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(…ビックリしちゃった…)
 今日の古典、と小さなブルーが瞬かせた瞳。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は寄ってはくれなかったハーレイ。
 放課後に会議が入っていたのか、柔道部の指導が長引いたのか。
 それは全く分からないけれど、学校でハーレイには会えた。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 古典の教師になったハーレイ、その授業の中で起こった事件。
 ブルーのクラスにやって来た時に、宿題を集めようとして。
(……泣き落としなんて……)
 そんなの思い付かなかったよ、と驚きと共に感嘆する。
 宿題を忘れた男子生徒が、そういう手段に訴えた。
 前の授業で、ハーレイが予告していたから。
 「宿題をやって来なかったヤツには、追加の宿題を出すからな」と。
(それが嫌だから、泣き落とし…)
 宿題のことなど忘れていたろう、件の男子。
 彼は「やっていません」と申し出る代わりに、真っ赤な嘘をつくことにした。
 「ミミちゃんが病気だったんです」と、愛猫の名前を口にして。
 家族同然の「ミミちゃん」だから、上を下への大騒ぎ。
 動物病院に連れて行ったり、帰ってからも皆で見守ったりと。
(…晩御飯を食べるのも、うんと遅くなって…)
 ミミちゃんの具合が落ち着いた頃には、とうに変わっていた日付。
 疲労困憊してベッドに入って、宿題どころではなかった昨日。
 お風呂に入るのが、精一杯で。
 今日の学校の授業に備えて、時間割だけ整えただけで。
(……ホントに大変だったんだよね、って……)
 心から同情した自分。
 ところが、事実は違っていた。
 何もかもが、口から出まかせの嘘で。


 クラスメイトも騙されたけれど、誤魔化せなかったハーレイの目。
 事情を聞き終えたハーレイはといえば、大きく頷いて、こう言った。
 「なるほど、それは大変だったな」と同情をこめて。
 自分も昔は猫を飼っていたから、「帰りにミミちゃんの見舞いに行こう」と。
 聞くなり、顔色が変わった生徒。
 「ミミちゃん」は病気になっていないし、昨日は、ごくごく平凡だった日。
 宿題をやらずに終わった理由は、単に忘れていただけのこと。
 もしもハーレイが見舞いに行ったら、家族は恐縮することだろう。
 彼がついた嘘もバレてしまって、夜に帰って来た父親に…。
(ゲンコツを貰うとか、晩御飯は抜きになっちゃうだとか…)
 ロクな結果になるわけがない。
 仕方なく、彼は白状せざるを得なかった。
 本当のところはどうだったのかを、「宿題は、やっていないんです」と。
(だから追加の宿題が出て…)
 ハーレイを騙そうとした罪の分まで、別の宿題が追加になった。
 「忘れました」と言うならともかく、同情を買おうとしたものだから。
 愛猫が病気だと「お涙頂戴」、「泣き落とし」などを試みたから。
(……正直に言えば良かったのに……)
 そうしていたなら、宿題の追加は一つだけ。
 オマケの宿題は貰わなかった。
 とはいえ、彼の「真っ赤な嘘」がバレなかったら、効果は大きい。
 「やむなく宿題が出来なかった」上に、家族同然の「ミミちゃん」が病気。
 一晩で無事に治ってはいても、誰だって気の毒に思うだろう。
 病気になったミミちゃんのことも、看病に励んだ彼や家族をも。
(なのにハーレイが、宿題を追加していたら…)
 きっとクラス中がブーイング。
 「先生、酷い!」と、非難轟々で。
 授業が終わった休み時間には、他のクラスにまで伝わって。


(……血も涙も無い、鬼教師だ、って……)
 たちまち評判が立つのだろうし、自分だって、ハーレイを責めたくなる。
 いくらハーレイのことが好きでも、それとこれとは別問題。
 次にこの家を訪ねて来たなら、真っ先に口にすることだろう。
 「ハーレイ、なんで宿題を追加しちゃったの!」と。
 とても可哀想な生徒を相手に、なんということをするのか、と。
(宿題は、忘れたんじゃなくって…)
 男子生徒の言い訳によれば、昨日、仕上げる筈だった。
 そのつもりで予定もメモしておいたし、やらない気など全く無かった。
 けれど起こった突発事故。
 大切な猫が病気となったら、宿題などはしていられない。
 気が気ではなくて、勉強なんかは…。
(絶対に、手につかないよね…?)
 具合の悪い「ミミちゃん」のことが心配で。
 動物病院に連れて行ったのが彼でなくても、家で留守番していたのでも。
(……ぼくだって、きっと泣きたくなるよ……)
 ペットを飼ったことは無いけれど、気持ちは分かる。
 「このまま、死んでしまったら…」と、涙がポロポロ零れるだろう。
 動物病院から帰って来たって、落ち着くまではオロオロ見守る。
 「ちゃんと元気になるんだよね?」と、何度も両親たちに尋ねて。
 大事な家族がいなくならないかと、寝ている姿を覗き込んで。
(誰だって、きっとおんなじだよ…)
 病気のペットを思う気持ちは、誰だって、きっと変わりはしない。
 だから「泣き落とし」は効果絶大、彼が成功していたならば。
 真っ赤な嘘だとバレなかったら、ハーレイに看破されなかったら。


