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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(今日は会えずに終わっちまったなあ…)
 残念ながら、とハーレイが零した小さな溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日は学校で会えずに終わってしまった、ブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今はすっかりチビだけれども、愛おしい人には違いない。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋した人。
 「何処までも共に」と誓っていたのに、前の自分は失くしてしまった。
 誰よりも愛していた人を。
 気高く美しかった恋人、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人を。
(……俺のせいではなかったんだが……)
 それとも俺のせいだったろうか、と今更のように思わないでもない。
 キャプテンとしての前の自分の判断、それが誤っていたのだろうか、と。
(…ジョミーの意見を容れる代わりに…)
 長老たちの意見に従っていたら、全ては違っていたかもしれない。
 赤いナスカを調査しに来た、あのメンバーズを殺していたら。
 今でも憎くてたまらない男、キース・アニアンの命を断っていたなら。
(…殺せとまでは言われなかったが…)
 あの時、ゼルたちが言っていたのは、それと同じなことだった。
 ジョミーは対話を望んだけれども、長老たちの意見は「調べ尽くす」こと。
 精神崩壊してもいいから、キースの真意を、地球の情報を、引っ張り出して。
(そうなっていたら、キースは発狂…)
 狂った人間に用など無いから、恐らくは、放り出しただろう。
 死ぬのを承知で、真っ暗な宇宙空間に。
 なにしろ人類がミュウにしたことは、それに似たことばかりだから。
(そしたら、キースは死んでしまって…)
 もうメギドなどは持ち出せないから、ブルーを失わなかったろうか。
 いつかメギドが来たとしたって、その頃までには、きっと備えがあったろうから。


(…俺のせいだったのかもしれないなあ…)
 間接的にはそうかもしれん、と思うけれども、自業自得の報いなら受けた。
 前のブルーを失くした後には、果てさえ見えない辛い道のりが待っていたから。
(あいつと約束してたのに…)
 ブルーの寿命が尽きてしまうことが、白い箱舟の中で分かった時。
 ドクター・ノルディが悲しい告知を口にした後、前の自分はブルーに誓った。
 「何処までも一緒に参りますから」と。
 ブルーの命の灯が消えた時は、自分も後から追ってゆくから、と。
 キャプテンとして、ソルジャーの葬儀を終えたなら。
(…その時のためにシドを選んで、薬も用意してたんだがな…)
 そのつもりで生きていたというのに、ブルーはそれを許さなかった。
 最後の最後に、「ソルジャー」として下した命令。
 恋人としての願いではなく、ソルジャーからの願いとして。
 「頼んだよ、ハーレイ」とブルーが紡いだ言葉が、前の自分を縛り付けた。
 ジョミーを支えて、地球までの道を歩んでゆくことに。
 ブルーを失い、魂は既に死んでいようと、白いシャングリラを地球まで運んでゆく道に。
(…本当に、生ける屍だったよなあ…)
 いくら顔では笑っててもな、と思い返すと今も苦しい。
 キャプテンだからと自分を叱咤し、懸命に繕い続けた外見。
 仲間たちを励まし、共に喜び、勝ち抜いていった人類軍との戦いの日々。
 「此処まで来られた」と歓声が船を揺るがせる度、笑顔の裏で思っていたことは…。
(これで、あいつに…)
 会いに行ける日がまた近付いた、ということだけ。
 船が地球まで辿り着いたら、そして人類に勝利したなら、ブルーに頼まれた役目は終わる。
 そうしたら、晴れて旅に出られる、と。
(先に逝っちまった、あいつを探しに…)
 身体を離れて飛んでゆける、と思っていた。
 その日が、早く来てくれないかと。
 一日も早くブルーの許に、と、ただ、それだけを頼みに生きた。
 自分の身体を捨ててゆく日に憧れ、それを望み続けて。


(思っていたのと、少々、違っちまったが…)
 前の自分は地球の地の底で死んで、そうしてブルーと、また巡り会えた。
 青く蘇った、この地球の上で。
 前のブルーが焦がれ続けた、青い水の星で。
(あいつに会うって夢は立派に叶ったな)
 それも最高の形で会えた、と考えただけで嬉しくなる。
 前の生でブルーと共に描いた、「地球に着いたら」という夢の数々。
 ブルーの寿命が尽きると分かって、諦めるしかなかった夢たち。
 それを二人で叶えてゆけるし、そうなる時が待ち遠しい。
 チビのブルーが前のブルーと同じ姿に育って、結婚式を挙げる日が。
 今度こそ二人で生きてゆけるし、同じ家で暮らせるようになるから。
(それもこれも、あいつに出会えたからで…)
 幸せだよな、と頬が緩んでしまう。
 記憶が戻って来るよりも前は、想像さえもしなかった人生。
 恋人が出来て、結婚式を夢見るなんて。
 その恋人に会えなかったと、溜息をつく日が来るなんて。
(…もしも、あいつに出会わなかったら…)
 今日も普通に授業を済ませて、会議をしていたことだろう。
 「会議があるとは、ツイてないな」とは思わずに。
 そのせいで恋人に会いに行けない、とガッカリしたりは全くせずに。
(いそいそと会議に出掛けて行って、それが終わったら…)
 愛車を家に向かって走らせ、途中で買い物。
 今日の自分も、買い物には寄って来たけれど…。
(…あいつの顔が浮かんじまって…)
 御機嫌と言えはしなかった。
 家に帰って夕食の支度、その間だって。
 ブルーに出会う前だったならば、鼻歌交じりに楽しく料理をしたのだろうに。


