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(……此処は地球だな……)
 今の俺は地球にいるんだっけな、とハーレイがふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 信じられない話だけれども、「今の自分」は地球の住人。
 気が遠くなるほどの長い時を飛び越え、この青い星に生まれて来た。
 やはり同じに生まれ変わった、愛おしい人と。
 前の生から愛し続けた、今はチビになったブルーと共に。
 何度も幸せを噛み締めたけれど、奇跡に感謝してきたけれど…。
(…その地球ってヤツが…)
 前の俺たちの夢だっけな、と改めて心に描いてみる。
 白いシャングリラで、改造前の船で、ブルーと二人で夢に見た星。
 いつか必ず地球に行こうと、母なる星に辿り着くのだと。
(……しかし、あいつは死んじまって……)
 前の自分だけが地球まで旅をして行った。
 ブルーが遺した言葉を守って、白いシャングリラの舵を握って。
(…なのに、俺たちが辿り着いた星は…)
 青く輝いてはいなかった。
 銀河の海に浮かんでいる筈の、一粒の真珠。
 誰もが憧れる水の星、地球。
 その星は醜く死に絶えたままで、不吉なくらいに赤黒かった。
 地球は、ブルーの夢だったのに。
 前の自分も、船の仲間たちも、夢の星だと信じていたのに。
(……夢が粉々に砕けちまって……)
 まだ若かったジョミーさえもが、スクリーンに映った地球を眺めて叫んだ。
 古株だった長老たちも、涙した地球。
 「こんな星のために、自分たちは戦い続けたのか」と。
 美しい星だと信じていたから、長く厳しい地球までの道を切り開いたのに。


 そうやって砕け散った夢。
 前の生では、ついに出会えなかった地球。
 夢に見ていた姿では。
 フィシスの心に刷り込まれていた、青く澄んだ海は何処にも無くて。
(…その地球に、俺は来たわけで…)
 今では地球の住人なんだ、と部屋をぐるりと見渡してみる。
 書斎に窓は無いのだけれども、この家が在るのは間違いなく地球。
 床の下にあるのは地球の地面で、地球の重力が作用している。
 家を丸ごと包む大気も、地球の大気圏が作り出すもの。
(……夢の星まで来ちまったんだなあ……)
 本当の意味で「夢」だったよな、と前の生での地球の姿を思う。
 広い宇宙の何処を探しても、「青い地球」など無かったから。
 青い水の星は夢でしかなくて、誰も見ることは出来なかったから。
(…前の俺は、其処で死んだんだがな…)
 どういうわけだか、此処にいるな、とカップを持つ手をしみじみと見る。
 前の生とそっくり同じ姿で、地球に生まれて来た「自分」を。
 夢だった星に生まれ変わって、当たり前に「地球」に生きている「今」を。


(地球といえば夢で、本当に夢で終わっちまって…)
 青い地球なんかは無かったからな、と赤茶けていた星を思い出す。
 赤黒いとさえ見えたくらいに、砂漠と毒の海に覆われた地球を。
 前の自分が知っていたのは、そういう地球。
 「ブルーの夢まで砕けちまった」と、どれほど悲しかっただろう。
 命を捨ててメギドを沈めた、前のブルー。
 白いシャングリラが地球に行けるよう、たった一人で飛び去って行って。
 自分は地球を見られなくても、船の仲間たちは行けるようにと。
(…あいつに、なんて説明すればいいんだ、って…)
 そう思ったのを覚えている。
 地球に着いたら、それで終わる役目。
 ブルーの許へと旅立てるのだと、死だけを願って生きていた日々。
 けれども、地球で待っていたのは「醜い星」。
 ブルーが命を懸ける値打ちは、まるで何処にも無かったような。
(……SD体制を倒すためには、地球に行くしか無かったんだが……)
 そうだと頭で分かってはいても、感情がついていかなかった。
 「こんな星のために、ブルーは死んだのか」と。
 命尽きてブルーと会えた時には、何と話せばいいのだろうか、と。
 夢の星など、無かったから。
 ブルーが焦がれ続けた星には、青い海さえ無かったから。


