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「おっ? 今日はパウンドケーキなんだな」
 美味そうだ、と顔を綻ばせたハーレイ。
 今日は休日、午前中からブルーの家を訪ねて来たのだけれど。
 午後のお茶の時間に出て来たケーキが、パウンドケーキ。
 ブルーの母が焼いたケーキで、ハーレイはこれが大好物。
(なんたって、おふくろの味だしな?)
 自然と笑みが浮かんでしまう。
 ごくごく単純なレシピだけれども、自分では出せない味だけに。
「ハーレイ、これが大好きだもんね」
 お母さんのと同じ味なんでしょ、とブルーが微笑む。
 「ぼくもいつかはママに習って、同じ味のを作るから」と。


 本当に不思議な話だけれど、そっくりな味がするケーキ。
 ブルーの家で初めて食べた時には、驚いた。
 「おふくろがコッソリ届けに来たのか?」と思ったほどに。
 小麦粉と卵と砂糖と、バター。
  それぞれ一ポンドずつ使って焼くから「パウンド」ケーキ。
 たったそれだけ、そんなケーキが「上手く焼けない」。
 どんなに真似ようと頑張ってみても、母のと同じ味にならない。
 ところが、ブルーの母が作ると「おふくろの味」。
 だからパウンドケーキが出る度、嬉しくなる。
 「美味いケーキだ」と、「おふくろの味が食べられるぞ」と。


 ブルーも承知しているだけに、「同じ味のを焼く」のが目標。
 今は無理でも、いつの日か母に教わろう、と。
 そんなブルーがケーキの端を、フォークで切って頬張って…。
「ねえ、ハーレイ。パウンドケーキのことなんだけど…」
「うん? どうかしたか?」
「ママに教わったらいいんじゃないかな、作り方を」
 ハーレイだって知りたいよね、と赤い瞳が煌いている。
「それはまあ…。しかしレシピを聞いた所で、どうにもならんぞ」
 現におふくろのレシピも役には立たん、とハーレイは唸る。
 隣町で暮らす母のレシピは、とっくに試した後なのだから。


「それなんだけど…。ハーレイのをママに食べて貰えば?」
「はあ?」
「ママが食べたら、きっとヒントを貰えるよ」
 お菓子作りの名人だもの、とブルーは瞳を瞬かせた。
 注意する所は火加減だとか、材料の混ぜ方などだとか…、と。
「うーむ…。確かに百聞は一見に如かずと言いはするよな」
「でしょ? 今度、作って持って来てよ」
 そうすればママのアドバイスが…、とブルーは得意顔だけれども。
「…ちょっと待て。俺が作って持って来たケーキ…」
 お前も食うんじゃないだろうな、と確かめた。
 ブルーの母に試食して比べて貰うからには、ケーキの残りは…。


「ぼくも食べるに決まってるでしょ!」
 食べない方が変じゃない、と胸を張ったブルー。
 「ママのと比べてみたらいいよ」と、「ぼくも比べる」と。
「馬鹿野郎!」
 お前の狙いは其処なんだな、と顔を顰めて一蹴した。
 ブルーは「手作りのケーキ」が狙いで、食べたいだけ。
 たちまち膨れるブルーだけれども、当然の報い。
(俺の手作りのケーキを食うには、早すぎるんだ!)
 知るもんか、とパウンドケーキをフォークで切って頬張る。
 とても美味しいケーキだけれども、味わえればそれで充分だから。
 作り方の秘訣を習いたくても、ブルーの頼みは聞けないから…。




           比べてみたら・了








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(……ハーレイ、来てくれなかったよ……)
 残念だよね、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
 平日なのだし、仕方ないとは分かっている。
 仕事が早く終わった時しか、ハーレイは来てはくれないから。
(……だけど、やっぱり……)
 会いたい気持ちは募るもの。
 学校で姿を見かけただけでは、恋する心は鎮まらない。
 挨拶をしても、立ち話が出来ても、それの相手は「ハーレイ先生」。
 学校では敬語で話すしかなくて、恋人同士の会話も無理。
 教師と教え子、そういう二人が出会ったから。
 おまけに自分は十四歳にしかならない子供で、恋をするには早すぎるから。
(…あんまりだよね…)
 チビの子供になっちゃうなんて、と「今の自分」が情けない。
 前の自分の記憶があっても、外見の方はどうにもならない。
 ハーレイから見れば「立派な子供」で、それらしく扱われてしまう。
 家まで訪ねて来てはくれても、本当の意味では…。
(……恋人同士じゃないんだよ……)
 一つに溶け合うことは出来なくて、キスさえ許して貰えはしない。
 前の自分と同じ背丈にならない限りは、子供扱い。
 「俺は子供にキスはしない」と叱られて。
 唇へのキスを強請ってみる度、「キスは駄目だと言ったよな?」と睨まれもして。
(…ぼくが文句を言ったって…)
 まるで取り合わないハーレイ。
 頬っぺたをプウッと膨らませても。
 プンスカ怒って当たり散らしても、涼しい顔で。


