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(…ちゃんと、しっかり乾かしたから…)
 寝癖はつかないと思うんだけど、と小さなブルーが触った髪。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 ハーレイは、とても優しいけれども、問題が一つ。
(ぼくのこと、子供扱いで…)
 どう頑張っても、貰えないのが唇へのキス。
 「ぼくにキスして」と頼み込もうが、「キスしてもいいよ?」と誘惑しようが。
 お決まりの台詞は、「俺は子供にキスはしない」で、もう本当に子供扱い。
 それに怒って膨れた途端に、「おっ、フグか?」と言われる始末。
 頬っぺたをプウッと膨らませた顔、それを海にいるフグに見立てて。
 真ん丸く膨れ上がるフグの姿に、恋人の顔を重ねてしまって。
(おまけに、フグの次にはハコフグ…)
 ハーレイの大きな両手でペシャンと、潰されてしまう「膨れた頬っぺた」。
 そうなった時の顔を指しているのが、「ハコフグ」という渾名。
 フグと同じで海に住んでいる、独特の姿をしたハコフグ。
 そのハコフグに「そっくり」だからと、恋人のことをハコフグ呼ばわり。
(…ホントのホントに、酷いんだから…!)
 あんまりだよね、と零れる溜息。
 今日はハーレイは来なかったけれど、来てくれた時も、子供扱いは変わりはしない。
 前の「自分」と同じ背丈に育つまでの間は、その扱いが続いてゆく。
 「キスは駄目だ」と断られて。
 眉間に皺まで深く刻んで、「俺は子供にキスはしない」と。


 そういう「酷い恋人」だから、髪に寝癖がついていたなら…。
(大笑いして、とんでもない目に遭わせるんだよ!)
 実際、やられたことがある。
 …あれは、寝癖ではなかったけれど。
 母がいない時に、自分で寝癖を直そうとしていて、失敗をした結果だけれど。
(…髪の毛、ペシャンコ…)
 髪に寝癖がついた時には、母が蒸しタオルで直してくれる。
 丁度いい具合の温度のタオルを、「このくらいかしら」と時間を考え、頭に乗せて。
 それを頼もうと思った休日の朝に、母は出掛けてしまっていて…。
(行先は、ご近所だったけど…)
 きっと知り合いの誰かに会って、話が弾んでいたのだろう。
 いつまで待っても戻らない上、休日だから、その内にハーレイが訪ねて来る。
 寝癖のついた髪を見たなら、笑われるのに決まっているから…。
(なんとかして直さなくっちゃ、って…)
 見よう見真似で、キッチンで作った蒸しタオル。
 それを自分の頭に乗っけて、頃合いを見て「外す」つもりでいたというのに、大失敗。
 父が見ていた新聞の記事に、つい釣られて。
 横から夢中で読んでいる内に、父が「時間が経ちすぎてないか?」と指差したタオル。
 慌てて頭から外したけれども、とうに手遅れ。
(…寝癖がついてた髪の毛ごと…)
 頭の天辺の髪の毛は全部、ペシャンコになってしまっていた。
 「ソルジャー・ブルー風」の髪型、それの大部分が台無しになって。
 平らになった頭の天辺、直そうとしても、もう直らなくて…。
(…ママが帰って来ない間に、ハーレイ、来ちゃって…)
 大笑いされて、挙句にオールバックにされた。
 「俺でも寝癖は直せるんだぞ」と、ハーレイが自分の指に絡ませたサイオンで。
 「前のお前は、サイオンで寝癖を直していたもんだが」と、昔話を聞かせながら。
 何度か指で梳かれた後には、「キャプテン・ハーレイ風」の髪型。
 銀色の髪を、すっかりペタリと撫で付けられて。
 まるでハーレイの髪型みたいに、それはとんでもないスタイルにされて。


(…また、あんな風にされるんだから…!)
 髪に寝癖がついていたなら、と膨らませた頬。
 「ハーレイは酷い」と、「ホントに、ぼくを子供扱いするんだから」と。
 そうならないよう、寝癖には気を付けている。
 少なくとも、髪が湿ったままでは、ベッドに入らないように。
(ほんのちょっぴりでも、湿っていたら…)
 次の日の朝、目覚めた時には、髪に寝癖がついているもの。
 湿り気を帯びている髪で寝たら、プレスするようなものだから。
(…前のぼくなら、湿り気だって…)
 サイオンで瞬時に乾かしていた。
 指で梳かなくても、「乾かしたい」と考えただけで、サッと乾いてくれた。
 けれど今では、それは出来ない。
 とことん不器用になったサイオン、それは言うことを聞いてくれない。
(…聞いてくれるどころか、ぼくの中でグッスリ眠ってて…)
 目覚める気配さえも無いから、使いこなすなどは、夢のまた夢。
 だから「自分で」気を付けて、予防するしかない。
 銀色の髪に、変な寝癖がつかないようにしたければ。
 またハーレイに笑われないよう、「きちんとした髪」でいたければ。
(一事が万事で、油断大敵…)
 日頃から気を付けていないと、肝心の時に失敗をする。
 学校がある日は、母が蒸しタオルで直してくれるし、大丈夫だけれど…。
(…お休みの日だと、またママが…)
 朝から出掛けて留守だったりして、寝癖直しを頼めない日があるかもしれない。
 悲劇を繰り返したくないと言うなら、普段の心掛けが大切。
(寝る前には、ちゃんと乾かして…)
 それからベッドに入ること。
 次の日が、休日でない時も。
 明日と同じで、目覚まし時計の音で起きたら、学校に行く前の夜だって。


