「あのね、ハーレイ…。ちょっと相談があるんだけれど」
聞いてくれる、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、いきなり何の前触れも無く。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(相談だって?)
嫌な予感しかしないんだがな、とハーレイは心で溜息をつく。
こういった時に、ブルーが改めて言い出すことといったら…。
(ロクなことじゃないと来たもんだ)
俺の経験からしてな、と思うけれども、無視も出来ない。
放っておいたら、ブルーの機嫌を損ねるから。
たちまち頬っぺたが、ぷうっと膨れて…。
(フグになっちまうし…)
一応、話は聞いておくか、と腹を括った。
フグになられるよりかはマシだ、と「聞くだけだしな?」と。
そう決めたから、ブルーの瞳を真っ直ぐ見詰めて問い掛けた。
「相談というのは、何事なんだ?」
聞いてやらないこともないから、まあ、話してみろ、と。
「えっとね…。失くしたんだけど…」
「はあ?」
失せ物なのか、とハーレイは拍子抜けした。
そういうことなら、きちんと相談に乗らなければ。
何処で失くしたのか知らないけれども、探す手助けも。
だから、とりあえず、失くした物についての質問。
「いったい何を失くしたんだ」と、「失くした場所は?」と。
するとブルーは、小さな肩を落として答えた。
「失くしたの、前のぼくなんだよ」と、悲しげな顔で。
「前のお前だって!?」
するとアレか、とハーレイは即座に思い当たった。
失せ物というのが何のことなのか、一瞬の内に。
前のブルーが失くした物。
それは…。
(メギドで落としちまったっていう、俺の温もり…)
最後まで大切に持っていたいと願った、右手の温もり。
それをブルーは失くしてしまった。
キースに銃で撃たれた痛みで、消えてしまって。
前のブルーの右手は凍えて、泣きながら死んでいったという。
「ハーレイには、二度と会えない」と。
「絆が切れてしまったから」と、絶望の淵に突き落とされて。
今のブルーも、その悲しみを忘れていない。
右手が冷たくなった時には、「温めてよ」と強請ってくる。
断ることなど出来はしないし、いつも包んで温めてやる。
ブルーがすっかり満足するまで、今の自分の大きな両手で。
(…そういうことか…)
疑っちまって悪かった、とハーレイはブルーに詫びたくなる。
もちろん口には出さないけれども、その分、右手を…。
(しっかり温めてやらないとな)
よし、とブルーに微笑み掛けた。
「前のお前が失くした物を、俺に戻して欲しいんだな?」
お前が大切にしていた物を、と「素直に言えばいいのに」と。
「ハーレイ、ぼくに返してくれるの?」
今のぼくに、と赤い瞳が瞬きをする。
「ホントにいいの?」と、「ぼく、欲張りだよ」と。
「分かっているさ。お前が、どんなに悲しかったかも」
お安い御用だ、とハーレイは胸を叩いた。
「いくらでも俺が返してやる」と、「俺で良ければ」と。
そうしたら…。
「ありがとう! それじゃ、ぼくにキスして!」
頬っぺたじゃなくて、唇にお願い、と煌めいたブルーの瞳。
「失くしちゃったもの」と、「キスしてくれないから」と。
確かに間違ってはいない。
まるで全く、間違いなどではないのだけれど…。
「馬鹿野郎!」
それは育ってからのことだ、とハーレイは拳をお見舞いした。
悪だくみをしたブルーの頭に、コツンと軽く。
「俺はすっかり騙されたんだぞ」と、ブルーを睨んで。
「メギドのことだと思うだろうが」と、「大嘘つきが」と…。
失くしたんだけど・了
「あーあ…。お姫様なら良かったのにな」
生まれ変わって来るのなら、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイと過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が載ったテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
お姫様だって、とハーレイは耳を疑った。
何かを聞き間違えただろうか、と鳶色の目を大きく見開いて。
「お姫様って…。お前、そう言ったか?」
「うん、言った」
お姫様に生まれて来たかったよね、と再び紡ぎ出された言葉。
新しい命を貰うのだったら、そっちの方が良かったかも、と。
(……お姫様だと……?)
こいつは気でも違ったのか、とハーレイの頭も変になりそう。
よりにもよってお姫様とは、あまりにも信じられないから。
(お姫様っていうのは、お姫様だよな…?)
