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扉を開けたら

(今日も一日、終わったってな)
 ブルーの家には寄れなかったけれど、終わった仕事。
 帰り道には買い出しもしたし、充実していた日だとは思う。
(柔道部のヤツらも頑張ってたし…)
 普段は投げられてばかりの生徒が、今日は見事に一本決めた。
 他の部員も触発されたか、いつも以上に熱気が溢れていた練習。
 そうなって来たら教え甲斐もあるし、惜しみなく皆に稽古をつけた。
 「かかって来い!」と相手をしたり、技の指導をしてやったり。


 部活の後には会議が入っていたけれど。
 そちらの方で時間を取られて、ブルーの家には寄れずに帰って来たけれど。
 会議は無駄に長引いたわけでもないから、必要なことを決めたのだから。
(やっぱり仕事は大切なんだ)
 それで生活しているわけだし、文句は言わない。
 言おうとも全く思っていないし、今日も一日無事に終わったとガレージに車を入れただけ。
 この後は俺の自由時間だと、家に帰ったら俺の時間だと。
(より正確に言うならば、だ…)
 学校の門を出た瞬間から自由だけれど。
 買い出しに行こうがジムに行こうが、ドライブに行こうが、好きにしてかまわないのだけれど。


 そうは言っても、目指していたのが家だから。
 あれとこれを買って家に帰って…、と決めて車で走り出したから、ゴールは家で。
 ガレージに車を停めた所で、まずは第一段階をクリア。
 助手席に置いた鞄と買い込んだ食料品の袋と、それを手にして車を降りたら次の段階。
 運転席のドアをバタンと閉めて、ロックして。
 ガレージから庭の方へと入って、玄関の方へ歩いてゆく。
 もうすぐ終点、玄関に着けば。
 玄関の鍵をカチャリと開けたら、家の中へと入ったら。


 今の季節は日暮れが遅いし、この時間でも充分明るい。
 とはいえ、昼間ほどではなくて。
 夕方と呼ぶにも少し暗くて、言うならば薄暮。
 庭も庭木も見えるけれども、鮮やかな色はもう消えていて。
 闇が落ちる前のモノクロームの世界が忍び寄ってくる、そういう時間。
 暗くなったら自動で点くようにしてある門灯、それがぼんやり灯ってもいる。
 玄関の扉の脇の明かりも、ポウッと。


(さて、と…)
 明かりに頼らねばならない暗さではないけれど。
 これだっけな、と確認した鍵、それで玄関の扉を開けた。
 扉の向こうにも点いている明かり、暗くなったら点く明かり。
 なんとも思わず中に入って、扉を閉めて。
 玄関先に鞄と食料品の袋とを置いて、靴を脱いだら揃えて置いて。
(これでゴール、と…)
 家に帰ったぞ、と床を踏み締めた、俺の家だと。
 これから先はもう完全に自由時間だと、好きに過ごしていいのだからと。


 家の中は流石に、もう暗いから。
 廊下の明かりをパチンと点けて、鞄と食料品の袋を提げて歩いて行って。
 少し考えてから、まずキッチンへ。
 食料品の中には冷蔵の物もあったから。
 明かりを点けて、袋の中身の仕分けを済ませてしまえば、残る荷物は鞄だけ。
 それを手にしてリビングに行った、帰宅して直ぐのお決まりのコース。
 鞄を床かソファに下ろして、その後は着替え。


 リビングにも明かりは点いていないから、パチンと点けた。
 それからソファに鞄をドサリと、両手が空いたら緩めるネクタイ。
 暑い季節にネクタイの同僚は少ないけれども、これが性分。
 長袖のワイシャツを着込むのと同じで、ネクタイの方も外せない。
 けれども家に着いたら要らない、ネクタイなどは。
 結び目を緩めて、ほどいて、外して。
 ソファの背もたれにポイと投げ掛けて、ワイシャツの襟元のボタンも外して。


 出掛ける前から用意しておいた、家用のラフな半袖シャツとズボンと。
 それに着替えたら、脱いだワイシャツとズボンの片付け。
 ソファの背もたれに預けてあったネクタイも。
(これでよし、と…)
 飯にするかな、とキッチンの方へ向かおうとして。
 今夜の晩飯はこれとこれだ、と頭の中で考えながら廊下を歩いていて。


