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(……んーと……?)
 この辺にあった筈なのに、と小さなブルーが傾げた首。
 ハーレイが寄ってくれなかった日に、夕食の後で。
 宿題も予習も済ませたけれども、ハタと気になった消しゴムのこと。
 今日も勉強机で使って、その後、ちゃんと片付けたかと。
(ペンや鉛筆は、ペン立てに入れて…)
 消しゴムは引き出しに入れるのだけれど、それを仕舞った覚えが無い。
 いつもだったら、消しゴムを使った時に出来てしまうクズをゴミ箱に捨てて…。
(消しゴム、引き出しに戻すんだけど…)
 そうした覚えがまるで無いから、「消しゴムは?」と見に行った机。
 両親と一緒の夕食を終えて、部屋に戻るなり、真っ直ぐに。
 けれど、見当たらない消しゴム。
 机の上には姿が無くて、「この辺だった」と最後に置いた場所も空っぽ。
 消しゴムのクズを掃除した後の、綺麗な机があるだけで。
(…引き出しの中に片付けたのかな?)
 ぼくが覚えていないだけで…、と開けた引き出し。
 ノートや教科書などと一緒に、文具を入れるスペースもある引き出しだけれど…。
(入っていない…?)
 普段は其処に片付けるのに、消しゴムの姿は何処にも無い。
 ペン立てには入れない予備のペンやら、替え芯は入っているというのに。
(…此処に無いなら…)
 捨てちゃったんだ、とゴミ箱の方に目を遣った。
 きっと自分がボンヤリしていて、消しゴムを使った後のクズと一緒に。
 「ゴミはゴミ箱に入れないと」と、払ったついでに、消しゴムまで。
 消しゴムは小さくて軽いものだし、そうなることもあるだろう。
 ゴミ箱に捨てようとしていた「自分」が、「これもゴミだ」と思ったら。
 心が何処かに出掛けてお留守で、「消しゴムだ」と見抜けなかったなら。


 やっちゃったかも、と自覚は充分にある。
 宿題も予習も手抜きしなくても、心は他所に飛んでいただけに。
 「今日はハーレイ、来てくれるかな?」というのが、最初の頃の自分の考え。
 仕事が早く終わった時には、家を訪ねて来てくれるから。
(…ハーレイが来られる時間を過ぎてしまった後は…)
 明らかにガッカリしていた自分。
 「今日は来てくれなかったよ」と溜息をついて、恨めしげに見た時計の針。
 夕食の支度に充分間に合う時間を過ぎたら、もうハーレイは来てはくれない。
 「お母さんに迷惑かけるだろうが」と、余計に作る夕食の分を心配して。
 両親が何度「どうぞ」と言っても、「いいえ」と遠慮し続けて。
 今日もそういう時間が来たから、寂しい気分になってしまった。
 それまでの期待はすっかり萎んで、「今日は、ハーレイが来てくれない日」と。
(…だけど予習はしなくっちゃ…)
 ハーレイが来てくれないのならば、明日の分まで先取りして。
 夕食までの間に進められるだけ、先に進めておきたいもの。
 明日の分も、明後日の分も。
 次にハーレイが来てくれた時に、「出来ていない」と焦らなくても済むように。
(だから頑張って、いろんな科目…)
 教科書やノートを端から広げて、欲張った。
 「これもやろう」と、「こっちの予習もしておこうかな」と。
 その時に使っていた消しゴム。
 間違えて書いてしまった文字やら、「この方がいいな」と書き直すために消した文字。
 実に頼もしいパートナーだから、何度ゴシゴシ消しただろう。
 「これは駄目だ」と思った箇所やら、書き直そうとしていた箇所を。
(消しゴムのクズも、増えて行くから…)
 時々、ゴミ箱に入れていた。
 「邪魔だものね」と手で払っては、「これはゴミだよ」と捨ててしまって。
 予習の時間が終わった後には、より念入りにチェックした机。
 「消しゴムのクズが、何処かに残っていないかな?」と。
 これが最後の仕上げとばかりに、ティッシュペーパーで机を払いもして。


(…あの時に、消しゴムのクズと一緒に…)
 捨てたかもね、と覗いたゴミ箱。
 とても役立つ消しゴムなのに、その中に捨ててしまったろうか、と。
 あれほどゴシゴシ文字を消しては、うんと役立ってくれたのに。
 勉強の時間のパートナーとして、きちんと仕事をしてくれたのに。
(……捨てちゃったなんて……)
 あんまりだよね、と心で謝りながら、手をゴミ箱に突っ込んだ。
 中に消しゴムが入っているなら、救助しないと駄目だから。
(部屋のゴミ箱、お休みの日は、ぼくが空にするけど…)
 掃除のついでに中身を捨てるけれども、普段は母がしてくれている。
 学校に出掛けて留守の間に、他の部屋のを捨てるついでに。
 ゴミを纏めて入れる袋を手に持ち、家中の部屋を回って行って。
(…ママは中身を捨てるだけだし…)
 中に消しゴムが入っていたって、きっと気付きはしないだろう。
 他の色々なゴミと一緒に、バサッと空にするだけで。
(捨てられちゃったら、消しゴムだって可哀相…)
 ぼくのせいで寿命が縮んじゃうよ、とゴミ箱の中を探ってゆく。
 あの消しゴムは、まだまだ使える大きさだから。
 捨ててしまうには、まだ「若すぎる」消しゴムなのだから。
(…えーっと…?)
 紙屑よりは重いんだから、と底の方から探るけれども、それらしいものに当たらない。
 ゴミ箱を両手で抱えて振って、「重い物なら」下の方に落ちるようにしたって。
(…何処に行っちゃったの?)
 運悪く紙屑に絡み付かれて、そのままになっているのだろうか。
 その可能性も充分あるから、手で探ったのでは駄目かもしれない。
 ゴミ箱の中身を、すっかり外に出さないと。
 紙屑などを端から選り分け、紛れてしまった消しゴムを助け出さないと。
(何か、広げておけるもの…)
 ゴミになってもいい何か…、と部屋を見回し、引っ張り出した包装紙。
 何かの時には役立つだろうと、一枚だけ取ってあったから。


