卵は何個なんだ?」と。
 仕事に出掛けている間に、ブルーが家で食べる昼食、そちらの準備も抜かりなく。
 帰り道では、食料品店で片っ端から買い込んで…。
(家に着いたら、もう早速にキッチンに立って…)
 腕を奮って、ブルーの期待に応える。
 「もっと食べたい」、「お腹が減った」と、いくらでも食べてくれるのだから。
(いいことだよな、って毎日、もう嬉しくて…)
 せっせと料理を作り続けて、ケーキなども焼いて過ごす間に…。
(なんだか眠くなって来ちゃった、と…)
 いつものように「ベッドに入った」ブルーだけれども、次の日の朝…。
(ホットケーキを何枚も焼いて、オムレツを焼く準備もして、だ…)
 待てど暮らせど、ブルーが起きては来ないものだから、起こしに行ってみたら…。
(呼んでも、揺すっても、頬を叩いても…)
 起きてくれなくて、慌てて救急車を呼んで病院へ。
 祈るような気持ちで、医者に呼ばれるのを待って待ち続けて、やっと呼ばれて…。
(大丈夫ですよ、とノルディが昔、そう言ったように…)
 医者がケロリと告げて来る。
 「サイオンが目覚めるまで眠るだけです、心配なんかは要りませんよ」と。
 栄養も水も必要は無くて、ベッドに寝かせておくだけだけれど…。
(何年か、かかるかもしれませんね、と…)
 言われちまったら、俺は泣くぞ、と思うものだから、祈るしかない。
 「ブルーが冬眠しませんように」と。
 冬眠されたら、眠るブルーを見ていることしか出来ないから。
 また十五年も待たされるなんて、サイオンが目覚めるためにしたって、御免だから…。



             冬眠されたら・了


※ブルー君が冬眠してしまうかも、と恐ろしいことを考えてしまったハーレイ先生。
 前のブルーが15年間も眠ったからには、有り得ないとは言い切れないのが怖いですよねv








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(閉じ込められちゃう、っていうことが…)
 あるらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(エレベーターに乗ってる時とかに…)
 止まってしまって外に出られず、閉じ込められるというケースがある。
 人間が全てミュウになっても、その手のトラブルは無くなっていない。
(閉じ込められた人が、タイプ・ブルーだったら…)
 瞬間移動で出てゆくことは可能だけれど、面白いことに、そうではなかった。
 閉じ込められたら、係を呼んで「出して貰う」のが社会のルール。
(サイオンは、使わないのがマナーで…)
 他の手段があるのだったら、そちらを使うべきだとされる。
 エレベーターなどの閉じ込めだったら、係が来るまで「出ないで」待つ。
 たとえ急いでいたとしたって、慌てて出てゆくべきではない。
(よっぽど急ぎで、係を待ってる場合じゃなくて…)
 なんとかせねば、という時にしても、出てゆく前に通報はしておかねばならない。
 係を呼び出し、「閉じ込められてしまいました」と、現場や自分の状況などを。
 「とても急ぐので、自分で出ます」と伝えて、それから外へ出てゆく。
 でないと後で、乗ろうとした人が困ってしまうことになる。
(エレベーターが来ないんだけど、って…)
 いつまでも待つとか、代わりに階段を使うとか。
 係が気付けばいいのだけれども、気付かなかったら、大勢の人が迷惑する。
 故障が直って、エレベーターが動き出すまでの時間が伸びて。
 誰かが係に「おかしいですよ」と伝えない限り、修理係は来ないのだから。
(…そうならないように、きちんと係に連絡をして…)
 それが済んだら瞬間移動で外に出るのが、今の時代の正しいやり方。
(おまけに、急いでないんなら…)
 瞬間移動の能力を持っていたって、「出して貰える」まで、じっと待つべき。
 焦って外へ出てゆくようでは、まだまだ立派な大人と言えない。
(それをやっても「仕方ないな」で許されるのは…)
 多分、学生までなんだよね、と子供のブルーでも知っている。
 上の学校の生徒までなら、待ち合わせの時間に遅れそうだ、と飛び出すこともあるだろう。
 ところが大人は、そうはいかない。
 社会のマナーやルールというものを、ちゃんと守れるのが「一人前の大人」だから。


 瞬間移動が出来る人間には、少々、不便な今の世の中。
 閉じ込められてしまったが最後、自分の力ではどうにもならない。
(正確に言えば、どうにか出来る方法は、持っているんだけれど…)
 使いたくても使えないわけで、苛立つ場面もあるかもしれない。
 「待ち合わせの時間が、すぐそこなのに」と腕時計を見て、舌打ちをして。
 係が来るのを待っている間も、踵で床をコツコツと蹴って。
(だけど、それでも出て行かないのが…)
 マナーでルールになっているから、待たされた方も、その件について怒りはしない。
 たとえ半時間、一時間などと待たされようと。
(ホントは思念波も、使わないのがマナーだけれど…)
 そうした時なら、連絡手段に使ってもいいとされている。
 「閉じ込められてしまって、遅くなります」と相手に伝えて、待っていて貰う。
(連絡ついでに、思念でお喋り出来たなら…)
 いい暇つぶしになりそうだけれど、そちらの方は…。
(マナー違反になっちゃうみたい…)
 子供だったら別だけれど、とブルーにも充分、分かっている。
 「遅れそうです」と伝えた後は、「係を待つ」しか無いらしい。
 待たせている人と思念で話しはしないで、他のことをして待っているしかない。
 本でも持っているのだったら、それを読みながら。
 時間つぶしの種が無いなら、ただただ不運を呪いながら。
(…厄介だけれど、今のぼくだと…)
 最初っから、そうなっちゃうんだよ、と苦笑する。
 タイプ・ブルーには違いなくても、今の自分はサイオンを上手く扱えない。
 「ソルジャー・ブルー」だった頃には、息をするように自然に、あれこれ出来たのに。
 瞬間移動も簡単に出来て、アルテメシアの雲海に潜むシャングリラから…。
(地上に向かって、一気に飛んで…)
 一瞬でヒョイと出てゆけたのに、今の自分はエレベーターから出られもしない。
 閉じ込められてしまった時には、社会のマナーやルールを守る以前に、自分のために…。
(出られなくなってしまったんです、って通報しないと…)
 エレベーターの中から出られないまま、閉じ込められているしかない。
 待ち合わせの時間に遅れるだとか、贅沢を言える立場でさえない。
 なにしろ「自分では出られない」のだから。
 出てゆきたくても出てゆけなくて、係に出して貰うしかない。
 瞬間移動でヒョイと出るなど、今の自分には無理だから。
 逆立ちしたって出来はしなくて、「出られないんです」と通報するのが精一杯で。