 前の自分なら、こんなことなど無かっただろう。
 ハーレイに向かって文句を言ったら、きっと平謝りだったと思う。
(だって、ソルジャーなんだから…)
 前のハーレイよりも上の立場で、船で一番偉かった。
 権力を笠に着てはいなくても、自然と周りに敬われた。
(…エラがみんなにうるさく言うから、ハーレイも敬語…)
 船の仲間の手本になるのが、キャプテンという立場のハーレイ。
 だから「ソルジャー」には敬語で話して、それを決して崩さなかった。
 恋人同士になった後にも、二人きりで過ごす時間にも。
(前のぼくが膨れて、怒っちゃったら…)
 ハーレイは大きな身体を縮めて、「すみません」と謝ったのだろう。
 それとも「申し訳ございません」と言ったのだろうか、場合によっては。
(……だけど今では、そんなの言わない……)
 ぼくを苛めてばかりじゃない、と思わず尖らせてしまった唇。
 ハーレイの前で膨れた時には、よく頬っぺたを潰される。
 大きな両手で、両側から挟むようにして。
 ペシャンと潰して、お決まりの台詞が「ハコフグだな」。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、さも可笑しそうに。
(…ぼくはハーレイの恋人なのに…)
 ハコフグだなんて、酷いと思う。
 そうされる前の「フグ」呼ばわりも。
(本物の恋人同士だったら、そんなこと…)
 絶対、言いはしないよね、と沸々と怒りがこみ上げてくる。
 前の自分がそうだったように、ハーレイと夜を過ごしていたら。
 キスを交わして、愛を交わして、夜ごと、一つに溶け合ったなら。


 つまりはチビな身体のせいだ、と改めて眺める自分の両手。
 何処から見ても「子供の手」だから、ハーレイが馬鹿にするのも分かる。
 「お前は、まだまだチビなんだしな?」と片目を瞑って。
 時には片手で頭をクシャリと撫でたりもして。
(……うーん……)
 世の中、上手くいかないよね、と悲しい気分。
 せっかくハーレイに会えたというのに、中途半端な関係のまま。
 こちらは恋人のつもりだけれども、ハーレイの方はどうなのだろう。
 チビの子供が相手なのだし、あるいは面白半分だろうか。
(…ぼくに聖痕、出来ちゃったから…)
 守り役という役どころなのが今のハーレイ。
 だから家まで訪ねて来てくれて、週末は大抵、一緒に過ごす。
 けれどそれだけ、一向に進展しない仲。
 キスを許してくれはしないし、デートにだって行けないまま。
 前の生なら、心も身体も、本当に一つだったのに。
 シャングリラという名の白い箱舟、あそこで共に生きていたのに。
(……今だと、家も離れてて……)
 ホントにどうにもならないんだから、と悔しいけれども、それが現実。
 今、ハーレイがどうしているのか、それさえ分からない自分。
 すっかり不器用になったサイオンは、ハーレイの思いも読み取れはしない。
 本当に恋をしてくれているか、子供相手の「ままごと」なのか。
 いつか大きく育つ日までは、ハーレイは恋してくれないのか。


