「あのね、ハーレイ…。聞きたいんだけど…」
フグの恋人はフグだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? フグって…」
フグというのは魚のフグか、とハーレイは目を見開いた。
どうしていきなり、そうなるのか、と。
(…フグだって?)
フグなんぞ、影も形も無いぞ、とテーブルの上を眺め回す。
紅茶の入ったカップと、ポット。
ブルーの母が焼いたケーキが載っている皿。
何処にもフグは隠れていないし、カップや皿の絵柄にも…。
(…フグも魚も、まるで描かれちゃいないんだがな?)
いったい何処からフグが来たんだ、と見当もつかない。
それまでの会話も、フグとは関係無かったから。
まさに降って湧いた、フグという単語。
しかもブルーの質問は…。
(フグの恋人は、フグなのか、と…)
どういう意味だ、と謎だけれども、無視も出来ない。
目を白黒とさせている間も、ブルーは黙って待っている。
(…もうちょっと、質問の意図ってヤツを、だ…)
言ってくれると助かるんだが、と考えた末に問い掛けた。
「お前の言うフグは、魚のフグで合ってるんだな?」
「そうだよ、違うって言ってないでしょ?」
それでどうなの、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「フグの恋人はフグだよね?」と。
「いや、だから…。何なんだ、その恋人ってのは?」
「恋人は、恋人に決まってるじゃない!」
ぼくとハーレイみたいな恋人、とブルーは即答した。
「他にどんなのがあるって言うの」と、真面目な顔で。
「フグに恋人がいるって時には、フグだよね?」と。
(…本当に、あのフグなのか…)
魚なのか、とハーレイは軽い頭痛を覚えた。
理由はサッパリ分からないけれど、フグが問題。
ブルーの頭を占めているのは、フグの恋人はフグか否か。
(…どう考えても、フグだよなあ…?)
フグにも色々いるわけなんだが、と溜息と共に口を開いた。
「…そうなるだろうな、フグの恋人はフグだろう」
いるとしたらな、とも付け加えた。
フグのカップルはピンと来ないし、魚が恋をするかどうか。
(…鳥や動物なら、つがいってヤツも…)
あるんだがな、と思うけれども、魚の場合はどうだろう。
子孫を残してゆくにあたって、恋をするのか分からない。
(求愛のダンスをする魚、ってのも…)
いると聞くけれど、その求愛が恋かどうかは本当に謎。
けれど、ブルーは満足そうに頷いた。
「そっか、やっぱりフグなんだね!」
フグの恋人はフグになるんだ、と嬉しそうな顔をして。
「それを聞いたら安心しちゃった」と、瞳を煌めかせて。
「つまり、フグの恋人も、フグってことだね」と。
(おいおいおい…)
そんなに喜ぶようなことか、と不思議で堪らないハーレイ。
フグの恋人がフグだというのは、自然の法則の一つだろう。
(…同じフグという種族の中なら、色々と…)
品種の違った組み合わせも、あるいはあるかもしれない。
トラフグとクサフグの血が混じるとか、そういったこと。
けれども、それが種族の限界。
フグの恋人が鯛になったり、ヒラメになったりしはしない。
(…あくまでフグには、フグなんだがな?)
そう思ったから、ブルーに向かって言った。
「フグの恋人は、フグ以外には有り得ないぞ」と。
「他の魚ってことは無いんだ、絶対にな」と。
するとブルーは、「そうでしょ!」と顔を輝かせた。
「だから、ハーレイもフグなんだよね」と、最高の笑顔で。
「フグ以外には有り得ないよ」と、「今、言ったもの」と。
(…フグだって!?)
