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(赤ちゃんっていうのは……)
 大人には見えないものが見えるらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、お風呂上がりに。
 パジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 何故、突然に「赤ちゃん」と思い付いたのか。
 その辺の所は、自分でもよく分からない。
(今日は赤ちゃん、出会ってないけど…)
 学校の行き帰りに乗るバスの中でも、歩く道でも、赤ん坊連れは見かけていない。
 けれどヒョッコリ頭に浮かんで、そちらに向く思考。
(…確かに見えているのかもね?)
 そう見えることがあるんだもの、と小さいながらも経験は幾つも。
 誰もいない方に笑顔を向ける子だとか、手を振る子とか。
 きっとああいう赤ん坊には、「見えない何か」が見えているのだろう。
(……大人じゃなくても見えないんだけど……)
 ぼくにはサッパリ、と苦笑する。
 ハーレイには「チビ」と言われるけれども、そういう面では「大人だよね」と。
 赤ん坊には見えているものが、まるで全く見えないのだから。
(だけどハーレイには、言うだけ無駄で…)
 相手にしてなど貰えないことは、尋ねる前から分かっている。
 「ぼく、大人だと思うんだけど」と言おうものなら、フフンと鼻で笑われて。
 「今度は、どんな悪事を思い付いたんだ?」と鳶色の瞳で覗き込まれて。
 どう頑張っても、チビには間違いないのだから。
 赤ん坊ではないというだけで、十四歳にしかならない子供。
 ハーレイからすれば立派に子供で、取り合うだけの価値さえも無い。
 「大人なんだよ」と言い張ってみても。
 根拠はこれだと頑張ってみても、「そりゃ良かったな」と流されるだけ。
 「赤ん坊から見れば、大人だろうさ」と。
 「それを言うなら、幼稚園児だって大人だよなあ?」などと。


(……うーん……)
 分からず屋のことは放っておこう、と赤ん坊の方に頭を切り替えた。
 言葉も話せない赤ん坊の目には、どんな世界が見えるのだろう。
 大人には見えないものたちで満ちて、キラキラと輝いているのだろうか。
(風の精とか、お花の妖精だとか…)
 そういった者たちが飛び交う世界で、赤ん坊の興味を惹くものが一杯。
 大人の目には「風が吹き抜けただけ」でも、風の精が踊りながら駆けてゆくとか。
 あるいは風の精霊の王が、お供を従えて行列だとか。
(…素敵だよね…)
 自分が赤ん坊だった頃には、きっと彼らが見えたのだろう。
 両親からは何も聞いていないし、自分でも覚えていないけれども。
 精霊や妖精は本の中にいて、挿絵に描かれるだけだけれども。
(……そうなってくると……)
 もしかしたら、と思い出した、さっきの分からず屋のこと。
 「放っておこう」と頭の中から追い出したけれど、二十四歳も年上の恋人。
 前の生から愛したハーレイ、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ぼく、ハーレイとは、赤ちゃんの時に…)
 会っていたかもしれないんだっけ、とハーレイから前に聞いた話が頭に蘇る。
 チビの自分が生まれた病院、そこを退院して、初めて外の世界に出た日。
 四月の初めだったけれども、寒の戻りで季節外れの白い雪が舞っていたという。
 赤ん坊の自分が寒くないよう、母がストールで包んでくれた。
 そして同じ日、ハーレイは同じ病院の前で、退院してゆく赤ん坊を見た。
 暖かそうなストールにくるまれ、母親の腕に抱かれた赤ん坊を。
(それって、きっとぼくだったんだよ)
 そうに違いない、と二人揃って結論付けた。
 もっとも、証拠は無いのだけれど。
 ハーレイはストールの色を全く覚えていなくて、赤ん坊の顔も見ていない。
 もしも見たなら、忘れたりする筈がないから。
 赤ん坊の目が開いていたなら、その目は鮮やかな赤なのだから。


