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(まったく…)
 あいつときたら、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は一緒に過ごしたブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれど子供になってしまって、今の姿は十四歳にしかならないチビ。
 前と同じに愛せはしなくて、子供向けの愛になるものだから…。
(今日でいったい何度目なんだか…)
 もう数えてもいないんだがな、と思い返した昼間の出来事。
 「俺は子供にキスはしない」と言ってあるのに、今日もブルーは強請って来た。
 「ぼくにキスして」と、愛らしい顔に笑みを湛えて。
(あの顔からして違うんだがな?)
 前のあいつの表情とは…、と自分だからこそ分かること。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃には、ブルーは大人で、前の自分が愛した人。
 長い年月、前のブルーと共に生きたから、忘れはしない。
 かの人の仕草も、その表情も。
 すらりと伸びた細い手足に、華奢だった肢体。
 「月のようだ」と思った姿も、銀細工さながらの繊細さも。
(俺は忘れちゃいないから…)
 今のブルーがどう足掻いたって、「違う」と分かる。
 「キスしてもいいよ?」と誘うような顔をしたって、それも「子供の表情だ」と。
 前のブルーを真似たつもりでも、チビはチビ。
(あいつと出会って直ぐの頃には、重なって見えもしたんだが…)
 チビのブルーの表情の上に、前のブルーの面影が。
 それではマズイ、とブルーに家への出入りを禁じて、今に至っているけれど。
 「前のお前と同じ背丈に育つまでは」と、キスと同じに禁止だけれど。
 今となっては要らない心配、今のブルーは「ただのチビ」。
 何かと言ったら我儘ばかりで、見掛け通りの子供だから。


 今日もブルーがぶつけた我儘、「ぼくにキスして」。
 キスはしないと言っているのに、少しも懲りない小さなブルー。
 「諦める」ということもしないで、チャンスと思えば直ぐに言い出す。
 「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ」だのと、一人前の恋人気取りで。
(我儘なヤツめ…)
 もっと「我慢」を覚えて欲しい、と思ったりもする。
 「我慢」に「辛抱」、柔道部員には厳しく指導していること。
 心技体を鍛える武道が柔道、その道を志したからには、「しっかりやれ!」と。
 我儘ばかりを言っていたなら、上達などはしないから。
 朝早くから登校しての朝練、「眠いから」と家で眠っていたなら話にならない。
 我慢して起きて、顔を洗って、制服に着替えて登校してこそ。
(でもって、練習が辛くったって…)
 グッと堪えて其処で辛抱、自分自身を叱咤するのが次の段階へと進む早道。
 「我慢だ、我慢」と、「辛抱しないと置いてかれるぞ」と。
 他の部員はせっせと練習しているのだから、サボッた分だけ遅れる上達。
 朝練にしても、放課後の部活の時間にしても。
(柔道部員の辞書ってヤツには、「我儘」なんぞは…)
 載ってないんだ、とチビのブルーを叱ってやりたい。
 「あいつらを少しは見習わないか」と、「お前のはただの我儘だ!」と。
 もっとも、それを言った所で、相手はブルーなのだから…。
(ぼくには柔道なんかは無理、ってトコだな)
 前と同じに弱く生まれてしまったブルー。
 今の時代は誰もがミュウだし、前の自分たちが生きた頃とは違う。
 マラソン選手もサッカー選手も、ミュウばかり。
(ミュウは何処かが欠けているってのも…)
 とっくの昔に過去の話で、今のミュウなら健康そのもの。
 だからブルーも丈夫に生まれ変わっていたって、何処も不思議ではないというのに…。


(前と同じに弱いんだ…)
 可哀相に、とブルーの弱い身体を思う。
 体育の授業は見学ばかりで、そうでない日も途中で休む。
 「これ以上は無理」と思った時には、自分から手を挙げて、皆と離れて。
(そんなあいつに、柔道部員の心得なんぞを…)
 叩き込もうっていう方が無理だ、と分かってはいる。
 「我慢」と「辛抱」、それをブルーに当てはめたならば、大変なことになるだろう。
 熱があっても登校するとか、身体が悲鳴を上げていたって、体育の授業を受け続けるとか。
(俺がウッカリ言おうモンなら、思い込みってヤツで…)
 もう何もかもを「我慢」で「辛抱」、待っているのは「寝込む」ことだけ。
 弱い身体が壊れてしまって、ベッドから起き上がれずに。
 学校でパタリと倒れた時にも、意識なんかは失くしてしまって。
(それも、あいつの我儘だよなあ…)
 自分の我儘を通した結果。
 「ハーレイがこう言っていたもの」と、「我慢」で「辛抱」。
 熱があるのを隠しておくとか、気分が悪くなって来たのに、黙って体育を続けるだとか。
(周りの迷惑というヤツをだ…)
 まるで考えないのがあいつ、と光景が目に見えるよう。
 「ハーレイが言っていたもんね!」と「我慢」で「辛抱」、張り切った末に倒れるブルー。
 保健室へと運ばれた後は、其処のベッドに寝かされて…。
(あいつのお母さんが呼ばれて、迎えに来て…)
 タクシーで家に連れて帰って、ブルーのベッドに押し込むのだろう。
 朝の間に「熱があるよ」と言っていたなら、登校するのを止めさせるだけで済んだのに。
 体育の授業で無理をしなければ、いつも通りに「自分で」帰って来たろうに。
(お母さんが大いに大変な上に、俺だって…)
 ブルーが学校で倒れたと聞けば、帰りは見舞いに行かなくては。
 食欲がまるで無いとなったら、スープ作りも必要になる。
 前のブルーがとても好んだ、素朴な野菜スープを作って食べさせることが。


