「ねえ、ハーレイ。訊きたいんだけど…」
小さなブルーが見詰めてくるから、「うん?」と尋ねたハーレイ。
今日は休日、ブルーの部屋でテーブルを挟んでお茶の最中。
「訊きたいって…。何か質問か?」
「そう。でも、学校の勉強とかじゃなくって、ハーレイのこと」
欲張りなの、と赤い瞳が瞬いた。「ハーレイは、欲張り?」と。
「はあ? 欲張りって…?」
どういう意味だ、とハーレイが見開いた鳶色の瞳。
欲張りなのかと尋ねられても、いきなり過ぎて意味が掴めない。
「そのままだってば、欲張りかどうか」
ハーレイはどうなの、というのがブルーの質問。
要は「欲張りか、そうでないか」を、ブルーは知りたいらしいから。
「そうだな…。欲張りな方ではないだろう」
チビのお前とは違うんだ、と答えたハーレイ。
なにしろ一人前の大人で、もう充分にある分別。
子供みたいな我儘を言いはしないし、強情な方でもないのだから。
「…そうなんだ…」
答えを聞いたら、考え込んでしまったブルー。
「やっぱり、それがいけないのかな?」と。
欲張りじゃないから駄目なんだろうか、と声にも出して。
「おいおい、何がいけないんだ?」
欲張りよりかは、欲が無い方がいいと思うが、とブルーを諫めた。
「お前くらいの年のチビでは、分からないかもしれないが」と。
欲しい物は欲しい、と欲張っていたらキリが無いもの。
次から次へと欲が出るのが、人間という生き物の悲しい所。
無欲だったら、その方が断然、幸せに生きてゆける筈。
「もっと欲しい」と思いはしないし、毎日が満たされた気分だから。
そう話したのに、ブルーは納得してくれない。
「ハーレイの場合は、それが問題」と。
いったい何がいけないのだろう、とハーレイが首を捻っていたら…。
「欲張りの方がいいと思うよ、ハーレイは」
その方が絶対いいんだから、とブルーは不満そうな顔。
「ハーレイには欲が足りないんだよ」と。
「足りないって…。お前が我儘すぎるだけだろ?」
まだまだチビの子供だからな、と頭をポンと叩いてやった。
「もっと大きくなれば分かるさ」と、「チビの間は無理だがな」と。
そうしたら、キッと睨んだブルー。
赤い瞳で、「分かってないのは、ハーレイだよ!」と。
「ちっとも分かっていないんだから…。欲張りの方がいいってば!」
ぼくと一緒にいる時だって、ハーレイ、キスもしないんだから…。
欲張りだったらキスしたくなるし、キスのその先のことだって…。
絶対したくなる筈なんだし、欲張りじゃないのがいけないんだよ!
もっと欲張りになるべきだよね、とブルーが言うから、零れた溜息。
(…こいつ、全く分かってないな…)
そういう問題じゃないんだが、と思ってみたって無駄なこと。
チビのブルーを「キスは駄目だ」と叱っても、この有様だから…。
「そうだな、俺は欲が足りないかもしれないな」
生憎とそういうタイプなんだ、と腕組みをした。
「大人なんだし、欲張ってたらキリが無いからな」と。
お前についても同じことだし、欲張りになろうとも思わない、と。
ブルーは膨れてしまったけれども、いつかは理解するだろう。
その日が来るまで、「無欲なハーレイ」でいようと思う。
山ほどキスを贈る時まで、ブルーを丸ごと手に入れる日まで…。
欲張りなの?・了
「ねえ、ハーレイ。…鍛えるのは好き?」
いつも運動しているよね、と小さなブルーがぶつけた質問。
休日の午後に、ブルーの部屋で二人きりの時間に。
「それはまあ…。好きと言うより、性分だな」
鍛えないと身体がなまっちまう、と答えたハーレイ。
柔道にしても水泳にしても、基礎になるのは自分の肉体。
どんなに優れた技を身に付けても、身体が衰えれば使えなくなる。
手足はもちろん、全身をきちんと常に鍛えておかないと。
「…それでジョギングしているの?」
お休みの日にも走るんだよね、とブルーは興味津々だから。
「あれが一番、手軽だな。思い立った時に走れるだろう?」