 そうは言っても、世の中、そこまで甘くなかった。
 百戦錬磨のハーレイ相手に、通じなかった泣き落とし。
 彼が貰ったのは「オマケの宿題」、ハーレイを騙そうとしていた分まで。
 素直に「忘れました」と言っていたなら、追加の分だけで済んだのに。
(…思いっ切り、間抜けだったんだけど…)
 それは結果がそうなったからで、バレずに成功していた時は…。
(上手くやったな、って羨ましがられて…)
 ちょっとしたヒーローだっただろう。
 嘘八百を並べまくって、ハーレイの同情を買ったのだから。
 「そういうことなら仕方ないな」と、免除になった追加の宿題。
 ついでにお見舞いの言葉も貰って、得意だったに違いない。
 授業が終わって、ハーレイが姿を消したなら。
 「ミミちゃん、病気だったのかよ?」と、友人たちに囲まれたなら。
(…泣き落としだぜ、ってニヤニヤ笑って…)
 してやったり、という顔だったろうか。
 結果は逆に転んだけれども、ハーレイを騙せていたならば…。
(すげえ、って、友達に褒められちゃって…)
 たちまちクラスの英雄扱い、「頭が切れる」と大評判。
 宿題を忘れた時の言い逃れに、「泣き落とし」という手は斬新だから。
 咄嗟に思い付いたことやら、効果の大きさに、皆が感心して。


(……失敗しちゃったんだけれどね……)
 あの手も、きっと悪くないよね、と「泣き落とし」のことを考えてみる。
 自分は宿題を忘れないけれど、他の場面で役に立ちそう。
 同情を買って「お涙頂戴」、使い方によっては、素晴らしい武器。
 彼は泣いてはいなかったものの、本当に涙を流したならば…。
(もっと効果は抜群で……)
 普通だったら、すげなく断られそうなことでも、許して貰えそうな気がする。
 言われた相手が可哀想に思って、仕方なく折れて。
 涙を零したくらいだったら、「駄目だ」と突き放された時でも…。
(大泣きに泣いて、泣きじゃくったら…)
 どうにもこうにもならないのだから、涙を止めにかかるだろう。
 最初は、僅かに譲歩してみて。
 それでも涙が止まらないなら、じりじりと後退していって。
(…うんと無茶なことを言ってても…)
 泣き落としという手段に出たなら、勝ち目はありそう。
 目玉が溶けて流れるくらいに、おんおんと泣いていたならば。
 「聞いて貰えないなら、死んじゃった方が遥かにマシだよ」と、訴えたなら。
(……うん、使えそう……)
 いつか大いに役立つだろうか、たとえば両親を相手にして。
 ハーレイと結婚できる年になったのに、結婚に反対されたりしたら。
 両親が頑として譲らなかったら、まずはポロポロ涙を零して。
 「ハーレイとしか結婚しない」と、唇を噛んで。
 それで駄目なら、もう身も世もなく泣きじゃくるまで。
 結婚を許して貰えないなら、家出するとか。
 「御飯は二度と食べないからね」と、ハンガーストライキに入るのもいい。
 痩せ衰えて死んでやるから、と涙ながらに脅しをかけて。
 そういう手段に訴えたならば、両親も、きっと折れるだろう。
 一人息子を失うよりかは、許した方がマシだから。
 ハーレイと結婚されてしまっても、息子の命は残るのだから。


(……よーし、この手で……)
 いけばオッケー、と笑みを浮かべて頷いた。
 両親に反対された時には、「泣き落とし」という手が使えそうだ、と。
(…ついでに、ケチなハーレイにも…)
 やってみようか、と考えてみる。
 断わられてばかりの唇へのキスも、この手で貰えるかもしれない。
 涙をポロポロ幾つも零して、「ぼくにキスして」と。
 「ハーレイのキスが貰えないなら、死んじゃうからね」と泣きじゃくって。
 これならケチなハーレイでも、と考えたけれど…。
(……鬼教師……)
 男子生徒の真っ赤な嘘を見抜いたように、直ぐに見抜かれることだろう。
 「馬鹿野郎!」と頭に軽くゲンコツ、おまけに罰も来るかもしれない。
 「俺は当分、来ないからな」と、サッサと帰ってしまわれて。
 それから何日待っていたって、一向に来てはくれなくて。
(……うーん……)
 泣き落とせたらいいんだけどな、と思いはしたって、相手はハーレイ。
 きっと敵いはしないものだから、ガックリと肩を落とすしかない。
 「泣き落とせたなら、幸せなのに」と、「ハーレイのキスが貰えるのにね」と…。

 

         泣き落とせたなら・了


※ハーレイ先生の授業で、泣き落としを試みた男子生徒。ブルー君まで騙されたほど。
 その手を自分も使えるかも、と浮かんだ名案。ハーレイ先生には、無理そうですけどねv