 何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけで煮込んだスープ。
 「野菜スープのシャングリラ風」の出番が来そうな、ブルーが倒れてしまった時。
 それも「我慢」と「辛抱」の末に、我儘を通して頑張った果てに。
(まったく、今のあいつときたら…)
 何処まで我儘に出来てるんだか、と思ってみたって始まらない。
 今のブルーはチビの子供で、もうそれだけで「我儘」だから。
 「我慢」も「辛抱」も辞書には無くって、やりたい放題、言いたい放題。
 「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ?」だのと。
(…何処に我慢を置いて来たんだ!)
 前のあいつは、ああじゃなかった、と前のブルーを思ったけれど。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーを頭に浮かべて、今との違いを嘆いたけれど。
(いや、待てよ…?)
 前のあいつは、今とは逆で…、と美しかった人を思い出す。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれる前から、前のブルーは「我慢」と「辛抱」。
 自覚があったかどうかはともかく、我儘などを言ってはいない。
(ジャガイモだらけの飯が続こうが、キャベツだらけの毎日だろうが…)
 船の仲間たちが不満だらけでも、「美味しいよ」と食べていたのがブルー。
 好き嫌いの一つも言いはしないで、いつも笑顔で。
 そんなブルーが大きくなったら、何もかも船の仲間が優先。
 白いシャングリラで採れた作物、それを「ソルジャーに」と最優先で回しても…。
(ぼくよりも、子供たちに、って…)
 譲ってしまうのが常のこと。
 ほんの少しだけ自分用に取って、「残りはみんなで食べてくれれば」と。
 「でも、みんなには行き渡らないから、子供たちにでも」と。
 そうやって生きて「我慢」に「辛抱」、前のブルーの「我儘」は知らない。
 我儘などは言いもしないで、三百年以上も生き続けて…。
(…逝っちまったんだ…)
 皆のためにと、命を捨てて。ただ一人きりで、メギドを沈めて。


(もしも、あいつが我儘だったら…)
 ああいう最期を選んではいない。
 「我慢」と「辛抱」の最たる最期を、一人きりでのメギドでの死を。
(俺にも一緒に来いと言うとか、そもそもメギドに行かないだとか…)
 きっとそうだ、と気付いた途端に、愛おしくなったブルーの「我儘」。
 今のブルーはチビだけれども、とても自分に素直だから。
 「我慢」と「辛抱」が足りないけれども、我儘放題の日々なのだけれど。
(…前のあいつのことを思えば…)
 我儘なあいつの方がマシだな、と零れた笑み。
 今は少々厄介だけれど、あの調子ならば、前のようにはならない。
 悲しい別れが待ってはいなくて、ブルーは我儘放題で…。
(俺の側から離れないってな)
 間違いないぞ、と嬉しくなるから、これでいい。
 小さなブルーが我儘でも。
 「我慢」と「辛抱」を教えない方が、マシそうなチビの子供でも…。

 

         我儘なあいつ・了


※ブルー君の我儘に手を焼いているハーレイ先生。「我慢と辛抱を知らんのか!」と。
 けれど、それをした前のブルーは、ああいう最期。それを思えば我儘放題の方がずっと幸せv







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(昔々、って始まるんだよね…)
 ずっと昔のいろんなお話、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は訪ねて来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
 そのハーレイは今は古典の教師で、遠い昔の小さな島国、日本の古典を教えている。
(古典の授業で教わるヤツは…)
 いわゆる名作、「昔々」で始まる「昔話」とは違うもの。
 「これは昔話で読んだよ」と思う中身でも、もっと格調高い文章。
 そういう古典も、「昔々」と始まる昔話も、遥かな昔に生まれたもの。
 SD体制の時代を経たって、失われはせずに残り続けた。
 前の自分が生きた頃にも、データベースを探っていったら、きっと出会えただろうから。
(昔々かあ…)
 もう本当に昔だよね、と前の自分の時代を思う。
 死の星だった地球が青く蘇るほどに、長い時間が流れ去ったから。
 これほどの時が経った今なら、前の自分も昔話の主人公になれていそうな感じ。
 「ソルジャー・ブルー物語」だとか、「シャングリラ物語」といった具合に。
 けれど、一つも聞いたことが無い。
 前の自分のも、ジョミーやキースの昔話も。
(…伝記だったらあるんだけれど…)
 写真集だってあるのだけれども、昔話は一つも無い。
 原因はきっと、「英雄」になってしまったせい。
 おまけに豊富に残っているデータ、それでは「話を作れはしない」。
 「こうだったならば、面白いのに」と誰かが思い付いたとしても。
 それを書こうと挑んでみたって、あちこちから文句が来るのだろう。
 「こんな話は間違っている」とか、「でたらめなことを書くんじゃない」とか。


