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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(見た目通りになっちまったなあ…)
 俺とブルーは、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 十四歳にしかならない、小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今では自分が年上だけれど、前の生では違っていたな、と。
(…アルタミラで初めて会った時には、前のあいつは…)
 今のブルーとそっくり同じで、成人検査を受けたばかりのチビだった。
 SD体制があった頃には、十四歳と言えば成人。
 本当の大人とは違ったけれども、大人社会に出てゆくための船出の年齢。
(ところが、俺たちミュウにとっては…)
 成人検査は地獄の入口、文字通り死へと突き落とされた者たちも多かった。
 アルタミラがメギドに滅ぼされた後は、大抵の者は、そうなったろう。
 生かしておいても、意味が無いから。
(…実験体など、そう沢山は要らないからな)
 ごく少数の場合を除いて、その場で処分されたと思う。
 白いシャングリラが救えた者など、本当に、ほんの一握りで。
 アルテメシア以外の星で育てられたら、何処からも救いの手は来ないから。
(…おっと…)
 暗い考えになっちまった、と思考を元の道へと戻す。
 前のブルーがチビに見えたのは、成人検査のせいだったよな、と。
(俺なんかよりも、ずっと昔に、ブルーは脱落しちまって…)
 しかも初めてのミュウだったから、過酷な実験を受け続けた。
 おまけに貴重なタイプ・ブルーでは、研究者たちが放っておかない。
 死なないようにと治療されては、繰り返される人体実験。
 それでブルーは、無意識の内に成長を止めた。
 成長したって、いいことは何も起こらないから。
 心も身体も育たなくても、困ることなど無いのだから。


 そういうわけで、前の自分が出会ったブルーは、十四歳になったばかりの子供。
(シェルターを破壊しちまうような、凄いサイオンの持ち主だったが…)
 ほんの子供には違いないから、そのように接して、扱った。
 「子供には、優しくしてやらないと」と、年長らしく振る舞って。
 なのに、後から分かった真実。
 見た目も中身も子供のブルーは、本当は、とても年上なのだ、と。
 アルタミラから脱出した船、それに乗っていた仲間たちよりも、遥かに、ずっと。
(…なんてこった、と思ったもんだが…)
 幸いなことに、ブルーは再び育ち始めた。
 ゼルやヒルマン、エラにブラウといった仲間が、色々、気を付けてやって。
 心も身体も育ててやろう、とブルーの日常に気を配って。
(…そして今では、ソルジャー・ブルーと言えば大英雄だよなあ…)
 立派に育ってくれたもんだ、と思うけれども、最後まで埋まらなかった年の差。
 実年齢の方はもちろん、中身の年も。
 どんなにブルーが育ったところで、他の仲間も、前の自分も成長してゆく。
(老けてゆくのは、また別として、だ…)
 日々、経験を積んでゆくから、ブルーとの差は埋まらない。
 お蔭で、前の自分とブルーは、最後まで…。
(…立場の上では、ソルジャーのあいつが上だったんだが…)
 他の所じゃ、俺の方が年長のままだったよな、と苦笑する。
 白いシャングリラで暮らした仲間は、気付かなかったかもしれないけれど。
 あるいは長老と呼ばれるくらいになったゼルたち、彼らにしても。
(…俺はブルーに、敬語だったし…)
 いつでも礼を取っていたから、ブルーが上に見えていたろう。
 会議の席でもブルーを立てたし、視察の時にも付き従っていたけれど…。
(どっこい、実は前のブルーは…)
 最後まで、甘えん坊だった。
 「前のハーレイ」に対してだけは。
 あれこれ我儘なことを言ったり、注文したり、と。
 メギドに向かって飛んだ時でさえ、「前のハーレイ」にだけ、無理に遺言を押し付けて。


(…あいつは、そういうヤツだったんだが…)
 今度は本当に年下だよな、とチビのブルーを思い浮かべる。
 二十四歳も年の離れた、小さなブルー。
 だから今度は、どんな我儘を言い出そうとも、年長者としてゆったり構えて…。
(何でも聞いてやりたいってな)
 前のあいつが苦労した分、と常に思っているのだけれど…。
(…ちゃんと年下に生まれて来たのも、神様の粋な計らいってヤツで…)
 あいつにピッタリな人生だよな、と考えた所で、ヒョイと覗いた別の考え。
 もしも、今度は逆だったなら、と。
(…いや、逆と言うより、それが正しいと言うのか、これは…?)
 今度もブルーの方が年上に生まれていた場合…、と顎に当てた手。
 前ほど離れているかどうかは、この際、考えに入れないとして…、と。
(今のあいつと、今の俺とが逆だったなら…)
 ちょいと愉快なことになるぞ、と想像の翼を羽ばたかせる。
 「聖痕も横に置いておくか」と、「アレを考えたら、ややこしくなる」と。
(…出会いも、適当にしておくとして…)
 ハーレイ先生と教え子のブルーな関係の代わりに、それの逆。
 ブルー先生がいて、今の自分が教え子な立場。
(ふうむ……)
 これはなかなか…、と緩んだ頬。
 けっこう楽しそうじゃないか、と「逆だった場合」を思い描いて。
(年の差は、今の逆でいいだろう)
 あいつが今の俺の年で…、と決めた最初の設定。
 「でもって、俺は、あいつの年だ」と。
 そういう二人だった場合を、少し考えてみるとするか、と。


 今とは逆な関係の二人。
 ブルー先生と、教え子のハーレイ。
(…もちろん、あいつは、外見の年をとっくに止めていて…)
 前のあいつと同じ姿でいるんだろうな、とソルジャー・ブルーを頭に描く。
 当然、髪型も前とそっくり、とてもモテるに違いない。
 今の時代は「ソルジャー・ブルー」は大英雄だし、それにそっくりとなったなら。
 しかも写真集が沢山あるほど、気高く美しいソルジャー・ブルー。
(引く手あまたというヤツだろうが、子供の俺と出会うからには…)
 ブルー先生は、独身でいるに違いない。
 いつか「ハーレイ」と再会を遂げて、もう一度、恋を育むために。
 そう、今の自分が結婚しないで、ブルーを待っていたように。
(…俺に自覚は無かったんだが、そうなったしな?)
 俺だって、ちゃんとモテたんだから、と学生時代を思い返して誇らしい気持ち。
 誰とも付き合わなかっただけで、大勢の女性のファンがいた頃を。
(だから、とてもモテるブルー先生も…)
 独身のままで待っていてくれて、ちゃんと再会するのだろう。
 それから恋が始まるけれども、生憎と、今の自分の方は…。
(…十四歳にしかならないチビで…)
 体格は良くてもチビはチビだ、と十四歳だった頃の自分を振り返る。
 「やっぱり、中身は子供だよな」と、「ブルー先生とは、だいぶ違うぞ」と。
(…ブルー先生も、古典の教師になるのか?)
 面倒だから、それで考えとくか、と加えた設定。
 ブルー先生は古典の教師で、生徒にも人気があるだろう、と。
(……しかしだな……)
 柔道部の指導はしてくれないぞ、と早速、難問にぶつかった。
 今のブルーも身体が弱いし、水泳部の指導も無理だろう。
 きっと顧問になったとしても、名ばかりの顧問。
 指導は他の誰かに任せて、部活には顔を出すというだけ。
(…参ったな…)
 まあ、今のブルーも似たようなモンだが、と思いはしても、不満は残る。
 「同じ部活をやるんだったら、ブルー先生の指導がいい」と。