この俺がか、と文字通り言葉を失ったけれど。
本当に言葉が出ないけれども、ブルーは歌うように続けた。
「だってね、ぼくはハコフグだもの」
「ハーレイ、いつもそう言ってるでしょ」と、得意げな顔。
「ぼくの頬っぺた、押し潰しては、ハコフグだ、って」と。
「……それで、俺までハコフグなのか……?」
フグの恋人はフグだからか、と、やっとのことで返したら。
「俺はお前の恋人なんだし、俺もフグか」と尋ねたら…。
「だって、ハコフグの恋人でしょ?」
それが嫌なら、ぼくの頬っぺた、潰さないで、という答え。
「だって何度も膨れるもの」と、「キスをくれるまで」と。
「なるほどな…。だったら、フグでいるとしよう」
ついでに、フグはキスをしない、とニヤリと笑ってやった。
「フグの世界には、キスは存在しないしな」と。
「俺もお前も、そういう世界の住人だろう?」と。
「実に平和な世界だよな」と、「それで構わん」と…。
フグの恋人は・了
「ねえ、ハーレイ。ぼく、お料理は…」
全然、詳しくないんだけれど、とブルーが持ち出した話題。
二人きりで過ごす休日の午後に、何の前触れも無く。
料理の話はしていなかった筈だけれども、突然に。
だから、ハーレイは、首を傾げた。「料理だって?」と。
「なんだ、いきなり、どうしたんだ?」
「お料理だってば、ホントに分かってないんだけれど…」
前のぼくだった頃も含めて、と小さなブルーは肩を竦めた。
「ホントのホントに、全然、ダメ」と。
「ふうむ…。まあ、今のお前も、やってないしな」
お母さんが作ってくれるんだから、とハーレイは笑う。
「料理上手な人がいるんじゃ、そうなっちまう」と。
料理をするのが好きだったならば、別だけれども、と。
「そうなんだよね…。ハーレイは好きで、得意なんだよね」
今のハーレイも、前のハーレイも、と頷くブルー。
「料理には、うんと詳しそう」と。
(…いきなり料理の話と来たぞ)
お茶の時間の最中なんだが、とハーレイは首を捻った。
ブルーの母が焼いたケーキと、香り高い紅茶。
どちらも料理の話題には…。
(繋がりそうにないんだがな?)
昼飯だって普通だったぞ、と思い出すメニュー。
それとも今夜は、何か特別な料理が出ると言うのだろうか。
(…その可能性もあるが、どうなんだ?)
分からんな、と考えていたら、ブルーが続けた。
「詳しそうだから、確認だけど…。お料理の食材って…」
新鮮な方がいいんだよね、という質問。
「食べるんだったら、新鮮な間がいいんでしょ?」と。
「ほほう…。夕食は鍋なのか?」
鮮度の話が出るんだったら、魚介類か、と尋ねてみた。
「お父さんが釣りに出掛けたとか、そんなのか?」と。
「そうじゃないけど…。ちょっと質問」
晩御飯が何かは知らないよ、とブルーは首を横に振った。
「ママには何も聞いてないもの」と「関係無いよ」と。
「ただの興味というヤツか…。まあ、そうだな」
新鮮な間が一番だよな、とハーレイは大きく頷いた。
「古くなったら、美味くなくなっちまうから」と。
鮮度が落ちてしまわないよう、冷凍する手もあるけれど。
保存用に加工する手もあるのだけれども、食べるのが一番。
その食材が新鮮な間に、それに似合いの調理法で。
今ならではの食べ方だったら、魚なら、刺身。
「そっか、お刺身…。新鮮じゃないとダメだよね…」
「そうだろう? 活きのいい間に捌かないとな」
新鮮な魚は実に美味い、とハーレイは笑む。
「 釣った魚を、その場で食うのは最高だぞ」と。
「美味しそう! ハーレイのお父さん、釣り名人だし…」
いいよね、とブルーは羨ましそう。
「ハーレイも、食べたことがあるんだ」と、「いいな」と。
「美味いんだぞ。お前も、いつかは連れてってやる」
親父とおふくろに紹介したらな、と瞑った片目。
「そしたら、みんなで釣りに行こう」と。
「約束だよ? 凄く楽しみ!」
連れて行ってね、とブルーは大喜びで赤い瞳を輝かせた。
「ハーレイのお父さんに、釣りを教わるんだ」と。
「その前に、大きくならんとな? しっかり食って」
「うん。新鮮な間に食べるのがいいんだよね!」
そうなんでしょ、と確認されたから、苦笑した。
「おいおい、お母さん任せのくせに」と。
「お前は自分で作らないだろ」と、「昔も今も」と。
「…そうだけど…。ハーレイは自分で作れるから…」
特に今はね、と真っ直ぐ見詰めて来るブルー。
「家でお料理しているんでしょ」と、「殆ど毎日」と。
「当然だろうが、一人暮らしをしてるんだから」
食材にも気を付けているぞ、と自信たっぷりに返す。
「買い出しの時は、新鮮なのを選んでいるな」と。
魚はもちろん、野菜も、それに果物も、と。