 昔話が幾つも生まれた時代は、人間が地球しか知らなかった頃。
 有り得ないような不思議なことでも、「起こりそうだ」と誰もが信じた時代。
 だから色々な昔話が生まれて、次の世代に伝わった。
 語り伝えたり、書き残したりと、大勢の人が馴染める形になって。
(竹の中から、かぐや姫が生まれて来るだとか…)
 桃から生まれる桃太郎とか、どう考えても現実には有り得ないことばかり。
 それでも昔話は残って、沢山の人に愛された。
 前の自分たちが生きた時代は、それどころではなかったけれど。
(機械が文化を統一しちゃって、いろんな文化を消しちゃったのも酷いけど…)
 人間までが人工子宮から生まれる有様、かぐや姫など生まれはしない。
 もちろん、桃太郎だって。
(人工子宮は人工子宮で、竹でも桃でもないもんね?)
 どう頑張っても「かぐや姫」も「桃太郎」も無理、と浮かべた苦笑。
 まるで全く夢が無い時代、そんな時代に幕を下ろしたのが前の自分たち。
 今も記念墓地に墓碑があるほど、「英雄」と称えられる人間。
(そんな偉い人の昔話を、好き勝手に作ったりしたら…)
 研究者ばかりか、その英雄のファンからも苦情が届くのだろう。
 「ジョミーはそんな人間じゃない」だの、「キースの人生は、そうじゃなかった」だの。
(…ぼくなら、好きに書いて貰っても…)
 いいんだけどな、と思わないでもない。
 ソルジャー・ブルーの昔話が生まれていたなら、きっとワクワク読むだろう。
 「この先は、いったいどうなるの?」と、食い入るように。
(…本当はメギドで死んでいません、って…)
 書いてあっても怒らない。
 キースに銃で撃たれもしないで、無事に脱出していても。
 白いシャングリラには戻らないまま、何処かでひっそり生き延びていても。
 小さな星を一つ見付けて、その上で薔薇を育てるだとか。
 「星の王子様」の話みたいに、星の大敵のバオバブの木を退治しながら。


(…ぼくは文句を言わないんだけどな…)
 本当の自分の最期は悲しく、とても辛くて惨いものでも。
 ハーレイの温もりを失くした右の手、それが凍えた記憶が今も残っていても。
(でも、昔話…)
 無いんだよね、と残念な気分。
 それがあったら、楽しめるのに。
 生まれ変わった自分だからこそ、「本当はこうじゃなかったけれど」と、ページを繰って。
(うーん…)
 遠慮しないで誰かが書いてくれていたら、と思ってはみても、無理なのも分かる。
 データが沢山残りすぎていて、誰にとっても「SD体制を倒した英雄」。
 話を勝手に作っていったら、文句や苦情がきっと山ほど。
 それでは誰も書きはしなくて、昔話は生まれないまま。
(…昔話があったら、ハッピーエンドも一杯…)
 昔話のお決まりの文句、「めでたし、めでたし」で結べるように。
 前の自分はメギドで死なずに生き残っていて、薔薇を育てるとか、ひっそり畑を耕すだとか。
(ジョミーやキースも死んじゃったけど…)
 やっぱり死なずに脱出したとか、そうでなければ夜空の星になったとか。
 星や星座の昔話に、そういったものは多いから。
 地上での命が尽きた後には、空に昇って星座や星に姿を変えた人が沢山。
(だけど、ジョミー座も、キースの名前がついた星も無いし…)
 昔話を作れる余地は無かったんだ、と思うとつまらない。
 「一つくらい、あってもいいのに」と。
 あの時代に生きた記憶があるから、なおのこと。
(もっと夢があればいいのにね…)
 最後はハッピーエンドになって、と「昔話」を思い描いてみる。
 地球の地の底で、ジョミーとキースが宝物をドッサリ見付けるだとか。
 グランド・マザーが壊れた後から、大判小判がザックザク。
 それを二人で背負って無事に脱出したなら、「めでたし、めでたし」なんだけど、と。


 他にも何か…、と考える内に、気付いたこと。
 ハッピーエンドの昔話には、恋の話も多いけれども…。
(前のぼくと、ハーレイ…)
 白いシャングリラで生きた恋人同士で、生まれ変わってさえ出会えたくらい。
 それほどに深い絆があるのに、前の自分たちは恋を隠し続けた。
 ソルジャーとキャプテンの仲が知れたら、船の仲間たちは皆、背を向けるに違いないから。
 「何でも二人で決めるのだろう」と、「そんなヤツらに従えるか」と。
 そうなってしまえば船はバラバラ、もはや纏めることは出来ない。
 地球にも辿り着けはしなくて、いつ沈むかも危ういほど。
(それじゃ駄目だし…)
 前の自分も、ハーレイも、誰にも恋を明かさなかった。
 最後の最後まで隠し通して、何も書き残してさえいない。
(…あれじゃ、恋人同士だったこと…)
 誰も気付いてくれはしないし、昔話だって生まれはしない。
 前の自分とハーレイの恋は、昔話の中でさえ…。
(ハッピーエンドにならないんだよ…!)
 そもそも、「恋」が無いものだから。
 恋した事実を誰も知らないなら、昔話だって作りようがない。
 誰かが知ってくれていたなら、出来ていたかもしれないのに。
 前の自分がメギドで死んでも、それでハーレイとの恋が消えても。
(死んだら、鳥の姿になって…)
 二人で飛び去った、悲しい恋人たちもいた。
 命ある間には叶わなかった恋を、鳥の世界で実らせようと。
 蝶に変わって、片時も離れず、舞い続けていた恋人たちだって。
 前の自分とハーレイの恋も、昔話の中なら実った。
 誰かがそれを書いてくれれば、つがいの鳥やら、蝶やらになって。
 前のハーレイが地球で命尽きたら、死の星の底から、二羽の鳥が空へ飛び立つだとか。
 何も棲めない筈の死の星、その上に二匹の蝶がいつまでも舞っていたとか。


