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カテゴリー「拍手御礼」の記事一覧

「ねえ、ハーレイ。今のぼくって…」
 モテそうだって思わない、と小さなブルーが投げた質問。
 二人きりで過ごす休日の午後に、首を傾げて。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? モテそう、って…」
 お前がか、とハーレイはポカンと口を開いた。
 確かにブルーは、モテそうではある。
 十四歳にしかならないチビと言っても、その顔立ちは…。
(…前のあいつと瓜二つだから、ミニサイズの…)
 ソルジャー・ブルーそのものだしな、と頷くしかない。
 モテない方が不思議だけれども、何故、今、言うのか。
(…もしかして、クラスの女の子にでも…)
 告白されているんだろうか、と頭に浮かんだ考え。
 「有り得るよな」と、「でもって、俺に相談なのか?」と。


 そういうことなら、話を聞いてやるべきだろう。
 もちろん、ブルーに新しい恋人なんぞは…。
(ブルーが認める筈もないんだが、認めたとしても…)
 却下だ、却下、と、些か狭量な相談相手だけれど。
 「教師としては、まだ早いとしか言えんしな?」などと。
(まだまだチビだし、恋をするには早いんだ!)
 自分のことは棚に上げるぞ、と腹を括って、向き合った。
 どんな答えが返って来るのか、こちらを見ている恋人に。
「そう訊くってことは、誰かに告白されたのか?」
 お前のクラスの女の子か、とブルーに尋ねる。
 「名前は言わなくてもいいぞ」と、「どうなんだ?」と。
 するとブルーは、「ううん」と首を左右に振った。
「まだだけど…。告白はされていないんだけど…」
「ふうむ…。熱い視線を感じるとかか?」
 気が付くと、視線が追い掛けてるとか、と質問を変える。
 そうでなければ、プレゼントでも置かれていたか、と。


(…女の子ってヤツは、そんな所もあるからなあ…)
 打ち明ける勇気が出て来ないから、見ているだけ。
 傍目にも明らかな恋心なのに、告白出来ずに、遠巻きに。
(ついでに、差出人不明のプレゼントってのも…)
 ありがちだよな、とハーレイ自身にも覚えがある。
 柔道と水泳の選手で鳴らしていた頃、よく貰っていた。
 お菓子や花束、贈り主の名は無いのだけれど…。
(…熱烈なメッセージがくっついていて…)
 俺のファンだと分かるんだよな、と思い出す青春時代。
 チビのブルーにも、その種のファンが出来ただろうか、と。
 けれど、ブルーは「そうじゃなくって…」と瞳を瞬かせた。
 「今じゃなくって、これからのこと」と。
「これから…?」
 よく分からんぞ、と首を捻ったハーレイ。
 いったいどういう話だろうかと、サッパリ謎だ、と。
「分かんない? 今のぼくだよ、モテそうでしょ?」
 育ったらね、とブルーは誇らしげに自分の顔を指差した。
 「だって、ソルジャー・ブルーにそっくりだもの」と。


 否定は出来ない、ブルーの言葉。
 遥かな時の彼方の英雄、ソルジャー・ブルーは大人気。
 写真集が何冊も出ているくらいで、美貌で名高い。
「それはそうだが…。それがどうしたんだ?」
 モテたら、何がどうなるんだ、と分からないブルーの思考。
 どうして自分にそれを訊くのか、その理由さえも。
(…まさかと思うが…)
 コレか、と一つ思い当たったから、顔を顰めた。
「お前なあ…。俺はモテない、と言いたいんだろうが…」
 前の俺はモテなかったんだが、とブルーを軽く睨み付ける。
 「生憎だったな」と、「今度の俺は、モテたんだ」と。
「知ってるよ。ハーレイだって、モテたほどだし…」
 ぼくだと、もっとモテるでしょ、とブルーは笑んだ。
「だからね、浮気しちゃおうかな、って」
「浮気だって!?」
「うん。だって、ハーレイ、うんとケチだし…」
 いつか仕返ししなくっちゃね、とブルーが覗かせた舌。
 ペロリと、悪戯っ子のように。
 「ハーレイ、キスをしてくれないから、お返しにね」と。