 よくある平凡な包装紙。
 捨ててしまっても惜しくはないし、その上にゴミ箱の中身を空けた。
 「エイッ!」と抱えて、飛び散らないよう気を付けて。
(…紙屑、一杯…)
 予習と復習、それに宿題の副産物。
 その中に混ざってしまった消しゴム、それを捜すのが自分の仕事。
 「何処へ行ったの?」と、手で紙屑を右へ、左へ、動かして。
 「この中かも」と振ってみたりもして。
 そうして作業を始めて間もなく、コロンと転がり出した消しゴム。
 クシャリと丸めて突っ込んだ紙に、捕まってしまっていたらしくて。
「あった…!」
 良かった、と拾い上げてやった消しゴム。
 もしもゴミ箱の中身を空けずに、手だけで探っていたならば…。
(この中じゃないよ、って思ってしまって…)
 他の場所を捜したかもしれない。
 通学鞄の中とか、他の引き出しとかを。
 「ウッカリ、そっちに入れているかも」と、そんな場所には「無い」消しゴムを。
 あちこち覗いて、「此処にも無いよ」と考えたりして。
(…ゴミ箱、空けてみて良かった…)
 後が大変なんだけれどね、と戻してゆくゴミ。
 一つずつ手で拾い上げては、空っぽだったゴミ箱へ、ポイと。
(包装紙ごと、包んで捨ててしまったら…)
 楽だけれども、それではかさばる。
 包装紙は後で小さく畳んで、ゴミ箱に入れた方がいい。
 消しゴムのクズを払った後で。
 紙屑などは先に捨ててしまって、一番最後に捨てるのがいい。
(ひと手間、惜しんじゃ駄目なんだよね…)
 捨てる時にも、消しゴム捜しにも…、と考える。
 楽な方へと流れて行ったら、きっと見付からなかった消しゴム。
 明日には母が捨ててしまって、それきりになって。


(ただの消しゴムなんだけど…)
 消えちゃったら捜してあげなくちゃ、と「命を拾った」消しゴムを撫でる。
 ゴミ箱を元に戻した後で。
 包装紙も畳んで捨てたゴミ箱、それをチラリと横目で見て。
 「命拾いして良かったね」と、「明日からも、ぼくを手伝ってね」と。
 たかが消しゴムなのだけれども、消えてしまったら、やっぱり悲しい。
 それも自分がウッカリしていて、ゴミ箱に捨ててしまったなんて。
(…そんな理由で消えちゃったら…)
 消しゴムだって泣いちゃうよ、と考えた所で気が付いた。
 ただの消しゴムでも悲しくなるのに、遠く遥かな時の彼方で「消えた」もの。
 自分が「捨ててしまった」もの。
(…ウッカリ捨てたわけじゃないけど…)
 そうしなくては、ミュウの未来が無かったけれども、捨て去ったものは「自分の命」。
 捨てた自分の方はともかく、後に残されたハーレイの方は…。
(広いシャングリラに、独りぼっちで…)
 一人きりになって、地球を目指した。
 誰よりも大切だった恋人、「ソルジャー・ブルー」がもういない船で。
(…消しゴムでも、消えちゃったら必死に捜したのに…)
 前のハーレイは、どんな思いでいたのだろう。
 捜した所で、「ソルジャー・ブルー」は、けして見付かりはしないのに。
 広い宇宙の何処を捜しても、もはや見付かる筈もないのに。
(…ぼくが消えちゃったら、ハーレイは…)
 辛かったよね、と今更ながらに思わされたから、膨れっ面は我慢しようか。
 ハーレイがキスをくれなくても。
 「俺は子供にキスはしない」と、ケチなことばかり言われても。
 たかが消しゴムでも、懸命に捜したのだから。
 前のハーレイが「失くしたもの」は、何処を捜しても見付けられないものだったから…。

 

           消えちゃったら・了


※ブルー君が失くしてしまった消しゴム。捨ててしまったゴミ箱の中から、無事に発見。
 けれども、前のブルーが「捨てた」命は、それっきり。ハーレイ先生にも優しくしないとv