 そうして「出会えなかった」あの日に、赤ん坊の自分は「見た」かもしれない。
 ジョギング中だった、とても大切な人を。
 前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人を。
(…赤ちゃんには、いろんなものが見えるんだとしたら…)
 空から舞い降りてくる雪の妖精、それが耳元に囁いたろうか。
 「あっちを御覧」と、ハーレイの方を指し示して。
 雪の中を元気に走っている人、その人が「今のハーレイ」なのだと。
(そうだったかも…)
 赤ん坊の自分は、懸命にそちらを見たかもしれない。
 ストールが邪魔をして、よく見えなくても。
 「あれがハーレイだ」と分かった時には、後ろ姿になっていたって。
(……きっと、とっても嬉しかったよね……)
 ハーレイには声も掛けて貰えず、気付かれもせずに終わっても。
 ただタッタッと駆けてゆくだけの、若き青年だったとしても。
(ちゃんとハーレイもいるんだよ、って…)
 安心して眠りに就いたのだろうか、赤ん坊だった幼い自分は。
 ハーレイも同じ世界にいるなら、いつかは必ず会えるのだから。
(…それとも、雪の妖精じゃなくて…)
 もっと他のもの、違う誰かが「ハーレイ」を教えに来てくれたろうか。
 かつて生命を持っていた者、いわゆる幽霊、あるいは魂。
 遠く遥かな時の彼方で、白い箱舟にいた仲間たち。
 彼らの内の誰かが出て来て、「ハーレイだよ」と指差して。
 なにしろ宇宙はとても広くて、船の仲間たちが「いつも必ず」生きているとは限らない。
 生まれ変わりを待つ途中だったら、暇だろうから。
 雲の上から下界を見下ろし、ハーレイにも、「赤ん坊のブルー」にも気付いて。
 「今は、ああいう人生なのか」と見守っていて。


(……ひょっとして、ゼル?)
 あるいはヒルマン、ブラウやエラ。
 とても懐かしい昔馴染みが、病院の表に立っていたろうか。
 ストールにくるまれた赤ん坊を囲んで、「じきにハーレイが走って来るよ」と。
 あちらの方からやって来るのだと、服の色まで教えてくれて。
(…「感動的な再会だねえ」って…)
 ブラウあたりは言いそうだけれど、赤ん坊の自分は、きっと複雑。
 ハーレイに会えるのは嬉しくっても、その「ハーレイ」のことが問題。
(…ブラウも、ゼルやヒルマンも…)
 もちろんエラも全く知らない、前の自分の恋物語。
 白いシャングリラで「ソルジャー・ブルー」は恋をしていた。
 恋のお相手は「キャプテン・ハーレイ」、どちらも船の頂点に立つ者。
 だから誰にも明かすことなく、恋をしたことを隠し続けた。
 その生涯を終えるまで。
 前の自分がメギドで命を失った後も、ハーレイは秘密を抱いたまま。
 恋人を失い、生ける屍のようになっても、それさえも伏せて。
 航宙日誌にも何も書かずに、地球の地の底で命尽きるまで、たった一人で抱え続けて。
(……感動の再会には違いないけど……)
 それはブラウやゼルたちが思う「感動」の形とは、まるで異なる。
 彼らは「親友同士の再会」だと信じているのだから。
 年こそ離れていたのだけれども、親友だった前の自分とハーレイ。
 お互いに恋をするまでは。
 互いを大切に思う気持ちが恋だと気付いて、それを確かめ合うまでは。
(誰も、なんにも知らないんだから…)
 ゼルやブラウの魂が見えて、彼らが教えてくれたとしても…。
 「ハーレイが来るよ」と言ってくれても、とても素直には喜べない。
 胸はドキドキ高鳴っていても、「恋人だった」ことは秘密だから。
 迂闊に反応を示したならば、何もかもバレてしまうのだから。


(……バレちゃったとしても……)
 今ならば、何も困らない。
 白いシャングリラは地球まで行ったし、あれから長い時が流れた。
 人間は全てミュウになった世界、SD体制もとうに倒された後。
 だからバレてもいいのだけれども、赤ん坊の自分はためらいそう。
 なにしろ、赤ん坊だから。
 いくら「大人には見えないもの」が見えても、「自分が誰か」を覚えていても。
 ゼルたちが「ハーレイだよ」と教えてくれるのだったら、前の自分の記憶はある。
 育つ間に忘れただけで、前の生の記憶をまだ持っていて。
(……ハーレイのことも忘れていなくて……)
 会えると聞いたら、本当に飛び跳ねたいほどに嬉しい。
 生まれて間もない赤ん坊では、そんなことなど出来ないけれど。
 せいぜい「キャッキャッ」と笑うだけでも、そうしたいほどに嬉しいだろう。
 けれども、やっぱり明かせない「秘密」。
 明かしても誰も困らなくても、自分自身が恥ずかしすぎて。
 ゼルやブラウに周りを囲まれ、祝福されたらどうしよう、などと。
(…絶対、そうなっちゃうんだよ…)
 恋人同士の再会なのだ、とバレたなら。
 時の彼方では隠し続けた、恋人同士の大切な絆。
 そのことさえも、今となっては「格好の話の種」でしかない。
 ブラウたちが揃って賑やかに笑い、赤ん坊の自分の肩を叩いて、祝福をくれることだろう。
 「長い間、ご苦労さんだったね」と。
 「もう障害は何も無いから、今度は、うんと幸せになりな」と。
 そう、雪の中をジョギングしているハーレイと。
 今のハーレイの記憶が戻れば、恋人同士になれるから。
 誰にも邪魔をされることのない、幸せな恋路。
 それが二人を待っているから、「お幸せに」と、口々に言って。