 悲しい恋に終わっていたって、昔話ならハッピーエンドに出来る。
 「可哀相だ」と思った誰かが、「幸せになって欲しかった」と願って話を作りさえすれば。
(だけど、誰にも知られてないんじゃ…)
 ハッピーエンドになる筈がない。
 前の自分の昔話を誰かが作ってくれたとしたって、ハーレイは何処にも出て来ない。
(せいぜい、話の脇役で…)
 最後に恋が実りはしなくて、「めでたし、めでたし」と終わりはしない。
 ソルジャー・ブルーがメギドで死なずに、生き残っている話でも。
 キャプテン・ハーレイが無事に地球から逃れて、ジョミーたちと宝を山分けにする話でも。
(…酷くない?)
 ハッピーエンドが無いなんて、と思ったけれど。
 昔話の世界の中でも、前のハーレイと幸せになれはしないのだけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
 今の自分は、生まれ変わって青い地球の上。
 ハーレイも同じに生まれて来たから、いつか自分が大きくなったら一緒に暮らす。
 プロポーズされて、結婚式を挙げて、幸せに。
 誰にも恋を隠すことなく、祝福されて。
(…今のぼくたち、鳥でも蝶でもないけれど…)
 前と同じに人間だけれど、今度は恋を実らせる。
 そうして二人一緒に暮らして、デートもドライブも、それに旅行も。
(…ちゃんとハッピーエンドじゃない…!)
 絵に描いたようなハッピーエンド、と嬉しくなった。
 「昔話でも駄目みたい」と思っていたのに、ハッピーエンドが待っている。
 それも人間の姿のままで。…前とそっくり同じ姿で。
 昔話ならば、鳥や蝶になってしまうのに。…恋は実っても、姿が変わってしまうのに。
(なんだか凄い…)
 昔話よりもずっと凄い、と零れた笑み。
 今度の恋はハッピーエンドで、幸せな恋。
 誰も書いてはくれないけれども、前の自分たちの悲しい恋が、幸せな恋に変わるのだから…。

 

          昔話ならば・了


※「昔話でもハッピーエンドにならないみたい」と、思ったブルー君。「酷くない?」と。
 けれども、今度はハッピーエンドの恋が出来るのです。昔話よりもずっと、素敵ですよねv








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(昔々、っていうのが定番だよなあ…)
 名のある古典でなかったらな、とハーレイが思い浮かべたこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今の自分は古典の教師で、遠い昔にあった島国、日本の文学を教える立場。
 名作と呼ばれる古典は幾つもあるのだけれど…。
(昔々だと、昔話になっちまって…)
 いわゆる名作には数えられない。
 誰もが知っている話でも、親しまれている作品でも。
(昔、男ありけり、っていうのは有名なんだが…)
 大抵の話がそれで始まる「伊勢物語」。
 幾つもの話が編まれた中でも、圧倒的多数を占めるもの。
 それでも「昔々」ではなくて、あくまで「昔、男ありけり」。
(源氏物語だと、「いづれの御時にか」で…)
 遠回しには「昔々」の意味だけれども、「昔々」と書いてはいない。
 日本で最初の物語だという、「かぐや姫」でお馴染みの「竹取物語」にしても…。
(今は昔、竹取の翁といふ者ありけり…)
 こいつも「昔々」じゃないな、と可笑しくなる。
 子供向けに書かれた「かぐや姫」なら、「昔々」となるものなのに。
 「昔々、ある所に…」と、他の様々な昔話と、何処も変わりはしないのに。
(要するに、親しみやすいってこった)
 これが日本でなくてもな、と思う「昔々」という言い回し。
 人間が地球しか知らなかった頃から、昔話はそうやって語り出されるもの。
 話の中身には関係なく。
 恋物語でも、怖い話でも、世にも不思議な出来事を語り聞かせる時にも。
(そいつが本になった時にも…)
 冒頭は「昔々」になる。
 「昔」がいつの時代でも。千年前でも、もっと遥かな昔でも。


