(ハーレイの家、近ければいいのにね…)
近所だったら良かったのに、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は平日、学校で授業を受けて来た日。
けれどハーレイが訪ねて来てくれて、夕食までの時間を二人で過ごした。
この部屋で色々な話をして。
休日のようにはいかないけれども、充実の時間。
母が「夕食をどうぞ」と呼びに来るまでは。
部屋の扉を軽くノックし、支度が出来たと知らせるまでは。
夕食は両親も一緒に摂るから、二人きりとはいかないけれど。
食後のお茶も、今日は両親も一緒だったし、この部屋では飲めなかったのだけれど。
(でも、ハーレイが来てくれたから…)
来てくれない日よりは、ずっといい。
食後のお茶を飲んだ後には、「またな」と帰ってしまっても。
ガレージに停めてあった車に乗り込み、軽く手を振って走り去っても。
(近いけど、ぼくには遠すぎるんだよ…)
ハーレイが帰って行った家。
前のハーレイのマントと同じ濃い緑色の車、その車のためのガレージがある家。
何ブロックも離れているから、窓から見たって屋根さえ見えない。
「ハーレイの家は、あっちの方」と眺めてみても。
間に幾つも家があるから、家の庭にある木々たちも何本も挟まるから。
(ハーレイには近いらしいけど…)
この家と、ハーレイの家との間。
晴れた週末には歩いて来るのがハーレイなのだし、実際、とても近いのだろう。
柔道と水泳で鍛えた身体にとっては、大した距離ではないという。
此処まで歩いて来る途中には、回り道までしているハーレイ。
「ちょっと早いな」と思った時には、道を外れて。
その日の気分で遠回りをして、顔馴染みになった猫に会いに行ったり。
ジョギングも趣味にしているハーレイ、もっと長い距離でも平気で走る。
歩くどころか、普通の人なら直ぐに疲れるような速さで。
ジョギング中のハーレイを見たことは無いけれど…。
(柔道部の生徒たちと一緒に、朝の走り込み…)
それをするのを何度も見たから、かなり速いと想像がつく。
グラウンドを何周も走ってゆくのに、ハーレイはとても速いから。
「遅いぞ!」と柔道部員たちを叱って、軽々と走ってゆくのだから。
あの足だったら、この家までの距離も短いことだろう。
ジョギングのコースに、此処を入れてはいないだけのことで。
(元から、こっちに走って来てたら別だけど…)
そうではなかった、お決まりのコース。
此処は普通の住宅街だし、近所の人しか走ってはいない。
それも何処かへ走って行く時と、其処から帰って来た時と。
(…広い公園の方まで走りに行くとか、もっと遠くの方まで行くとか…)
目標地点も、選ぶコースも、走る人次第。
けれど普通は住宅街の中を選びはしなくて、あまり見かけないジョギング中の人。
この家の庭や、窓からは。
前の通りを歩いていたって、走ってゆく人は顔馴染み。
(みんな、近所の人ばかりだし…)
ハーレイにしても、同じこと。
一度だけ遊びに行ったあの家、あそこを拠点に走り始める。
住宅街の中を走って、其処から表通りなどに出て。
(帰る時には、その逆になって…)
行った先から走って戻って、また入ってくる住宅街。
違うコースを通るにしたって、何処かで家への道と重なる。
その道沿いに住んでいたなら、走るハーレイに出会えるのだろう。
朝なら「おはようございます!」と。
昼間だったら「こんにちは!」で、夕方だったら何と言うのだろう…?
ハーレイの家が近かったならば、この家の近所だったなら。
家の前の道が、ジョギングコースになっていた可能性はある。
何処かへ向かって走ってゆく時、住宅街を抜ける間に通るコースに。
(そしたら、早起きするのにな…)
今よりもずっと、それこそ暗い内からでも。
ハーレイが通りそうな時間に、表の庭にいられるのなら。
(寝ぼけた顔とか、パジャマだと…)
とても外には出られないから、身支度を整えるための時間も、充分に取れる時間に早起き。
それから庭に出て行って待つ。
「ハーレイ、通ってくれないかな?」と。
一度、そうして見付けて貰えば、次からは通ってくれそうな感じ。
他のコースを取りはしないで、この家の前を通るコースを。
(もう起きたのか、って…)
声だって掛けて貰えるだろう。
「元気そうだな」とか、「睡眠時間、ちゃんと取ってるか?」だとか。
走りながらか、ほんの少し足を止めてくれるか、その辺りはよく分からないけれど。
(止まっちゃったら駄目なのかな…?)