そう来たか…!)
 まずいぞ、とハーレイの背に伝う冷汗。
 もしもブルーが本気だったら、いつか大きく育った時に…。
(…俺を放って、大勢の女の子に取り囲まれて…)
 浮気なのか、と思うけれども、どうにもならない。
 唇へのキスは贈れないから、将来、浮気されたとしても…。
(どうにも出来んし、こいつの良心に期待するしか…)
 無いんだよな、と神妙な表情で頭を下げた。
 「浮気は、無しで頼みたいんだが」と。
 「俺にはお前だけしかいないし、浮気は困る」と。
 どうか浮気はしないで欲しいと、「この通りだ」と…。



         モテそうだから・了







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「あのね、ハーレイ…。聞きたいんだけど…」
 フグの恋人はフグだよね、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? フグって…」
 フグというのは魚のフグか、とハーレイは目を見開いた。
 どうしていきなり、そうなるのか、と。
(…フグだって?)
 フグなんぞ、影も形も無いぞ、とテーブルの上を眺め回す。
 紅茶の入ったカップと、ポット。
 ブルーの母が焼いたケーキが載っている皿。
 何処にもフグは隠れていないし、カップや皿の絵柄にも…。
(…フグも魚も、まるで描かれちゃいないんだがな?)
 いったい何処からフグが来たんだ、と見当もつかない。
 それまでの会話も、フグとは関係無かったから。


 まさに降って湧いた、フグという単語。
 しかもブルーの質問は…。
(フグの恋人は、フグなのか、と…)
 どういう意味だ、と謎だけれども、無視も出来ない。
 目を白黒とさせている間も、ブルーは黙って待っている。
(…もうちょっと、質問の意図ってヤツを、だ…)
 言ってくれると助かるんだが、と考えた末に問い掛けた。
「お前の言うフグは、魚のフグで合ってるんだな?」
「そうだよ、違うって言ってないでしょ?」
 それでどうなの、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
 「フグの恋人はフグだよね?」と。
「いや、だから…。何なんだ、その恋人ってのは?」
「恋人は、恋人に決まってるじゃない!」
 ぼくとハーレイみたいな恋人、とブルーは即答した。
 「他にどんなのがあるって言うの」と、真面目な顔で。
 「フグに恋人がいるって時には、フグだよね?」と。


(…本当に、あのフグなのか…)
 魚なのか、とハーレイは軽い頭痛を覚えた。
 理由はサッパリ分からないけれど、フグが問題。
 ブルーの頭を占めているのは、フグの恋人はフグか否か。
(…どう考えても、フグだよなあ…?)
 フグにも色々いるわけなんだが、と溜息と共に口を開いた。
「…そうなるだろうな、フグの恋人はフグだろう」
 いるとしたらな、とも付け加えた。
 フグのカップルはピンと来ないし、魚が恋をするかどうか。
(…鳥や動物なら、つがいってヤツも…)
 あるんだがな、と思うけれども、魚の場合はどうだろう。
 子孫を残してゆくにあたって、恋をするのか分からない。
(求愛のダンスをする魚、ってのも…)
 いると聞くけれど、その求愛が恋かどうかは本当に謎。
 けれど、ブルーは満足そうに頷いた。
「そっか、やっぱりフグなんだね!」
 フグの恋人はフグになるんだ、と嬉しそうな顔をして。
 「それを聞いたら安心しちゃった」と、瞳を煌めかせて。
 「つまり、フグの恋人も、フグってことだね」と。