(…お前だけだ、って言ってくれるけど…)
 キスも出来ないチビの子供に恋をするのは、大人のハーレイには辛いだろうか。
 今のハーレイは、若い頃には大いにモテたらしいから。
(柔道も水泳も、プロの選手になれるくらいで…)
 そちらの道に進んでいたなら、ファンに囲まれていたのだろう。
 今も腕前は落ちていないし、学校の生徒にも人気が高い。
 見る人が見たら「かっこいい教師」で、惚れる女性もいるかもしれない。
(…そういう人より、ぼくを選んでくれているなら…)
 自信を持てばいいのだけれども、生憎と「膨れてばかり」の自分。
 話が「恋」に及んだ時には、フグみたいに、プウッと。
 「ハーレイはホントに、ぼくが好きなの?」と、プンスカ怒ってみたりもして。
 一人前の女性だったら、そんなこと、言いはしないのに。
 前の自分の方であっても、ハーレイの前では膨れないのに。
(……なのに膨れて、プンスカ怒って……)
 それだけでは済まずに、「ハーレイのケチ!」と言ったりもする。
 「ケチ」で済んだら、まだマシな方。
(……ハーレイの馬鹿、って……)
 言い放つのがチビの自分で、ハーレイの気分はどうなのだろう。
 立派に育った恋人だったら、「仕方ないヤツだ」と許せはしても…。
(…チビのぼくだと、生意気なヤツ…)
 そっちの方かも、と思い至った。
 今のハーレイの年は三十八歳、今の自分は十四歳。
 二十四歳も年下のチビが、「ケチ」だの「馬鹿」だの、言いたい放題。
 ハーレイは笑って見てはいるけれど、心の中では…。
(うんと生意気なチビだ、って…)
 実は怒っているかもしれない。
 「ハーレイのケチ!」と言われる度に。
 生意気なチビにキッと睨まれて、「ハーレイの馬鹿!」とやられる度に。


 そうだとしたら、とても大変。
 「堪忍袋の緒が切れる」という言葉もあるから、そうなった時は大惨事。
 ある日突然、ハーレイが椅子からガタンと立って。
 「俺は帰る」と、「お前は好きに膨れていろ!」と見放されて。
 クルリと踵を返してしまって、ズンズン歩いて帰るハーレイ。
 部屋の扉を乱暴に閉めて、階段を下りて行ってしまって。
(…パパやママには、きちんと挨拶するだろうけど…)
 それが最後の挨拶になったら、どうしよう。
 何日待っても、ハーレイは訪ねて来てくれなくて。
 週末になってもチャイムは鳴らずに、独りぼっちの休日が過ぎて。
(…もしも、ハーレイに嫌われちゃったら…)
 どうすればいいと言うのだろう。
 チビの自分に愛想を尽かして、「俺は知らん!」と突き放されたら。
 前の自分と同じ背丈に育つよりも前に、見放されたら。
(……ハーレイは、ぼくが嫌いになっちゃったんだし……)
 他に恋人を見付けるだろうか、今のハーレイに似合いの人を。
 ハーレイに向かって「ケチ」だの「馬鹿」だの、酷い言葉を言わない人を。
(…そういう人を見付けちゃったら、ぼくを放って…)
 結婚式を挙げてしまって、幸せに暮らしてゆくかもしれない。
 「今の俺には、ブルーは合わん」と考えて。
 前の生での恋に、キッパリ別れを告げて。
(……そんなの、嫌だよ……)
 嫌われちゃったら、と涙が出そう。
 キスさえ交わしていないというのに、ハーレイに捨てられてしまうだなんて。


(…嫌われちゃったら、どうしたらいいの?)
 一人で生きて行けって言うの、と考えただけで身が凍りそう。
 ハーレイのいない人生だなんて、あまりにも酷い話だから。
 せっかく青い地球に来たのに、ハーレイが離れてゆくなんて。
(……そうなっちゃったら、生きていく意味……)
 なんにも無いよ、と気が付いたけれど、嫌われないようにするためには…。
(…「ハーレイのケチ」も、「ハーレイの馬鹿」も…)
 言わないように努力の日々で、それはとっても難しい。
 ハーレイは本当にケチなわけだし、キスもくれない恋人だから。
(……ぼく、子供だから……)
 ちょっとくらいは許されるよね、と言い訳をする。
 嫌われてしまったら大変だけれど、これからもきっと言うだろうから。
 子供は我慢が出来ないものだし、「ハーレイなら、許してくれるよね?」と。
 前の生から愛し続けた人だから。
 きっと「ケチ」だの「馬鹿」だのくらいで、絆が切れはしないだろうから…。

 

           嫌われちゃったら・了


※もしもハーレイに嫌われたなら…、と心配になったブルー君。日頃の行いを顧みて。
 けれどケチなのが今のハーレイ、つい言いそうな「ハーレイのケチ!」。大丈夫ですよね?