 そうなってくると、ブルー先生の方に合わせて、自分が変わるしかないだろう。
 柔道と水泳は趣味の範囲に留めて、ブルー先生と過ごす時間を増やす。
(…今の俺みたいに打ち込んでいたら、休みの日だって…)
 練習なのだし、ブルー先生とは、そうそう会えない。
 今のブルーがやっているように、休日は二人で過ごすというのは、とても無理。
(…仕方ない…)
 ブルー先生と出会った時点で、柔道と水泳は捨てるとするか、と決心した。
 そっちのプロにはなっていないから、別に困りはしないだろう。
(よし、休日はブルー先生と…)
 お茶に食事だ、と思ったけれども、それが自分に似合うだろうか。
 自分の部屋に椅子とテーブルを据えて、ブルー先生とお茶の時間を楽しむのが。
(……うーむ……)
 致命的に似合っていない気がする、と抱えた頭。
 十四歳の自分が、ブルー先生と食事をするのなら…。
(店に出掛けて、ラーメンとか、お好み焼きだとか…)
 絶対、そっちだ、と思うものだから、それはそれで愉快な光景ではある。
 今の時代も人気が高い「ソルジャー・ブルー」にそっくりなブルー先生と、ラーメンの店。
 お好み焼きの店にしたって、周りの人が驚くだろう。
 「チビのハーレイ」には似合いの店でも、ブルー先生の方は…。
(…掃き溜めに鶴というヤツだ)
 こいつはいいな、と可笑しくなった。
 きっと「ハーレイ」が成長してゆく間に、そんな場面が掃いて捨てるほど。
(ブルー先生は、俺に合わせてくれるんだろうし…)
 洒落た店が似合う年になるまで、そういった店に付き合ってくれる。
 ついでに、「チビのハーレイ」が、前のハーレイと同じ年齢になるまでには…。
(うんと時間がかかっちまって、同い年くらいに見える時代も…)
 やって来るから、面白い。
 その頃には、もう「ブルー先生」がいる学校は、とうに卒業していて…。
(堂々とデートに誘えるってモンだ)
 同い年だが、とクックッと笑う。
 「ちょうど似合いのカップルだよな」と。


(こりゃ、いいな)
 逆だったなら、前とは違う楽しみ方が…、と夢が広がる。
 ブルーと同じ年頃でデートなんかは、前の生では出来ていないから。
 前のブルーが追い付く前に、前の自分が年を重ねたから。
(…ブルー先生の方じゃ、どう思ってるかは分からんが…)
 そいつも悪くないじゃないか、とコーヒーのカップを傾ける。
 「ブルー先生と、ハーレイ君だ」と、「俺の人生も変わっちまうぞ」と。
 残念なことに、夢物語に過ぎないけれども、逆の立場も悪くはない。
 きっと色々、新鮮だから。
 前の生では出来なかったこと、驚きが山ほどあるだろうから…。

 

          逆だったなら・了


※ハーレイ先生とブルー君が、逆の立場で出会っていたら、と考えてみたハーレイ先生。
 なかなか愉快なことになりそう、同い年のカップルでデートなんかも。それも素敵かもv













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(……聖痕かあ……)
 ハーレイをビックリさせちゃったよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 忘れもしない五月の三日に、自分の身の上に起こった事件。
 少し前から、その兆候はあったのだけれど…。
(ソルジャー・ブルーの名前を聞いたら、右目の奥が…)
 ツキンと痛む感じを受けた、今の学校に入学した日。
 校長先生の話に出て来た、「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」という言葉。
 今の時代では決まり文句で、そういった時には必ず出て来る。
 人間が全てミュウになった時代、SD体制が崩れた後の平和な世界。
 それを築くための礎になった、大英雄が「ソルジャー・ブルー」だから。
 彼の存在が無かったならば、ミュウの時代が来るのは遅れて…。
(…青い地球だって、蘇ったかどうか分からないから…)
 全ての始まりになった英雄なのだ、と讃えられているソルジャー・ブルー。
(学校で勉強できるのだって、ソルジャー・ブルーのお蔭なんだ、って…)
 入学式などではお決まりの挨拶、だから不思議に思わなかった。
 下の学校でも何度も聞いたし、珍しくもない言葉だから。
(…だけど、ぼくには…)
 自分では全く知らなかっただけで、「ソルジャー・ブルー」の魂が中に入っていた。
 その魂が目覚める兆候、それが右目の奥で起こった痛み。
 じきに痛みでは済まなくなって、家で勉強していた時に…。
(…ソルジャー・ブルーの名前を見たら、ズキンと痛んで…)
 右目から真っ赤な涙が零れて、ノートに血の色の染みを作った。
 もちろん自分も仰天したし、両親の所へ言いに行ったら、二人とも慌てふためいて…。
(…病院に連れていかれて、検査…)
 なのに、異常は何処にも無かった。
 それまでの経緯を聞かされた医者が、口にしたのが「聖痕」と呼ばれている現象。
 あるいは、それが起こったのかも、と。
 ソルジャー・ブルーが最期に受けたという傷、その傷跡が現れたのかも、と。


