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(…明日は、あいつに会えるんだ)
 しかも一日一緒なんだぞ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 金曜の夜にいつもの書斎で、愛用のマグカップに淹れたコーヒー片手に。
 明日から週末、特に用事は無い土曜と日曜。
 つまりブルーと過ごせるわけで、もう楽しみでたまらない。
 会ったら何を話そうかと。
 せっかくの休日をどう使おうかと、恋人の顔を頭に描いて。
(……これというネタは無いんだが……)
 生憎とな、と少し残念ではある。
 前の生での思い出話や、前の生では「無かった」何か。
 そういったものを捕まえた時は、ブルーと二人でゆっくりと話す。
 思い出話をする時だったら、今は無い船に思いを馳せて。
 SD体制の時代に無かった何かが話題だったら、互いに驚きを深めながら。
(…なにしろ、文化がまるで違って…)
 画一化されちまっていたもんだから、と時の彼方で見たものを思う。
 広い宇宙の何処へ行こうと、判で押したように「同じだった」世界。
 建物も、街も、食べ物なども。
 其処に住む人が纏う服さえ、何の特徴さえも無いまま。
(流行くらいはあったんだろうが、俺たちにはなあ…)
 全く関係無かったんだ、と零れる溜息。
 SD体制から弾き出された、異分子の「ミュウ」。
 シャングリラという名の箱舟だけが、世界の全て。
 外の世界で何が流行ろうが、シャングリラにまでは伝わって来ない。
 情報という形でしか。
 「人類の世界は、こうらしい」と流れてくるデータを捉えるだけで。
 そういう時代に生きていたから、新鮮なのが今の生。
 「前とは全く違っているぞ」と驚かされて。
 普段、何気なく食べているものが、「思いもよらない」ものだったりして。



 前の生では見なかったものを見付けた時には、ブルーに話す。
 それが食べ物だった時には、手土産に持って行ったりも。
(だが、今週は…)
 ネタが無いんだ、と顎に手を当てる。
 新しい発見も一つ無ければ、思い出話の一つも無いぞ、と。
(……ネタ切れの時も、よくあるんだがな……)
 会えば何とかなるもんだ、と分かっているのがブルーとの会話。
 今の生での話だけでも、アッと言う間に流れ去る時間。
 午前中から訪ねて行っても、じきに日が暮れて。
 ブルーの両親も交えた夕食、そういう時間になってしまって。
(明日も、そういう日になりそうだぞ)
 でもって、あいつを叱るのかもな、と苦笑い。
 十四歳にしかならないブルーは、子供のくせにキスを強請るから。
 「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ?」だのと、あの手この手で。
 その度、ブルーを叱り付ける。
 「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つまで待て」と。
(…そう言って叱り付けたら、だ…)
 たちまちプウッと膨れてしまって、フグみたいな顔になる恋人。
 その頬っぺたを押し潰すのも、楽しみの内。
 両手でペシャンと、からかい半分。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、ブルーを苛めて。
 もちろん、遊びなのだけど。
 本気で苛めるわけなどは無くて、コミュニケーションなのだけれども。



 明日も、そういう日なのだろうか。
 それとも突然、思い出話や「前の生では無かった何か」が見付かるか。
 ブルーの家まで歩く途中で、ヒョッコリと。
 あるいは朝に目覚めた途端に、空からストンと降って来るように。
(…どうなるんだかな?)
 どちらにしても、素敵な時間を過ごせる筈。
 ブルーの部屋から出ないにしても、庭にあるテーブルと椅子に行くにしても。
(いいもんだよなあ…)
 あいつと二人きりの休日、と思った所で気が付いた。
 今でこそ「当たり前」になっている日々。
 週末はブルーの家に出掛けて、お茶を飲んだり、食事をしたり。
 けれども、前はどうだったろう、と。
 小さなブルーと出会う前には、恋の続きが始まるまでは。
(……うーむ……)
 休みといえば…、と前の学校でのことを思い出す。
 クラブの試合などが無ければ、自分のために使えた時間。
 書斎でのんびり本を読んだり、気ままにドライブしてみたり。
 柔道の道場で教えていたり、プールに出掛けて泳ぎもした。
(料理に凝ってみたりもしたし…)
 充実した休日だったけれども、今と比べたら褪せる輝き。
 「ブルーがいない」というだけで。
 何をしたって、大勢で何処かへ行くにしたって。
(あの頃は、あれで良かったんだが…)
 今じゃ駄目だな、とハッキリと分かる。
 毎日の暮らしに足りないスパイス。
 小さなブルーが、いなければ。
 前の生での恋の続きの、恋が無ければ。



