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カテゴリー「拍手御礼」の記事一覧
「あのね、ハーレイって…」
 狡いんだから、と小さなブルーが少し険しくした瞳。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「狡いって…。俺がか?」
 何かしたか、とハーレイはテーブルの上を見回した。
 ブルーの母が運んで来た紅茶は、ポットに入って二人分。
 それぞれのカップにも注がれていて、砂糖もミルクも…。
(充分だよな?)
 おかわりの分もたっぷりあるし、と視線はケーキへ。
 こちらは一人分ずつ、お皿に載せてあるけれど…。
(俺のケーキが、ブルーの分よりデカイってことは…)
 ないと思うが、と大きさを目だけで比較してみる。
 既に胃袋に収まった分も、くっついていると仮定して。
(…大して変わらん筈だがな?)
 それにパウンドケーキでもないぞ、と首を捻った。
 そうだったならば、「狡い」というのも分かるんだが、と。


 ブルーの母が焼くパウンドケーキは、ハーレイの好物。
 好き嫌いは無いハーレイだけれど、それとは別。
(俺のおふくろが焼くパウンドケーキと…)
 同じ味だからな、と改めて思う、ブルーの母が焼くケーキ。
 ブルーもそれを知っているから、母に注文する時もある。
 「次の土曜日は、パウンドケーキを焼いてよね」などと。
(…しかしだ、今日は違うケーキで…)
 狡いと言われる筋合いは無い、と不思議になる。
 いったい何が「狡い」というのか、見当もつかない。
(それとも、俺用にパウンドケーキを注文出来るのに…)
 ブルーは注文出来ないからか、と顎に当てた手。
 「これがいいな」と、ケーキを注文出来ないとか、と。
 けれど、そんなことは無いだろう。
 ブルーの両親はブルーに甘いし、小さなブルーは甘え放題。
 きっと普段から、あれこれ注文をつけている筈。
 「今日のおやつは、これがいいな」と指定して。
 学校から帰る時間に焼き上がるように、ケーキやクッキー。
 そういう日々に決まっているから、「狡い」などとは…。


(…何処から出て来て、何を指すんだ?)
 サッパリ分からん、と考え込んでいたら、ブルーが尋ねた。
「何が狡いか、分かってないの?」
 本当に、と赤い瞳が睨んで来る。
「ぼくより先に生まれて来ちゃって、うんと大きくて…」
 大人じゃない、とブルーは唇を尖らせた。
 「絶対、狡いと思うんだよね」と、「酷いじゃない」と。
 「ぼくのことをチビって、馬鹿にしちゃって」と。
プンスカと怒り始めたブルー。
 「ハーレイ、ホントに狡いんだから」と、睨みながら。
 「あんまりだってば」と、「先回りしちゃうなんて」と。
(…そう言われてもなあ…?)
 こればっかりは、とハーレイは溜息をついた。
 ハーレイ自身に責任は無いし、どうすることも出来ない話。
 いくら「狡い」と責め立てられても、身体も年も…。
(ガキだった頃には、戻せないしな?)
 その上、俺がチビになると…、と思った所で気付いたこと。
 もちろん自分も困るけれども、ブルーの方も困るのだ、と。


(…よし、それだ!)
 それでいくぞ、とブルーと真っ直ぐ向き合った。
 「いいか」と、「よく聞いてから、考えろよ?」と。
「要するに、俺が先に生まれたのが狡いんだな?」
 そうだろう、と念を押したら、ブルーは大きく頷いた。
「うん、さっきから言ってるじゃない!」
「分かった、俺が悪かった。今度の俺は、大いに狡い」
 ズルをしちまって申し訳ない、とブルーに頭を下げる。
 「ちゃんと合わせるべきだったよな」と、「前の俺に」と。
「…前のハーレイ?」
 なあに、とブルーが瞳を丸くするから、ニッと笑った。
「そのままの意味だ、俺はお前より、ずっと後にだ…」
 生まれて来ないと駄目なんだよな、とニヤニヤしてみせる。
 「だから、悪いが、もう十年ほど待ってくれ」と。
 「いや、もっとかも」と、「前のお前は年寄りだった」と。
 なんと言っても前のブルーは、かなり年上だったから…。