そうしたら…。
「だったら、新鮮な間に食べるべきだよ」
鮮度が落ちたらダメなんでしょ、とブルーが言った。
「放っておくなんて、絶対、ダメ」と。
「…何の話だ?」
何処に、そういう食材が、とテーブルの上を確認する。
ケーキの上には、フルーツは載っていないのに、と。
「分からない? 此処にあるでしょ、新鮮なのが!」
ぼくの唇、とブルーが指差す自分の唇。
「ハーレイ、ちっとも食べないんだもの」と。
「育ったら鮮度が落ちてしまうよ」と、「新鮮な間に」と。
「馬鹿野郎!」
それは別だ、とブルーの頭にコツンと軽く落とした拳。
「ついでに言うなら、肉というヤツは違うんだ」と。
「肉ってヤツはな、熟成させてから食うモンだ!」
覚えておけ、と食材の知識もぶつけておいた。
「新鮮すぎる肉は、美味くないんだ」と。
「肉は熟成させるモンだ」と、「お前もだな」と…。
新鮮な間に・了
「あのね…。ぼく、ハーレイに…」
謝らなくちゃ、とブルーが突然、曇らせた顔。
二人きりで過ごす休日の午後、お茶の時間の真っ最中に。
向かい合わせで座ったテーブル、其処で項垂れて。
「…なんだ、いきなり、どうしたんだ?」
お前、何もしていないだろうが、とハーレイは途惑った。
今の今まで、和やかに笑い合っていたから、尚のこと。
ブルーが謝るようなことなど…。
(何一つ無いと思うんだがな?)
それとも今日のことじゃないのか、と記憶を辿るハーレイ。
昨日は学校で何かあったか、その前は…、と。
(……いや、何も……)
無い筈だが、と考える間に、思い当たったことが一つ。
(…さては、今日の菓子か…)
きっとそうだな、と心の中で頷いた。
ブルーの母が焼いたケーキは、美味しいのだけれど…。
(パウンドケーキじゃないんだ、うん)
俺の大好物のヤツな、と考えただけで胸が弾むケーキ。
ハーレイの母が作るケーキと、そっくり同じ味がするもの。
多分、ブルーは、母に頼もうとしたのを忘れていて…。
(違うケーキになっちまった、と)
そういうことか、と納得したから、ブルーに笑顔を向けた。
「謝らなくてもいいんだぞ? 大した事じゃないんだから」
俺は何にも気にしちゃいない、とケーキを口へと運ぶ。
「パウンドケーキは、またの機会に取っておくさ」と。
けれど、ブルーは、「そうじゃないよ」と首を横に振った。
「ぼくが謝らなくちゃ駄目なの、ケーキじゃなくて…」
前のぼくがやってしまったこと、と赤い瞳が伏せられる。
「ぼく、ハーレイを置いてっちゃった」と。
「はあ?」
「忘れてないでしょ、メギドの時だよ」
あの時、置いて行っちゃったから…、と小さくなる声。
「ハーレイ、独りぼっちになっちゃった」と。
「ぼくも一人になっちゃったけれど、ハーレイも…」と。
(なんだって…!?)
そりゃまあ、そうには違いないが…、とハーレイは慌てる。
前から何度も、ブルーはそれを詫びて来た。
「ホントにごめん」と「ハーレイだって辛かったよね」と。
それを言うのなら、ブルーの方が、もっと辛かったのに。
最後まで持っていたいと願った、温もりを失くして。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、泣きじゃくって。
(右手が凍えて、泣きながら死んでいったのが…)
前のあいつで、今も引き摺ってる、と充分、承知している。
今でも右手が冷えてしまうと、ブルーは思い出すのだと。
肌寒い夜には、メギドの悪夢を見たりもする、と。
(そんなブルーに比べたら…)
俺なんかは、問題にもならん、と心から思う。
「ブルーが謝ることなどは無い」と。
何も謝る必要は無いし、これからだって、と。
だからブルーの瞳を見詰めて、温かな笑みを湛えて言った。
「気にするな」と。
「お前は謝らなくていいんだ」と、「本当にな」と。
そう言ったのに、ブルーは「ううん」と、悲しそうな顔。
「それじゃ、ハーレイに悪いもの」と。
「お願いだから、謝らせてよ」と、縋るような目で。
「謝るなと言っているだろう? だが、それで…」
お前の気が済むと言うのなら、とハーレイは返してやった。
「喜んで詫びを受け入れてやる」と、「実に光栄だ」と。
「本当に? だったら、ちょっと目を瞑ってくれる?」
お詫びのプレゼントを渡したいから、と微笑んだブルー。
「目を瞑ってね」と、「その間に、ちゃんと渡すから」と。
「プレゼント?」
「そう、ぼくからのお詫びの印」
だから目を閉じて待っていてね、とブルーは瞳を輝かせる。
「ほんのちょっとの間だから」と。
「うんと楽しみに待っていてよ」と、「お詫びの印」と。
(……はて……?)