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(……はて……?)
 アレは何処だ、とハーレイが見回したキッチンの中。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、夕食の後で。
 後片付けをしようと運んで来た食器は洗って、きちんと棚に片付けた。
 水気が残ってしまわないよう、しっかりと拭いて。
 「これが済んだらコーヒーなんだ」と、いつものコーヒータイムを思って。
 片付けは全て終わったから、とコーヒーを淹れようとして気が付いた。
 帰りに寄った食料品店、其処で選んで買ってきた品。
(ついでだから、と買ったんだが…)
 まだ切らしてはいない、ほうじ茶を一つ。
 ほうじ茶だけに重くもないし、「買っておくか」と突っ込んだ籠。
 自前の買い物籠は無いから、食料品店に備え付けのもの。
 入口で借りて、帰る時には返す「それ」。
(俺は確かに買ったわけでだ…)
 手に取って眺めて、棚に返したわけではない。
 「まだ要らないな」と、元の棚へと返してはいない。
 籠の中には、確かに入れた。
 他にも突っ込んであった品々、それとのバランスを考えながら。
(…レジはどうだったか、覚えちゃいないが…)
 生憎と、其処まで記憶していない。
 肉や魚を詰めたパックは、鮮やかに覚えているけれど。
 様々な野菜が、清算用の籠に詰められたのも。
(…ほうじ茶、忘れちゃいないだろうな?)
 忙しかった店員が「計算するのを忘れて」、レジに残ったままだったとか。
 そうでなくても、自分が覚えていないのだったら、レジで精算した後に…。
(貰った袋に詰め直す時に…)
 入れるのを忘れて、籠に残して来たのだろうか。
 肉や魚や、野菜を詰めて満足して。
 「これで全部だ」と袋を手にして、ほうじ茶は店に置き忘れて。


 そうかもしれん、と顎に手を当てた。
 帰宅して直ぐに入ったキッチン、肉や魚は冷蔵庫に。
 長期間保存したい品々などは、冷凍庫にも。
 野菜は野菜室に入れたし、常温で保存できる野菜は専用の箱に仕舞った記憶。
 けれど全く覚えてはいない、ほうじ茶のこと。
(…買って来たなら、此処に入れる筈で…)
 俺が覚えていなくてもな、と開けてみた棚。
 封を切っていないコーヒー豆やら、紅茶の缶などを入れておく場所。
 ところが、其処も「留守」だった。
 買って帰った筈の「ほうじ茶」、それの袋は見当たらない。
(やっぱり店に忘れて来たか…?)
 店員のミスか、はたまた自分がウッカリしたか。
 どちらにしても消えた「ほうじ茶」、この家には無いに違いない。
(……やっちまったな……)
 買い物に気を配っていたなら、こんなことにはならないだろうに。
 レジで計算して貰う時も、品物から目を離さないで。
 自分で袋に詰め直した後も、「忘れ物は無いか」チェックして。
 それを忘れてしまったのなら、こんな日だってあるだろう。
 レジ係の店員が「お客様!」と呼んでいる声にも、気が付かないで。
 同じ場所で袋に詰め直していた誰かが、「忘れてますよ」と呼び止めたのも知らないで。
(…俺がウッカリしていたんだし…)
 仕方ないな、と諦めるしかない「ほうじ茶」のこと。
 何処に忘れて来たかはともかく、持って帰っては来なかっただけに。
(…まあ、切らしてるわけじゃないから…)
 次からは気を付ければいいさ、と切り替えた思考。
 ほうじ茶くらいでクヨクヨするなど、性に合わないものだから。
(こういう時こそ、気分転換…)
 コーヒーなんだ、と淹れることにした。
 書斎でゆっくり寛ぐための、夜の定番の飲み物を。


 さて…、と用意を始めた所で、「ありゃ?」と上げてしまった声。
 コーヒー豆の袋の隣に、鎮座していた「ほうじ茶」の袋。
 まるで当たり前に、「此処が私の居場所です」という顔をして。
 店で買った時の姿そのまま、未開封の袋が其処に座って。
(…おいおいおい…)
 なんだって此処にあるんだか…、と自分でも解せない、ほうじ茶の居場所。
 普段は其処に置きはしないし、いわばコーヒー専用の場所。
 豆であろうが、インスタントの手軽な品であろうが。
(それにだな…)
 封を切っていない「ほうじ茶」だったら、さっき覗いた棚が定位置。
 買い物をして帰って来たなら、「これは此処だ」と仕舞うもの。
 それがどうして此処にあるのか、自分でも目を丸くするしかない。
 「いったい俺は何をしたんだ?」と、「これはコーヒーじゃないんだが」と。
 何処かで起こった勘違い。
 別の何かを考えながら作業したのか、あるいは身体がミスをしたのか。
 「ほうじ茶」が「コーヒー豆」のつもりで、「此処だったな」とストンと置いて。
(…てっきり忘れて来ちまったんだとばかり…)
 思っていたのに、実は家に「いた」ほうじ茶の袋。
 姿を消していただけで。
 「ほうじ茶」を捜すためには覗かない場所、そういう所で息を潜めて。
(消えちまったと思ったんだが…)
 妙なトコから出て来るもんだ、と見付けた袋を手に取った。
 「見付かったんなら、それでいいか」と。
 自分がミスしたことはともかく、店に忘れてはいなかったから。
 買った「ほうじ茶」が家にあるなら、それでいい。
 ほうじ茶の値段は知れていたって、「置き忘れた」ならガッカリもする。
 「なんてこった」と、ミスを呪って。
 「しっかりしろよ」と自分に発破で、「二度とやるなよ?」と叱りもして。
 けれど、ほうじ茶は見付かったのだし、後はコーヒー。
 「置き場所を間違えた」ほうじ茶の方は、定位置の棚に片付けて。