ジムに出掛けて泳ぐのもいいが、いつでも開いてるわけじゃない。
その点、ジョギングは時間もコースも、俺の都合で好きに出来るし。
朝早くてまだ暗い内でも、夜遅くでも走れるもんだ、と話してやる。
そういう時間に走っていたって、同好の士に出会えると。
「本当だぞ? お前がグッスリ眠っているような時間でも、だ…」
ジョギング好きの人にとっては、立派に活動時間だってな。
せっせと走って身体を鍛える、そのために何人も走っているぞ。
街灯が灯っている時間でも、と教えてやった。
「俺もその中の一人だよな」と。
ブルーは「ふうん…」と感心しきりで、「凄いね」と笑顔。
「ハーレイ、頑張ってるんだね」と。
体力が落ちてしまわないよう、いつも鍛えている身体。
そうやって鍛え続けていたなら、もっともっと強くなれるの、と。
「どうなの、ハーレイ? もっと強くなれる?」
「決まってるだろう、弱くなることは有り得んな」
鍛えてやれば、と大きく頷く。
身体を鍛えれば鍛えた分だけ、技などの切れも良くなるから。
そうは言っても、向き不向きがあるのが人というもの。
虚弱に生まれたブルーの身体は、鍛えようとすれば悲鳴を上げる。
体育の授業も見学が多いほどなのだから、じきに壊れてしまう肉体。
だからブルーの顔を見詰めた。「無茶するなよ?」と。
「いいか、お前は鍛えなくてもいいからな」
お前の分まで俺が頑張って鍛えておくから、お前は今のままでいい。
鍛えようとか、強くなろうとか、考えなくても。
今度は俺が守ってやる、と微笑み掛けた。「俺に任せろ」と。
「んーと…。だったら、もっと鍛えてくれる?」
ぼくがお願いした分だけ、と赤い瞳が瞬いた。
「もっと鍛えて欲しいんだけど」と、「もっと凄く」と。
「ふむ…。お前、今だとまだ足りないのか?」
今の俺でも、お前くらいは片手で楽に抱えられるが、と請け合った。
ブルーの軽い身体だったら、本当に片手で軽々と持てる。
前と同じに育った時にも、それは変わらないと思うから。
そうしたら…。
「違うよ、今からうんと鍛えて!」
前のハーレイよりも凄くなってよ、と身を乗り出したブルー。
「前よりも上手なキスがいいな」と、「今から練習」と。
会う度にキスを重ねていたなら、きっと上達する筈のキス。
それを今から鍛えて欲しいと、「ぼくも練習に付き合うから」と。
「…キスだって!?」
そいつは鍛えなくてもいい、とハーレイが小突いたブルーの額。
「お前が練習に付き合えるようになるまでは」と。
チビの間は「全く鍛える必要は無い」と、「俺も、お前も」と。
ブルーはプウッと膨れたけれども、鍛える気にはならないキス。
まだまだキスは早すぎるから。
小さなブルーには、頬と額へのキスで充分なのだから…。
鍛えるのは好き?
(ハーレイ、とにかくケチなんだよね…)
ぼくがチビだから、キスだって無し、と不満たらたらのブルー。
こうしてハーレイと向かい合っていても、チビ扱い、と。
いい雰囲気になったから、とキスを強請っても断られるのが常。
「俺は子供にキスはしない」と、それはつれなく。
今日もそうなるに決まっているから、なんとも腹が立つけれど。
それでもハーレイのキスが欲しくて、方法は無いかと考えもする。
ハーレイの心が動きさえすれば、キスだって、と。
(何かないかな…)
いい方法、と思うけれども、ハーレイはそう甘くない。
策を巡らせても、誘惑しても、ビクともしないのがハーレイ。
少しも隙が無いものだから、どうしようもないというわけで…。
憎らしいくらいに冷静な恋人、考えてみれば元はキャプテン。
前の生ではキャプテン・ハーレイ、そうそう動揺する筈がない。
今も柔道で鍛えた武道家、水泳の腕もプロ級だけに…。
(ちょっとやそっとじゃ、ビックリしたりもしないから…)
ホントに隙が無いんだよね、と考える内に閃いたこと。
そのハーレイにも弱点はある。
しかもとびきり凄い弱点、動揺するのは間違いない。
(試してみるだけの価値はあるかも…!)