(……言えないってば……!)
 そんな恥ずかしいこと、と頬っぺたがカッと熱くなる。
 鏡で見たなら、トマトみたいに真っ赤な顔に違いない。
 赤ん坊の頃の自分は、きっと頬っぺたを染める代わりに…。
(……知らないよ、って……)
 狸寝入りを決め込んだよね、と零れた笑み。
 ゼルやブラウが周りにいたなら、「ぼくは眠い」と大嘘をついて。
 もしもあの時、彼らの姿が見える赤ん坊だったなら。
 大人には見えないものが見られて、ゼルたちも見えていたならば。
 何故ならば、とても恥ずかしいから。
 ハーレイと恋人同士だったことがバレたら、赤ん坊でも、本当に恥ずかしすぎるのだから…。

 

            赤ん坊だったなら・了


※大人には見えないものが見えるというのが赤ん坊。ブルー君にも、赤ん坊だった時代が。
 その頃にハーレイと会っていたなら、ゼルたちが教えてくれたのかも、というお話v












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(赤ん坊ってヤツは……)
 大人の目には見えないものが見えるらしいよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをお供に寛いでいて。
(あの子には、何が見えてたんだか…)
 仕事帰りに車で行った、家の近くの食料品店。
 其処で出会った、母の腕に抱かれた赤ん坊。
 若い夫婦が子連れで来ていて、父親が食料品を入れたカートを押していた。
 妻が「これを」と注文する品を、せっせとカートに追加しながら。
 赤ん坊は起きていたのだけれども、突然、笑顔で手を伸ばした。
 野菜が積まれた棚に向かって。
 棚には何もいないというのに、まるで何かがいるかのように。
(これが外なら、まだ分かるんだが…)
 公園などで起きたことなら、気を引く「何か」を見付けたと分かる。
 風で動いた木の葉っぱだとか、急に光が差した場所とか。
(……しかしだな……)
 場所は食料品店だったし、そんな「何か」があるわけもない。
 レジとか、他の買い物客がいたならともかく、食料品の棚などには。
 それも野菜がズラリと並んだ、何の変哲もない所には。
(……だが……)
 あの子は楽しそうだったんだ、と赤ん坊の姿が脳裏に蘇る。
 キャッキャッと可愛い声ではしゃいで、野菜の棚に手を振っていた。
 とても小さい、紅葉の葉っぱのような手を。
 棚に並んだ野菜を持つには、まだまだ小さすぎる手を。
(お母さんは、「ジャガイモがいい?」とか訊いていたがな…)
 我が子の気を引いた野菜はどれかと、指差し合っていた両親。
 出来ればそれを買って帰ろうと、笑み交わして。
 赤ん坊でも食べられるメニューは、何があるかと挙げてゆきながら。


 離乳食なら、食べられそうだった赤ん坊。
 とっくに眠っているだろうけれど、夕食は何を食べたのだろう。
 食料品店で買ったばかりの野菜を使った、母親が作る離乳食。
 あるいは父が作っただろうか、「たまには腕を奮ってみるか」と。
(離乳食ってヤツも、けっこう奥が…)
 深いらしいし、と知識だけはある。
 大人の食事とは違うけれども、凝る人は、とことん凝るらしい。
 色々な素材を裏漉ししたり、ミキサーにかけてドロドロにしたり。
 そこから更に手間ひまかけて、プリンみたいに仕上げてみたり、と。
(…あの子も、美味いの、食ったんだろうなあ…)
 大満足で寝てるんだろう、と微笑ましい。
 野菜の棚に手を振るくらいの幼さだけども、家では、きっと立派な王様。
 誰よりも大切にかしずいて貰って、居場所は小さなベッドの玉座。
 お風呂も食事も両親の手を借り、何不自由のない暮らしをして。
(召使いは、もっといるかもな?)
 祖父母も同じ家にいるなら、召使いは二人増えるだろう。
 王様のお世話が好きでたまらない、甘くて優しい人たちが。
(はてさて、王様は誰に手を振っていたんだか…)
 野菜の棚には、召使いなんかいないんだがな、と考えなくても分かること。
 顔見知りの大人も子供もいなくて、もちろん可愛い動物もいない。
(ジャガイモも、タマネギも、ニンジンもだ…)
 ピクリとも動くわけがないから、野菜に手を振る理由など無い。
 それなのに、懸命に手を振っていた。
 あの子供にしか見えない「何か」に向かって、嬉しげに。
 まるで野菜と遊ぶかのように、精一杯に小さな手を伸ばして。