 用心しなくちゃ、と撫でてみる髪。
 まだ湿り気が残っていないか、指で梳いてみて。
 変な寝癖がつかない程度に、クシャリとかき回してみたりもして。
(うん、大丈夫!)
 これならいいや、と両手の指で確かめてみて、大満足。
 明日の朝には、寝癖なんかは、ついていないに違いない。
 夜の間に、ヘンテコなことをしなければ。
 上掛けと枕の間でギュウギュウ、変な具合に自分でプレスしなければ。
(…一本や二本なら、はねちゃってても…)
 きっと見た目に分かりはしない。
 銀色の髪は光に透けて、一本だけなら見えにくいもの。
 枕の上に落ちていたって、光を弾いてくれない限りは、存在に気付かない時もあるほど。
 手に触れてやっと、「あれ?」と拾い上げる朝も、よくあるから。
(抜けちゃった髪の毛は、ゴミなんだけど…)
 ベッドから下りても、気付かないままの日だってある。
 着替えを済ませて、ベッドを整えようという時にようやく、拾ってゴミ箱に捨てる日も。
(…分かりにくいもんね?)
 だけど、ゴミには違いないから…、と思った所で気が付いた。
 遠く遥かな時の彼方で、その「ゴミ」を探していた前のハーレイ。
 「前の自分」がいなくなった後に、ただ一人きりで、青の間に行って。
 髪の毛の一筋だけでもいいからと、「形見の品」を探し求めて。
(…ハーレイは、それが欲しかったのに…)
 前の自分が残した髪の毛、銀色の糸を探していたのに、一本も見付からなかったという。
 何も知らない部屋付きの係が、すっかり掃除をしてしまって。
 綺麗好きだった「ソルジャー・ブルー」が戻って来たなら、直ぐに休めるようにと。
(…前のぼくの髪の毛、掃除係さえ来なかったなら…)
 きっと一本や二本くらいは、青の間に落ちていたのだろう。
 メギドに飛ぶ前、掃除などはしていないから。
 「これで最後だ」と見回しただけで、背中を向けて去った青の間。
 もう戻っては来ないのだから、「掃除しよう」とは、考えさえもしていなくて。


 けれど、前のハーレイは「拾い損ねた」。
 あの部屋に落ちていただろう髪を、係が「ゴミだ」と掃除したから。
 端から綺麗に拾い集めて、ゴミ箱に捨てて、そのゴミ箱さえ空にしたから。
(……ごめんね、ハーレイ……)
 ホントにごめん、と時の彼方のハーレイに謝る。
 今のハーレイにも謝ったけれど、思い出したからには、前のハーレイにも、改めて。
(…ぼくの髪の毛、ゴミになっちゃって…)
 前のハーレイの手には、一筋も残りはしなかった。
 ハーレイにとっては、前の自分の髪の毛は「ゴミではなかった」のに。
 何にも代え難い「大切な形見」で、一本だけでも、大きな意味があったのに。
(…前のぼく、髪の毛、残してあげられなかったから…)
 寝癖をオモチャにされてもいいかな、と考えもする。
 前のハーレイが「手に入れ損ねた」銀色の髪を、指で好きなだけ触りたいなら。
 サイオンを絡めた指で梳いては、オールバックにしたりもして。
(…笑われちゃうのは、癪なんだけど…)
 子供扱いも嫌だけれども、たまには寝癖のついた頭で、顔を合わせるのもいいかもしれない。
 今は「ゴミ箱に捨てる」髪の毛、本当に今では「ゴミ」でしかない、銀色の髪。
 それが「ゴミではなかった」人を、今の自分は知っているから。
 前のハーレイの深い悲しみ、それを少しでも癒せるのなら。
(ぼくの髪の毛、オモチャにしても…)
 許そうかな、と今夜は思う。
 抜けたらゴミでしかない銀色の髪を、前のハーレイは手に入れ損ねたままだったから…。

 

          ぼくの髪の毛・了


※寝癖は嫌だ、と考えているブルー君。前にハーレイに「髪をオモチャにされた」せいで。
 けれど、その髪を手に入れられなかったのが、前のハーレイ。たまには寝癖もいいかもですv