走るペースが乱れてしまうし、止まらない方がいいのかもしれない。
それならばきっと、走りながら手を振ってくれるのだろう。
「走ってくるぞ」と、「帰ってくるまで待っていなくていいからな」と。
言われなくても、待たないけれど。
走るコースは色々なのだし、帰って来る時間は分からない。
それでも、きっと何回か…。
(朝御飯の後で、時計を眺めて…)
そろそろかな、と思った時間に庭に出たりもするのだろう。
運良くハーレイが戻って来たなら、「おかえりなさい!」と手を振りたいから。
長い距離をジョギングして来た後にも、疲れ知らずだろうハーレイ。
そのハーレイが走って来るのを、待ってみたい気もするものだから。
近所だったら出来るのにね、と思う見送り、それに出迎え。
家の前の道が、ハーレイのジョギングコースだったなら。
(だけど、ハーレイの家は遠くて…)
走ってくれない、家の前の道。
ハーレイがいつも走ってゆくのは、ハーレイの家から近い場所にある家の前だけ。
その家の一つに住んでいたなら、どんなに素敵だったろう。
ジョギングに出掛けるハーレイに手を振り、出迎えだって出来たなら。
(それに、家から近かったら…)
自分にとっても、ハーレイの家の辺りは通り道になる。
学校の行き帰りには通らないとしても、母に頼まれてお使いに行く時だとか。
(ちょっと散歩、って歩く所にあるだとか…)
そういう所に家があるなら、ハーレイも「通るな」とは言わない。
ハーレイの家に遊びに行くのは、今は「駄目だ」と禁止になっているけれど…。
(ぼくの通り道で、前を通って行くだけなら…)
きっと「駄目だ」とは言われない。「俺の家の前を通るな」とも。
中に入りさえしないのだったら、家の前は「ただの道」だから。
人も車も通る道路で、公共の道という所。
(歩いてる時に、ハーレイが庭に出ていたら…)
声を掛けても叱られはしない。
むしろ黙って通り過ぎる方が変で、失礼というものだから。
(…「ハーレイ先生」じゃなくてもいいよね…?)
学校ではなくて、家の近所でのこと。
親しげに話し掛けたとしたって、敬語は抜きでの会話だって。
顔馴染みのご近所さんたちだったら、そんな風にも話すから。
お孫さんがいるような年の人にでも、「その花の名前、なんて言うの?」という風に。
だからハーレイが「ご近所さん」なら、要らない敬語。
「ハーレイ先生」と呼ばなくても良くて、ただの「ハーレイ」。
歩いている時に見掛けたら。生垣の向こうで、ハーレイが何かしていたなら。
(声を掛けたら、来てくれるしね?)
庭仕事などの手を止めて。
「散歩中か?」だとか、「お使いに行く途中か?」とか。
そして始まる立ち話。
生垣を間に挟んでいたって、二人とも立ったままだって。
そうやって楽しく話していたなら、もっといいこともあるかもしれない。
(さっき作ったから、食べてみるか、って…)
ハーレイが家の中に入って、持って来てくれる試食用の何か。
お菓子を作っている日もあるらしいから、クッキーとか、ケーキの端っこだとか。
(ハーレイの手料理、持って来てなんかくれないけれど…)
「お母さんに気を遣わせちまう」と、何も持っては来ないのだけれど。
近所に住んでいて、たまたま通り掛かった自分だったなら…。
(きっと味見させて貰えるんだよ)
家の中には入れないから、生垣越しとか、門扉の前で。
楊枝に刺して持ってくるのか、小さなお皿に乗っけて「ほら」と差し出されるか。
ほんの一口、それで終わりな試食用。
けれどハーレイが作った何かで、お菓子や、時によっては美味しい料理。
(美味しいね、って味見させて貰って…)
感想を話して、リクエストだって出来そうな感じ。
「今度はこんなのが食べたいな」と、「次に通った時は、ちょうだい」と。
ハーレイは苦笑しそうだけれども、約束してくれるかもしれない。
「お前の運が良かったらな」と、「次はそういうのも作ってみよう」と。
「その日に上手く通り掛かれよ」と、日付は言ってくれないで。
(…ぼくの運次第で、それを作った日に通らなかったら…)
食べることなど出来ないけれども、それも楽しい。
「今度はあれが食べられるかも」と、胸を躍らせて歩くのは。
ハーレイが住んでいる家の前の通りを、お使いや散歩で通るのは。
なんて素敵な毎日だろう、と広がる夢。
ハーレイの家から近かったならば、あの家が近所だったなら。
(だけど、ハーレイの足なら近いってだけで…)
自分の足では、とても歩いて行けない距離。何ブロックも離れた場所。
神様はなんて意地悪だろう、と溜息を零したりもする。
近所だったら幸せなのに、ハーレイの家は遠いから。
今日もやっぱり見送っただけで、ハーレイの家の前を散歩は出来ないから…。
近所だったなら・了
※ハーレイ先生の家が近所だったなら、と思うブルー君。出会えるチャンスは沢山ありそう。
手作りのお菓子や料理も食べられるかも、と夢は大きいですけれど…。近所じゃなくて残念v
(…車だと、近い方なんだがな…)
あいつの家は、とハーレイが思い浮かべたブルーの家。
夜の書斎でコーヒー片手に、今日の帰り道を考えてみて。
平日だったから、朝から学校。