 もしもブルーと出会わなかったら、今でも同じだったろう。
 ジョギングしたり、料理をしたりと、自分では充分、満足している休日。
 平日にしても同じこと。
 「俺の人生は最高なんだ」と、日々の幸せを噛み締めながら。
 けれど、今では知ってしまった。
 「ブルーがいる」という人生を。
 今は小さな恋人だけれど、前の生から愛した人。
 もしもブルーとの恋が無ければ、たちまち色を失う人生。
 「なんだか一味、足りていないぞ」と。
 どんなにスパイスを入れてみたって、味が決まらないシチューみたいに。
(…膨れっ面のチビで、フグだろうとだ…)
 ブルーとの恋が無い人生など、今となっては考えられない。
 前ならば、それで良かったのに。
 チビのブルーと出会う前なら、輝きに満ちた日々だったのに。
(……あいつが一人いるってだけで……)
 こうも違うか、と思う人生。
 まだ一緒には暮らせなくても。
 結婚できる日はずっと先でも、今はキスさえ交わせなくても。



(はてさて、俺の人生のスパイスは…)
 ブルーとの恋か、ブルーそのものか、どちらなのか。
 考えるまでもなく答えは出ていて、大切なのは「ブルー」だけれど…。
(…あいつに恋をしてるってことが…)
 とても大事なことなんだよな、と大きく頷く。
 ブルーが「ただの知り合い」だったら、こうも違いはしないから。
 「明日は会える」と考えるだけで、胸が弾みはしないのだから。
(…俺の人生、恋が無ければ…)
 駄目なようだな、と可笑しくなる。
 ブルーとの恋を思い出す前は、恋とは縁が無かったのに。
 「恋をしたい」と思いもしなくて、実際、恋はしていないのに。
(それが今では、あいつに夢中で…)
 平日だろうが、休日だろうが、ブルーを思わない日などは無い。
 すっかりブルーに魅せられて。
 前の生でも愛した人に、心を見事に奪い去られて。
(…それでも、かまわないってな)
 ブルーだけが世界の全てでいいんだ、とまで思ってしまう。
 今の人生を彩るスパイス、それが人生の決め手でも。
 ブルーとの恋が、自分の世界の中心でも。
(…なんたって、昔は、スパイスってヤツは…)
 うんと高価なものだったしな、と傾ける愛用のマグカップ。
 同じ重さの金と引き換えになったくらいに、スパイスが貴重な品だった昔。
(もしも、あいつとの恋が無ければ、人生に彩りが無くて…)
 つまらないぞ、と思うものだから、ブルーが世界の全てでいい。
 今はまだ、チビの恋人でも。
 二人一緒に暮らせる日までは、まだ何年も待たされても。
 恋が無ければ、きっと人生、つまらないから。
 それに気付いてしまった今では、色褪せた日々しか無いだろうから。



(しかしだな…)
 この話は明日はしてやらないぞ、とクッと鳴らした喉。
 ブルーにウッカリ話したならば、得意満面に決まっている。
 「やっぱり、ぼくがいないと駄目でしょ?」と、誇らしげに瞳を輝かせて。
 恋が無ければ駄目だと言うなら、「ぼくにキスして」と。
(……その手は桑名の焼き蛤ってな)
 この話だってしてやるもんか、と「桑名の焼き蛤」も封印。
 ブルーとの恋は大切だけれど、それとこれとは話が別。
(あいつが大きくなるまでは…)
 恋の話はお預けでいい、と明日の話題は決まらないまま。
 それでも、いい日になるだろうから。
 恋が無ければつまらない日々、そんな人生はもう、とっくに彼方に流れ去ったから…。