(…野菜の妖精が座っていたかな…)
 だったら分かる、と一人で頷く。
 よく耳にするのが「赤ん坊には、大人には見えないものが見える」という話。
 実際、そうだと思える場面は幾つもあったし、今日の出来事もその一つ。
 野菜ばかりが並んだ棚には、きっと「何か」がいたのだろう。
 畑からトラックに乗って旅をして来た、ジャガイモやタマネギなどの妖精。
 それとも畑に生えていた草から、花の妖精でもくっついて…。
(食料品店まで来ちまったかもなあ、好奇心ってヤツで一杯で)
 妖精だったら、公園などの方がお似合いなのに、食料品店の棚に腰を下ろして。
 自分に気付く人はいるかと、茶目っ気たっぷりに足をブラブラさせて。
(そいつは大いにありそうだぞ)
 何の妖精だったんだろう、と自分まで気になってくる。
 大人の目では見られないから、分からない分、余計に見たい。
 赤ん坊と同じ視点で世界が見えたら、どれほど楽しいことだろう。
 妖精がいたり、他にも素敵なものが沢山。
(切り替えられればいいのにな?)
 サイオンっていう便利なものがあるんだから、と考えた。
 精神の力がサイオンなのだし、心と密接に繋がった力。
 無垢な子供の瞳で見たい、と念じたらパッと切り替わるとか、と。
(そうすりゃ、俺にも野菜の妖精が…)
 見えるんだがな、と顎に手を当て、ふと気付いたのが「過去」のこと。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた時代。
(……あの頃の俺は、赤ん坊どころか……)
 子供時代の記憶を全て失くして、養父母の名前さえも覚えていなかった。
 成人検査という名のシステム、それに「サイオン」を忌み嫌う機械。
 それらがズタズタに踏み躙ったのが、前の自分の人生だった。
 負けずに強く生きたけれども、失った記憶は戻らないまま。
 そうして恋人のブルーも失くして、長い長い時を一人きりで生きて…。
(……地球に来たんだ)
 死の星だった地球の地の底で息絶え、それから遥かな時を飛び越えて、青い地球まで。


(…今の俺は、どうだったんだろう?)
 赤ん坊だった頃の俺ってヤツは…、と傾げる首。
 「大人には見えないものが見える」のなら、やはり妖精が見えただろうか。
 隣町に住む両親からは、特に聞いてはいないけれども。
(見えてたのかもしれないなあ…)
 すっかり忘れちまったんだが、と残念な気持ち。
 時の彼方で生きた自分も、幼い頃には「見た」のだろうか。
 SD体制が如何に酷くとも、「大人の目には見えないものたち」までは消せない。
 あんな時代でも、妖精たちは何処かで生きていたかもしれない。
 普段はひっそりと息をひそめて、幼い子供に出会った時だけ、生き生きとして。
(そう考えてみりゃ、赤ん坊の頃には、誰だって、ミュウ…)
 たとえ生粋の人類だろうと、「目には見えないものたち」が見えているのなら。
 成長したら見えなくなろうと、立派に備わっていた能力。
 それを失わずに大きくなったら、ミュウへと変化したのだろうか。
 方向性は違うけれども、サイオンという形になって。
 野菜の妖精たちの代わりに、人の心が見える生き物に進化していって。
(……どうなんだかな?)
 その辺の研究はしてるんだろうか、と思うけれども、それは自分の管轄外。
 専門分野がまるで違うし、調べようにも手掛かりもゼロ。
(まあ、いいが…。それよりも赤ん坊の視点ってヤツが…)
 ちょいと欲しいな、と見たくなるのが、野菜の妖精たちがいる世界。
 赤ん坊の頃に戻れるものなら、少し戻ってみたい気もする。
(ほんの半日くらいなら…)
 あの時代ってヤツに戻ってもいいな、と隣町の家を頭に描く。
 庭に植えられた夏ミカンの木は、森のように見えることだろう。
 大人の目にも立派な木だから、赤ん坊の目には、きっと森。
 其処から妖精が覗くのだろうか、黄色いミカンに腰を下ろして。
 あるいは枝からヒョイとぶら下がって、空中ブランコみたいに飛んだり。


