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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(…今のあいつなあ…)
 どうしようもなくチビなんだがな、とハーレイが思い浮かべたブルーの姿。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(チビでも、確かに俺のブルーだ)
 失くしちまった時に比べりゃチビの子供でも、と大きく頷く。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛したブルー。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
 十四歳にしかならないブルーは、前の自分が別れた時より、ずっと小さい。
 あと四年くらいは経ってくれないと、あの美しく気高い姿は、戻っては来ないことだろう。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた時代の、前の自分が恋をした人は。
(…そうは言っても、前の俺は、だ…)
 自分では自覚していなかっただけで、もっと前から恋していた。
 多分、アルタミラで初めて出会った時から、まだチビだった前のブルーに。
 年だけはかなり上だったけれど、見た目も中身も、幼いままだった頃のブルーに。
(だから今でも、チビのあいつに…)
 やっぱり恋しているんだろうな、と可笑しくなる。
 前のブルーと同じ背丈に育つまでは、と唇へのキスを禁じていても。
 ブルーが口付けを強請ってくる度、「駄目だ」と叱り飛ばしていても。
(…前のあいつと、ウッカリ重なっちまったら…)
 自分でも歯止めが利かなくなるから、そういう決まりを作っただけ。
 なにしろブルーはブルーなのだし、恋した人には違いない。
 今のブルーが小さくても。
 見た目通りに十四歳の子供で、前のブルーより遥かに幼くても。
(……今は待つしか無いってわけだ)
 チビのあいつが育つのを…、とコーヒーのカップを傾ける。
 まだ何年も待たされるけれど、その間だって至福の時だ、と。


 これから育ってゆくブルー。
 再会した日から少しも育っていないけれども、いつかは育つ時が来る。
 そうなったならば、一日ごとに、前のブルーに近付くだろう。
 会う度に、ハッとするほどに。
 「俺のブルーだ」と、前のブルーの姿が鮮やかに蘇るほどに。
 日に日に育つブルーを見るのは、きっと素敵に違いない。
 前の自分もそれを目にした筈なのだけれど、まるで覚えていないから。
(…記憶が抜けているんじゃなくて…)
 意識して見ちゃいなかったんだ、と苦笑する。
 あの頃は、多忙だったから。
 とうにキャプテンの任に就いていた上、シャングリラという船の中だけでの日々。
 余裕のある暮らしを心がけていても、それには自然と限界があった。
 今の自分なら、こうして毎日、寛ぎの時を持つことが出来る。
 週末は仕事も休みになるから、ブルーと過ごすことだって。
(だが、前の俺は…)
 そういうわけにはいかなかったし、ブルーだけを見てはいられなかった。
 ついでに恋の自覚が無いから、会っても注目してなどはいない。
(…前のあいつが、ソルジャーではなかったとしても…)
 ソルジャーとキャプテンという関係でなくても、状況は変わらなかっただろう。
 何処かでバッタリ顔を合わせても、友達に会うのと同じこと。
 食堂で一緒に食事をしたって、他愛ない話に興じるだけ。
 前のブルーの顔を、姿を、注意して見ることなどは無い。
 「親しい友達」なのだから。
 一番古い友達なだけで、恋人だとは思っていないから。
(…そして、あいつが育ってから…)
 やっと恋だと気付くわけだし、それまでの姿を覚えてはいない。
 どんな具合に蕾が綻び、ふわりと花を咲かせたのか。
 艶を含んだ柔らかな花弁、それが蕾から覗くようになったのは、いつなのかを。


 けれど、今度の自分は違う。
 ブルーへの恋を最初から自覚しているのだから、見逃さない。
 まだ十四歳にしかならないブルーが、前のブルーと同じ姿に育つのを。
 少しずつ大人び、背丈も伸びて、日毎に変わってゆくだろう時を。
(…実に贅沢なお楽しみだな)
 毎日、写真を撮りたいほどだ、と思うくらいに待ち遠しい時。
 今のブルーが育ってゆくのを、胸をときめかせて眺められる日々。
(自制するのは大変だろうが、それも醍醐味というヤツだ)
 素晴らしい御褒美が貰えるんだし、と顔が綻びそうになる。
 いつかブルーが育った時には、その唇にキスをする。
 「俺だって、ずっと待たされたんだ」と、もったいぶって。
 高鳴る鼓動を懸命に隠して、大人の余裕たっぷりに。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が失くした姿を、目の前にして。
(本当に、俺のブルーなんだ、と……)
 きっと涙が零れてしまうに違いない。
 ようやく戻って来てくれたブルーの姿に、胸が、心が、一杯になって。
 「俺が失くしたブルーなんだ」と、ブルーの身体を、力の限りに抱き締めて。
(今だって、ブルーはブルーなんだが…)
 やっぱり何処かが違うんだよな、と自分でもハッキリ自覚はある。
 書斎の机の引き出しの中に、大切に仕舞ってある写真集。
 前のブルーの一番有名な写真が表紙の、『追憶』というタイトルの本。
 表紙に刷られたブルーを見る度、今も悲しみに囚われてしまう。
 「その人」を自分は失くしたから。
 憂いを秘めた瞳をしていた、美しい人を。
 誰よりも気高く、強かったブルー。
 ミュウの未来を拓くためだけに、その身を、命を捨て去った人を。


(…あの時の姿に育つまでは、だ…)
 前のブルーを本当の意味で「取り戻した」とは言えないだろう。
 現にこうして、「前のブルー」を想い続ける自分がいるから。
 引き出しの中から写真集を出しては、表紙のブルーに心で語り掛ける自分が。
(……あの姿が戻って来るまでは……)
 胸の痛みも消えないのだろう、と前の自分の苦しみを思う。
 「どうして一人で逝かせたのか」と、取り残された悲しみの中で生き続けた日々。
 そうするしか無かったと分かっていてなお、生ける屍だった歳月。
 今でも忘れることは出来なくて、それを消すには、あの姿のブルーを待つしかない。
 十四歳にしかならない今のブルーが、その身に秘めている姿。
 いつか大きく育つ時まで、目にすることは出来ないブルー。
(…もう一度、あいつに出会わないとな…)
 何年待つことになろうとも、と思うけれども、果たして、それは正しいだろうか。
 前の自分が失くした通りの、ブルーの姿に巡り会うこと。
 「ソルジャー・ブルー」の姿そのまま、生き写しの人に会うということ。
(……今の俺だと、確実に会うことが出来るんだろうが……)
 チビのブルーが育った時には、必ず「そうなる」と分かってはいる。
 前のブルーとそっくり同じな銀色の髪と、赤い瞳を持ったアルビノ。
 誰が見たって「小さなソルジャー・ブルー」そのものな姿の、今のブルー。
 だから期待をしてしまうけれど、そうでなければ、どうだったろう。
 今のブルーが、前の姿と違っていたら。
 銀色をした髪の代わりに、金色の髪を持っていたとか。
 赤い瞳をしてはいなくて、海の色の水色だったとか。
(…前のあいつが、成人検査を受ける前には…)
 その色だったと聞いているから、まるで有り得ない話ではない。
 髪や瞳の色だけではなく、姿からして違っていたかもしれない。
 前のブルーとは似ても似付かない、全く別の面差しになって。
 体格さえも別物になって、見る影もないほど違ったとか。