 なんとも困った、と思うけれども、幸い今まで、閉じ込められた経験は無い。
 ついでに「社会のマナー」で言うなら、自分では「出られない」のだし…。
(まだ子供なのに、ちゃんと係に連絡をして、じっと待ってるタイプ・ブルーで…)
 良い子の見本になれそうではある。
 サイオンが不器用で「出られない」ことさえ知られなければ、係に褒めて貰えるだろう。
 「タイプ・ブルーなのに、待っていたの?」と、「我慢強いね」と、手放しで。
(それはとっても嬉しいんだけど…)
 閉じ込められるのは困るよね、と顎に手を当てる。
 学校やデパートのエレベーターなら、係が直ぐに来そうだけれど…。
(本屋さんとかだと、係は常駐してなくて…)
 何処かの会社から駆け付けることになるだろうから、かなり時間がかかりそう。
 半時間で済めばいいのだけれども、一時間も出られないだとか。
(そんなの、困る…)
 待ち合わせの予定が無くても困っちゃうよ、と思った所でハタと気付いた。
 今はチビだから、ハーレイとデートは出来ないけれど…。
(大きくなったら、もちろんデートに行けるから…)
 ハーレイの仕事が終わるのを待って、それからデートもあるかもしれない。
 喫茶店などで待ち合わせをして、ハーレイが来たら、デートの始まり。
(ワクワクしちゃって、うんと早めに家を出て…)
 待ち合わせの場所に早く着き過ぎるようなら、時間を調整しなくては。
 喫茶店で待ってもいいのだけれども、紅茶だけでは長居は出来ない。
(ぼくが、沢山食べても平気なタイプだったら…)
 注文を重ねて待てば良くても、生憎、それは出来そうにない。
 出来たとしても、ハーレイが店に着いた時には…。
(お腹一杯で、なんにも食べられなくって…)
 せっかくのデートが、台無しになってしまいそう。
 ハーレイが予約を入れている店で、食事したくても食べられなくて。
 待ち合わせ場所の喫茶店でも、ハーレイのお勧めのケーキやタルトやパイなどが…。
(色々あるのに、どれもお腹に入らなくって…)
 ハーレイが注文して「味見するか?」と尋ねてくれても、味見も出来ない。
 その上、ハーレイのお勧めのお菓子は…。
(ぼくが注文して食べた中には、一つも入ってないんだよ…!)
 悲劇だよね、と泣きたくなるから、喫茶店で長居をしてはいけない。
 他の場所に出掛けて時間調整、書店に行くとか、歩きすぎて疲れないコースを選んで。


(ぼくが選んで入りそうなのは、本屋さん…)
 色々なフロアで棚にある本を眺める間に、時間はかなり潰せるだろう。
 じっくり本を選びたい人が座るための椅子も、テーブルも用意されている。
(疲れずに待てて、ゆっくり出来て…)
 丁度いいけれど、フロアからフロアへ移動するには、エレベーターに乗ることになる。
 エスカレーターも設置されてはいても、一気に何階か移動するなら…。
(エレベーターの方が、断然、便利で…)
 速いものだから、そっちを選んで乗るのが定番。
 特に書店に入った直後は、一番上にあるフロアまで…。
(エレベーターに乗って上がって、其処から下のフロアを順に…)
 回ってゆくのがお気に入りだし、時間つぶしに入った場合も、きっと変わらない。
 一気に上まで、そういうつもりで乗り込んで…。
(途中で乗って来る人もいなくて、ぼく一人だけで…)
 貸し切り状態で上昇中に、エレベーターが止まってしまったら…。
(どうするわけ!?)
 大変じゃない、と青ざめた。
 ハーレイとの待ち合わせ時間には、まだ早いから、と書店に入ったまではいい。
 ところが「エレベーターに閉じ込められてしまった」わけで、今の自分の力では…。
(出られなくって、係の人を呼ぶしかなくて…)
 閉じ込められたのが書店のエレベーターでは、係の到着は遅くなりそう。
 これが学校やデパートだったら、係は直ぐに来てくれるのに。
 修理に時間がかかったとしても、一時間も待たずに済みそうなのに。
(でも、本屋さんのエレベーターだと…)
 修理係が何処から来るのか分からないから、場合によっては一時間経っても…。
(お待たせしました、今、着きました、って…)
 連絡が入って、それから修理が始まることもあるかもしれない。
 そうなったならば、待ち合わせの時間は、ぐんぐん迫って、もしかしたなら…。
(過ぎてしまうかも…!)
 そんなの困る、と泣きたいけれども、どうすることも出来ないらしい。
 ハーレイに「ごめん、閉じ込められちゃって…」と思念で伝えることも出来ない。
(今のぼくには、非常事態でも、思念で連絡なんかは無理で…)
 自分がどういう状況にあるか、ハーレイに知らせる手段は無い。
 ハーレイが時間通りに喫茶店に着いたら、其処に「ブルー」の姿は無くて…。
(遅れてるんだな、って腰を下ろして、コーヒーを頼んで…)
 ブルーが来るのを、のんびりと待つことになるだろう。
 いったい何が起きているのか、まるで全く知らないままで。


(…どうすればいいの…!?)
 出られない上に、連絡だって出来ないんだよ、と涙が出そう。
 今の自分は、どうしようもなく駄目らしい。
 タイプ・ブルーに相応しく「とても急いでいますので」と、係に告げて「出る」のも無理。
 その「出られない状況」について、ハーレイに伝えるための思念も紡げはしない。
(泣きながら待っているしか無いの…?)
 外に出られるようになるまで…、とパニックだけれど、係と連絡は出来るのだから…。
(泣いていないで、落ち着いて…)
 すみませんが、と頼めばいいんだ、と閃いた。
 「閉じ込められてしまって出られない」ことを、ハーレイに伝えて貰えるように。
 待ち合わせの時間が近付いて来たら、そうすればいい。
 「この店で、待ち合わせの約束をしているんです」と、まずは喫茶店の名前を告げる。
 場所も伝えれば、より正確な情報になることだろう。
 そして、その店を探して貰って、待ち合わせの時間に現れたハーレイを見付けて貰って…。
(待ち合わせのお相手が、閉じ込められておられるようです、って…)
 閉じ込められた書店の名前と場所を、ハーレイに伝えて貰えばいい。
 「暫く時間がかかるそうです」と、「おいでになるまで、お待ち下さい」と。
(そしたらハーレイも、ぼくも安心…)
 出られるようになったら、大急ぎで喫茶店に走って行くよ、と思ったけれど。
 店に着いたら、「遅れてごめんね」と、息を切らせて謝ろう、とも考えたけれど…。
(ううん、ぼくが閉じ込められてる時に…)
 ハーレイがのんびりコーヒーを飲んで、店で待っているわけがない。
 今も昔も、ハーレイはそういうタイプではなくて、判断も行動も、うんと早くて…。
(気配りだって、人一倍で、だからキャプテンをやってたわけで…)
 コーヒーなんか、絶対、飲んでる場合じゃないよ、と顔が綻ぶ。
 「ハーレイだったら、きっと思念が飛んで来るよね」と、その時の自分を想像して。
 ブルーがどうなってしまったのかを、今のハーレイが知ったなら…。
(待ってろ、直ぐに行くからな、って…)
 喫茶店を飛び出して、書店に駆け付けて来てくれる。
 エレベーターから出られた時に、「ハーレイ」が其処にいられるように。
 長い間、閉じ込められてしまったブルーを、慰め、デートに連れてゆくために。
(うん、ハーレイなら、きっとそう…)
 閉じ込められちゃっても、そんなショックは吹っ飛んじゃうよ、と断言出来る。
 ハーレイからの思念が「待ってろ」と届いた瞬間に。
 「直ぐに行くから」と聞こえた途端に、そして出られて会えた時には、もう完全に…。