 それから淹れた熱いコーヒー。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、いつもの書斎に運んで行った。
 机の前に座ってカップを傾け、ほうじ茶のことを考える。
 「家の中でも消えちまうのか」と、自分でも少し可笑しいから。
 あちこち捜してみたというのに、ヒョッコリ出て来た「ほうじ茶」の袋。
 「私だったら、最初から此処にいましたよ」と、すました顔で。
(何処かに消えてしまったくせにな?)
 ほうじ茶のくせに生意気なヤツだ、と零れる苦笑。
 「この俺様を翻弄するとは」と、「忘れて来たかと思うじゃないか」と。
 もっとも、ほうじ茶の袋自体は、自分の力で動いてゆきはしないけど。
 「此処がいいな」と勝手に決めて、移動するわけがないのだけれど。
(しかしだな…)
 消えちまったら焦るじゃないか、と棚に上げたくなる自分のミス。
 コーヒーの置き場に「置いた」のは、自分だったのに。
  置いた記憶が抜けているだけで、「飲む物は此処だ」と考えたりして。
(ほうじ茶だったから、まだ良かったが…)
 もっと高価な品物だったら、家捜しをしていたのだろうか。
 「何処へやった?」と走り回って、見付からなければ、店に連絡したりもして。
 「こういう忘れ物がありませんか?」と、買った品物の名を伝えて。
(…消えちまったら、困るものだってあるからなあ…)
 買ったばかりの品物にしても、諦め切れないものもある。
 ほうじ茶くらいの値段だったら、「仕方ないな」と思えても。
(…気に入った、と選んだヤツなら、それほど高くなくっても…)
 未練たらたらというヤツなんだ、と思った所で気が付いた。
 ずっと昔に、自分は何を失くしたか。
 目の前から何が消えて行ったか、それきり二度と戻らなかったか。
(……ほうじ茶どころの騒ぎじゃなくて……)
 俺はあいつを失くしたんだ、と蘇る記憶。
 遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人。
 誰よりも大切だった恋人、その人が消えてしまったのだ、と。


 メギドへと飛んで、それきり消えた愛おしい人。
 その後、長く辛い日々を生きて、生まれ変わって、また巡り会えた。
 今ではチビになったブルーに。
 人間は誰もがミュウになった時代に、青く美しく蘇った地球で。
(もしも、あいつが消えちまったら…)
 きっと懸命に捜すのだろう。
 ブルーが何処かへ行ってしまって、行方不明になったなら。
 消えてしまった場所が、遊園地の中であろうと。
 デートに出掛けた先の何処かで、目を離した隙にいなくなったなら。
(今のあいつは、命の危険なんかは無くて…)
 さっきの「ほうじ茶」の袋みたいに、「どうしたの?」と戻るに違いない。
 「何をそんなに慌てているの」と、「あっちに綺麗な花があるよ」とでも言いながら。
 そういうオチだと分かっていたって、きっと捜さずにはいられない。
 血相を変えて、「ブルーは何処だ!?」と。
(何を慌てているんだろう、と大勢のヤツらが見てたって…)
 走り回って捜すだろうな、とその光景が目に浮かぶよう。
 大切なものが消えた時には、諦めることなど出来ないから。
 「大丈夫なんだ」と分かっていたって、ブルーを捜して、きっと全力疾走だから…。

 

           消えちまったら・了


※ハーレイ先生の前から消えた、ほうじ茶の袋。諦めかけたら、姿を現した「それ」。
 ほうじ茶だったら諦められても、ブルー君が消えた時には大変。大騒ぎして捜しますよねv









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(……んーと……)
 昼間は暑かったんだけれどね、とブルーが眺めた窓の方。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 小春日和と呼ぶには、少し暑すぎた今日。
 学校でも、そう思ったけれども、帰り道でもそう感じた。
 バス停から家まで歩く途中に、「今日はちょっぴり暑いよね」と。
 夏の暑さには及ばなくても、暑い気がする時はあるもの。
 制服はとっくに半袖ではなくて、しかも上着まで着ているだけに。
(お日様の光も、眩しくて…)
 今の季節にしては珍しく、日陰を選んで家まで歩いた。
 道沿いの家の庭木が落とす木陰を、「次は、あの木」と辿りながら。
(家に帰って、冷たい飲み物…)
 玄関を入るなり、母に向かって注文したほど。
 「暑かったから、何か冷たいものをちょうだい」と、「ただいま」の後に。
 制服を脱いで、おやつの時には、それを用意して貰えるように。
(…流石に、氷は入ってなくて…)
 キンと冷えてはいなかったけれど、母が出してくれた冷たいジュース。
 家で搾ったばかりのオレンジ、絶妙だった甘さと酸味のバランス。
 身体の熱気が引いてゆくのが、直ぐに分かった。
 「美味しいよね」と、一口飲む度、オレンジジュースが、こもった熱を奪ってくれて。
 酸っぱさが元気を運んでくれて。
(うんと元気になれたから…)
 これでハーレイが来てくれたなら、と欲張ったけれど。
 仕事の帰りに寄ってくれたら最高なのに、と夢を見たけれど、駄目だった。
 柔道部の部活が長引いたのか、何か会議でもあったのか。
 門扉の脇のチャイムは鳴らずに、時が流れて行ってしまった。
 もうハーレイは来ない時刻が訪れるまで。
 壁の時計の短い針が、「もう遅すぎる」という数字の所を指し示すまで。