 もしも、そういうブルーに会ったら、どうしただろう。
 ちゃんと記憶は戻って来たのか、それとも戻らなかったのか。
(…聖痕も出て来なかったなら…)
 それが「ブルー」だと分かりはしなくて、右と左に別れただろうか。
 同じように教室で巡り会っても、ただの教師と生徒のままで。
 ブルーが学校を卒業したなら、二人の縁も切れてしまって。
(……うーむ……)
 しかし、と心の奥がざわめく。
 ブルーが違う姿であっても、自分は同じに「見付ける」だろう、と。
 前の自分の記憶が戻るよりも前に、選んで買った愛車の色。
 「白い車は好きだが、嫌だ」と、前の自分のマントと同じ濃い緑色の車を買った。
 白い車は、白いシャングリラのようだから、と自分でも気付かない内に。
 「ブルーがいないのに、白い車を運転したって意味が無い」と。
(…それと同じで、あいつに会ったら…)
 きっと自分は一目で恋に落ちるのだろう。
 「俺が探していた人だ」と。
 前のブルーとはまるで違って、可愛らしくさえなかったとしても。
 柔道部に似合いのゴツイ生徒で、わんぱく小僧だったとしても。
(…でもって、その時…)
 そんなブルーと同じ学年に、銀色の髪で赤い瞳の子がいたら。
 時の彼方で失った人と、面差しの似た生徒がいたら…。
(恋をするか、って訊かれたら…)
 答えは「否」だ、と瞬時に言える。
 前の自分が恋をしたのは、姿ではなくて、ブルーの魂。
 だから記憶があっても無くても、「あの魂」を持った人に惹かれる。
 姿ではなくて、その中身に。
 互いの記憶がどうであろうと、互いに、心で求め合って。


(…姿だけなら…)
 好きになったりしやしないさ、とカチンと弾いたマグカップ。
 「たとえ絶世の美人でなくても、俺はいいんだ」と。
 小さなブルーが前と同じに育ってゆくのは、楽しみではある。
 それを見るのも幸せだけれど、まるで違ったブルーに出会って、恋に落ちても…。
(間違いなく、俺は幸せなんだ)
 あいつと一緒にいられればな、と湛えた笑み。
 姿だけなら、俺は絶対に惚れやしない、と。
 前のブルーにそっくりな人が、今、目の前に現れても。
 小さなブルーの方の姿は、前のブルーに似ていなくても。
 前の自分が恋をしたのは、「前のブルー」が持っていた、あの魂だから。
 いくらそっくりな姿であっても、魂が別なら、けして選びはしないのだから…。

 

            姿だけなら・了


※いくら前のブルーにそっくりな人でも、魂が違えば惚れはしない、と思うハーレイ先生。
 そっくりな人が目の前にいても、ブルーの魂を持っている人の方に惹かれるのですv











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(竜宮城かあ……)
 今でも何処かにあるのかな、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ずっと昔は、海の底に…)
 竜宮城があったんだよね、と幼い頃に読んだ絵本が頭の中に蘇る。
 苛められていた亀を助けた、心の優しい浦島太郎。
 その彼の前に、再び亀が現れた。
(竜宮城にお連れします、って…)
 助けて貰った恩返しにと、亀は浦島太郎を背中に乗せて、海の中へと。
 普通だったら溺れるだろうに、大丈夫だった浦島太郎。
 亀と一緒にどんどん潜って、深い海の底に辿り着いたら…。
(…とても立派なお城があって…)
 それは美しい、乙姫様が迎えてくれた。
 毎日、美味しい御馳走を食べて、鯛やヒラメの舞を眺めて楽しく暮らして…。
(素敵だよね?)
 竜宮城が今もあるのなら、と海の底へと飛んでゆく思考。
 一度は滅びた地球だけれども、今では青い海がある。
(人間が、二度と滅ぼしてしまわないように…)
 色々な厳しい決まりがあるから、それは美しい、今の地球の海。
 公害なんかはありもしなくて、水は綺麗に澄み切っている。
 だから今なら、竜宮城も…。
(誰も知らない、海の底の何処かに…)
 堂々と聳えているかもしれない。
 なんと言っても、乙姫様が住むお城だから。
 地球が死の星だった時代も、竜宮城は生き延びただろう。
 魚たちが消えてしまった海から、遠く離れて。
 お城ごと別の世界に避難し、何事も無かったかのように。


(うん、きっとそう…)
 元から、別の世界だものね、と考える。
 深い海の底にあるというのに、浦島太郎は溺れなかった。
 亀の背中に乗っかっただけで、海の中でも呼吸が出来て、深く潜って行けた彼。
(…亀がシールドしていたのかも…)
 ミュウなら簡単に出来るものね、と思うけれども、今の自分には出来ないシールド。
 サイオンがすっかり不器用になって、思念波もろくに紡げないから。
(……亀にも負けちゃう……)
 ちょっぴり悔しい、と瞬きをして、思考を竜宮城に戻した。
 海というのは、深く潜るほど、水圧が上がってゆく所。
 前の自分も、アルテメシアの海に潜る度、それを実感していたもの。
(おまけに、深くなってゆくほど、光が届かなくなって…)
 海の中は暗くなるのだけれども、竜宮城は闇に紛れてはいなかった。
 亀と出掛けた浦島太郎は、肉眼でそれを認識したから。
 「なんと立派なお城だろう」と、感心しながら到着したのだから。
(…ライトアップをしてたにしたって、海の底だし…)
 当時の人間が使用していた、灯りの類は使えない。
 蝋燭も、油を使う灯りも、水の中では消えてしまうから。
(それに水圧も凄くって……)
 昔の建築技術などでは、海底では、とても耐えられはしない。
 一瞬の内にペシャンコになって、瓦礫の山になってしまうと思う。
(…だから絶対、別の世界にあったんだよ)
 海の中で繋がっていただけで…、と考える竜宮城の在った場所。
 それなら全ての謎が解けるし、時間の流れが違うのも分かる。
 浦島太郎が竜宮城で過ごす間に、陸の上では、長い長い時が経っていた。
 別の世界に行っていたなら、そういうこともあるだろう。
 浦島太郎が知らなかっただけで、不思議でも何でもないことだから。