 そう考えると、前の自分も「昔々」と語られても、可笑しくないのだろう。
 死の星だった地球が青く蘇るほどの時が、流れ去った今の時代なら。
(…キャプテン・ハーレイ物語ってのは…)
 聞いたこともないし、「シャングリラ物語」だって存在しない。
 今も人気のソルジャー・ブルーや、ジョミーやキースの物語だって。
(なんと言っても、脚色しようがないからなあ…)
 地球の地の底で何が起きたか、皆、どうやって死んでいったか。
 それは謎だし、ソルジャー・ブルーの最期についても定説は無い。
 「キース・アニアンに撃たれた」ことさえ、仮説の域を出ないほど。
 だから「書こうと思えば」書くことは出来る、「昔々」の物語。
 想像の翼を大きく広げて、「ソルジャー・ブルー物語」やら、ジョミーの物語やらを。
 けれども、彼らは「偉大すぎた」。
 SD体制を倒した英雄、今でも花が絶えることがない記念墓地の墓碑。
 そして豊富に残るデータは、彼らが「生きていた」ことの証拠。
(伝記としてなら、書けはしたって…)
 昔話は無理だろう。
 荒唐無稽なことを書いたら、呆れられるか、苦情が来るか。
(子孫は一人もいないわけだが…)
 代わりにいるのが熱烈なファンで、研究者顔負けの者だっている。
 そういう者から文句が幾つも、「昔話」を書いた作者は袋叩きに遭うだろうから…。
(書こうって勇者は出て来ないよなあ…)
 こう書いたならば面白いのに、と考えたって。
 「ソルジャー・ブルーは、実はメギドから脱出した」と書くだとか。
(昔話だと、「めでたし、めでたし」も多いもんだから…)
 ソルジャー・ブルーがメギドで死なずに生き残っても、昔話ならそれでいい。
 シャングリラに戻らなかった理由も、何とでも書けるわけだから。
 「小さな星で、一人、ひっそり暮らしましたとさ」と結ぶことだって。
 ブルーだけしか住んでいない星、その上で畑を耕していても。


(あいつが畑なあ…)
 それよりは薔薇が似合いだろうか、とも考える。
 とても小さな星の上で一人、一本の薔薇を育てて暮らしていたならば…。
(星の王子様ってヤツだな)
 バオバブの木が星を壊さないように頑張るんだ、と遠い昔の「名作」を思う。
 自分が授業で教える範囲の、「日本の古典」ではないけれど。
(俺でさえも、直ぐに思い付くんだから…)
 物語を綴るプロにかかれば、きっと出来るだろう「物語」。
 「昔々」という言葉で始まる、ソルジャー・ブルーやジョミーなんかの「昔話」。
 色々なものが書けそうなのに、「誰も書かない」物語。
 遠く遥かな昔の英雄、SD体制を倒した者たちを主人公に据えた昔話。
(めでたし、めでたし、と結ぶんだったら、ジョミーも、キースの野郎もだな…)
 ハッピーエンドを貰うのだろう。
 地球の地の底で死にはしないで、生きて脱出するだとか。
 あるいは魂が天に昇って、星や星座になるだとか。
(ジョミー座も無ければ、キースの野郎の星も無いなあ…)
 昔話を作り上げるには、ちと情報が多すぎたか、と理由は分かっているけれど。
 「昔々」と人間が語り伝えた時代は、もっと遥かな昔なのだと承知だけれど。
(…一つくらいはあってもなあ?)
 あったら面白かったのに、と思うのは「自分」だからだろう。
 前の自分はキャプテン・ハーレイ、あの時代に生きて死んだ人間。
(この目で全てを見て来たってわけで…)
 今も鮮やかに思い出せるから、昔話が出来ていたなら、楽しく読める。
 ソルジャー・ブルーが「生きて」畑を耕していても、ジョミーが空の星座でも。
 「ほほう…」と、「上手く作ったもんだ」と、感心しながら。
 そうやって読んで、「めでたし、めでたし」の言葉にホッとするのだろう。
 「本当はこうじゃなかったんだが」と思っても。
 「こうなっていたら、良かったよな」と、「ハッピーエンドは、いいモンだ」と。


 けれど一つも「無い」物語。生まれなかった昔話。
 キャプテン・ハーレイが主役の話は無理そうだけれど、前のブルーならあってもいいのに。
 ジョミーも、それに「今でも憎い」キースでも。
(一つも無いっていうのがなあ…)
 残念だよな、と思うけれども、理由が分かるから仕方ない。
 それに、書かれていたとしたって…。
(…俺とブルーのハッピーエンドは…)
 誰一人、書きやしないんだ、と零れる溜息。
 前のブルーと白いシャングリラで恋をしたのに、生涯、隠し通したから。
 自分もブルーも何も語らず、書き残しさえもしなかったから。
(俺たちの恋が、何かの形で残っていたら…)
 そして後世、誰かが見付けてくれていたなら、「昔話」が生まれたろうか。
 「生きている間は実らなかった恋」、それが実るのも昔話の定番の一つ。
 悲恋に終わった恋人同士が、つがいの鳥になって飛び去るだとか。
 蝶になって共に舞い続けるとか、そういった昔話も多い。
(めでたし、めでたし、と言っていいかは難しいんだが…)
 悲しい恋のままで終わった生涯、それがセットになっているから。
 とても悲しい恋をした後に、ようやく結ばれる恋人同士。それも命が終わった後に。
(あの手のヤツは、結びの文句も…)
 ちょっと違っていたかもしれん、と「昔話」の知識を手繰る。
 「めでたし、めでたし」と結ぶ代わりに、「どっとはらい」とかの類だろうか、と。
 あまり「めでたくはない」ものだから。
 恋は最後に実るけれども、ハッピーエンドと呼ぶには切なすぎるから。
(…そういう話も、書いて貰えなかったのが…)
 前の俺たちなんだよな、と時の彼方に思いを馳せる。
 恋をして幸せに生きていたのに、最後は悲恋に終わった二人。
 「昔話なら、ちゃんと幸せになれるのに」と、「人の姿じゃなくなってもな」と。
 鳥であろうと蝶であろうと、ブルーと飛んでゆけたのに、と。