これだ、と確信したものだから、「いたたた…」と抱えたお腹。
少しも痛くないのだけれども、痛そうに。
紅茶のカップもケーキのお皿も、放り出してしまって背を丸くして。
「おい、どうしたんだ!?」
急にどうした、とハーレイがガタンと椅子から立ち上がる。
俯いてお腹を抱えているから、気配だけしか分からないけれど。
直ぐに側へと来てくれたハーレイ。
心配そうに覗き込んでくる鳶色の瞳。「大丈夫か?」と。
「お腹、痛くて…。でも、平気…」
じきに治ると思うから、と続けるお芝居。健気なふりで。
本当は少しも痛くないのに、痛みを堪えて微笑むかのように。
「しかしだな…。お前、痛そうなんだし…」
とにかくベッドに横になれ、とハーレイが言うから弾んだ胸。
きっと運んで貰えるだろうし、「歩け」とは言わない筈だから。
(ハーレイに抱いて運んで貰って、ベッドに着いたら…)
そのままキスを強請ってみよう、と捕らぬ狸の皮算用。
お腹が痛くてたまらないのだし、きっとキスだって貰えるよ、と。
「これで治るさ」と痛み止め代わりの優しいキス。
いつもだったら断られるけれど、特別に。
(ふふっ、特別…)
ハーレイのキス、と考えたのに。
「やっぱりハーレイの弱点は、ぼく」と胸を張りたい気分なのに。
いきなりコツンと小突かれた頭。そのハーレイの拳で、軽く。
「何するの!?」
痛いじゃない、と抗議の声を上げたら、ニヤリと笑うハーレイがいた。
「治ったよな?」と。
「痛い場所、もう変わったよな」と、「お腹の方は大丈夫だろ?」と。
騙されないぞ、と一枚も二枚も上手なハーレイ。
「お前の心は丸見えなんだ」と、「もっと上手に嘘をつけ」と。
だからショボンと萎れるしかない。
キスして貰う夢は砕けて、代わりに額をコツンだから。
今日もハーレイはキスをくれなくて、意地悪な笑みが見えるから…。
ぼくが弱点・了
「ねえ、ハーレイは敬語だったよね?」
ぼくと話をする時は、と小さなブルーが傾げた首。
家に来てくれたハーレイと話している時に。
いつものテーブルを挟んで向かい合わせで、唐突に。
「…敬語だと?」
俺は一度も使っちゃいないが、とハーレイは怪訝そうな顔。
現に今日だって使っていないし、ごくごく普通の言葉だから。
「それって、今のハーレイでしょ?」
前のハーレイは違ったものね、とブルーが言うのは時の彼方でのこと。
ブルーがソルジャー、ハーレイがキャプテンだった船。
其処では確かに敬語だった、とブルーが指摘する言葉遣い。
キャプテン・ハーレイは、いつもソルジャーに敬語を使い続けたから。
他には誰もいない時でも、二人きりで過ごしていた時も。
そういやそうか、と頷かざるを得ないハーレイ。
前のブルーとの恋を隠すには、絶対だった「敬語で話す」こと。
もしも普通に話したならば、船の者たちに勘繰られるから。
「ずっと敬語だったのに、どうしたことか」と。
そうだったよな、とハーレイだって覚えているから、ニッと笑った。
「前の俺の頃はそうだったっけな…。今は違うが」
ついでに逆転しちまったよな、と小さなブルーの顔を見詰める。
「今はお前の方が敬語だ」と、「俺はハーレイ先生だしな?」と。
「それなんだけど…。学校で会ったら、そうなんだけど…」
なんだかズルイ、とブルーが尖らせた唇。
「ぼくは頑張って切り替えてるのに、ハーレイは何もしないよね」と。
「前のハーレイもやっていない」と、「ぼくの前でも敬語のまま」と。
ブルーは不満そうだけれども、今のハーレイには必要ないのが敬語。
生徒に敬語を使いはしないし、「使われる方」が当たり前。
ついでに前のブルーにしたって、ソルジャーという立場だったから…。
「おいおい、今の俺だと言葉遣いはコレが普通で…」
前のお前の頃とは事情が違うんだ。あの頃は間違えられないしな?