 竜宮城が別の世界に在ったのならば、地球が滅びても無関係。
 魚影が消えた海を切り離して、青い海が再び蘇る日まで、何処かに避難。
 別の世界が亜空間なら、其処にしっかり留まって。
 鯛もヒラメも、乙姫様も、違う時間の世界で暮らして…。
(…SD体制の時代が、六百年でも…)
 竜宮城なら、一週間にも満たない時間だったのだろうか。
 浦島太郎が戻って来た時、三百年経っていたのなら。
(…地球が滅び始めた頃から、避難してても…)
 青く蘇った地球に戻るまでの間は、きっと一年も無かっただろう。
 そして今では、海の底に深く潜って行ったら…。
(竜宮城に出会えるのかも…)
 ちゃんと戻って来てそうだものね、と広がる夢。
 運良く竜宮城に行けたら、乙姫様に会えるだろうか、と。
(……御馳走は、沢山食べられないから……)
 鯛やヒラメの踊りを眺めて、お城の中を案内して貰う。
 浦島太郎が生きた頃から、何処も変わらない、竜宮城を。
 昔の人の夢の世界を、海の底にある夢のお城を。
(…楽しそうだよね…)
 行ってみたいな、と膨らむ憧れ。
 遠い昔から海の底にある、竜宮城を眺めてみたい、と。
(玉手箱さえ、開けなかったら…)
 帰って来たって年は取らないし、要らない心配。
 それにサイオンが不器用とはいえ、ミュウには違いないのだから…。
(うっかり玉手箱を開けても、年は取らないよね?)
 チビのまんま、と考えたけれど、ほんの数年なら、年を取ってもいいかもしれない。
 前の自分と、同じ背丈になれるまで。
 そっくり同じ姿に育って、ハーレイとキスが出来る年まで。


(うん、いいかも…)
 亀が迎えに来ないかな、と夢はますます膨らんだ。
 竜宮城を眺めに出掛けて、ついでに、ちょっぴりズルをする。
 お土産に貰った玉手箱を開けて、ほんの少しだけ大きく育って…。
(ハーレイにキスをして貰うんだよ)
 まだ結婚は出来ないけれど、と指を折って自分の年を数えた。
 結婚できる十八歳には、足りない年齢。
 そうは言っても、ハーレイとの約束は約束だから…。
(唇にキスはして貰えるよね!)
 キスのその先のことだって、とワクワクしてくる。
 もしも竜宮城に行けたら、沢山の夢が叶いそう。
(…何処に行けば、亀に会えるかな?)
 それに恩返しをして貰うには、亀を助けてやらないと駄目。
 苛められている亀がいるとしたなら、夏休みの海水浴場だろうか。
(小さな子供は、苛めてるつもりがなくっても…)
 亀にとっては迷惑なことをしそうなのだし、其処が可能性が高そうな感じ。
 夏休みでなくても、遠足の子でもやるかもしれない。
(……海かあ……)
 家からは少し遠いよね、と残念な気分。
 歩いてすぐの所にあるなら、毎日だって通うのに。
 苛められている亀を助けて、竜宮城に行きたいから。
(…うーん…)
 当分、チャンスは来そうにない。
 ずいぶん先になっちゃいそう、と溜息を零して、気が付いた。
 竜宮城に出掛けたならば、時間の流れが変わるのだ、と。
 ほんの数日過ごしただけでも、何百年と経ってしまうのだった、と。


 浦島太郎が戻った時には、三百年も経っていた地上。
 それなら、竜宮城まで行った自分が、すぐに地上に戻っても…。
(……何年も経ってしまってる?)
 玉手箱を開けて、前の自分と同じ姿に育つ名案。
 それは名案などではなくて、「本当に流れた時」を取り戻すだけかもしれない。
 今の学校を卒業するのに、かかるだけの時間が流れた後で。
(…それだけで済めばいいんだけれど…)
 何十年も経っていたなら、どうすればいいというのだろう。
 その間、自分は、この世界から消えている。
 竜宮城に行ったことなど、誰一人として知らないのだから…。
(行方不明になっちゃうわけ!?)
 何処を探しても見付からないなら、そういう扱いになっている筈。
 両親は懸命に探し続けて、ハーレイだって…。
(ブルーは何処に消えたんだ、って…)
 休みになったら、手掛かりを求めて走るのだろう。
 最後に海辺にいたのは確かで、其処から先が分からなくなった恋人の。
 今のハーレイは泳ぎがとても得意なのだし、海に何度も潜ってゆきそう。
 専門の人たちが探した後でも、何か見付かるかもしれないから。
 前の生からの絆がある分、「もしかしたら」と望みをかけて。
(…本当に、ぼくが消えちゃったなら…)
 ハーレイは、どんなに慌てるだろうか、最初の一報を聞いたなら。
 「海に出掛けたまま、いなくなった」と、両親から知らせが行ったなら。
(……真っ青になって……)
 ガレージに走って愛車に飛び乗り、真っ直ぐに海を目指すのだろう。
 「ブルー」が最後に目撃された海岸まで。
 其処に行ったら何かあるかと、捜索の人を手伝おうと。
 きっと、学校には届けを出して。
 「守り役をしている、ブルーが行方不明なので」と。