 そんな具合に「今日」は終わって、後は寝るだけ。
 お風呂にも入ってしまったわけだし、湯冷めして風邪を引かない内に。
 けれども、昼間は暑かった。
 夜は暑くはないだろうけれど、もしかしたら寒くもないのだろうか。
 朝晩は冷える季節と言っても、夏の夜ほどに暑くなくても。
(…外の空気は、暖かいとか…?)
 どうなんだろう、と眺める窓はカーテンの向こう。
 日が暮れて、「もうハーレイは来ない」と分かった時刻に、閉めたカーテン。
 開けていたって、来て欲しい人は、もう来ないから。
 窓の向こうに手を振りたくても、姿が見えることはないから。
(…帰ってから、窓は開けたけれども…)
 それは部屋の中が暑かったせい。
 帰り道に「暑い」と感じた熱気が、部屋の中にも籠もっていて。
(ママが開けてはくれたんだろうけど…)
 買い物に出かける時に閉めて行って、それきりになっていたのだろう。
 「ブルーも、じきに帰って来るわ」と考えて。
 だから、自分で開け放った窓。
 「涼しくしなきゃ」と、まだ制服を脱がない内に。
 それから着替えて、階段を下りて、ダイニングでおやつ。
 冷たいオレンジジュースのお蔭で、すっきりと冷えたものだから…。
(もういいよね、って…)
 部屋に戻るなり、閉めてしまった窓。
 その後は、もう開けてはいない。
(…昼間の暑さって、残ってるかな…?)
 日が沈んでから経った時間が長いし、冷えただろうか。
 それとも暑さの名残を留めて、パジャマでも寒くないのだろうか。
(…どっちなんだろ…?)
 気になるよね、と思い始めたら、ますます窓の向こうが気になる。
 ガラスを一枚隔てた外は、パジャマ姿でも平気なくらいに暖かいのか。
 あるいは「寒い!」と首を竦めて、窓をピシャリと閉めるくらいに寒いのか。


 どっちなのかな、と掻き立てられる好奇心。
 外は寒いか、暖かいのか。
(…寒かったら、風邪を引くかもだけど…)
 ほんのちょっぴり開けるだけなら、風邪を引くことはないだろう。
 いくら生まれつき弱い身体でも、そこまで弱く出来てはいない。
 一瞬、冷気に触れた程度で、とんでもない風邪を引くほどには。
 明日の朝には寝込んでしまって、学校を休むくらいには。
(…せいぜい、クシャミで…)
 クシャンと一回、そんな程度で済むのだと思う。
 雪の季節とは違うから。
 「寒いのかな?」と開けた窓から、白くて冷たい欠片が入って来はしないから。
(冬だと、風邪を引いちゃうことも…)
 ありそうだけれど、ただのクシャミで済む季節ならば、確かめてみたい。
 昼間の暑さは何処へ行ったか、今も残っているものなのか。
 すっかりと消えて涼しくなって、「寒い!」と思うほどなのか。
(…ちょっとだけ、開けるくらいなら…)
 大丈夫だよ、とベッドの端から立ち上がった。
 窓の側まで歩いて行って、カーテンをそっと引いてみる。
 窓をちょっぴり開けてみるのに、必要だろうと思う分だけ。
(…外は真っ暗…)
 庭園灯などの明かりはあっても、この時間には散歩の人だっていない。
 家に帰ってゆく人の車、それも滅多に通りはしない。
 それほど遅い時刻でなくても、家路を急ぐには遅すぎる時間。
 何処の家でも、夕食はとうに済んだだろう。
(…ハーレイだって、他の先生と食事に行ったりしていないなら…)
 家に帰って食事を済ませて、この時間には書斎だろうか。
 いつも飲むと聞くコーヒーを淹れて、それをお供に本でも読んで。
(ハーレイの家は、此処から見えないけれど…)
 それを見るんじゃないものね、と触れた窓枠。
 「外の温度を確かめるだけ」と、「外は暑いか、寒いか、どっち?」と。


 そうして細めに開けてみた窓。
 途端に冷たい風が吹き込み、レースのカーテンがフワリと揺れた。
(寒い…!)
 外はちっとも暑くないよ、と慌てて窓をピシャリと閉めた。
 「昼間は、あんなに暑かったのに」と驚きながら。
 冷たいジュースが欲しかったほどの、暑さは何処に行ったのだろうと。
(…これが当たり前なんだろうけど…)
 今の季節なら、こうだよね、と分かってはいても、真ん丸な瞳。
 「ビックリした…」と、カーテンを引いて。
 閉めてしまった窓に背を向け、ベッドの方へと戻りながら。
(…直ぐに閉めたから、風邪を引いたりはしないだろうけど…)
 それに部屋の中は暖かいし、とベッドの端に腰掛ける。
 窓を開けようと出掛ける前に、自分が座っていた場所に。
(暖房は入れていないのに…)
 中と外とで、全然違う、と見詰めるカーテン。
 それの向こうの窓を開けたら、たちまち冷えてしまうだろう部屋。
 開けっ放しにしておいたら。
 直ぐに閉めずに、あのまま放っておいたなら。
(部屋中、寒くなっちゃって…)
 風邪を引くよね、と竦める首。
 きっと半時間もしない間に、クシャミを連発し始めて。
 急いでベッドにもぐり込んでも、そのベッドまでが冷え切っていて。
(……窓って、大切……)
 ガラスが一枚あるだけなのに、と考える。
 今日、学校から帰った時には、「暑い」と感じてしまった部屋。
 こもった熱気を外に出すために、窓を大きく開け放った。
 それで涼しくなってくれたし、冷房までは入れずに済んだ。
 その「同じ窓」が、今は冷気を遮断している。
 「外は暑いのかな?」と、開けて確かめたくなるほどに。
 まさか寒いとは思いもしないで、細めに開けてしまったほどに。