 そうして前の生は終わって、気付けば地球の上にいた。
 すっかり地球の暮らしに馴染んだ、今の自分が。
 生まれも育ちも、この青い地球で、地球が故郷だと言える自分が。
(……俺もブルーも、青い地球に着いて……)
 夢は見事に叶ったんだ、と幾度、心で呟いたろう。
 今のブルーと話しただろう。
 「地球に来られるとは思わなかった」と、何度も、何度も。
 自分たちが地球の住人だなんて、神様がくれた御褒美なのに違いない、と。
(そうやって地球に着いたわけだが…)
 夢は叶った筈なんだがな、とコーヒーのカップを傾ける。
 「前の俺たちの最大の夢だ」と、時の彼方に思いを馳せて。
 叶う筈もなかった、「青い地球」へと辿り着く夢。
 青い地球が宇宙の何処にも無いなら、その夢は叶うわけがないから。
(…とんでもない夢が叶ったんだが…)
 それ以上を望んじゃ駄目なんだがな、と思いはしても、そうはいかない。
 地球に着いても、それで「終わり」ではないのが今の自分だから。
 この地球は「旅の終わり」ではなくて、まだ「始まったばかり」の旅。
 十四歳にしかならないブルーと、共に歩いてゆくために。
 今度こそ二人、誰にも邪魔をされることなく。


(……地球に着いても、終わらないなんて……)
 また途方もなくデカい夢だな、と苦笑する。
 前の自分が耳にしたなら、「贅沢すぎる」と言うのだろうか。
 「地球に着いたら、充分だろう」と、それ以上、何を望むのかと。
(…そうは言っても、前の俺も、だ……)
 着いた後の夢は幾つもあったぞ、と折ってゆく指。
 前のブルーと夢に見たこと。
 「地球に着いたら、これをしよう」と。
(…五月一日に、森にスズランを摘みに行くとか…)
 ヒマラヤの青いケシを見に行くだとか、幾つもあった前のブルーの夢。
 ホットケーキも、その一つだった。
 本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球の草で育った牛のミルクのバター。
 そういう朝食を食べてみたいと、夢見たブルー。
 「地球に着いたら」と、赤い瞳を輝かせて。
(…今のあいつは、ホットケーキは食べ放題で…)
 夢は叶っているわけだけれど、更に大きく広がった夢。
 メープルシロップが採れる砂糖カエデの森、其処へ行こうと。
(……採れるのは、雪がある季節だから……)
 その頃に二人で旅をしよう、と今のブルーは夢に見ている。
 いつか二人で暮らし始めたら、砂糖カエデの森に出掛けてゆきたいと。
(…前のあいつだと、ホットケーキの朝飯だったが…)
 今では砂糖カエデの森だぞ、と口に含んだコーヒー。
 「他にも幾つも夢があるな」と、「あいつの夢は、終わっちゃいない」と。
 憧れだった地球に着いても。
 青い水の星に生まれ変わっても、夢は広がる一方なんだ、と。


 まるで尽きない、ブルーの夢。
 それと同じに、今の自分の夢も尽きない。
 前のブルーと夢に見たこと、それを端から地球で叶えて、もっと、もっと、と。
(…あいつが幸せになってくれるんなら…)
 どんな夢でも叶えたいと思うし、そのための努力は惜しまない。
 この地球の上で。
 前の自分が夢に見ていた、「約束の場所」に着いた今でも。
(……まさか、こうなっちまうとは……)
 本当に夢にも思わなかった、と可笑しくなる。
 「地球に着いても」、それで願いが叶ったことにはならないなんて。
 前のブルーと交わした約束、それらを全て果たし終えても、先があるなんて。
(…流石は本物の地球、ってことか…)
 奥が深いな、と浮かべた笑み。
 赤黒くもさえ見えた星では、夢は広がりようもないから。
 前のブルーと辿り着いても、きっと回れ右していたのだろう。
 トォニィたちが、そうしたように。
 「百八十度回頭」と操舵士に言って、地球を後にして旅立ったように。
(…ところが、本物の青い地球ってヤツは…)
 俺たちを捕らえて離さないんだ、と今のブルーとの約束を思う。
 前の生より多くなっている、「地球でやりたいこと」たちの数を。
 いつか二人でやる筈のことを、旅やら、他にも様々なことを。
(……地球に着いても、夢は尽きんな……)
 贅沢だよな、と思う今の自分の幸せ。
 地球は終点ではないのだから。
 今のブルーと歩いてゆく道、それは始まったばかりなのだから…。