ウッカリ普通に喋っちまったら、俺たちの恋がバレかねなかった。
切り替えるなんて、そいつはリスクが高すぎたんだ。
だから敬語を使い続けた、と説明したら…。
「分かってるけど、たまには敬語で喋って欲しいな」
いつもは普通に話してるんだし、たまには敬語、と強請られた。
「前のぼくと話していた時みたいに」と、「少しでいいから」と。
「此処なら誰も聞いていないし、ほんのちょっぴり」と。
なるほど、と思わないでもないから、戯れに切り替えた言葉。
「分かりました」と、「敬語で話せばいいのですね?」と。
「うん、そう!」
前のハーレイと話しているみたい、とブルーは喜んだのだけれども。
暫く経ったら落ち着かない顔、「やっぱり変かも」と。
「変だなどと…。私の言葉はおかしいですか?」
気を付けているつもりなのですが、と返してやったら…。
「なんだか、ぼくが凄く偉そう…。王子様みたい」
「そうですね。私の大事な王子様ですよ」
とても小さくて愛らしくて…、と今日は敬語を貫くつもり。
そういうゲームも楽しいから。
ブルーは大切な王子様だし、誰よりも愛おしい人なのだから…。
敬語でお願い・了
「ねえ、ハーレイ…。訊きたいんだけど…」
ちょっと質問、と小さなブルーが見詰めた恋人。
休日だから、ブルーの部屋で。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで向かい合わせで。
「なんだ、古典の授業のことか?」
何か分からないことでもあったか、とハーレイが浮かべた優しい笑み。
遠慮しないで訊いてくれ、と。
休みの日だって質問はきちんと受け付けているし、いくらでも、と。
「そう? 古典と言うのか分かんないけど…」
昔の言葉で有名な言葉、と赤い瞳が瞬いたから。
「ほほう…。どんな言葉だ?」
お前も勉強熱心だよな、とハーレイは先を促した。
質問したい言葉を聞かないことには、何も教えてやれないから。
「えっとね…。喧嘩上等ってヤツ…」
喧嘩の時の決め台詞でしょ、と予想外の言葉が飛び出した。
桜色をした唇から。
およそ喧嘩が似合いそうもない、愛おしいチビのブルーの口から。
(おいおいおい…)
何事なんだ、と目を丸くするしかなかったハーレイ。
喧嘩上等という物騒な台詞、それを使うとは思えないのが小さな恋人。
それともブルーは使いたいのだろうか、この台詞を…?
(とにかく、訊かんと…)
今度は俺が質問なのか、とブルーの瞳を覗き込んだ。
「喧嘩上等とは、確かに言うが…。そいつの何を知りたいんだ?」
お前には向かん言葉だぞ、とも注意した。
今のブルーも身体が弱いし、おまけにサイオンが不器用と来た。
どう頑張っても、喧嘩なんかに勝てる見込みは無さそう。
誰かに向かって言い放ったなら、ほぼ間違いなく…。
(こいつの方が泣きを見るんだ)
取っ組み合いの喧嘩はもちろん、口喧嘩でも負けそうなブルー。
なのに何故、と謎でしかないブルーの真意。
「それなんだけど…」
ハーレイはどっち、と訊き返された。
喧嘩上等と受けて立つのか、逃げる方か、と。
俺か、と唖然と指差した顔。
いささか間抜けな顔だったけれど、「俺のことか?」と。
「そうだよ、ハーレイは逃げちゃう方?」
それとも喧嘩上等な方、と尋ねられたら、答えるしかない。
子供の頃には悪ガキだったし、喧嘩上等だった日々。
ブルーにはとても真似の出来ない、輝かしかった喧嘩での勝利。
「逃げる方だと思うのか? 失礼なヤツだな」
売られた喧嘩は受けて立つモンだ、でなきゃ負けだし…。
尻尾を巻いて逃げるなんぞは、俺は決してしなかったな、うん。
まあ、この年で喧嘩はしないが、と大人の余裕。
「ガキの頃には、負けなかったな」と。
「そうなんだ…。だったら、今も?」
喧嘩を売られたら逃げずに買うの、と好奇心に満ちたブルーの瞳。
大人は喧嘩をしないと言っても、もしも喧嘩を売られたら、と。
「ふうむ…。喧嘩なあ…」
売られたからには、買うんだろう。
出来れば買わずに済ませたいがな、いい年の大人なんだから。
喧嘩はガキのすることだ、と笑ったら。
「お前くらいの年までだよな」と言ってやったら…。
「それじゃ、売るから!」
買って、とブルーは立ち上がった。ガタンと椅子から。
「なんだって!?」
「子供は喧嘩していいんでしょ? それにハーレイ…」
喧嘩上等だし、売られたら買わなきゃ負けなんだよね…?
ぼくにキスして、とブルーは真剣な顔。
「出来ないんだったら、ハーレイの負け」と。
「どうして俺の負けになるんだ?」
「キスは駄目だ、ってケチなんだもの!」
これでもキスをしないんだったら、うんとドケチ、と言われたけれど。
売られた喧嘩は買うんでしょ、とも言われたけれど。
「…喧嘩上等なあ…」
その逆でいい、と広げた両手。
尻尾を巻いて退散するから、お前の一人勝ちでい、と。
「俺の負けだ」と、「喧嘩は買わずに逃げることにする」と…。
喧嘩上等・了