 それも愉快だ、と「赤ん坊なら…」と広がる夢。
 夏ミカンの木の妖精に手を振り、他にも色々なものたちが見える。
 空を飛んでゆく風の精とか、ひょっとしたら、お菓子の妖精だって。
(妖精の他にも、見えるのかもな?)
 不意に心を掠めていった、とても懐かしい人の面影。
 今は小さな子供の姿の、前の自分が愛した人。
(……ソルジャー・ブルー……)
 もしかしたら、彼もいたのだろうか。
 赤ん坊だった頃の自分が、無邪気に眺めていた世界に。
 前の生の記憶は戻っていなくて、それが誰かも知らないままに。
(…あいつは、俺よりずっと年下…)
 二十四歳も年下なのが、小さなブルー。
 ならば充分、有り得ること。
 生まれ変わって来る前のブルーが、ゆりかごを覗き込んでいたとか。
 肩に妖精たちを止まらせ、庭に微笑んで立っていたとか。
(……おふくろたちに訊いたところで……)
 きっと手掛かりは無いんだろうな、と思うけれども、そうだったろうか。
 心から愛した人とも知らずに、前のブルーに手を振ったろうか。
 「とても優しい人なんだよ」と、無垢な心で思い込んで。
 ブルーは少し寂しいだろうに、そんな気持ちを知りもしないで。
(…赤ん坊なら、許されるんだろうが…)
 やっちまっていたならすまん、と心の中でブルーに詫びる。
 生まれ変わった小さなブルーは、きっと忘れているだろうけれど。
 思い出しても、笑って許してくれそうだけれど、やっぱり少し悲しいから。
 赤ん坊なら仕方なくても、愛おしい人に気付かなかったこと。
 ブルーがあやしてくれていたって、「いい人」としか思わなかったろうから。
 誰よりも大切だった人だというのに、妖精たちの仲間扱いしたのだから…。

 

           赤ん坊なら・了


※ハーレイ先生が考えたこと。赤ん坊だった時代に、前のブルーに出会ったかも、と。
 本当は出会っていないんですけど、生まれ変わる前の記憶が無いから、知りようがないですv












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「ねえ、ハーレイ。ちょっと質問があるんだけれど…」
 かまわないかな、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、いつものテーブルを挟んで。
 向かい合わせでお茶を飲みながら、「かまわない?」と。
(……また来たか……)
 ろくな質問じゃあるまいに、とハーレイは心で溜息をつく。
 こういった時のブルーの質問、それは大抵、キスのこと。
 十四歳にしかならないブルーは、唇へのキスを禁止された身。
 一人前の恋人気取りなだけに、その仕打ちが嫌で質問する。
 あの手この手で、なんとかしてキスを勝ち取ろうと。
 意地悪な恋人に「参った」と言わせて、キスを貰おうと。
(だが、俺にだって、事情があるんだ)
 その手に乗るか、と今日も身構える。
 ブルーが何と言って来たって、バッサリと切って捨てようと。


 まずは質問の確認から。
 ブルーの瞳を真っ直ぐ見詰めて、問い返した。
「質問なあ…。中身にもよるが、お前は何を訊きたいんだ?」
「えっとね…。ハーレイ、告白されたら、どうする?」
「はあ?」
 あまりにも予想外だっただけに、思わず、変な声が出た。
 告白とは恋の告白だろうか、そんなものを誰がしてくるのか。
(……俺に告白しようってか?)
 ブルーのことかと思ったけれども、よく考えたら毎度のこと。
 しょっちゅう告白しているような感じなのだし、今更だろう。
(だったら、誰が…?)
 サッパリ分からん、と鳩が豆鉄砲を食らったよう。
 鳶色の目を丸く見開いて、ポカンとブルーを見ているだけ。


「だから、ハーレイが告白された時だよ!」
 痺れを切らしたように、ブルーが叫んだ。
 「もしも誰かに告白されたら、どうするの?」と。
 「ハーレイには、ちゃんとぼくがいるのに」と、心配そうに。
(……なるほど……)
 そういうことか、と納得がいった。
 かつてはモテたのが今の自分で、ブルーも承知。
 それで不安になったのだろう、誰かに奪い取られないかと。
(…だったら、いつもの仕返しにだな…)
 少し苛めてやるとするか、と悪戯心が頭をもたげた。
 キスを強請られてばかりなのだし、お返しだ、と。
 たまにはブルーを困らせてやろうと、心の中でほくそ笑んで。
(そうと決まれば…)
 よし、と小さなブルーに向き合った。
 「相手によるな」と、余裕たっぷりに。
 「俺の好みの相手だったら、受けるかもな」と。