 

          恋が無ければ・了


※ブルー君との恋が無ければ、つまらないらしいハーレイ先生の人生。大事なスパイス。
 そのスパイスが世界の全てでもいいんだそうです、ブルー君には内緒ですけどねv









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(……ん?)
 いったい急にどうしたんだ、とハーレイが見詰めたブルーの顔。
 今日は休日、午前中から恋人の家を訪ねて来た。
 恋人と言っても、十四歳にしかならないチビだけれども。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わって再び巡り会えた人。
 ところがブルーは遥かに年下、おまけに学校の教え子と来た。
 なのに一人前の恋人気取りで、何かと言えば…。
(ぼくにキスして、と来たもんだ)
 何度駄目だと叱り付けても、唇へのキスを強請って来る。
 子供には、それは早すぎるのに。
 前のブルーと同じ背丈に育つまでは、と禁じたのに。


 そういうブルーが、急に黙った。
 お茶を飲みながらの会話の途中で、前触れもなく。
(…普通に話していた筈なんだが?)
 気に障ることは言っちゃいないぞ、と自信がある。
 小さなブルーが怒り出すのは、「キスは駄目だ」と叱られた時。
 たちまちプウッと膨れてしまって、もうプンプンと…。
(怒っちまって、「ハーレイのケチ!」で…)
 散々に罵倒されるけれども、さっきまでの話題は全く違う。
 どうしてブルーが沈黙するのか、心当たりがまるで無い。


(……ふうむ?)
 分からんな、と深まる疑問。
 ついでに一言も喋らないブルー。
 唇をキュッと引き結んだままで、赤い瞳を瞬かせて。
 ただ真っ直ぐにこちらを見据えて、特に怒った様子でもない。
(はて…?)
 俺が失敗しちまったのか、と思い返してみる会話。
 自分にとっては些細なことでも、ブルーはカチンと来ただとか。
(……しかしだな……)
 ただのケーキの話じゃないか、と見下ろす皿。
 ブルーの母が焼いたケーキで、その味について話していた筈。
 「美味いな」と顔を綻ばせながら、頬張って。


 どう転がったら、それでブルーが黙るのか。
 怒った顔はしていなくても、少し機嫌を損ねてしまって。
(……どうしたもんだか……)
 此処は潔く謝るべきか、と思った所へ聞こえた声。
 正確に言うなら「感じた」声で、ブルーの心が零れて来た。
『ハーレイ、鈍い…』
(鈍いだと?)
 やはりブルーを怒らせたのか、と焦ったけれど。
『ぼくがこんなに見詰めているのに、分かんないわけ…?』
(はあ…?)
 何のことだ、と目をパチクリとさせたけれども。


『目は口ほどに物を言う、って言うじゃない…!』
 ぼくの気持ちが分からないなんて、とブルーは愚痴った。
 心が外に零れているとも知らないで。
 「キスしてくれるのを待っているのに、ホントに鈍い」と。
(……そういうことか……)
 馬鹿者めが、と理解したから、キスの代わりに弾いた額。
 指先でピンと、ブルーの額を。
「痛いっ!」
 何をするの、というブルーの抗議に、ニンマリと笑う。
 「筒抜けだぞ?」と、余裕たっぷりに。


「目は口ほどに物を言うってか。お前の心の方がだな…」
 もっと沢山喋っていたさ、と言えばプウッと膨れた恋人。
 「酷い!」と、「ハーレイ、ケチなんだから!」と。
 けれど、ケチでもかまわない。
 小さな恋人が愛おしいから。
 唇にキスをしない理由を、全く分かってくれなくても…。