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(まだまだ、詰めが甘かったよな…)
 この俺を甘く見るんじゃないぞ、とハーレイの顔に意地の悪い笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
 ふと思い出した昼間の出来事。
 ブルーのクラスに古典の授業で出掛けて、遭遇した珍事。
(…俺は宿題を集めただけで…)
 それは、ごくごく普通のこと。
 前の授業で宿題を出せば、次の時間に回収するもの。
 もっとも宿題の中身によっては、もっと後になることもあるけれど。
(今日のは、1時間もあれば出来るヤツで、だ…)
 翌日に回収にやって来たって、大抵の生徒は困らない筈。
 家に帰って「宿題があった」と思い出して取り掛かったなら、直ぐに完成するから。
(現にだな……)
 教室で「宿題を集める」と声を上げると、生徒たちはサッと用意した。
 前回の授業で配ったプリント、それに対する宿題の結果を。
 順に提出させたのだけれど、其処で上がった困惑の声。
 とても困った顔付きをした男子生徒が、自分の席で手を挙げた。
 「宿題が出来ていないんです」と。
 それを聞くなり、「そうか」と重々しく頷いてやった。
 「こいつが追加の宿題だからな」と、取りに来るよう促してやって。
(…そういう約束だったしな?)
 宿題をやらなかった生徒は、罰に宿題を追加する。
 何度も念を押してあったし、文句を言われる筋合いは無い。
 ところが件の男子生徒は、泣きそうな顔で…。
(……出来なかったんです、と来たもんだ)
 宿題は昨夜に仕上げる予定で、ちゃんとスケジュールを書いたメモまで。
 なのに思わぬ事態が起こって、手つかずになってしまったのだ、と。


 クラス中の生徒が固唾を飲んで見守る中で、彼は切々と訴えた。
 「ミミちゃんが病気になったんです」と。
(…妹なのか、と訊き返したら…)
 ミミちゃんというのは猫だった。
 けれども彼の家族も同然、両親も可愛がっている猫。
 その「ミミちゃん」が病気だというので、たちまち家中、上を下への大騒ぎ。
 動物病院へ連れて行ったり、診察を終えて家に戻ってからも…。
(自分たちの食事もそっちのけで、せっせと看病……)
 落ち着いた頃には、すっかり夜更けで、誰もが疲れ果てていた。
 皆で黙々と遅い夕食を食べて、ミミちゃんの様子を確認してから…。
(ああ良かった、と風呂に入って…)
 ベッドにもぐり込んだ頃には、日付が変わっていたという。
 そんな具合だから、全く出来なかった宿題。
 今日の時間割をするだけで精一杯で、古典の教科書やノートがあるのが奇跡なのだ、と。
 そちらも忘れて登校したって、何の不思議も無かったのだ、とも。
(…事情を考慮して下さい、と泣き落としで…)
 追加の宿題を免れようと、懸命に説明を続けた彼。
 「ミミちゃん」が如何に重病だったか、大切な家族の一員なのかを。
 今朝は元気になっていたから、こうして授業に出ているけれど…。
(病気が重くて死にそうだったら、学校を休んで、付きっきりで…)
 ミミちゃんの看病をしていた筈だ、と彼は主張した。
 そうなっていたら、宿題の提出日が今日であろうと関係無い。
 授業に出席していないのだし、当然、提出義務だって無い。
 追加の宿題を貰うことも無くて、何も知らずに過ごしただろう。
(でもって、例の宿題は…)
 次の授業に出席した時、「遅れました」と詫びて提出。
 もちろん追加の宿題は出ない。
 彼は欠席していたのだから、宿題を忘れずに出しただけでも立派なもので。


(…言うことは間違っちゃいないんだがな?)
 自分だって地獄の鬼ではないから、事情があったら臨機応変。
 「そういうことなら、この次でいいぞ」と、無罪放免するくらいのことは、わけもない。
 とはいえ、世の中、そうそう甘くは…。
(出来てないってな、生憎と)
 他の生徒の手前もあるんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
 真面目に宿題をやった生徒は、きちんと評価されねばならない。
 ほんの1時間で出来るものでも、仕上げるのは生徒の義務なのだから。
(…そいつをやらずに、のうのうと遊び暮らした末に…)
 真っ赤な嘘で言い逃れるなど、言語道断。
 しかも自分が風邪を引いたとか、腹痛だったとかなら、まだしも…。
(……猫が病気だったと、お涙頂戴……)
 クラスメイトたちの同情を誘って、泣き落としという手段に出た彼。
 これで追加の宿題を出せば、教師の自分が悪者にされる。
 「なんて酷い」と、まず女子生徒が騒ぎ始めて。
 愛猫のために頑張った彼に、罰を与えるなど、鬼の所業だと。
(そうなれば、男子も黙っちゃいないし…)
 俺の人気が地に落ちるんだ、と顰めた顔。
 せっかく学校で勝ち得た人気は、すっかりオシャカになるだろう。
 「おい、聞いたか?」と噂がたちまち駆け巡って。
 「ハーレイ先生、酷すぎるよな」と、まるで根拠の無い悪評が。
(……なにしろ、猫のミミちゃんは……)
 病気なんかじゃないんだからな、とカップをカチンと指先で弾く。
 宿題を忘れた男子生徒は、苦し紛れに大嘘をついた。
 「こう言えば、許して貰えるだろう」と、泣き落としに出て。
 きっと嘘だとバレはしないと、スラスラと嘘を並べ立てて。
 それが証拠に、彼の顔色はサッと変わった。
 「気の毒にな…。帰りに見舞いに寄るとしよう」と微笑んだら。
 「俺が子供の頃には、おふくろが猫を飼っていたしな」と、ミミちゃんに敬意を表したら。