 明かりが漏れているキッチン。
 そこで気付いた、この家には自分一人だと。
 当然と言えば当然だけれど、自分の他には誰もいないと。
(…俺しか住んでいないんだよなあ…)
 だから明かりを点けねばならない、行く先々で。
 足を踏み入れようとしているキッチンだって、さっき点けたから明るいだけで。
 食料品を仕舞うために入って、そのままだったから明るいだけで…。


(いつもだったら…)
 暗いのだった、このキッチンも。
 ブルーの家で夕食を御馳走になって帰って来た日も、そうでない日も。
 夕食を自分で作るにしたって、コーヒーだけを淹れるにしたって、暗いキッチン。
 明かりを点けねばならないキッチン。
 他の部屋にしたってそれは同じで、リビングも、入って直ぐの廊下も。
 自動で点くよう、セットすることは出来るけれども…。
(…誰かが点けてくれるってことだけはないからなあ…)
 この家には誰もいないのだから。
 自分しか住んではいないのだから。


 そう思ったら、頭に浮かんだブルーの顔。
 今日は寄ってやれなかった家に住んでいる、十四歳の小さなブルー。
(…あいつがいればなあ…)
 いてくれたらな、と思ってしまった、ブルーがいれば、と。
 この家にブルーがいてくれたならば、先に明かりを点けておいてくれる。
 暗くなって来たら、廊下も、リビングも、ダイニングも。
 キッチンだって、きっと。


(それ以前に、だ…)
 玄関を開けたら、ブルーが駆けて来るだろう。
 「おかえりなさい!」と奥の方から。
 もしも気付かずにいたとしたって、何処かで出会う。
 リビングか、ダイニングか、ひょっとしたらブルーがキッチンに立って…。
(何か作っているかもなあ…)
 前のブルーは料理は全くしなかったけれど。
 今のブルーも調理実習の経験だけしか無いようだけれど、この家にブルーがいるならば。
(結婚してるってことなんだしな?)
 そうなれば料理もするかもしれない、簡単なものしか作れなくても。
 普段は自分が料理をしていて、ブルーは食べるのが専門でも。


 キッチンに立っているブルー。
 たとえ料理は上手くなくても、何か作ろうとしてくれるブルー。
(そんなブルーがいてくれたら…)
 どんなに愛おしいことだろう。
 きっとたまらず抱き締めてしまう、ブルーが鍋を焦がしていても。
 フライパンの中身が黒焦げになってしまっていようが、鍋から煙が上がっていようが。
 いてくれるというだけで嬉しい、その上に料理。


(そうだ、あいつがいてくれるだけで…)
 この家の中が温かくなる。
 帰れば明かりの灯っている部屋、そして「おかえりなさい!」の声。
 ブルーの笑顔に、自分を迎えてくれる声。
 扉を開けたら、その向こう側で。
 「ただいま」と玄関の扉を開けたら、そこでブルーが待っている。
 玄関先にはいないとしても。
 リビングかダイニング、時にはキッチンにいるかもしれない。
 そこでブルーに「ただいま」と言えば、「おかえりなさい」と笑顔が返って。


 きっとネクタイも緩めない内に、ギュッと抱き付かれてしまうのだろう。
 扉を開けたら、この家でブルーが待っていたなら。
(いつかはあいつが…)
 出迎えてくれる、この家の中で。家の何処かで。
 今はまだ小さくて幼いけれども、いつか大きく育ったならば。
 結婚してこの家に来てくれたならば。
 今はまだ夢で、いつとも知れない未来だけれど。
 その日は必ずやって来るから、ブルーと暮らせる日が来るのだから。


(うん、それまでの辛抱だな)
 ついでに束の間の自由なのかもな、とクッと笑った、今だけかもな、と。
 ブルーがいてくれる家は幸せで、早く扉を開けたいけれど。
 開けてブルーに会いたいけれども、その代わり。
 仕事帰りに思い立ったからと、急にジムには行けなくなるから。
 一人暮らしの気ままな自由は、もう無くなってしまうから。
(それでも、だ…)
 一人より二人の方がいい。
 ブルーと暮らせる家の方がいい。
 扉を開けたらブルーがいる家が、ブルーが笑顔で待っている家が…。

 

       扉を開けたら・了


※ハーレイ先生、今は気ままな一人暮らしの日々ですけれど。
 ブルー君と二人の方がいいですよね、自由がちょっぴり減ったとしてもv





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