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(…今も昔も変わらんなあ…)
 この手の悩みというヤツは…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のリビングで。
 今日はいつもの書斎に行かずに、此処でコーヒー。
 そういう気分。
 夕食の片付けを済ませた後で、愛用のマグカップに淹れた熱い一杯。
 それを飲みながら眺めた新聞。
 其処に書かれた、恋の悩みの相談記事。
(…恋人に嫌われちまったってか…)
 ありがちだよな、と相談者の境遇に大きく頷く。
 嫌われる原因は実に色々、恋の数だけあるかもしれない。
 大切な記念日を忘れていたとか、デートの時に失敗したとか。
(何気なく言った一言ってヤツで…)
 相手がカチンとなってしまって、「嫌い!」と言われることだってある。
 下手をしたなら、「もう知らない!」と、放って帰ってしまわれることも。
(喫茶店なら飛び出されちまって、デート先なら一人で帰られちまって…)
 二人仲良く乗って来た車に、帰りは自分だけだとか。
 助手席は空っぽになってしまって、楽しい会話も無い車で。
(…今の時代だと、車なんだが…)
 ずっと昔はどうだったろうか。
 今の自分が教える古典に描かれるような、遠い昔は。
(…ああいう時代も、恋人と喧嘩は普通にあって…)
 恋に悩んだ人も多いし、車の代わりに牛車で揉めていたのだろうか。
 せっかく牛車を出したと言うのに、「もう知らない!」と恋人が怒り出して。
 「車になんか乗るもんですか!」と、機嫌を損ねて帰ってしまって。


 そんなデートもあったかもな、と考えたけれど、時代が時代。
 牛車が大路を行き交った頃には、高貴な女性は滅多に外に出なかった。
 外に出るなら、牛車か、輿か。
 誰にも顔を見られないよう、きちんと簾を下ろしておいて。
(…それで喧嘩になっちまっても、牛車を降りて帰るってのは…)
 無理だろうな、と苦笑する。
 どんなに激しい喧嘩になっても、喧嘩の相手の牛車で帰るしか無かっただろう。
 高貴な身分のお姫様では、一人で歩いて帰れはしない。
 そのような着物を着てはいないし、履物だって「見た目」が大切。
 いくら都の大路といえども、お姫様の足には難儀な道。
 自分の家まで歩けはしなくて、一人でトボトボ歩き始めても…。
(…もうちょっと時代が後になったら、駕籠という手もあるんだが…)
 牛車の時代に「誰でも乗れる」駕籠などは無い。
 流しの牛車があるわけもないし、お姫様は一人で歩くしかない。
 屋敷がどれほど遠かろうとも、「降りる!」と降りてしまったならば。
(…ウッカリ喧嘩も出来ん時代か…)
 喧嘩しながら牛車に揺られて帰ってゆくか、全く口を利かずにいるか。
 なんとも不自由な時代だけれども、仲直りするにはいいかもしれない。
 カッとなっても、「さよなら!」と言えはしないから。
 お互いムスッと膨れたままでも、一緒に牛車の中なのだから。
(…牛車というのも、いいモンかもな?)
 車よりも、と可笑しくなる。
 高い身分の者しか持てない「車」でも。
 牛車の維持費や牛の飼育に、とんでもない金がかかっても。
(…降ろしてちょうだい、と言われることだけは無いからなあ…)
 メリットのある車だったか、と思いを馳せる「昔の車」。
 牛車でデートに出掛けた場合は、喧嘩別れで恋が砕けてしまうケースは…。
(今よりは少なそうだしな?)
 お姫様が怒って、一人で帰ってしまわない分。
 家まで送り届ける分だけ、時間はたっぷりあるのだから。


 今も昔も恋の悩みは変わらないけれど、恋を取り巻く環境は違う。
 牛車と車はまるで違うし、宇宙船なら比較にならない。
(…牛車なんかじゃ、どう転がっても空は飛べんし…)
 宇宙に出ていくのも無理だ、と頭に浮かんだシャングリラ。
 今の自分は知らないけれども、前の自分が乗っていた船。
 白い鯨を思わせる船で、前のブルーと恋をした。
 あの船でブルーと喧嘩したって、ブルーは降りられなかっただろう。
 シャングリラの他には居場所を持たない、悲しい種族がミュウだったから。
(それにあいつは、ソルジャーだったし…)
 責任感が強かったから、いくら恋人と喧嘩したって、出てゆきはしない。
 「ぼくは降りる!」と、白いシャングリラを捨てたりはしない。
(…少しばかり牛車と似ていたかもな?)
 もう嫌だ、とブルーが降りてゆけない辺り。
 大喧嘩をした恋人がキャプテンを務める船でも、乗っているしかない所が。
(そんな喧嘩はしちゃいないんだが…)
 毎日、平和なモンだったが…、と懐かしく思う白い船。
 前の自分が舵を握って、前のブルーが守った船。
 恋人同士になった後にも、大喧嘩などはしなかった。
 もしかしたら牛車と同じだったろうか、シャングリラという船にいた頃は。
 ブルーが「降りる!」と怒りたくても、降りることなど出来ないだけに。
(…まさかなあ?)
 シャングリラのせいで喧嘩が無かったわけでもあるまい、と顎に当てる手。
 船のせいで喧嘩をしないことなど、あるわけがない。
(シャングリラを降りたら、帰る所が無いと言っても…)
 きっとブルーなら「降りてやる!」くらいのことは怒って言っただろう。
 ソルジャーをやっていたほどなのだし、気が強いから。
 実際、降りるかどうかはともかく、言うだけならば。