王様とかの娘で、高貴な生まれの…、と懸命に整理する思考。
他には「お姫様」などいないし、それ以外には無いけれど…。
「おい、念のために訊きたいんだが…」
お姫様っていうのは何だ、とブルーに確認することにした。
もしかしたら、他にもあるかもしれない「お姫様」。
例えば学校の生徒の間で、流行している遊びだとか。
(そっちの方なら、分からんでもない)
何かのごっこ遊びだとかな、と大きく頷く。
王様ゲームというものもあるし、お姫様と名のつく何か、と。
きっとそういうものだろう、と考えた「答え」。
お姫様という何かになったら、お得なことが起こるとか。
けれど、ブルーは真剣な顔で、「お姫様だよ」と繰り返した。
「白雪姫とか、色々いるでしょ、お姫様って」
「本物のお姫様なのか!?」
なんだって、お姫様なんだ、とハーレイは仰天するしかない。
お姫様に生まれて来たかった、などと言われても…。
(…おいおいおい…)
今の時代に、お姫様なんぞはいないんだが、と、まず思う。
そもそも王族などはいないし、お姫様に生まれようがない。
だから…。
「お前なあ…。お姫様って、何処にいるんだ?」
今の時代に、と冷静に指摘してやった。
ブルーの頭の中身はともかく、その点は言っておかなければ。
「いないってことは、知ってるってば」
でも…、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「お姫様に生まれたかったんだよ」と。
同じに生まれ変わって来るなら、お姫様の方が良かった、と。
お姫様の方が、絶対、幸せになれた筈だ、と主張するブルー。
「今のぼくより、ずっと幸せ」と、「お姫様がいい」と。
「…お姫様ってヤツは、意外と不自由なんだぞ?」
城から自由に出られやしないし、大変だぞ、と教えてやった。
「お前の方が、ずっと自由で、いい暮らしだと思うがな」と。
魔女に呪いもかけられないし、攫われもしない、と。
そうしたら…。
「でも…。魔女の呪いにかかった時って…」
王子様のキスが貰えるんだよ、とブルーは瞳を輝かせた。
「白雪姫も、眠り姫も、そう」と。
「お姫様には、王子様のキスが必要でしょ?」と。
「ちょっと待て! すると、お前は…」
キスが目当てで、お姫様になりたいのか、と呆れたハーレイ。
毒のリンゴで死んでしまおうが、百年眠り続けようが、と。
「そうだけど? だって、王子様のキスが貰えて…」
うんと幸せになれるもんね、とブルーは夢を見ているから…。
「分かった、好きにするといい」
頑張って、お姫様になれ、と今日は放っておくことにした。
いつになったら気付くだろうか、と内心、ほくそ笑みながら。
「王子様が俺とは限らないぞ」と。
ブルーがお姫様になっても、王子が誰かは謎だから。
ヒキガエルかもしれないのだし、モグラの王子ということも。
なにしろ、生まれ変わりだから。
別の人生を歩む以上は、王子様も別かもしれないから…。
お姫様なら・了
「ねえ。…今のハーレイ、心が狭いね」
キャプテンだった頃よりも、と小さなブルーが口にしたこと。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「なんだって?」
どうしてそういうことになるんだ、とハーレイが見開いた瞳。
いきなり指摘された理由も、そういう覚えも無いものだから。
(俺の心が狭いだって?)