(…本当に修行の足りないヤツだ)
 同じ嘘なら、もっとマシなのを言えばいいのに、と苦笑する。
 修行を積んだ教師が見たって、「嘘かどうか」の判断に困るようなのを。
 「宿題を家に忘れて来ました」という定番の方が、まだバレない。
 この世の中には、本当に忘れる不幸な生徒もいるものだから。
 通学鞄を逆さに振っても、「入れた筈」の宿題が出て来ない子が。
(そっちにしてれば、俺だって……)
 宿題の追加を出すべきかどうか、きっと考え込んだだろう。
 彼の日頃の行いなどから、総合的に判断するために。
(……しかしだな……)
 あの泣き落としは頂けん、と彼に下した追加の宿題。
 「特別に、これも付けてやろう」と、その場で考えた宿題もセット。
 悪事を働こうとしていたのだから、相応の罰を与えなくては。
 「泣き落とし」という卑怯な手段を用いた、彼に。
 嘘だとバレなかった時には、「追加の宿題を出したハーレイ先生」が悪者にされる。
 「猫が病気だったと言っているのに、酷すぎる」と。
 きっと小さなブルーさえもが、後から責めにかかるだろう。
 「どうして許してあげなかったの?」と、赤い瞳でキッと見据えて。
 「酷いよ、ハーレイ!」と、正義の拳を振りかざして。
 そうなっていたら、本当に目も当てられない。
 生徒どころか、恋人にまで悪者にされてしまうとは。
 血も涙も無い鬼教師だと、情があるとは思えない、と。


 ところがどっこい、露見したのが彼の嘘。
 「ハーレイ先生」が家に見舞いに来ようものなら、今度は彼が困る番。
 きっと玄関を開けた家族は、とても恐縮するだろうから。
(ミミちゃんは、ピンピンしててだな…)
 宿題を忘れた言い訳に使われただけで、動物病院に行ってはいない。
 「泣き落とし」に出た彼はその場で、家族に叱られることだろう。
 先生の手を煩わせた上に、宿題も忘れた悪人として。
 場合によっては、夕食の時に、父からゲンコツを貰ったりもして。
(……本当に、あいつは馬鹿だったんだが……)
 ちょっと使ってみたい気もする、と思う手段が「泣き落とし」。
 彼は失敗したのだけれども、成功するなら、試してみたい。
 「大の男」が「お涙頂戴」、それで解決するのなら。
 頭を抱えるような難問、それがアッサリ…。
(許しますよ、と言って貰えるのなら…)
 いいんだがな、と考える。
 今の時点で、その難問には、まだ立ち向かっていないけれども。
 立ち向かうべき時は、まだ遥か先で、欠片も見えてはいないのだけれど。
(……息子さんを、嫁に下さいと……)
 ブルーの両親を泣き落とせたら、どんなにか楽なことだろう。
 「嫁に欲しい」と思う気持ちに嘘は無いから、いくらでも泣ける。
 結婚を許して貰えないなら、首を括って死ぬとでも。
 高い崖から身を投げるとでも、底無しの沼に飛び込むとでも。
(…あいつを嫁に貰えないなら、生きていたって意味が無いからなあ…)
 泣き落とせたら、どんなにいいか、と思うけれども、きっと、その手は使わない。
 同じブルーを貰うのだったら、正々堂々、正面から突破したいから。
 何度、門前払いを食おうと、懲りずに通い詰めるのだから…。

 

         泣き落とせたら・了


※ハーレイ先生の授業中に起こった「泣き落とし」。宿題を忘れた男子生徒の、真っ赤な嘘。
 それが切っ掛けで、使ってみたくもある「泣き落とし」。いつかブルーの両親相手にv











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「ねえ、ハーレイ。感謝の気持ちって、大切だよね?」
 人間が生きてゆく上で…、と小さなブルーが言い出したこと。
 二人で過ごす休日の午後に、テーブルを挟んで。
 向かい合わせで、紅茶のカップを傾けながら。
「ほほう…? 珍しい話題だな」
 お前にしては、とハーレイは笑む。
 こういった時にブルーが持ち出す話題は、難しくないもの。
 人生の話をするにしたって、将来の夢とか、希望だとか。
 生きてゆく上で欠かせないものだったら、食事くらいだろう。
 いつか二人で暮らし始めたら、是非とも食べたい料理や食材。
 なのに、「感謝」と口にしたブルー。
 まるで遥かな時の彼方で、前のブルーが言ったかのように。


(どう見ても、いつものブルーなんだが…)
 珍しいこともあるもんだ、とハーレイは思う。
 どんな心境の変化だろうか、「感謝の気持ち」の話だとは。
 それは大事なものだけれども、別に無くても困らない。
 人間としては問題とはいえ、生きるのに支障は全く無いもの。
 「恩知らずだ」と思われるだけで、その責任は本人が負う。
 同じ何かを頼むにしたって、頼まれた方は…。
(恩知らずなヤツを手伝うよりかは、感謝してくれる方…)
 そっちを助けてやりたいものだ、と考えるのが普通だろう。
 だから「恩知らず」だと言われる者は損をする。
 仕事を手伝って貰えないとか、集まりに誘われないだとか。
 けれど、そのせいで死んだりはしない。
 食べるのに困るわけでもないから、本人が良ければ別にいい。
 感謝の気持ちを持たなくても。
 誰かに感謝をするということを、しないで生きる人生でも。