(…でも、そうやって探しても…)
 竜宮城に行った「ブルー」は見付からない。
 ハーレイが何度、海に潜っても、竜宮城に出会えはしない。
 別の世界に聳えるお城は、其処への道が開かない限り、人間の目には見えないから。
 もちろん、竜宮城で楽しんでいる「ブルー」の姿も。
(……ハーレイを置いて、消えちゃったなら……)
 いつか自分が戻って来るまで、ハーレイは嘆き悲しむのだろう。
 「ブルーは何処へ消えたんだ」と。
 「どうして一緒に行かなかった」と、一人で海に行かせたことを悔やみ続けて。
 竜宮城を目指した「ブルー」は、最初から「そのつもり」だったのに。
 一人でコッソリ出掛けて行って、玉手箱でちょっぴりズルをしよう、と。
(…でも、ハーレイは、そんなこと…)
 まるで全く知らないのだから、ただ泣き暮らすことしか出来ない。
 前のハーレイが、そうだったように。
 遠く遥かな時の彼方で、「前のブルー」を失くしてしまった時と同じに。
(……そうなっちゃうんだ……)
 チビの自分が竜宮城に出掛けたら。
 ハーレイの前から消えてしまって、何十年も経ってしまったならば。
(…ほんの数年だったとしても…)
 学校を卒業できる年まで、上手い具合に経ったとしたって、陸では数年。
 その間、ハーレイは「消えてしまったブルー」を探して、何度も何度も泣くのだろう。
 「どうしてなんだ」と。
 「今度もブルーを失くしちまった」と、前のハーレイの分までも。
(…消えちゃったなら…)
 そうなっちゃうよね、と分かった以上は、竜宮城には、もう行けない。
 運良く、亀に会えたって。
 「背中にどうぞ」と言って貰えて、海の底にある、夢のお城に招待されたって…。

 

           消えちゃったなら・了


※竜宮城に行ってみたいと考えたブルー君。玉手箱を使えば、大きく育つことも出来そう。
 けれど、竜宮城に行っている間、地上では行方不明。ハーレイ先生が泣いちゃいます。












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(神隠し、か……)
 そういう言葉があったっけな、とハーレイが、ふと思い出したこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それを片手に。
(うんと昔の言葉だよなあ…)
 前の俺が生きた頃よりもな、と「神隠し」という言葉を追ってゆく。
 それは今よりずっとずっと昔、人間が地球しか知らなかった時代のもの。
 地球が滅びる日が来るなどとは、誰も思いもしなかった昔。
 この地球の上にあった小さな島国、日本で、いつしか生まれた言葉。
(…今の俺が、此処に生まれていなけりゃ…)
 知らなかったかもしれない、昔の人たちが恐れた現象。
 今の自分が住んでいる場所は、かつて日本が在った辺りに位置している。
 だから日本の文化を色々と復活させて、日本を名乗ったりもする。
 其処の学校で古典の教師をやっているから、自然と詳しくなる言葉。
(ついでに、俺の趣味もあるよな)
 地球が滅びる前の文化を追うってのは、と眺める書斎の蔵書たち。
 前の自分の地球への憧れが、そうさせたろうか。
 記憶が戻ってもいない頃から、昔の文化が好きだった。
 日本でなくても、他の地域の習慣などでも。
(……おっと、脱線しちまった)
 神隠しだっけな、と元へと戻した思考。
 前の自分が、聞いたことさえ無かった言葉。
(いつの間にか、人が消えちまうんだ)
 何の前触れもなく、突然に。
 消え失せた人が何処へ行ったか、手掛かりさえも見付からない。
 どんなに懸命に探し回っても、まるで全く。
 この地上から消えてしまって、天に昇ったかのように。


(…手掛かりは無いし、見付からないし…)
 きっと神様が連れ去ったのだ、と昔の人々は考えた。
 神と言っても、良い神かどうかは分からない。
(浦島太郎の竜宮城みたいに…)
 素晴らしい所へ連れてゆかれても、残された人の目から見たなら「神隠し」。
 浦島太郎は「戻って来るまで」、神隠しだと思われていただろう。
 ある日、突然、消えてしまって、戻って来なかったのだから。
 三百年もの長い年月、地上にいなかったのだから。
(…竜宮城なら、ラッキーなんだが…)
 他にも色々、そういう素敵な場所はある。
 招かれるままについて行ったら、人の世界とは違った所で、歓待される昔話。
 其処へ出掛けて楽しんでいても、傍目には「神隠し」なのだけれども…。
(…鬼や天狗に攫われることも…)
 あるんだよな、と「悪い神」の方を挙げてみる。
 昔の人が恐れていたのも、そちらの方の「神隠し」。
 悪い神の方に連れ去られたなら、どうなるか分からない運命。
 二度と帰って来られない上、攫われた先で、どうされるかも分からない。
(……最悪、食われちまうってことも……)
 相手が鬼なら、有り得るだろう。
 見目良い女子供だったら、鬼の屋敷で使用人にされたり、妻になるということもある。
 けれど、そうではなかったならば、攫われてすぐに食われてしまいかねない。
(でなけりゃ、美味いものを食わせて…)
 太らせて美味しく育て上げてから、おもむろに包丁を研ぐだとか。
(…あるんだよなあ、そういう話も)
 だから誰もが怖がったんだ、と昔の人の心を思う。
 もしも神隠しに遭ってしまえば、もう戻っては来られない。
 戻れないだけならば、まだマシだけれども、命が無いこともあるのだから。


 幼い子供が神隠しに遭うことが無いよう、昔の人々は注意していた。
 「あの山には、決して行かないように」といった具合に、言い聞かせて。
 神隠しが多い場所を教えて、其処には決して近付くな、と。
(……だからだな……)
 文明が進んだ後の時代は、神隠しは「事故だ」とされていた。
 深い森や山に入った子供や、大人が道に迷って消える。
 あちこちに「目に付きにくい」深い穴があるとか、崖から落ちてそのままだとか。
 まるで痕跡が残らなければ、その人は「消えた」と思われるだろう。
 実際は穴に落ちていたって、崖下に転落していたって。
(…それと、もう一つ…)
 後の人々が考えたことは、「人攫い」というものだった。
 攫ってゆくのは神ではなくて、同じ人間。
 女性や子供を攫って行っては、遠い所で売り飛ばす。
 なにしろ昔は、人権などは問題にされなかったから。
 人権という概念さえもが、まだこの国には無かった時代。
 其処では「人」も商品になった。
 女性だったら女郎屋に売って、子供は金持ちの家などの使用人として売り渡す。
 どちらも元手がかからない上に、上手く売れれば大金が入る。
(…人目に付かない場所を選んで…)
 素早く攫って、後は遠くへ連れ去るだけ。
 顔見知りの者が一人もいなくて、高い値段で売れる所へ。
(その頃に高く売れる場所なら、都とか…)
 栄えている宿場町だとか。
 「攫って来たのだ」と分かっていたって、それを承知で買う者はいる。
 商品が、そう訴えたって。
 涙を流して「家に帰りたい」と、家のある場所を告げたって。


