「あのね、ハーレイ…」
そう言ったきり、俯いてしまったブルー。
二人きりで過ごしていた休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「…おい、ブルー?」
どうしたんだ、とハーレイはブルーの顔を覗き込んだ。
言いにくいことでもあるのだろうか、と。
なのにブルーは、俯いたまま。
赤い瞳も伏せられたままで、視線を上げようともしない。
(…何か深刻な相談事か?)
そうだろうか、と思ったけれども、ブルーの表情。
何故だか、妙に心細そうな感じに思える。
相談事を抱えている時、そんな表情を見せるだろうか。
(…まさか、具合が悪いのか?)
それなら分かる、とピンと来た。
せっかくの休日を、無駄にしたくはないのだろう。
具合が悪いと両親に知れたら、ベッドの住人なのだから。
(…なるほどな…)
朝から我慢していたんだな、と改めてブルーを観察した。
ただ怠いだけか、熱があるのか、いずれにしても体調不良。
ついに限界といった所で、けれど「辛い」と言ったなら…。
(俺だって、ベッドに放り込むとも!)
そして、お母さんに御注進だ、と心の中で大きく頷く。
そうなってしまえば、今日のブルーに自由は無い。
お茶もお菓子も片付けられて、代わりに薬で…。
(お母さんにも俺にも、寝てろと言われて…)
ベッドで寝ているしかなくなる。
夕食だって、ダイニングで揃ってとはいかないだろう。
(食欲が無いなら、野菜スープは作ってやるが…)
飯は此処で食うことになるんだろうな、と分かっている。
客人の自分は、ブルーの両親とダイニングで食事なのに。
(…それが嫌だから、ずっと黙っていたんだろうが…)
今も黙っていたいのだろうに、身体は限界。
だから「あのね」と切り出したものの、言えないのだろう。
言えばどうなるかは、嫌と言うほど分かっているから。
困ったもんだ、とハーレイが心で零した溜息。
とはいえ、放ってもおけない。
もっと具合が悪くなってしまったら、自分だって困る。
(ご両親にも申し訳ないが、俺だって…)
ブルーが寝込んでしまったならば、悲しくて辛い。
どうして早めに寝かせなかったか、「俺のせいだ」と。
そう思ったから、ブルーに問い掛けることにした。
「お前、具合が悪いんだろう?」
「…えっ?」
ブルーは弾かれたように顔を上げ、赤い瞳を瞬かせた。
「どうして分かっちゃったの?」と。
「様子を見てれば分かるってな。それでだ…」
熱っぽいのか、と重ねて訊いたら、俯いたブルー。
「違うよ」と、「凍えちゃいそう」と。
「凍えそうって…。寒気がするのか?」
「ううん、ホントに凍えちゃいそうで…」
冷たいんだよ、とブルーは自分の身体を抱き締めた。
「とても寒くて、冷たくって」と。
(…右手か!)
メギドで凍えちまった右手、とハーレイの背が冷たくなる。
前のブルーが最期に失くした、右手に持っていた温もり。
(そういえば、明け方、ちと寒かったぞ…)
そのせいで冷えて、悪夢を見たのか、とゾクリとした。
ブルーが恐れるメギドの悪夢。
(そりゃ、心細そうな顔になるわけだ…)
俺としたことが、と自分の頭を殴りたい気持ち。
全く気付いていなかった上に、間抜けな質問をするなんて。
「すまん、気付いてやれなくて…。すぐ温めてやるからな」
俺の温もりで治るんだろう、と言ったら輝いたブルーの顔。
「本当に?」と、「ぼくを温めてくれるの?」と。
「当たり前だろうが、何を言ってる」
右手を出せ、と促した。
俺の温もりを分けてやるから」と、「すぐ温まるさ」と。
ところがブルーは、「違うんだよ」と首を左右に振った。
「凍えちゃいそうなのは、心なんだよ」と。
「…はあ?」
心だって、とハーレイは目を丸くした。
「どういう意味だ?」と。
そうしたら…。
「えっとね、ハーレイがキスをしてくれないから…」
寂しくて悲しくて凍えちゃいそう、と訴えたブルー。
「すぐ温めてくれるんだよね」と、「ぼくにキスして」と。
「馬鹿野郎! よくも騙してくれたな、お前!」
メギドだと思っちまったじゃないか、と軽く握った拳。
ブルーの頭に、コツンとお見舞いするために。
「俺の心が凍えたじゃないか」と、「大嘘つきめ」と…。
凍えちゃいそう・了
「ねえ、ハーレイ。神様ってさ…」
ちょっと酷くない、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然、真剣な顔で。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「酷いって…。いったい何があったんだ?」
今日のお前は元気そうだが、とハーレイの方も首を傾げた。
いきなり「神様は酷い」と言われても、意味が掴めない。
ブルーが風邪でも引いていたなら、直ぐに納得するけれど。
(せっかくの休日に風邪だなんて、と言うのなら…)
不満たらたらになって当然、神様を恨みもするだろう。
とはいえ、今日のブルーは至って普通。
虚弱な身体の持ち主にしても、この様子なら充分、健康。
(なのに、神様は酷いってか?)
