「えっとね…」
ハーレイにちょっと訊きたいんだけど、と小さなブルーが傾げた首。
二人でお茶を飲んでいた午後に、突然に。
今日は休日、ブルーの部屋でのティータイム。
「なんだ、どうした?」
質問か、と笑みを浮かべたハーレイ。
授業のことではないだろうけれど、質問には答えてやりたいから。
前の生から愛し続けた、愛おしい人。
生まれ変わってまた巡り会えた、恋人からの質問だから。
「ちょっぴり心配なんだけど…」
ハーレイはぼくより年寄りだから、とブルーは心配そうな顔。
「二十四歳も年上だよね」と、「それが心配」と。
なんだって、とハーレイは目を剥いた。
二十四歳も年上なのは確かだけれども、ブルーの方は十四歳。
自分は三十八歳なのだし、まだ年寄りとは呼ばれない年。
外見も、それに実年齢も。
「おいおいおい…。俺が年寄りだって言うのか?」
そりゃまあ、チビのお前から見れば、年寄りなのかもしれないが…。
世間じゃ、まだまだ若いってな。
お前の心配、俺が禿げるとか、そういうことか?
そっちの方なら心配要らん、と浮かべた笑み。
「年を取るのは止めたからな」と、「お前と約束しただろう?」と。
けれど、ブルーは「でも…」と顔を曇らせたまま。
「ホントのホントに心配なんだよ」と。
いったい何がブルーの心配事なのか。
不安に揺れる赤い瞳は、何を思っているというのか。
それが気になるから、逆にぶつけた質問。
「お前の心配事は何だ?」と。
「俺にはサッパリ分からんのだが…。年寄りだと何が心配なんだ?」
今よりも老けはしないだが、と顔を指差したけれど。
ブルーはといえば、「本当に?」と真っ直ぐに見詰め返して来た。
「とっくに危なそうだけど…。ハーレイの頭」
「禿げてるのか?」
何処が、と慌てて触った髪。
自分では全く気付かないけれど、薄い場所でもあるのだろうか。
もしかしたら、と後頭部のハゲを恐れたけれど。
其処は自分で見られないし、と背中に汗が流れたけれど…。
「違うよ、ハーレイの頭の中身!」
物忘れが酷くなってるでしょ、とブルーは唇を尖らせた。
「ハーレイは色々忘れているよ」と、「年のせいだよ」と。
そうは言われても、まるで無い自覚。
物忘れが酷いと思いはしないし、実際、忘れもしないのだから。
だから睨んでやった恋人。「馬鹿にするなよ?」と。
「俺は物忘れをしたことは無いし、物覚えがいい方なんだがな?」
でなきゃ教師は務まらんぞ、と返したら。
「そんなことないよ。…ハーレイ、ぼくにキスしないでしょ?」
キスは駄目だって言っているけど、本当は嘘。
やり方を忘れてしまったんだよ、ハーレイ、うんと年寄りだから。
違うならキスが出来るよね、と勝ち誇ったように言うブルー。
今もやり方を覚えているなら、ちゃんとキスする筈なんだから、と。
「そうでしょ? ぼくは恋人なんだし…」
忘れてないなら、ぼくにキスして、と見上げる瞳。
「ハーレイがキスを忘れてないなら、唇にキス」と。
そう来たか、と気付いたチビのブルーの作戦。
「忘れちゃった?」と年寄り呼ばわり、そうやってキスを貰おうと。
よくも考えたとは思うけれども、唇へのキスは贈れない。
チビのブルーにキスはしないし、それが決まりでもあるのだから…。
「すまん、すっかり忘れちまった」
年なんでな、と笑ってやった。
キスのやり方も覚えちゃいないと、なにしろ俺は年寄りだから、と…。
年が心配・了
「えーっと…。ハーレイ?」
君に頼みがあるんだけれど、とハーレイを見詰めた小さなブルー。
テーブルを挟んで向かい合わせで、お茶の時間の最中に。
庭の白いテーブルと椅子とは違って、ブルーの部屋で。
「なんだ、キスならお断りだぞ?」
そいつは絶対駄目だからな、と睨んだハーレイ。
チビの恋人は、何かと言えばキスを強請るから。
「俺は子供にキスはしない」と言っているのに、聞きもしないで。
「そのキスだけれど…」
ぼくが子供だから駄目なんだろう、とブルーの瞳に真剣な色。
「でも、今のぼくは子供じゃないんだから」と。
「なんだって?」