 何もかも変わっちまったな、と思う「出会ってからの日々」。
 前の自分もそうだったろうか、と時の彼方に思いを馳せる。
 今はこれほど幸せなのだし、前の自分はどうだったろう、と。
 前のブルーと出会った後には、人生がすっかり変わったろうか、と。
(…前のあいつとは…)
 燃えるアルタミラで出会ったんだ、と遠い記憶の糸を手繰った。
 増え続けるミュウに恐れをなした人類が決めた、星ごと滅ぼしてしまうこと。
 実験体だったミュウは一人残らず、シェルターの中に閉じ込められた。
 「人類の敵」を檻に押し込めた後は、宇宙船で逃げて行った人類。
 それからメギドが照準を定め、地獄の劫火が解き放たれた。
 アルタミラがあったジュピターの衛星、ガニメデに向けて。
 ミュウが一人も生き残らぬよう、跡形もなく燃やし、消し去るために。
(シェルターの中で、とんでもない地震に見舞われて…)
 これで死ぬのだ、と泣き叫ぶミュウたちに囲まれながら思った。
 地獄だった日々も此処で終わると、それもいいかもしれないな、と。
(…少々、苦しい死に方をしても…)
 自分の命は其処で終わりで、二度と人体実験は無い。
 死んでしまえば、あの苦痛からは解放される。
 「死にたくない」と騒ぐミュウたち、彼らは「気付いていないだけ」。
 解放されるということに。
 不幸な形には違いないけれど、生き地獄は終わるということに。
(…どのくらいの間、そう思ってたんだか…)
 長かったように思うけれども、実際は、一分も無かっただろう。
 何故なら、自分は「本当に」解放されたから。
 木っ端微塵に砕けたシェルター、閉じ込める檻は一瞬の内に消え失せたから。
(あの時、真っ直ぐ、逃げ出していたら…)
 ブルーとは出会わなかったのだろう。
 前の自分の人生もまた、それから間もなく終わったと思う。
 燃えるアルタミラから逃げ出せていても、前のブルーがいないから。
 前のブルーがいなかったならば、誰も生き延びられないから。


(あそこで人生、変わったんだな)
 前のあいつと出会ったから、と深く頷く。
 「人生、すっかり変わっちまった」と、「今の俺とは違う形で」と。
 シェルターが砕け散った瞬間、それをやってのけた少年を見た。
 青いサイオンの光を放って、皆を自由にした少年を。
(しかし、あいつは…)
 自分がそれをやったことさえ、まるで気付いていなかった。
 その場にペタンとへたり込んだまま、動こうともせずに。
 自由を得られたミュウたちは皆、我先に逃げて行ったのに。
 何処へ向かって逃げるというのか、目標さえも定めないまま、一目散に。
(…俺は冷静だったんだろうか…)
 それとも単に鈍かっただけか、それは今でも分からない。
 けれど自分は、逃げ出さなかった。
 代わりに「皆を助けなければ」と、他のシェルターのことを思った。
 そうするためには、一人でも多い方がいい。
 その上、助けてくれた少年、彼を見捨ててなどは行けない。
(…だから、あいつを助け起こして…)
 「お前、凄いな」と声を掛けてやって、そこから全てが始まった。
 他のシェルターでの救出劇も、アルタミラからの脱出も。
 脱出した後、シャングリラで長く宇宙を旅して、アルテメシアに辿り着いてからの日々も。
(……もしも、あいつと出会わなかったら…)
 何もかも、あそこで終わっていた上、今の人生も無いのだろう。
 前のブルーと出会ったからこそ、こうして二人で生まれ変わって来たのだから。
(…うん、最高の出会いだったな)
 そして今もな、と浮かべた笑み。
 前の自分も、今の自分も、ブルーと出会って幸せだから。
 もしもブルーと出会わなかったら、今の人生は無いのだから…。

 

         出会わなかったら・了


※ハーレイ先生が考えたこと。ブルー君と出会って変わった人生、前もそうだった、と。
 前のブルーに出会わなかったら、恋はもちろん、白いシャングリラでの旅も無かったのですv












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(…今のハーレイは、学校の先生なんだよね…)
 前のハーレイからは、ちょっと想像できないけれど、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は、仕事の帰りに来てくれなかったハーレイ。
 放課後に会議があったのだろうか、それとも柔道部の部活が長引いたのか。
 どちらにしたって「教師ならではの」理由、其処から「学校の先生」に向かった思考。
 「今のハーレイは、学校の先生なんだ」と。
 遠く遥かな時の彼方では、ハーレイの仕事はキャプテンだった。
 白いシャングリラの舵を握って、仲間たちを纏め上げていた前のハーレイ。
 船の航路から、船内で起こる様々な事まで、常にしっかり把握し続けて。
(…んーと…?)
 そう考えてみると、今のハーレイの教師の仕事も、適職と言えば言えるだろう。
 前のハーレイがキャプテンでなければ、教師をやっていたかもしれない。
 子供たちだって懐いていたから、まるで不向きな職ではない。
 もしもハーレイに「その気」があって、そういうチャンスがあったなら。
(だけど、前のハーレイがキャプテンになる前は…)
 働いていた場は、厨房だった。
 シャングリラというのは名ばかりの船で、せっせと料理をしていたハーレイ。
 そうなったのは「料理人の素質があったから」だと聞いている。
 ある日、たまたま手伝った厨房、其処で誰よりも料理の才能を発揮したから。
 野菜を切るのも、下ごしらえも、身体が勝手に動いたという。
 前のハーレイには、料理をした記憶は無かったのに。
(それで厨房に入ったんだし、キャプテンになっていなかったなら…)
 きっとそのまま、厨房の責任者を続けていたことだろう。
 教師の仕事は巡って来なくて、厨房のトップ。
 白い鯨になったシャングリラに、子供たちが来るようになった後にも。
 船に「先生」という職業が出来て、ヒルマンが彼らを纏める時代が訪れても。


(……前のハーレイだと、先生は無理……)
 向いてることにも、きっと気付かなかったよね、とブルーは首を傾げる。
 教えるチャンスが無かったのなら、キャプテンか、厨房のトップのままなハーレイ。
(でも、ひょっとしたら…)
 先生そのものにはなっていなくても、教えることは出来たかもしれない。
 白いシャングリラに、それを思い付く人がいたなら。
(子供相手の料理教室…)
 今の時代は、けっこう人気があると聞く。
 本物の料理教室と違って、毎日通うわけではなくて…。
(ホテルとか、大きなレストランとかで、一日だけ…)
 子供たちを集めて、プロの料理人が料理を教える教室。
 其処で教える料理は色々、凝ったものから、ごく簡単に作れるものまで。
(シャングリラだと、食料は大事だったから…)
 自給自足で飛んでいた船では、コーヒーさえも代用品で出来ていたほど。
 キャロブの豆から作ったコーヒー、それにチョコレートやココアなど。
 そんな船では、貴重な食材を無駄にすることは許されない。
 料理に全く慣れない子供たちに、卵やバターは任せられない。
(オムレツだって、焦がしちゃったら…)
 たとえ黒焦げにならなくっても、その分の卵は「無駄遣い」。
 それが厨房の見習いだったら、叱られて終わりになるけれど。
 「焦げた分は、お前が食べておけ!」と、厨房のトップに怒鳴られるだけ。
 けれども、子供たちの場合は、そうはいかない。
 おまけに子供は遊びたがるもの、フライパンから煙が出たって、よそ見をしそう。
 他の子たちはどんな具合か、キョロキョロして。
 挙句にオムレツが焦げていたって、「失敗しちゃった」と俯くか…。
(ペロッと舌を出しちゃって…)
 ごめんなさい、と口では言っても、目だけは笑っていそうな子も。
(…お料理教室、シャングリラでは無理…)
 お料理教室の先生も無さそう、と大きく頷いた。
 前のハーレイには、教師という職は無かっただろう、と。