何をくれると言うのだろう、と思いながらも目を閉じた。
どんなプレゼントを渡されるのか、少しドキドキしながら。
そうしたら…。
(…ちょっと待て…!)
ブルーが近付いて来る気配。
すぐ側まで来たら、屈み込んで…。
「馬鹿野郎!」
ハーレイが、カッと開いた両目。
目の前にいるブルーを片手で捕まえ、もう片方の手で…。
「キスのプレゼントは、断固、断る!」
クソガキめが、と銀色の頭に落とした拳。
コツンと、痛くないように。
「その手は食うか」と、「騙された俺が馬鹿だった」と…。
謝らなくちゃ・了
「ねえ、ハーレイ。…忘れたんでしょ?」
ホントのところは、と小さなブルーが、いきなり尋ねた。
二人きりで過ごす休日の午後に、首を傾げて。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 忘れたって…」
何の話だ、とハーレイの方も首を捻った。
あまりにも唐突過ぎる質問、思考回路が付いて行かない。
(…お母さんのケーキは、やっぱり美味いな、と…)
そういう話をしていたのに、と眺めるパウンドケーキ。
ブルーの母が焼くパウンドケーキは、絶品で…。
(おふくろの味とそっくりなんだが、それについては…)
忘れることなど無い筈だが、と額を指でトントンと叩く。
おふくろの味を忘れはしないし、もちろん、レシピも…。
(俺が焼いても、この味わいにはならないだけで…)
忘れやしない、と頭の中で確認するレシピ。
バターと小麦粉、卵と砂糖を1ポンドずつ入れるんだ、と。
忘れる方が難しそうな、パウンドケーキのレシピの分量。
(全部の材料を、1ポンドずつ使うから…)
ポンド、すなわちパウンドケーキ、と、そのままの名前。
前の生では、作った覚えが無いけれど…。
(今じゃすっかり、馴染みのケーキで…)
おまけに、ブルーのお母さんのは美味いんだ、と緩む頬。
小さなブルーも、「練習するから」と言っているほど。
(…もしかして、それか?)
その件だろうか、とピンと来たから、恋人に微笑み掛けた。
「覚えてるぞ」と、自信を持って。
「お前、作ってくれるんだったな、パウンドケーキ」
今は無理だが、いずれはお母さんに教わるんだろう、と。
うんと楽しみに待っているから、腕を磨けよ、と。
「えっと…? やっぱり忘れてしまってるよね…?」
その約束はしたけれど、とブルーは、フウと溜息をついた。
「ケーキの話は今のことでしょ」と、「前のことだよ」と。
「前のことだと?」
今じゃなくてか、と思い当たった前の生。
そっちで何かがあったろうかと。
(…前の俺だった時に、パウンドケーキ…?)
作った覚えは全く無いぞ、と厨房時代を振り返ってみる。
手書きのレシピ集を作っていたほど、頑張ったけれど…。
(菓子も色々作ってたんだが、パウンドケーキは…)
とんと覚えていないんだがな、と困ってしまった。
「本当に、忘れちまったのか?」と。
何か特別な思い出があった、とても大切なケーキのことを。
そうだとしたなら、謝らなければ。
前のブルーとの大事な思い出、その欠片を取り戻すために。
小さなブルーが覚えていること、その話に耳を傾けて。
だから素直に謝った。
「すまん」と、深く頭を下げて。
「…すまない、忘れちまったようだ。俺としたことが…」
本当にすまん、と心の底からブルーに詫びる。
「この通りだから、教えてくれ」と。
「お前が今も覚えていること、それを俺に」と。
そうしたら…。
「いいよ、そのまま動かないでね」
そっちに行くから、とブルーの瞳が煌めいた。
「キスのやり方を教えてあげる」と、「覚えてるから」と。
「キスだって!?」
「うん。忘れちゃったから、ぼくにキスしないんでしょ?」
そうだよね、と勝ち誇った顔のブルーがやって来たから…。
「馬鹿野郎!」
よくも騙しやがって、と銀色の頭に落とした拳。
コツンと、痛くないように。
「悪ガキめが」と、「俺はすっかり騙されたんだ」と…。
忘れたんでしょ・了
「あのね、ハーレイ…」
そう言ったきり、俯いてしまったブルー。
二人きりで過ごしていた休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「…おい、ブルー?」
どうしたんだ、とハーレイはブルーの顔を覗き込んだ。
言いにくいことでもあるのだろうか、と。
なのにブルーは、俯いたまま。
赤い瞳も伏せられたままで、視線を上げようともしない。
(…何か深刻な相談事か?)