「えっ…。受けるって、どういう意味?」
 ちょっとデートをするだけだよね、とブルーが慌てる。
 その場で断るのも申し訳ないし、断る前に、と。
「さあ、どうだか…。俺としては、やはり色々と…」
 思う所もあるわけだしな、と瞑った片目。
 「いい嫁さんになってくれそうだったら、考えないと」と。
「ちょ、ちょっと…! ぼくはどうなるの!?」
「さてなあ…。俺が結婚しちまった時は、まあ、幸せにな」
 お前も誰か見付ければいい、とニヤリと笑う。
 「いい男は他にも沢山いるし、女の子だって」と。
「嫌だってば! ハーレイ、告白、断ってよ!」
「俺にも選ぶ権利はあるしな、何も急いで断らなくても…」
 暫くお付き合いをしてみるのも…、などとブルーを苛める。
 「こんな意地悪も、たまにはいいさ」と。
 ブルーが自分で言い出したのだし、焦る姿も可愛いから。
 「可愛い子ほど、苛めたくなるもんだ」と心で言い訳して…。




            告白されたら・了









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(卒業するまで……)
 そう、それまでの我慢だものね、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は、家では会えなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 毎日でも顔を合わせて話したいのに、今日は学校で挨拶しただけ。
 それも廊下で出会った時に。
 ハーレイの古典の授業さえ無くて、顔も充分に見られなかった。
 とても残念なのだけれども、まだ会えただけマシだろう。
 ちゃんと学校に行っていたって、まるで会えない日もあるのだから。
(……だけど……)
 学校で挨拶だけだった日は、家でゆっくり話したい。
 仕事帰りのハーレイに会って、夕食も一緒に食べたいけれど…。
(そんな我儘、通らないから…)
 卒業までの我慢なんだよ、と自分自身に言い聞かせる。
 まだ何年も先のことだけれども、今の学校を卒業してゆく日が来たら…。
(卒業式から、一ヶ月も待っていなくても…)
 結婚出来る年の、十八歳になると分かっている。
 三月の一番おしまいの日が、十八歳の誕生日なのだから。
(そしたら、ハーレイと結婚出来て…)
 二人、同じ家で暮らしてゆくから、今みたいな思いはせずに済む。
 ハーレイの帰りが遅くなっても、待ってさえいれば…。
(家に帰って来てくれるしね?)
 待ち疲れて眠ってしまっていたって、きっと優しくキスしてくれる。
 「おやすみ」と瞼や唇の上に。
 起こさないよう、そっとベッドに運んでもくれて。


(ふふっ…)
 待ち遠しいな、と心の奥が暖かくなる。
 指折り数えて待ちたいくらいの、ハーレイと一緒に暮らせる時。
 ただ、本当に数えたら…。
(……落ち込んじゃうしね?)
 何日あるのか、気が付いちゃって…、と勘定する気は起こらない。
 一年は三百六十五日で、二年分なら七百を超える。
 そして二年では終わらないのが、残りの学校生活だから…。
(数えはしないで、我慢、我慢…)
 そうする間に、残りの日々は縮まってゆく。
 背丈だって伸びて、キス出来る日も近付いてくる。
(学校の生徒の間は、無理かな……?)
 ハーレイにキスを貰うのは…、と首を傾げて、その考えも追い払った。
 縁起でもないことだから。
 いくらハーレイが物堅くても、約束したことは、また別のこと。
(前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
 唇へのキスを許してくれる、という約束を交わしている。
 まさか「知らん」とは言わないだろう。
 「駄目だ」と断ることはあっても。
 「お前は、まだまだ教え子だしな?」と、やんわり拒絶はするかもだけど。
(……それって、とってもありそうだけど……)
 ホントになったら大変だものね、と竦めた肩。
 ハーレイの授業で聞いた「言霊」、それには注意しなくては。
 言葉は力を持っているから、迂闊なことを言ったなら…。
(本当のことになっちゃうんだよ)
 そうならないよう、考えることも避けるべき。
 嫌なこととか、不吉なこと。
 縁起でもない話なんかは。