         目は口ほどに・了









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(…いつかは一緒に住めるんだよね)
 今日は来てくれなかったけれど…、とブルーは微笑む。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 来てくれるかと待っていたのに、寄ってはくれなかったハーレイ。
 学校で会議が長引いたのか、柔道部の方が忙しかったか。
(……分かんないけど……)
 こんな寂しい日も、いつか無くなる。
 ハーレイと一緒に暮らし始めたら、同じ家に住むことになるから。
(ぼくはこの家、大好きだけど…)
 出来れば離れたくないのだけれども、ハーレイと一緒に住むのなら別。
 ハーレイの家で暮らしてゆくなら、喜んで引越しの準備をする。
 その日を心待ちにしながら、荷造りをして。
 持ってゆくための家具を選んで、服なども箱に詰め込んで。
(…この部屋の、ハーレイの椅子とテーブル…)
 窓際に据えてある椅子とテーブル、それは是非とも持って行きたい。
 二人の思い出が山ほど詰まった、いつも使っている品だから。
(庭にある椅子とテーブルは…)
 やはり思い出深いけれども、そちらは置いてゆくべきだろう。
 庭で一番大きな木の下、白いテーブルと、それから椅子。
 ハーレイと初めてデートをした日に、其処でキャンプ用の椅子に座った。
 「こういうデートもいいだろう?」と、ハーレイが運んで来てくれて。
 前のハーレイのマントと同じ色の愛車、そのトランクから魔法みたいに取り出して。
(ハーレイの家には、そっちがあるしね?)
 庭にある白いテーブルと椅子は、この家に残してゆくのがいい。
 たまにハーレイと訪ねて来た日は、思い出の場所に座りたいから。
 「あの頃は、別々に暮らしていたね」と、過ぎ去った日々を語り合いながら。


 けれど、その日は、まだまだ来ない。
 今の自分はチビの姿で、ハーレイはキスもくれない始末。
 結婚できる年も遠くて、今の自分は十四歳で…。
(…結婚できる年は十八歳だよ…)
 学校を卒業しない限りは、その日は巡って来てくれない。
 卒業式が済んだ後に迎える、三月の一番最後の日。
 其処が誕生日で、やっと結婚できる年になるから…。
(……結婚式だって、それからで……)
 ハーレイと一緒に暮らし始めるのも、それからのこと。
 二人で暮らすための準備は、もう始まっているにしたって。
 結婚式で着る衣装選びや、持ってゆく家具を新しく買いに出掛けるだとか。
(お揃いの食器も欲しいよね?)
 ハーレイに聞いた夫婦茶碗は、現物を見たら、きっと欲しくなる。
 そうでなくても、ハーレイと揃いの食器が欲しい。
(何枚も揃ったセットじゃなくて…)
 二人きりで使うカップや、お皿。
 来客用の物とは違って、二人分しか家に無い物。
(そういうの、絶対、欲しいんだから…)
 食器売り場をあちこち歩いて、お気に入りのを二人で選ぼう。
 自分の好みを主張しつつも、ハーレイのことも考えて。
(……ぼくは良くても、ハーレイは好きじゃない模様とか……)
 実はあったりするかもしれない。
 模様以前に、デザインだって。


(…だって、別々の人間だものね?)
 シャングリラの頃なら、選ぶ余地など無かったけれども、今では違う。
 好きに選んで、好きに買えるのが今の生活。
 SD体制が倒れたお蔭で、文化もグンと多様になった。
 前の自分が生きた頃とは、まるで違うのが今の世の中。
(ほうじ茶なんか、何処にも無かったし…)
 それが無いなら、急須は要らない。
 湯呑みなんかもあるわけがなくて、カップやグラスやコップの時代。
(…今は、湯呑みも一杯あって…)
 売り場に行ったら悩むのだろう。
 どれを買おうか、ハーレイはどれが好きなのかと。
(これがいいな、って思っても…)
 ハーレイが「うん?」と首を捻ったなら、やめておいた方がいいかもしれない。
 直ぐに「いいな」と頷かないなら、好みではないというサイン。
 ハーレイ自身に自覚は無くても、きっと、そういうものだから。
(……難しいよね……)
 一緒に暮らしてゆくための準備、と考える。
 湯呑みだけでもそうなるのならば、他の品々も同じだろう。
 結婚した後に暮らしていたって、様々な所で生まれそうな違い。
 「俺の好みはこっちなんだが」と、ハーレイが考え込みそうな「何か」。
 何も言わずに譲ってくれても、こちらの方はそうはいかない。
 甘えっぱなしで我儘ばかりを言っているより…。
(気遣いの出来るお嫁さん…)
 そっちがいいに決まっているよ、と思うからこそ、気遣いが大事。
 ハーレイに我慢をさせるよりかは、「これでいいよ」と自分が譲って。