 

        地球に着いても・了


※前のハーレイの夢は「地球に着く」こと。その地球に生まれたのが、今のハーレイ。
 夢は叶ったわけですけれども、それでも尽きない夢の数々。贅沢すぎる幸せ。









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「ねえ、ハーレイ。ちょっとお願いがあるんだけど…」
 かまわない? とハーレイに尋ねたブルー。
 休日の午後に、ブルーの部屋で二人で過ごしていたら。
 今はお茶の時間で、テーブルの上にはケーキと紅茶。
 そんな状況で、「お願い」ということならば…。
(…ケーキを分けてくれってか?)
 こいつが好きそうなケーキだしな、と皿のケーキに目を遣る。
 好き嫌いが無いブルーだけれども、それなりに好みはあるだけに。
(……そうでなければ……)
 お馴染みの厄介な「お願い」なんだ、と眉間に寄せた皺。
 「ぼくにキスして」がブルーの「お願い」の定番だから。


 そういったことを踏まえた上で、ブルーを見詰めて、こう答えた。
「お願いというヤツの中身によるな」
 モノによっては聞いてやってもいい、と腕組みをする。
 「なんでも聞いてやるとは言わん」と、予防線を張って。
「えーっと…。難しいことじゃないんだけれど…」
 うんと簡単、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
 「ホントに簡単なことなんだよ」と、笑みを浮かべて。
「ふうむ…。簡単かどうかは、聞いてみないと分からんな」
「褒めてくれればいいんだってば!」
 たったそれだけ、と返したブルー。
 「ぼくを褒めて」と、輝くような笑顔で。


「はあ?」
 なんでお前を褒めねばならん、と傾げた首。
 今日のブルーは、特別なことをしたわけではない。
 いつもの休日と何処も変わらず、午前のお茶に、それから昼食。
(でもって、今が午後のお茶で、だ…)
 褒める理由が何も無いぞ、と全く思い当たらない。
 ブルーは何を褒めて欲しいのか、褒めるような事があったのかも。
「んーとね…。別に何でもいいんだけれど…」
 とにかく褒めて、とブルーは「褒めて」を繰り返した。
 「それがお願い」と、「褒めてくれればいいだけだから」と。
「おいおいおい…。褒めるってことが大切なのか?」
「そう! 褒めて貰ったら伸びるから!」
 ぼくの背がね、と小さなブルーは胸を張る。
 「褒めて伸ばす」って言うじゃないの、と得意げな顔で。


「…それで、お前の背が伸びると?」
 ミルクを飲むとか、食事をした方が現実的だが、と呆れてしまう。
 「褒めて伸ばす」のは学力などで、背丈のことではない筈だから。
「藁にも縋るって言うじゃない!」
 ぼくは藁にも縋りたいんだよ、とブルーは赤い瞳で見上げてくる。
 「背が伸びないとキスも出来ない…」と、厄介なことを口にして。
「なるほどな…。お前の魂胆は、よく分かった」
 それなら褒めてやろうじゃないか、と吸い込んだ息。
「ホント!?」
「ああ、本当だ。お前は実に悪知恵がよく働いて…」
 ついでに野心に燃えているな、と「悪いブルー」を褒めたから…。


「それは無し! もっと普通に!」
「いや、駄目だ。俺は褒めると決めたんだからな」
 遠慮しないで褒められておけ、と続ける悪口。
 褒められたものではないのがブルーで、それを褒めるのも面白い。
 悪口だけれど、誉め言葉だから。
 とても悪知恵の回るブルーを、とことん褒めてやるのだから…。




          褒めて伸ばして・了









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(……幸せだよね……)
 ぼくは幸せ、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
 今は学校の教師をしていて、チビの自分は、その教え子。
 学校では顔を合わせたけれども、家に寄ってはくれなかった。
 仕事が早く終わった時には、帰りに訪ねて来てくれるのに。
 前のハーレイのマントの色の愛車を、ガレージに停めて。
 門扉の脇のチャイムを鳴らして、この部屋の窓へ手を振りながら。
(だけど、幸せ…)
 ハーレイの顔は見られたもんね、と学校でのことを思い出す。
 「ハーレイ先生!」と呼び掛けて、ペコンと頭を下げた。
 足を止めてくれたハーレイに。
 恋人らしい会話は出来ない、教師の顔をした愛おしい人に。
(…会える分だけ、幸せだもんね?)
 それに、人生バラ色だもの、と小さな胸が温かくなる。
 誰が言ったか、「ラヴィアンローズ」。
 文字通りにバラ色の人生のことで、今の自分は「そうだ」と思う。
 ハーレイとキスは出来なくても。
 「俺は子供にキスはしない」と、すげなく断られてばかりの日々でも。
(……そうなっちゃうのは、ぼくがチビだからで……)
 いつか大きく育った時には、もう「駄目だ」とは言われない。
 前の自分と同じ姿になったなら。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃の姿を、もう一度、手に入れたなら。