 前のブルーが生きた人生、それは感謝の日々だったろう。
 生きていられることを神に感謝し、仲間たちにも感謝の心。
 ミュウの仲間を乗せた箱舟、シャングリラで共に暮らした者。
 彼らの働きに感謝し続け、労い続けたソルジャー・ブルー。
(…誰が欠けても、あの船じゃ、大きな損失で…)
 風邪で休んだだけのことでも、上手く回らないことが山ほど。
 その船の頂点に立ったブルーは、皆の重みを知っていた。
 未来への道を開くためには、感謝の気持ちを忘れないことも。
(……本当に、あいつらしかったんだ……)
 どんなことにも礼を言っていたな、と思い出す。
 公園で子供たちから貰った、小さな花冠に対してさえも。


「えっと…。ハーレイ?」
 どうしちゃったの、とブルーが首を傾げる。
 「ぼく、間違ったことを言っちゃった?」と。
「いや…。お前が言ったことは正しい」
 実に正しい、と腕組みをして大きく頷いた。
 感謝の気持ちを忘れないことは、とても大事なことだから。
 そうしたら…。
「やっぱりそうでしょ? だからね、ぼくもハーレイに感謝」
 こうして家に来てくれたりして、感謝してる、という言葉。
 輝くような笑みを浮かべて、それは嬉しそうに。
 「感謝の気持ちを伝えたいから、キスしてもいい?」と。
「馬鹿野郎!」
 それとこれとは別問題だ、と叱り付けながら、零れた溜息。
 「前のブルーと重ねた俺が、馬鹿だった」と。
 「こいつは、こういうヤツだったよな」と、顔を顰めて…。




         感謝の気持ち・了









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(ハーレイ、何をしているのかな…)
 今頃は家でどうしてるかな、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は寄ってはくれなかったハーレイ。
 とはいえ、学校では会えた。
 挨拶出来たし、廊下で暫く立ち話だって。
(だから、会えてないわけじゃないけど…)
 帰りに寄ってくれるかも、と待っていたから、少し寂しい。
 「もしかしたら」と、もう来ないのが確実になるまで、何度も時計を眺めたりして。
 ハーレイはきっと学校で会議か、柔道部の指導で遅くなったか。
 どちらかだろうと分かってはいても、「来て欲しかったな」と零れる溜息。
 ほんの他愛ないことであっても、会って話が出来たら良かった。
 両親も一緒に食べる夕食、その時間だって。
(…他の先生と食事に行っちゃったとか…?)
 そういう可能性もある。
 同僚の教師に誘われたならば、行かねばならない時も沢山。
(そっちの方だと、まだ食べてるかな?)
 遅い時間まで開けている店で、他の先生たちと賑やかに。
 それとも食事の時間は終わって、お酒がメインの店に移って…。
(みんなでワイワイ…)
 やってるのかも、と考えもする。
 そういった店に出掛ける時には、ハーレイは「飲まない」らしいけれども。
 酒を飲んだら、運転できないハーレイの愛車。
 学校に置いて出掛ける代わりに、他の先生たちを乗せてゆく。
 そして一滴も酒を飲まずに、帰りもやっぱり運転手。
 ハーレイの家から遠い人の順に、家へと送り届ける係。
(お酒を飲むのが終わったんなら…)
 もう運転しているだろう。
 前のハーレイのマントの色と、そっくり同じな濃い緑色をしている車を。


 どうなのかな、と眺める窓の方。
 もうカーテンは閉まっているから、外は見えない。
 ついでに、サイオンの目を凝らそうとしても…。
(……なんにも見えない……)
 今のぼくには無理なんだよ、と悲しい気持ち。
 前と同じに最強の筈の、サイオンタイプ。
 人に言ったら羨ましがられる、青いサイオン・カラーの持ち主。
(……だけど、その色……)
 見たいと言われても、どう頑張っても見せられない。
 「タイプ・ブルー」は名前ばかりで、中身を全く伴わないから。
 ほんの子供でも使える思念波、それさえも、ろくに紡げはしない。
 あまりにも自分が不器用すぎて。
 母でさえも、子育てで音を上げたほどに。
(…赤ちゃんのぼくが、泣いていたって…)
 どうして激しく泣いているのか、母には掴めはしなかった。
 普通の子ならば、漠然と伝わってくる思念。
 「お腹が空いた」だとか、「もう眠い」だとか。
 それさえ何も零れてこなくて、まるでお手上げだったという。
(今なら、ぼくの心の中身は、零れ放題なんだけど…)
 赤ん坊の思考は、完成されてはいないもの。
 だから零れても意味が無かった。
 思念波と思考は、少しばかり違うものだから。
 赤ん坊が「これが欲しい」と訴える手段は、まだ弱々しい思念波だから。