 それさえ無いな、と思ったけれど。
 「誰も知らない恋だったんでは、無理もないが」と考えたけれど。
(…待てよ?)
 「今がそれだ」と気が付いた。
 ブルーと二人で生まれ変わって、青い地球の上にいる自分。
 いつかブルーが大きくなったら、今度は結婚できる恋。
 そして二人で同じ家に住んで、それは幸せに暮らしてゆける。
 小さな星で薔薇を育てはしないけど。…畑もせいぜい、家庭菜園程度だけれど。
(…そうか、これからハッピーエンドなあ…)
 昔話なら、まさに「めでたし、めでたし」と結ぶのが相応しい恋。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの、恋を綴った「昔話」は…。
(俺たちが作って行くんだな?)
 誰も書いてはくれないがな、と浮かべた笑み。
 今度の恋は、ハッピーエンドの恋だから。
 前の自分たちの悲しかった恋が、「めでたし、めでたし」に変わってくれるのだから…。

 

          昔話なら・了


※「前の俺たちの昔話は無いな」と思ったハーレイ先生。前のブルーとの恋の物語も。
 けれどこれから「作る」のです。誰も書いてはくれないとはいえ、ハッピーエンドの物語をv







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「えっと…。ハーレイ、ちょっと訊いてもいい?」
 知りたいことがあるんだけれど、と言い出したブルー。
 休日の午後に、ブルーの部屋でお茶の時間の最中に。
「なんだ、どうした?」
 質問だったら受け付けるぞ、とハーレイは笑顔。
 今日は学校は無い日だけれども、ハーレイの仕事は古典の教師。
 答えてやれる範囲のことなら、幾らでも、と。
「ありがとう! でもね…」
 古典の授業は関係なくて、とブルーは首を小さく傾げた。
 「ハーレイの懐具合はどう?」と。
「俺の懐具合だと?」
「そうなんだけど…。本当のことが知りたいな」
 誤魔化さないで、とブルーの赤い瞳が真っ直ぐ見詰める。
 ハーレイの鳶色の瞳の奥を。


(俺の懐具合だって…?)
 なんでまた、とハーレイにすれば青天の霹靂。
 無駄遣いをするタイプではないし、財布の中身は寂しくはない。
 けれども、ブルーはどうしてそれを知りたいのか。
(何かプレゼントでも寄越せってか?)
 こいつだしな、と目の前のブルーをまじまじと見た。
 小遣いに不自由はなさそうだけれど、チビのブルーは恋人気取り。
 それも「一人前の」と前につく。
 恋人用のプレゼントが欲しいと言うのだろうか…?
(その手のヤツだと、値が張るモンで…)
 クッキーなどのようにはいかない。
 ブルーの狙いがそれだったならば、懐具合も大切だろう。
(しかしだな…)
 此処で「懐具合」を下手に明かしたら、強請られる。
 ブルーのお目当てだろう「何か」を。
 そう思ったから…。


 ゴホン、と一つ咳払いをして、こう告げた。
「実は、ちょっぴり苦しくてな…」
 恥ずかしいんだが、余裕が無い、と口から出まかせ。
 本当はちゃんと余裕があるのに、まるで大赤字であるかのように。
 そうしたら…。
「やっぱりね…。そうじゃないかと思ってたけど」
 ハーレイだから、と頷くブルー。いとも素直に。
(ちょっと待て…!)
 俺は無計画に使いそうなのか、とハーレイにすれば大ショック。
 「ブルーの目にはそう見えるのか」と、「いつも赤字か?」と。
 それはあまりに不名誉だから、慌てて訂正することにした。
 「今のは嘘だ」と。
「いや、本当の所はだな…」
 懐にはたっぷり余裕がある、と述べた「真実」。
 ちょっとやそっとで困りはしないし、心配するな、と。
 「もちろん、未来のお前だって」と、「結婚費用も安心だぞ」と。


 任せておけ、とドンと胸を叩いた。
「俺の懐なら、大丈夫だ。お前は何も心配要らんぞ」
「本当に? でも…。ハーレイ、そうは見えないけれど…」
 嘘じゃないの、とブルーが瞳を瞬かせるから。
「お前なあ…。確かめたいのか、俺の懐?」
「うんっ!」
 そう言われては仕方ない。財布を出して…。
「いいか、あんまり見せるもんではないんだが…」
「違うよ、ハーレイの懐の深さ!」
 大丈夫ならキスをちょうだい、とチビのブルーは生意気な台詞。
 懐具合に自信があるなら、キスも許してくれるんでしょ、と。
「馬鹿野郎!」
 そっちの懐は狭いんだ、とコツンと叩いたブルーの頭。
 「懐が苦しくて悪かったな」と、「俺は万年、大赤字だ」と…。