           閉じ込められちゃっても・了


※エレベーターなどに閉じ込められても、自分の力では出られないのが今のブルー君。
 ハーレイ先生とデートの時に、そうなったら…。ハーレイ先生、駆け付けてくれますよねv








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(閉じ込めか…)
 こればっかりは無くならんよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 どういうわけだか、ポンと頭に浮かんで来たのが「閉じ込め」という言葉。
 今の時代も、「閉じ込められる」ことは無くなっていない。
(人間が全て、ミュウになっても、この手のヤツは…)
 現役で健在なんだよな、と思うと少し可笑しくなる。
 ミュウがいなかった時代はまだしも、今なら閉じ込められたって…。
(タイプ・ブルーだったら、瞬間移動で…)
 ヒョイと出られるから、騒ぐ必要など何処にも無い。
 ところがどっこい、タイプ・ブルーでも「閉じ込められてしまう」のが今の世の中。
(全員がミュウになるまでの間の、移行期だったら…)
 タイプ・ブルーが「閉じ込められる」ケースは無かっただろう。
 その時代ならば、彼らは「自力で」脱出した上、一緒に閉じ込められた人がいたなら…。
(能力次第で、一緒に連れて出てやれば…)
 閉じ込めの問題はそれで解決、後は救助を待てば良かった。
 流石に「何人も」連れて出るのは疲れることだし、サイオンだって減少してしまう。
 だからその場で「助けを待つ」のが、賢明だったことだろう。
 その内に救助の人が到着、水も食料も、乗り物も運んで来てくれるから。
(しかし、今では…)
 サイオンは「使わない」のが社会のマナーで、誰もがそれを心得ている。
 閉じ込められてしまった場合も、命の危険が無い限りは…。
(救助を待て、ってことになってて…)
 待たずに出られるタイプ・ブルーも、サイオンは使わないで「待つ」。
 閉じ込められたのが、自分一人でも。
 他には誰もいない状況、見ている人さえいない時でも、待っているのが正しい方法。
(エレベーターに乗ってて、目的の場所が自分の家でも…)
 家がある階まで残り僅かでも、「閉じ込められてしまいました」と、係を呼び出す。
 エレベーターが再び動き出すまで、半時間ほどかかったとしても。
 係が直ぐには来られないなら、「出て下さっていいですよ」というケースはあるけれど…。
(それでも出ないで、じっと待つのが今なんだよなあ…)
 待てるのが立派な大人ってヤツで…、と苦笑する。
 「出て下さっていいですよ」でパッと出るのは、学生までだ、と。


 なんとも愉快な、ミュウしかいない世界のルール。
 「サイオンは使わない」のがマナーだからと、閉じ込められても「待つ」なんて。
(こいつが、前の俺の時代なら…)
 もう我先に出ちまったよな、と考えなくても答えは出る。
 もっとも、当時に「出られた」者など、数えるほどしかいなかった。
 前のブルーと、それからジョミー、ナスカで生まれた子供たちだけで、たったの九人。
(トォニィたちなら、絶対、出たぞ)
 まあ、子供ではあったがな、と顎に手を当て、「うん」と頷く。
 身体は大人になっていたって、彼らの中身は子供だったし、今の学生と変わらない。
 「出て下さってもいいですよ」と言われなくても、勝手に出ていたことだろう。
 それこそ自分の判断で。
 「救助なんかを待っているより、出た方が遥かに早いじゃないか」と。
(…今の時代も、そういう輩は少なくなくて…)
 「閉じ込められた」と通報もせずに、出て行ってしまって、それでおしまいなこともある。
 社会のルールやマナーを身につけるには、まだ充分ではない年の子ならば、そうなってしまう。
(でもって、自分が出られさえすりゃ…)
 それで問題は解決するから、周りの大人に話しもしない。
 閉じ込められたことなど忘れて、遊びに行ったり、家に帰っておやつを食べたり。
(そんなわけだから、エレベーターが故障してたって…)
 次に乗ろうとした誰かが気付くか、管理している係が気付く時まで、直りはしない。
 閉じ込められた子が、たった一言、「止まってますよ」と知らせれば、じきに直ったのに。
(でもまあ、子供のやることだから…)
 そんなモンだ、と理解出来るし、大人だったら、誰でも同じに理解する。
 「仕方ないな」と笑って許して、子供を呼んで叱りはしない。
(だが、そういった子供でも…)
 育つ間に、自然と学んで、通報するようになってゆく。
 「出られさえすれば、それでいいや」と考える代わりに、「次に乗る人もいるんだから」と。
 もっと大きく育っていったら、もう勝手には出てゆかない。
 係を呼んで「大人しく待って」、エレベーターが動き出したら、御礼を言って去ってゆく。
 閉じ込められていた時間が長くて、自分の持ち時間が大きく削られていても。
 遊びに行くのが遅くなろうが、会議に遅刻する羽目になろうが。
(それで文句を言うわけじゃなくて、待たされちまったりした方だって…)
 もちろん文句を言いはしないし、「仕方ないな」と許してくれる。
 許すどころか、「大変な目に遭いましたね」と同情しきりで、何か奢ってくれたりもして。