 そうなってくると、教師は今のハーレイならではの仕事。
 ハーレイが好きで選んだ仕事で、プロのスポーツ選手への道もあったと聞いた。
 柔道も水泳も、今のハーレイはプロ級だから。
 学生時代は沢山の大会に出て、幾つもの賞を取っていた。
 そっちの道に進んでいたなら、そういうハーレイに出会えただろう。
(プロのスポーツ選手の方も…)
 前のハーレイには無理だったよね、と時の彼方を頭に描く。
 SD体制が敷かれた時代は、職業は機械が決めていた。
 いくら前のハーレイが頑丈に出来ていたって、プロにはなれなかったと思う。
 それほど才能があるのだったら、食材を前に勝手に身体が動くようには…。
(なってないよね?)
 料理に費やすような時間は、子供時代から無かった筈。
 たとえ料理が好きだったとしても、そうそう、させては貰えない。
 スポーツの時間が最優先で、学校はもちろん、きっと他にも練習の場があったろう。
 養父母が送り迎えをしたのか、それとも送迎バスが来たのか。
(お休みの日だって、練習だよね…)
 プロのスポーツ選手の指導で、才能をもっと伸ばせるように。
 料理をしている暇があったら、トレーニングに励むように、と教え込まれて。
(…あの時代だと、前のハーレイが就いてた職って…)
 ミュウだと判断されていなかったならば、料理人になっていたのだろうか。
 あるいは操船の才能を機械が見出し、パイロットの道に進んだろうか。
(どっちにしたって、先生は無し…)
 本当に今のハーレイらしいよ、と嬉しくなるのが教師という職。
 前のハーレイだと、どう転がっても、教師になるのは無理だから。
 ミュウであっても、ミュウでなくても、なれそうにないのが学校の教師。
 他の仕事を割り当てられて、別の道へと向かってしまう。
 シャングリラならば、キャプテンか厨房の料理人。
 人類の世界で暮らしていたなら、パイロットか、料理人の道へと。


(……料理人かあ……)
 前のハーレイが厨房で働く姿は見たから、今のハーレイのも見たい気がする。
 シェフの帽子も、寿司職人などが被る帽子も、良く似合いそう。
(うん、ハーレイならピッタリだよ)
 スポーツ選手並みの身体に、料理人の白い制服、それに制帽。
 なかなか絵になる姿なのだし、そっちの道に進んだハーレイに出会っていても…。
(やっぱり、ハーレイはハーレイだものね)
 きっとハーレイを好きになったよ、と胸が高鳴る。
 教室ではなくて、ハーレイの店が出会いの場だったとしても。
 両親に連れられて入ったお店で、「いらっしゃいませ」と迎えられても。
(絶対、一目で分かるんだから!)
 だって、ハーレイはハーレイだもの、と思ったけれども、どうだろう。
 今のハーレイは、前のハーレイにそっくりだけれど…。
(…違う姿ってこともあるよね?)
 髪と瞳の色が違うとか、肌の色が違っているだとか。
 それだけで済んだら、まだマシな方で、顔立ちからして別人だとか。
(……うーん……)
 今の生でも、二人揃って、そっくり同じに生まれて来た。
 白いシャングリラで共に暮らした、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイに。
 今の自分はチビだけれども、大きくなったら、前と同じになるだろう。
 ハーレイは「キャプテン・ハーレイ」にそっくりなのだし、自分も、きっと。
 けれども、これは奇跡に等しい。
 違う姿に生まれていたって、不思議ではないし、嫌とも言えない。
 二人一緒に、青い地球に生まれられたなら。
 前の生での記憶も戻って、二人で生きてゆけるのならば。
(神様が、うんと贅沢に…)
 奇跡を大盤振る舞いしてくれたお蔭で、同じ姿に生まれて来られただけ。
 もしも奇跡が少なめだったら、違う姿も有り得ただろう。
 自分はもちろん、ハーレイだって。
 全く違う姿に生まれて、見た目だけなら別人になって。


(それでも、きっと…)
 ぼくは一目で分かる気がする、と心がじんわり温かくなる。
 料理人になったハーレイの店で、「いらっしゃいませ」と迎えられても。
 前のハーレイとは似ても似つかない、繊細な青年が出て来たとしても。
(身体なんかも、すっかり華奢になっちゃって…)
 どちらかと言えば「ソルジャー・ブルー」に近い体格、そんな青年になったハーレイ。
 今のハーレイほど年を取っていなくて、若々しい姿で止めた年齢。
 それが似合いの姿形で、それもセールスポイントの一つ。
 「とても素敵なオーナーシェフ」が腕を振るうなら、店の人気も高くなる。
 料理の腕が素晴らしい上、目の保養まで出来るとなったら、客が放っておかないから。
 一度でも食事をしに訪れたら、二回、三回と通いたくなるだろうから。
(ハーレイだったら、うんと気配り出来るから…)
 男性客にも、きっと大いに喜ばれる筈。
 「やたらと美形な店長なんだが、店の雰囲気が最高なんだ」と。
 腰が低くて、とても気が利いて、料理はどれも美味しいから、と。
(……見た目は、ハーレイらしくないけど……)
 それでも、やっぱりハーレイなんだよ、と見抜ける自信は大いにある。
 もしも、その店に入った時に、客の中に「ハーレイそのもの」の人がいたって。
 前のハーレイにそっくりそのまま、そういう姿で、けれど中身は他人の魂。
(そんな人が食事をしてたって…)
 ぼくは絶対、間違えやしない、と思うし、きっと間違えない。
 「ハーレイにそっくりな客」の方には、目をくれもしないことだろう。
 カウンターの向こうの繊細な青年、そちらの方に惹き付けられて。
 前のハーレイには何処も似ていない、若いオーナーシェフに惹かれて。
(ハーレイの姿だけだったなら…)
 ぼくは好きになんかならないものね、と浮かべた笑み。
 どんな姿になっていようと、惹かれるのは、その魂だから。
 ハーレイの魂を持っていてこそ、前の生から愛し続ける人なのだから。
 たとえ姿は違っていても。
 教師ではなくて料理人でも、うんと繊細な姿形で、逞しさの欠片も無かったとしても…。