「俺が狡いと言うんだったら、お前もきちんと待つんだぞ」
 俺が生まれて来るまでな、と言った途端に上がった悲鳴。
 「ごめんなさい!」と。
 「もう言わないよ」と、「狡くないよ」と。
 「今のハーレイは大人でいいよ」と、泣きそうなブルー。
(…勝った!)
 今日は勝ったぞ、とハーレイはクックッと笑い始める。
 「そうそう毎回、負けてたまるか」と、「大勝利だ」と…。



         狡いんだから・了






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「ねえ、ハーレイ。草や木とかが育つのには…」
 光や水が必要だよね、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、窓の外へと目を遣って。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「ああ、まあ…。簡単に言えば、そういうことだな」
 光と水があれば、最低限はいける筈だ、とハーレイは頷く。
 草や木などの植物たちは、光合成をして生きるもの。
 太陽の光を、生きる力に変えてゆく。
 光合成をするために必要な葉を、育ててゆくには…。
(水ってことだな)
 そいつがあれば、種から芽が出てくるから、と。
(…しかし、今日のは…)
 随分と変わった話題じゃないか、と不思議ではある。
 ブルーは植物に無関心ではないけれど…。
(…季節の花とか、珍しい植物とか…)
 その手の話が多いタイプで、育つ過程はさほどでもない。
(はて…?)
 何かあったか、とブルーに尋ねてみることにした。
 どうして、植物が育つ話なのか。


「草や木が育つのに光や水って、急に、どうしたんだ?」
 種か苗でも貰ったのか、と真正面から投げ掛けた問い。
 一番有り得るのが、それだと思ったから。
 ブルー自身が貰わなくても、母が貰って来ただとか。
 けれどブルーは、「ううん」と首を左右に振った。
「そんなの、貰わないけれど?」
「じゃあ、なんだって、光や水って…」
 何処から思い付いたんだ、と重ねて尋ねる。
 植物を育てるアテも無いのに、いきなりどうした、と。
「えっとね…。光や水だけで、ちゃんと育つと思う?」
 立派な植物、とブルーは窓の外の木を指差した。
 庭で一番大きな木。
 その木の下には、白いテーブルと椅子がある。
 ブルーと初めてのデートをした場所、ブルーのお気に入り。
「あの木か…。あれほど大きくなるには…」
 光と水だけじゃ、ちょっと無理だな、とハーレイは答えた。
 ブルーは質問に答えていなくて、逆に質問なのだけど…。
(無視するわけにもいかんしな?)
 きちんと答えてやらないと、と大きな木を眺めて説明する。
 「さっきも言ったが、光と水は最低限だ」と。
 「大きく立派に育つためには、養分も要る」と。


 光合成だけで生きる植物は、けして少ないとは言えない。
 とはいえ、野山や庭に生えている草木や、農作物などは…。
(…養分が無いと、サッパリなんだ)
 ブルーも知ってると思うんだが、と零れる苦笑。
 なにしろ理科の基本なのだし、下の学校で教わる内容。
「お前、学校で習っただろう? 光合成の他にもだな…」
 養分ってヤツが必要なこと、とブルーを見詰める。
 「まさか寝ていて、聞いてないわけじゃないだろう?」と。
「居眠りなんか、してないってば!」
 腐葉土とかが要るんだよね、とブルーは返した。
 「他にも色々」と、「痩せた土だと駄目なんだよ」と。
「なんだ、分かっているんじゃないか。なのにだな…」
 何を今更、俺に訊くんだ、と赤い瞳を覗き込む。
 「分かっているなら、訊かなくても」と。
 「何か育てるわけでもないのに、何故、訊くんだ」と。
するとブルーは、「分からない?」と瞬きをした。
 「全然、ちっとも育たないのが、此処にいるでしょ」と。
 「ぼくの背、少しも伸びないんだよ」と。
 再会した日から、一ミリさえも育たないのがブルーの背丈。
 それは間違いないのだけれど…。