何処から見たって子供じゃないか、とハーレイが眺めた小さな恋人。
少しも大きくなっていないし、顔も身体も子供そのもの。
十四歳のブルーが其処にいるだけで、大人のブルーは何処にもいない。
「…分からないかな、ぼくだってことが」
君のブルーだ、と揺れる瞳の赤。
「帰って来たよ」と、「心は元の通りだから」と。
「ほほう…? 中身は子供じゃないんだな?」
育ったのか、とハーレイが訊けば、「そう」と大きく頷くブルー。
「だからね…。君に協力して欲しい」
今のままだと、ぼくは子供のままだから…、とブルーが口にしたこと。
「前と同じに育つためには、君の協力が必要なんだ」と。
「協力だって?」
「そうだ。でないと、永遠に元に戻れない」
呪いにかかってしまったから、とブルーの瞳は悲しげで…。
ブルーが言うには、昨夜、いきなり育ったらしい。
チビだったのが、前の背丈と同じ姿に。
ところが喜んだのも束の間、現れたのが悪い魔女。
魔法の杖がサッと振られて、ブルーにかかってしまった呪い。
伸びた背丈はみるみる縮んで、チビの姿に逆戻り。
心は大人になっているのに、身体だけが子供に戻ったという。
「本当なんだよ、呪いを解くには真実の愛が必要で…」
キスしてくれたら元に戻れる、とブルーは至って真面目だけれど。
恋人のキスが必要なのだと、呪いを解いて、と頼むのだけれど。
「なるほどなあ…。よくあるお伽話だな」
キスで呪いが解けるというのは、とハーレイの唇に浮かんだ笑み。
「そいつは素敵だ」と、「俺のブルーに戻るんだな?」と。
「うん、そう! だからね…」
ぼくにキスして、と輝いた顔。
キスを頂戴と、そしたら前とおんなじ姿に戻るんだから、と。
大喜びでキスを強請るブルーは、どう眺めても子供の顔で。
ついさっきまでの、大人びた口調も消えているから、笑ったハーレイ。
「おいおい、尻尾が見えているぞ」と。
「えっ、尻尾?」
何処に、とキョロキョロしているブルー。「ホントに尻尾?」と。
「ああ、立派なのが生えてるな。見えないか?」
「どんなの? どんな尻尾が生えたっていうの?」
尻尾、何処にも無いんだけれど、と探すブルーは本当に子供。
そんな具合だから、ハーレイの笑いは止まらない。
「お前、呪いはどうなったんだ?」と。
「嘘をついてもバレるからな」と、「だから尻尾が見えるんだ」と…。
キスが必要・了
「よう、ブルー」
元気にしてたか、とブルーの部屋に入ったハーレイ。
いつもと同じに、ブルーの母に案内されて。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで座ったけれど。
ブルーの母は「ごゆっくりどうぞ」と去ったのだけれど…。
「…なに、その挨拶?」
酷い、と頬っぺたを膨らませたブルー。
十四歳にしかならない小さな恋人、それが見事に膨れっ面。
「おい、酷いって…。俺の何処がだ?」
ちゃんと挨拶しただろうが、と顔を覗き込んだら、返った言葉。
「どの辺が?」と赤い瞳で睨み付けて。
「ぼく、ハーレイの恋人だよね?」
チビだけれど、とブルーはおかんむりで。
もうプンスカと怒ってしまって、本当に損ねているらしい機嫌。
きちんと挨拶してやったのに。
何も間違えてはいない筈だし、「ブルー」と名前も呼んでやったのに。
なんとも解せない、恋人の怒り。
何処が悪かったのか、まるで分からない、この状況。
いつも通りに「よう」と挨拶、それから椅子に腰掛けたのに。
(どうも分からん…)
こんな時には訊くに限る、と考えたから問い掛けた。
まだ怒っている恋人に。
不機嫌そうなチビのブルーに、「俺が何をした?」と。
「挨拶を間違えちゃいないと思うが、いったい何処が悪かったんだ?」
そう尋ねたら、「全部だよ!」と怒りの炎が燃え上がった瞳。
赤い瞳は炎さながら、焼き尽くされてしまいそうな色。
「分かってないわけ、誰に挨拶してるのか!」
恋人なんだよ、いくらチビでも、ぼくは恋人!
それに昨日も会っていないし、その前だって…。
会えたの、ずいぶん久しぶりなのに、「よう」って、なあに!?