 

            姿だけだったなら・了


※ハーレイの仕事を考える内に、ブルー君が見たくなった料理人のハーレイ。似合いそう、と。
 けれど、前のハーレイの姿でなくても、必ず好きになるのです。惹かれるものは魂v












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(…今のあいつなあ…)
 どうしようもなくチビなんだがな、とハーレイが思い浮かべたブルーの姿。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(チビでも、確かに俺のブルーだ)
 失くしちまった時に比べりゃチビの子供でも、と大きく頷く。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛したブルー。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
 十四歳にしかならないブルーは、前の自分が別れた時より、ずっと小さい。
 あと四年くらいは経ってくれないと、あの美しく気高い姿は、戻っては来ないことだろう。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた時代の、前の自分が恋をした人は。
(…そうは言っても、前の俺は、だ…)
 自分では自覚していなかっただけで、もっと前から恋していた。
 多分、アルタミラで初めて出会った時から、まだチビだった前のブルーに。
 年だけはかなり上だったけれど、見た目も中身も、幼いままだった頃のブルーに。
(だから今でも、チビのあいつに…)
 やっぱり恋しているんだろうな、と可笑しくなる。
 前のブルーと同じ背丈に育つまでは、と唇へのキスを禁じていても。
 ブルーが口付けを強請ってくる度、「駄目だ」と叱り飛ばしていても。
(…前のあいつと、ウッカリ重なっちまったら…)
 自分でも歯止めが利かなくなるから、そういう決まりを作っただけ。
 なにしろブルーはブルーなのだし、恋した人には違いない。
 今のブルーが小さくても。
 見た目通りに十四歳の子供で、前のブルーより遥かに幼くても。
(……今は待つしか無いってわけだ)
 チビのあいつが育つのを…、とコーヒーのカップを傾ける。
 まだ何年も待たされるけれど、その間だって至福の時だ、と。


 これから育ってゆくブルー。
 再会した日から少しも育っていないけれども、いつかは育つ時が来る。
 そうなったならば、一日ごとに、前のブルーに近付くだろう。
 会う度に、ハッとするほどに。
 「俺のブルーだ」と、前のブルーの姿が鮮やかに蘇るほどに。
 日に日に育つブルーを見るのは、きっと素敵に違いない。
 前の自分もそれを目にした筈なのだけれど、まるで覚えていないから。
(…記憶が抜けているんじゃなくて…)
 意識して見ちゃいなかったんだ、と苦笑する。
 あの頃は、多忙だったから。
 とうにキャプテンの任に就いていた上、シャングリラという船の中だけでの日々。
 余裕のある暮らしを心がけていても、それには自然と限界があった。
 今の自分なら、こうして毎日、寛ぎの時を持つことが出来る。
 週末は仕事も休みになるから、ブルーと過ごすことだって。
(だが、前の俺は…)
 そういうわけにはいかなかったし、ブルーだけを見てはいられなかった。
 ついでに恋の自覚が無いから、会っても注目してなどはいない。
(…前のあいつが、ソルジャーではなかったとしても…)
 ソルジャーとキャプテンという関係でなくても、状況は変わらなかっただろう。
 何処かでバッタリ顔を合わせても、友達に会うのと同じこと。
 食堂で一緒に食事をしたって、他愛ない話に興じるだけ。
 前のブルーの顔を、姿を、注意して見ることなどは無い。
 「親しい友達」なのだから。
 一番古い友達なだけで、恋人だとは思っていないから。
(…そして、あいつが育ってから…)
 やっと恋だと気付くわけだし、それまでの姿を覚えてはいない。
 どんな具合に蕾が綻び、ふわりと花を咲かせたのか。
 艶を含んだ柔らかな花弁、それが蕾から覗くようになったのは、いつなのかを。


 けれど、今度の自分は違う。
 ブルーへの恋を最初から自覚しているのだから、見逃さない。
 まだ十四歳にしかならないブルーが、前のブルーと同じ姿に育つのを。
 少しずつ大人び、背丈も伸びて、日毎に変わってゆくだろう時を。
(…実に贅沢なお楽しみだな)
 毎日、写真を撮りたいほどだ、と思うくらいに待ち遠しい時。
 今のブルーが育ってゆくのを、胸をときめかせて眺められる日々。
(自制するのは大変だろうが、それも醍醐味というヤツだ)
 素晴らしい御褒美が貰えるんだし、と顔が綻びそうになる。
 いつかブルーが育った時には、その唇にキスをする。
 「俺だって、ずっと待たされたんだ」と、もったいぶって。
 高鳴る鼓動を懸命に隠して、大人の余裕たっぷりに。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が失くした姿を、目の前にして。
(本当に、俺のブルーなんだ、と……)
 きっと涙が零れてしまうに違いない。
 ようやく戻って来てくれたブルーの姿に、胸が、心が、一杯になって。
 「俺が失くしたブルーなんだ」と、ブルーの身体を、力の限りに抱き締めて。
(今だって、ブルーはブルーなんだが…)
 やっぱり何処かが違うんだよな、と自分でもハッキリ自覚はある。
 書斎の机の引き出しの中に、大切に仕舞ってある写真集。
 前のブルーの一番有名な写真が表紙の、『追憶』というタイトルの本。
 表紙に刷られたブルーを見る度、今も悲しみに囚われてしまう。
 「その人」を自分は失くしたから。
 憂いを秘めた瞳をしていた、美しい人を。
 誰よりも気高く、強かったブルー。
 ミュウの未来を拓くためだけに、その身を、命を捨て去った人を。