 頭の中から追い出した考え。
 「もっといいことを考えなくちゃ」と、未来の方へ目を向けて。
 ハーレイと結婚出来る日が来たら、毎日が、きっと「いいこと」ばかり。
 たまに落ち込むことがあっても、ハーレイが慰めてくれる筈。
 温かい紅茶を淹れてくれたり、「美味いんだぞ」と何か作ってくれたり。
(……それでも気分が落ち込んでたら……)
 ハーレイの車でドライブだろうか。
 「気分転換に出掛けてみるか」と、愛車の助手席に乗せて貰って。
 うんと遠くまで走ってゆくとか、景色のいい場所を目指して走らせる車。
 「どうだ、少しはマシになったか?」なんて、何度も声を掛けられながら。
(…一緒に暮らしているからだよね)
 そういうことが出来るのは。
 ハーレイが直ぐに色々と気付いて、こまごまと世話を焼いてくれるのは。
(今だと、気付いてもくれないんだよ…)
 こうしてベッドにチョコンと座って、溜息をついていることも。
 遠い未来を思い描いて、今日の「ガッカリ」を埋めていることだって。
(……早く結婚したいんだけどな……)
 そのためには、まず学校を卒業しないと…、と考える内に、ふと思い出した。
 普通は、学校を卒業した子は…。
(…上の学校…)
 当たり前のように待っているのが、もう一つ上の学校だった。
 人間が全てミュウになった今、寿命はとても長いもの。
 前の自分の頃とは違って、社会に出てゆく年だって遅い。
(SD体制の時代だったら…)
 十四歳になった途端に「目覚めの日」。
 前の自分は、それまでの記憶を全て失くして、実験動物にされたけれども…。
(人類の子供は、教育ステーションで勉強…)
 どういうコースで生きてゆくかを機械が決めて、四年間のステーション暮らし。
 教育は其処で終わったけれども、今はそれより長い期間で…。


(…パパとママだって、上の学校…)
 今の自分が其処へ行くことを、信じて疑いもしていないだろう。
 何を勉強するかはともかく、上の学校へ進むのだ、と。
(……チビのままで、背が伸びなくっても……)
 子供のままで、うんと成長が遅い子のために、別の学校が用意されている。
 ゆっくり育つ身体と心に合わせて、カリキュラムを組んだ「上の学校」。
(…幼年学校…)
 そういう名前の学校があるから、両親も、きっと、そのつもり。
 「卒業したら結婚する」というコースなんかは、夢にも考えさえもしないで。
 上の学校の資料を取り寄せ、「何処に行きたい?」と訊いたりもして。
(……結婚したい、って言いだしたら……)
 両親は驚いて声も出ないか、目を丸くして問い返すのか。
(…本気なのか、って…)
 まずは意志を確かめ、それから相手を尋ねるのだろう。
 結婚したい「お相手」のことを。
 いつの間にガールフレンドが出来て、結婚の約束を交わしたのかと。
(……女の子だとしか思わないよね?)
 どう考えても、「結婚したい」という「お相手」は。
 結婚に理解を示してくれても、「一度、この家に連れて来てみなさい」とか。
(…そうじゃなくって、ぼくがお嫁さん……)
 告白したなら、両親は腰を抜かすだろうか。
 とても大事な一人息子が、十八歳で「お嫁に行く」なんて。
 おまけに、相手は…。
(……ハーレイなんだよ……)
 何年も家に通って来ていた、学校の先生で「守り役」だった人。
 前の生では「ソルジャー・ブルー」の右腕だった「キャプテン・ハーレイ」。
 当時から恋人同士だけれども、そんなこと、両親が知るわけがない。
 もう文字通りに寝耳に水で、二人ともビックリ仰天だろう。
 あらゆることが予想外すぎて、心がついてゆかなくて。


(……お許しなんか……)
 もしかしたら、出ないかもしれない。
 どんなに「結婚したい」と言っても、「気の迷いだ」と一蹴されて。
 上の学校とか幼年学校の、入学手続きを取られてしまって。
(…そして、ハーレイとは引き離されて…)
 会えないようにされてしまって、もしかすると、寮に入れられるかも。
 うんと遠くの学校に入れて、とても厳しい寄宿舎に。
 門限があって、誰かと会うにも、面会の許可が要るような場所へ。
(SD体制の時代みたいだけど…)
 遥か昔の地球にもあった、厳しい寄宿舎。
 それを真似している学校だって、まるで無いとは言い切れない。
 そんな所へ放り込まれたら、今よりも、もっと…。
(…ハーレイと会えなくなってしまって、結婚どころじゃ…)
 なくなるのだし、取るべき道は、一つだけ。
 ハーレイと一緒にいたければ。
 両親がどれほど反対したって、結婚へ進みたいのなら。
(……何処かへ、駆け落ち……)
 上の学校に入れられる前に、手に手を取って。
 あるいは寄宿舎に入れられた後に、示し合わせて逃亡して。
(…ハーレイのお仕事、なくなっちゃうけど…)
 駆け落ちをした教師なんかは、何処も雇ってはくれないだろう。
 うんと辺境の星に逃げても、事情を隠し通せはしない。
 SD体制の時代ほどには、監視されてはいなくても。
(先生をするには、免許が要るから…)
 それを出したら、たちまちハーレイの身元が知れる。
 教え子を連れて駆け落ちして来た、地球出身の教師なのだと。
 窮状は酌んで貰えたとしても、学校が雇うわけにはいかない。
 生徒はもちろん、保護者たちにも、示しがつかないことになるから。