(……なんとも酷い話だよなあ……)
 人攫いの方の神隠しはな、と竦めた肩。
 事故なら諦めもつきそうだけれど、売られたのでは、たまるまい。
 残された家族の方はともかく、売られてしまった本人が。
(今の時代じゃ、考えられんな)
 人を攫って売るだなんて、と思った所で気が付いた。
 「売られる」だけ、まだマシなのだ、と。
 たとえ女郎屋に売られようとも、救いの道はゼロではない。
 芸を磨いて売れっ子になれば、身請けして貰えることだってある。
 そうなったならば、晴れて自由の身になれる上に、運が良ければ妻にもなれた。
 使用人として売られた子供も、其処で自分を磨いたならば…。
(下っ端から、うんと出世して…)
 店を任されたり、暖簾分けなどで独立できる道も開ける。
 最初は「売られて来た」身の上でも、同じ人間なのだから。
 キラリと光るものさえあったら、誰かの目にも留まるのだから。
(それに比べて、前の俺たちは…)
 売られることさえ無かった、ミュウ。
 もしもミュウだと判明したなら、待っていたものは「処分」だけ。
 その場で撃たれておしまいになるか、研究施設に送られるか。
(…どっちにしたって、死ぬしかないんだ)
 研究施設というのは名ばかり、人体実験をする場所だったから。
 過酷な実験を繰り返されて、耐えられなくなれば死んでゆく。
 ミュウは「人ではなかった」から。
 人間扱いされていなくて、人権などあろう筈もない。
 そして「処分」の道を歩んだミュウは、その存在を抹殺された。
 あたかも「神隠し」のように。
 育英都市から、ある日、ふっつり姿を消して。


 機械が統治していた時代に、ひそかに起こった「神隠し」。
 誰もそうとは気付いていなくて、消えたことさえ、誰も知らなかった。
 処分されたら、周りの記憶は処理されるから。
 機械に都合のいいように書き換え、「最初からいなかった」かのように。
(…本物の神隠しより、酷いってモンだ)
 なんとも酷い時代だった、と今でも背筋が寒くなる。
 前の自分は、よっぽど運が良かったのだ、と。
 神隠しに遭って消えたけれども、生き延びて、最後は地球にまで行けた。
 前のブルーに出会ったお蔭で、命拾いして。
 星ごとメギドで燃える所を、宇宙船で辛くも脱出して。
(でもって、今では、もっと素敵で…)
 最高の場所で暮らしてるんだ、と前の自分に教えたいような気持ち。
 青い地球まで来たのだから。
 前の自分が目にした時には、死の星だった地球が「青い」時代へ。
(しかも、あいつも一緒だってな)
 ちゃんとブルーもいるんだぞ、と嬉しくなる。
 十四歳の子供になってしまっても、ブルーはブルーに違いない。
 それにいつかは大きく育って、前の自分が愛したブルーと…。
(瓜二つになって、俺の所へ嫁に来るんだ)
 今の時代は、もう神隠しの心配も無いし、のんびりと待っていればいい。
 小さなブルーが育つのを。
 前のブルーと同じ背丈になるまで育って、プロポーズできる時が来るのを。
 機械が治める歪んだ時代は、とうの昔に終わったから。
 平和になった今の時代に、神隠しなどは、もう無いのだから。


(…うん、消えちまう心配は無いぞ)
 安心だよな、と思ったけれども、どうだろう。
 遥かな昔の神隠しの方は、本当に…。
(事故と人攫いだけ、だったのか…?)
 浦島太郎の例もあるしな、と首を捻った。
 他にも似たような話があるなら、神隠しの中には、ごく僅かだけ…。
(…別の世界に迷い込んだ、ってヤツがあるかも…)
 何かのはずみに扉が開いて、と頭に浮かんだワープ航法。
 あれは時空を飛び越える時に、亜空間へとジャンプしてゆく。
 ついでに、前のブルーが得意としていた、瞬間移動というヤツも…。
(一種のワープみたいなものだ、と…)
 ブルーが笑って言っていたから、船が無くても、別の世界への扉は開く。
 そうなると、今のサイオンが不器用なブルーでも…。
(運が悪けりゃ、消えちまうってか!?)
 別の世界に落っこちて。
 竜宮城に行ってしまって、帰れなくなってしまうとか。
 前のブルーなら、其処から戻って来られるのに。
 比類なき強さを誇ったサイオン、それを使って、一瞬の内に。
(…えらいことだぞ…)
 今のあいつが消えちまったら、と考えただけで寒くなるから、神隠しは無いと思いたい。
 竜宮城があるとしたって、ブルーの前には現れない、と。
 どんなに素敵な場所であろうと、ブルーを招いてくれるな、と。
 今のブルーは自力で帰って来られないから、消えてしまったら、それきりだから。
 神隠しに遭って生き別れなんて、お互い、泣くに泣けないのだから…。

 

           消えちまったら・了


※ハーレイ先生が考えてみた、神隠しのこと。SD体制の時代にもあった、一種の神隠し。
 今は神隠しはありませんけど、万一ということがあるかも。ブルー君が消えませんようにv










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(今日はハーレイに会えなかったよ…)
 ツイてないな、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日も学校に行ったのだけれど、ハーレイには会えずに終わってしまった。
 ハーレイの古典の授業が無い日で、廊下などでも出会えていない。
 仕事の帰りに寄ってくれるかと、何度も窓辺に行ったけれども、見慣れた車は来なかった。
 前のハーレイのマントの色と同じの、濃い緑色をした車は。
(…部活だったのかな、それとも会議が長引いちゃった?)
 どっちなんだろう、と考えてみても答えは出ない。
 もしかしたら、そのどちらでもなくて、食事に出掛けたのかもしれない。
 同僚の先生たちに誘われて、愛車で運転手を引き受けて。
 何処かの店で楽しく食事で、その後は先生たちを順に家まで…。
(車で送って行ったのかもね)
 ついでにドライブしているのかも、と窓のカーテンの方を眺める。
 チビの恋人のことなど忘れて、鼻歌交じりに車を運転しているだろうか。
 「まだ帰るには、少し早いしな?」などと、ハンドルを切って、気ままにドライブ。
(……そうなのかも……)
 だってハーレイは大人だもんね、と思ってしまうと、少し寂しい。
 自分がチビでなかったならば、一緒にドライブ出来たのに。
 何より今頃はとうに二人で、同じ家で暮らしていたのだろうに。
(…神様の意地悪…)
 どうして、今のぼくはチビなの、と涙が溢れそうになる。
 ハーレイよりも二十四歳も年下のチビで、十四歳にしかならない子供。
 そんな子供でなかったのなら、とっくに結婚出来ていた筈。
 今のハーレイと地球で再会して、前の生の記憶が戻って来たら。
 ハーレイも全てを思い出してくれて、「俺のブルーだ」と言ってくれたなら。