(……うーん……)
 本当に駄目になっちゃった、と自分でも情けないサイオン。
 前の自分なら、自由自在に使いこなせていたというのに。
 今、ハーレイが何処にいようが、一瞬で…。
(場所を掴んで、何をしてるかも直ぐに分かって…)
 きっと満足したことだろう。
 他の先生たちと食事していても、「楽しそうだよね」と微笑んで。
 いつか自分が大きくなったら、一緒に食事に行こうと夢見て。
(…それさえ、分からないんだよ…)
 ハーレイが家で過ごしているのか、外にいるのかも。
 家にいるなら、この時間なら書斎だろうか。
(晩御飯の後には、書斎でコーヒー…)
 それが好きだと聞いている。
 今夜も、そちらの方かもしれない。
(そっちだったら、前のぼくなら…)
 思念を飛ばして、あれこれ話が出来ただろう。
 今の自分には、逆立ちしたって無理なのだけれど。
(……それに、思念波……)
 普段の暮らしでは使わないのが、今の時代のマナーの一つ。
 サイオンも同じ。
 おまけに、通信機というものがあっても…。
(…夜遅い時間に連絡するのは…)
 やっぱり社会のマナーに反する。
 他所の家に通信を入れるのだったら、早すぎも遅すぎもしない時間に。
 急ぎの用なら、それ以外でも許されるけれど。


(……ずっと昔は……)
 人間が辛うじて月まで行けた程度の頃には、違ったという。
 誰もが、いつでも、持ち歩いていた小さな通信機。
 それを使って二十四時間、何処の誰とでも連絡が取れた。
 地球の上なら、それこそ裏側にいる人とでも。
 時差などはまるで気にすることなく、飛び交ったという数多の通信。
(…それがあったら…)
 今、ハーレイに連絡をしたら、直ぐに返事が返るのだろう。
 「何処にいるの?」と訊いたら、「家だ」とか、「店にいるぞ」だとか。
 そして食事をしているのならば、料理の写真も届いた筈。
 「もう半分ほど食っちまったが…」だとか、「美味いんだぞ」とか。
(……その通信機……)
 とても欲しいと思うけれども、二度と作られることはない。
 人間がそれを作った結果が、地球の滅びに繋がったから。
 いつでも何処でも繋がる世界は、文明を発展させた挙句に、地球を殺した。
 その上、便利だった機械は…。
(……地球の地下に作られた、グランド・マザーと……)
 宇宙に広がるマザー・ネットワーク、それへと転用されてしまった。
 人間が便利に使うものから、人間を支配するものへと。
 出産さえも機械が支配し、コントロールしたSD体制の時代。
 その恐ろしさを経験したのが、ミュウという種族。
 SD体制の中で行われた、壮大な実験に耐えて生き残った新人類。
 「過ちは、二度と繰り返すまい」と、幾つもの禁止事項が生まれた。
 地球が燃え上がって、SD体制が崩れ去った後に。
 気が遠くなるほど長い時を経て、青い水の星が蘇るまでに。


 前の自分が生きた時代は、SD体制の末期に当たる。
(……今の世界の始まりの、大英雄……)
 そう呼ばれるのがソルジャー・ブルー。
 偉大な初代のミュウたちの長。
(ソルジャー・ブルーは、ぼくなんだから…)
 命を懸けてSD体制と戦い続けて、最後はメギドを沈めて死んだ。
 ミュウの未来を、白いシャングリラを守るためにと。
 ハーレイとの絆が切れてしまったと、泣きじゃくりながら。
 温もりを失くして凍えた右手を、最期まで嘆き悲しみながら。
(…そのぼくが、禁止されてる機械を…)
 欲しがったりしては駄目だろう。
 いくらハーレイと話がしたくて、今の様子を知りたくても。
 どんなに便利な機械だろうと、それは昔に悲劇を招いた物なのだから。
(…生まれ変わったのが、今の時代じゃなくって…)
 昔だったなら、良かっただろうか。
 そういう機械が何処にでもあって、地球が滅びてはいなかった時代。
 滅びに向かっていたと言っても、まだまだ余裕があった時代に。
(…それなら、ハーレイに連絡するのも…)
 簡単だろうし、同じに青い地球の上でもある。
 今よりも、自然が少なくても。
 一度滅びた後の地球の方が、ずっと緑が多いとしても。
(……生まれ変わるのは、未来でないと駄目なのかな?)
 昔に行くのは無理なのかな、と考えてみる。
 時間旅行は出来ないけれども、生まれ変わりは神の管轄だから…。
(昔にだって、行けるのかもね?)
 ハーレイと二人で、時を飛び越えて。
 今よりもずっと遠い昔に、人類が地球しか知らなかった頃へと。


(生まれ変わるのが、昔だったなら……)
 何処がいいかな、と傾げた首。
 二十四時間、繋がっていられる機械のある時代も良さそうだけれど…。
(もっと昔の方がいいかな?)
 豊かな自然が溢れた地球。
 自動車さえも無いような昔。
(……自転車も無くて、車と言ったら……)
 牛車だった時代が素敵だろうか。
 今のハーレイが授業で教える、古典の世界。
(…合戦なんかは怖いから…)
 日本が一番平和だったという、平安時代がいいかもしれない。
 戦いが皆無だったわけではなくても、僻地の方で起こっていただけ。
(その頃の、都……)
 其処に生まれて、ハーレイと出会う。
 聖痕は時代にそぐわないから、他の何かが切っ掛けになって。
(不自由なく暮らすなら、貴族なんだけど…)
 立派な御殿もいいのだけれども、鄙びた田舎暮らしもいい。
 生きてゆくのに困らないなら、とても小さな家だって。
(ハーレイなら、きっと、村一番の働き者で…)
 ひ弱なチビの子供の恋人のことも、大切にしてくれるだろう。
 自分の畑で採れた野菜を「美味いんだぞ」と届けてくれて。
 あの時代ならば貴重な米さえ、食べさせてくれるかもしれない。
 「正月くらいは餅もいいだろ?」と。
 風邪で寝込んでしまった時には、薬草を採って来たりもして。