(おいおいおい…)
 そんなに喜ぶようなことか、と不思議で堪らないハーレイ。
 フグの恋人がフグだというのは、自然の法則の一つだろう。
(…同じフグという種族の中なら、色々と…)
 品種の違った組み合わせも、あるいはあるかもしれない。
 トラフグとクサフグの血が混じるとか、そういったこと。
 けれども、それが種族の限界。
 フグの恋人が鯛になったり、ヒラメになったりしはしない。
(…あくまでフグには、フグなんだがな?)
 そう思ったから、ブルーに向かって言った。
 「フグの恋人は、フグ以外には有り得ないぞ」と。
 「他の魚ってことは無いんだ、絶対にな」と。
 するとブルーは、「そうでしょ!」と顔を輝かせた。
 「だから、ハーレイもフグなんだよね」と、最高の笑顔で。
 「フグ以外には有り得ないよ」と、「今、言ったもの」と。


(…フグだって!?)
 この俺がか、と文字通り言葉を失ったけれど。
 本当に言葉が出ないけれども、ブルーは歌うように続けた。
「だってね、ぼくはハコフグだもの」
 「ハーレイ、いつもそう言ってるでしょ」と、得意げな顔。
 「ぼくの頬っぺた、押し潰しては、ハコフグだ、って」と。
「……それで、俺までハコフグなのか……?」
 フグの恋人はフグだからか、と、やっとのことで返したら。
 「俺はお前の恋人なんだし、俺もフグか」と尋ねたら…。
「だって、ハコフグの恋人でしょ?」
 それが嫌なら、ぼくの頬っぺた、潰さないで、という答え。
 「だって何度も膨れるもの」と、「キスをくれるまで」と。
「なるほどな…。だったら、フグでいるとしよう」
 ついでに、フグはキスをしない、とニヤリと笑ってやった。
 「フグの世界には、キスは存在しないしな」と。
 「俺もお前も、そういう世界の住人だろう?」と。
 「実に平和な世界だよな」と、「それで構わん」と…。




           フグの恋人は・了







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「ねえ、ハーレイ。ぼく、お料理は…」
 全然、詳しくないんだけれど、とブルーが持ち出した話題。
 二人きりで過ごす休日の午後に、何の前触れも無く。
 料理の話はしていなかった筈だけれども、突然に。
 だから、ハーレイは、首を傾げた。「料理だって?」と。
「なんだ、いきなり、どうしたんだ?」
「お料理だってば、ホントに分かってないんだけれど…」
 前のぼくだった頃も含めて、と小さなブルーは肩を竦めた。
 「ホントのホントに、全然、ダメ」と。
「ふうむ…。まあ、今のお前も、やってないしな」
 お母さんが作ってくれるんだから、とハーレイは笑う。
 「料理上手な人がいるんじゃ、そうなっちまう」と。
 料理をするのが好きだったならば、別だけれども、と。
「そうなんだよね…。ハーレイは好きで、得意なんだよね」
 今のハーレイも、前のハーレイも、と頷くブルー。
 「料理には、うんと詳しそう」と。


(…いきなり料理の話と来たぞ)
 お茶の時間の最中なんだが、とハーレイは首を捻った。
 ブルーの母が焼いたケーキと、香り高い紅茶。
 どちらも料理の話題には…。
(繋がりそうにないんだがな?)
 昼飯だって普通だったぞ、と思い出すメニュー。
 それとも今夜は、何か特別な料理が出ると言うのだろうか。
(…その可能性もあるが、どうなんだ?)
 分からんな、と考えていたら、ブルーが続けた。
「詳しそうだから、確認だけど…。お料理の食材って…」
 新鮮な方がいいんだよね、という質問。
 「食べるんだったら、新鮮な間がいいんでしょ?」と。
「ほほう…。夕食は鍋なのか?」
 鮮度の話が出るんだったら、魚介類か、と尋ねてみた。
 「お父さんが釣りに出掛けたとか、そんなのか?」と。
「そうじゃないけど…。ちょっと質問」
 晩御飯が何かは知らないよ、とブルーは首を横に振った。
 「ママには何も聞いてないもの」と「関係無いよ」と。