 もしも聖痕が本物だったら、今の自分は「ソルジャー・ブルー」なのかもしれない。
 生まれ変わって来た彼の魂が、身体の中に入っていて。
 何かのはずみで目覚めた「それ」が、聖痕を引き起こしているのかも、と話した医者。
 病院でそう聞かされた後は、とても怖くて堪らなかった。
 自分が自分でなくなるようで。
 「ソルジャー・ブルー」の魂が目を覚ましたならば、「自分」がいなくなるようで。
(…今のぼくは、すっかり消えてしまって…)
 元はソルジャー・ブルーだった魂、それだけが残るのかもしれない。
 そうなったならば、今の自分が生きた記憶も、大切なものも…。
(何もかも、全部なくなっちゃう…)
 そんなの怖い、と怯えていたのに、本当に現れてしまった聖痕。
 いつもと同じに学校に行った、今は記念日になった日に。
 前の生から愛し続けたハーレイと、再会を遂げた五月の三日に。
(…ハーレイそっくりの先生がいるんだ、って…)
 病院の医者から聞かされたけれど、まるで繋がってはいなかった。
 クラスメイトが噂していた、新しく来たという古典の教師。
(前の学校で、急な欠員が出ちゃったから…)
 新学期の開始より少し遅れて、赴任して来た教師がハーレイ。
 けれども、クラスメイトの噂話に「ハーレイ」の名前は欠片も入っていなかったから…。
(ふうん、って思っただけだったんだよ)
 新しい先生が来るんだな、と考えただけ。
 まさか「ハーレイ」がやって来るとは、夢にも思っていなかった自分。
 目覚めかけていた魂の方も、特に反応しなかった。
 右目の奥は少しも痛まなかったし、「聖痕」なんかも忘れていた。
 それなのに…。
(ハーレイが、教室に入って来た瞬間に…)
 聖痕は一気に、その全貌を現した。
 兆候があった右目どころか、両方の肩と左の脇腹に。
 「前の自分」がメギドでキースに撃たれた、全ての箇所に。


(…誰が見たって、大怪我だよね…)
 教室中に上がった悲鳴を覚えている。
 ハーレイが慌てて、駆け寄って来た時の表情も。
(聖痕、とっても痛かったけど…)
 痛みで意識が飛びそうだったけれど、その最中に思い出したこと。
 「ハーレイなんだ」と。
 倒れた自分を抱き起こしてくれた、今のハーレイの逞しい腕。
 自分の中から鮮血と一緒に溢れ出して来た、前の自分の膨大な記憶。
 それが「ハーレイだ」と告げていた。
 またハーレイに巡り会えたと、愛おしい人と再び出会えのだ、と。
 同時にハーレイの記憶も戻って、二人分の記憶が絡み合った。
 「やっと会えた」と。
 遠く遥かな時の彼方で引き裂かれてしまった、誰よりも大切に思った人と。
(…ハーレイも、学校の先生も、クラスのみんなも…)
 うんとビックリさせちゃったけど、と自分の身体を眺めてみる。
 あれきり聖痕は現れないから、その役目はもう、終わったのだろう。
 今の自分と、今のハーレイとを、無事に再会させられたから。
 もうお互いに離れはしなくて、何処までも一緒に生きてゆけるから。
(…ホントはちょっぴり、足りないんだけどね…)
 今のぼくの背丈と、それから年が、と零した溜息。
 結婚するには幼すぎる年で、前の自分より小さな身体。
 お蔭で、せっかく巡り会えても、まだ二人では暮らせない。
 暮らすどころか、唇へのキスもして貰えなくて、デートも断わられる始末。
 なんとも悲しくて情けないけれど、我慢するしかないのだろう。
 神様がくれた不思議な聖痕、それでハーレイと巡り会うことが出来たから。
 今のハーレイを驚かせてしまって、学校にも迷惑をかけたけれども。
(でも、聖痕が現れたから…)
 ハーレイと再会出来たんだよ、と嬉しくなる。
 「神様が奇跡を起こしてくれた」と、「神様からの贈り物なんだ」と。


 身体中が血に染まるだなんて、とても傍迷惑な聖痕。
 それに自分も痛かった。
 おまけに、聖痕を目にしたハーレイときたら…。
(キースを絶対、許さない、って…)
 心の底から怒り狂っていて、今は何処にもいないキースを、今も激しく憎んでいる。
 本物のキースがいないものだから、朝顔のキースに八つ当たりするほど。
(…秋朝顔の、キース・アニアン…)
 ご近所さんが育てている、秋に花を咲かせる種類の朝顔。
 幾つも品種があるのだけれど、ご近所さんのは「キース・アニアン」。
 その花の名前を知ったハーレイは、朝顔の「キース」に復讐する気満々で…。
(…もしも垣根から顔を出したら、毟ってやる、って…)
 本気かどうかは謎だけれども、ハーレイならばやりかねない。
 朝顔の花をブツッと毟って、指で八つ裂きにするくらいは。
 引き裂いた後はグチャグチャに潰して丸めてしまって、ポイとゴミ箱に捨てるくらいは。
(……本物のキースに、地球で会った時……)
 ハーレイは何も知らなかったから、キースに挨拶したという。
 メギドの中で何があったか知っていたなら、一発、お見舞いすべき所で。
(だから、ホントに憎んでて…)
 復讐を果たし損ねた恨みの分まで、余計に憎くて堪らないらしい。
 キースに撃たれた「ソルジャー・ブルー」は、キースを憎んでいないのに。
 むしろ、キースに会えたなら…。
(話したいことが、一杯あるのに…)
 それをハーレイに何度言っても、ハーレイの怒りは消えてくれない。
 「あいつは、お前を撃ったんだぞ」と言うだけで。
 「俺は、絶対、あいつを許さん」と、憎しみを引き摺り続けるだけで。
(……いつかは、消えると思うんだけど……)
 その時が来るまで、ハーレイはキースを憎み続けて、自分自身にも怒りを向ける。
 「どうして、気付かなかったんだ」と。
 キースが「ブルー」に何をしたのか、知らないままで死んだ前のハーレイ。
 そんな自分を「間抜けだった」と、その愚かしさを呪い続けて。


(ハーレイ、聖痕を見てしまったから…)
 時の彼方で何が起きたか、今頃になって知ることになった。
 メギドに飛び去った「ソルジャー・ブルー」が、どんな風に死んでいったのか。
 もしも聖痕を見なかったならば、ハーレイは知らないままだったろう。
 そうなればキースを憎みはしないし、自分自身に怒りを覚えることだって無い。
 ソルジャー・ブルーが受けた傷跡、それを知ることは無いのだから。
 「前のブルーは、メギドを沈めて死んだんだ」としか、思ってはいないわけだから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
 聖痕なんかは、無かった方が良かったのかな、と傾げた首。
 あの聖痕があったからこそ、ハーレイと巡り会えたのだけれど…。
(…もしも、聖痕が無くっても…)
 ちゃんと出会えていた気がするよ、と溢れる自信。
 なんと言っても、ハーレイと自分なのだから。
 気が遠くなるほどの時が流れても、地球の上で再会出来たのだから。
(…前のハーレイと、ぼくとの絆…)
 二人の間を結ぶ絆は、とても強くて確かなもの。
 たとえ聖痕が無かったとしても、お互いに巡り会えたと思う。
 何処かの街角でバッタリ会うとか、公園で偶然、出会うだとか。
 その瞬間に、ハーレイも自分も、互いを見付けて、互いに思い出すことだろう。
 「前の自分」が何者だったか、目の前にいるのは誰なのかを。
 きっと互いに、見詰め合わずにはいられない。
 「本物なのか?」と。
 本当に再び出会えたのかと、今度こそ、共に生きられるのかと。
(…前のぼくは、メギドで泣きじゃくったけど…)
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、右手が凍えて冷たくて泣いた。
 「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、「二度と会えない」と。
 それでもこうして巡り会えたし、聖痕が無くても、何処かで必ず出会えただろう。
 ならば、ハーレイにキースを憎ませ、自分自身を責めさせるような聖痕は…。