(…あの時の姿に育つまでは、だ…)
 前のブルーを本当の意味で「取り戻した」とは言えないだろう。
 現にこうして、「前のブルー」を想い続ける自分がいるから。
 引き出しの中から写真集を出しては、表紙のブルーに心で語り掛ける自分が。
(……あの姿が戻って来るまでは……)
 胸の痛みも消えないのだろう、と前の自分の苦しみを思う。
 「どうして一人で逝かせたのか」と、取り残された悲しみの中で生き続けた日々。
 そうするしか無かったと分かっていてなお、生ける屍だった歳月。
 今でも忘れることは出来なくて、それを消すには、あの姿のブルーを待つしかない。
 十四歳にしかならない今のブルーが、その身に秘めている姿。
 いつか大きく育つ時まで、目にすることは出来ないブルー。
(…もう一度、あいつに出会わないとな…)
 何年待つことになろうとも、と思うけれども、果たして、それは正しいだろうか。
 前の自分が失くした通りの、ブルーの姿に巡り会うこと。
 「ソルジャー・ブルー」の姿そのまま、生き写しの人に会うということ。
(……今の俺だと、確実に会うことが出来るんだろうが……)
 チビのブルーが育った時には、必ず「そうなる」と分かってはいる。
 前のブルーとそっくり同じな銀色の髪と、赤い瞳を持ったアルビノ。
 誰が見たって「小さなソルジャー・ブルー」そのものな姿の、今のブルー。
 だから期待をしてしまうけれど、そうでなければ、どうだったろう。
 今のブルーが、前の姿と違っていたら。
 銀色をした髪の代わりに、金色の髪を持っていたとか。
 赤い瞳をしてはいなくて、海の色の水色だったとか。
(…前のあいつが、成人検査を受ける前には…)
 その色だったと聞いているから、まるで有り得ない話ではない。
 髪や瞳の色だけではなく、姿からして違っていたかもしれない。
 前のブルーとは似ても似付かない、全く別の面差しになって。
 体格さえも別物になって、見る影もないほど違ったとか。


 もしも、そういうブルーに会ったら、どうしただろう。
 ちゃんと記憶は戻って来たのか、それとも戻らなかったのか。
(…聖痕も出て来なかったなら…)
 それが「ブルー」だと分かりはしなくて、右と左に別れただろうか。
 同じように教室で巡り会っても、ただの教師と生徒のままで。
 ブルーが学校を卒業したなら、二人の縁も切れてしまって。
(……うーむ……)
 しかし、と心の奥がざわめく。
 ブルーが違う姿であっても、自分は同じに「見付ける」だろう、と。
 前の自分の記憶が戻るよりも前に、選んで買った愛車の色。
 「白い車は好きだが、嫌だ」と、前の自分のマントと同じ濃い緑色の車を買った。
 白い車は、白いシャングリラのようだから、と自分でも気付かない内に。
 「ブルーがいないのに、白い車を運転したって意味が無い」と。
(…それと同じで、あいつに会ったら…)
 きっと自分は一目で恋に落ちるのだろう。
 「俺が探していた人だ」と。
 前のブルーとはまるで違って、可愛らしくさえなかったとしても。
 柔道部に似合いのゴツイ生徒で、わんぱく小僧だったとしても。
(…でもって、その時…)
 そんなブルーと同じ学年に、銀色の髪で赤い瞳の子がいたら。
 時の彼方で失った人と、面差しの似た生徒がいたら…。
(恋をするか、って訊かれたら…)
 答えは「否」だ、と瞬時に言える。
 前の自分が恋をしたのは、姿ではなくて、ブルーの魂。
 だから記憶があっても無くても、「あの魂」を持った人に惹かれる。
 姿ではなくて、その中身に。
 互いの記憶がどうであろうと、互いに、心で求め合って。


(…姿だけなら…)
 好きになったりしやしないさ、とカチンと弾いたマグカップ。
 「たとえ絶世の美人でなくても、俺はいいんだ」と。
 小さなブルーが前と同じに育ってゆくのは、楽しみではある。
 それを見るのも幸せだけれど、まるで違ったブルーに出会って、恋に落ちても…。
(間違いなく、俺は幸せなんだ)
 あいつと一緒にいられればな、と湛えた笑み。
 姿だけなら、俺は絶対に惚れやしない、と。
 前のブルーにそっくりな人が、今、目の前に現れても。
 小さなブルーの方の姿は、前のブルーに似ていなくても。
 前の自分が恋をしたのは、「前のブルー」が持っていた、あの魂だから。
 いくらそっくりな姿であっても、魂が別なら、けして選びはしないのだから…。

 

            姿だけなら・了


※いくら前のブルーにそっくりな人でも、魂が違えば惚れはしない、と思うハーレイ先生。
 そっくりな人が目の前にいても、ブルーの魂を持っている人の方に惹かれるのですv











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(竜宮城かあ……)
 今でも何処かにあるのかな、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ずっと昔は、海の底に…)
 竜宮城があったんだよね、と幼い頃に読んだ絵本が頭の中に蘇る。
 苛められていた亀を助けた、心の優しい浦島太郎。
 その彼の前に、再び亀が現れた。
(竜宮城にお連れします、って…)
 助けて貰った恩返しにと、亀は浦島太郎を背中に乗せて、海の中へと。
 普通だったら溺れるだろうに、大丈夫だった浦島太郎。
 亀と一緒にどんどん潜って、深い海の底に辿り着いたら…。
(…とても立派なお城があって…)
 それは美しい、乙姫様が迎えてくれた。
 毎日、美味しい御馳走を食べて、鯛やヒラメの舞を眺めて楽しく暮らして…。
(素敵だよね?)
 竜宮城が今もあるのなら、と海の底へと飛んでゆく思考。
 一度は滅びた地球だけれども、今では青い海がある。
(人間が、二度と滅ぼしてしまわないように…)
 色々な厳しい決まりがあるから、それは美しい、今の地球の海。
 公害なんかはありもしなくて、水は綺麗に澄み切っている。
 だから今なら、竜宮城も…。
(誰も知らない、海の底の何処かに…)
 堂々と聳えているかもしれない。
 なんと言っても、乙姫様が住むお城だから。
 地球が死の星だった時代も、竜宮城は生き延びただろう。
 魚たちが消えてしまった海から、遠く離れて。
 お城ごと別の世界に避難し、何事も無かったかのように。