(うん、いいかも…)
 今の時代も素晴らしいけれど、遥かな昔の地球だって、いい。
 ハーレイと生きてゆけるのならば。
 たとえ貧しい暮らしであっても、二人、一緒にいられるのなら。
(…だけど、サイオンだけは欲しいな…)
 長い時間を共に生きられる、長い寿命と、年を取らない身体は欲しい。
 他には何も要らないから。
 ハーレイが側にいてくれるならば、欲しいものなど、何も無いから。
(それくらい昔だったなら…)
 通信機さえも無いのだけれども、きっと幸せに生きられるだろう。
 愛おしい人と一緒だから。
 前の生で最後まで焦がれ続けた、青い水の星の上なのだから…。

 

         昔だったなら・了


※ハーレイ先生と生まれ変わった先が、今よりも昔だったなら、と考え始めたブルー君。
 田舎で貧しい暮らしであっても、ハーレイ先生がいれば幸せなのです。それと長い寿命v











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(……今日も一日、終わったってな)
 何事もなく、とハーレイが傾ける愛用のマグカップ。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 たっぷりと淹れた熱いコーヒー、それが一日の締めくくり。
 飲みながら読書をするのもいいし、のんびりと考え事もいい。
(…あいつの家には、寄り損なったが…)
 それを除けば、いい日だったと言えるだろう。
 学校では、ちゃんとブルーに会えたし、立ち話だって少しは出来た。
 懸命に敬語で話すブルーと、学校の廊下で向かい合わせで。
(明日は、あいつの家に寄れるといいんだがなあ…)
 今の所は特に予定も無いから、おそらく時間はあるだろう。
 急な会議が入ってしまえば、その時は仕方ないのだけれど。
(…こればっかりは、明日、行ってみないと…)
 分からないしな、と思う学校の中の細かな出来事。
 思念波を日常生活で使っていたなら、連絡がヒョイと入りそうでも…。
(生憎と、今はそういう時代じゃないんだ)
 普段の暮らしで思念波を使うのは、マナー違反。
 親しい家族や友達だったら、もちろん使ってかまわなくても。
(…ついでに、深夜に連絡するのも…)
 今の時代はマナー違反になっている。
 緊急の用事などを除けば、夜に通信機が鳴ることは無い。
 離れた地域で暮らす親戚などでも、時差を考えて連絡するもの。
 やむを得ず夜遅くなってしまったら、一言、挨拶しなければ。
 「こんな時間にすみません」と、お詫びの言葉を。
 夜はゆっくり眠る時間で、夜更かししている人にしたって…。
(……昔と違って、誰かと夜通し……)
 通信機などの機械を使って、繋がるような時代ではない。
 遥か昔は、そういう時代が人の歴史にあったけれども。
 地球が滅びるよりも前には、それが当たり前の社会が存在したけれど。


 人類文明の進歩とは逆に、滅びへの道を辿った地球。
 緑が自然に育たなくなって、海からは魚影が消えていって。
 大気はすっかり汚染されてしまい、地下には分解不可能な毒素。
 滅びゆく地球を救う手立ては、もう、人類には何も無かった。
 人類そのものが「変わる」他には。
 地球を滅びに導いた種族、それを改革する以外には。
(……それがSD体制なんだ……)
 完全な生命管理の社会。
 人を人とも思わぬ機械が統治していた、忌まわしい時代。
(前の俺たちが、そいつを壊して…)
 赤黒い死の星のままだった地球も、機械と一緒に燃え上がった。
 そうして全てが焼き尽くされた後に、再び青く蘇った地球。
 宇宙はミュウの時代を迎えていたのだけれども、彼らは英断を下していた。
 人類の過ちは、繰り返さないと。
 文明はとても便利だけれども、きちんと考えて使うべきだと。
 だから失われた、常に繋がっているようなシステム。
 それらは諸刃の剣だから。
 人間が支配しているように見えても、知らない間に機械に縛られる。
 生きている世界も、思考でさえも。
 縛られた自覚を失ったならば、ヒトは再び滅びへと向かう。
 地球や宇宙の星のことなど、まるで全く考えないで。
 自然を破壊し尽くしていって、いつの間にか、故郷を滅ぼしていって。