 まだ遠い未来のことだけれども、その日は必ずやって来る。
 十四歳にしかならない自分が、結婚できる年の十八歳を迎える頃には。
 もっと早くに成長したなら、まだ学校の生徒でも…。
(……きっとキスして貰えるよね?)
 ハーレイと二人でデートに行って…、と膨らむ夢。
 今はデートも禁止なのだけど、ハーレイの家にも行けないけれど…。
(前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
 キスをしてやる、とハーレイは前に約束してくれた。
 その約束を、ハーレイは破りはしないだろう。
 学校でキスは出来なくても。
 教師と教え子、その関係は、まだ続いていても。
(…学校じゃない所だったら…)
 貰えるよね、と思う唇へのキス。
 頬や額へのキスとは違って、恋人同士で交わされるもの。
 そういったキスを、ちゃんと貰えるのに違いない。
 時と場所さえ、選んだなら。
 デートに出掛けた先の公園やら、ドライブの途中などだって。
(うん、ドライブにも行けるんだよ)
 隣町に住む、ハーレイの両親の家にも遊びに行ける。
 夏ミカンの大きな木がシンボルの、憧れの家に。
 チビの自分を「新しい家族」と認めてくれている、優しい人たちが暮らしている家に。
(……行きも帰りも、ハーレイの車で……)
 濃い緑色の車の助手席に乗って、隣町まで旅をする。
 一度目は「紹介」して貰いに。
 二回目からは、「ハーレイの未来のお嫁さん」として。
 じきに「お嫁さん」になる日が来るから、十回目頃ならば、もう…。
(…新しいお父さんと、お母さん…)
 そういう人たちに会いに行くことになるのだろう。
 ちょっとしたお菓子なんかを手土産に持って、「パパ、ママ!」と。


(…パパとママだと、おかしいかな?)
 子供っぽい響きになりそうだから、「お父さん、お母さん」の方がいいのだろうか。
 「パパ、ママ」でも許してくれそうだけれど、背伸びをして。
 「子供じゃないよ」と、「ハーレイのお嫁さんだもの」と。
(……どっちでもいいよね……)
 大切な人たちに、呼び掛けることが出来るなら。
 新しい家族になってくれた人に、会いに行くことが出来るのならば。
(…まだ先だけど…)
 その日は必ず訪れるのだし、本当に幸せだと思う。
 今はキスさえ貰えなくても。
 ハーレイにキスを強請っては、「駄目だ」と断られても。
 その度ごとにプウッと膨れて、ハーレイを睨み付けるのが常。
 「ハーレイのケチ!」と、両の頬っぺたに空気を詰めて。
 リスが頬袋を膨らませるように、不平と不満を一杯に詰めて。
(……リスならいいけど……)
 可愛らしいと思うけれども、ハーレイは、そうは見てくれない。
 プンスカ怒って膨れてやる度、「フグだな」と言われてしまう顔。
 おまけに、大きな両手でペシャンと押し潰される頬。
 それは可笑しそうに笑いながら。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」などと、より酷いモノを持ち出して。
 リスの頬袋なら、可愛いのに。
 頬っぺたを膨らませた生き物だったら、フグの他にも、ちゃんといるのに。