(うん、きっとそう…)
 元から、別の世界だものね、と考える。
 深い海の底にあるというのに、浦島太郎は溺れなかった。
 亀の背中に乗っかっただけで、海の中でも呼吸が出来て、深く潜って行けた彼。
(…亀がシールドしていたのかも…)
 ミュウなら簡単に出来るものね、と思うけれども、今の自分には出来ないシールド。
 サイオンがすっかり不器用になって、思念波もろくに紡げないから。
(……亀にも負けちゃう……)
 ちょっぴり悔しい、と瞬きをして、思考を竜宮城に戻した。
 海というのは、深く潜るほど、水圧が上がってゆく所。
 前の自分も、アルテメシアの海に潜る度、それを実感していたもの。
(おまけに、深くなってゆくほど、光が届かなくなって…)
 海の中は暗くなるのだけれども、竜宮城は闇に紛れてはいなかった。
 亀と出掛けた浦島太郎は、肉眼でそれを認識したから。
 「なんと立派なお城だろう」と、感心しながら到着したのだから。
(…ライトアップをしてたにしたって、海の底だし…)
 当時の人間が使用していた、灯りの類は使えない。
 蝋燭も、油を使う灯りも、水の中では消えてしまうから。
(それに水圧も凄くって……)
 昔の建築技術などでは、海底では、とても耐えられはしない。
 一瞬の内にペシャンコになって、瓦礫の山になってしまうと思う。
(…だから絶対、別の世界にあったんだよ)
 海の中で繋がっていただけで…、と考える竜宮城の在った場所。
 それなら全ての謎が解けるし、時間の流れが違うのも分かる。
 浦島太郎が竜宮城で過ごす間に、陸の上では、長い長い時が経っていた。
 別の世界に行っていたなら、そういうこともあるだろう。
 浦島太郎が知らなかっただけで、不思議でも何でもないことだから。


 竜宮城が別の世界に在ったのならば、地球が滅びても無関係。
 魚影が消えた海を切り離して、青い海が再び蘇る日まで、何処かに避難。
 別の世界が亜空間なら、其処にしっかり留まって。
 鯛もヒラメも、乙姫様も、違う時間の世界で暮らして…。
(…SD体制の時代が、六百年でも…)
 竜宮城なら、一週間にも満たない時間だったのだろうか。
 浦島太郎が戻って来た時、三百年経っていたのなら。
(…地球が滅び始めた頃から、避難してても…)
 青く蘇った地球に戻るまでの間は、きっと一年も無かっただろう。
 そして今では、海の底に深く潜って行ったら…。
(竜宮城に出会えるのかも…)
 ちゃんと戻って来てそうだものね、と広がる夢。
 運良く竜宮城に行けたら、乙姫様に会えるだろうか、と。
(……御馳走は、沢山食べられないから……)
 鯛やヒラメの踊りを眺めて、お城の中を案内して貰う。
 浦島太郎が生きた頃から、何処も変わらない、竜宮城を。
 昔の人の夢の世界を、海の底にある夢のお城を。
(…楽しそうだよね…)
 行ってみたいな、と膨らむ憧れ。
 遠い昔から海の底にある、竜宮城を眺めてみたい、と。
(玉手箱さえ、開けなかったら…)
 帰って来たって年は取らないし、要らない心配。
 それにサイオンが不器用とはいえ、ミュウには違いないのだから…。
(うっかり玉手箱を開けても、年は取らないよね?)
 チビのまんま、と考えたけれど、ほんの数年なら、年を取ってもいいかもしれない。
 前の自分と、同じ背丈になれるまで。
 そっくり同じ姿に育って、ハーレイとキスが出来る年まで。


(うん、いいかも…)
 亀が迎えに来ないかな、と夢はますます膨らんだ。
 竜宮城を眺めに出掛けて、ついでに、ちょっぴりズルをする。
 お土産に貰った玉手箱を開けて、ほんの少しだけ大きく育って…。
(ハーレイにキスをして貰うんだよ)
 まだ結婚は出来ないけれど、と指を折って自分の年を数えた。
 結婚できる十八歳には、足りない年齢。
 そうは言っても、ハーレイとの約束は約束だから…。
(唇にキスはして貰えるよね!)
 キスのその先のことだって、とワクワクしてくる。
 もしも竜宮城に行けたら、沢山の夢が叶いそう。
(…何処に行けば、亀に会えるかな?)
 それに恩返しをして貰うには、亀を助けてやらないと駄目。
 苛められている亀がいるとしたなら、夏休みの海水浴場だろうか。
(小さな子供は、苛めてるつもりがなくっても…)
 亀にとっては迷惑なことをしそうなのだし、其処が可能性が高そうな感じ。
 夏休みでなくても、遠足の子でもやるかもしれない。
(……海かあ……)
 家からは少し遠いよね、と残念な気分。
 歩いてすぐの所にあるなら、毎日だって通うのに。
 苛められている亀を助けて、竜宮城に行きたいから。
(…うーん…)
 当分、チャンスは来そうにない。
 ずいぶん先になっちゃいそう、と溜息を零して、気が付いた。
 竜宮城に出掛けたならば、時間の流れが変わるのだ、と。
 ほんの数日過ごしただけでも、何百年と経ってしまうのだった、と。


 浦島太郎が戻った時には、三百年も経っていた地上。
 それなら、竜宮城まで行った自分が、すぐに地上に戻っても…。
(……何年も経ってしまってる?)
 玉手箱を開けて、前の自分と同じ姿に育つ名案。
 それは名案などではなくて、「本当に流れた時」を取り戻すだけかもしれない。
 今の学校を卒業するのに、かかるだけの時間が流れた後で。
(…それだけで済めばいいんだけれど…)
 何十年も経っていたなら、どうすればいいというのだろう。
 その間、自分は、この世界から消えている。
 竜宮城に行ったことなど、誰一人として知らないのだから…。
(行方不明になっちゃうわけ!?)
 何処を探しても見付からないなら、そういう扱いになっている筈。
 両親は懸命に探し続けて、ハーレイだって…。
(ブルーは何処に消えたんだ、って…)
 休みになったら、手掛かりを求めて走るのだろう。
 最後に海辺にいたのは確かで、其処から先が分からなくなった恋人の。
 今のハーレイは泳ぎがとても得意なのだし、海に何度も潜ってゆきそう。
 専門の人たちが探した後でも、何か見付かるかもしれないから。
 前の生からの絆がある分、「もしかしたら」と望みをかけて。
(…本当に、ぼくが消えちゃったなら…)
 ハーレイは、どんなに慌てるだろうか、最初の一報を聞いたなら。
 「海に出掛けたまま、いなくなった」と、両親から知らせが行ったなら。
(……真っ青になって……)
 ガレージに走って愛車に飛び乗り、真っ直ぐに海を目指すのだろう。
 「ブルー」が最後に目撃された海岸まで。
 其処に行ったら何かあるかと、捜索の人を手伝おうと。
 きっと、学校には届けを出して。
 「守り役をしている、ブルーが行方不明なので」と。