(…特別な窓じゃないんだけどな…)
 何処の家にもある窓だよね、とカーテンを見ていて気が付いた。
 その「窓」さえも無かった世界を「知っていた」ことに。
 窓を細めに開けることさえ、叶わない世界を「見ていた」ことに。
(…シャングリラにあった窓とかは…)
 どれも「外」には繋がってない、と思い出す。
 青の間には窓は無かったけれども、居住区の部屋にはあった窓。
(個室の窓からは、公園が見えて…)
 皆が眺めを楽しんだけれど、その公園は「船の中」のもの。
 個室の窓を開けてみたって、入って来る空気は外の世界のものではない。
 船の中だけを巡る空気で、何処にも繋がってはいない。
(…船の外が見える窓は、殆ど無くって…)
 そういった窓の向こうに見えていたのは、真空の宇宙や、アルテメシアの雲海など。
 そんな窓では、開けられはしない。
 開けようものなら、真空の宇宙に吸い出されて死ぬか、激しい気流に連れてゆかれるか。
(…開けようと思う人なんか…)
 誰もいないし、開けられるように出来てもいなかった。
 万一、事故が起こったりしたら、船も無事では済まないだけに。
(隔壁の閉鎖が間に合わないと、開いちゃった窓から船が壊れてしまうことも…)
 まるで無いとは言い切れないから、どの窓も全て、強化ガラスで出来ていた。
 「開けられないような」窓は、一つ残らず。
 船の仲間たちを守るためにと、ある程度までの衝撃にだって耐えられるように。
(…あれに比べたら、ぼくの部屋の窓…)
 なんて頼りないことだろう。
 強化ガラスは嵌まっていないし、割れる時には呆気なく割れる「ただの窓」。
 けれど、なんとも頼もしい。
 部屋の外と中をきちんと隔てて、空気を入れ替えることだって出来て。


(ただの窓だけど、ホントに凄い…)
 特別だよ、と浮かんだ笑み。
 強化ガラスが嵌まったような窓でなくても、頼もしい窓。
 おまけに外の世界に繋がり、開けたり閉めたり、自分の好きに出来る窓。
(前のぼくには、夢みたいな窓…)
 それが今では部屋にあるよ、と嬉しくなる。
 青の間には窓が無かったけれども、今の自分は「特別な窓」を持っているから。
 ただの窓でも、窓の向こうは宇宙などではないのだから…。

 

          ただの窓だけど・了


※ブルー君が細めに開けてみた窓。もう夜なのに、外は暑いか、確かめようと。
 驚くくらいに寒かった外。強化ガラスの窓でもないのに、部屋の窓は頼もしいのですv









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(……はて……?)
 どうだったかな、とハーレイが首を捻ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを傾けたのだけれども…。
(今日は、けっこう暑かったから…)
 今の季節には珍しい暑さ、小春日和と呼ぶには高すぎた気温。
 ただし、昼だけ。
 朝の気温は普通だったし、帰宅した時も、とうに涼しくなっていた。
 ところが、昼間は留守なのが「家」。
 出掛ける時には鍵をかけてゆくし、もちろん窓も閉めてゆく。
 今の時代は「泥棒」などはいなくても。
 「空き巣」もとうの昔に死語でも、そうしてゆくのが社会の習慣。
 留守にするなら、玄関も窓も、きちんと閉めて出掛けるのが。
 仕事に行く前に閉めた窓。
 朝一番に開けて、外の空気と入れ替えていた「それ」。
 寝室で、ベッドから下りるなり。
 カーテンを開けて、「予報通りに、いい天気だな」と外を眺めながら。
 その窓を「部屋を出る前に」閉めて、それから朝食を食べて出勤。
 留守の間に、「今日は暑いから」と、窓を開ける人は「いなかった」。
 これが隣町の両親の家なら、父か母かが開けただろうに。
 「熱気がこもってしまうから」と、涼しくなって来た頃合いに。
 けれど、此処にはいない両親。
 一人暮らしをしているのだから、窓を開けてくれるような人などいない。
(お蔭で、暑さが残ったままで…)
 扉を開けたら「少し暑いな」と感じる寝室、それが自分を待っていた。
 いくら涼しくなったとはいえ、放っておいたら、当分は冷えてくれそうもない。
 そう思ったから、開け放った窓。
 たちまち涼しい風が入って、カーテンもフワリと揺れていた。
 「これでいいな」と大きく頷き、スーツを脱いで着替えたけれど…。