「ただの興味というヤツか…。まあ、そうだな」
 新鮮な間が一番だよな、とハーレイは大きく頷いた。
 「古くなったら、美味くなくなっちまうから」と。
 鮮度が落ちてしまわないよう、冷凍する手もあるけれど。
 保存用に加工する手もあるのだけれども、食べるのが一番。
 その食材が新鮮な間に、それに似合いの調理法で。
 今ならではの食べ方だったら、魚なら、刺身。
「そっか、お刺身…。新鮮じゃないとダメだよね…」
「そうだろう? 活きのいい間に捌かないとな」
 新鮮な魚は実に美味い、とハーレイは笑む。
「 釣った魚を、その場で食うのは最高だぞ」と。
「美味しそう! ハーレイのお父さん、釣り名人だし…」
 いいよね、とブルーは羨ましそう。
 「ハーレイも、食べたことがあるんだ」と、「いいな」と。
「美味いんだぞ。お前も、いつかは連れてってやる」
 親父とおふくろに紹介したらな、と瞑った片目。
 「そしたら、みんなで釣りに行こう」と。


「約束だよ? 凄く楽しみ!」
 連れて行ってね、とブルーは大喜びで赤い瞳を輝かせた。
 「ハーレイのお父さんに、釣りを教わるんだ」と。
「その前に、大きくならんとな? しっかり食って」
「うん。新鮮な間に食べるのがいいんだよね!」
 そうなんでしょ、と確認されたから、苦笑した。
 「おいおい、お母さん任せのくせに」と。
 「お前は自分で作らないだろ」と、「昔も今も」と。
「…そうだけど…。ハーレイは自分で作れるから…」
 特に今はね、と真っ直ぐ見詰めて来るブルー。
 「家でお料理しているんでしょ」と、「殆ど毎日」と。
「当然だろうが、一人暮らしをしてるんだから」
 食材にも気を付けているぞ、と自信たっぷりに返す。
 「買い出しの時は、新鮮なのを選んでいるな」と。
 魚はもちろん、野菜も、それに果物も、と。
 そうしたら…。


「だったら、新鮮な間に食べるべきだよ」
 鮮度が落ちたらダメなんでしょ、とブルーが言った。
 「放っておくなんて、絶対、ダメ」と。
「…何の話だ?」
 何処に、そういう食材が、とテーブルの上を確認する。
 ケーキの上には、フルーツは載っていないのに、と。
「分からない? 此処にあるでしょ、新鮮なのが!」
 ぼくの唇、とブルーが指差す自分の唇。
 「ハーレイ、ちっとも食べないんだもの」と。
 「育ったら鮮度が落ちてしまうよ」と、「新鮮な間に」と。
「馬鹿野郎!」
 それは別だ、とブルーの頭にコツンと軽く落とした拳。
 「ついでに言うなら、肉というヤツは違うんだ」と。
「肉ってヤツはな、熟成させてから食うモンだ!」
 覚えておけ、と食材の知識もぶつけておいた。
 「新鮮すぎる肉は、美味くないんだ」と。
 「肉は熟成させるモンだ」と、「お前もだな」と…。



           新鮮な間に・了








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「あのね…。ぼく、ハーレイに…」
 謝らなくちゃ、とブルーが突然、曇らせた顔。
 二人きりで過ごす休日の午後、お茶の時間の真っ最中に。
 向かい合わせで座ったテーブル、其処で項垂れて。
「…なんだ、いきなり、どうしたんだ?」
 お前、何もしていないだろうが、とハーレイは途惑った。
 今の今まで、和やかに笑い合っていたから、尚のこと。
 ブルーが謝るようなことなど…。
(何一つ無いと思うんだがな?)
 それとも今日のことじゃないのか、と記憶を辿るハーレイ。
 昨日は学校で何かあったか、その前は…、と。
(……いや、何も……)
 無い筈だが、と考える間に、思い当たったことが一つ。
(…さては、今日の菓子か…)
 きっとそうだな、と心の中で頷いた。
 ブルーの母が焼いたケーキは、美味しいのだけれど…。