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(……ふうむ……)
 どうやら伸びて来ちまったな、とハーレイが手をやった髪。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎の机の前で。
(…切りに行くには、まだ早いんだが…)
 近い内には行かないと、と髪を撫でてみて確かめた感触。
 「そろそろだよな」と、頭の中で段取りしながら。
 切りに行くなら、いつがいいかと考えもして。
(だが、その前にだ…)
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを一口。
 せっかく淹れ立てを持って来た以上は、熱い間に味わいたい。
 考え事を始めたならば、冷めてしまうのが常だから。
(この一杯が美味いんだ)
 一日を締めくくるには、もってこいの味。
 寝酒などより、コーヒーの方が、自分の好み。
 飲んで眠れなくなることもないから、いつもの習慣。
 ゆっくりとカップを傾けながら、さっきの続きに思考を向ける。
 少しばかり伸びて来ている髪を、どうするか。
(…急ぎやしないが、心づもりはしておかんとな…)
 でないと、あいつが膨れちまう、と思い浮かべるブルーの顔。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 恋人には違いないのだけれども、今のブルーは、十四歳にしかならない子供なだけに…。
(俺が行けない日ばかり続くと、膨れちまうんだ)
 仕方がないとは分かっていても、不満が顔に出るブルー。
 「ハーレイが来てくれなかったよ」と、プンスカと頬っぺたを膨らませて。
 桜色をした愛らしい唇、それだって尖らせてしまって。
(そうなっちまうと、可哀相だし…)
 髪を切りに行くなら、元から「用事のある日」がいい。
 長引きそうな会議の日だとか、そういった時。
 仕事帰りに、ブルーの家には出掛けられない、「遅くなる日」が。


 幸いなことに、行きつけの理髪店の方は、遅い時間まで開いている。
 店主が一人でやっている店で、予約が必要なほどでもない。
(先客がいても、少し待ったら…)
 じきに自分の番が来るから、今の内から心づもりをしておいたなら…。
(この日に行こう、と思う日がだな…)
 その内に出来ることだろう。
 「此処だな」と予定を入れられる日。
 どうせブルーの家には行けない、と理髪店へと向かう日が。
(はてさて、いつになるのやら…)
 一週間先か、二週間先か。
 急ぎはしないし、いつだっていい。
 「キャプテン・ハーレイ風」のヘアスタイルは、そうそう崩れはしないから。
 少しばかり長めになったとしたって、誰も気付きはしないもの。
 きちんとオールバックに撫で付け、乱れないよう整えておけば。
 襟足が普段より伸びていようが、見た目だけで直ぐに分かりはしない。
(しかし、俺には分かるんだよなあ…)
 伸びてしまっていることが。
 「こいつは駄目だ」と、鏡に向かって「伸びすぎた髪」を引っ張ったりも。
 そうなる前に、行くべき所が理髪店。
 其処の店主には、実は「秘密」があるのだけれど。
(…キャプテン・ハーレイの、熱烈なファンと来たもんだ…)
 長年、知らなかったけれども、小さなブルーと再会した後、偶然、知った。
 ある日、店主が髪を切りながら始めた、いわゆる世間話の中で。
 「お仕事の方は順調ですか?」と訊くような具合に、きっと、何の気なしに。
(…俺が初めて、あの店に入った時にだな…)
 一目で心が躍ったらしい、その店主。
 「若きキャプテン・ハーレイ」が、自分の店に入って来たものだから。
 顔立ちも体格も、そっくりそのまま、「若き日のキャプテン・ハーレイ」な男。
 そういう客がやって来ただけに、とても感激したのだという。
 「若き日の、キャプテン・ハーレイですよ?」と、話しながら瞳を輝かせたほどに。


 初老の店主は、見かけよりも遥かに年を取っているけれど、其処がいい。
 あそこの店の佇まいと同じに、落ち着いた雰囲気に惹かれている。
(この町に来て、初めて入ったんだが…)
 此処にしてみるか、と試しに入って、それ以来、通い詰めている店。
 ところが、実は店主の方でも、「キャプテン・ハーレイ」の来店を心待ちにしていた。
 青年の姿をしていた頃には、「若きハーレイ」そのままの髪型を整え続けて。
 それが似合わなくなって来たなら、「これは如何でしょう?」と今のを勧めて。
(明らかに店主の趣味なんだよなあ…)
 これは、と少し伸びて来た髪に触れてみる。
 店主が幾つか勧めた髪型、中でも一番推していたのが「キャプテン・ハーレイ風」のもの。
 「きっとお似合いになりますよ」と、自信たっぷりに。
(俺も、そいつがいいと思って…)
 このヘアスタイルに仕上げて貰って、今に至っているけれど…。
(まさか、店主の趣味だったとは…)
 なんともはや、と零れる苦笑。
 とても珍しい「キャプテン・ハーレイ」のファン、そんな店主と出会った自分。
 記憶が戻るよりも前から。
 小さなブルーを知らない内から、「此処にしよう」と店に入って。
(…前の俺の、熱烈なファンだというだけじゃなくて…)
 いったい何処で気付いたものやら、「ブルーとの絆」まで見抜いた店主。
 「とても似合いの二人に見えるんですがね」と、髪を切りながら言っていた。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、二人並ぶと「絵になる」のだと。
 「けしからぬ仲だったとは思いませんが」とも、語ったけれど…。
(…いずれ、俺がブルーを連れて行ったら…)
 あの店主ならば、遠い昔の写真を眺めて、「そうか」とピンと来るかもしれない。
 今の時代も残る写真に、「同じ眼差し」や「表情」を見て。
 「ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの恋」を、今の「客たち」から読み取って。
 なんと言っても「同じ顔」だし、その上、カップルなのだから。
 「結婚したんです」とブルーを連れて、あの店に入ってゆくのだから。