(…無かった方が良かったのかも…)
 聖痕が無くっても、ぼくたちは、きっと出会えるものね、と思ったけれど。
 あんな無残な傷の跡など、現れない方が平和だよね、と考えたけれど…。
(…それだと、右手が冷たくなっても…)
 前の自分の悲しい最期を夢に見たりして辛くなっても、ハーレイに甘えることは出来ない。
 何があったか語らなければ、ハーレイには通じないのだから。
 「右手が冷たい、って…。冷やしたんだろ?」と言われるだけで、何も分かって貰えない。
 前の自分の悲しい最期も、思い出すと辛くなることも。
 右手が冷えてしまった時には、嫌でも蘇る悲しみのことも。
(…聖痕が無くっても、出会えそうだけど…)
 やっぱり、あって正解だよね、とコクリと頷く。
 今のハーレイには気の毒だけれど、今の自分は強くないから。
 ソルジャー・ブルーと同じ強さを持っていたなら、一生、黙っていられたとしても。
(…ごめんね、ハーレイ…)
 弱虫なぼくで、と思うけれども、ハーレイなら許してくれるだろう。
 聖痕が現れなかったとしても、出会えただろう恋人だから。
 二人で青い地球に生まれて、今度こそ、共に生きるのだから…。

 

           聖痕がなくっても・了


※もしも聖痕が無かったとしても、ハーレイ先生とは出会えそうだ、と思うブルー君。
 でも、前の自分の悲しかった最期は知って欲しいし、やっぱり必要。弱虫ですものねv











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(……聖痕か……)
 あれには驚かされたよな、ハーレイが、ふと思い出したこと。
 ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを味わっていた時に。
 今のブルーと再会した時、目にした現象。
 十四歳にしかならないブルーは、転任して来た先の学校にいた。
 そうとも知らずに入った教室、其処で目にした一人の生徒。
(とても珍しいアルビノなんだが、それに気付くより前にだな…)
 生徒の瞳から溢れ出した血。
 それに脇腹、両方の肩からも鮮血が溢れて、教室のあちこちで上がった悲鳴。
(てっきり事故だと思ったんだ…)
 生徒が大怪我をしたのだろうと、倒れたブルーに駆け寄った。
 「大丈夫か?」と抱き起こした途端に、流れ込んで来た膨大なブルーの記憶。
 同時に自分自身の記憶も、湧き上がるように蘇った。
 「ブルーなんだ」と。
 遠く遥かな時の彼方で、誰よりも愛したソルジャー・ブルー。
 ただ一人きりの、愛おしい人。
 自分が「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれていた頃、前のブルーと育んだ恋。
 「何処までも共に」と誓っていたのに、前の自分はブルーを失くした。
 前のブルーは、「ハーレイの恋人」であるよりも前に、ミュウを導く者だったから。
 ミュウの仲間を乗せていた船、白いシャングリラを守るソルジャー。
 白い箱舟をメギドの炎から守り抜くために、前のブルーは命を捨てた。
 「頼んだよ、ハーレイ」と、後を託して。
 シャングリラを地球まで運んで行くよう、前の自分に密かに頼んで。
(…だから前の俺は、生きるしかなくて…)
 愛おしい人のいない世界で、務めを果たすためだけに生きた。
 「いつか地球まで辿り着いたら、自由になれる」と。
 その日が来たなら、ブルーの許へと旅立てるのだ、と自分に懸命に言い聞かせて。


 いつか、その日は来る筈だった。
 実際、やって来たのだけれども、残念なことに記憶が無い。
 「これでブルーの所へ行ける」と、夢見るように考えた後の、一切が。
 燃え上がる地球の地の底深くで、崩れ落ちて来た大量の瓦礫。
 その下敷きになって死んだことだけは、間違いのない事実だけれども…。
(……あいつに会った記憶が無いんだ)
 魂が身体から解き放たれた後は、どうなったのか。
 真っ直ぐに何処かへ飛んで行ったか、それともブルーが迎えに来たか。
(…何も覚えちゃいないんだよなあ…)
 困ったもんだ、と思うのだけれど、こればかりはどうすることも出来ない。
 ついでに、生まれ変わって来たブルーの方も…。
(やっぱり覚えちゃいないと言うから、生まれ変わって来る時には…)
 天国の記憶は消えちまうんだな、と納得するより他に無かった。
 「もしも天国を覚えていたなら、きっと帰りたくなっちまうんだ」と。
 何と言っても天国なのだし、それは素晴らしい世界だろう。
 青い地球がどんなに美しくても、前のブルーが焦がれた星でも、地球は地球。
 神様の国に敵いはしないし、天国の記憶を持っていたなら、欲張りになる。
 「あちらの方が、ずっと良かった」などと、贅沢を言って。
 せっかく青い地球に来たのに、青い水の星に不満を抱き続けて。
(それじゃ駄目だと、神様が消してしまったんだな)
 前のあいつとの再会とかは、と苦笑する。
 再び会えた時の喜び、それに抱擁、そういったものも。
 前のブルーが流した涙も、前の自分が流した涙も。
(…綺麗サッパリ忘れちまって…)
 愛おしい人との再会の記憶、それは聖痕の鮮血で始まる。
 前のブルーがキースに撃たれた、痛ましい傷。
 赤く輝く右の瞳まで、キースは容赦なく撃った。
 まるでブルーを弄ぶように、致命傷を負わせないままで。
 苦痛を与え続けた挙句に、仕上げの屈辱を投げ付けるように。