柔道部の朝練が終われば授業で、放課後は柔道部の指導。朝よりもずっと本格的に。
その後は、何も無かった日。
残ってするべき仕事の類も、集まって会議することも。
だからブルーの家に出掛けた。
部活の後でシャワーを浴びたら、柔道着から元のスーツに着替えて。
学校の駐車場にいつも停めておく愛車、濃い緑色のそれを走らせて。
前の自分のマントの色をしている車で走れば、ブルーの家は遠くない。
歩いても充分行ける距離だし、現にブルーと同じくらいの距離を通う生徒は…。
(普通は歩きか、自転車なんだ)
学校までの通学手段は。
体力自慢の生徒だったら、朝、ギリギリに起きて走って来るほど。
「この時間だったら、まだ間に合う」と、朝食を食べたら一気に走り抜くような猛者。
けれどブルーは、そうはいかない。
前と同じに弱く生まれた身体が悲鳴を上げるから。
(走り抜くなんぞは、とんでもなくて…)
家から歩いて来たとしたって、きっとその日はフラフラだろう。
登校だけで体力を使い果たしてしまって、体育の授業があったとしたなら、見学組。
体育でなくても、授業の途中で手を挙げていそう。
「気分が悪いので、保健室に行ってもいいですか」と。少し青ざめた顔をして。
そんなブルーだから、通学手段は路線バス。
行きも帰りもバスで通って、歩きも自転車も夢のまた夢。
それでも実は、それほど遠くはない所にあるブルーの家。
普通の生徒なら歩いて来られて、体力自慢なら走って来たって平気な距離。
もちろん自分も軽く走ってゆけるだろう。その気になったら、その道を選びさえすれば。
そうは思っても、スーツの教師が走れはしない。
おまけに学校には車で通勤、どうしても必要になる車。
(学校までが遠いってわけじゃないんだが…)
同じ学校にずっと勤めはしない仕事で、前の学校は家から遠かった。
フラリと歩いて行ける場所ではなかったのだし、その前にいた学校だって。
(そうやって、車の癖がついちまって…)
一度使えば、便利で手放せなくなってしまうもの。
沢山の資料を運んでゆけるし、クラブの生徒に差し入れをしようという時だって…。
(紙袋とかをドッサリ積み込めるしな?)
車に限る、と考えるわけで、学校の同僚たちの方でも大歓迎。
誰か車で行ける人は、と探している時に「私が行きます」と名乗り出るから。
仕事帰りに食事に行こう、という話が出たって、何人か乗せてゆけるから。
(酒は好きだが、そういう時には我慢だ、我慢)
学生時代に叩き込まれた、「我慢」ということ。
先輩たちが最優先だし、食事も、それに酒だって…。
(思う存分、ってわけにはいかない世界で…)
遠慮しなくてはいけない席なら、先輩たちに譲って我慢。とびきりの美酒があった時でも。
そういう風に育ったお蔭で、「飲みに行きませんか?」という誘いの時も…。
(俺は便利に運転手なんだ)
同僚たちを店まで乗せて運んで、帰りは家まで送り届ける。近い人から順番に。
少しも苦にはならない送迎、そのためにも欠かせない車。
(本格的に飲もうって時なら、家に残して出勤だがな)
生憎とその機会が減っちまったが、と思うのが今の学校に移ってからのこと。
其処で出会ってしまった恋人、チビのブルーがいるものだから。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人が。
(飲みに行ってる暇があったら…)
あいつの家に行ってやりたいからな、と断ってしまうことが多いのが酒席。
食事の誘いも、あまり受けてはいないのが自分。
そうやって通う、ブルーの家。
仕事が早く終わった時には、車に乗って。
ブルーの方でも首を長くして待っているけれど、その家までは…。
(近いようでも、遠いんだよなあ…)
車で走れば直ぐなんだが、と思いはしても、歩いてゆけば距離はそこそこある。
何ブロックも離れているから、二階の窓から覗いてみても、屋根の欠片も見えない場所。
(もうちょっと、近い所だったら…)
近所だったら良かったんだが、と時々、思ったりもする。
今のブルーには、「家には来るな」と言い渡してはあるのだけれど。
(それでも、家が近かったら…)
家の表で、立ち話くらいはしてやれる。
ブルーが前を通り掛かれば、「散歩中か?」などと呼び止めて。
間に生垣を挟んでいたなら、何の心配も要らないから。
(あいつが、前のあいつとそっくりな表情をしたとしてもだ…)
生垣越しでは、そのまま抱き寄せたりは出来ない。
一年中葉を落とさない木たちが、間にズラリと並ぶのだから。
(邪魔と言えば邪魔で、安全だと言えば安全で…)
間違ってもピタリと抱き合えないから、きっと冷静になる自分。
それに人目もあるのが庭で、誰が見ているか分からない。隣近所の家の窓から。
(生垣を挟まなくても、だな…)
ブルーを呼び止めて門扉を出たなら、其処は公道。
信号があるような道ではなくても、近所の人たちの生活道路。
(人は通るし、たまに車も走って行くし…)
やはり気になるのが人目。
ブルーがどんな表情をしても、「俺のブルーだ」と抱き締めたい衝動に駆られても。
(俺の仕事は、近所の人なら知っているしな?)