(…でもって、今のあいつだったら…)
 もう間違いなく言うだろうな、と容易に想像がつく。
 今のブルーは幸せに生きて、我儘一杯の子供時代を過ごしているだけに…。
(ハーレイの馬鹿とか、ハーレイのケチとか…)
 何度言われたか分からない。
 頬っぺたをプウッと膨らませては、プンスカ怒っていることだって。
 そんなブルーとデートに出掛けて、機嫌を損ねられたなら…。
(もう帰る、って…)
 クルリと踵を返してしまって、車には戻らず、駅へ真っ直ぐ。
 真夏の太陽が溶けるくらいに照らしていたって、ズンズン歩いて。
(でなきゃバス停に突っ立ったままで、動かないとか…)
 その姿が目に見えるよう。
 「ハーレイの車になんか乗らない!」と、眉を吊り上げて怒るブルーが。
 助手席になんか乗りはしない、と別の帰り方を選ぶのが。
(……うーむ……)
 そうなった時は、どうすればいいと言うのだろう。
 ブルーは身体が弱いのだから、遠出した時なら帰るだけでも一苦労。
 意地を張って駅まで歩いて行っても、眩暈を起こして倒れそうな感じ。
 バス停に黙って突っ立っていても、やっぱり同じに具合が悪くなって。
(…そうなるに違いないんだから…)
 デートには「嫌な思い出」が増えて、本当に「嫌われる」のかもしれない。
 「ハーレイとは二度と出掛けないよ」と、家の表にも出て来なくなって。
 通信を入れて話そうとしても、ブルーは通信に出てくれなくて。
(…そんな風に嫌われちまったら…)
 どうすればいいか、分かりはしない。
 前の自分は「ブルーと喧嘩しなかった」から。
 シャングリラと牛車が似ていたせいかは、謎だけれども。


(……前のあいつとは、そこまで派手な喧嘩は……)
 してはいないし、参考にならない「前の生の記憶」。
 ブルーに嫌われてしまった時には、どういう風にすればいいのか。
(早いトコ、仲直りしないとだな…)
 誰かにブルーを盗られちまうぞ、と心配なだけに、余計に怖い。
 ブルーがチビの間は良くても、育ったブルーは「モテそう」だから。
 女性が放っておきはしないし、男性だってアタックする。
 ブルーの恋人だった自分が、ブルーに嫌われてしまったならば。
(……何が何でも、謝りまくって……)
 平身低頭、土下座してでもブルーの許しを得るべきだろう。
 デートの途中でブルーが怒って、「帰る!」と言い出した、その時に。
 気まずい雰囲気が漂おうとも、同じ車の助手席に乗って「一緒に」帰ってくれるようにと。
(…俺の車は牛車じゃないが、だ…)
 なんとしてでも乗って貰おう、と今の間に固める決意。
 ブルーを一人で帰らせたならば、本当に嫌われかねないから。
(あいつに嫌われちまったら…)
 人生、お先真っ暗なのだし、たとえ周りに人がいようと、土下座したってかまわない。
 前の生から愛し続けた、ブルーとの恋のためならば。
 もしもブルーに嫌われたならば、生きる意味など無いのだから…。

 

          嫌われちまったら・了


※もしもブルー君と喧嘩したなら、土下座してでも謝るらしいハーレイ先生。
 嫌われてしまったら、人生、お先真っ暗らしいです。ブルー君、我儘、言いたい放題…?