(……とんでもないことをしやがって……)
 キースの野郎だけは許せん、と奥歯をギリッと噛み締めた。
 前の自分は、ブルーの最期を知らなかったから…。
(…キースの野郎に出会った時に…)
 相手は国家主席で人類の代表、キャプテンとして礼を尽くさねば、と挨拶をした。
 沢山の犠牲を払った果てに、ようやく辿り着いた地球。
 ミュウと人類の会談の場が設けられた以上は、平和的に話し合わなければ、と。
(それは分かっているんだが…)
 前の俺だって分かっちゃいたが、とギュッと握り締める手。
 「それでも、ブルーの最期を知っていたなら、俺はキースを殴っただろう」と。
 もちろん、会うなり殴りはしない。
 その程度の常識は心得ているし、自制心だって充分にあった。
 だから、キースを殴るなら…。
(ユグドラシルの中で、何か口実を設けてだな…)
 国家主席と「キャプテン」だけの私的な話し合いの場所。
 それをキースに用意させた上で、出掛けて行って殴ったと思う。
 「よくも、俺たちのソルジャーを」と。
 あくまでブルーの恋人ではなく、キャプテンとしての立場に立って。
 でないと、全てが無駄になるから。
 前のブルーと隠し続けた、大切な恋が明るみに出て。
(…人類との戦いが終わった以上は、別にバレてもいいんだが…)
 どうせブルーの後を追うのだし、そうなればミュウの仲間にも知れる。
 とはいえ、ブルーとの恋を最初に知るのが…。
(キースというのは、腹立たしいなんてモンじゃないしな)
 要は殴れればいいんだから、と思いはしても、その機会は永遠に無くなった。
 前の自分はとっくの昔に死んでしまって、キースもいない。
 生まれ変わって来ていたとしても、殴り飛ばすのは…。
(時効ってヤツで、キースにしたって…)
 新しい人生を生きているから、前のキースとは違う筈。
 「殴っていいぞ」と詫びて来られても、殴れない。
 そうして謝る殊勝なキースは、もう「仇」ではないのだから。


(…なんとも複雑な感じだな…)
 恨みの持って行き場も無いというのはな、とコーヒーのカップを傾ける。
 今のブルーに現れた聖痕、それで全てを知ったのに、と。
 ブルーの聖痕を見なかったならば、知らないままでいたかもしれない。
 前のブルーが生の最後に、どんな惨い目に遭ったのか。
 生まれ変わったチビのブルーに、聖痕が現れなかったならば。
(……そうかもしれん……)
 しかし、それでも出会えたろうな、と別の方へと向かった思考。
 今の自分も、今のブルーも、聖痕で記憶が戻ったけれど…。
(あれが現れなかったとしても…)
 聖痕が無くても、きっと出会えた、そんな気がする。
 前のブルーと自分の絆は、切れることなど無いだろうから。
 青い地球の上で出会わなくても、聖痕が無くても、互いに互いを見付けるだろう。
 神の助けを借りずとも。
 聖痕という神の奇跡の力が、ブルーの上に働かなくても。
(…うん、きっとそうだ)
 そうでなくちゃな、と溢れる自信。
 「俺はブルーを見付けられる」と、「ブルーも、俺を見付けてくれる」と。
 何故なら、誓い合ったから。
 遠く遥かな時の彼方で、「何処までも共に」と。
 前のブルーは誓いを破って、一人きりでメギドへ飛んだけれども…。
(…それでも俺たちは、ちゃんと出会えた)
 青く蘇った地球の上でな、と今の自分の手を見詰める。
 前の自分とそっくり同じな、その手のひら。
 ブルーはチビになったけれども、いずれは育って、前のブルーと同じ姿になるだろう。
 そこまで強い絆で結ばれ、こうして地球までやって来た。
 先に生まれた今の自分を追い掛けるように、ブルーが生まれて。
 隣町で生まれた今の自分は、ブルーが生まれる前に、この町に引っ越して来て。
 だから、必ず会えたと思う。
 今のブルーに聖痕が無くても、きっと何処かで。


(…そういう出会いも悪くないよな)
 聖痕は抜きで、奇跡の再会、と描いてみる夢。
 何処でブルーと出会っただろうか、記憶は直ぐに戻ったろうか、と。
(あいつなんだ、と気付いたら…)
 記憶は直ぐに戻ると思う。
 出会った場所が公園だろうと、街角でバッタリ出くわそうとも。
 そして互いに気が付いたならば、そのまま擦れ違うことはしないで…。
(絶対、あいつを呼び止めるんだ)
 ブルーが遠慮していたならな、と大きく頷く。
 十四歳にしかならないブルーは、自分から大人に声を掛ける勇気は無いだろう。
 サイオンもとても不器用なのだし、「ハーレイなの?」と思念で聞けはしないし…。
(俺に気付いた、って顔に出てても、恐らくは…)
 何も言えずにいるだろうから、「ブルーじゃないか?」と呼び掛ける。
 「もしも人違いだったら、すまん」と、一応、詫びの言葉も入れて。
(……そうしたら……)
 たちまち、あいつは飛び付いてくるな、と緩んだ頬。
 今のブルーなら、きっとそうなる。
 「ハーレイ!」と、顔を輝かせて。
 白いシャングリラの頃と違って、二人の恋を隠さなくてもいいのだから。
(とはいえ、やっぱり人目はあるし…)
 ついでに子供にキスは出来ん、と可笑しくなった。
 チビのブルーが飛び付いて来ても、「そこまでだな」と。
 「ちょっと、お茶でも飲まないか?」と、最初のデートに誘いはしても。
(でもって、あいつは不満たらたら…)
 今と大して変わらないぞ、と想像してみて、「やっぱり会えるな」と確信した。
 前のブルーの悲しい最期を表す聖痕、あれが無くても。
 何処かでブルーに巡り会えるし、記憶も戻って来るのだろう、と。
(しかし、キースの野郎は許せん)
 やっぱり、聖痕を見ておかないと、と思いもする。
 聖痕が無くても会えるけれども、それでは片手落ちだから。
 前のブルーの悲しい最期は、どうしても知っておきたいから…。

 

           聖痕が無くても・了


※ブルー君に聖痕が現れたことで、再会したハーレイ先生と、ブルー君。でも…。
 聖痕が無くても、きっと再会出来た筈。そういう出会いも幸せですよね、片手落ちでもv












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(今日はハーレイに、一度も会えなかったよね…)
 学校でも会えなくて、家にも寄ってくれなかったし、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイと会えずに終わった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は一度も会えなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 出来ることなら、毎日だって会っていたいし、一緒に暮らしたいくらい。
 それなのに、今の自分は十四歳にしかならない子供で、今のハーレイは学校の教師。
(学校で会えても、ハーレイ先生なんだよ、ハーレイ…)
 恋人らしい会話は出来ない、学校という場所。
 それでも会えないよりはいいから、今日も何度も見回した。
 廊下や階段や、校舎の外やら、グラウンドなどで。
 「ハーレイ、何処かにいないかな?」と。
 遠目であっても、見掛けたら、声を掛けられる。
 「ハーレイ先生!」と大きく手を振り、ハーレイが気付いてくれたなら…。
(元気そうだな、って…)
 あの好きでたまらない素敵な笑顔で、ハーレイも大きく手を振ってくれる。
 「ハーレイ先生」は人気者だし、誰も変には思わない。
(ぼくが見付けて、手を振ってたら…)
 他の生徒も「ハーレイ先生!」と大歓声で、たちまち賑やかになる周り。
 そんな生徒の中でもいいから、ハーレイの姿を見たかった。
 仕事の帰りに、家に寄ってはくれないのなら。
 「今日は会えずに終わっちゃったよ」と、夜に溜息をつくよりは。
(…あーあ…)
 残念、と思っても、自分には、どうにも出来ない。
 ハーレイだって、わざと寄らずに帰ったわけではないのだから。
 放課後に長い会議があったか、柔道部の部活が長引いたのか。
 何か理由がある筈なのだし、文句を言っても始まらない。
 それがハーレイの今の仕事で、ハーレイは「ハーレイ先生」だから。