有り得ないよ、と怒ったブルー。
「もっと恋人らしくして」と。
何日も会えずに過ごした分だけ、愛情をこめて挨拶して、と。
「会いたかったとか、愛してるとか…。色々あるでしょ?」
ママの前では「よう」でいいけど、その後だよ!
抱き締めてくれてもいい筈なのに、と怒る恋人は御不満で。
「恋人らしく」と、「会いたかった」と、そういう甘い言葉を希望。
気持ちは確かに分かるけれども、そのブルー。
チビの恋人の顔を最後に見たのは…。
(…今日の放課後だぞ?)
下校するブルーとバッタリ出会った、グラウンドの端。
「今、帰りか?」と呼び止めてやって、「気を付けてな」とも。
「はい!」と元気に返事したブルー、ほんの数時間前のこと。
数時間と言っても三時間も無いし、二時間に届くか届かないか。
その前の日も、その前だって、学校では会っていたわけで…。
(…恋人同士で会える時間は、久しぶりかもしれないが…)
なんだって恋人らしくせにゃならんのだ、と思う挨拶。
チビのブルーには「よう」が似合いで、「愛している」は早すぎる。
「会いたかった」も、会っているのに使う言葉でもないものだから…。
「おい、ブルー」
気に入らないなら俺は帰るが、と椅子を引いたら、慌てたブルー。
「帰らないで!」とアタフタするから、ニッと笑った。
「なら、挨拶の件は無しだな」と。
恋人らしくしようじゃないかと、二人でお茶だ、と。
チビのお前にはそれが似合いだと、背伸びするなら帰っちまうぞ、と。
俺とゆっくり過ごしたいなら、膨れっ面はやめるんだな、と…。
恋人らしく・了
「ねえ、ハーレイは勇気がある方?」
前じゃなくって今のハーレイ、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人で過ごす休日に。
ブルーの部屋のテーブルを挟んで、向かい合わせに腰掛けて。
「勇気なあ…。どうなんだろうな、あるとは思うが」
前の俺と比べてみるんだったら、腰抜けなのかもしれないが…。
とてもじゃないが、前みたいな真似は出来ないし…。
大勢の仲間が乗っている船のキャプテンなんかは、ちょっと無理だな。
今の俺には荷が重すぎる、と答えたハーレイ。
そういう意味では、多分、腰抜けなんだろう、と。
「えっと…。ぼくもおんなじだよ、弱虫で腰抜け」
メギドなんかに行けやしないし、とブルーは肩を竦めてみせた。
今のぼくはホントに弱虫だもの、と。
「なるほどな。お互い、腰抜けになっちまった、と…」
前の俺たちが凄すぎたんだな、お互いにな。
暫く続いた腰抜け談義。
前の自分たちが凄すぎたのだと、桁外れだと。
お互い、今の自分の腰抜けっぷりを笑って、笑い転げて。
それも平和な時代だからだ、と平和ボケ出来る幸せに酔って…。
「俺の勇気も、今の時代に見合ったヤツになっちまったな」
柔道なんかをやっている分、普通よりは勇気があるんだろうが…。
エイッと飛び込む勇気が無ければ、水泳だって出来ないしな?
その程度だな、と説明したら、頷いたブルー。
「ぼくが思った通りかも…。ハーレイ、今も勇気が一杯」
前のハーレイには敵わないけど、それでも沢山。
決まりを破ったこともあるでしょ、子供の頃には?