(……んーと……)
 買い物がそんな具合だったら、一事が万事。
 食事のメニューも、ハーレイを優先するべきだろう。
 「何が食いたい?」と尋ねてくれても、自分の意見ばかりを言わずに。
 たまには逆に「ハーレイは何が食べたいの?」と訊いたりもして。
(でないと、ハーレイ、我慢ばっかり…)
 そんなのは駄目、と思うけれども、前の自分はどうだったろう。
 ハーレイに迷惑をかけてばかりで、本当に最後の最後まで…。
(……好き勝手にして、ハーレイを置いて行っちゃって……)
 前の自分がいなくなった後、ハーレイは辛い時間を生きた。
 地球までの長く遠い道のり、それをただ一人で歩むしかなくて。
 白いシャングリラを運ぶためにだけ、抜け殻のようになった身体で。
(…あんなの、今度は駄目だから…)
 ちゃんと気遣い、と自分自身を戒める。
 ハーレイに我儘ばかり言わずに、ハーレイの意見もきちんと聞いて、と。
(…二人で一緒に住むんなら…)
 そうしていないと、ハーレイが困ってしまうだろう。
 来る日も来る日も我儘ばかりの、とても困った「お嫁さん」では。
 何もかもハーレイ任せの暮らしで、それでも自分が中心では。
(……もう、ソルジャーじゃないんだものね?)
 ソルジャーだったら偉いけれども、今の自分は「ただのブルー」。
 おまけにハーレイよりも年下、叱られたって文句は言えない。
(今だって、キスは駄目だ、って…)
 何度も叱られ続けているから、結婚した後も同じこと。
 ハーレイを困らせてばかりいたなら、叱られて…。
(こんな嫁さん、俺は要らんぞ、って言われたら…)
 それで全てがおしまいだから、気を付けないといけないと思う。
 せっかく始めた二人の暮らしが、パリンと壊れてしまわないよう。
 ハーレイと二人で暮らし始めた家から、この家へ戻る羽目にならないように。


 我儘は駄目、と自分を叱ってはみても、無い自信。
 いつかハーレイと一緒に暮らすようになったら、より我儘になりそうな感じ。
 「これが食べたい」とか、「こっちのデザインの方が好き」とか。
 ハーレイの意見はすっかり無視して、自分の言いたいことばかりで。
(……同じ家で一緒に住むんなら……)
 シャングリラの頃のようにはいかないけれど、と分かってはいても、やってしまいそう。
 今と変わらない我儘っぷりで、気遣いなんかは忘れ果てて。
(…ハーレイ、ぼくを追い出さないよね?)
 大丈夫だよね、と甘える気持ちばかりが先に立つ。
 「きっとハーレイなら許してくれるよ」と、「叱られたって、その時だけ」と。
 多分、自分は、昔から変わっていないのだろう。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃から、何処も、全く。
 たった一人でメギドへと飛んで、前のハーレイを悲しみの淵に落とした日から。
(……ちゃんと分かってるんだけど……)
 急に変われるわけもないから、ハーレイには我慢して貰おうか。
 「一緒に住むんなら、我慢と気遣い」と分かっていたって、無理そうだから。
 幸い、今度は本当に年下、ハーレイよりも「チビ」なのだから。
(……ハーレイよりも、ずっと若いんだから……)
 甘えん坊なのも仕方ないよ、と開き直って微笑んだ。
 二人一緒に生きられるのなら、きっとハーレイは満足だから。
 前のハーレイが失くしてしまった「ブルー」が、一緒に住んでいるのだから…。