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「…ねえ、ハーレイ。今のハーレイは、何歳だっけ?」
 小さなブルーが、首を傾げて尋ねたこと。
 休日の午後の、お茶の時間に。
 ブルーの部屋にあるテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「何歳って…。お前も充分、知ってる筈だが?」
 誕生日プレゼントも貰ったからな、と返したハーレイ。
 夏休みの残りが三日しかない、八月二十八日がハーレイの誕生日。
 その日を控えて、小さなブルーは悩んでいた。
 ハーレイに羽根ペンを贈りたいのに、お小遣いでは買えなくて。
「…うん。ハーレイ、三十八歳だよね」
 会った時には三十七歳だったけど、とブルーは頷く。
 「ぼくよりも、ずっと年上なのが、今のハーレイ」と。
「その通りだ。そして、お前はチビだってな」
 俺よりも遥かに年下のチビだ、とハーレイは笑った。
 「前とは逆さになっちまったな」と、「今度は俺が年上だぞ」と。


 前の生では違った年の差。
 チビの子供に見えたブルーは、ハーレイよりも年上だった。
 アルタミラの檻で暮らす間に、成長を止めてしまったから。
 未来への夢も希望も失くしたブルーは、育つことさえ忘れ果てた。
 「育っても何もいいことは無い」と、無意識の内に思い込んで。
 それほどの孤独と絶望の中で、長い年月を生き続けて。
(…それが今では、甘えん坊のチビで…)
 見かけ通りのチビの子供だ、とハーレイは頬を緩ませる。
 今のブルーは幸せ一杯、そういう子供。
 本物の両親と一緒に暮らして、満ち足りた日々を過ごしていて。
 それに「自分」の方も同じに、豊かな生を送って来た。
 三十八歳の今になるまで、前の生とは違った日々を。
 小さなブルーと再会するまでは、本当にただのハーレイとして。


(…まさに充実の人生ってヤツで…)
 これからだって、もっと充実してゆく筈だ、と嬉しくなる。
 小さなブルーが大きくなったら、今度こそ二人で暮らしてゆける。
 前の生のように、恋を隠さなくてもいいのだから。
 ブルーが十八歳になったら、プロポーズして。
(…ブルーが断るわけがないから、結婚式を挙げて…)
 それからは、ずっと一緒なんだ、と夢が大きく膨らむけれど…。
「…ハーレイ?」
 聞いているの、と赤い瞳に見据えられた。
 「ハーレイの方が年上だよね」と、睨み付けるように。
「あ、ああ…。それがどうかしたか?」
「年上なのが分かってるんなら、酷くない?」
 今のハーレイ、とブルーは不満そうだった。
 「年上のくせに、ぼくにちっとも甘くないよ」と。


「はあ? 甘くないって、どういう意味だ?」
「そのままだってば、いつもケチだし!」
 前ならくれたキスもくれない、とブルーは唇を尖らせた。
 「キスは駄目だ」と叱ってばかりで、ぼくを苛める、と。
「おいおいおい…。それはお前がチビだからでだ…」
「聞き飽きたってば! 年上だったら、甘やかしてよ!」
 年上のくせに酷いんだから、とプンスカ怒り始めたブルー。
(…やれやれ、またか…)
 これだから年下のチビは…、と思いながらも浮かべた笑み。
 我儘なブルーも可愛いから。
 年下になったチビのブルーが、ただ愛おしく思えるから…。




         年上のくせに・了







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(明日はハーレイが来てくれるんだよ)
 楽しみだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
 教師をしている今のハーレイは、平日は訪ねて来ない日も多い。
 仕事帰りに時間があったら、寄ってくれるというだけのこと。
 この部屋でお茶を飲んで話して、夕食を共にするために。
(あんまり遅くまでいてくれないし…)
 それに御飯はパパとママだって一緒だし、と思う平日の過ごし方。
 夕食のテーブルは両親も交えて賑やかに食事、そういう決まり。
 両親は何も知らないだけに、「子供の相手は大変だろう」とハーレイのことを気遣って。
 大人と話せる方がいいのだと、見事に勘違いしてしまって。
(だけど、恋人同士だってことがバレちゃったら…)
 それはそれで困ることになる。
 今のように部屋で二人きりだと、両親はきっと心配する。
 「ブルーは、まだまだ子供なのに」と、前の生との違いを思って。
 子供の間は子供らしくと、やはり色々と気を回して。
(ぼくの部屋で会っちゃいけません、って…)
 客間で会うよう言い渡されるか、部屋の扉を閉めないように言われるか。
 そうでなければ、父か母かが「必ず」同席するだとか。
(…そうなっちゃったら、とても大変…)
 ハーレイにキスを強請るどころか、甘えることさえ出来なくなる。
 両親の目が光っていたなら、どうにもならない恋人同士。
(ぼくが結婚できる年になるまで…)
 監視の日々が続くだろうから、まるで全く楽しくない。
 今と同じに、ハーレイが訪ねて来てくれても。
 明日と明後日のような休日、午前中から夕食までずっと一緒にいても。