(おいおいおい…)
 マズくないか、とハーレイの胸に嫌な予感が広がってゆく。
 植物の話だと思っていたのに、どうやら中身が違いそう。
 ハーレイの不安を見透かしたように、ブルーは口を開いた。
 「分かってるの?」と、とても真剣な顔で。
「いい、ハーレイ? 草や木だって、大きくなるには…」
 養分が欠かせないんだよ、とブルーの赤い瞳が瞬く。
 「ぼくが少しも育たないのは、養分不足なんだから」と。
「養分って…。お前、少ししか食わないんだし…」
 栄養が足りていないんだろう、と返したけれど。
 それで済むことを祈ったけれども、ブルーは首を横に振る。
「違うでしょ! ハーレイがキスしてくれないからだよ!」
 だから、いつまでもチビのまま、と頬を膨らませるブルー。
 「そのせいで背が伸びないんだよ」と、「養分不足」と。
 前のブルーのように育つには、愛情も要る、と。
 「そう思わない?」と、ブルーは譲らないけれど。
 「育たないのは、ハーレイのせい」と、言い張るけれど…。


「其処まで言うなら、今日から、食え」
 しっかりとな、とハーレイは腕組みをして、反撃に出た。
 「お母さんにも言っておくから、充分に食え」と。
「ちょ、ちょっと…!」
 そんなの無理、とブルーは慌てるけれども、ニヤリと笑う。
 「養分が足りていないんだろう?」と。
「まずは、一ヶ月ほど、しっかり食って様子を見よう」
 「それで駄目なら考えてもいい」と、「食うことだ」と。
 「柔道部員並みの量を食べれば、足りるだろう」と。
 お母さんにメニューを渡しておくから、努力しろよ、と…。



        大きくなるには・了






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「ねえ、ハーレイって…」
 臆病だよね、と小さなブルーが恋人にぶつけた言葉。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に何の前触れも無く。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(臆病だって?)
 この俺がか、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
 言われた言葉が、あまりにも信じられなくて。
 「臆病だよね」などと指摘されても、心当たりは全く無い。
 自分の場合は、どちらかと言えば…。
(…臆病じゃなくて、豪胆ってヤツで…)
 ブルーも知ってる筈なんだが、と解せないブルーの言葉。
 何処からそういうことになるのか、何故、言われたのか。
(……嫌な予感しかしないんだがな……)
 こいつに直接、訊くしかないか、とハーレイは腹を括った。
 聞こえなかったふりをしたって、無駄だろうから。

 案の定、じっとこちらを見ているブルー。
 恋人が何と返して来るのか、待ち構えていると分かる表情。
 ハーレイは大きく息を吸い込み、赤い瞳を見詰めて尋ねた。
「お前なあ…。臆病って、誰が臆病なんだ?」
「誰って、ちゃんと言ったじゃない!」
 ハーレイがだよ、とブルーの答えに迷いは無い。
 恋人の視線を真っ直ぐ捉えて、瞳を逸らそうともしない。
 自信満々といった姿勢で、ブルーは再び口を開いた。
「ハーレイ、ホントに憶病だもの。…そう思わない?」
 それとも自分じゃ分からないかな、とブルーは首を傾げる。
 「自分じゃ強いと思ってるかも」と、「ありがちだよ」と。
「おいおいおい…。お前、本気で言ってるのか?」
 俺が臆病なヤツだなんて、とハーレイが指差す自分の顔。
 「いったい、何処が臆病なんだ」と、「逆だろうが」と。
 けれどブルーは、「ううん」と首を左右に振った。
 「そう言ってるけど、臆病だよ」と。
 「ホントは夜道も怖いかもね」と、「お化けが出るし」と。