(…まあ、バレちまっても、かまわないがな)
 あの店主ならば、誰にも喋りはしないだろうし…、と「その日」を思う。
 店主の夢が実現する日が、「ブルーを連れてゆく日」だから。
(俺に恋人が出来た時には、ソルジャー・ブルー風にカットするのが…)
 あの理髪店の店主の夢。
 「キャプテン・ハーレイ」と「ソルジャー・ブルー」を、恋人同士として並べるのが。
 けしからぬ仲の二人でなくても、並んでいれば絵になるだけに。
(ブルーを見たら、きっとビックリ仰天で…)
 それから嬉々として、ブルーの銀色の髪をカットしてゆくのだろう。
 元々「ソルジャー・ブルー風」の髪型だけれど、それを美しく保てるように。
 銀色の髪の毛をチョキチョキと切って、「如何ですか?」とブルーに訊いたりもして。
(…でもって、綺麗に仕上がった後は…)
 床に散らばった銀色の髪を、手早く掃除するのだろう。
 理髪用のマントに落ちていた髪も、慣れた手つきでサッと払って。
(俺が先でも、あいつが先でも…)
 混ざっちまうことは無いようだな、と思う髪の毛。
 店主が一人でやっている店でも、やって来た客が二人連れでも。
(清潔が一番、って感じだからなあ…)
 店の床の上で、銀色の髪と金色の髪が「混じり合う」ことは無いのだろう。
 ブルーが先にカットを終えたら、床は綺麗に掃除されて。
(それから俺が切って貰う番で…)
 ブルーは備え付けの本でも見ながら待っているのか、カットするのを眺めているか。
(どっちだろうな?)
 あいつだったら…、と想像していて、ハタと気付いた。
 いつかブルーが「切って貰う」髪、それは店主が掃除して捨てる。
 床に落ちた分も、理髪マントにくっついた分も。
 それで当然だと思ったけれど、「俺のと混ざりはしないんだな」と考えたけれど…。


(…前の俺は、あいつの髪の毛さえも…)
 一筋も持ってはいなかったんだ、と遠く遥かな時の彼方を思い出す。
 前のブルーがメギドに向かって飛び去った後は、何も残っていなかった。
 部屋付きの係が、すっかり掃除をしてしまって。
 綺麗好きだったブルーのためにと、「何も知らずに」青の間の掃除を終えてしまって。
(…髪の毛さえも残っちゃいないんだ、と…)
 前の自分は、どれほど涙に暮れただろう。
 けれど今度は、ブルーの髪は「目の前で」ゴミになるらしい。
 カットされた後は、店主が綺麗に掃除をして。
(…あいつの髪の毛が、ゴミになるのを…)
 当たり前のように「見ていられる」のが、今の俺か、と嬉しくなる。
 今のブルーは、いなくなったりはしないから。
 髪の毛がゴミになった後には、「すっきりしたな」と、二人で帰ってゆくのだから…。

 

        あいつの髪の毛・了

※ハーレイ先生が「行くか」と思った理髪店。いつかはブルー君を連れてゆく店。
 そこでは「ゴミになる」のが、ブルー君の髪の毛。前の生を思えば、夢みたいですよねv









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(んーと…)
 いい匂い、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 学校から帰って、家の門扉をくぐって、直ぐに。
 キッチンの方から漂う匂い。
 きっと焼き立てのケーキの匂いで、この感じだと…。
(ハーレイの好きな、パウンドケーキ!)
 あれだよね、と嬉しくなる。
 母が焼き上げるパウンドケーキは、ハーレイの大好物だから。
(ハーレイのお母さんが焼くのと、おんなじ味で…)
 いわば、ハーレイの「おふくろの味」。
 焼いているのは別人なのに、ハーレイにとっては「懐かしい味」。
 食べる前から、もう本当に喜んでいるのが分かる。
 鳶色の瞳に宿る光も、笑みを湛えている唇も。
(どうしてママのが、同じ味かは分かんないけど…)
 不思議なことに、ハーレイの母のパウンドケーキに瓜二つ。
 「おふくろが焼いて、コッソリ届けに来たのかと思ったぞ」とハーレイが言ったくらいに。
 パウンドケーキを目にする度に、「おっ!」と瞳が輝くほどに。
(いつかは、ぼくもママに焼き方、教わって…)
 同じ味のを焼けるようになるのが、目標の一つ。
 ハーレイの家へ「お嫁に行く」なら、取り柄がないと、と思うから。
 「おかえりなさい!」と迎えた時に、「焼いてくれたのか?」と笑顔になって欲しいから。
 そのハーレイは、今日は来るのか、来ないのか。
 まるで全く分からないけれど、もし、ハーレイが来なくても…。
(今日のおやつは、パウンドケーキで…)
 大好きな味が食べられる。
 あれがハーレイの大好物だと知った時から、パウンドケーキは、とても特別。
 ただし、「母の」に限るのだけれど。
 他の誰かが焼いたものでは、話にならないパウンドケーキ。
 どんなに「美味しい」と評判の店の、パウンドケーキを貰っても。
 ご近所さんや母の友達、そういう人から「作りましたから」と届けて貰っても。