教え子と抱き合っていたとなったら、間違いなく立つだろう噂。
あまり芳しくないものが。…自分の評価が下がりそうなものが。
それは充分承知なのだし、ブルーと家が近かったならば、自重する。
自制心なら、ちゃんと培ってあるのだから。
(俺の家の中に入れさえしなけりゃ…)
ブルーと何度顔を合わせても、きっと不埒な真似などはしない。
前を通ったのを呼び止めようとも、ブルーの方から声を掛けられようとも。
(時間はいいのか、と確かめてだな…)
いくらでも出来る立ち話。
ブルーがコロコロ嬉しそうに笑って、自分の方でも笑ったりして。
そうやって話して、お互い、満足したならば…。
(気を付けて帰れよ、って手を振ってやって…)
ブルーも「さよなら!」と手を振るのだろう。
「楽しかった」と無邪気な笑顔で、「また来るね」とも。
家に入れては貰えなくても。
いつも生垣越しの会話や、門扉の前での立ち話でも。
(そういうのも楽しそうだよな…)
帰ってゆくブルーを、自分が「またな」と見送る立場。
今はブルーの家に行く度、その逆になっているのだけれど。
「またな」と席を立つのが自分で、今日のように車に乗り込む時やら、歩く時やら。
どちらにしたって「見送られる」方で、ブルーは懸命に手を振っている。
車だったら、きっと見えなくなる時まで。
歩いて帰ってゆく時だって、振り返ってみればブルーの姿。
とっくに夜になっているのに、街灯が灯っている時刻なのに。
(早く入れよ、って手を振るんだが…)
ブルーはいつも、家の中には入らない。
「入れ」と大きく手を振ってみても、「入るように」と身振りで促しても。
家の表で手を振りながら、名残惜しげに立っているブルー。
そうして見送られるのが自分で、ブルーはいつも「見送る」だけ。
家が近かったら、逆になることもありそうなのに。…ブルーを見送れそうなのに。
(うーむ…)
もう少し家が近かったらな、と思わないでもない自分。
こんな風に考えてしまった夜には、「近所だったら良かったんだが」と。
ブルーが欲しがる手料理だって、近ければきっと振舞ってやれた。
家には入れてやれないけれども、「味見するか?」と、生垣越しに差し出して。
「焼いたばかりの菓子なんだが」とか、試食用のを楊枝に刺して。
きっと大喜びだろうブルー。
ほんの小さな欠片にしたって、「美味しいね」と頬張って。
食べた後には笑顔で話して、「またね」と帰ってゆくのだろう。
「今度はこういうのが食べたいな」と、リクエストなども残していって。
(そういうのも悪くないんだが…)
残念なことに、あいつの家は遠いんだ、と浮かべてしまった苦笑い。
これも神様の悪戯だろうかと、「そうそう上手くはいかんのかもな」と。
ブルーの家が近所だったら、色々と楽しそうなのに。
たまにこうして考えてみては、「近かったらな」と夢を広げる夜もあるのに…。
近所だったら・了
※ブルー君の家が近かったらな、と考えてみるハーレイ先生。家の前で出来そうな立ち話。
それにブルー君を見送れるわけで、なんとも素敵ですけれど…。近所じゃないのが残念かもv
(今日は、ちょっぴり聞けただけ…)
それもハーレイ先生の方、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、学校で少し話しただけ。
休み時間に「ハーレイ先生!」と、廊下で呼び止めて。
ほんの少しの立ち話だけで終わってしまった、ハーレイとの時間。
恋人同士の会話は出来ずに、「ハーレイ先生」と話しただけ。
(だけど、ハーレイの声は聞けたし…)
聞けない日よりはよっぽどマシ、と自分の胸に言い聞かせる。
まるで会えない日もあるのだから、そんな日よりかはずっとマシだよ、と。
それに挨拶だけでは終わらず、短い時間でも交わせた会話。
(ぼくが話して、ハーレイが返事してくれて…)
ハーレイからも「元気そうだな」などと言葉を貰った。
「次の授業は何なんだ?」とも訊いてくれたし、耳に届いたハーレイの声。
あの声が好きでたまらない。
古典の授業があった時なら、聞き惚れていると言ってもいいほど。
自分は当てては貰えない日でも、聞いていられるだけで幸せ。
(だって、ハーレイの声なんだもの…)
遠く遥かな時の彼方で、耳にしたのと同じ声。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
同じ声をまた聞けるだなんて、なんと幸せなことだろう。
たとえ「ハーレイ先生」だろうと、自分に向けられた声でなくとも。
(あの声は変わらないものね…)
ホントに少しも変わっていない、と前の自分の記憶と重ねてみる。
前の自分を呼んでくれた声、「ブルー?」と呼び掛けてくれた声。
あの声がとても好きだったのだし、同じ声を聞けるだけで幸せ。
家を訪ねて来てくれなくても、恋人同士の会話は交わせないままに終わった日でも。