           懐具合・了






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(…ソルジャー・ブルー…)
 前のぼくには違いないけど、と小さなブルーが頭に浮かべた名前。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 そのハーレイが、「チビの恋人」に出した条件は…。
(…前のぼくと同じ背丈になるまで、キスは駄目だ、って…)
 一方的に押し付けられた決まりで、なんとも不満。
 唇へのキスは貰えないまま、強請れば叱られてばかり。
 だから憎いのが「ソルジャー・ブルー」で、言わば恋敵のようなもの。
 あちらも同じ「自分」でも。
 遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーとして「生きた」のだけれど。
(あっちはちゃんと育った姿で…)
 ハーレイにキスを強請らなくても、幾らでもキスを貰っていた。
 恋人同士が交わす唇へのキス、それを何度も。
(どっちも、同じぼくなんだけど…)
 時の彼方には、「もっと育った」自分の姿。
 今ではすっかり英雄扱い、それが「ソルジャー・ブルー」という人。
 写真集だって山ほどあるから、もう本当に腹立たしい。
 「どうせ、ぼくならチビだってば!」と、プンプンと怒りたくもなる。
 ソルジャー・ブルーさえいなかったならば、チビの自分でも…。
(もうちょっと、ハーレイにマシな扱いをして貰えて…)
 きちんと恋が出来るんだけど、と考えてみても、ソルジャー・ブルーがいなければ…。
(…前のハーレイとは恋をしてなくて、今のぼくだって…)
 ただのチビ。
 十四歳にしかならない子供で、きっと恋とは無縁な日々。
 友達と遊ぶことに夢中な、年相応の無邪気な子供。
 生まれつき身体が弱いものだから、駆け回ったりは出来なくても。


 ソルジャー・ブルーは憎いけれども、「いてくれないと困る」存在。
 彼がいないと、前のハーレイと恋は出来ない。
 前のハーレイとの恋が無ければ、今のハーレイとの恋だって「無い」。
 出会ったとしても、教師と教え子、たったそれだけ。
(…ずいぶん大きな先生だよね、って…)
 今のハーレイの姿を眺めて、自己紹介を聞いて納得するのだろう。
 「子供の頃から柔道と水泳で鍛えていたから、あんなに大きな身体なんだ」と。
 古典の授業が始まった後も、ノートを取ったり、質問をしたり…。
(当てて貰って、答えたりしても…)
 恋をしたりはしないのだろう。
 「前の自分」がいないなら。
 前のハーレイに恋をしていた、ソルジャー・ブルーの記憶を持っていないなら。
(ハーレイが生徒の人気者でも…)
 そうなんだ、と思うだけ。
 自分も「お気に入りの先生」の中に数えたとしても、それでおしまい。
 ハーレイの時間を独占している「柔道部の生徒」を羨みもしない。
 「ぼくとは縁が無い世界だよ」と考えるだけで。
 朝一番から走り込みをして、朝練をしている柔道部員。
 ハーレイも一緒にいるのだけれども、身体が弱い自分は「柔道など出来ない」。
 やってみたいと思いもしないし、眺めて通り過ぎるだけ。
 「今日もやってる」と、「みんなホントに元気だよね」と。
 ハーレイとの接点が幾つあっても、きっと恋には落ちない自分。
 毎日のように、質問に出掛けて行ったって。
 他の生徒がやっているように、「ハーレイ先生!」と廊下で呼び止め、立ち話をしても。
 なにしろハーレイは「先生」なのだし、自分は教え子の一人にすぎない。
 特別なことなど何処にも無いから、恋の切っ掛けさえも無い。
 どんなに仲良くなったとしても、家に遊びに出掛けたとしても…。
(それでおしまいになっちゃうってば…)
 恋をする理由が無いのだから。「お気に入りのハーレイ先生」だから。


 きっとそうなる、と自分でも分かる。
 前の自分がいなかったならば、今のハーレイとの恋などは無いと。
(四年間、今の学校で教えて貰っても…)
 担任して貰う年があっても、ハーレイは「お気に入りの先生」の一人。
 楽しく四年間を過ごして、自分は卒業してゆくのだろう。
 「ハーレイ先生、さようなら!」と、元気一杯に手を振って。
 「また、学校にも遊びに来ますね」と、笑顔で別れの挨拶をして。
(…今のぼくだと、そうならないけど…)
 卒業したなら、結婚できる年。十八歳の誕生日が直ぐにやって来る。
 それを待ち焦がれて、ハーレイからのプロポーズを待って、胸を高鳴らせながらの卒業。
 卒業式では、何食わぬ顔をしていても。
 友達に「ハーレイ先生の所にも行こうぜ!」と誘われて、挨拶しに行っても。
 みんなと一緒にハーレイと握手して、「ありがとうございました!」と頭を下げても…。
(心の中は、もう先のことで一杯で…)
 早く学校から出たくてたまらないのだろう。
 もう「生徒ではない」自分。
 それになりたくて、ハーレイと堂々と「恋が出来る身」になりたくて。
(流石に、学校の門の前では待たないけれど…)
 卒業式を終えて帰って行ったら、きっとハーレイを待ち侘びる。
 「もう来るかな?」と、「まだ来ないかな?」と、首を長くして。
 生徒でなくなった自分の立場は、もう「ハーレイの恋人」だから。
 十八歳になれば結婚できるし、誰にも隠さなくていい、自分たちの恋。
 「やっと堂々とデート出来るよ」と、嬉しくて嬉しくて、たまらない筈。
 四年間も「生徒」を頑張ったのだし、もうこれからは「恋人だけ」と。
(…でも、前のぼくがいなかったら…)
 そのワクワクも恋も、消えてなくなる。
 最初から恋は生まれないまま、卒業したらハーレイとも「お別れ」。
 「恋をしたかも」とは思いもしないで、「さようなら!」と元気に手を振って。