(…お化けが出るから、夜道が怖い、と…?)
 だったら、此処にも通えないぞ、とハーレイは呆れた。
 ブルーの家を訪ねた時には、いつも夕食を御馳走になる。
 それから帰ってゆくわけだから、帰りは、当然…。
(夜道になってしまうんだが…!)
 いくら車で帰るとはいえ、夜道は夜道。
 お化けは車を避けないだろうし、出る時は出て来るだろう。
 道の真ん中に立ち塞がったり、上から落ちて来たりして。
(しかし俺はだ、いつも夜道を帰って行って…)
 怖いと言ったことなど無いが、とブルーをまじまじと見る。
 「何を考えてるのか、サッパリ分からん」と。
 なのにブルーは、畳み掛けるように、こう言った。
「どう考えても、臆病だとしか思えないけど?」
 絶対、ぼくにキスしないもの、と勝ち誇った顔で。
 「キスして、歯止めが利かなくなるのが怖いんでしょ」と。
 「だから怖くてキスしないんだよ」と、「臆病だから」と。

(そう来たか…!)
 とんでもないことを言いやがって、とハーレイは頭が痛い。
 確かに、当たっていないこともないのが、ブルーの台詞。
(うっかり唇にキスしちまったら…)
 止まらなくなってしまいそうだ、と恐れていることは事実。
 そうならないよう作った決まりが、「キスはしない」こと。
 チビのブルーが、前のブルーと同じ背丈に育つまで。
 キスだけで止まらなくなってしまっても、大丈夫なように。
(…当たってはいるが、不本意すぎるぞ…!)
 臆病はともかく、夜道の方は…、と嘆いた途端に閃いた。
 「これだ」と、素晴らしいが反論が。
 勝った気でいるチビのブルーを、ペシャンコにする方法が。

(よし…!)
 やるぞ、とハーレイは、「困った表情」を浮かべてみせた。
「…降参だ。隠してたんだが、バレちまったか…」
 するとブルーの顔が輝き、「じゃあね…」と微笑む。
「臆病だなんて、柔道部員にバレたら困るでしょ?」
 キスの代わりにデートでいいよ、と出された条件。
 「それで黙っておいてあげる」と、ドライブでもいい、と。
(やっぱり、そういう魂胆か…!)
 そうはいかん、とハーレイは、ゆったり腕組みをした。
「いや、俺は臆病者だから…。バレたからには…」
 もういいよな、とニヤニヤと笑う。
 「実は、夜道が怖いんだ」と。
 「晩飯を食ってから、夜道を帰るのは怖すぎてな」と。
「えっ、ちょっと…!」
 待って、とブルーは真っ青だけれど、知らんぷり。
 「これからは、外が明るい間に帰らせて貰うぞ」」と。
 「仕事の帰りも寄らないから」と、「暗くなるしな」と…。



         臆病だよね・了







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「あのね、ハーレイ…」
 ぼくの髪の毛なんだけど、と小さなブルーが指差した頭。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 髪の毛が、どうかしたのか?」
 何も絡まってはいないようだが、とハーレイも目を遣る。
 ブルーの綺麗な銀色の髪に。
 前のブルーと全く同じに、整えられたヘアスタイル。
 ブルーは、銀色の髪を示して、こう言った。
 「切っちゃおうかな?」と。
「髪の毛を…? 切りに行くには、まだ早くないか?」
 そんなに伸びてはいないだろう、とハーレイは首を傾げた。
 この前、ブルーが髪をカットしに行ったのは…。
(…今よりも、もっと伸びてた時で…)
 今だと、かなり早すぎるような…、とハーレイでも分かる。
 下手に切ったら、「ソルジャー・ブルー風」にならない髪。
 うんと短くなってしまって、ただのショートカットに…。
(…なりそうだがな?)
 どうなんだろう、と湧き上がる疑問。
 「それとも、プロだと違うのか?」とも。