そうは思っても残念な気分、「ハーレイ先生の方だったよね」と。
同じ聞くなら、「ハーレイ」の声の方がいい。
誰もに人気の「ハーレイ先生」、どの生徒にも分け隔ての無い先生よりも。
(ぼくだけ、特別扱いの方が…)
断然いいよ、と思ってしまう。
欲張りなのだと分かっていても。…声を聞けたら充分なのだ、と考えても。
(そんな贅沢、ホントは言っちゃ駄目なんだけど…)
神様の罰が当たっちゃうよね、と眺めた右手。
前の自分の最期に冷たく凍えた右手は、今も悲しい記憶を其処に秘めている。
メギドでキースに撃たれた痛みで、失くしてしまったハーレイの温もり。
切れてしまったと思った絆。
(もうハーレイには、二度と会えないんだ、って…)
泣きじゃくりながら死んだ、前の自分。ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
なのに其処から時を飛び越え、青い地球の上に生まれて来た。
ハーレイも先に生まれていたから、奇跡のように叶った再会。
前の自分たちの恋の続きを、今の自分は生きている。
あまりにもチビで、ハーレイはキスも許してくれないけれど。
唇へのキスを貰おうとしたら、いつも叱られてばかりだけれど。
(俺は子供にキスはしない、って…)
額をコツンと軽く小突かれたり、鳶色の瞳で睨まれたり。
その度に「ハーレイのケチ!」と怒って、プウッと膨れていられるのも…。
(神様が新しい命と身体をくれて…)
聖痕をくれて、前の自分とハーレイの記憶を、ちゃんと戻してくれたから。
恋人同士として生きてゆけるよう、青い地球の上で出会えるように。
(ハーレイの声を聞けるのだって…)
そのお蔭だから、言えない贅沢。
「ハーレイ先生」よりも、「ハーレイ」の方がいいなんて。
大好きな声を聞けたというのに、「もっと」と欲を出すなんて。
「ぼくだけ、特別扱いがい」と、我儘な気持ちを持つなんて。
これじゃ駄目だ、と分かってはいる。
好きでたまらないハーレイの声を、今日の自分は聞けたから。
「ハーレイ先生」の方にしたって、ちゃんと話も出来たのだから。
(…まるで会えない時だってあるし…)
ハーレイの古典の授業が無い上、学校の中でも会えずに終わる日。
家に帰って「来てくれるかな?」と待っていたって、チャイムが鳴ってくれない日。
そういう日だって珍しくないし、そんな寂しい日に比べたら…。
(よっぽど幸せで、ツイていた日で…)
ぼくは幸せ、と思いたくても、どうしても出て来てしまう「欲」。
「ハーレイの方が良かったのに」と、「ハーレイ先生よりも、ハーレイがいい」と。
学校で出会って話すよりかは、家で会う方がずっといい。
どんな話題も好きに選べて、使わなくてもいい敬語。
それに叱られてもかまわないなら、「ぼくにキスして」と注文だって。
(言ったら、叱られちゃうけれど…)
あれもハーレイの声なんだよね、と思うと、叱られたい気持ちになる。
額をコツンと小突かれたって、怖い顔をして睨まれたって。
(キスは駄目だ、って叱る声だって…)
大好きな声で、好きでたまらないハーレイの声。
普段の自分は、それを忘れているけれど。
少しも気付きさえもしないで、不満たらたらで膨れっ面。「ハーレイのケチ!」と。
怒ってプウッと膨らませる頬、唇だって尖らせる。
そのままプンスカ怒る日もあれば、ハーレイの手で頬っぺたをペシャンと潰されて…。
(フグがハコフグになっちまったな、って…)
苛められたことも、何回も。
恋人を捕まえて「フグ」で「ハコフグ」、なんとも酷い今のハーレイ。
その「ハコフグ」にしたのは、ハーレイの大きな両手なのに。
頬っぺたを包んで潰してしまって、ハコフグにしてくれたのに。
けれど、そう言って笑っているのも、ハーレイの声。「ハコフグだな」と。
(うーん…)
叱られる時もハーレイの声なら、苛められる時もハーレイの声。
いつも自分は怒って膨れて、機嫌を損ねているけれど…。
(あの声だって、ちゃんとハーレイの声なんだから…)
幸せだと思うべきだろう。
「ハーレイ先生」ではない「ハーレイ」の方しか、そんな真似などしないから。
恋人同士の二人だからこそ、叱られもするし、苛められもする。
「キスは駄目だ」と叱り付ける声も、「ハコフグだぞ」と可笑しそうな声も、ハーレイの声。
(…どっちも、ぼくは怒ってるけど…)
もうプンプンと怒るけれども、ハーレイの声には違いない。
今日は聞きそびれた「ハーレイ」の声で、「ハーレイ先生」からは聞けない言葉。
学校の中でハーレイに会っても、キスを強請れはしないから。
強請れないなら、ハーレイが断るわけもない。
自分の方でも「ハーレイのケチ!」と膨れはしないし、膨れないなら、フグにはならない。
フグの頬っぺたをペシャンと潰された、「ハコフグだ」という顔にもならない。