 そうした時代になっているから、「閉じ込められる」ことは無くなっていない。
 エレベーターだの、遊園地にある観覧車だの、と様々な場所で「閉じ込められる」。
(山の上の風景を堪能しよう、とゴンドラとかに乗って行ったら…)
 閉じ込められてしまう時があったりするのも、よくある話で珍しくない。
 そういう時でも、地上から遠く離れた所で、救助が来るまで「待っている」もの。
 「タイプ・ブルーだから」とサッサと出ないで、まずは通報、それから「待つ」。
 悪天候で止まってしまって閉じ込められても、故障で止まってしまった時も。
(係の方から、出られるお客様は出て下さい、と言って来たなら…)
 該当する者はサイオンを使い、能力があったら救助もする。
 自分がヒョイと出てゆく代わりに、子供や、具合が悪くなった客を先に出したりもして。
(いい時代だよなあ…)
 本当にいい時代になった、と感慨深いものがある。
 誰もが他人を思い遣るのが、今の時代は「当たり前」。
 「自分さえ良ければ」と思いはしないで、助け合える時には助け合う。
(俺とブルーが、そんな具合に閉じ込められても…)
 やっぱり同じに助け合ったり、譲り合ったりすることだろう。
 二人で暮らし始めた未来に、そうなったなら。
 エレベーターだの、ゴンドラだので、閉じ込められてしまった時は。
(俺たちの他には、誰もいなくても…)
 もちろん勝手に出てゆかないさ、と思うけれども、その前に「それ」は無理な相談。
 今のブルーは、前のブルーとそっくり同じに、タイプ・ブルー生まれてはいても…。
(…サイオンが不器用になっちまってて…)
 思念波もろくに紡げないほどだし、瞬間移動など出来るわけがない。
 自分だけ先に出られはしないし、もちろん「ハーレイ」を脱出させられもしない。
(つまりは二人で、じっと待つだけ…)
 助けがやって来るのをな、と想像すると笑いがこみ上げて来る。
 「なんてこった」と、「ソルジャー・ブルーが、閉じ込められてしまうなんて」と。
 今も伝説になっているのが、前のブルーで「ソルジャー・ブルー」。
 前のブルーが存命だった時代でさえも、人類はブルーを「伝説のタイプ・ブルー」と呼んだ。
 ブルーの他には「タイプ・ブルー」が誰もいなくて、その能力は脅威だったから。
 けれども、今のブルーは「違う」。
 閉じ込められても「出られもしない」し、他の者を代わりに脱出させることも出来ない始末。
 いつか「閉じ込められた」時には、たちまち困ることだろう。
 「閉じ込められちゃったよ、どうしよう」と、「ハーレイ」に助けを求めるだけで。


(俺が係に通報するしか無いだろうなあ…)
 二人で閉じ込められた時には、とマグカップの縁を指先で弾く。
 今は「ハーレイ」の方が年上なのだし、ブルーの保護者的な存在でもある。
 ブルーが前のブルーと同じ姿に育っていようと、その構図はきっと変わりはしない。
(通報したら、まずはブルーを落ち着かせて、だ…)
 それから救助を待つのだけれども、直ぐには来ないかもしれない。
 エレベーターなら、半時間も待てば大抵は解決するけれど…。
(…悪天候で止まったゴンドラだったら…)
 もっと時間がかかることだろう。
 場合によっては「お客様は、タイプ・ブルーでらっしゃいますか?」と聞かれる可能性もある。
 「天候が回復しそうにないので、出られそうなら出て下さい」と、脱出の許可が出て。
(そう言われてもなあ…?)
 こっちも困っちまうんだが…、とコーヒーを一口、喉の奥へと送り込む。
 「タイプ・ブルーは一人いるんだが、どうにもならん」と。
 今のブルーは出られはしないし、ハーレイを先に出すことも出来ない。
 だから係の者への答えは、「いるにはいるんだが、いるってだけだ」になるだろう。
 「タイプ・ブルーには違いないんだが、サイオンが不器用で駄目なんだ」と。
(…俺がそう言ったら、ブルーの方は…)
 たちまち泣きそうな表情になって、「ごめんね」と詫びて来るのだろうか。
 「ぼくのせいだ」と、「ぼくのサイオンが普通だったら、出られたのに」と。
(泣きそうどころか、泣いちまうかもなあ…)
 閉じ込められてる時間が長くなったらな、という気がする。
 天候が回復するかどうかは神様次第で、かかる時間も全く読めない。
 天気予報が進歩したって、其処の所は今も昔も…。
(ちっとも変わっちゃいないんだ…)
 俺がキャプテンだった頃から…、と承知している。
 天気は急に変わるものだし、そのせいで「ゴンドラに閉じ込められる」。
 運行している会社や係が、常に気を付け、細心の注意を払って動かしていても。
(待てど暮らせど、動かなくって…)
 一定の時間が経過したなら、救助の係がやって来る。
 まずはサイオン抜きでの救出、それが無理なら、瞬間移動のエキスパートの登場になる。
 ゴンドラの中にヒョイと現れ、乗客を瞬間移動で救助。
 一人ずつ抱えて、順番に。
 安全な所まで一気に運ぶケースもあれば、下に降ろすだけのこともある。
 どちらにしたって、待てば助けは来るのだけれど…。


(あいつ、本当に泣いちまうよなあ…)
 助けがやって来るまでに、と「その光景」がまざまざと目に浮かぶよう。
 「ごめんね、ハーレイ」と、「出られないの、ぼくのせいだもの」と泣きじゃくるブルー。
 下手をしたなら、泣き崩れてしまうことだろう。
 「ぼくが悪いんだ」と、「ゴンドラに乗ってみたいよね、って誘ったから」などと言い出して。
(あいつは、少しも悪くないのに…)
 悪いのは天気のせいなんだがな、と思いはしても、ブルーには、きっと通じない。
 タイプ・ブルーのサイオンさえあれば、「外に出られた」筈なのだから。
(そうならないよう、閉じ込められても…)
 あいつが泣かずに済むような工夫をしてやらないと…、と考えをゆっくり巡らせてゆく。
 「落ち込んじまう前に、手を打たないと」と。
(あいつと何処かへ出掛ける時には、非常食を持っておくべきかもな?)
 甘い物はストレス解消にもなるし、とチョコレートなどを挙げて思案する。
 「そういうのを持っていなかった時は、どうするかな?」とも。
 閉じ込められても、ブルーには「ハーレイと一緒なら安心だよね」と笑顔でいて欲しいから…。



              閉じ込められても・了


※タイプ・ブルーでも「閉じ込められてしまう」のが、人間が全てミュウになった時代。
 ハーレイ先生とブルー君も、閉じ込められてしまうかも。ハーレイ先生、頼りになりそうv