 その後のことを覚えていない。
 開け放った窓を閉めて来たのか、それとも開けたままなのか。
(いつもだったら、空気がきちんと入れ替わったら…)
 元の通りに閉める窓。
 昼間と違って、夜は冷え込む季節なだけに。
(これが夏なら、放っておいてもいいんだが…)
 今の季節は、それだとマズイ。
 部屋の空気を冷やすだけでなく、「何もかも冷えてしまう」から。
 ベッドを覆うシーツや上掛け、そうしたものまで冷気を纏う。
(そうなっちまうと、冷やし過ぎで…)
 不快な思いをするのは自分。
 柔道と水泳で鍛えた身体は、「ベッドが冷たい」程度では風邪を引かないけれど。
 部屋が冷え過ぎでも、頑丈な身体は平気だけれども、「冷たい」のは分かる。
 本当だったら、ベッドに入った途端に「ホッとする」筈の寝具などが。
 シーツも、枕も、上掛けも、すっかり冷えているのが。
(…俺の体温で温まるまでは、冷たい中にいるしかなくて…)
 あまり愉快なものではないし、「閉め忘れ」は御免蒙りたい。
 もしも「忘れている」のだったら、直ぐに閉めれば、これ以上冷えるのは防げる窓。
 既に冷え過ぎになっているなら、閉めたついでに、軽く暖房を入れたりもして。
(確かめに行って来るべきだろうな)
 無精せずに、と椅子から立った。
 サイオンを使えば、書斎からでも「見える」のだけれど。
 天井や壁を透かした向こうが、手に取るように分かりはする。
(しかしだな…)
 身体は動かすものなんだ、と思ってもいるし、此処は「行くべき」。
 人間が全てミュウになった今は、「サイオンを日常に使わない」のがマナーでもある。
 もっとも、「自分の家の中」では、その限りではないけれど。
 ここぞとばかりに便利に使って、こうして「閉め忘れか?」と気付いた時も…。
(一歩も動きもせずに探って、開いていたなら、サイオンでヒョイと…)
 閉める人間も少なくないのが、「誰もがミュウ」の時代だけれど。


 そうではあっても、「自分」はそういうタイプではない。
 「どうなっている?」とサイオンで探るよりかは、自分の足で確かめにゆく。
 見に行った窓が開いていたなら、窓辺まで行って、手で閉めもする。
 「開いてたか…」とドアだけ開けて覗いて、サイオンでピシャリと閉めたりはせずに。
 それが出来るだけのサイオンだったら、充分に持っているのだけれど。
(人間、無精をしちゃ駄目だってな)
 少なくとも、スポーツをやってるような人間は…、と書斎から出て、向かった二階。
 階段を上って、寝室のドアを開けたら、ひやりとした空気。
 頬にも風が触れて来たから、揺れるカーテンを見る前に分かった。
 「やっちまったな」と、「窓を閉め忘れた」ことが。
(……やっぱりなあ……)
 閉めた覚えが無いと思った、と部屋に入って、きちんと閉めた、開いていた窓。
 カーテンも引いて、「失敗したな」と見回す部屋。
(少しばかり、冷え過ぎちまったか?)
 どんな具合だ、とベッドに触れたけれども、よく分からない。
 部屋中に冷気が満ちているから、ベッドが「とても冷たい」か、どうか。
(…温度計ってヤツも、アテにはならんし…)
 あくまで体感気温が大事だ、と戻った窓辺。
 カーテンの向こうのガラスに触れて、その冷たさを確かめる。
 指で触って、どのくらいの冷気を帯びているのか。
 これが冬なら、「温かい指」でガラスが曇りもするものだから。
(今の季節は、そこまで行かんが…)
 どんなもんかな、と触れたガラスは、さほど冷たく感じなかった。
 この程度ならば、こうして窓さえ閉めておいたら…。
(俺がベッドに入る頃には、部屋の空気も…)
 暖かくなっていることだろう。
 閉めた窓から、冷気は入って来ないから。
 冷たい空気が遮断されたら、もうそれ以上は冷えないもの。
 窓は「そのために」ついているもので、開けたり閉めたりするためのもの。
 「今日は暑いな」と開け放ったり、「冷え過ぎちまった」と、逆に閉めたりと。


(…思い出しただけでも、マシだったよな)
 忘れたままだと、部屋に帰ってビックリだぞ、と戻った書斎。
 さっきの椅子にまた腰掛けて、コーヒーのカップを傾ける。
 「こいつは、少しも冷めちゃいないな」と、「少しの間だったしな?」などと。
 ほんの少しだけ、離れた書斎。
 廊下を歩いて、階段を上って、寝室の窓を閉めて来るために。
 きっと五分もかかっていないし、コーヒーが冷めるわけもない。
 「たった、それだけ」の手間を惜しんで、サイオンを使う人間も少なくないけれど。
 どうせ自分の家なのだからと、「サイオンの目で見て」、開いていたならサイオンで閉めて。
(…それよりは、自分で出掛けた方が…)
 運動にもなるし、ちょっとした気分転換にもなる。
 こうして書斎で寛ぐ時間も、充分に気分転換だけれど、それとは別に。
(開いちまってるぞ、と呆れ返るのも、部屋がすっかり冷えちまってるのも…)
 此処にいたんじゃ味わえない気分というヤツで…、と傾けるカップ。
 サイオンで探って「全て終えたら」、まるで分からない「その感覚」。
 寝室のドアを開けて入るなり、感じ取る「窓が開いている」気配。
(…自分の目で見て、身体ってヤツで味わって…)
 そういうのがいいと思うんだが…、と考えたはずみに気が付いた。
 さっき自分が閉めて来た窓、それはどういう「窓」だったか。
 「忘れていたか」と閉めたけれども、何も思いはしなかったけれど…。
(……あの窓は、空気を入れるための窓で……)
 逆に空気を出したりもするし、要するに空気を入れ替える窓。
 窓は「そのためにある」のだけれども、そうではなかった時代があった。
 遠く遥かな時の彼方で、白いシャングリラで暮らした頃に。
(あの船に窓は、基本的には無かったんだが…)
 個人の個室にあった窓などは、「外」と向き合ってはいなかった。
 居住区に鏤められた公園、そちらに向いていただけで。
 窓の向こうに緑が見えても、「本物の外」とは、まるで違って。
 開けて空気を入れ替えようにも、同じ船の中の空気が入って来るだけで。