 恋人のことを「ハコフグ」呼ばわりするハーレイ。
 とても酷いと思ってはいても、ハーレイが好きでたまらない。
 こうして会えずに終わった日だって、思い浮かべて微笑むほどに。
 「幸せだよね」と、「ぼくの人生、バラ色だよね」と。
(……ハーレイがいてくれるから……)
 君がいるから、ぼくは幸せ、と緩む頬。
 どんなにケチで意地悪だろうと、ハーレイがいるから、人生、バラ色。
 この先の未来も、何処までもバラ色に染まってゆく。
 今よりも、もっと幸せに。
 もっと遥かにバラ色になって、人生という道筋に、バラが咲き乱れて溢れるほどに。
(……バラの絨毯……)
 その上を歩く、未来の自分が見えるよう。
 ハーレイとしっかり手を繋いで。
 香り高いバラの花の間を、一面に散り敷いた花びらの上を。
(…ハーレイにバラは似合わない、って…)
 シャングリラの女性たちが、ずっと昔に笑ったけれど。
 ハーレイにだけは、バラの花びらのジャムが届かなかったのだけれど…。
(……バラの花びらのジャムが、当たるクジ引き……)
 女性クルーが「ジャムは如何ですか?」と抱えていた箱。
 それはブリッジにも行ったけれども、ハーレイの前は素通りだった。
 ゼルでさえもが、クジ引きの常連だったのに。
 クジ引きの箱がやって来る度、「どれ、運試しじゃ」と手を突っ込んだのに。


(……ハーレイの前は、箱が素通り……)
 誰も異論を唱えなかった。
 「キャプテンは、クジ引き、しないんですか?」と尋ねる者さえもいなかった。
 ハーレイにバラは似合わないから、「それでいいのだ」と皆が思って。
 昔馴染みのゼルやブラウも、笑うだけで知らんぷりをして。
(…だけど、バラ色だったんだよ……)
 あの頃だって、と思う人生。
 ハーレイの意見は知らないけれども、きっと人生はバラ色だった。
 前のハーレイと、シャングリラという船で暮らした頃は。
 恋人同士になった後はもちろん、その前だって。
(……ハーレイがいてくれたから……)
 どんな暮らしでも、幸せに満ちていたのだろう。
 ミュウの未来を憂いていたって、悲しみが胸に満ちていたって。
 「ソルジャー・ブルー」という尊称の下に隠れた、「ただのブルー」は。
(…ハーレイも、敬語だったけど…)
 常に敬語で通したけれども、ちゃんと「ブルー」を見てくれていた。
 ソルジャーではない、ただのブルーを。
 それこそ、出会った瞬間から。
 メギドの炎で燃えるアルタミラ、地獄だった星で顔を合わせた時から。
(…お前、凄いな、って…)
 そう声を掛けてくれたハーレイ。
 無意識の内に使ったサイオン、それでシェルターを破壊した後に。
 呆然とその場に座り込んでいたら、同じシェルターに閉じ込められていたハーレイが来て。
 「他にも仲間がいるだろうから、助けに行こう」と。
(……ハーレイ、怖がらなかったんだよ……)
 強すぎるサイオンを持った「ブルー」を。
 自分よりも遥かに年上なのだと知った後にも、「チビだからな」と守ってくれて。
 身体と同じに心もチビだと、「子供だから育ててやらないと」と。


 もしもハーレイがいなかったならば、どうなったろう。
 アルタミラからは逃げ出せたとしても、船の仲間たちは、どうだったろう。
(…船を守れるのは、前のぼくだけだから…)
 同じように「ソルジャー」と呼ばれたとしても、距離を置かれたかもしれない。
 「自分たちとは、全く違う」と、気味悪いものでも見るかのように。
 人類がミュウを忌み嫌ったように、ミュウの中でも同じことが起こって。
(……ハーレイの、一番古い友達……)
 ハーレイがそう言って、皆に紹介してくれた。
 お蔭で怖がる者はいなくて、すんなり溶け込んでゆけた船。
 そのハーレイに守られながら育っていって、いつしかハーレイに恋をしていた。
 恋をした後は、人生、バラ色。
 メギドに向かって飛び立つ前にも、ハーレイのことを想っていた。
 そう、死に瀕した瞬間でさえも。
 「ハーレイの温もりを失くしてしまった」と泣きじゃくりながら。
(……本当に、君がいてくれたから……)
 バラ色だったんだよ、と思う人生。
 今の自分の人生もきっと、前よりもバラで一杯だろう。
 ハーレイには、バラが似合わなくても。
 バラの花びらで作られたジャム、それのクジ引きから外されたのがハーレイでも。
(今だって、ぼくは、君がいるから…)
 とても幸せ、とハーレイの姿を思い浮かべる。
 誰よりも愛おしい、大切な人を。
 キスもくれないケチな恋人、「フグだな」と笑う意地悪な人を…。