(そんなの、困る…)
 困っちゃうよ、と悲しい気分。
 ハーレイと恋が出来ないなんて、出来ずに終わってしまうだなんて。
 それを思うと、「前の自分」は「いないと困る」。
 憎い恋敵でも、大人だった姿が憎らしくても。
(会えたら、文句を言いそうだけど…)
 「なんで、ハーレイを盗っちゃうの!」と。
 今もハーレイは「ソルジャー・ブルー」を忘れていないし、そのせいでキスが貰えない。
 「キスは駄目だと言ったよな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 ハーレイのキスは、「前の自分」が持ったまま。
 最後にキスを貰っていたのは前の自分で、今の自分は一度も貰っていないから…。
(ハーレイ、前のぼくに盗られて…)
 盗られっ放しで、今も「返して貰えない」。
 「渡して貰えない」と言うべきだろうか、ハーレイのキスは前の自分のものだから。
 ソルジャー・ブルーがしっかりと持って、自分には譲ってくれないから。
(…手強すぎるよ、前のぼく…)
 今の時代も大英雄なだけのことはある。
 死の星だった地球が青く蘇るほどの時が流れても、称えられているソルジャー・ブルー。
 それが恋敵で、「前の自分」。
 チビの自分が逆立ちしたって敵わない相手。…色々な意味で。
(あんな立派な生き方は無理で、おまけにチビで…)
 ホントにどうにもならないんだから、と怒ってみたって勝てない相手。
 時の彼方には恋のライバル、どう頑張っても勝てない敵。
 ハーレイのキスを譲ってくれない、渡してくれない「憎らしいヤツ」。
 もう本当に腹が立つけれど、その恋敵がいないと困る。
 ハーレイとの恋は生まれもしないで、「さよなら」になってしまうから。
 仲良くなっても教師と生徒で、それっきり。
 お互い、恋には落ちもしないで、卒業式でお別れだから。


 それは困るし、「ソルジャー・ブルー」は必要なもの。
 前の自分の「ハーレイとの恋」も、無いと困ってしまうもの。
 けれど、そのせいで自分が困る。
 生まれ変わって再び出会えた、ハーレイにキスを強請っても…。
(ぼくがチビだから、断られちゃって…)
 ピンと額を弾かれたりして、叱られるだけ。
 「何度言ったら分かるんだ?」と、鳶色の瞳で睨まれもして。
(…どうして、こうなっちゃったわけ…?)
 前のぼくが自分の恋敵なんて、と頭を抱えてみたって、何も解決しはしない。
 悔しかったら、早く育って「前の自分と同じ背丈」になる他はない。
 ソルジャー・ブルーと同じ姿に、「ハーレイが恋をした人」に。
(…ハーレイは、ぼくに恋をしてくれてるけど…)
 その恋は、きっと「子供向け」。
 キスも出来ないチビの恋人、それに合わせた「子供向けの恋」。
 本物の恋はキスと同じで、今もやっぱり「ソルジャー・ブルー」が持っていそう。
 チビの自分には譲ってくれずに、遠く遥かな時の彼方で。
 今はもう無い白いシャングリラで、あの船にあった青の間で。
(…うーん…)
 それを返して欲しいんだけど、と怒鳴りたくても、前の自分は何処にもいない。
 時の彼方にはいるのだけれども、今は「自分の中」だから。
 自分の頬っぺたを引っぱたいても、「自分が痛い」だけのこと。
 ソルジャー・ブルーは涼しい顔で、チビの自分を見ているのだろう。
 「なんという馬鹿な子供だろう」と、「これじゃ、ハーレイも大変だ」と。
 そう言う声が聞こえたように思うから…。
(前のぼくの馬鹿…!)
 それに意地悪、とプウッと頬を膨らませる。
 「出て来ないなんて、卑怯だよ」と、「ぼくに文句を言わせてよ!」と。
 それは無理だと分かっていたって。とても敵わない敵で、最強の恋のライバルだって…。

 

          時の彼方には・了


※前の自分が恋敵だというブルー君。考えるほどに、憎らしいのがソルジャー・ブルー。
 けれど、ソルジャー・ブルーがいなかったら出来なかった恋。なんとも悩ましい所ですよねv









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