(…でも、そうやって探しても…)
 竜宮城に行った「ブルー」は見付からない。
 ハーレイが何度、海に潜っても、竜宮城に出会えはしない。
 別の世界に聳えるお城は、其処への道が開かない限り、人間の目には見えないから。
 もちろん、竜宮城で楽しんでいる「ブルー」の姿も。
(……ハーレイを置いて、消えちゃったなら……)
 いつか自分が戻って来るまで、ハーレイは嘆き悲しむのだろう。
 「ブルーは何処へ消えたんだ」と。
 「どうして一緒に行かなかった」と、一人で海に行かせたことを悔やみ続けて。
 竜宮城を目指した「ブルー」は、最初から「そのつもり」だったのに。
 一人でコッソリ出掛けて行って、玉手箱でちょっぴりズルをしよう、と。
(…でも、ハーレイは、そんなこと…)
 まるで全く知らないのだから、ただ泣き暮らすことしか出来ない。
 前のハーレイが、そうだったように。
 遠く遥かな時の彼方で、「前のブルー」を失くしてしまった時と同じに。
(……そうなっちゃうんだ……)
 チビの自分が竜宮城に出掛けたら。
 ハーレイの前から消えてしまって、何十年も経ってしまったならば。
(…ほんの数年だったとしても…)
 学校を卒業できる年まで、上手い具合に経ったとしたって、陸では数年。
 その間、ハーレイは「消えてしまったブルー」を探して、何度も何度も泣くのだろう。
 「どうしてなんだ」と。
 「今度もブルーを失くしちまった」と、前のハーレイの分までも。
(…消えちゃったなら…)
 そうなっちゃうよね、と分かった以上は、竜宮城には、もう行けない。
 運良く、亀に会えたって。
 「背中にどうぞ」と言って貰えて、海の底にある、夢のお城に招待されたって…。

 

           消えちゃったなら・了


※竜宮城に行ってみたいと考えたブルー君。玉手箱を使えば、大きく育つことも出来そう。
 けれど、竜宮城に行っている間、地上では行方不明。ハーレイ先生が泣いちゃいます。












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(神隠し、か……)
 そういう言葉があったっけな、とハーレイが、ふと思い出したこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それを片手に。
(うんと昔の言葉だよなあ…)
 前の俺が生きた頃よりもな、と「神隠し」という言葉を追ってゆく。
 それは今よりずっとずっと昔、人間が地球しか知らなかった時代のもの。
 地球が滅びる日が来るなどとは、誰も思いもしなかった昔。
 この地球の上にあった小さな島国、日本で、いつしか生まれた言葉。
(…今の俺が、此処に生まれていなけりゃ…)
 知らなかったかもしれない、昔の人たちが恐れた現象。
 今の自分が住んでいる場所は、かつて日本が在った辺りに位置している。
 だから日本の文化を色々と復活させて、日本を名乗ったりもする。
 其処の学校で古典の教師をやっているから、自然と詳しくなる言葉。
(ついでに、俺の趣味もあるよな)
 地球が滅びる前の文化を追うってのは、と眺める書斎の蔵書たち。
 前の自分の地球への憧れが、そうさせたろうか。
 記憶が戻ってもいない頃から、昔の文化が好きだった。
 日本でなくても、他の地域の習慣などでも。
(……おっと、脱線しちまった)
 神隠しだっけな、と元へと戻した思考。
 前の自分が、聞いたことさえ無かった言葉。
(いつの間にか、人が消えちまうんだ)
 何の前触れもなく、突然に。
 消え失せた人が何処へ行ったか、手掛かりさえも見付からない。
 どんなに懸命に探し回っても、まるで全く。
 この地上から消えてしまって、天に昇ったかのように。


(…手掛かりは無いし、見付からないし…)
 きっと神様が連れ去ったのだ、と昔の人々は考えた。
 神と言っても、良い神かどうかは分からない。
(浦島太郎の竜宮城みたいに…)
 素晴らしい所へ連れてゆかれても、残された人の目から見たなら「神隠し」。
 浦島太郎は「戻って来るまで」、神隠しだと思われていただろう。
 ある日、突然、消えてしまって、戻って来なかったのだから。
 三百年もの長い年月、地上にいなかったのだから。
(…竜宮城なら、ラッキーなんだが…)
 他にも色々、そういう素敵な場所はある。
 招かれるままについて行ったら、人の世界とは違った所で、歓待される昔話。
 其処へ出掛けて楽しんでいても、傍目には「神隠し」なのだけれども…。
(…鬼や天狗に攫われることも…)
 あるんだよな、と「悪い神」の方を挙げてみる。
 昔の人が恐れていたのも、そちらの方の「神隠し」。
 悪い神の方に連れ去られたなら、どうなるか分からない運命。
 二度と帰って来られない上、攫われた先で、どうされるかも分からない。
(……最悪、食われちまうってことも……)
 相手が鬼なら、有り得るだろう。
 見目良い女子供だったら、鬼の屋敷で使用人にされたり、妻になるということもある。
 けれど、そうではなかったならば、攫われてすぐに食われてしまいかねない。
(でなけりゃ、美味いものを食わせて…)
 太らせて美味しく育て上げてから、おもむろに包丁を研ぐだとか。
(…あるんだよなあ、そういう話も)
 だから誰もが怖がったんだ、と昔の人の心を思う。
 もしも神隠しに遭ってしまえば、もう戻っては来られない。
 戻れないだけならば、まだマシだけれども、命が無いこともあるのだから。