 

           君がいるから・了

※今も昔も、ハーレイがいれば、人生がバラ色なブルー君。今度は前よりバラが多くなって。
 ハーレイにはバラが似合わなくても、やっぱり人生はバラ色なのですv
 (本編の方では「薔薇」と書きましたが、こっちは軽めに「バラ」になりました)










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(人生、バラ色…)
 まさにラヴィアンローズってヤツだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は会えずに終わった恋人、前の生から愛した人。
 会えなかったとはいえ、学校で顔を合わせはした。
 「ハーレイ先生!」と、ペコリとお辞儀するブルーに。
 十四歳にしかならない恋人、今は教え子になってしまった人に。
(今はチビだが、何年かすれば…)
 チビではなくなるのがブルー。
 前の生で愛した姿そのまま、それは気高く美しい人になることだろう。
 道を歩けば、誰もが後ろを振り返るほどに。
 路線バスに乗っても、他の乗客の視線を集めてしまうくらいに。
(……なんたって、ソルジャー・ブルーだしな?)
 今も人気の王子様だぞ、と緩む頬。
 遠い昔に生きた人なのに、前のブルーの人気は不動。
 書店に行ったら、何冊も並ぶ写真集。
 その一つを「自分も」買って帰って、引き出しの中に入れている。
 『追憶』というタイトルを持っている「それ」を。
 表紙を飾ったブルーの瞳が、深い憂いに満ちているのを。
(…今のあいつは、ああいう目にはならないな…)
 写真集の表紙になったブルーの写真は、今では一番有名なもの。
 正面を向いた顔だけれども、「本当にブルーらしい」と思う。
 誰が見付けて世に出したのかは、もう分からなくなっているのだけれど。
 前の生では、いくら探しても、見付からなかった写真だけれど。


(……データベースを、端から探してみたのになあ……)
 あいつの写真、と前の生のことを思い出す。
 前のブルーを失った後に、手元に置こうと探した写真。
 けれども、どれも「何処か違った」。
 ソルジャーの顔をしたブルーばかりで、毅然としていた赤く澄んだ瞳。
(…いつも隠していやがったから…)
 憂いも、それに悲しみもな…、と分かってはいた。
 仲間たちが不安を抱かないよう、ブルーは「弱さを見せなかった」と。
 そんな人だけに、写真を撮ろうということになれば、あくまでソルジャー。
 笑顔で写ったものでなくても、綺麗に拭い去られた憂い。
 いつも心の奥深い場所に、沈め続けていた悲しみも。
 赤い瞳を覗き込んだら、揺れていた「それ」を。
(…前の俺でも、一枚も持っていなかったのに…)
 ブルーの素顔を写した写真、と苦笑する。
 それが後世に見付け出されて、広い宇宙に散らばるとは、と。
 「ソルジャー・ブルーと言ったら、これだ」と、誰もが思い浮かべるくらいに。
 とても美しかった面差し、お蔭で人気は俳優以上。
 ミュウの歴史の始まりの人で、メギドを沈めた英雄だから。
(…そんなブルーと、そっくりな姿に育つのが…)
 今のブルーで、もう楽しみでたまらない。
 チビのブルーが大きく育って、自分の隣にいてくれる日が訪れるのが。
 失くしてしまった前のブルーを、正真正銘、取り戻せる時が。


 今は、まだ遠い未来の話。
 十四歳のブルーが育つまでには、何年もかかる。
 結婚できる年の十八歳を迎える誕生日だって、まだ先だから。
(それでも人生、バラ色なんだ…)
 あいつに出会えて、一緒に生きていけるんだから、と心に満ちてゆく幸せ。
 今日のように「会えずに終わった」日だって、ブルーは生きているのだから。
 この時間ならば、とうに眠っているのだろうか。
 何ブロックも離れた所で、両親に「おやすみ」の挨拶をして。
 暖かなベッドの中にもぐって、小さな身体をコロンと丸めて。
(…でなきゃ、夜更かし…)
 あまり褒められたモンじゃないが、とブルーの弱い身体を思う。
 前と同じに弱く生まれた、すぐに寝込んでしまうブルーを。
(でもまあ、持病ってヤツは無いしな?)
 前のあいつも同じだったが、と時の彼方の記憶を辿る。
 ソルジャー・ブルーも身体が弱かったけれど、持病は持っていなかった。
 ただただ、壊れやすかっただけで。
 虚弱な身体が悲鳴を上げて、パタリと倒れてしまっただけで。