(……あんまりだよ……)
 お蔭で今も独りぼっち、と涙が一粒、頬を伝った。
 こうして泣いているのを見たなら、ハーレイも気付いてくれるだろうか。
 「あいつを寂しがらせちゃダメだ」と。
 どんなに仕事が忙しい日でも、せめて通信は入れないと、などと。
(…来られない時は、何か口実…)
 両親が不審がらないように、理由をつけて通信が欲しい。
 ハーレイの声が聞けるだけでも、きっと心が温まるから。
(…でも、パパとママが…)
 やっぱり変に思っちゃうよね、と分かっているから、無理は言えない。
 それでも、ハーレイに「寂しいんだよ」と涙交じりに訴えたなら…。
(仕事の時は仕方なくても、他の先生との食事とかは…)
 断わって帰ることにしよう、と考えてくれるかもしれない。
 ハーレイにとっては「楽しい時間」に、チビの恋人が泣いているのなら。
 こうして夜に独りぼっちで、涙を零していると知ったら。
(泣かれちゃったら、ハーレイも降参しそうだもんね)
 次に会えたら泣いちゃおうかな、とハーレイの姿を思い浮かべた。
 「この前は、とっても寂しかったよ」と泣きじゃくったなら、どうするだろう。
 「俺が悪かった」と詫びてくれるとか、「もうやらない」と誓ってくれるとか。
 誓いを立てるのは無理にしたって、とてもすまなそうな顔をして…。
(絶対、謝ってくれるよね?)
 本当に泣いてやろうかな、と思ったけれども、よく考えたら…。
(楽しくドライブしてるにしたって、そうなったのは…)
 他の先生たちと食事したせいで、そういう付き合いも大切なこと。
 一緒に仕事をしているのだから、シャングリラの仲間のようなもの。
(みんな仲間で、だから食事に誘うんだしね…)
 それを断るのもどうかと思う、と前の生での記憶からも分かる。
 人と人とは、仲がいいのが一番だから。
 たとえ喧嘩になったとしたって、仲がいいのが「仲間」だから。


 そういうことなら、無理は言えない。
 ハーレイの前で涙を零して、「ぼくと会うのを優先してよ」と責めるだなんて。
(……それは反則……)
 泣かれてしまうと、人の心は揺らぐもの。
 「泣き落とし」という言葉があるほど、人間は相手の涙に弱い。
(…ぼくだって、ハーレイに泣かれちゃったら…)
 きっと何でも「うん」と言っちゃう、と容易に想像出来ること。
 あのハーレイが涙を流して、深々と頭を下げて来たなら…。
(…どんなことでも、許しちゃうしか…)
 無さそうだよね、とフウと溜息。
 だから自分が同じ手段を悪用しては駄目だろう。
 家に来てくれないなんて嫌だ、とハーレイに無理を言うなどは。
(…もしも、ハーレイに…)
 出会う前から恋人がいたら、とポンと頭に浮かんだ考え。
 この地球の上で再会するより、もっと前から「今のハーレイ」が好きだった人。
 ハーレイの年から考えてみると、いてもおかしくない恋人。
 婚約どころか、とっくに結婚していたとしても…。
(おかしくないよね、自分の家もあるんだもの)
 おまけに子供部屋まであるし…、とハーレイの家を頭に描いた。
 一度だけしか行っていないけれど、一人暮らしには広すぎる家。
 其処にハーレイの奥さんがいたって、何の不思議も無さそうな家。
 子供部屋にも、持ち主がいても。
 今のハーレイの大事な子供が、其処で元気に暮らしていても。
(……そうなってたら……)
 再会して喜びの涙を流した直後に、ハーレイは泣いていたのだろうか。
 「すまん」と、それは苦しそうな顔で。
 「お前とは一緒に暮らせないんだ」と、「今の俺は、結婚しているから」と。
 愛する女性も子供もいるから、その人たちを大事にしたい、と。


(……そう言われたら……)
 そしてハーレイに泣かれちゃったら、とズキンと心の奥が痛んだ。
 ハーレイの頬を伝う涙は、正真正銘、本物の涙。
 ずるい「泣き落とし」などとは違って、心の底から溢れて来るもの。
 今のハーレイの大切な人を、失うことは出来ないから。
 遠く遥かな時の彼方で愛した人より、今の生で愛して来た人の方が…。
(ずっと大事に決まっているよね?)
 ハーレイが青い地球に生まれて、出会って、心から好きになった人。
 「この人と一緒に生きてゆこう」と、決めて誓って、プロポーズした人。
 恋が叶って結婚したなら、もうハーレイは「その人のもの」。
 もちろん相手にとっても同じで、その人はハーレイのものになる。
 互いに愛して、共に暮らして、やがて可愛い子供も生まれて…。
(すっかり家族になっているのに、そんな所へ、ぼくが来たって…)
 今のハーレイには、どうすることも出来ないだろう。
 誰よりも愛する人がいるのに、その人を捨てることは出来ない。
 その人との間に生まれた子供も、とても見捨ててしまえはしない。
 たとえ記憶が蘇っても。
 前の生で交わした幾つもの誓いを、鮮明に思い出したとしても。
(……そこで自分の奥さんと子供を、捨ててしまえるような人なら……)
 けして愛してはいなかったろう。
 本物の家族が無かった時代に、生まれ育った「前の自分」でも。
 赤ん坊は人工子宮の中から生まれて、養父母が育てていた時代でも。
(…前のぼくたちは、人類とは…)
 違う生き方をしていたのだから、血の繋がらない子供たちでも、大切にした。
 白いシャングリラに迎えた子供は、一人残らず、あの船の仲間の家族たち。
 誰でも進んで面倒を見たし、愛を注いで育てたもの。
 だから本物の家族でなくても、「捨てる」ことなど、誰にも出来ない。
 そうすることが出来るとしたなら、その人は、ミュウの仲間ではなくて…。
(システムに忠実な、人類なんだよ)
 前のハーレイである筈がない、と言い切れる。
 そんな人を愛することなどは無いし、冷たく観察しただけだろう、と。