しかも前の俺だった頃とは何だ、と疑問は尽きない。
心は充分、広いと思うし、狭くなったとも思わないから。
けれどブルーは溜息をついて、赤い瞳を瞬かせた。
「狭いってば」と。
前よりもずっと狭くなっているのに、気付かないの、と。
「おいおいおい…」
そう言われても…、とハーレイはブルーの瞳を見詰めた。
何処から「狭い」と考えたのか、それを聞かねば。
「狭い」と決め付けてかかるだなんて、あんまりだから。
「お前なあ…。なんだって、そう考えたんだ?」
俺は心が広い方だが、と自分の胸を指差した。
「胸も広いが、心も広い」と、心臓が入っている場所を。
「狭いと言われる筋合いは無い」と、自信を持って。
なのにブルーは、即座に首を左右に振った。
「ホントに狭い」と、「気が付かないの?」と。
「あのね…。宿題を忘れた生徒には、どうしてる?」
「それはもちろん、叱って、場合によっては宿題を追加だ」
当然だろう、と答えてやった。
それが教師の務めなのだし、しっかり勉強させなければ。
常習犯の生徒の時には、厳しく叱って、宿題を追加。
教師としての「あるべき姿」には、大いに自信を持っている。
優しく、時には厳しいハーレイ先生、慕う生徒も多いもの。
ところがブルーは、「ほらね」と大きな溜息をついた。
「今のハーレイ、やりすぎだよ」と。
前のハーレイなら、そうはしない、と愛らしい顔を曇らせて。
「叱ると委縮しちゃうから、って言ってなかった?」
ハーレイがキャプテンだった頃には、と「心が狭い」と。
「やりすぎって…。そりゃ、お前…」
あの頃とは時代が違うだろうが、とハーレイは切り返した。
白いシャングリラが在った時代は、あの船の中が世界の全て。
仲間たちを厳しく叱ったならば、叱られた者は…。
(…うんと引き摺っちまうんだ…)
気分を切り替えに出掛けようにも、船の中しか無かったから。
「自分は駄目だ」と悪い方へと、気持ちが傾きがちだから。
(……だからだな……)
ミスをした仲間が委縮しないよう、叱る時にも気を配った。
言葉を選んで、出来ることなら、叱らずに、と。
そんな時代と、今を混同されても困る。
悪ガキは叱って当然なのだし、心が狭いわけではない。
だからブルーを真っ直ぐ見据えて、「間違えるな」と言った。
「俺の心は今でも広い」と、自信に溢れて。
そうしたら…。
「じゃあ、唇にキスしてよ!」
叱るのは無しで、とパッと輝いたブルーの顔。
「心が広いなら叱らないよね」と、「唇にキス」と。
「馬鹿野郎!」
そいつも別件なんだからな、とブルーの頭に落とした拳。
「お前だって、充分、悪ガキなんだ」と。
「宿題を忘れるヤツと変わらん」と、「常習犯だ」と…。
心が狭いね・了
「ねえ、ハーレイ。美味しいものって好き?」
どうなのかな、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「美味しいもの?」
なんだそれは、とハーレイは鸚鵡返しに聞き返した。
いきなり「美味しいもの」と言われても、何を指すのか。
(今、食っているケーキは美味いし、飯だって…)
ブルーの母は料理上手で、何を作らせても美味しい。
夕食のメニューのリクエストにしても、この聞き方では…。
(…答えに困るな、いったい何が言いたいんだか…)
だから尋ねる他には無かった。
あまりにも芸が無いのだけれども、「なんだそれは?」と。
「美味しいものだよ、ハーレイは好き?」
ブルーは同じ問いを繰り返した。
赤い瞳を瞬かせながら、好奇心一杯の表情で。
「おいおいおい…。それは晩飯のリクエストなのか?」
俺の答えで変わるのか、とハーレイは質問の仕方を変えた。
これなら真意が掴めるだろう、と問いたいことを噛み砕いて。
「…リクエストって?」
今度はブルーがキョトンとした。
「どうしてそういうことになるの」と、「晩御飯って?」と。
「違うのか…。いや、美味いものだなんて言うもんだから…」
メニューが変わってくるのかと思った、と苦笑いする。
「俺が好きだと答えた場合と、そうでないのとで」と。
「ああ、そういうのもアリかもね!」
今日はそうではないんだけれど、とブルーも笑った。
機会があったら、それもいいね、と。
料理上手なブルーの母。
手際もいいから、夕食のメニューを急に決めても対応できる。
いつか、そういうのもいいね、とブルーは微笑む。
「ハーレイのリクエストに合わせて、作って貰うのも」と。
「それは厚かましすぎないか? で、それはそれとして…」
実際の所はどうなんだ、とハーレイは話を元に戻した。
「美味しいものが好きかどうかで、どう変わるんだ?」と。
「えっとね…。ちょっと聞きたかっただけ」
それだけだよ、とブルーは愛らしく小首を傾げた。
「美味しいものって、やっぱり好きなの?」と。
「そりゃまあ、なあ…。好き嫌いとは違うしな?」