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(今日はハーレイに会えなかったけど…)
 きっと明日には会えるよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は学校でハーレイに一度も会えなかった上、家にも寄ってはくれないまま。
 会えずに終わってしまったけれども、明日には会えることだろう。
(明日が駄目でも、明後日もあるし…)
 週末になれば家に来てくれるし、待っていたなら必ず会える。
 なんと言っても、同じ町で暮らしているのだから。
(おまけに、青い地球なんだよ)
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が焦がれ続けた水の星。
 其処に、ハーレイと生まれて来られた。
 結婚出来る年になったら、今度はハーレイと一緒に暮らせる。
 誰にも遠慮しなくていいし、二人の仲を隠さすことなく、堂々と。
(今のハーレイ、ケチなんだけど…)
 唇へのキスもくれないけれども、それも背丈が前の自分と同じになるまでの我慢。
 大きくなったらキスが貰えて、デートにも行ける。
(あと、ちょっとだけの間の我慢…)
 うんと長いような気がするけれど、と思いはしても、文句は言えない。
 今の自分が生きているのは、聖痕をくれた神様のお蔭。
 その神様から新しい命と、前とそっくり同じに育つ身体を貰った。
 ハーレイも青い地球の上にいて、同じ町に住んでいるという素晴らしさ。
(文句なんかは言えないよね…)
 こうじゃなかった可能性だってあるんだから、とハタと気付いた。
 同じように地球に生まれて来たって、ハーレイが其処にいないとか。
 あるいは、ハーレイも地球にいたって…。
(人間じゃない、ってこともあったかも…)
 有り得るよね、と顎に手を当てた。
 二人で生まれ変わって来ても、今度は人ではなかった、ということもあるのだ、と。


 前と同じに育つ身体をくれた神様。
 聖痕をくれた神様なのだし、お安い御用だっただろう。
 けれど奇跡が起こらなかったら、ハーレイと二人、奇跡的に生まれ変われても…。
(ちゃんと二人とも地球に来られても、人間じゃなくて…)
 別の種族の生き物だったのかもしれない。
 猫や犬やら、他にも生き物の種類は沢山あるのだから。
(人間以外に生まれて来ても…)
 ハーレイと同じ種族の生き物だったら、まだしもマシと言えるだろう。
 たとえ砂漠のネズミだろうが、もっと過酷な雪と氷の世界で暮らす動物だろうが。
(ハーレイと一緒に生きてゆけるんだったら…)
 砂嵐に追われる日々ばかりでも、きっと幸せだと思う。
 見渡す限り雪と氷で、食べ物を探すのが大変な毎日の繰り返しでも。
(だって、ハーレイと一緒なんだから…)
 どんな所でも天国だよね、と暮らしてゆける自信はある。
 けれども、そうはならなくて…。
(ぼくとハーレイ、別の種族の生き物に生まれて来ちゃったら…)
 厄介なことになりそうだ、と深く考えなくても分かる。
 種族が違えば、巡り会うことは出来たって…。
(ハーレイと一緒に生きてゆくのは…)
 そう簡単なことではない。
 なにしろ別種の生き物なのだし、出会えはしても…。
(ぼくはウサギで、ハーレイは人間だったとか?)
 幼い頃にウサギになりたいと願っていたから、ウサギがポンと頭の中に飛び出した。
 今の自分がウサギだったら、ハーレイとの出会いはどうなるだろう。
(野生のウサギに生まれて来てたら、何処かの山か草原で…)
 リュックを背負ったハーレイを見付けることになるかもしれない。
 「あっ、ハーレイ!」といった具合に、前の自分の記憶が一気に戻って来て。
 そしたら急いで飛び出して行って、ハーレイの周りを跳ね回る。
 「ぼくだよ、ブルーだよ、覚えていない?」と。
 「お願い、ぼくを思い出してよ、ねえ、ハーレイ!」と、懸命に。


(ハーレイだったら、きっと気付いてくれるよね?)
 ピョンピョン必死に跳ねるウサギが、「ブルー」なのだということに。
 時の彼方で愛した人が、ウサギになって戻って来た、と。
(きっとそうだよ、ハーレイだって記憶が戻って…)
 ウサギの姿の「ブルー」を見詰めた後に、ヒョイと抱き上げてくれるだろう。
 「そうか、お前か」と、それは嬉しそうな笑顔になって。
 それからリュックを下ろして座って、お弁当を広げるかもしれない。
 「ウサギでも食えそうなものが入ってたかな?」と、いそいそと。
(ハーレイが作ったお弁当だよね、何処かで買って来たんじゃなくて…)
 今のハーレイも料理が得意なんだから、と想像の翼を羽ばたかせる。
 お弁当の中身は、手の込んだものに違いない。
 出掛けた先でのんびり食べよう、とハーレイが腕を揮った料理。
(だけどウサギは、そんな料理は食べられないから…)
 ハーレイが選んで分けてくれるのは、生の野菜やフルーツなど。
 それでも充分、幸せな気分で食べられそう。
 またハーレイに出会えた上に、お弁当を分けて貰えたのだから。
(シャングリラの厨房で、前のハーレイが試作品を分けてくれたこととか…)
 色々な懐かしいことを思い出して、胸が一杯になってしまいそう。
 そしてモグモグ齧っている間に、ハーレイが優しく語り掛けてくるのだろう。
 「俺と一緒に帰らないか?」と。
 「心配しなくても、家には庭があるんだからな」と、新しい暮らしを提案して。
(もちろん、ハーレイと一緒に行くよ!)
 うんと苦労して掘った巣穴は、捨ててしまって構わない。
 頑張って見付けた美味しい草が生えている場所も、もう要らない。
(新鮮な草なら、きっと庭でも…)
 あるのだろうし、ハーレイだったら「ウサギのブルー」が食べられるように…。
(畑を作って、いろんな野菜を育ててくれて…)
 「どれでも好きに食っていいぞ」と、気前良く言うに違いない。
 「育つ前に、お前が全部食っても、また植えるから」と。
 「足りない分は買って来るから、好きな野菜を選んで食えよ」と胸を叩いて。