 待ちに待った週末、それが明日。
 土曜日だから、ハーレイは午前中から家に来てくれる。
 部屋を掃除して待っていたなら、門扉の脇のチャイムが鳴って。
 この部屋の窓から下を見下ろしたら、生垣の向こうで手を振るハーレイがいて。
(…明日もハーレイ、早いんだよね?)
 休日の朝も、ハーレイは早く目覚めると聞く。
 朝一番からジョギングしたり、庭の手入れをしてみたり。
 此処に着くのが早すぎないよう、時間を調整するために。
 朝食を済ませて家を出たって、その気配りを忘れないのが今のハーレイ。
 少し早すぎると思った時には、途中で回り道をする。
 お気に入りのコースが幾つもあるから、その中から一つ、好きに選んで。
(…ミーシャに会いに行くのかな?)
 そうなのかもね、と頭の中に描いた猫。
 ハーレイの回り道の一つに、猫のミーシャがいる家がある。
 本当の名前は「ミーシャ」ではなくて、違う名前がありそうだけれど…。
(…名前が分からない猫は、どれもミーシャで…)
 ミーシャと呼ぶのがハーレイの流儀。
 猫の方でも、特に文句は無いらしい。
 「ミーシャ」と呼ばれたら「ミャア!」と返事で、頭を撫でて貰いもする。
 ハーレイの足に身体を擦り付け、「遊んで行って」と甘えたりも。
(いいな、ミーシャは…)
 好きなだけハーレイに甘えられて、と思うけれども、前にハーレイに叱られた。
 「猫になりたい」と言い出して。
 ハーレイの母が飼っていた猫、真っ白なミーシャに憧れて。
(ぼくが猫なら、いつもハーレイと一緒にいられて…)
 ベッドに入る時も一緒で、甘え放題で幸せ一杯。
 それがいいな、と考えたけれど、ハーレイは真顔で「駄目だ」と言った。
 猫の寿命は短いのだから、じきに別れがやって来る。
 それでは駄目だと、「長い人生を一緒に過ごせる人間がいい」と。


 叱られたから、もう分かっている。
 猫の短い寿命などより、人間の寿命が大切だと。
 三百年以上も一緒にいられる、今の人生がいいのだと。
(…だけど、まだまだ待たなくちゃ駄目で…)
 ハーレイと二人で暮らすどころか、キスさえ許して貰えない自分。
 結婚できる年は十八歳なのに、十四歳にしかならないチビ。
(……うーん……)
 本当に先は長いよね、と考えただけでも溜息が出そう。
 まだ誕生日を無駄に三回も迎えないとなれない、「十八歳」。
 十五歳と十六歳、十七歳は「単なる記念日」。
 ハーレイがプレゼントを贈ってくれても、たったそれだけ。
 母が焼いてくれたケーキに立てる、蝋燭の数が増えてゆくだけ。
 十五歳になったら、去年のよりも一本分。
 その次の年は、また一本分。
(…今年のケーキより、蝋燭、三本も増えたって…)
 祝う誕生日は十七歳で、十八歳までは一年もある。
 三百六十五日もあるのが、十七歳から十八歳の誕生日まで。
 誕生日は三月三十一日、次の日から四月になるけれど…。
(春と夏と秋と、それから冬と…)
 四つの季節が過ぎない限りは、十八歳にはなれない勘定。
 待って、待ち続けて、待ちくたびれそうな長い年月。
 ハーレイとキスさえ出来ないままで。
 二人でデートに行けもしないで、ハーレイの家にも招かれないで。
(…前のぼくと同じ背丈にならないと…)
 キスは駄目だし、ハーレイの家を訪ねてゆくのも禁止。
 制約だらけの今の人生、「猫になりたい」と思うくらいに。
 もしも猫なら、ハーレイのキスが貰えるから。
 ヒョイと抱き上げて、唇にチュッと。
 猫に唇があるかどうかは、ともかくとして。