(…叱られちゃっても、フグでハコフグでも…)
それを言うのはハーレイの声で、今日の自分は聞けてはいない。
聞いたら「ケチ!」と怒るけれども、膨れっ面になるけども…。
(ハーレイに会えないと、それも出来なくて…)
今みたいに零れてしまう溜息。
「今日は、ちょっぴり聞けただけ」と。
ハーレイの声はほんのちょっぴり、しかも「ハーレイ先生」の方。
声はどちらも変わらなくても、中身の言葉が全く違う。
「元気そうだな」と、どの生徒にも向けられる言葉と、「ハコフグ」とでは。
「次の授業は何なんだ?」と尋ねられるのと、「キスは駄目だ」と叱られるのとは。
叱るハーレイも、ハコフグ呼ばわりをするハーレイも、いつも腹立たしいけれど…。
(ハーレイ先生じゃなくて、ハーレイ…)
そっちなんだ、と気付くと聞きたい。叱り付ける声も、酷い「ハコフグ」呼ばわりも。
聞きたかったな、と零れる溜息、聞けずに終わった「ハーレイ」の声。
「ハーレイ先生」の声は聞けても、「ハーレイ」の方は。
(…苛められても、叱られちゃっても…)
聞けないよりはずっといい、と思ってはみても、とっくに夜。
もうハーレイは来るわけがなくて、自分もお風呂に入ってパジャマに着替えた後。
けれど聞きたい、ハーレイの声。
「あれもハーレイの声なんだよ」と気付かされたら、もう聞きたくてたまらない。
「キスは駄目だ」と叱る声でも、「ハコフグだよな」と笑う声でも。
言われる度にプウッと膨れて、怒って、文句ばかりの言葉でも。
(好きな声だけど、言ってることが酷いから…)
プンスカ怒ってしまうというだけ、よくよく聞いたらハーレイの声。
そうだと気付かず、怒ってばかりの我儘な自分。「酷すぎるよ!」と。
「ハーレイ先生」は、それを言わないのに。
恋人同士の「ハーレイ」だけしか、そんな言葉は口にしないのに。
(…あれでもいいから、聞いてみたいな…)
ハーレイの声、と心の中で言ってみたって、ハーレイに届くわけがない。
大好きな声は聞こえて来なくて、夜の静けさに包まれるだけ。
(…聞きたいよね…)
叱る声でも、苛めて笑う方の声でも、とハーレイを思い浮かべるけれど。
愛おしい人を想うけれども、聞こえてはこない笑う声。…叱る声だって。
(いつものぼくって、ホントに我儘…)
それに贅沢、と自分自身に言い聞かせる。
「好きな声だけど、言葉が酷いだけじゃない」と、「あんまり膨れてばかりじゃ駄目」と。
ハーレイの声が聞けないよりかは、叱られた方が幸せだから。
たとえハコフグ呼ばわりだろうが、それを言うのは、大好きなハーレイの声なのだから…。
好きな声だけど・了
※ブルー君が好きな、ハーレイの声。「ハーレイ先生」の方でも、聞き惚れるくらいに。
「それでもハーレイの声の方がいいな」と思う欲張り。ハコフグ呼ばわりでも聞きたい声v
(あいつの声か…)
ずいぶん変わっちまったもんだ、とハーレイがふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は学校でしか会っていないブルー。
休み時間に「ハーレイ先生!」と声を掛けられて、ほんの少しの立ち話。
恋人同士の会話などは無理で、他の生徒と話すのと何処も変わらないけれど。
(それでも、あいつは嬉しそうな顔で…)
自分の方も、同じに嬉しい。
ブルーの顔を見られるだけで、その声を聞いていられるだけで。
なんと言っても、遠い昔からの恋人同士。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(学校じゃ、教師と教え子なんだが…)
そうして二人でいられることさえ、夢のような話なのだから。
遠く遥かな時の彼方で、メギドへと飛んでしまったブルー。
二度と戻らないと分かっていたのに、見送るしかなかったブルーの背中。
(なのに、あいつは戻って来たし…)
自分も同じに生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きている。
もっとも、何かと制約が多いのだけれど。
十四歳にしかならない恋人、すっかり子供になったのがブルー。
とてもキスなど交わせはしないし、二人一緒に暮らすことも無理。
(当分は待つしかないってわけで…)
ブルーが育って、前の自分が見送った時と同じ姿を手に入れるまで。
結婚できる年になるまで、待って、見守って、ブルーの家を訪ねてやって…。
まだまだ続くだろう日々。ブルーをこの家に迎えられるまでの待ち時間。
(なんたって、声もああだから…)
前のあいつとは違うんだよな、と耳に蘇るブルーの声。
「ハーレイ先生!」と呼び止められた時の、廊下で立ち話をしていた時の。
今のブルーは、前のブルーと違ってチビ。
背丈はもちろん、顔立ちだって少年のそれで、幼さが残るブルーの面差し。
(学年でも一番のチビらしいしな?)