 

          一緒に住むんなら・了


※ハーレイと一緒に暮らしてゆくなら、気遣いも大事、と思うブルー君。
 ところが自信が全くないわけで、開き直ってしまったようです。きっと許して貰えますよねv









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(……今度は一緒に住めるんだよな……)
 まだまだ先の話なんだが、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれどブルーは、子供になって戻って来た。
 十四歳にしかならない教え子、今のブルーは学校の生徒。
 卒業までには何年もあって、卒業したら直ぐに十八歳になる。
(そしたら結婚できるんだ)
 結婚できる年になるから、と何度思ったことだろう。
 チビのブルーが大きく育って、結婚式を挙げる日のことを。
 今は離れて暮らすけれども、結婚したら一緒に住む。
 多分、この家にブルーを迎えて。
 ブルーのための部屋を設けて、家具なども買って。
(うん、色々と準備が要るな)
 この家でブルーが暮らしてゆくのに、必要なもの。
 ブルーの家から運ばれてくる品も、きっと少なくないだろうけれど…。
(あいつと一緒に買いに行く物も…)
 幾つも出来てくるのだろう。
 たとえば、二人お揃いの食器とか。
 夫婦茶碗は買わないにしても、揃いの食器は是非とも欲しい。
(…夫婦茶碗も夢があるしな?)
 二人であれこれ選ぶのだろうか、食器売り場を回りながら。
 ブルーの好みや使い勝手や、様々なことを話し合って。


 今はまだ遠い夢だけれども、その日は、いつかやって来る。
 ブルーと一緒に住み始める日も、結婚に向けて二人で準備を始める時も。
(いいもんだよなあ…)
 きっと楽しい時間になるぞ、と考えずにはいられない。
 二人きりの暮らしが素敵になるよう、ブルーと色々揃えるのは。
(ついでに、一緒に暮らし始めても…)
 お揃いの服を買いに行くとか、食料品店に出掛けるだとか。
 料理は自分がするにしたって、食材選びはブルーも一緒。
(何が食いたい、と訊いてやってだな…)
 ブルーが食べたい料理を作りに、まずは二人で買い出しから。
 肉や魚や、それから野菜。
 他にも目に付いたものがあったら、「これはどうだ?」と勧めてみて。
 「何が出来るの?」と尋ねるブルーに、出来そうな料理を教えてやって。
(…そういや、前のあいつもだ…)
 遠く遥かな時の彼方で、同じ言葉を口にしていた。
 まだ「シャングリラ」とは名ばかりの船で、キャプテンさえもいなかった頃に。
(俺は、厨房の最高責任者みたいなモンで…)
 船の仲間が飽きないようにと、料理に工夫を凝らす毎日。
 同じ食材が続いた時には、せっせと試作に励んだもの。
 前のブルーは、それを覗きにやって来た。
 「何が出来るの?」と首を傾げて。
 今と変わらないチビの姿で、ヒョイと手元を覗き込んで。
(……ちょっと待ってろ、って……)
 料理を仕上げて、「食ってみるか?」と差し出した。
 スプーンで一匙掬ってだとか、試食用の皿に取り分けてだとか。