 そしてシャングリラの、数少ない窓。
 本当に「外」に向いていた窓は、一つ残らず…。
(…強化ガラスで出来ていたヤツで、開けることは出来なかったんだ…)
 宇宙を航行している時には、窓の向こうは真空の宇宙。
 アルテメシアの雲海の中でも、強化ガラスの向こう側には、強い気流と雲の海だけ。
(…前の俺が生きた時代を思えば…)
 さっきの窓は「夢の窓」だな、と閉めて来た窓を思い出す。
 「ただの窓だが、強化ガラスで出来ちゃいない」と、「外の空気を入れられるんだ」と。
 開ければ空気が入れ替わる窓は、今では当たり前だけれども、最高の窓。
 前の自分は、「そういう窓」がある所では生きていなかったから。
 ただの窓さえ無かった世界で、前のブルーと生きたのだから…。

 

            ただの窓だが・了


※ハーレイ先生が閉め忘れていた窓。「忘れていたな」と閉めに行ったんですけれど…。
 外の空気を入れられる窓が無かった船がシャングリラ。今の時代は、ただの窓ですけどねv









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「クシャン!」
 小さなブルーが漏らしたクシャミ。
  ハーレイと過ごす休日の午後に、部屋で向かい合って座っていたら。
 会話が急に途切れてしまって、「クッシャン!」と。
「おいおい…。風邪じゃないだろうな?」
 大丈夫か、とハーレイが顔を覗き込んだ途端に…。
「クッシャン!」
 またもクシャミで、ブルーは「平気」と言うのだけれど…。
「いかんな、二回も出ちまってるし…」
 三回目が出たら危ないかもな、とハーレイが眉間に寄せた皺。
 ブルーの身体は今も虚弱で、風邪を引いたらひとたまりもない。
 それが分かるだけに、大事を取った方がいいから。


 三度目のクシャミが出るようだったら、大人しくベッドに入ること。
 ハーレイはブルーに言い聞かせた。
 「この約束は守って貰うぞ」と、赤い瞳を見詰めながら。
「お前、丈夫じゃないからな…。風邪を引いてからじゃ遅いんだ」
「でも…! せっかくのお休みなのに…」
 ベッドになんか入りたくない、とブルーはゴネる。
 そうなるよりかは、起きてハーレイと話していたい、と膨れっ面で。
 「三つ目のクシャミなんかしないよ」と、桜色の唇を尖らせて。
「どうだかな? クシャミばかりは、どうにもならんぞ」
 止めようとしたって、出ちまうもんだ、と言い終えない内に…。
「クシャン!」
 ブルーの口から飛び出したクシャミ。
 それこそ止める暇さえも無くて、アッという間に「クッシャン」と。


 三度目のクシャミが出たら、ベッドへ。
 そういう約束になっているのだし、ハーレイはベッドを指差した。
「今で三度目だぞ。サッサと着替えてベッドで寝ろ」
「嫌だよ、風邪じゃないんだから!」
 鼻がムズムズしただけだから、とのブルーの反論。
 けれど、説得力が無い。
 三度目のクシャミをやった後には、鼻を啜っているだけに。
「お前なあ…。だったら、熱でも測ってみるか?」
「熱?」
「熱が無ければ、まあいいだろう。四度目までは見逃してやる」
 だが、その前に体温計だ、とハーレイは腕組みをしてブルーを睨む。
 「早く測れよ」と、「体温計が部屋に無いなら、取って来い」と。


「えーっ!?」
 そんな、とブルーは叫んだけれど。
 更に頬っぺたが膨れたけれども、ハーレイも譲るつもりは無い。
「いいから、早く体温計だ。そいつが俺の条件だってな」
「うー…。じゃあ、おでこ」
「おでこ?」
「うん。ハーレイ、コツンとしてくれない?」
 おでこで熱が測れるでしょ、と微笑んだブルー。
 額と額をくっつけた時は、それで体温が測れる筈だ、と。
「なんだって?」
「お願い、それで測ってよ! ハーレイのおでこ!」
 ついでに唇にキスもお願い、というのがブルーの魂胆だった。
 額で熱を測ったついでに、唇にキスもして欲しい、と。
「馬鹿野郎! もう四度目まで待ってやらん!」
 チビはベッドで大人しく寝ろ、とハーレイはブルーを叱り付ける。
 我儘を聞いてやっていたなら、キリが無いから。
 おでこで熱を測るついでに、キスなどはしてやれないから…。



          熱を測って・了







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