 幼い子供が神隠しに遭うことが無いよう、昔の人々は注意していた。
 「あの山には、決して行かないように」といった具合に、言い聞かせて。
 神隠しが多い場所を教えて、其処には決して近付くな、と。
(……だからだな……)
 文明が進んだ後の時代は、神隠しは「事故だ」とされていた。
 深い森や山に入った子供や、大人が道に迷って消える。
 あちこちに「目に付きにくい」深い穴があるとか、崖から落ちてそのままだとか。
 まるで痕跡が残らなければ、その人は「消えた」と思われるだろう。
 実際は穴に落ちていたって、崖下に転落していたって。
(…それと、もう一つ…)
 後の人々が考えたことは、「人攫い」というものだった。
 攫ってゆくのは神ではなくて、同じ人間。
 女性や子供を攫って行っては、遠い所で売り飛ばす。
 なにしろ昔は、人権などは問題にされなかったから。
 人権という概念さえもが、まだこの国には無かった時代。
 其処では「人」も商品になった。
 女性だったら女郎屋に売って、子供は金持ちの家などの使用人として売り渡す。
 どちらも元手がかからない上に、上手く売れれば大金が入る。
(…人目に付かない場所を選んで…)
 素早く攫って、後は遠くへ連れ去るだけ。
 顔見知りの者が一人もいなくて、高い値段で売れる所へ。
(その頃に高く売れる場所なら、都とか…)
 栄えている宿場町だとか。
 「攫って来たのだ」と分かっていたって、それを承知で買う者はいる。
 商品が、そう訴えたって。
 涙を流して「家に帰りたい」と、家のある場所を告げたって。


(……なんとも酷い話だよなあ……)
 人攫いの方の神隠しはな、と竦めた肩。
 事故なら諦めもつきそうだけれど、売られたのでは、たまるまい。
 残された家族の方はともかく、売られてしまった本人が。
(今の時代じゃ、考えられんな)
 人を攫って売るだなんて、と思った所で気が付いた。
 「売られる」だけ、まだマシなのだ、と。
 たとえ女郎屋に売られようとも、救いの道はゼロではない。
 芸を磨いて売れっ子になれば、身請けして貰えることだってある。
 そうなったならば、晴れて自由の身になれる上に、運が良ければ妻にもなれた。
 使用人として売られた子供も、其処で自分を磨いたならば…。
(下っ端から、うんと出世して…)
 店を任されたり、暖簾分けなどで独立できる道も開ける。
 最初は「売られて来た」身の上でも、同じ人間なのだから。
 キラリと光るものさえあったら、誰かの目にも留まるのだから。
(それに比べて、前の俺たちは…)
 売られることさえ無かった、ミュウ。
 もしもミュウだと判明したなら、待っていたものは「処分」だけ。
 その場で撃たれておしまいになるか、研究施設に送られるか。
(…どっちにしたって、死ぬしかないんだ)
 研究施設というのは名ばかり、人体実験をする場所だったから。
 過酷な実験を繰り返されて、耐えられなくなれば死んでゆく。
 ミュウは「人ではなかった」から。
 人間扱いされていなくて、人権などあろう筈もない。
 そして「処分」の道を歩んだミュウは、その存在を抹殺された。
 あたかも「神隠し」のように。
 育英都市から、ある日、ふっつり姿を消して。


 機械が統治していた時代に、ひそかに起こった「神隠し」。
 誰もそうとは気付いていなくて、消えたことさえ、誰も知らなかった。
 処分されたら、周りの記憶は処理されるから。
 機械に都合のいいように書き換え、「最初からいなかった」かのように。
(…本物の神隠しより、酷いってモンだ)
 なんとも酷い時代だった、と今でも背筋が寒くなる。
 前の自分は、よっぽど運が良かったのだ、と。
 神隠しに遭って消えたけれども、生き延びて、最後は地球にまで行けた。
 前のブルーに出会ったお蔭で、命拾いして。
 星ごとメギドで燃える所を、宇宙船で辛くも脱出して。
(でもって、今では、もっと素敵で…)
 最高の場所で暮らしてるんだ、と前の自分に教えたいような気持ち。
 青い地球まで来たのだから。
 前の自分が目にした時には、死の星だった地球が「青い」時代へ。
(しかも、あいつも一緒だってな)
 ちゃんとブルーもいるんだぞ、と嬉しくなる。
 十四歳の子供になってしまっても、ブルーはブルーに違いない。
 それにいつかは大きく育って、前の自分が愛したブルーと…。
(瓜二つになって、俺の所へ嫁に来るんだ)
 今の時代は、もう神隠しの心配も無いし、のんびりと待っていればいい。
 小さなブルーが育つのを。
 前のブルーと同じ背丈になるまで育って、プロポーズできる時が来るのを。
 機械が治める歪んだ時代は、とうの昔に終わったから。
 平和になった今の時代に、神隠しなどは、もう無いのだから。


(…うん、消えちまう心配は無いぞ)
 安心だよな、と思ったけれども、どうだろう。
 遥かな昔の神隠しの方は、本当に…。
(事故と人攫いだけ、だったのか…?)
 浦島太郎の例もあるしな、と首を捻った。
 他にも似たような話があるなら、神隠しの中には、ごく僅かだけ…。
(…別の世界に迷い込んだ、ってヤツがあるかも…)
 何かのはずみに扉が開いて、と頭に浮かんだワープ航法。
 あれは時空を飛び越える時に、亜空間へとジャンプしてゆく。
 ついでに、前のブルーが得意としていた、瞬間移動というヤツも…。
(一種のワープみたいなものだ、と…)
 ブルーが笑って言っていたから、船が無くても、別の世界への扉は開く。
 そうなると、今のサイオンが不器用なブルーでも…。
(運が悪けりゃ、消えちまうってか!?)
 別の世界に落っこちて。
 竜宮城に行ってしまって、帰れなくなってしまうとか。
 前のブルーなら、其処から戻って来られるのに。
 比類なき強さを誇ったサイオン、それを使って、一瞬の内に。
(…えらいことだぞ…)
 今のあいつが消えちまったら、と考えただけで寒くなるから、神隠しは無いと思いたい。
 竜宮城があるとしたって、ブルーの前には現れない、と。
 どんなに素敵な場所であろうと、ブルーを招いてくれるな、と。
 今のブルーは自力で帰って来られないから、消えてしまったら、それきりだから。
 神隠しに遭って生き別れなんて、お互い、泣くに泣けないのだから…。

 

           消えちまったら・了


※ハーレイ先生が考えてみた、神隠しのこと。SD体制の時代にもあった、一種の神隠し。
 今は神隠しはありませんけど、万一ということがあるかも。ブルー君が消えませんようにv










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