そうだろうか、と思ったけれども、ブルーの表情。
何故だか、妙に心細そうな感じに思える。
相談事を抱えている時、そんな表情を見せるだろうか。
(…まさか、具合が悪いのか?)
それなら分かる、とピンと来た。
せっかくの休日を、無駄にしたくはないのだろう。
具合が悪いと両親に知れたら、ベッドの住人なのだから。
(…なるほどな…)
朝から我慢していたんだな、と改めてブルーを観察した。
ただ怠いだけか、熱があるのか、いずれにしても体調不良。
ついに限界といった所で、けれど「辛い」と言ったなら…。
(俺だって、ベッドに放り込むとも!)
そして、お母さんに御注進だ、と心の中で大きく頷く。
そうなってしまえば、今日のブルーに自由は無い。
お茶もお菓子も片付けられて、代わりに薬で…。
(お母さんにも俺にも、寝てろと言われて…)
ベッドで寝ているしかなくなる。
夕食だって、ダイニングで揃ってとはいかないだろう。
(食欲が無いなら、野菜スープは作ってやるが…)
飯は此処で食うことになるんだろうな、と分かっている。
客人の自分は、ブルーの両親とダイニングで食事なのに。
(…それが嫌だから、ずっと黙っていたんだろうが…)
今も黙っていたいのだろうに、身体は限界。
だから「あのね」と切り出したものの、言えないのだろう。
言えばどうなるかは、嫌と言うほど分かっているから。
困ったもんだ、とハーレイが心で零した溜息。
とはいえ、放ってもおけない。
もっと具合が悪くなってしまったら、自分だって困る。
(ご両親にも申し訳ないが、俺だって…)
ブルーが寝込んでしまったならば、悲しくて辛い。
どうして早めに寝かせなかったか、「俺のせいだ」と。
そう思ったから、ブルーに問い掛けることにした。
「お前、具合が悪いんだろう?」
「…えっ?」
ブルーは弾かれたように顔を上げ、赤い瞳を瞬かせた。
「どうして分かっちゃったの?」と。
「様子を見てれば分かるってな。それでだ…」
熱っぽいのか、と重ねて訊いたら、俯いたブルー。
「違うよ」と、「凍えちゃいそう」と。
「凍えそうって…。寒気がするのか?」
「ううん、ホントに凍えちゃいそうで…」
冷たいんだよ、とブルーは自分の身体を抱き締めた。
「とても寒くて、冷たくって」と。
(…右手か!)
メギドで凍えちまった右手、とハーレイの背が冷たくなる。
前のブルーが最期に失くした、右手に持っていた温もり。
(そういえば、明け方、ちと寒かったぞ…)
そのせいで冷えて、悪夢を見たのか、とゾクリとした。
ブルーが恐れるメギドの悪夢。
(そりゃ、心細そうな顔になるわけだ…)
俺としたことが、と自分の頭を殴りたい気持ち。
全く気付いていなかった上に、間抜けな質問をするなんて。
「すまん、気付いてやれなくて…。すぐ温めてやるからな」
俺の温もりで治るんだろう、と言ったら輝いたブルーの顔。
「本当に?」と、「ぼくを温めてくれるの?」と。
「当たり前だろうが、何を言ってる」
右手を出せ、と促した。
俺の温もりを分けてやるから」と、「すぐ温まるさ」と。
ところがブルーは、「違うんだよ」と首を左右に振った。
「凍えちゃいそうなのは、心なんだよ」と。
「…はあ?」
心だって、とハーレイは目を丸くした。
「どういう意味だ?」と。
そうしたら…。
「えっとね、ハーレイがキスをしてくれないから…」
寂しくて悲しくて凍えちゃいそう、と訴えたブルー。
「すぐ温めてくれるんだよね」と、「ぼくにキスして」と。
「馬鹿野郎! よくも騙してくれたな、お前!」
メギドだと思っちまったじゃないか、と軽く握った拳。
ブルーの頭に、コツンとお見舞いするために。
「俺の心が凍えたじゃないか」と、「大嘘つきめ」と…。
凍えちゃいそう・了