(あいつには、俺も泣かされたんだが…)
 我慢強すぎて…、と思い出すのは「ソルジャー・ブルー」。
 今のブルーも頑固だけれども、前のブルーは、それ以上だった。
 高い熱があっても「大丈夫だよ」と笑んで、すまして会議に出て来たりして。
 船の中を視察に回った挙句に、通路で倒れそうになったり。
(…本当に苦労させられたんだ…)
 あんなヤツだけに、と「前の自分」の役回りへと思いを馳せる。
 ソルジャーが隠し続ける不調を、見抜くのが役目だったから。
 「今日は、お休み頂かないと」と、青の間のベッドに押し込むのも。
(……それから、野菜スープ作りだ)
 ブルーの食欲が失せていたなら、もう食べ物は喉を通らない。
 そんな時には、厨房に出掛けてスープを作った。
 何種類もの野菜を細かく刻んで、鍋でコトコト煮込んだものを。
 調味料といったら塩だけのものを、「どうぞ」とブルーに飲ませるために。
(何回、あれを作ったことやら…)
 数え切れんな、と思うけれども、あの頃の「自分」も幸せだった。
 何度、ブルーに泣かされようとも、こまごまと気を配りながら。
 恋人同士になった後はもちろん、「一番古い友達」だった時代も。


 そうだっけな、と船での日々を思い返して、ハタと気付いた。
 シャングリラという船で暮らした時代も、また「バラ色」ではなかったか、と。
 船の中だけが世界の全てで、何処に行くことも叶わなくても。
(…前のあいつと一緒に、旅して…)
 地球を探して宇宙を巡って、雲海の星、アルテメシアに辿り着いた。
 三百年近くも雲海の中に潜み続けて、その間に、様々なことがあったけれども…。
(……あいつがいたから……)
 きっと幸せだったのだろう。
 ブルーの身体が弱り始めて、「地球までは持たない」と悟らされても。
 愛おしい人を失くした時には、後を追おうと考えていても。
(…前の俺は、前のブルーに恋して…)
 恋をし続けて、こうして生まれ変わって来た。
 気が遠くなるほどの時を飛び越え、青い地球の上に。
 前のブルーの生まれ変わりの、チビのブルーと「また」出会うために。
 それは「ブルーがいてくれた」から。
 今も昔も、ただブルーだけを愛して、想い続けているから。
(……人生、バラ色……)
 前の俺もな、と前の自分の肩を叩いてやりたくなる。
 「お前さんもか」と、「お互い、人生、バラ色だよな」と。


(…うんと幸せに生きてたんだな、前の俺も…)
 前のあいつを失くした後には、どん底になっちまったんだが…、と零した溜息。
 バラ色の人生は色を失い、すっかり闇に沈んでしまった。
 いつの日かブルーの許に行こうと、それだけを思った地球までの旅路。
 「地球に着いたら、俺の役目は終わるんだ」と。
 前のブルーが遺した言葉を、頼まれたことをやり遂げたなら。
(……ソルジャーが、あいつだったから……)
 頼みを聞くことも出来たんだ、と今だから思う。
 あれがブルーの言葉でなければ、従ったりはしなかったろう。
 すぐにでもブルーを追ってしまって、船はキャプテンを失くした筈。
 地球を目指しての長い旅路が始まる前に。
(…そもそも、あいつがいなかったなら…)
 キャプテンなんかに、なっちゃいないな、という気もする。
 前のブルーが「なって欲しい」と頼みに来たから、キャプテンの道に転身した。
 ブルーを支えられるキャプテン、そういう存在になれたなら、と。
(アルタミラでも、あいつがいたから…)
 他のミュウたちを助けて回って、皆で宇宙へ逃げ出せた。
 出会ってすぐに「息が合った」のも、「ブルーだったから」。
 ブルー以外のミュウだったならば、あんな風には…。
(……いかなかった、って気がするなあ……)
 アルタミラからの脱出劇も、それから後の長い旅路も。
 前のブルーを失っても、なお、ひたすらに地球を目指した道も。