 野生のウサギに生まれて来たなら、ハーレイと出会えば一緒に暮らせる。
 家に帰ってゆくハーレイに連れられ、ハーレイの家がある町へ引っ越しして行って。
 ハーレイが一人で住んでいた家の中には、「ウサギのブルー」の寝床も出来ることだろう。
 庭にウサギ小屋を作るのではなくて、きっとハーレイと同じ部屋。
(寝心地のいい籠を用意してくれて…)
 夜はゆっくり其処で眠って、昼間は家の中で好きに過ごして、庭に出るための…。
(扉も作ってくれるよね?)
 ウサギでも簡単に開けられるけれど、意地悪な風や雨などは入って来られないものを。
 「どうだ、お前の身体にピッタリだろう?」と、ハーレイが工夫してくれて。
(うんと幸せ…)
 ウサギでもね、と思うけれども、野生のウサギではなかった場合は…。
(…ハーレイと出会うことは出来ても、家で一緒には暮らせないかも…)
 そうなっちゃうかも、と思い当たるケースは山とある。
 幼稚園だの、ウサギとの触れ合いが売りの牧場だので暮らしているウサギだと…。
(運良く、ハーレイを見付けられても…)
 ハーレイの方でも気付いてくれても、その場で「一緒に帰ろう」と言えるわけがない。
 「ウサギのブルー」には飼い主がいて、まずはその人に頼む所から。
 「このウサギを分けて貰えませんか」と、大の大人のハーレイがペコペコ頭を下げて。
(…なんでウサギが欲しいんですか、って…)
 飼い主はハーレイに尋ねるだろうし、ウサギを飼った経験の有無も訊くだろう。
 挙句に「駄目です」と断られたなら、ハーレイと暮らすどころではない。
 せっかく巡り会えたというのに、人間のハーレイは「ウサギではない」ものだから…。
(お休みの日に、せっせと訪ねて来てくれるだけで…)
 ニンジンを食べさせてくれたりはしても、「またな」と家へ帰ってゆく。
 ハーレイの家は其処ではなくて、「人間のゲスト」の宿泊施設も、其処には無いから。
(それでも、頑張って通っていれば…)
 飼い主の方が根負けをして、譲ってくれる日が来るかもしれない。
 そうなればハーレイの粘り勝ちだけれど、それさえ出来ないケースもある。
 「ウサギのブルー」が、誰かのペットだったなら。
 何処かの子供が大事にしている、とても大切な「小さな友達」。
 そういう場合は譲るどころか、ハーレイは「ブルー」に触れないかもしれないのだから。


(…小さな子供は、うんとペットを可愛がってて、とても大事な友達で…)
 その「友達」を譲るだなんて、とんでもない。
 自分と家族以外の誰かに「触らせる」のも嫌がりそう。
(触っちゃ駄目、って…)
 「ウサギのブルー」をしっかりと抱いて、ハーレイを睨みそうな「飼い主」。
 ウサギになった「ブルー」は、バタバタ暴れるだけ。
 ハーレイの側へ行きたくっても、飼い主が離してくれないから。
 ウサギの言葉は、人間の耳には届くことなど無いのだから。
(ハーレイと一緒に暮らしたいよ、って泣き叫んでも…)
 飼い主も家族も、決して気付くことなどは無くて、代わりに餌を差し出して来る。
 「どうしたの?」と御機嫌を取りに、ウサギの好物のおやつなどを。
(…全然、駄目だよ…)
 ハーレイと暮らせる日なんて来ない、と涙が出そう。
 そうこうする内に、「ウサギのブルー」の寿命は尽きてしまうのだろう。
 何と言ってもウサギなのだし、寿命は人間のハーレイよりも短くて…。
(…ハーレイと一緒に暮らしたかったよ、って…)
 涙ぐみながら死んでゆく時も、ハーレイは側にいられないのに違いない。
 「ウサギのブルー」の飼い主からすれば他人なのだし、いくら仲良くなっていたって…。
(うちのウサギが死にそうなんです、って連絡なんかはしないよね?)
 もしハーレイが「そういう時には知らせて下さい」と頼んでいたとしても、所詮はウサギ。
 ハーレイが仕事に行っている間に、「ウサギのブルー」が倒れても…。
(今はお仕事中だから、って…)
 連絡するのは控えるだろうし、そうなればおしまい。
 「ウサギのブルー」は前と同じに、ハーレイに会えずに死んでゆく。
 メギドで死んだ時と違って、飼い主の一家が側にいたって、一人ぼっちと同じこと。
(ハーレイに会いたかったよね、って…)
 最期に一粒涙を零して、「ウサギのブルー」は死ぬのだろう。
 おまけに「大切なペット」で、「家族の一員」だった「ブルー」は…。
(その家の庭に埋められちゃって、ハーレイは、また…)
 愛した人の亡骸さえも、その手に抱き締めることは出来ない。
 墓標が出来ても、それがある庭を「外から」眺めて、ポロポロと涙を流すだけで。


(…前と同じで、うんと悲しくて寂しいってば…!)
 ペットのウサギだった時は、とブルッと震えて、もっと恐ろしい考えになった。
 「ハーレイが、人間でもウサギでもなくて、別の種族だったら?」と。
 「ブルー」はウサギに生まれて来たのに、「ハーレイ」はウサギでも人間でもない。
 考えたくもないのだけれども、よりにもよって「ウサギの天敵」。
 空からウサギを狩りに来る鷹や、この地域にはいないオオカミといった獣たち。
(…鷹だったら、まだマシなんだけど…)
 きっとハーレイは「獲物」が「ブルー」なのだと気付く。
 そうなれば襲い掛かりはしないで、頭上を舞って、怖がらせないように近付いて…。
(地面に降りて、ぼくをじっと見詰めて…)
 「怖がるな、俺だ、忘れたのか?」と、首を傾げて尋ねてくる。
 「こんな姿になっちまっても、俺は俺だ」と、「お前を食いやしないから」と。
(ぼくも、ギュッと目を瞑ってたのを、恐々と開けて…)
 其処に「鷹になったハーレイ」を見付けて、嬉しくなって飛び付きそう。
 「ハーレイだよね!」と大喜びで、「もう離れない」と、巣穴に案内して。
(鷹のハーレイ、ぼくの巣穴の側で暮らして、番をしてくれて…)
 「ウサギのブルー」は、他の獣に狩られることなく、のびのびと生きてゆけそうな感じ。
 だから鷹なら、まだいいけれど…。
(…オオカミだったら…?)
 オオカミは群れで狩りをするらしいし、「ウサギのブルー」が彼らに見付かったなら…。
(その群れの中に、ハーレイがいても…)
 どうすることも出来ないままに、「ブルー」は狩られるのだろうか。
 「せめて、俺が」と、オオカミになった「ハーレイ」の牙が首に食い込んで。
 「すまん、ブルー」と、泣きそうなハーレイの心の声が聞こえて来て。
(…ぼくを食べなきゃ、ハーレイ、飢えて死んじゃうんだし…)
 そんな最期でも自分は構わないけれど、やっぱりお互い、辛いから…。
(別の種族だったら、とても大変…)
 同じ人間が一番だよね、と大きく頷く。
 今は二人で暮らせなくても、いつか結婚出来るから。
 前のような悲しい別れは来なくて、最後まで、ずっと一緒だから…。