(……ふうむ……)
 俺は未来に来たわけなんだが…、と顎に当てた手。
 気が遠くなるほど長い時を飛び越え、ブルーと二人で地球まで来た。
 新しい身体に生まれ変わって、青い水の星に住んでいる今。
 けれど、前の自分が今の暮らしを見たなら、どう思うだろう。
(…未来だとは、とても思うまいなあ…)
 この家だけを見たんならな、と苦笑する。
 宙港に行けば、あの時代よりも進歩を遂げた宇宙船が幾つも。
 宇宙の他の星に行くにも、ずっと安全で速い旅が出来る。
 ところが、家の中だけを見れば、白いシャングリラで暮らした頃の…。
(……俺の部屋に比べりゃ、なんにも無くて……)
 通信用のシステムだってありやしない、と目を遣った壁。
 その壁よりも向こうの部屋に、鎮座しているのが今の時代の通信機。
 呼び出し音が鳴っていたって、書斎に届く音は微かなもの。
(…気を付けていないと、まず分からんぞ)
 本に夢中になっていたなら、聞き逃してしまうことだろう。
 それでも全く困りはしないし、第一、こんな夜遅くに…。
(通信を入れる方がマナー違反ってヤツなんだしな?)
 相手も充分、承知している。
 通信に出なくても、仕方が無いと。
 明日の朝にでも、また通信を入れてみるかと、通信を切って。
(前の俺だと、大昔の世界と間違えそうだぞ)
 地球が滅びるよりも前のな、と可笑しくなった。
 ずっと未来に来たというのに、そんな風には見えないから。
 色々不便な古い時代で、人間はまだ、宇宙にさえ…。
(…出られていないか、せいぜい月まで…)
 行った程度で、それも着陸しただけだろう。
 月に基地など作れはしなくて、宇宙ステーションさえ、夢のまた夢。
 それくらい昔に生まれ変わって、古臭い暮らしをしているのだ、と勘違いしそうな前の自分。
 この家だけを眺めていたなら、大昔だと思い込んで。


(……大昔なあ……)
 そいつも悪くはないかもしれん、という気がする。
 ブルーが一緒だったなら。
 二人で生まれ変われるのならば、同じに青い地球の上なら。
(…生まれ変わりって時点で、未来にしか行けそうにないんだが…)
 あるかもしれない、神の気まぐれ。
 「青い地球さえあれば、幸せだろう」と選んだ時代が大昔。
 ふと気が付いたら、今のこういう世界の代わりに…。
(牛車が、都大路をギシギシ…)
 ゆっくりと進むような世界で、学校で教える古典の世界。
 それが自分の目の前にあって、もちろん自分は其処の住人。
(…平安時代に生まれ変わるんだったら、身分は、そこそこ…)
 いいものを貰わないと駄目だな、と職業柄、すぐに考えた。
 王朝文化に憧れる人は、今の時代も少なくはない。
 けれども、優雅な文化を享受したのは、ごく一握りの人間だけ。
(いわゆる貴族で、特権階級…)
 柄じゃないな、と思いはしても、幸せに生きてゆきたかったら必要な身分。
 貴族以外は、日々の生活で精一杯だった時代だから。
 頑張って田畑を耕してみても、それほど暮らしは良くはならない。
 だから生まれた夢物語。
 竹取の翁が竹の中から姫を見付けて、大金持ちになる話。
(主人公は、かぐや姫なんだがな…)
 金持ちになった翁も羨ましがられたろうさ、と思いを巡らせる。
 あの時代の庶民が話を聞いたら、大いに夢見たことだろう。
 自分の前にも、金色の竹が現れないかと。
 かぐや姫を立派に育てるためでも、大金持ちになれたなら、と。


 平安時代で生きてゆくなら、譲れない身分。
 ブルーも自分も、貴族の身分に生まれ変わっていたいもの。
 宇宙から青い地球を見るには、方法などは何も無くても。
 「此処は地球だ」と確信できても、確かめる術が無いままでも。
(…あいつは、貴族の若様で…)
 自分は、そろそろ初老といった頃合い。
 あの時代ならば、そんな年齢。
 たまに長寿の人もいたって、大抵は早く亡くなったから。
 四十歳にもなってしまったら、妻を亡くして出家する者も多かった。
(…俺は婚期を逸した貴族ってトコか…)
 それでも、あいつと出会うんだな、と頭の中に描いた光景。
 聖痕は、きっと、物騒だから、別の切っ掛け。
(あの時代は、血は縁起でもなくて…)
 忌み嫌われたし、他の何かが、自分とブルーを繋ぐのだろう。
 ちゃんと出会えて恋仲になって、のどかな世界で恋を育む。
 二人で花見の宴をするとか、月見の宴を催すだとか。
(あいつがチビの子供でなければ、もう早速に…)
 自分の館に迎えてもいいし、自分が通って行ってもいい。
 今よりもずっと不便であっても、恋をするには困らない筈。
(歌を詠んで贈らんと駄目だと言うんだったら、歌を詠んで、だ…)
 ブルーからも歌が届くのだろう。
 ペンではなくて、筆でサラサラと書かれたものが。
 季節の折枝などが添えられ、美しい紙に綴られた文が。


(そういうのも、きっと…)
 悪くはないのに違いないぞ、と夢は尽きない。
 昔だったら心配なのが、寿命の問題なのだけれども…。
(…神様が生まれ変わらせて下さるのなら…)
 ブルーも自分も、今と同じにミュウだと思う。
 サイオンのお蔭で年を取らない、今の時代は普通の種族。
(昔だったら、仙人だろうと思われるぞ)
 あの時代の人々が憧れ続けた、年を取らなくなる薬。
 それを飲んで年を取らない仙人、そうだと誰もが信じるだろう。
(…あいつと二人で、仙人になって…)
 のんびり暮らしてゆくのもいいさ、と傾ける少し冷めたコーヒー。
 昔だったら不便であっても、一緒なら、きっと幸せだから。
 ブルーと二人で生きてゆけるなら、遥かな昔の時代でも、きっと天国だから…。

 

          昔だったら・了


※前のハーレイたちが生きた頃より、遅れているように見える今の文明。そういう時代。
 ならば昔に生まれていたら、と考えてみたハーレイ先生。仙人になるのも良さそうですよねv









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