分からんぞ、と首を捻っていると、ブルーが重ねて言った。
「だって、本当に酷いんだもの」と。
「あのね…。ハーレイは、今は、何歳?」
急に投げ掛けられた質問。
「神様は酷い」と、どう繋がるのか分からない。
けれど、答えないと、話は進んでくれないだろうし…。
「俺の年なら、お前と同じでウサギ年だから…」
二十四歳、足すだけだな、と指を右手で二本、左手で四本。
「干支が二回り違うんだから、そうなるだろう」と。
「ほらね、やっぱり酷いんだってば」
神様はさ、とブルーは桜色の唇を尖らせた。
「違いだけでも二十四年」と、「ぼくは十四歳なのに」と。
「なるほどな…。お前の不満は、だいたい分かった」
チビに生まれたのが嫌なんだな、とハーレイは大きく頷く。
「俺より遥かに年下のチビで、子供な件か」と。
「そう! だって、あんまりすぎるんだもの」
不公平だよ、とブルーは膨れた。
「ハーレイだけ、先に大人にして」と、「酷いってば」と。
ブルーが言うには、条件は、もっと平等にすべき。
同じに生まれ変わらせるのなら、年齢の方も公平に、と。
「そう思わない? ちょっと酷いと思うんだけど…!」
この年の差はどうかと思う、とブルーは更に言い募る。
「もっと縮めてくれなくっちゃ」と、「公平にね」と。
(…要するに、自分がチビなのが嫌で…)
もっと大人でいたいんだろうが…、とハーレイにも分かる。
ブルーの気持ちは理解出来るし、確かに思わないでもない。
「ブルーが、もっと大人だったら良かったのに」と。
結婚出来る十八歳になっていたなら、今頃は、とうに…。
(一緒に暮らしていたんだろうしな)
ちゃんと結婚式を挙げて、と思ったことは何度もある。
「どうして、こうなっちまったんだ」と。
ブルーが二十四歳も年下の、チビに生まれて来るなんて。
この差が、せめてニ十歳なら、結婚出来る年なのに、と。
「黙っちゃったってことは、ハーレイだって同じでしょ?」
そうなんでしょ、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「神様は、ちょっと酷いと思う」と「不公平だよ」と。
(……うーむ……)
確かにな、と頷きそうになるのだけれども、どうだろう。
ブルーと自分を、生まれ変わらせてくれた存在が、神。
青く蘇った水の星の上に、前の生と同じ姿までつけて。
(この上、俺まで文句を言ったら…)
バチが当たってしまいそうだ、と頭の中で懸命に考える。
どうすれば「不公平」な現状を、違うと否定出来るかと。
(公平だったら、どうなるんだろうな?)
年の差が二十四も無ければ…、と数える数字。
「ニ十歳でも、大きすぎるか」と、「不公平だな」と。
(…そうなってくると…)
妥当な数字は、五年くらいといった所か。
いや、五年でも大きいだろうか、三年くらい…。
(そうだな、三年くらいとすると…)
どんなもんだ、と想像してみて、「それだ!」と閃いた。
「公平だったら、大変だぞ」と。
「俺も、ブルーも、困っちまう」と、「とんでもない」と。
これならいける、とブルーを真っ直ぐ見詰めて言った。
「不公平な方がいいと思うぞ」と。
「えっ…?」
なんで、とブルーは即座に抗議したけれど。
「公平だったら、結婚だって出来ていたよ」と言うけれど。
「お前の目当ては、やっぱりソレか。しかしだな…」
公平にするなら、年の差は三年くらいだろう。
お前が十四歳だと、俺は十七、同じ学校の生徒だな。
つまり、お前が、前のお前と同じ姿になる頃も…。
俺は素敵に若いわけだが、それでいいのか、若い俺でも?