 分かってはいても、寂しい気持ちは消えてくれない。
 「会いたかったよ」と思う心も、無くなってくれるわけもない。
 ハーレイに会いたくてたまらないけれど、家に行くことなど出来ないし…。
(第一、ハーレイの家には、ぼくが大きく育つまで…)
 来てはいけない、とハーレイ自身に言われてしまった。
 再会してから暫く経った頃、初めて遊びに出掛けた時に。
 ドキドキしながら、「今のハーレイの家」で二人で過ごした日に。
(瞬間移動で、飛んでったことも、一回だけ…)
 あるのだけれども、あんな素晴らしい経験なんて、二度と出来ないことだろう。
 今の自分のサイオンときたら、どうしようもなく不器用だから。
 思念波さえろくに紡げないほどで、タイプ・ブルーだとは誰も思ってくれない。
 「ホントに、タイプ・ブルーだってば!」と、懸命に主張してみても。
 「嘘じゃないよ」と頑張ってみても、笑いの混じった目で見られるだけ。
 「それって、サイオン・タイプだけだろ?」と。
 「タイプ・ブルーでも、実際は、何も出来ないんだし」と。
 赤ん坊の頃から、母には、それで迷惑をかけた。
 人間が全てミュウの今では、赤ん坊だって、形にならない思念を紡ぐ。
 「お腹が空いたよ」とか、「眠くなったよ」とか、訴えるように。
 なのに、赤ん坊だった自分ときたら…。
(泣きじゃくるだけで、何がしたいのか、ママには全然…)
 伝わらなくて、そのせいで、とても苦労した母。
 眠いのか、ミルクか、サッパリ分からないのだから。
(…筋金入りの不器用だよね…)
 瞬間移動なんて、絶対に無理、と肩を落としてフウと溜息。
 ハーレイに会いに行くのは不可能、つまり明日まで会えない恋人。
 きっと明日には、学校か、家か、どちらかで会えるとは思うけれども…。
(…それまでは、どう転がっても…)
 会えないんだよね、と残念な気持ちが止まらない。
 「なんとか、会えればいいのに」と。
 「ハーレイの家には行けなくっても、姿だけでも見られないかな?」と。


 前の自分なら、そうすることは簡単だった。
 ハーレイが船の何処にいようと、サイオンで居場所を探し当てて。
 青の間から一歩も動きもしないで、ハーレイの姿を好きなだけ眺めて…。
(誰かと話をしているんなら、その中身だって…)
 手に取るように分かっていたのに、今の自分は、それも出来ない。
 それが出来たら、ハーレイの家を覗けるのに。
 「今の時間は、書斎かな?」と、ベッドに腰を下ろしたままで。
(…だけど、不器用すぎるから…)
 無理だし、明日まで会えないんだよ、と嘆くしかない。
 ハーレイの姿を見られるのは明日、夜がすっかり明けてからのこと。
 これから、長い夜があるのに。
 ベッドに潜り込んで寝ないことには、明日という日は来てくれないのに。
(……あーあ……)
 まだ早いけど、寝ちゃおうかな、と思ったはずみに、ふと閃いた。
 ベッドに入って眠ったならば、別の世界があることに。
(そうだ、夢…!)
 夢の世界なら、ハーレイにだって会えるんだよね、と弾んだ心。
 なにしろ夢の世界と言ったら、現実の世界とは違うから。
 実際には出来ない色々なことも、夢の中なら、魔法みたいに出来るのだから。
(夢で会えれば、ツイてるんだけど…)
 どうなんだろう、と考えてみる。
 夢の世界は、思い通りにならないことも多いから。
 こんなに幸せに暮らしていたって、怖い夢を見る夜だってある。
(……メギドの夢……)
 あれが一番怖いんだよね、と肩をブルッと震わせた。
 前の自分が死んでゆく夢、前の生の終わりに泣きじゃくる夢。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして。
 「もうハーレイには、二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
 幸せな夢も見られるけれども、夢の中身は選べない。
 思い通りの夢を見るなど、前の自分にも出来はしなかった。
 サイオニック・ドリームを操ることは出来ても、自分にはかけられなかったから。


(…うーん…)
 前のぼくでも絶望的、と分かってはいても、夢の世界に憧れる。
 「夢でハーレイに会えたらいいな」と。
 運良く、神様が聞いてくれたら、願いは叶うかもしれない。
 ベッドに入って眠った世界で、ハーレイに会えて。
(…どうせだったら…)
 うんと素敵な夢がいいな、と欲張りな心がムクムクと頭をもたげてくる。
 夢の世界だと、魔法みたいに、色々なことが出来るから。
 一足飛びに大きく育って、ハーレイとデートをすることだって。
(…ハーレイの車で、デートにドライブ…)
 素敵だよね、とウットリしそう。
 ハーレイの車で出掛けてゆくなら、いったい何処がいいだろう。
 沢山交わしたドライブの約束、行き先は山とあるけれど…。
(海とか山とか、地球の自然を楽しめる場所…)
 そういう所が最高だろうか、ハーレイの車で行くのだから。
 今のハーレイの、「シャングリラ」で。
 白い鯨ではないのだけれども、二人だけのために走ってくれるシャングリラ。
(ハーレイ、そう言っていたもんね)
 今のハーレイの愛車は、シャングリラだ、と。
 濃い緑色の車だとはいえ、それは「白いのを選べなかった」から。
(白もいいな、と思ったらしいけど…)
 ハーレイが選んだ車の色は、前のハーレイのマントの色。
 「そちらの方がいい」気がして。
 「白は駄目だ」と、何故か、思って。
(ぼくとは、出会っていなかったけど…)
 今のハーレイは、「ソルジャー・ブルー」を覚えていた。
 記憶は戻っていなかったけれど、心の底で。
 「白いシャングリラは、ブルーと一緒に乗るものだ」と。
 なのに「ブルー」がいないものだから、濃い緑色の車を選んだ。
 いつか買い換える時が来るまで、そのシャングリラに二人で乗ってゆく。
 海へも山へも、約束している沢山の場所へ、ハーレイがシャングリラを運転して。