 ハーレイの生まれ変わりだからこそ、捨てることが出来ない、今の生の家族。
 「前のブルー」より、今の生での妻や子供が遥かに大切。
 分かっているから、ハーレイが涙を流して言うなら、今の自分は頷くしかない。
 「そうだよね」と。
 「その人を大切にしてあげなきゃね」と、ポロポロ涙を零しながら。
 今の生では叶わない恋、その悲しみに心を引き裂かれても。
(…ぼくがハーレイを奪っちゃったら…)
 奥さんも子供も、とても辛い思いをするのだろうし、ハーレイだって辛い筈。
 口では「今の俺にはお前だけだ」と言ってくれても、本当は決して、そうではない。
 いつも何処かで、捨てて来た家族を想い続けて、心の中には…。
(血の色をした涙が流れているんだよ…)
 二つに裂かれた心の傷から、止まることなく。
 今のハーレイの生が終わる時まで、血を流す傷は塞がらないままで。
(……そんなこと、ハーレイにさせられやしないよ……)
 それくらいなら、ぼくが諦めるから、と噛んだ唇。
 ハーレイを一生泣かせるよりかは、最初の涙で諦めるよ、と。
 「すまん」と頭を下げられた時に。
 「今の俺には、家族がいるんだ」と残酷な事実を告げられた時に。
 目の前が暗くなるようだけれど、そこで自分が諦めて去って行かなかったら…。
(ハーレイも辛いし、ぼくだって、きっと…)
 一生、後悔するのだろうから、傷はまだ、浅い方がいい。
 「今のハーレイとは、一緒に暮らせないんだ」と、再会するなり失恋しても。
 今度の生では恋は実らず、涙ながらに暮らすことになっても。
(…だって、ハーレイに泣かれちゃったら…)
 弱いもんね、と溜息をついて、今の幸運に感謝する。
 この地球の上で再会した時、ハーレイに恋人はいなかったから。
 泣きながら「すまん」と言われはしなくて、いつか結婚できるのだから。
(……我儘は言わずに、我慢しなくちゃ……)
 ハーレイに会えないことがあっても、とパチンと軽く叩いた頬っぺた。
 「泣かれちゃったら、ぼくもハーレイも、弱いんだから」と。
 泣きながら我儘は言わずにおこうと、「無理を言ったらいけないよね」と…。

 

           泣かれちゃったら・了


※ハーレイは泣かれたら弱い筈、と考え始めたブルー君。けれど、自分も弱いのです。
 もしもハーレイに奥さんがいても、泣かれてしまったら…。そうならなくて良かったですねv












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(今日は会いに行ってやれなかったなあ…)
 寂しがってなきゃいいんだけどな、とハーレイが思い描いたブルーの顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎でコーヒー片手に。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は学校の教師と教え子、大抵の日なら学校で会える。
 ブルーのクラスで授業をするとか、休み時間に廊下でバッタリ出会うとか。
 けれども、今日は、どちらも無かった。
 おまけに長引いた放課後の会議、学校を出る頃には、すっかり日暮れ。
(あいつの家に寄るには、遅い時間で…)
 仕方なく、自分の家に帰った。
 それから始めた夕食の支度、出来上がったら、ゆっくり食べて…。
(片付けをしてから、新聞を読んで…)
 読み終わったらコーヒーを淹れて、この書斎まで移動して来た。
 その間、小さなブルーのことは…。
(…忘れちまってたとは言わないが…)
 お留守になっていたのは確かで、満喫していた自分の時間。
 出来立ての料理は美味しかったし、新聞を読むのも、コーヒーを淹れるのも…。
(じっくり楽しんでいたってわけで…)
 まるで寂しくなかった自分。
 なにしろ気ままな一人暮らしで、どんな具合に過ごしていようと自由だから。
 とはいえ、その頃、ブルーの方は…。
(絶対、俺のようにはいかんぞ)
 あいつは、まだまだチビなんだから、と容易に想像がつくブルーの姿。
 きっと日暮れまで、何度も窓辺に行ったのだろう。
 見慣れた色の車が来ないか、家の前の道路を見るために。
 「ハーレイが来るといいんだけどな」と、期待に胸を高鳴らせて。
 なのにブルーが待った車は、来ないで終わった。
 どれほどガッカリしたことだろうか、「もう来ないんだ」と分かった時は。


(……うーむ……)
 まさか泣いてはいないんだろうが、と思うけれども、自信は無い。
 今のブルーはチビで泣き虫、赤い瞳は、じきに涙が溢れそうになる。
 真珠みたいな涙の粒が、あとからあとから零れることも。
(…泣かれちまったら、弱いんだよなあ…)
 大抵の無理は聞いちまうよな、と浮かんだ苦笑。
 今の自分は、ブルーの涙に、なんとも弱い。
(泣き落としには、引っ掛からないが…)
 ついでに我儘すぎる注文、「ぼくにキスして」も蹴り飛ばすけれど、それ以外なら…。
(もう降参で、無条件降伏しちまうってな)
 あいつの言いなりになっちまうんだ、と可笑しくもある。
 「キャプテン・ハーレイともあろう者が」と、前の自分と重ねてみて。
 あの頃だったら、そこまで甘くはなかったろうに、と。
(…前の俺でも、前のあいつの涙には…)
 いつもドキリとさせられていたし、無視など出来はしなかった。
 恋人同士になった後はもちろん、そうなるよりも遥かに前の時代から。
 燃えるアルタミラを脱出した直後も、泣きじゃくるブルーを抱き締めていた。
 「今の間に、泣けるだけ泣け」と、小さな背中をさすりながら。
 前のブルーの強いサイオン、それに自分たちは縋り付くことになるだろうから。
 ブルーがどんなに小さかろうとも、きっと頂点に立たざるを得ない。
 そうなったならば、もはやブルーは「泣けない」から。
 誰もに頼りにされる立場は、弱さを見せてはいけないもの。
 ブルーが弱気になってしまえば、それは周りに、たちまち広がる。
 船の仲間の希望も未来も、ブルーの心に引き摺られるように…。
(すっかり萎んで、夢も希望も無くなっちまって…)
 暗い空気に包まれた船に、未来などは無いことだろう。
 だからブルーは「泣いてはいけない」。
 少なくとも、船が落ち着くまでは。
 たとえブルーが泣いていようと、周りがしっかり支えられるようになるまでは。