どうなんだ、と尋ねてやったら、ブルーは叫んだ。
「不公平でいい!」と。
「二十四歳違ってもいいよ」と、「公平だと、嫌」と。
「ほほう…。若い俺だと、頼りにならん、と」
「そうじゃないけど! そうじゃないんだけど…」
やっぱり嫌だ、と騒いでいるから、これでいい。
神様がくれた新しい命に、文句をつけてはいけないから。
たとえ少々不満があっても、そこは我慢をすべきだから…。
不公平だよ・了
「ねえ、ハーレイ」
少し気になっていたんだけど、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、ハーレイを見詰めて。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(…来た、来た、来た…)
いつものヤツが、とハーレイは心で苦笑した。
これからブルーが投げて来るのは、唐突な質問。
休日の午後によくあることで、中身の方も分かっている。
(どうせ、ロクでもないヤツで…)
真面目に聞くだけ無駄ってモンだ、と学習済み。
とはいえ、無視することも出来ないし…。
「気になるって、いったい何が気になるんだ?」
一応、話を聞いてやろう、と微笑み掛けた。
「話して、お前の気が済むならな」と。
そう言ってやれば、答えが返ると思ったのに。
勢い込んで喋り出しそうなのに、そうではなかった。
ブルーは逆に黙ってしまって、おまけに顔も俯き加減。
(…どうなってるんだ?)
もしかして深刻な問題だろうか、と急に心配になって来た。
いったい何処から話せばいいのか、悩むくらいの心配事。
「…おい。そいつは、俺には話し辛いのか?」
どんなことだって聞いてやるが、とブルーの瞳を覗き込む。
「ダテに長生きしちゃいないしな」と。
「今の俺なら、お前より、ずっと年上なんだ」と。
するとブルーは、「怒らない?」と赤い瞳を瞬かせた。
「ハーレイの御機嫌、悪くなるかも」と、真剣な顔で。
「ホントに前から気になってたけど、言えなくって」と。
(…うーむ…)
こいつは判断に迷う所だ、と悩ましい。
ロクでもないことが待っているのか、そうではないのか。
(…しかしだな…)
本当に深刻な悩みだったら、放っておくなど、男が廃る。
これでもブルーの恋人なのだし、おまけに教師。
(よし…!)
正面から受け止めてみるとするか、と腹を括った。
「怒らないから話してみろ」と、笑みを浮かべて。
「俺の心は、そんなに狭くはないからな」と。
「前から気になっていたと言ったな、何なんだ?」
どうやら俺のことらしいが、と尋ねたら、ブルーは頷いた。
「そうなんだけど…。ハーレイ、ぼくが嫌いなんでしょ?」
「はあ?」
「だからね、ぼくが嫌いなんでしょ?」
そうだよね、と俯いてしまったブルー。
「きっとそうだと思ってるから」と、「ぼくが嫌い」と。
「なんだって…?」
どうして、そういうことになるんだ、と驚いたハーレイ。
ブルーを嫌ったことなど無いし、もちろん嫌いな筈が無い。
前の生から愛し続けて、再び巡り会えたのに。
小さなブルーと出会った時から、恋の続きをしているのに。
嫌うことなど有り得ないのに、何故、勘違いされるのか。
けれどブルーは、俯いたまま。
「…ホントのことなんか、言えないよね」と呟いて。
「だって、ハーレイ、守り役だから」と。
「おいおいおい…。俺はお前を嫌っちゃいないぞ」
嫌ったことなど一度も無いが、とブルーに語り掛けた。
「前からだなんて、とんでもない」と。
「でも…。それ、前のぼくがいたからでしょ?」
だからだよね、とブルーは顔を伏せたまま。
「今のぼくとは違うんだもの」と、「何もかも、全部」と。
(…こいつは困った…)
ますます答えに悩んじまう、とハーレイが眉間に寄せた皺。
ブルーには何か魂胆があるのか、本当に勘違いなのか。
勘違いをしているのだったら、急いで誤解を解かなければ。
(しかしだ、何か企んでるなら…)
好きだと答えを返したが最後、ブルーの罠に落っこちる。
(ホントに好きなら、証拠をちょうだい、って…)
言い出すんだぞ、と読めているから、動けない。
下手に動けば罠に落ちるし、もしも罠ではなかった時は…。
(…やっぱり、ぼくが嫌いなんだ、と…)
誤解したままになっちまうし、と眉間の皺が深くなる。
気付いたブルーは、「やっぱりね…」と溜息を零した。
「ハーレイ、答えられないんでしょ?」
嫌いだなんて言えないから、と赤い瞳に滲んだ涙。
「ごめんね」と、「ハーレイを困らせちゃって」と。