 今のハーレイの、濃い緑色のシャングリラ。
 それでドライブする夢がいい、と考える内に、「そうだ!」と、ポンと手を打った。
 夢の世界は、色々なことが出来る場所。
 思い通りの夢は見られなくても、現実では出来ないことだって出来る。
 そういう素敵な、夢の世界で会うのなら…。
(…前のハーレイ!)
 夢に見るんなら、前のハーレイに会うのもいいかも、と思い付いたこと。
 なにしろ夢の世界なのだし、前のハーレイが今の時代の地球に現れたって…。
(ちっとも不思議じゃないものね?)
 前のハーレイに見せてあげたいな、と夢が大きく膨らんでゆく。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと「一緒に行こう」と約束した地球。
 其処に二人で来たのだけれども、お互い、生まれ変わってしまった。
 今のハーレイに、前のハーレイの記憶はあっても…。
(…ぼくと会うまで、三十年以上も…)
 ハーレイは普通に暮らして来たから、すっかり地球に馴染んでいる。
 地球は青くて当たり前だし、豊かな自然も見慣れたもの。
 前の生での記憶と比べて、改めて驚くことはあっても、たったそれだけ。
 新鮮な驚きを感じたとしても、前のハーレイのようにはいかない。
 今のハーレイが経験して来た様々なことが、新鮮さを削いでしまうから。
 当たり前になってしまった暮らしが、オブラートのように、感動を包んでしまって。
(…夢に見るんなら、前のハーレイ!)
 そっちに会いたい、と広がる夢。
 前のハーレイが今の地球に来たら、どんなに驚くことだろう。
 「地球は本当に青いのですね」と言うのだろうか、青い海を見て。
 そう、宇宙から見るわけではないから、水平線を眺めながら。


(前のハーレイでも、車を運転できるかな?)
 でないと、ドライブ出来ないんだけど、と首を傾げて、「大丈夫!」と大きく頷いた。
 元は厨房にいたというのに、キャプテンに転身したのがハーレイ。
 宇宙船を動かすことに比べたら、車なんかは…。
(きっと朝飯前なんだよ)
 無免許運転になってしまっても、かまわない。
 前のハーレイも、そうだったから。
 パイロットの免許は持っていなくて、無免許運転だったのだから。
(…よーし、今夜は…)
 神様が叶えてくれるんだったら、前のハーレイとドライブだよ、と夢は膨らむ。
 自分はチビのままでいいから。
 ハーレイは驚くだろうけれども、その方が…。
(ちゃんと本物の地球なんだよ、って…)
 説得力があるものね、と右手をキュッと握って、開いた。
 どうせだったら、「ソルジャー・ブルー」を失くした後のハーレイがいい。
 魂はとうに死んでしまって、生ける屍だったと聞くから。
 白いシャングリラを地球まで運んでゆくためにだけ、ハーレイは生きていたというから。
(ぼくはこんなに幸せなんだし、大丈夫だよ、って言ってあげたいな)
 夢の世界のハーレイでもね、と浮かべた笑み。
 「夢に見るんなら、前のハーレイ」と。
 「ぼくを失くした後のハーレイ」と、「そのハーレイと、地球でドライブ」と。
 同じ会うなら、ハーレイにだって、幸せになって欲しいから。
 夢の世界で会うのだったら、特別な出会いが最高だから…。

 

           夢に見るんなら・了


※ハーレイ先生に会えなかった日に、夢で会いたいと思ったブルー君。前のハーレイと。
 夢の世界で前のハーレイとドライブ、チビのままでもいいのです。ハーレイが幸せならv











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(…夢で会えればいいんだがなあ…)
 今日は会えずに終わっちまったし、とハーレイが、ふと考えたこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日は会えずに終わったブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 十四歳にしかならないブルーは、今の自分の教え子の一人。
 学校に行けば会えるけれども、今日は運悪く、一度も会えずに終わってしまった。
 仕事の帰りにブルーの家に出掛けてゆくのも、長引いた会議が邪魔をして…。
(行けずに終わって、あいつの顔を見てないし…)
 せめて夢で、と考えた。
 夢の中なら会えるだろうし、それが出来たら素敵なんだが、と。
(…しかしだな…)
 思い通りの夢というのは、そう簡単には見られないもの。
 前のブルーも得意としていた、サイオニック・ドリームのようにはいかない。
 自分自身に暗示をかけても、他人の夢を操るのとは全く違うから。
(思い通りになるんだったら、前のあいつも…)
 きっと何度も、地球に行く夢を見ていただろう。
 前のブルーが焦がれ続けた、青い星の夢を。
(…出来たとしたって、あいつのことだし…)
 自分に厳しい決まりを作って、夢を見る日を決めただろうか。
 毎日、地球の夢ばかり見続けたならば、夢から覚めたくなくなるから。
 目を覚ましたなら、過酷な現実が待つだけの世界に嫌気がさして。
 「嫌な現実は目にしたくない」と、夢の世界に閉じ籠って。
(…前のあいつなら、出来たんだ…)
 誰にも起こすことが出来ない、深い夢の底に沈み込むこと。
 船も仲間も何もかも捨てて、ひたすらに眠り続けること。
 いつか寿命が尽きる時まで、何も知らずに、ただ幸せな夢の世界で暮らしてゆく。
 茨に埋もれて忘れられた城で、眠り続けた姫君のように。


 けれど、ブルーは、そうしなかった。
 青い地球の夢に溺れはしないで、真っ直ぐに捉え続けた現実。
 意のままに夢を紡いでゆくこと、それが出来たか、出来なかったかは…。
(…あいつ自身も、考えたこともなかったかもなあ…)
 そういう話を交わした記憶は全く無いから、そうかもしれない。
 なにしろ前のブルーはソルジャー、夢を追うだけでは生きてゆけない。
 どれほど地球に焦がれようとも、まず現実を見なければ。
 地球という星は何処に在るのか、どうすれば其処へ辿り着けるか、そういったこと。
 そうした日々を過ごしていたから、夢の世界を「思い通りに」するなどは…。
(きっと考えちゃいないな、うん)
 もし、仮に思い付いたとしたって、即座に否定していただろう。
 「それは駄目だ」と。
 「夢に溺れて、二度と起きたくなくなるから」と、その危険性に気が付いて。
 青い地球の夢は、まるで麻薬で、溺れてしまえば、おしまいだから。
(……でもって、今の時代でも……)
 夢が意のままになるとは聞いていないし、今の自分も、当然、出来ない。
 恐らく、思い通りの夢など、今も昔も、誰にも見られないのだろう。
 前のブルーくらいのサイオンがあれば、あるいは可能かもしれないけれど。
(そうは言っても、そんな話も聞かんしなあ…)
 出来ないんだろうな、とコーヒーのカップを傾ける。
 「出来ないからこそ、夢は夢だ」と、「だからこそ、夢があるってもんだ」と。
 夢が思いのままになるなら、人間は努力を忘れてしまう。
 眠りさえすれば、思い通りの世界が全て手に入るから。
 起きてコツコツ努力しなくても、何もかも、夢の世界で得られる。
 そうなれば、ヒトは「夢」を忘れて…。
(人生の夢を忘れちまって、眠り姫だな)
 ただひたすらに眠り続けて、目覚めようとしなくなるだろう。
 寝ている間に、身体が衰弱しようとも。
 そのまま弱って死んでしまっても、死んだことにも気付かないままで。