 前の自分が言った言葉を、前のブルーがどう受け止めたかは分からない。
 改めて訊いてみたこともないし、それに訊くまでもなかったこと。
 ブルーは「泣きはしなかった」から。
 飢え死にの危機に瀕した時さえ、涙を見せたのは前の自分の前でだけ。
(…あいつにしか言わなかったから、ってこともあるんだろうが…)
 船の食料が尽きてしまう、という残酷な事実。
 仲間たちにはとても言えずに、前の自分が一人きりで抱え込んでいた。
 残った食料の量を調べては、もうすぐ終わりが来てしまうのだ、と。
 アルタミラから逃れて自由になれた旅路も、何処へも辿り付けずに終わる、と。
(…それをあいつに…)
 つい、打ち明けてしまった自分。
 誰よりも心を許していたから、ブルーの幼さを思いもしないで…。
(言っちまったんだよなあ、本当のことを)
 そうしたところで、どうなるものでもなかったろうに。
 いくらブルーが強いサイオンを持っていようと、魔法使いとは違うのだから。
 「食料が残り少ないんだ」と言ってみたって、ポンと食料を出すことは出来ない。
 料理がドッサリ並んだテーブル、それを魔法で出すことだって。
(…何を思っていたんだか、俺は…)
 追い詰められていたんだろうな、としか思えないけれど、それを打ち明けられたブルーは…。
(みんな死んじゃう、って…)
 瞳から涙をポロポロ零して、「嫌だ」と首を左右に振った。
 船の食料が尽きる時には、誰もがブルーに「食べろ」と譲ってくるのだろう、と。
 ただ一人だけの「子供」だから。
 そう見えるだけで実は年上でも、心も身体も「まるで成長していない」子供。
 だから最後の食料を譲り、笑顔で「子供は食べないと」と。
 皆がそうして譲った結果は、前のブルーが、あの船で、たった一人だけ…。
(生き延びちまって、皆の最期を看取った後で…)
 死んでゆくことになるのだから、と前のブルーは泣きじゃくった。
 「そんなの嫌だ」と、「ハーレイだって、死んじゃうんだから」と。


(しかし、あいつは…)
 泣くだけで終わりやしなかった、と覚えている前のブルーの強さ。
 食料は無事に手に入った。
 前のブルーが、生身で宇宙を駆けて行って。
 「みんなが飢えて死ぬくらいなら」と、人類の輸送船から奪って来て。
(…それからは、前のあいつが奪って…)
 船に持ち帰って来た食料を、前の自分が料理していた。
 ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、キャベツだらけのキャベツ地獄を乗り切って。
 せっかくブルーが奪ったのだから、「文句を言うなよ」と皆を睨んで。
(自給自足の船になっても、前のあいつは…)
 やはり涙を見せはしなくて、仲間たちの前で泣くのは、誰もが泣いていた時だけ。
 ミュウの子供を救出できずに、幼い命が失われた時。
 苦楽を共にして来た仲間が、病に倒れて逝ってしまった時。
(…そういった時は、あいつも泣いていたんだが…)
 それ以外では、前の自分の前でくらいしか、ブルーは泣きはしなかった。
 けれど、その分、流す涙は深い悲しみに彩られたもの。
 とても見過ごすことなど出来ない、前のブルーが流した涙。
(…それだけに、俺も弱かったんだ…)
 泣かれちまったら、ただ抱き締めてやることしか…、と思い出す遥かな時の彼方。
 前のブルーが泣いた時には、殆ど、それしか出来なかった。
 ブルーの心を覆う悲しみ、それを拭うための手段を持たなかったから。
 皆の前では泣かないブルーが、涙を流す時といったら…。
(…ミュウの未来を思った時とか、地球の座標が掴めないこととか…)
 どれも「ただのキャプテン」だった自分には、どうしようもないことばかり。
 最強のサイオンを誇るブルーにも出来ないことなど、前の自分に出来るわけもない。
(……そうして、前のあいつの寿命が……)
 尽きてしまうと分かった時にも、やはり手立ては何も無かった。
 ただ泣きじゃくるブルーを抱き締め、共に泣くしかなかった自分。
 「私も一緒に行きますから」と。
 けして一人きりで逝かせはしないと、必ず後を追ってゆくから、と。


 そう誓ったのに、前の自分は約束を守れないで終わった。
 前のブルーが、そう望んだから。
 「頼むよ、ハーレイ」と後を託して、メギドへと飛んで行ったから。
(…そうやって飛んだ先で、あいつは…)
 独りぼっちで泣きじゃくりながら、最期を迎えたのだと聞いた。
 今の小さなブルーから。
 右手に持っていた筈の温もり、それを失くして、深い悲しみと絶望の中で。
 「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、「二度と会えない」と。
(…それもあるから、余計だな…)
 泣かれちまったら降参なんだ、と今のブルーの涙を思う。
 瞳にじわりと滲んで来たなら、たちまち慌て出すのが自分。
 ブルーの涙を止めたくて。
 ポロポロと零れ出そうものなら、少しでも早く泣き止んで欲しくて。
(泣き落としと我儘は、お断りだが…)
 そうでない涙は、なんとしてでも止めてやりたい。
 抱き締めることしか出来なかった前の自分とは、違うから。
 今の自分は、ブルーの涙を止めてやることが出来るから。
(…俺に出来ることなら、何でもするさ)
 泣かれちまったら弱いんだしな、とコーヒーのカップを傾ける。
 また巡り会えたブルーのためなら、きっと、なんだって出来るから。
 そうすることが出来る世界に、ブルーと二人で来たのだから…。

 

        泣かれちまったら・了


※ブルー君の涙に弱いハーレイ。前のブルーの時からですけど、今は余計に弱いかも。
 けれど今では、ブルーの涙を止めてやることが出来るんですから、泣かれたら無条件降伏v












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