(うーむ…)
ブルーが不足しちまった、とハーレイは眉間を指先でトンと叩いた。
この数日間、出会えていない。十四歳の小さなブルー。
正確に言えば、きちんと会えてはいるのだけれど。
学校で姿を見掛けるけれども、立ち話も少しは出来たけれども。
(あいつの家に行けていないんだ…)
これがキツイ、と零れた溜息。
いつもだったら、週末の土日はブルーの家へ。
ところが日曜日は、柔道部の教え子たちが遊びに来ていたものだから。
土曜日だけしかブルーの家には出掛けられずに終わってしまった、先の週末。
(…週明けには寄れると思ったんだが…)
仕事のある日も、早く終わればブルーの家に寄って帰ることもある。
ブルーの部屋でお茶とお菓子をお供に話して、それから夕食。
両親も一緒の夕食だから、恋人同士の会話は全く出来ないけれど。
それでもブルーと話は出来るし、同じ食事を食べられる。
平日の夕方から夜にかけての数時間の逢瀬、小さなブルーと過ごせる時間。
今週も取れると思っていた。
月曜日ならまず大丈夫だと考えていたし、火曜日だって。
ところがどっこい、蓋を開けたら次から次へと降って来る用事。
足を捻った柔道部員を病院に連れてゆき、その後、家まで送って行ったり。
仕事の後で一杯どうです、と教師仲間に誘われたり。
誘ってくれた教師仲間とは、日頃、親しくしているから。
これからも親しく付き合いたいから、たまには一緒に出掛けなければ。
早く終わる筈の会議が長引いたりもしたりで、気付けば既に木曜日の夜。
ブルーの家に全く行けなかった日が、今日で五日目。
カレンダーを眺め、またも零れてしまった溜息。
五日も会えていないのだった、と改めて数えて零れた溜息。
一週間は七日、その内の五日も会い損なってしまったブルー。
会えてはいても、学校で少し立ち話だけ。
(…学校じゃ、どうにもならんしなあ…)
恋人同士の会話は出来ない、小さなブルーも「ハーレイ先生」と呼んで敬語で話す。
これではとても逢瀬とは言えず、単に会ったと言うだけのこと。
どうにもこうにもブルーが足りない、小さなブルーを見ていない。
ちゃんとブルーを見てはいるけれど、立ち話だってしたけれど。
それは教え子としてのブルーで、恋人とは少し違っていて。
(…本当に不足しちまった…)
ブルーが足りない、小さなブルーが足りてはいない。
日々の食事が偏ってしまって、野菜不足になるかのように。
あるいは逆に野菜ばかりで、肉も魚も卵ですらも、まるで食べてはいないかのように。
空腹なのだと訴える心、ブルーが足りないと訴える心。
(…食いたいわけではないんだが…)
小さなブルーを食べてはいけない、手は出すまいと決めている。
唇へのキスも禁じたくらいに、小さなブルーに求められても、自分からは、けして。
まだ幼くて無垢なブルーに無茶はしないし、そういう分別も充分についた。
出会った頃には心の奥底で頭を擡げそうになっていた獣も、もういなくなった。
情欲という名の、ブルーを食べたいと蠢いた獣。
前のブルーと同じじゃないかと、小さくてもいいと舌なめずりをしていた雄の欲望。
いつの間にやら大人しくなった、まるで姿を消してしまった。
小さなブルーに牙を抜かれて、毒気をすっかり抜かれてしまって。
そんなこんなで、本当にブルーを食べたいわけではないけれど。
食べたいと思うわけもないけれど、ブルーが足りない。
小さなブルーに会えていないから、本当の意味でブルーと会えてはいないから。
(明日にはなんとかなりそう…なのか?)
どうだったか、と明日の予定を思い浮かべて、指を折ってみて。
何も無ければ帰りに寄れる、と考えたけれど、もう金曜日。
明日の夕方にブルーと会ったら、次の日はもう週末の始まり、土曜日が来る。
そう考えたら、一週間近くも会えなかったのか、と零れた溜息。
明日またしても会えなかったら、六日も会えずに、そのまま週末。
(…ブルー抜きのままで一週間近く…)
なんということだと嘆きたくなった、これではブルーが不足する筈。
小さなブルーが足りていないと、何度も溜息をつきたくなる筈。
これではいけない、もしも明日、会えなかったなら。
ブルーの家に行き損なったら、ブルー抜きのまま一週間が過ぎるのと同じ。
週末は大抵会っているのだし、平日だって週に一度くらいは…。
(腹ペコな筈だ…)
ブルーが足りていない筈だ、と溜息をついても始まらない。
明日の帰りには寄るつもりでいても、どう転がるかは分からない。
なにしろ週末、何かと誘いがかかりやすいのが金曜日。
一杯どうです、と誘う同僚やら、美味い店を見付けたから出掛けないかと誘う者やら。
(その手の誘いが来ちまったら…)
相手によっては断りにくいし、誘いを受ければ本物の胃袋は満たされるけれど。
(…ブルーが足りない…)
小さなブルーが不足したまま一週間、と大きな溜息、明日の夜にはどうなることやら。
(ブルーの家に寄って帰れればいいんだがなあ…)
寄って話が出来たなら。
小さなブルーの部屋で話して、それから両親も一緒の夕食。
たったそれだけで満たされる筈の、この空腹。
ブルーが足りないと訴え続ける、なんとも飢えている心。
けれども寄れるとは限っていなくて、また明日の夜も溜息なのかもしれないから。
とうとう六日も経ってしまったと、ブルー不足で一週間だと嘆いているかもしれないから。
(…ここは気分を入れ替えて、だな…)
明日は駄目でも明後日があるさ、と自分の額をピンと弾いた。
明後日には会える、ブルーの家で。土曜日なのだし、何の予定も無いのだし。
(うん、会える筈だ)
間違いなく、と自分自身に言い聞かせる。
要は気の持ちよう、明後日には確実に癒える空腹、解消される筈のブルーの不足。
だからブルーを思い浮かべよう、愛らしい小さなブルーの笑顔を。
もうすぐ心を埋めてくれる筈の、前の生から愛してやまない恋人の顔を…。
ブルーが足りない・了
※ハーレイ先生、ブルー君不足に陥ってしまったらしいです。ブルー君欠乏症。
けれど食べたいわけではなくって、会いたいだけ。なんとも健全な関係ですねv