(…美味そうに食べてくれたんだ…)
 好き嫌いが全く無かったからな、と懐かしい。
 今のブルーもそうだけれども、そのせいで「何でも食べた」だろうか。
 「美味しいね」と頬を緩めて、嬉しそうに。
 不味いなどとは一度も言わずに、いつも出来上がりを楽しみにして。
(……俺の料理の腕はだな……)
 けして悪くはなかっただろう。
 今の自分も料理は好きだし、レパートリーだって遥かに増えた。
 シャングリラという船に縛られない分、食材は豊富に選べるもの。
 おまけに倒れたSD体制、画一化された文化は消えて久しい。
 日本の料理も、他の国々が誇った料理も、どんなレシピも好きに選べる。
 ブルーのために作る料理も、前よりもずっと沢山あって…。
(もうキャプテンではないんだし…)
 キッチンで料理を作っていたって、誰も困りはしない家。
 緊急呼び出しなどは無いから、休日ともなれば、のんびり、ゆっくり…。
(…あいつと二人で買い出しに行って、キッチンに立って…)
 ブルーに「どうだ?」と味見させながら、食べたい料理を仕上げてゆく。
 昼食も、それに夕食も。
 出掛ける前の朝の食事も、ブルーの好みに作ってやって。
(オムレツの卵は何個なんだ、って…)
 尋ねる所から始まるだろう、二人きりの朝。
 白いシャングリラで暮らした頃には、二人で朝食を食べてはいても…。
(……料理は係が作るもので、だ……)
 キャプテンの出番は全く無かった。
 それが今度はまるで違って、自慢の腕を披露し放題。
 限られた食材での試作ではなく、欲しい食材をドッサリ買って。


(…まるで違ってくるんだなあ…)
 一緒に住むなら、と思うブルーと二人の暮らし。
 前の生とは違いすぎると、考えてさえもいなかったと。
(いつか地球まで辿り着いたら…)
 ソルジャーもキャプテンも要らなくなるから、船を降りようと話していた。
 恋人同士なことを明かして、二人きりで生きてゆくために。
(山ほど約束していたもんだが…)
 あいつと二人で地球ですること、と指を折ってみる。
 ヒマラヤの青いケシを見に出掛けるとか、森のスズランを摘みに行くとか。
(俺たちが暮らす家から出発するつもりでだ…)
 地球での夢を描いたけれども、たったそれだけ。
 「毎日の暮らし」は思いもしなくて、家具を揃えることさえも…。
(……俺もブルーも、そんなトコには……)
 夢を見てなどいなかった。
 地球という星に焦がれ続けて、青い星だけを思い続けて。
 其処で二人で暮らしてゆけたら、もうそれだけで充分だと。
(…ままごと遊びみたいなモンだな)
 肝心の部分が抜けていやがった、と可笑しくなる。
 ブルーと一緒に住むのだったら、どういう物が必要なのか。
 毎日の暮らしをどうしてゆくのか、食事は誰が作るのかさえも。
(…前のあいつは、厨房の手伝いをしてはくれたが…)
 料理をしてはいなかったから、多分、二人で暮らしていたなら、今とおんなじ。
 前の自分が料理を作って、ブルーに食べさせていたのだろう。
 もしも、地球まで行けていたなら。
 白いシャングリラで辿り着いた地球が、本当に青い星だったなら。


 けれど無かった、青い地球。
 地球まで行けずに、暗い宇宙に散ってしまったブルー。
(……何もかも、夢で終わっちまった……)
 ままごと遊びに相応しかったな、と思わないでもない結末。
 前のブルーとの「地球での暮らし」は無理だったから。
 地球は滅びた死の星のままで、ブルーの命も潰えたから。
(しかし今度は、最初から地球に住んでいて…)
 地に足がついているものだから、ままごと遊びになったりはしない。
 一緒に住むなら準備が大切、暮らし始めても毎日が大事。
(あいつが朝に食べたい料理は、きちんとだ…)
 注文通りに作れるように、食材を揃えておかなければ。
 そうするためには、ブルーと買い出し。
 二人一緒に出掛けて行って、馴染みの食料品店で…。
(今夜は何が食いたいんだ、と…)
 ブルーに尋ねる所から。
 そして食材を選ぶ合間に、他の何かが目に付いたなら…。
(これもいいぞ、と手に取ってだな…)
 ブルーが首を傾げるのだろう。
 前の生で何度も口にしたように、「何が出来るの?」と。
 あの頃よりも育った姿で、赤い瞳を輝かせて。
(…一緒に住むなら、そうなるわけで…)
 悪くないな、と未来への夢を噛み締める。
 もう、ままごとではないのだと。
 ブルーと一緒に住むということは、いつか実現するのだから。
 一緒に住むなら、あれもこれも、と思い描く夢は、どれも必ず手が届く夢。
 二人で買い出しに出掛けてゆくのも、二人暮らしに向けて家具などを選ぶのも。
 その日までは、まだ遠いけれども。
 チビのブルーが育つ日までは、キスさえも無理な二人だけれど…。