 ハーレイには、行きつけの理髪店がある。
 店主は、キャプテン・ハーレイの熱烈なファン。
(俺が行くのを、楽しみに待っていてくれて…)
 それは見事に、キャプテン・ハーレイ風に仕上げてくれる。
 お蔭で、今でも前の生の頃と全く同じに…。
(キャプテン・ハーレイでいられるわけだが…)
 ブルーの場合も、その辺の事情は変わらない。
 「ソルジャー・ブルーにそっくりだから」と、今の髪型。
 幼い頃から、ずっと「ソルジャー・ブルー風」。
(…同じ店に通い続けているなら、担当もいるし…)
 少し早めに出掛けて行っても、普段通りになるのだろうか。
 「お待たせしました」と、ソルジャー・ブルー風の髪型に。
(…そりゃまあ、プロはプロだしなあ…)
 素人とは違うのかもしれん、と勝手に納得したのだけれど。
「ハーレイ、聞いてる?」
 切っちゃおうかと思うんだよ、とブルーが再び口を開いた。
 「今より、うんと短めに」と。
 クラスメイトがやってるみたいな、ショートカット、と。


「なんだって!?」
 本気で短くする気なのか、とハーレイは仰天してしまった。
 普通の男子生徒の髪と言ったら、ブルーの髪の長さの…。
(半分どころの騒ぎじゃなくて、だ…)
 生徒によっては、丸刈りに近い者だっている。
 其処まで短くしないにしたって、前のブルーとは…。
(似ても似つかない髪になっちまうんだが!)
 想像もつかん、とブルーの顔を、まじまじと見る。
 「いったい、どうなってしまうのだろう」と。
 「ちゃんとブルーに見えるだろうか」と、「別人かも」と。
 けれどブルーは、涼しい顔で頷いた。
 「ショートカットにしたって、いいと思うんだよね」と。
「だって、頑張って伸ばしていても…」
 手入れが面倒なんだもの、とブルーが指に絡めた髪。
 「寝癖もつくし」と、「ハーレイも前に見たじゃない」と。
(…それは確かに、そうなんだが…)
 寝癖がついたままのブルーは、見たことがある。
 つい、からかってしまったけれども、そんな髪でも…。


「もったいないとは、思わないのか?」
 せっかく、お前に似合ってるのに、とブルーを見詰めた。
 「何も短く切らなくても」と、「今のがいいのに」と。
 するとブルーは、「うーん…」と一人前に腕組み。
 「ぼくには、そうは思えないけど」と。
「今のハーレイ、ぼくの髪型なんか気にしてないでしょ?」
 チビだと思って、とブルーは上目遣いに見上げる。
 「だから、短く切ってしまっても、どうでも良さそう」と。
「おいおいおい…」
 俺は大いに気にしているぞ、とハーレイは慌てた。
 いくらチビでも、ブルーは「そっくり、そのまま」がいい。
 前のブルーに似ているのだから、変えるよりかは…。
(今のままがいいに決まってるだろう!)
 そう思うから、それを真っ直ぐ、ブルーにぶつけた。
 「そのままがいい」と。
 「俺は、そいつが気に入っている」と、「今のお前が」と。
 そうしたら…。


「それなら、キスをしてくれないと…」
 ぼくは信じやしないからね、と得意げに微笑んだブルー。
 「キスをちょうだい」と、「唇にだよ?」と。
(…この野郎…!)
 そういう魂胆だったのか、と、やっと分かったものだから。
 ブルーの狙いに気が付いたから、椅子から立ち上がって…。
「よしきた、それなら任せておけ」
 俺が上手に切ってやろう、とニヤリと笑った。
 「お母さんにハサミを借りて来よう」と。
 「無いなら、車でひとっ走りして買って来るから」と。
「ちょっと、ハーレイ…!」
 それは酷いよ、とブルーは悲鳴だけれど。
 「冗談だってば」と、「本気じゃないよ」と必死だけれど。
(たまには、しっかり懲りろってな!)
 今日はお灸をすえてやる、と浮かべた笑み。
 「まあ、任せろ」と。
 「丸刈りだっていいもんだぞ」と、「バリカンでな」と…。