 やっぱりママのケーキでないと、と思う「特別な」パウンドケーキ。
 ハーレイの母が作るケーキと、全く同じ味だから。
 レシピ通りに作ってみたって、ハーレイには真似の出来ないケーキ。
 何度も挑戦したらしいのに。
 隣町に住んでいるハーレイの母に、レシピもコツも、何度も尋ねたらしいのに。
(…作る人の癖が出るんだろう、って…)
 ハーレイは、そう言っている。
 卵と小麦粉、それに砂糖とバター。
 全部の材料を一ポンドずつ、使って作るから「パウンド」ケーキ。
 単純なレシピのケーキだからこそ、味が変わってくるのだろうと。
 材料を合わせる時の加減や、混ぜる力の違いなどで。
(ハーレイには、お母さんの真似は無理みたいだけど…)
 自分にも「無理」かもしれないけれども、それでもマスターしてみたい。
 ハーレイが顔を綻ばせる味、「おふくろの味」のパウンドケーキの焼き方を。
 家に帰って来たハーレイが、見ただけで喜んでくれるケーキの作り方を。
(だけど、ママには、まだ言えないし…)
 教われはしない、パウンドケーキの作り方。
 「ぼくにも教えて」と言おうものなら、「どうしたの?」と訊かれてしまう。
 学校の調理実習だったら、家でわざわざ教わらなくても、授業で説明してくれるもの。
 「こういう風に作りましょうね」と、時にはプリントなども配って。
(…調理実習の予習なんだよ、って誤魔化せば…)
 母は教えてくれるだろうけれど、「予習」出来るのは一回だけ。
 「後は学校で教わった方がいいと思うわよ」と、励ましの言葉を貰いもして。
(…テスト勉強なら、何回したっていいけれど…)
 調理実習の予習なんかは、一回もすれば充分なもの。
 第一、誰も「予習」をしたりはしない。
 ぶっつけ本番、今日までの「自分」もそうだった。
 作る料理の予告があっても、「こういうお菓子を作りますよ」と、聞かされても。
 「ちゃんと作れればいいんだものね」と、エプロンを用意して行っただけ。
 料理が好きな生徒を除けば、揃いも揃って、初心者ばかりの集団だから。


(…家庭科の成績、調理実習だけで決まるってわけでもないし…)
 テストや裁縫、色々な要素を考慮した上で、決まる成績。
 誰でも知っていることだから、調理実習の予習は「しない」。
 ごくごく一部の料理好きの生徒、そういう子たちが「家でも作ってみる」だけで。
(ママを騙して、予習したって…)
 本当に、ただの一回きり。
 次に作れるチャンスがあるなら、「復習したい」と言えばいいけれど…。
(…それをするには、学校で貰ったレシピとか…)
 そういった「証拠」が必要になる。
 調理実習をして来た証明、それが無ければ「出来ない」復習。
(偽物のプリントを作っても…)
 母は「自分で教えてくれずに」、「それの通りにやってみなさい」と言うのだろう。
 「ママは見ているだけにするから、頑張って」と。
(…それだと、意味が無いもんね…)
 母と同じに焼き上げたいなら、母の指導が欠かせないから。
 「自分流」で焼いたパウンドケーキは、「母の味」にはならないから。
(……うーん……)
 パウンドケーキも奥が深いよ、と考え込んでいる間に、どのくらい経っていただろう。
 玄関の扉を開けもしないで、庭先に立って。
 焼き上がったばかりのパウンドケーキに、すっかり心を奪われて。
(…五分くらいかな…?)
 それとも、ほんの一分ほどか。
 パウンドケーキの甘い匂いは、まだ漂っているのだから。
(ちょっぴり、失敗…)
 こんな所で止まっちゃった、と向かった玄関。
 鍵はかかっていない扉を開けて、「ただいま!」と奥に向かって叫んだ。
 キッチンか、ダイニングにいるだろう母に。
 「帰って来たよ」と、元気一杯に。
 「おかえりなさい」と声が返って、出て来た母。
 優しい笑顔で、「今日のおやつはパウンドケーキよ」と。