女子を除けば、一番小さいのがブルー。
そんなわけだから、声だってそれに見合ったもの。
前のブルーが「ハーレイ?」と呼んだ、あの柔らかくて甘い声。
それをブルーは持ってはいない。…少年の姿の、今のブルーは。
(いわゆるボーイソプラノってヤツで…)
きっと歌わせたら、天使の歌声。そういう感じ。
音楽の授業中のブルーを、覗いたことは無いけれど…。
(そりゃあ綺麗で、透き通るような声で歌っているんだろうなあ…)
恥ずかしがらずに歌ったら。他の生徒と一緒に合唱していたら。
独唱となれば、ブルーは尻込みしそうだけれど。
(いい声なんだし、俺が音楽の担当だったら、指名するがな?)
ソロのパートがある曲だったら、「ブルー君」と。
「是非、この部分を歌って欲しい」と、「一度、歌ってみたらどうだ?」と。
そうやってブルーを指名したなら、慌てそうなのが今のブルー。
「そんなの無理です!」と悲鳴を上げるか、真っ赤になって俯くのか。
引っ込み思案ではないのだけれども、目立つのは苦手そうだから。
皆で合唱している途中に、一人だけ高らかに歌い上げるのは…。
(…今のあいつの性分じゃないぞ)
どうしても、と割り振られたなら、引き受けはしても、そうでなければ断るタイプ。
恥ずかしくて歌えそうにないから、詰まってしまいそうだから。
(はてさて、実際、どうなんだか…)
ブルーと二人で過ごす時間に、学校の話題は滅多に出ない。
出たとしたって、自分が受け持つ古典の話か、柔道部の活動に関することか。
音楽の授業の報告などは聞いていないし、知らない実態。
ブルーがソロで歌っているのか、ひたすらに逃げて断っているか。
(ソロで歌っちゃいなくても…)
音楽の時間には、きっとあるだろうテストの時間。
一人ずつ前に出て歌うだとか、「自分の席でもかまわないから」と指示されて…。
(あいつも歌っている筈だよな?)
優等生らしく、つかえもしないで歌い上げるか、途中で声が消えるのか。
今のブルーなら、どちらもありそうな可能性。
目立ちたがりたいタイプではないし、注目を浴びるのも好きではなさそうだから。
(…前のあいつも、そうだったがな…)
ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
船の仲間たちに「ソルジャー」と仰がれ、白と銀の上着に紫のマント。
気高く美しかったブルーは、あの船でとても目立ったけれど。
何処へ行っても、何をしていても、周りの視線を惹き付けたけれど…。
(あいつにとっては、不本意なことで…)
他の仲間たちと同じ生活、それに憧れていたブルー。
白と銀の上着を脱いでしまって、紫のマントも外せたら、と。
黒が基調のアンダーウェアなら、仲間たちの制服とさほど変わりはしないから。
(ブリッジクルーの印の模様も…)
袖に入っていないわけだし、もう本当に「普通の制服」。
そんな具合に「皆と同じで」いたかったブルー、あれほどの美貌だったのに。
その整った顔立ちだけでも、並ぶ者などいなかったのに。
(声だって、顔に似合ってて…)
やはり誰もが聞き惚れる声で、ソルジャーとしての威厳もあった。
たった一言、「行こう」と言うだけで、皆が納得したほどに。
長い年月、隠れ住んでいた雲海の星を、ワープして後にしたほどに。
(前のあいつも、いい声を持ってたんだよなあ…)
今でも耳に残る声。
ふとしたはずみに、「ハーレイ?」と心に蘇る声。
あの声が懐かしくなる夜もある。今は聞けない、ブルーは持たない声だから。
チビのブルーが迎えてはいない声変わり。
今は立派なボーイソプラノ、きっと歌ったなら透き通るよう。
「ハーレイ?」と甘えた声を出す時も、もう本当に愛らしい。
子供の間だけしか持てない、今のブルーのボーイソプラノ。
(…前のあいつも、持ってた筈だが…)
同じ声だった筈なんだがな、と記憶を辿れば、ちゃんと覚えてはいるのだけれど。
燃えるアルタミラを脱出した後、ブルーはそういう声だったけれど…。
(いつの間に、変わっちまったんだか…)
残念なことに、覚えていない声変わりの時期。
前のブルーの高かった声が、いつの間に低くなったのか。
甘く柔らかな声に変わったか、生憎と記憶に残ってはいない。
そうなる前には、きっと前兆もあっただろうに。
(声が出にくくなっちまうとか、掠れちまうとか…)
声変わりの時期は、そうしたもの。
今の自分にも経験があるし、友人たちも通った道。
「風邪かな?」などと言いながら。「音楽の授業、困りそうだぞ」などとも言って。
いつかブルーの声もそうなる。
前の自分の記憶に無いから、どのくらいまで育った時に起こるかは分からないけれど。
けれど、必ずその時は来る。
今のブルーのボーイソプラノ、それが失われてしまう時。
(なんだか残念な気もするな…)
消える日が来ると思ったら。
前のブルーと同じ姿になる日を待ってはいても、あの声が消えると思ったら。
(子供らしい声で、チビの証拠で…)