          別の種族だったら・了


※ハーレイ先生と今の自分が、別の種族に生まれていたら…、と考えてみたブルー君。
 ブルー君がウサギだった場合、色々なケースがありそうです。ハーレイ先生が天敵だとかv








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(俺は幸せ者だよなあ…)
 今日はツイてなかったんだが、とハーレイは此処にはいない恋人を想う。
 夜の書斎でコーヒー片手に、寛ぎの時間を過ごしながら。
 生憎と今日は会えずに終わった、小さなブルー。
 前の生から愛した人は、生まれ変わって再び帰って来てくれた。
 まだ十四歳の子供なせいで、一緒には暮らせないけれど。
(学校で会えずに終わっちまって、あいつの家にも寄れなくて…)
 ツイていない、とガッカリだけれど、幸せ者だとも自覚させられる。
 きっと明日にはブルーに会えるし、明日が駄目でも、また明後日といった具合に次がある。
 会える機会は幾らでもあって、いつかは二人で暮らしてゆける。
 前の生では叶わなかった結婚式を挙げて、この家で。
(…そういう幸せが手に入ったのは…)
 神様のお蔭というヤツなんだ、と幸せな今を噛み締める。
 ブルーに聖痕を刻んだ神は、ブルーと自分に、新しい命と身体をくれた。
 しかもブルーが焦がれ続けた、本物の青い地球の上で。
(地球が蘇った時代というのも粋だし、前とそっくりに育つ身体も凄いんだ…)
 流石に神というだけはある、と心から感嘆せざるを得ない。
 今度の人生は、素晴らしいものになるだろう。
 辛い記憶が山ほど詰まった、時の彼方の前の生とは違って。
(俺も、あいつも、幸せ一杯で…)
 時には喧嘩もするだろうけれど、トラブルはきっと、その程度。
 シャングリラで暮らした時代のように、人類に追われる心配も無い。
(なんたって今は、人間はみんな、ミュウなんだしな?)
 忌み嫌われることもないさ、と思った所で、不意に頭を掠めた考え。
 同じ人間に生まれて来たから、ブルーと一緒に暮らしてゆける。
 けれども、これが違っていたなら、どうだろう。
 今の時代の人間は全てミュウなのだから、人間に生まれた場合は同じ人間になる。
(違うとなったら、別の種族ということだよな?)
 あいつと俺が、と顎に手を当てた。
 「そいつは、どんな具合になるんだ?」と首を捻って。


 青い地球の上に生まれ変わった、今の自分と、小さなブルー。
 どちらも同じ人間だけれど、別の種族なら、色々と変わって来るだろう。
(俺は人間に生まれて来たのに、ブルーは人間と違ってだな…)
 ウサギだろうか、と白くて赤い瞳の愛らしい動物を思い描いた。
 なにしろ今のブルーときたら、将来の夢がウサギだった頃があるらしい。
 今度も虚弱に生まれたブルーは、幼稚園にいたウサギたちがとても羨ましくて…。
(あんな風に、元気に跳ね回りたくて…)
 ウサギになりたい、と本気で夢を見ていたという。
 ついでに今の時代ならではの干支もウサギで、正真正銘、ウサギな部分も持っている。
(よし、ブルーがウサギだったってことで…)
 考えてみよう、と想像の翼を羽ばたかせた。
 ブルーがウサギなら、生きている環境は何通りかある。
 大きく分ければ、野生のウサギか、人間に飼われているウサギか。
(野生のウサギだったなら…)
 休日に山にでも出掛けて行ったら、其処でブルーと会うのだろうか。
 歩いている所へヒョッコリ姿を現すだとか、あるいは休んでいる時に…。
(俺が弁当を広げていたら、ウサギのあいつが…)
 ヒョイと顔を出して、その瞬間に、お互い、相手に気付くのだろう。
 遠く遥かな時の彼方で、共に暮らした愛おしい人。
 その人が今、目の前にいるということに。
(ウサギのブルーは、喋れなくても…)
 赤い瞳をクルクルとさせて、弁当を広げる「ハーレイ」の側に寄って来る。
 「ぼくだよ」、「ブルーだよ、覚えていない?」と耳をピクピクさせながら。
(もちろん、ブルーだと分かっているとも…!)
 分からないわけがないだろう、と自信の方はたっぷりとある。
 野生のウサギのブルーに会ったら、まずは弁当の中身を眺め回して…。
(ウサギが食っても、大丈夫なヤツが入っていたら…)
 それを手にして「食うか?」とブルーに差し出してやる。
 生野菜だとか、生のフルーツなどを。
 ブルーが美味しそうに食べる間に、「なあ、ブルー」と優しく呼んで、こう語り掛ける。
 「俺と一緒に家に帰ろう」と、「心配しなくても、家には庭があるからな」と。


 野生のウサギだったブルーは、こうして「家族の一員」になる。
 宝物みたいに大切に抱いて、家まで連れて帰って来て。
 庭には野菜を沢山植えて、ブルーがいつでも食べられるように、日々の手入れを欠かさない。
(しかし、ブルーが暮らす家は、だ…)
 庭に作った小屋ではなくて、ハーレイと同じ家の中。
 「ハーレイの部屋」の居心地の良さそうな場所に、ブルーの寝床を置いてやる。
 夜には其処に入って眠って、昼間は好きに歩き回って、庭に出るための扉も作って貰って…。
(毎日、のびのび暮らすといいさ)
 そんなあいつを見ているだけで幸せだよな、と心の中が温かくなる。
 「別に、ウサギでも構わないんだ」と、「一緒に暮らしていけるんなら」と。
 けれどブルーが、人に飼われているウサギだったら…。
(少しばかり、困ったことになるよなあ…?)
 幼稚園などにいるウサギだったら、頼めば譲って貰えるだろう。
 ウサギとの触れ合いが売りの公園だとか動物園でも、頼み込んだら、なんとかなりそう。
 せっせと通って「ブルー」に会って、うんと仲良く過ごす所を、しっかり印象付けたなら。
(どうしても、こいつがいいんです、と…)
 大の男が頭を下げれば、飼育係も苦笑しながら「いいですよ」と言うしかない。
 あちらにとっては、ブルーはウサギたちの中の一匹なのだし、こだわる理由は何も無いから。
 「ブルー」を譲って一匹減っても、代わりのウサギは直ぐに見付かるから。
(そういう場所で、飼ってるヤツならいいんだが…)
 誰かの家のウサギだったらどうしよう、と考え込む。
 今のブルーが夢に見ていた「いつか、ウサギになるんだよ」が実現していた場合みたいに…。
(通り掛かった家の庭で、白いウサギが跳ねていて…)
 それがこちらに目を向けた途端、互いの記憶が蘇る。
 ウサギのブルーは「ハーレイだ!」と気付くなり、跳ねて来るのだろうけれど…。
(野生のウサギの時と違って、その場で連れて帰るわけには…)
 いかないどころか、果たして譲って貰えるかどうか。
 大人が飼っているウサギだったら、頼めば可能かもしれないけれど…。
(その家の子供が可愛がってる、大切なペットだったなら…)
 どう頑張っても、飼い主の方は「ブルー」を譲ってくれないだろう。
 ウサギのブルーが「ハーレイ」に懐いて、離れたくなくて大騒ぎしても。