同じ食うなら、断然、美味いものだよな、とハーレイは頷く。
前の生での過酷な体験のせいか、好き嫌いの類は全く無い。
けれども、味とは別の次元の話で、美味しいものは美味しい。
其処はブルーも同じなのだし、何を今更、と。
「お前だって、不味いものより、美味いものだろ?」
ケーキにしたって、飯にしたって…、とブルーを見詰めた。
「第一、俺も料理をするんだ」と、失敗作は不味いしな、と。
「そうだよねえ…。それじゃ聞くけど…」
美味しいものが好きなら、これは、と自分を指差したブルー。
「此処に美味しいものがあるけど」と。
「ぼくを見ていて、欲しくならない?」と、笑みを浮かべて。
(……そう来たか……)
誰がその手に乗るもんか、とハーレイは鼻を鳴らしてやった。
「美味いって、今のお前がか? …馬鹿々々しい」
もっと育ってから言うんだな、とチビのブルーを突き放す。
「お前は、不味い」と。
「まだまだ熟していないからな」と、「口が曲がる」と。
ブルーは膨れているのだけれども、容赦なく。
「不味くて食えたもんではないな」と、「口に合わん」と…。
美味しいものって・了
「あのね、ハーレイ…。オバケって、怖い?」
どうなのかな、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とケーキが載ったテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「オバケだと?」
急にどうした、とハーレイはポカンと口を開いた。
そんな話はしていなかったし、何処からオバケになったのか。
けれどブルーは真剣な顔で、「オバケだよ」と繰り返した。
「もしもオバケが出て来たら、怖い?」
「なんだ、そいつは俺の話なのか?」
お前じゃなくて、と頬を緩めたハーレイ。
てっきりブルーの話なのかと、頭から思っていたものだから。
「うん、ハーレイに聞いてるんだよ」
オバケは怖いの、とブルーが言うから、軽く腕組みをした。
「そうだな…。そいつは場合によるな」
時と場合によるだろうな、と返した答え。
オバケと言っても色々あるから、それによるな、と。
「えっと…? 怖くないオバケがあるの?」
それから怖いオバケもあるの、とブルーは瞳を丸くする。
「怖いとか怖くないとかじゃなくって、両方なの?」と。
「うむ。お前が言ってるオバケは、いわゆる化物なのか?」
昔話に出て来るような、とハーレイは逆に問い掛けた。
遠い昔の日本の文化が蘇った今では、昔話も沢山あるから。
キツネやタヌキが化けるオバケや、雪女だとか。
「んーと…。ハーレイが怖いのは、どういうオバケ?」
それを教えて、とブルーは赤い瞳を輝かせる。
「ハーレイにも怖いオバケがあるなら、知りたいな」と。
「なるほどな…。俺の弱みを知りたい、と」
「うん、本当に怖いオバケがあるならね」
ケチっていないで教えてよ、とブルーは興味津々。
(…たかがオバケの話だしな?)
弱みってほどのモンでもないか、とハーレイは大きく頷いた。
「よし」と、「怖いオバケを教えてやろう」と。
「ただの化物なら、さほど怖くはないんだが…」
俺を食おうとしない限りは、と小さなブルーに微笑み掛ける。
「もっとも、食いにかかった所で、負けやしないが」とも。
なにしろタイプ・グリーンなのだし、防御力だけは桁外れ。
タイプ・ブルーに負けない力は、化物だって防げるから。
「そっか、ハーレイ、強いものね」
凄い、と感心しているブルーに、「だがな…」と続けた。
「幽霊ってヤツは御免蒙る。俺を恨んで出た時はな」
恨まれる覚えは無いからいいが、と軽くウインクしてみせる。
「幽霊じゃ、勝てる気がしないからな」と。
「恨んで出ようってくらいなんだし、どうにもならん」と。
そうしたら…。
「だったら、化けて出てやるから!」
「はあ?」
ブルーの口から出て来た言葉に、ハーレイは目を見開いた。
どうしてそういう話になるのか、まるで分からなかったから。
そもそも、化けて出ると言っても、いったい誰が化けるのか。
なのにブルーは勝ち誇った顔で、こう言った。
「ぼくにキスしてくれないんだから、化けて出てやる!」
今はいいけど、うんと未来に、と赤い瞳がキラキラと光る。
「その時、後悔するといいよ」と、「キスの恨み」と。
「…そう来たか…」
そう言えばキスをしてくれるかも、というのがブルーの考え。
とはいえ、まだまだ甘すぎるわけで、ハーレイは笑む。
「なるほど、お前は、今度も俺よりも先に死ぬんだな」と。
「でないと化けて出られないしな」と、「頑張ってくれ」と。
「あっ…!」
それは嫌だよ、と慌てふためく小さなブルー。
「今のは無し!」と、「化けて出るのはやめにするよ」と。
「ずっとハーレイと一緒にいるよ」と、「幽霊は嫌」と…。
化けて出てやる・了