(パウンドケーキじゃないんだ、うん)
 俺の大好物のヤツな、と考えただけで胸が弾むケーキ。
 ハーレイの母が作るケーキと、そっくり同じ味がするもの。
 多分、ブルーは、母に頼もうとしたのを忘れていて…。
(違うケーキになっちまった、と)
 そういうことか、と納得したから、ブルーに笑顔を向けた。
「謝らなくてもいいんだぞ? 大した事じゃないんだから」
 俺は何にも気にしちゃいない、とケーキを口へと運ぶ。
 「パウンドケーキは、またの機会に取っておくさ」と。
 けれど、ブルーは、「そうじゃないよ」と首を横に振った。
「ぼくが謝らなくちゃ駄目なの、ケーキじゃなくて…」
 前のぼくがやってしまったこと、と赤い瞳が伏せられる。
 「ぼく、ハーレイを置いてっちゃった」と。
「はあ?」
「忘れてないでしょ、メギドの時だよ」
 あの時、置いて行っちゃったから…、と小さくなる声。
 「ハーレイ、独りぼっちになっちゃった」と。
 「ぼくも一人になっちゃったけれど、ハーレイも…」と。


(なんだって…!?)
 そりゃまあ、そうには違いないが…、とハーレイは慌てる。
 前から何度も、ブルーはそれを詫びて来た。
 「ホントにごめん」と「ハーレイだって辛かったよね」と。
 それを言うのなら、ブルーの方が、もっと辛かったのに。
 最後まで持っていたいと願った、温もりを失くして。
 「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、泣きじゃくって。
(右手が凍えて、泣きながら死んでいったのが…)
 前のあいつで、今も引き摺ってる、と充分、承知している。
 今でも右手が冷えてしまうと、ブルーは思い出すのだと。
 肌寒い夜には、メギドの悪夢を見たりもする、と。
(そんなブルーに比べたら…)
 俺なんかは、問題にもならん、と心から思う。
 「ブルーが謝ることなどは無い」と。
 何も謝る必要は無いし、これからだって、と。
 だからブルーの瞳を見詰めて、温かな笑みを湛えて言った。
 「気にするな」と。
 「お前は謝らなくていいんだ」と、「本当にな」と。


 そう言ったのに、ブルーは「ううん」と、悲しそうな顔。
 「それじゃ、ハーレイに悪いもの」と。
 「お願いだから、謝らせてよ」と、縋るような目で。
「謝るなと言っているだろう? だが、それで…」
 お前の気が済むと言うのなら、とハーレイは返してやった。
 「喜んで詫びを受け入れてやる」と、「実に光栄だ」と。
「本当に? だったら、ちょっと目を瞑ってくれる?」
 お詫びのプレゼントを渡したいから、と微笑んだブルー。
 「目を瞑ってね」と、「その間に、ちゃんと渡すから」と。
「プレゼント?」
「そう、ぼくからのお詫びの印」
 だから目を閉じて待っていてね、とブルーは瞳を輝かせる。
 「ほんのちょっとの間だから」と。
 「うんと楽しみに待っていてよ」と、「お詫びの印」と。
(……はて……?)
 何をくれると言うのだろう、と思いながらも目を閉じた。
 どんなプレゼントを渡されるのか、少しドキドキしながら。
 そうしたら…。


(…ちょっと待て…!)
 ブルーが近付いて来る気配。
 すぐ側まで来たら、屈み込んで…。
「馬鹿野郎!」
 ハーレイが、カッと開いた両目。
 目の前にいるブルーを片手で捕まえ、もう片方の手で…。
「キスのプレゼントは、断固、断る!」
 クソガキめが、と銀色の頭に落とした拳。
 コツンと、痛くないように。
 「その手は食うか」と、「騙された俺が馬鹿だった」と…。