(…大当たり…!)
 ホントにパウンドケーキだったよ、と御機嫌になる。
 自分の鼻にも自信が持てたし、なにより、ハーレイの大好物のケーキ。
(ハーレイが来てくれなくっても…)
 食べれば、素敵な夢が見られる。
 「いつかは、ぼくも焼くんだよ」と、「おふくろの味」をマスター出来る日の夢を。
 ハーレイに「おふくろの味のパウンドケーキ」を、自分が作って食べて貰える日のことを。
(きっと、ハーレイも、ぼくと同じで…)
 仕事を終えて家に帰った時には、甘い匂いに気付くのだろう。
 ハーレイが帰る時間に合わせて、パウンドケーキを焼いたなら。
 「そろそろかな?」と時計を見ながら、材料を計って、オーブンに入れて。
(…混ぜる時間とか、そんなのも…)
 すっかり頭に入っていたなら、そうしたことも出来るようになる。
 「今からだよね?」と作り始めて、焼き立てのパウンドケーキの匂いで迎えることが。
 ハーレイの車がガレージに着いて、ドアをバタンと開けたなら…。
(ぼくみたいに…)
 甘い匂いだけで、胸を躍らせることだろう。
 「俺の好物のパウンドケーキだ」と、「ブルーが焼いてくれたんだな?」と。
 まだ玄関にも着かない内から、匂いだけで「アレだ」と分かってくれて。
(庭先に立って、考え込んだりはしないだろうけど…)
 きっと真っ直ぐに玄関に急いで、「ただいま」と扉を開けるのだろう。
 仕事の鞄も、買って帰った荷物なんかも全部提げたままで、キッチンの方にやって来て…。
(焼き立てだな、って…)
 嬉しそうに言ってくれるのが先か、自分が出迎えに出るのが先か。
 「おかえりなさい!」と、顔を輝かせて。
 ハーレイが好きなパウンドケーキの、甘い匂いを纏い付かせて。
(…どっちが先かは分からないけど、大喜びだよね?)
 食事の支度が出来ていたって、ハーレイは「試食」するのだと思う。
 「こいつはデザートになるんだろうが、その前にな?」と、自分で一切れ、切って。
 もしかしたら、スーツを脱ぎさえしないで、「まずは一口」と。


(ふふっ…)
 そういうのも素敵、と描く夢。
 今日の自分が、パウンドケーキの匂いに迎えて貰ったみたいに、いつかは自分も。
 ハーレイが仕事から帰った時には、甘い匂いが漂うように、時間を合わせて焼き上げる。
 小麦粉とバター、それに砂糖と卵。
 全部の材料を、一ポンドずつ合わせて、混ぜて。
 ハーレイの母のパウンドケーキと、そっくり同じの味に仕上がる「おふくろの味」を。
(頑張るんだから…)
 あの匂いだけで嬉しいものね、と二階の自分の部屋で着替える。
 まだ母からは習えないけれど、いつか教わって、マスターしようと考えながら。
(…そのためにも、ママのケーキの味を…)
 ぼくも覚えておかなくちゃ、と心はダイニングのテーブルへと飛ぶ。
 着替えて下に下りて行ったら、其処で「おやつの時間」だから。
 ハーレイのために「マスターしたい」パウンドケーキが、自分を待っていてくれるから。
(帰った時には、うんと嬉しい気分になれて…)
 幸せになれる匂いがいいよね、と大きく頷く。
 今日の自分がそうだったように、「ぼくも、ハーレイのために焼かなくちゃね」と…。

 

           帰った時には・了


※ブルー君が家に帰って来たら、パウンドケーキの甘い匂いが。もうそれだけで夢心地。
 いつかは自分も作りたいわけで、夢は膨らむ一方です。ハーレイ先生の大好物ですもんねv









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(…今日も一日、終わったってな)
 ブルーの家には寄れなかったが…、とハーレイが帰り着いた家。
 学校を出た後、いつもの食料品店で買い物をして。
 前の自分のマントと同じ色の愛車を、ガレージの中に滑り込ませて。
 ピタリと決まった停車位置。
 運転席のドアを開けたら、「我が家」の地面が待っている。
 助手席に置いていた荷物を手に持ち、降り立った其処。
 薄暗くなっては来ているけれども、まだ真っ暗というわけでもない。
(しかし、明かりは…)
 もう点いてるな、と眺めた門灯。
 鍵を開ける時に困らないよう、暗くなったら自動で点ってくれる「それ」。
 庭園灯も、ぼんやりと灯り始めていた。
 そちらは「外の明るさ」で光を調節するから、まだ煌々と照らしてはいない。
(とにかく、帰って来たってわけで…)
 後はのんびりやらせて貰おう、とガレージを出て庭を横切る。
 玄関に向けて、大股で。
 夕闇の中に沈みゆく庭を、瞳の端で捉えながら。
(まだ、芝刈りをするってほどじゃあ…)
 そこまで伸びていないよな、と芝生をチェックし、生垣も。
 伸びすぎた枝があるようだったら、切ってやらないといけないから。
(家の裏手は、此処からは見えやしないんだが…)
 表の方は大丈夫だな、と大きく頷く。
 生垣の手入れは、家を持つなら大切なこと。
 庭木だったら、好き放題に伸びていたっていいけれど…。
(これが生垣だと、如何にも手入れをしていない、っていう風に見えて…)
 住んでる人間の資質ってヤツが問われるんだ、と思う生垣。
 長い間、留守にしている家なら、伸び放題になるのだけれども、住んでいるなら…。
(きちんと刈り込んでやらないと…)
 無精者だと思われるじゃないか、と考える。
 手入れをする暇が無いのだったら、「誰かに頼む」手もあるのだから。