 「そいつは御免蒙りたいな」と、肩を竦めてしまった世界。
 思い通りの夢が見られれば、そうなる恐れがある、とは思う。
 だから今でも、夢は意のままにならないのだろう。
 神々がそれを禁じているのか、ヒトの本能かは謎だけれども。
(…もっとも、そうは思ってもだ…)
 たまには、そういう夢もいいよな、と最初の地点へ戻った思考。
 今日は会えずに終わったブルーに、夢で会えればいいんだが、と。
(そうすりゃ、うんとツイてるわけで…)
 起きた時にも御機嫌なんだ、と小さなブルーを思い浮かべる。
 学校で会う夢もいいのだけれども、同じ会うなら、やっぱりブルーの家がいい。
 庭で一番大きな木の下、其処に据えられた白いテーブルと椅子。
 二人でゆっくりお茶を楽しむ、幸せな時間。
(…そいつもいいし、あいつの部屋でお茶でもいいよな)
 とにかく、二人きりがいい、と見てみたい夢を描き始めて、ハタと気付いた。
 「おいおい、夢の世界なんだぞ?」と。
 「律義に現実をなぞらなくても」と、「好きなようになるのが夢じゃないか」と。
(あいつが、チビでなくてもいいんだ)
 一足飛びに育ったブルーと、ドライブに出掛ける夢だっていい。
 お茶の時間の夢にしたって、ブルーの家にこだわらなくても…。
(…デートの途中で、見付けた喫茶店に入って…)
 ゆっくり楽しむ、うんと幸せなティータイム。
 それが出来るのが夢の世界で、そっちの方が素晴らしいぞ、と。
(…育ったあいつと、ドライブもいいな)
 デートに行くのも楽しそうだ、と夢を広げてゆく内、浮かんで来た、もっと素敵な夢。
 今のブルーが育った姿も、夢に見る価値があるのだけれど…。
(…前のあいつの夢っていうのも…)
 いいじゃないか、とポンと手を打つ。
 「前のあいつと、今の世界でデートに、ドライブ」と。
 前のブルーが焦がれ続けた、青い地球が此処にあるのだから。


(同じ夢なら、前のあいつと地球でデートだ)
 俺の方は今の俺のままでな、と見てみたい夢を描いてみることにした。
 せっかくなのだし、あくまで自分は「今の自分」で。
(とはいえ、やっぱり敬語だろうなあ…)
 前のあいつに出会っちまったら、と苦笑する。
 遠く遥かな時の彼方で、すっかり身についてしまった敬語。
 前のブルーと二人きりの時も、敬語を使って話し続けた。
 シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、そうした立場に相応しく。
 ブルーとの仲を、船の仲間に気付かれないよう、細心の注意を払い続けて。
(夢の世界で、前のあいつと再会しても…)
 きっと敬語になっちまうんだ、と可笑しいけれども、仕方ない。
 夢の世界では「前のブルー」は、「本物」だから。
 机の引き出しに大切に仕舞ってある、写真集の表紙の「ブルー」とは違う。
 そちらのブルーに話す時には、普段の言葉遣いだけれど…。
(…それは、思い出の中のあいつだからで…)
 本物のブルーとは違うからな、と自分の意識の違いを思う。
 思い出の世界に存在しているブルーと、「正真正銘、本物のブルー」。
 自然と自分の姿勢も変わる、と夢の世界に思いを馳せて。
(どんな具合に出会うんだろうな、前のあいつと)
 いきなり、ヒョイと現れるのかも、と想像してみる出会いのシーン。
 何処で出会うのがドラマチックか、あるいは効果的なのか。
(…どうせだったら、メギドに飛んで行っちまった、あいつ…)
 それきり戻らなかったけれども、その後のブルーにも、夢なら会える。
 夢の世界だし、傷一つ無い、美しい姿のままで。
 とびきりの奇跡が起こったという、シチュエーションで。
(…どうして、ぼくは生きているんだ、って…)
 驚くブルーに会いたいもんだ、と夢は広がる。
 そういうブルーを出迎えるのなら、「俺の家だな」と。
 「リビングもいいが、キッチンもいい」と、「今の俺の生活の場がいいな」と。
 ブルーの瞳が、大きく見開かれそうだから。
 「どうして君が?」とビックリ仰天、そんな顔が見られそうだから。


(……デートにドライブ、と思っていたが……)
 それよりも前に、まずは手料理を御馳走するか、と傾けるコーヒーのカップ。
 キョロキョロ周りを見回すブルーに、「まず、落ち着け」と、紅茶を淹れる所からだ、と。
(…おっと、そこは、だ…)
 「落ち着いて下さい、ブルー」だっけな、と自分の言葉遣いを直したけれど。
 そうなる筈だと思うけれども、普通に喋ってしまうのだろうか。
 「まず、落ち着け」と、メギドから来た「前のブルー」に。
 「美味いぞ、地球の紅茶だからな」と。
(…そうかもしれんな…)
 そしてブルーが落ち着いたならば、色々なことをブルーに話してやりながら…。
(今の俺の飯も、美味いんだぞ、と…)
 あいつが知らない、和食ってヤツを御馳走するんだ、と描いてゆく夢。
 きっと料理をしている間も、ブルーは興味津々だろう、と。
 「こんな料理は、ぼくは知らない」と、「これは、何という食材なんだい?」と。
(…そうだな、あいつと飯が食えるだけで…)
 とびきり幸せな夢になるさ、と思うものだから、今夜の夢に期待しようか。
 「夢に見るなら、前のあいつだ」と。
 「メギドから俺の家まで飛んで来てくれた、前のあいつ」と。
(…今のブルーが知ったら、膨れっ面になるんだろうが…)
 夢は思い通りにならないんだし、いいだろうさ、とクスリと笑う。
 「もしも見られたら、ツイているぞ」と。
 「夢に見るなら、今夜は、前のあいつなんだ」と…。

 

            夢に見るなら・了


※夢の世界で会うのだったら、前のブルーの方が素敵だ、と考え付いたハーレイ先生。
 とてもいい夢になりそうですけど、思い通りに見られないのが夢。見られるといいですねv











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