此処で遊んじゃいけません、って書いてあっても遊ぶとか。
「うむ。その手の話は山ほどあるな」
釣りは禁止の池で釣ってだ、バレたら急いで逃げたとか…。
登っちゃ駄目だ、と書いてある木に登るとか。
お前は、やっちゃいないだろうな、と微笑んで見詰めた小さな恋人。
そんな勇気は無さそうだし、と。
「うん…。でも、ハーレイは凄かったんだね」
子供の頃でも勇気が一杯。今だと、もっと増えてそうだよ。
「そりゃまあ、なあ…? 大人なんだし…」
ガキの頃よりも腰抜けになりはしないさ、俺も。
そうは言っても、前の俺には勝てないがな、と返したら。
「だけど、勇気はあるんでしょ?」
見せて欲しいな、ハーレイの勇気。…今のハーレイ。
「勇気って…。勇気は目には見えないが?」
「ううん、見えるよ。ハーレイが勇気を出しさえすれば」
決まりを破って遊ぶ勇気を出すのと同じで。
「はあ?」
「ちょっと決まりを破るだけ! 勇気を出して!」
ぼくにキスして、と煌めく瞳。
「唇へのキスは駄目なんでしょ?」と、勇気の出番、と。
「おい、お前…!」
それは勇気が違うだろうが、と睨んでやったチビの恋人。
お前にキスするくらいだったら、俺は腰抜けのままでいい、と。
「…腰抜けって…。ハーレイ、そんな腰抜けでいいの?」
「ああ、かまわん。腰抜けだろうが、臆病者だと笑われようがな」
駄目なものは駄目だ、とコツンと小突いたブルーの頭。
決まりは決まりで、勇気とは別。
もしも破るのが勇気だったら、俺は世界一の腰抜けでいい、と。
チビのお前にキスはしないと、腰抜けの俺で充分だと…。
勇気と腰抜け・了
「ねえ、ハーレイ。…進歩がなければ駄目なんだよね?」
人間って、と首を傾げた小さなブルー。
進歩しなくちゃ駄目なんでしょ、と。
向かい合わせで座ったテーブル、いつものブルーの部屋の窓辺で。
「そうだな。人間、毎日が成長だ」
大事なことだな、とハーレイは大きく頷いた。
一歩一歩、前へ進むこと。
人生というのも歩くのと同じで、毎日、前へと進んでゆくもの。
たまに立ち止まったり、後戻りをしても、その分、前へと。
立ち止まっていても、何か得られるものだから。
後戻りしても、其処から何かを学ぶのだから。
授業中にも、そう言ったりする。
「しっかり前へと歩くんだぞ?」と。
退屈なように思える授業も、先人たちの知識を学ぶ時間。
それをしっかり身につけろと。
自分のものにしてしまえたなら、それだけ先へ進むのだから、と。
きっとブルーも、思い出したに違いない。
チビで少しも育たないけれど、中身は育っているのだと。
毎日が進歩で、育っていないわけではないと。
やっと分かってくれたのだな、と嬉しい気持ちになったものだから。
「お前も、ちゃんと成長してるか?」
進歩ってヤツをしているのか、と訊いてやったら、「うん」と返った。
「もちろんだよ」と。
「だって、進歩が大切なんでしょ?」
毎日、毎日、一歩ずつ前に進んでいかなきゃ。
ぼくの背、ちっとも伸びないけれども、それでも進歩しなくちゃね。
「偉いぞ、ブルー。やっぱりチビでも俺のブルーだ」
前のお前も、しっかりと前を向いてたが…。
どんな時でも、前に向かって歩いたもんだが、お前もそうだな。
進もうってことに気付いているなら、立派なもんだ。
俺が授業でいくら言っても、大抵のヤツらは聞いちゃいないし…。
聞いてないから、進歩もしない。
同じ失敗ばかりをしていて、まるで話にならないってな。
その点、お前は実に立派だ、と褒めてやったら、喜んだブルー。
「良かった」と、「進歩しなくちゃね」と。
「おんなじ毎日を繰り返すよりは、断然、進歩」
そうやって前に進むものでしょ、そうだよね?
「当然だよなあ、特にお前のような子供は」
俺の年でも、毎日が勉強とも言える。
色々と学ぶことも多いし、「そうか」と目から鱗が落ちることだって。
大人の俺でもそうなんだから、子供のお前はぐんぐん伸びるぞ。
自分がその気になりさえすればだ、どんどん吸収出来るんだから。
進歩してゆくための栄養、毎日、山ほどあるんだからな。
「そうだよねえ? だから、しっかり進歩しなくちゃ」
少しずつでも、進むのが大事。
だからね、今日はほんのちょっぴり…。
この辺までかな、とブルーは椅子から立って来た。
「今日はここまで」と近付いた顔。
「お、おい、ブルー?」
何のつもりだ、と問い返したら。
「キスの練習…。いつかするでしょ?」
ぼくの背丈が前と同じになったら、キス。
今から少しずつ練習。進歩するのが大切だから。
毎日ほんのちょっぴりずつ、と瞬いた瞳。「だから練習」と。
「馬鹿野郎!」
そういうのは進歩とは言わん、とコツンと叩いたブルーの頭。
拳で軽く、痛くないように。
「お前はもっと成長しろ」と。
まるで少しも育っていないと、キスは駄目だと言っただろうが、と…。
進歩が大切・了