 生垣も家も、住んでいるなら「手入れしてこそ」。
 もっとも、「家」は、自分の手では、なかなか手入れが出来ないけれど。
(…窓ガラスを拭くとか、その程度なら…)
 誰でも出来るが…、と辿り着いた玄関。
 家の中の掃除も、もちろん自分で出来るけれども、「家」そのものは、そうはいかない。
 屋根や壁などを直すとなったら、その道のプロに頼むしかない。
 世間は広いし、「趣味で自分の家を建てる」者も、いないわけではないけれど。
 ログハウスのような「簡単なもの」の方はともかく…。
(…本格的な家を建てちまうのが…)
 いるんだよな、と例を知らないわけではない。
 大工だったら分かるけれども、「全くの畑違い」な人間。
 そのくせに、趣味が日曜大工で、最初は犬小屋あたりから始めて…。
(腕が上がったら、物置を建てて…)
 物置が上手く出来上がったら、お次は「仕事場」の増築など。
 大工道具をズラリと揃えて、「プロ並みの」作業が出来るようにと。
(そういう道具を揃えちまったら、今度は自分の腕を磨きに…)
 プロの大工と一緒に仕事で、ぐんぐんと腕を上げてゆく。
 仕事で給料を貰う代わりに、「プロならではの技」を学んで。
 「家は、こういう風に建てる」と、現場の知識を実地で覚えて。
(でもって、人脈も出来るもんだから…)
 何処で資材を揃えればいいか、どういった資材が何に向くのか、それも学べる。
 腕に自信を覚える頃には、立派に「仕入れのルート」も掴む。
 柱を買うなら、此処だとか。
 屋根に葺くものは、此処に頼めば買えるとか。
(…もう、すっかりとプロ顔負けになってしまってて…)
 後は自分で「建ててみる」だけ。
 「建てたい家」の敷地を確保出来たら、早速に。
 整地のための重機なんかは、プロの大工の「知り合い」に借りて。
 家の図面も自分で描いて、完璧な「自分好みの家」の建築に取り掛かる。
 完成する日を心待ちにしつつ、コツコツと仕事を進めていって。


(…ああいうのも、きっと楽しいんだろうな)
 文字通りに「夢」が形になる「家」。
 こういう部屋が欲しい、と思った通りの部屋を「作って」いって。
 そっくり丸ごと、「自分の手で」家を築いていって。
(…俺には、とても真似できないが…)
 せいぜい、窓拭きくらいなんだが…、と鍵を開けて足を踏み入れた家。
 玄関の明かりも自動で点いているから、暗くはない。
 入って扉をパタンと閉めたら、もう完全に「家の中」。
 ガレージや庭も家の一部だけれども、寝泊まり出来る場所ではない。
 こうして「家」に入って初めて、「帰った」と言えるのだと思う。
 その気になったら、ガレージでだって、眠れるけれど。
 庭にテントを張りさえしたなら、庭でも暮らせるのだけれど…。
(家ってヤツは、こう…)
 ガレージやテントとは違うんだよな、と見回してみる。
 屋根も壁も床も、しっかりと出来ているのが「家」。
 キッチンもあれば、バスルームだって。
(…テントだと、簡易コンロを置くとか…)
 仮設の竈でも作らない限り、煮炊きは出来ない。
 ガレージにしても、其処は同じで、ついでに「無い」のがバスルーム。
 「ゆったりと風呂に浸かりたい」と考えたって、それは「家」にしか無いものだから。
(…風呂だけ、他所に入りに行くのは…)
 落ち着かんしな、と分かっている。
 旅先で入る風呂ならともかく、「自分の家」にいるというのに、「他所で風呂」など。
(庭にテントを張っていたって、ガレージに寝袋を置いたって…)
 風呂だけは「家」に入らないと「無くて」、それに入りに「家」に行ったら…。
(ついつい、ウッカリ…)
 あれもこれもと、家の中でしてしまうのだろう。
 「庭でテントだ」というつもりでいたって、気付けば書斎に座っているとか。
 簡易コンロの代わりにキッチンに立って、コーヒーを淹れているだとか。


 きっとそうなっちまうんだ、と考えながら脱いだ靴。
 家の床を踏むと、「帰って来たな」という実感。
 ブルーの家には寄れなかったけれども、「いい日」ではあった。
 後はゆっくり、自分のペースで過ごすだけ。
 夕食を作って、美味しく食べて、それから後片付けをして。
 夜の習慣になっている一杯のコーヒー、それを愛用のマグカップに淹れて。
(そいつが、「家」の醍醐味ってヤツで…)
 テントやガレージじゃ駄目なんだ、と家の奥へと歩いてゆく。
 まずは買って来た食料品を、キッチンに置きに。
 お次は仕事用の鞄を、ダイニングへと。
(家ってのは、本当にいいもんだよなあ…)
 ホッとするんだ、と済ませた着替え。
 スーツを脱いで、普段着に。
 ネクタイなどを締めたままでは、料理も出来はしないから。
(これで良し、ってな)
 さあ、やるぞ、と出掛けたキッチン。
 自分で建てた家ではなくても、もう充分に気に入っている「家」。
 帰り着いたら、「帰って来たぞ」と心の底から思える場所。
(これでこそ、家というもんで…)
 帰った時に、「俺の家だ」と実感できる所がいい。
 自分では窓を拭くのがせいぜい、屋根を葺くことは出来なくても。
 「こういう部屋があればいいのに」と、増築する腕も持っていなくても。
(住めば都と言うからなあ…)
 まさに都だ、と大満足の「家」だけれども、キッチンで、ふと思ったこと。
 前の自分も立ったキッチン、それはシャングリラの厨房だった、と。
(…あそこで料理をしてたのに…)
 気付けばキャプテンになっていた。
 もう厨房には立つこともなくて、たまに料理をしていたのは…。