「御機嫌、悪くなっちゃったでしょ」と。
「そうじゃないんだ…!」
俺はお前が嫌いじゃない、と思わず腰を浮かせたハーレイ。
「ずっと好きだ」と。
「お前がチビでも大好きなんだ」と、「お前だしな」と。
そうしたら…。
「本当に?」
パッと輝いたブルーの顔。
「それじゃ、キスして」と、「好きな証拠に」と。
「馬鹿野郎!」
いつものヤツか、とブルーの頭に落とした拳。
「悩んだ分だけ損をしたぞ」と、「してやられた」と。
銀色の頭に軽くコツンと、ブルーにお仕置きするために…。
嫌いなんでしょ・了
「ねえ、ハーレイ…」
ちょっとお願いがあるんだけれど、とブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、愛らしく。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(…お願いだって?)
こいつはロクなことではないぞ、と内心、思ったハーレイ。
小さなブルーの「お願い」とくれば、まず間違いなく…。
(ぼくにキスして、というヤツなんだ!)
その手に乗るか、とハーレイは腕組みをして問い返した。
「ほほう…。今日は、どういうお願いなんだ?」
中身によっては聞いてやろう、と先に釘を刺す。
「聞けるお願いと、そうでないのがあるからな」と。
するとブルーは、「分かってるよ」と素直に頷いた。
「だって、ハーレイのお腹にも、都合があるもんね」と。
「はあ?」
あまりにも予想外の返事に、ハーレイがポカンと開けた口。
腹具合とは、いったい何のことだろう、と。
(昼飯だったら、さっき食ったし、今はケーキで…)
今日のケーキも美味いんだが、と眺めるベリーのケーキ。
もちろん、ブルーの母の手作り、当然、美味しい。
(…だが、俺の腹具合とブルーに、何の関係が…?)
分からんぞ、と首を捻っていたら、ブルーが重ねて言った。
「ぼくが欲しいの、ハーレイのケーキなんだけど」と。
「ケーキだって?」
お願いというのはソレなのか、とハーレイの目が丸くなる。
そんな「お願い」は、考えさえもしなかったから。
けれどブルーは、ハーレイの皿を指差して…。
「あのね、そこのベリーが挟まってるトコ…」
美味しそうだよ、と無邪気に微笑む。
「ぼくのケーキも美味しいんだけど、ハーレイのがね」と。
(……ふうむ……)
言われてみれば、と改めてブルーのと比べたケーキ。
どちらもベリーをサンドしたもので、切り分けた一切れ。
(確かに、同じケーキからカットしたって…)
見た目は、ちょいと変わってくるよな、と納得した。
ブルーの皿のケーキに比べて、ベリーが少し多めな印象。
(こいつは、ブルーが欲しくなるのも…)
無理はないかもしれないな、と可笑しくなった。
「なるほど、それで腹具合か」と。
ブルーにケーキを分けてやったら、その分、取り分が減る。
たかがケーキを少しとはいえ、ブルーにすれば…。
(食が細いから、うんと大きな量ってわけだ)
俺が腹ペコになる可能性、と想像がつくブルーの思考。
「ぼくがケーキを分けて貰ったら、お腹が減るかも」と。
「ハーレイは、身体が大きいものね」などと。
(可愛いじゃないか)
たまにはマトモなことも言うな、と嬉しくなった。
「今日の「お願い」は普通だったか」と。
しかもケーキが欲しいだなんて、子供らしくて可愛いから。
そういうことなら、とハーレイは大きく頷いた。
「よしきた、俺のケーキだな?」
お前は、どのくらい食えるんだ、とケーキを指差す。
「欲しい分だけ切ってやるから」と、「一口分か?」と。
「えっとね…。食べ過ぎちゃうと駄目だから…」
一口分で、とブルーが言うから、フォークで切った。
欲しいと言われたベリーの部分を、「これでいいか?」と、
ベリーが多めに入るようにと、加減して。
「ほら、ご注文のケーキだぞ」
皿を寄越せ、とケーキをフォークに刺そうとしたら…。
「それじゃ駄目だよ!」
フォークじゃ駄目、と抗議の声を上げたブルー。
「お皿に移すっていうのも駄目」と、「それは違うよ」と。
「なんだって?」
じゃあ、どうやって食うと言うんだ、と首を捻った。
フォークも駄目で、皿に移すのも駄目だなんて、と。
そうしたら…。
「決まってるでしょ、口移しだよ!」
まず、ハーレイの口に入れてね、と赤い瞳が煌めいた。
「それから、ぼくの口に入れてよ」と、笑みを浮かべて。
「小鳥みたいで、ちょっといいでしょ」と。
「そうやって餌を持って来るよね」と、得意そうに。
(口移しだと…!?)