 なんとも残念な今の状況、明日は会えても話すだけ。
 それでも充分満足だけれど、やっぱり不満に思いもする。
 もっと大きく育っていたなら、直ぐに結婚できただろうに。
 とうにハーレイと一緒に暮らして、毎日が甘い日々だったろうに。
(……なんでこうなっちゃったんだろう……)
 チビだなんて、と零れる溜息。
 こんな出会いは望んでいないし、同じ人生だったなら…。
(ちゃんと大きく育った姿で、ハーレイと会って…)
 記憶が戻って、その場でプロポーズして欲しかった。
 たとえ聖痕で血だらけだろうと、痛みがどれほど酷かろうとも。
(絶対、そっちの方がいいよね?)
 今みたいに待ちぼうけの人生よりも、と考えた所で気が付いた。
 ハーレイと再び出会えたけれども、これが出会えていなかったなら、と。
 出会いもしないで、記憶も戻らず、そのままで生きていたならば、と。
(……んーと……?)
 そうなっていたら、今の自分はどうなったろう。
 聖痕が現れることも無いから、ただの「ブルー」という名の子供。
 ソルジャー・ブルーに似てはいたって、出会った相手が驚くだけ。
 「よく似てますね」と目を瞠って。
 時にはしげしげ眺めた挙句に、「写真を撮ってもいいですか?」などと。
 きっと自分も「いいですよ」と気軽に答えて、記念撮影にも応じるのだろう。
 今より大きく育った後には、瓜二つの姿になるだろうから。
(ソルジャー・ブルーの服を着せたら、もうそっくりで…)
 そのものにしか見えないだけに、モデルの口さえあるかもしれない。
 ソルジャー・ブルーは今も人気で、写真集が山ほど売られているくらい。
 彼にそっくりのモデルとなったら、きっと引っ張りだこの日々。
 色々な服を着てファッションショーとか、旅行雑誌の取材なんかで旅をしたりも。
 コマーシャルにも出られるだろうし、運が良ければ…。


(ちょっとしたドラマとかに出て…)
 俳優にだってなれそうだよね、と自分の未来を描いてみる。
 前の生の記憶が戻らないままで、ハーレイにも会わずに歩む人生。
 いくらサイオンが不器用だろうと、外見の年は止められるに違いないのだから…。
(…ソルジャー・ブルー役を探しています、ってスカウトが来て…)
 名のある監督の作品に出れば、賞だって貰えるのかもしれない。
 受賞したなら、スター街道を一直線に走るのだろうか。
 モデル業の方は辞めてしまって、「ソルジャー・ブルーにそっくりな顔」を売りにして。
 撮影のために、広い宇宙をあちらこちらと飛び回って。
(……凄い売れっ子……)
 目が回るほどに忙しい日々でも、きっと満足なのだろう。
 演技力を磨いて、うんと輝いて、やり甲斐のある仕事をして。
(…天職なんだ、って思うんだろうし…)
 自分の見た目に感謝しながら、努力の方も怠りなく。
 宇宙で一番のスターになるのも、夢ではない気がするけれど…。
(…だけど、ハーレイには会えなくて…)
 ハーレイのことを思い出しさえしないで、充実の人生を終えるのだろう。
 晩年になっても若い姿で、インタビューなどを受けながら。
 「とても素敵な人生だった」と、最期の息を引き取って。
(…それで天国に行った途端に…)
 ハーレイとバッタリ出会うのだろうか、ずっと忘れていた恋人に。
 華やかなスター人生の後で、「ハーレイ!?」と目を見開いて。
(…うんと嬉しいだろうけど…)
 再会の喜びに涙し合っても、何処か、なんだか後ろめたい。
 ハーレイのことをすっかり忘れて、スターとして生きていたなんて。
 「ソルジャー・ブルーにそっくりな顔」が、スターの座を招き寄せただなんて。


(…それって、酷い…)
 今の人生よりも、ずっと酷い、と思った「忘れて生きる人生」。
 ハーレイのことを思い出さずに生きていたなら、そうなっただろう人生の一つ。
 それは嫌だし、ハーレイと生きていたいから…。
(…キスも出来ないチビなんだけど…)
 今が無かったなら、うんと悲惨な人生だよ、と気付いた「今」の有難さ。
 ハーレイと出会えていなかったならば、とんでもないことになるだろうから。
 待ちぼうけが長い人生だろうと、忘れたままで生きるよりかは、幸せ一杯なのだから…。

 

           今が無かったなら・了


※ハーレイのことを思い出さずに生きた場合の、ブルー君の人生。スターだったかも。
 それはそれで素敵な人生とはいえ、後ろめたい気分になるようです。今の人生こそが最高v









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