(……あいつがいたから……)
 頑張れたのが前の俺だ、と改めて思うブルーの「重さ」。
 今の人生がバラ色なように、前の人生も「バラ色」に染めていてくれた人。
 だから今度も、人生は、きっと最後までバラ色だろう。
 平和な地球に生まれたブルーは、逝ってしまいはしないから。
 ただ一人きりでメギドへと飛んで、戻らなくなることは無いから。
(うんうん、あいつがいるから、ってな)
 俺の人生、バラ色なんだ、と傾ける愛用のマグカップ。
 ブルーさえいれば、人生は何処までも最高に幸せな、ラヴィアンローズ。
 今も昔も、そういう幸せ一杯のもの。
 そう、ブルーさえいたならば。
 「あいつがいるから、幸せなんだ」と、愛おしい人を想って微笑みながら…。

 

          あいつがいるから・了


※人生、バラ色なハーレイ先生。今はもちろん、前の生でもバラ色だったみたいです。
 ブルーさえいれば、ラヴィアンローズ。今度こそ、幸せ一杯の人生になるのでしょうね。











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(…………???)
 なんだか様子が変なんだが、とハーレイが眺めたブルーの顔。
 今日は休日、ブルーの家を訪ねて来たのだけれど…。
(どうも口数が少ないし…)
 おまけに殆ど笑いもしない、と少し心配になって来た。
 何処か具合が悪いのだろうか、我慢して黙っているだけで。
 微熱があるとか、頭痛がするとか、腹痛だとか。
(こいつは、いつも無理をするから…)
 油断出来んぞ、と向かいに座った恋人を見る。
 十四歳にしかならないブルーが、とても楽しみにしている休日。
 一日、二人一緒に過ごせて、夕食までは二人きりだから。
 そういう時間を失くしたくなくて、ブルーが何度もついた嘘。
 風邪を引いても黙っていたとか、熱があるのに起きていたとか。


(…今日もどうやら、そいつらしいな?)
 妙に口数が少なすぎるのは、身体が辛いからだろう。
 笑わないのも、元気が無いから。
(早いトコ、叱って寝かせないと…)
 いっそう具合が悪くなるぞ、とブルーの瞳をひたと見据えた。
「おい、ブルー。今日は具合が悪そうだな?」
 嘘をついても俺には分かる、と赤い瞳を覗き込む。
 「辛いんだったら寝た方がいい」と、ベッドの方を指差して。
 そうしたら…。
「やっぱり、ハーレイにも分かるんだ…」
 ぼくが辛いの、と答えたブルー。
 「治らないんだよ」と、「とても具合が悪いんだけど」と。


 聞き捨てならないブルーの言葉。
 一刻も早くベッドに寝かせて、身体を休ませないといけない。
 こんな所で座っていないで、お茶もお菓子も放り出して。
「こら! 無理をするなと何度も言っているだろう!」
 早く寝に行け、と叱り付けたら、ブルーは瞳を瞬かせた。
「寝たら治るってものでもないから…。本当だよ?」
「屁理屈を言うな! 寝てる間に帰ったりはせん」
 だから寝るんだ、と言ったのだけれど。
「…お腹の辺りが苦しくて…。うんと辛くて…」
「腹の具合って…。それなら薬を飲まんといかん」
 俺が貰って来てやろう、と立とうとしたら、止められた。
 「それじゃ駄目だよ」と、「薬じゃ駄目」と。


「おいおいおい…。どんな感じに苦しいんだ?」
 薬が効かない辛さなんて、と尋ねたら…。
「腹が立って仕方ないんだよ! ハーレイに!」
「はあ?」
「ぼくにキスしてくれないから…。だから辛くて…」
 こうしているのも苦しいんだよ、とブルーが歪めた唇。
 「薬じゃ駄目だから、ぼくにキスして」と、上目遣いで。
 「それで治るよ」と、「本当に、すぐに治るから!」と。
「馬鹿野郎!」
 だったら、一日苦しんでいろ、とコツンと叩いたブルーの頭。
 痛すぎないよう、加減しながら拳骨で。
 銀色の頭を、上から軽く。
 そんな病気は、治さなくても心配などは要らないから。
 「腹が立つから具合が悪い」なら、放っておいても平気だから…。




           腹が立つから・了









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