(…そいつは困るな…)
 悲恋じゃないか、と頭を抱えたくなるような展開。
 せっかく再び巡り会えても、けして一緒に暮らせはしない。
 ブルーは飼われている家の庭から、外へ出ることは出来なくて。
 ハーレイの方も、何度その家を訪ねて行っても、ブルーを独占出来るどころか…。
(家の人と仲良くなって、お茶を飲んだり、飯を食ったり…)
 時には「ブルーの飼い主」の子供を連れて、遊びに行ったりという羽目に陥るだろう。
 運が良ければ、遊びにゆく時、「ブルー」も一緒かもしれないけれど。
 ただし、ペット専用の籠に入って、飼い主の手で運ばれて。
 ウサギの「ブルー」に餌をやるのも、あくまで飼い主の役目のままで。
(…ごくごくたまに、「おじさんも、やる?」と、ブルー用のおやつを渡されて…)
 ブルーに食べさせてやることは出来ても、それが限界に違いない。
 どんなに足繁く通って行っても、「ウサギのブルー」は手に入らない。
 いつか「ブルー」が寿命を迎えて、神様の許に帰って行ってしまっても…。
(ブルーの墓は、その家の庭に作られて…)
 亡骸さえも、ハーレイの家に来てはくれない。
 前のブルーが、メギドへと飛んで、二度と帰って来なかったように。
 冷たくなったブルーの身体を抱き締め、弔いたくても、それさえ叶わなかったのと同じ。
(その家に行って庭を眺めたら、あいつの墓が…)
 あるってだけでもマシなんだがな、と思うけれども、辛すぎる。
 前のブルーと比べてみたなら、「ブルー」が眠っている墓がある分、マシであっても。
(…別の種族なら、そうなっちまうことも…)
 あるらしいな、と悲しい気分になって来た。
 愛おしい人と再会したって、一緒には暮らせない人生。
(人間とウサギっていう、うんと平和なケースでも…)
 そうなっちまうか、と眉間を指でトントンと叩く。
 「これだと、俺まで人間じゃなければ、もっと厄介になっちまう」と。
 別の種族に生まれて来るなら、ハーレイの方も「人間ではない」ことだってある。
 ブルーは同じに「ウサギ」だけれども、ハーレイは「人間」ではなくて…。
(ウサギを見付けたら、襲い掛かって…)
 食っちまう種族だったとか、というケースも考えられるのだから。


 大人しいウサギの天敵は多い。
 空を舞っている鷹などはもちろん、地域によってはオオカミもいる。
(俺が鷹なら、ブルーを見付けちまっても…)
 狩らずに逃がせばいいだけのことで、上手く運べば、友達にだってなれるだろう。
 「ウサギのブルー」も、「ハーレイ」のことを知っているから。
 今の姿は恐ろしい鷹でも、中身は優しい「ハーレイ」のまま。
 けしてブルーを食べはしないし、鷹のハーレイが側にいたなら、他の鷹には襲われない。
(ウサギのブルーも、安心して野原を跳ね回れて…)
 とても喜んでくれそうだけれど、オオカミだったら、事情が異なるかもしれない。
 野生のオオカミは、群れを作って狩りをする。
 だから「ハーレイ」も群れの一員、ある時、皆と狩りをしていて…。
(ウサギがいるぞ、と誰かが叫んで、一斉に追い掛け始めてから…)
 オオカミの自分が追っている獲物が、「ブルー」なのだと気付いてしまう。
 突然、記憶が戻って来て。
 懸命に逃げる白いウサギが、愛おしい人と重なって。
(そうなっちまったら、オオカミの俺に出来ることはだな…)
 ウサギのブルーを「逃がす」ことだけれど、仲間の獲物を「逃がす」のは野生の掟に反する。
 その上、群れで狩りの最中、他の仲間は怒り狂って「ハーレイ」に襲い掛かるだろう。
 群れから弾き出すために。
 更には「掟を破った」者はどうなるか、若い仲間たちに示すためにも。
(…そうなる前に、俺は必死に駆け抜けて…)
 ウサギのブルーをパッと咥えて、力の続く限りに走る。
 二度と群れには戻れなくても、「ブルー」の方が大切だから。
 「ブルー」を逃がして命を守って、何処かで「ウサギのブルー」と一緒に…。
(ひっそり暮らして、俺はブルーを守り続けて…)
 一生を終えてゆくんだろうな、と大きく頷く。
 「その人生で悔いは無いさ」と、「オオカミだから、オオカミ生だが」と。
 ウサギのブルーは、オオカミに咥えられたショックで、気絶してしまうかもしれない。
 いくら「ハーレイ」だと分かっていたって、オオカミだから。
 咥えて逃げようと開けた口には、鋭い牙が生えているから。


(それでも、俺が咥えて逃げて…)
 洞穴の中か何処かで意識が戻れば、ブルーはきっと大喜びしてくれる。
 「助けてくれたのに、知らずに気絶しちゃってごめんね」と泣き笑いのような表情で。
 「ハーレイがオオカミでも会えて良かった」と、「もう離れない」と。
(ウサギのブルーと、オオカミの俺か…)
 それはそれで素敵なカップルかもな、と笑みを浮かべて、コーヒーのカップを傾ける。
 「別の種族なら、そんな出会いもあったかもしれん」と。
 「そいつもなかなか、いいかもしれん」と、嬉しくもなる。
 どんな出会いになったとしても、ブルーと生きてゆけるなら。
 オオカミなのに肉を食べずに、一生、ブルーと、草を食べて暮らす毎日でも…。




           別の種族なら・了


※ブルー君と自分が別の種族に生まれていたら、と想像してみたハーレイ先生。
 人間とウサギだった場合は、悲恋になってしまう可能性。オオカミとウサギなら幸せかもv








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