(…あいつのためのスープ作りで…)
 野菜スープだ、と思い浮かべた恋人の顔。
 今のブルーが寝込んだ時にも、作りに行ってやるスープ。
 基本の調味料だけでコトコト煮込んで、野菜がトロトロになったスープを。
(…今じゃ、あいつは別の家にいて…)
 スープを作ってやるにしたって、わざわざ出掛けるしかないんだった、と浮かべた苦笑。
 「家に帰っても、あいつがいない」と、「まだ、当分は、そうなんだな」と。
(この家も、好きな家なんだが…)
 欠点ってヤツが一つあるぞ、と始めた料理。
 此処には「ブルー」が欠けているから。
 帰った時に「お帰りなさい!」と、迎えてくれはしないから。
(…その日が来るまで、欠点が一つ…)
 それでも好きな家ではある、と買ってきた野菜を刻み始める。
 いつかブルーと結婚したなら、この家は、もっと良くなるだろうと。
 「帰って来たぞ」とホッとする家、それが今より、ずっと素敵になるのだろうと…。

 

           帰った時に・了


※家に帰って来たハーレイ先生。「やっぱり、我が家はいいもんだ」と満足ですけど…。
 気付いた「其処に欠けているもの」。好きな家でも、ブルー君がいないと、欠点が一つv









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「えーっと、ハーレイ?」
 この顔はどう、と小さなブルーがプウッと膨らませた頬。
 二人きりで過ごす休日の午後に、向かい合わせに座ったままで。
 ブルーの部屋の、いつものテーブル。
 其処でいきなり膨れられても、ハーレイも困るものだから…。
「なんだ、どうしたんだ?」
 いったい何が気に食わないんだ、と投げた質問。
 ごくごく和やかに話していただけ、午後のお茶の時間の最中に。
 それなのに、膨れているブルー。
 「ハーレイのケチ!」と叫んだ時と、全く同じに。
 今日はまだ、それは言われていないのに。
 そうなる前の「唇へのキス」も、まだ強請られてはいないのに。
 なんとも解せない、膨れっ面。
 まるでフグみたいになっているブルー。


 分からんな…、と首を捻るしかないハーレイだけれど。
 何がブルーの気に障ったのか、謎は深まるばかりなのだけれど…。
「どうなのかな、って思ったんだよ」
 ぼくの、こういう顔は好きなの、と逆に尋ねられた。
 「膨れっ面の方がいい?」などと。
 今のブルーは、いわゆる「フグ」。
 「フグ」のようだと、ハーレイが何度もからかった顔。
 膨らんだ頬っぺたを両手で潰して、「ハコフグだよな」とも。
(そんな顔を好きかと訊かれてもだな…)
 何と答えればいいのか、悩む。
 「好きだ」と言ったら、このまま膨れ続けるのだろうか?
 かと言って「嫌いだ」と答えたならば…。
(…ハーレイは、ぼくが嫌いなんだ、と…)
 拗ねかねないだけに、難しい。
 どう答えるのが一番なのか、ブルーの機嫌を損ねないのか。


 考えた末に、「ふむ…」と腕組みをして。
「うむ、その顔も悪くはないが…」
 やはり普段の方がいいな、と返した答え。
 「膨れっ面のお前もいいが、膨れていない方が好きだぞ」と。
 そうしたら…。
「やっぱり、ハーレイもそう思う? じゃあ…」
 ぼくにキスして、と「膨れっ面のブルー」はニコリと笑んだ。
 「キスしてくれれば、元に戻るから」と、ニコニコ顔で。
「…はあ!?」
 なんだそれは、とハーレイがポカンと開けた口。
 何故、そうなるのか、分からないだけに。
「なんでって…。元に戻すには、そうでなくっちゃ!」
 キスを断られたら「この顔」なんだよ、とブルーが指差す顔。
 その顔になってしまっているなら、直す方法は一つだけ、と。
「キスを寄越せってか!?」
 でないと膨れたままなのか、と問い返したら、ブルーは頷く。
 「そうだよ」と、「でないと、膨れたまま」と。


(……うーむ……)
 悪知恵を働かせやがったな、と唸るハーレイ。
 キスを断ったら「膨れっ面」なら、その顔を元に戻すには…。
(…キスだと言いたいのが、このチビなんだが…)
 その手に乗るか、とフンと鼻を鳴らした。
 「其処で勝手に膨れていろ!」と。
 膨れっ面のままでは、飲めない紅茶。食べられないケーキ。
「後は、お前の我慢次第だな」
「えーっ!?」
 ぼくのケーキはどうなるの、と直ってしまった膨れっ面。
 それが可笑しくて、笑い転げる。
 「直っちまったな?」と、「お前にはキスは早すぎるんだ」と…。



        逆だと、どう?・了






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