 

         一緒に住むなら・了


※ブルー君と一緒に暮らす未来を考えてみるハーレイ先生。まずは買い出し、と。
 前の生では思いもしなかった「毎日の暮らし」。今度は幸せに生きてゆけるのですv









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「おっ? 今日はパウンドケーキなんだな」
 美味そうだ、と顔を綻ばせたハーレイ。
 今日は休日、午前中からブルーの家を訪ねて来たのだけれど。
 午後のお茶の時間に出て来たケーキが、パウンドケーキ。
 ブルーの母が焼いたケーキで、ハーレイはこれが大好物。
(なんたって、おふくろの味だしな?)
 自然と笑みが浮かんでしまう。
 ごくごく単純なレシピだけれども、自分では出せない味だけに。
「ハーレイ、これが大好きだもんね」
 お母さんのと同じ味なんでしょ、とブルーが微笑む。
 「ぼくもいつかはママに習って、同じ味のを作るから」と。


 本当に不思議な話だけれど、そっくりな味がするケーキ。
 ブルーの家で初めて食べた時には、驚いた。
 「おふくろがコッソリ届けに来たのか?」と思ったほどに。
 小麦粉と卵と砂糖と、バター。
  それぞれ一ポンドずつ使って焼くから「パウンド」ケーキ。
 たったそれだけ、そんなケーキが「上手く焼けない」。
 どんなに真似ようと頑張ってみても、母のと同じ味にならない。
 ところが、ブルーの母が作ると「おふくろの味」。
 だからパウンドケーキが出る度、嬉しくなる。
 「美味いケーキだ」と、「おふくろの味が食べられるぞ」と。


 ブルーも承知しているだけに、「同じ味のを焼く」のが目標。
 今は無理でも、いつの日か母に教わろう、と。
 そんなブルーがケーキの端を、フォークで切って頬張って…。
「ねえ、ハーレイ。パウンドケーキのことなんだけど…」
「うん? どうかしたか?」
「ママに教わったらいいんじゃないかな、作り方を」
 ハーレイだって知りたいよね、と赤い瞳が煌いている。
「それはまあ…。しかしレシピを聞いた所で、どうにもならんぞ」
 現におふくろのレシピも役には立たん、とハーレイは唸る。
 隣町で暮らす母のレシピは、とっくに試した後なのだから。


「それなんだけど…。ハーレイのをママに食べて貰えば?」
「はあ?」
「ママが食べたら、きっとヒントを貰えるよ」
 お菓子作りの名人だもの、とブルーは瞳を瞬かせた。
 注意する所は火加減だとか、材料の混ぜ方などだとか…、と。
「うーむ…。確かに百聞は一見に如かずと言いはするよな」
「でしょ? 今度、作って持って来てよ」
 そうすればママのアドバイスが…、とブルーは得意顔だけれども。
「…ちょっと待て。俺が作って持って来たケーキ…」
 お前も食うんじゃないだろうな、と確かめた。
 ブルーの母に試食して比べて貰うからには、ケーキの残りは…。


「ぼくも食べるに決まってるでしょ!」
 食べない方が変じゃない、と胸を張ったブルー。
 「ママのと比べてみたらいいよ」と、「ぼくも比べる」と。
「馬鹿野郎!」
 お前の狙いは其処なんだな、と顔を顰めて一蹴した。
 ブルーは「手作りのケーキ」が狙いで、食べたいだけ。
 たちまち膨れるブルーだけれども、当然の報い。
(俺の手作りのケーキを食うには、早すぎるんだ!)
 知るもんか、とパウンドケーキをフォークで切って頬張る。
 とても美味しいケーキだけれども、味わえればそれで充分だから。
 作り方の秘訣を習いたくても、ブルーの頼みは聞けないから…。




           比べてみたら・了








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