どう比べても、前のブルーとは違う声。…ソルジャー・ブルーだった頃とは。
前のブルーと同じに育つ日、それを心待ちにしている自分。
待ち時間は長いと思ったけれども、待っている間に消えてしまうブルーのボーイソプラノ。
声変わりをして、前のブルーと同じ声へと変化して。
(うーむ…)
ちょいと残念になるじゃないか、と思った声。
前のブルーが持っていた声、甘く柔らかく「ハーレイ?」と呼んでくれた声。
(俺は、あの声が好きだったんだが…)
今でも思い出せるんだが、と耳に鮮やかに蘇るけれど、今のブルーの声も愛しい。
子供らしくて高いあの声、ボーイソプラノを持ったブルーも…。
(俺をしっかり捕まえちまった…)
愛らしい声で、「ハーレイ?」と呼んで。
何度もチビのブルーと話して、すっかり囚われの自分。今のブルーが持っている声に。
(前のあいつの声も好きだが…)
まだ暫くは聞いていたいな、と思うブルーのボーイソプラノ。
「前のあいつの声も好きだが」と、「好きな声だが、あれは一生モノだしな?」と。
いつかブルーが育った時には、もう変わらない甘い声。今の声から変化を遂げて。
そして一生そのままなのだし、貴重なのが今のボーイソプラノ。
今しか聞けない声なんだぞ、と思うと、まだまだ聞き続けたい。
待ち時間が少し長くなろうと、ブルーが少しも育たなくても。
前のブルーの声の方なら、一生、聞いていられるから。
声変わり前のブルーのボーイソプラノ、それはいつかは消えるのだから…。
好きな声だが・了
※ハーレイが好きな、前のブルーが持っていた声。甘くて柔らかな声だった、と。
けれど今のブルーのボーイソプラノ、そちらも貴重。聞き続けたいとも思いますよねv
「ねえ、ハーレイ。訊きたいんだけど…」
小さなブルーが見詰めてくるから、「うん?」と尋ねたハーレイ。
今日は休日、ブルーの部屋でテーブルを挟んでお茶の最中。
「訊きたいって…。何か質問か?」
「そう。でも、学校の勉強とかじゃなくって、ハーレイのこと」
欲張りなの、と赤い瞳が瞬いた。「ハーレイは、欲張り?」と。
「はあ? 欲張りって…?」
どういう意味だ、とハーレイが見開いた鳶色の瞳。
欲張りなのかと尋ねられても、いきなり過ぎて意味が掴めない。
「そのままだってば、欲張りかどうか」
ハーレイはどうなの、というのがブルーの質問。
要は「欲張りか、そうでないか」を、ブルーは知りたいらしいから。
「そうだな…。欲張りな方ではないだろう」
チビのお前とは違うんだ、と答えたハーレイ。
なにしろ一人前の大人で、もう充分にある分別。
子供みたいな我儘を言いはしないし、強情な方でもないのだから。
「…そうなんだ…」
答えを聞いたら、考え込んでしまったブルー。
「やっぱり、それがいけないのかな?」と。
欲張りじゃないから駄目なんだろうか、と声にも出して。
「おいおい、何がいけないんだ?」
欲張りよりかは、欲が無い方がいいと思うが、とブルーを諫めた。
「お前くらいの年のチビでは、分からないかもしれないが」と。
欲しい物は欲しい、と欲張っていたらキリが無いもの。
次から次へと欲が出るのが、人間という生き物の悲しい所。
無欲だったら、その方が断然、幸せに生きてゆける筈。
「もっと欲しい」と思いはしないし、毎日が満たされた気分だから。
そう話したのに、ブルーは納得してくれない。
「ハーレイの場合は、それが問題」と。
いったい何がいけないのだろう、とハーレイが首を捻っていたら…。
「欲張りの方がいいと思うよ、ハーレイは」
その方が絶対いいんだから、とブルーは不満そうな顔。
「ハーレイには欲が足りないんだよ」と。
「足りないって…。お前が我儘すぎるだけだろ?」
まだまだチビの子供だからな、と頭をポンと叩いてやった。
「もっと大きくなれば分かるさ」と、「チビの間は無理だがな」と。
そうしたら、キッと睨んだブルー。
赤い瞳で、「分かってないのは、ハーレイだよ!」と。
「ちっとも分かっていないんだから…。欲張りの方がいいってば!」
ぼくと一緒にいる時だって、ハーレイ、キスもしないんだから…。
欲張りだったらキスしたくなるし、キスのその先のことだって…。
絶対したくなる筈なんだし、欲張りじゃないのがいけないんだよ!
もっと欲張りになるべきだよね、とブルーが言うから、零れた溜息。
(…こいつ、全く分かってないな…)
そういう問題じゃないんだが、と思ってみたって無駄なこと。
チビのブルーを「キスは駄目だ」と叱っても、この有様だから…。
「そうだな、俺は欲が足りないかもしれないな」
生憎とそういうタイプなんだ、と腕組みをした。
「大人なんだし、欲張ってたらキリが無いからな」と。
お前についても同じことだし、欲張りになろうとも思わない、と。
ブルーは膨れてしまったけれども、いつかは理解するだろう。
その日が来るまで、「無欲なハーレイ」でいようと思う。
山ほどキスを贈る時まで、ブルーを丸ごと手に入れる日まで…。
欲張りなの?・了