          謝らなくちゃ・了









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「ねえ、ハーレイ。…忘れたんでしょ?」
 ホントのところは、と小さなブルーが、いきなり尋ねた。
 二人きりで過ごす休日の午後に、首を傾げて。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 忘れたって…」
 何の話だ、とハーレイの方も首を捻った。
 あまりにも唐突過ぎる質問、思考回路が付いて行かない。
(…お母さんのケーキは、やっぱり美味いな、と…)
 そういう話をしていたのに、と眺めるパウンドケーキ。
 ブルーの母が焼くパウンドケーキは、絶品で…。
(おふくろの味とそっくりなんだが、それについては…)
 忘れることなど無い筈だが、と額を指でトントンと叩く。
 おふくろの味を忘れはしないし、もちろん、レシピも…。
(俺が焼いても、この味わいにはならないだけで…)
 忘れやしない、と頭の中で確認するレシピ。
 バターと小麦粉、卵と砂糖を1ポンドずつ入れるんだ、と。


 忘れる方が難しそうな、パウンドケーキのレシピの分量。
(全部の材料を、1ポンドずつ使うから…)
 ポンド、すなわちパウンドケーキ、と、そのままの名前。
 前の生では、作った覚えが無いけれど…。
(今じゃすっかり、馴染みのケーキで…)
 おまけに、ブルーのお母さんのは美味いんだ、と緩む頬。
 小さなブルーも、「練習するから」と言っているほど。
(…もしかして、それか?)
 その件だろうか、とピンと来たから、恋人に微笑み掛けた。
 「覚えてるぞ」と、自信を持って。
「お前、作ってくれるんだったな、パウンドケーキ」
 今は無理だが、いずれはお母さんに教わるんだろう、と。
 うんと楽しみに待っているから、腕を磨けよ、と。
「えっと…? やっぱり忘れてしまってるよね…?」
 その約束はしたけれど、とブルーは、フウと溜息をついた。
 「ケーキの話は今のことでしょ」と、「前のことだよ」と。
「前のことだと?」
 今じゃなくてか、と思い当たった前の生。
 そっちで何かがあったろうかと。


(…前の俺だった時に、パウンドケーキ…?)
 作った覚えは全く無いぞ、と厨房時代を振り返ってみる。
 手書きのレシピ集を作っていたほど、頑張ったけれど…。
(菓子も色々作ってたんだが、パウンドケーキは…)
 とんと覚えていないんだがな、と困ってしまった。
 「本当に、忘れちまったのか?」と。
 何か特別な思い出があった、とても大切なケーキのことを。
 そうだとしたなら、謝らなければ。
 前のブルーとの大事な思い出、その欠片を取り戻すために。
 小さなブルーが覚えていること、その話に耳を傾けて。
 だから素直に謝った。
 「すまん」と、深く頭を下げて。
「…すまない、忘れちまったようだ。俺としたことが…」
 本当にすまん、と心の底からブルーに詫びる。
 「この通りだから、教えてくれ」と。
 「お前が今も覚えていること、それを俺に」と。
 そうしたら…。


「いいよ、そのまま動かないでね」
 そっちに行くから、とブルーの瞳が煌めいた。
 「キスのやり方を教えてあげる」と、「覚えてるから」と。
「キスだって!?」
「うん。忘れちゃったから、ぼくにキスしないんでしょ?」
 そうだよね、と勝ち誇った顔のブルーがやって来たから…。
「馬鹿野郎!」
 よくも騙しやがって、と銀色の頭に落とした拳。
 コツンと、痛くないように。
 「悪ガキめが」と、「俺はすっかり騙されたんだ」と…。




          忘れたんでしょ・了










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