つまりキスってことじゃないか、と分かったから。
ブルーの魂胆が判明したから、軽く握った右手の拳。
「馬鹿野郎!」
その手に乗るか、とブルーの頭をコツンとやった。
口移しでケーキを食べようだなんて、早すぎるから。
「お前にキスは早すぎるんだ」と、「口移しもな」と…。
一口ちょうだい・了
「あのね、ハーレイのお父さんとお母さんって…」
怒ると怖い? と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に何の前触れも無く。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
ハーレイの両親の話などは、していなかったものだから…。
「はあ? いきなり、急にどうしたんだ?」
なんだって親父たちなんだ、とハーレイは目を丸くした。
ブルーの両親の話も出てはいないし、まるで無い切っ掛け。
けれどブルーは「気になったから」と、赤い瞳を瞬かせた。
「ハーレイのお父さんたちは、怖いの?」と。
普段は優しそうだけれども、怒った時には怖いのかな、と。
「俺の親父と、おふくろか…」
それは、まあな、とハーレイは苦笑しながら頷いた。
生徒の前では言えないけれども、ブルーだったら、と。
「いいな、他の生徒には言うんじゃないぞ?」
絶対、調子に乗りやがるからな、とブルーに釘を刺す。
「ハーレイ先生の威厳が台無しだしな」と、キッチリと。
「うん、分かってる。それで、本当に怖いわけ?」
小さなブルーは興味津々、身を乗り出して聞いている。
「いつもは怒らないんだが…。俺が悪さをした時には…」
そりゃ怖かったな、文字通りに雷が落ちるというヤツだ。
おやつ抜きとかは当たり前だったし、お前の両親とは…。
随分違うな、とブルーに微笑み掛ける。
「お前なんかは、叱られたって怖くないだろう?」と。
おやつ抜きの刑を食らいはしないし、甘い筈だ、と。
「うん、パパとママは優しいよ。叱るだけだし」
罰は無いよね、とブルーは両親を自慢した。
「ホントに、とっても優しいんだから」と、得意そうに。
「そりゃ良かった。俺も安心していられるな」
優しいお父さんたちで、とハーレイの胸も温かくなる。
ブルーが幸せでいてくれることが、何よりだから。
するとブルーは、首を傾げて、こう言った。
「でしょ? だからね、言い付けようと思うんだ」
「言い付ける?」
誰に、何を、とハーレイはポカンと口を開いた。
「決まってるでしょ、ハーレイのお父さんたちにだよ」
ハーレイがとっても意地悪なこと、とブルーは胸を張る。
「キスをくれないことはともかく、ゲンコツだってば」と。
いつも頭をコツンとやるから、叱って貰う、と。
「なるほどなあ…。それは親父も怒りそうだが…」
お前を苛めているとなったら、とハーレイは吹き出した。
「だが、どうやって、言い付けるんだ?」と。
「親父たちの家、知っているのか」と、「連絡先は?」と。
「あっ…」
どっちも知らない、とブルーがしょげるものだから。
「それじゃ叱って貰えないよ」と小さな肩を落とすから…。
「ふむ、今回は俺の勝ちだってな」
だからゲンコツはお見舞いしないし、安心しろ。
それにいつでも言い付けていいぞ、とクックッと笑う。
「親父たちは、とても怖いからな」と。
「未来の嫁さんを苛めたとなれば、ゲンコツだろう」と。
言い付けられるわけがないから、可笑しくて。
連絡先が分かる頃には、キスを交わしているだろうから…。
言い付けてやる・了