         切っちゃおうかな・了








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「ねえ、ハーレイ。ぼくたち、好き嫌いが無いけれど…」
 前のぼくたちが苦労したから、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「好き嫌い? ああ、お互いに全く無いな」
 せっかく生まれ変わったのに、とハーレイが浮かべた苦笑。
 「食い物の苦労が無い時代なのに、残念だよな」と。
「そうなんだけど…。ホントに、ちょっぴり残念だけど…」
 だけど、試食は大切だよね、とブルーの赤い瞳が瞬く。
 「それに関しては、前のぼくたちの頃でも、同じ」と。
「試食なあ…。確かに、試食は大切だったよな」
 改造前のシャングリラでもな、とハーレイも大きく頷いた。
 まだ厨房で料理をしていた頃には、大切だった試食。
 仲間たちの気に入る料理になるよう、気を配って。


(…俺とブルーは、どんな飯でも食えたんだがなあ…)
 船の仲間たちの方は、そういうわけにはいかなかった。
 アルタミラの檻で餌しか食べられなかった、実験体時代。
 その頃だったら、料理というだけで感激したのだろうに…。
(…喉元過ぎれば何とやら、というヤツで…)
 いつの間にやら、すっかり舌が肥えてしまった仲間たち。
 キャベツだらけのキャベツ地獄や、ジャガイモ地獄でも…。
(なんとか工夫して、味や調理法を変えないと…)
 これは飽きた、と出て来る文句。
 「またジャガイモか」だとか、「またキャベツか」とか。
 そんな仲間たちの口に合うよう、前の自分は試行錯誤した。
 炒めてみるとか、揚げてみるとか、重ねた工夫。
 そうやって厨房で、様々な料理を試作していたら…。
(まだチビだった前のこいつが、ヒョイと現れて…)
 覗き込んでは、「何が出来るの?」と尋ねて来た。
 その度、「食ってみるか?」と、差し出していた試食用。
 「みんなの口に合うと思うか?」と、意見を聞きに。


 鮮やかに蘇った、名前だけだった頃のシャングリラ時代。
 前のブルーと試食を繰り返した、懐かしい厨房。
 生まれ変わった今の自分も、やはり試食を大切にする。
 とはいえ、新しい調理法を試すよりかは…。
(味見と言うか、こう、店とかで出しているヤツを…)
 試食してみて、買うかどうかを決めるのがメイン。
 同じ買うのなら、美味しいものを買いたいから。
(好き嫌いが無いのと、味音痴とは違うからなあ…)
 試食するのが一番なんだ、と考えていたら…。
「今のハーレイも、試食は大切だと思うでしょ?」
 だったら、試食してみるべきだよ、とブルーが言った。
 「でないと味が分からないしね」と、「気に入るかも」と。
「はあ? 試食って…?」
 何をだ、とテーブルの上を眺め回した。
 特に変わった菓子などは無いし、紅茶も定番の銘柄の筈。
(…これから何か、出て来るってか?)
 新作の菓子か、珍しい紅茶とかが…、と思ったけれど。
 そういう試食だと、頭から信じていたのだけれど…。


「あのね、コレ!」
 ぼくの唇、とブルーが指差した自分の唇。
 「子供の頃のは知らないでしょ」と、「前のぼくのも」と。
 「だから試食」と、「美味しいかどうか試してみて」と。
「そういうことか!」
 馬鹿野郎、とブルーの頭に落とした拳。
 コツンと軽く、痛くないように。
 「そんな試食は断固断る」と、「悪ガキめが」と…。



          試食は大切・了









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