 これは困った、と思うけれども、いざとなったら「駆け落ち」だろう。
 両親が許してくれなかったら、結婚が通らないのなら。
(……ハーレイと駆け落ちするんなら……)
 行き先とか、その後の仕事のこととか…、と考えねばならないことは山ほど。
 地球の上だと直ぐにバレるし、他の星に逃げてゆくしかない。
(…でも、宇宙船に乗る時は…)
 万一の事故などの場合に備えて、身元のチェックがあると聞く。
 それを躱して乗るとなったら、密航以外に方法は無い。
(…今の時代に密航なんて…)
 している人がいるのかな、と思うけれども、やってみるしかないだろう。
 ハーレイと生きて行きたかったら。
 辺境の星で暮らすにしたって、二人で生きてゆくためならば。
(準備も、逃げるのも大変そうだけど…)
 それも幸せな未来かもね、とクスッと零れてしまった笑み。
 たとえ駆け落ちする羽目になっても、「ハーレイと築いてゆく未来」だから。
 前の生では得られなかった、二人きりでの暮らしだから。
(……そのために、駆け落ちするんなら……)
 ぼくは後悔なんかしないよ、と心の底から言い切れる。
 今度こそ、幸せになるのだから。
 ハーレイと二人で生きてゆけたら、きっと何処でも、幸せだから…。

 

        駆け落ちするんなら・了


※ブルー君が夢見る、ハーレイ先生との未来。結婚出来る日を心待ちにしてますけれど…。
 両親のお許しが出なかった時は、駆け落ちすることになるのかも。でも、幸せv











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(駆け落ちなあ…)
 そういうモンもあったんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 それは遠い昔にあったこと。
 人間が地球しか知らなかった頃、洋の東西を問わずに存在した。
 親が結婚を許してくれない、気の毒な恋人たちの間で。
 手に手を取って故郷を逃げ出し、幸せに暮らせる場所へ行こうと。
(…ロミオとジュリエットも、計画が成功していたら…)
 駆け落ちになっていた筈なんだ、と今も名高い悲劇を思う。
 不幸な行き違いが起こらなかったら、二人は何処かの村へでも逃げて…。
(身分なんかは忘れちまって、穏やかに…)
 畑を耕し、羊でも飼って、その土地の人になったのだろう。
 そうする内に子供や孫も生まれて、二人で齢を重ねていって。
(あれは失敗しちまったんだが…)
 後の時代のイギリスにあった、とても有名な駆け落ち婚。
 十九世紀の半ば頃まで、恋人たちを救った手段。
(イングランドとスコットランドじゃ、法律が違ったモンだから…)
 とても厳格なイングランドでは、結婚を許されない恋人たちが逃げ出した。
 国境を越えてスコットランドに入りさえすれば、簡単に結婚できたから。
 誰でもいいから、証人を二人。
 結婚の条件は、たったそれだけ。
 だから二人で国境を越えて、国境から一番近いグレトナ・グリーンという町で…。
(証人を探して、結婚式を挙げて…)
 既成事実を作ってしまって、それからイングランドに戻った。
 もう諦めるしかない親たちの許へ、ちゃっかりと。
 生まれてくる子が、イングランドでも正当な権利を得られるように。
 イングランドの教会で二度目の結婚式を挙げ、正式なカップルと認められるように。


 駆け落ちにしては、いささか悲劇性に欠ける「それ」。
 二人にとっては切実だろうと、「戻って二度目の結婚式」というのが頂けない。
(結婚も、それで得られる権利も、貰おうってのが…)
 どうも現実的すぎるんだ、と思うのは古典の教師なせいなのだろうか。
 同じ駆け落ちなら、もっとロマンチックな方がいい。
 もっとも、当時のイングランドでは、「グレトナ・グリーン」と言ったなら…。
(駆け落ち婚で、ロマンチックで…)
 女性の憧れだったと言うから、単なる文化の違いだろうか。
 小さな島国、日本の文化を受け継ぐ地域では「ちょっと違う」と思えるだけで。
 イギリスを名乗っている地域ならば、今の時代でも、充分に…。
(ロマンチックで通るのかもなあ…)
 生憎と、其処の生まれじゃないが、と顎に当てた手。
 今の自分は生まれも育ちも、遠い昔に「日本」があった辺りの地域。
 日本の文化を復興させている場所だから、考え方の方も自然と…。
(……日本人寄りになるってことは……)
 職業が古典の教師でなくても、有り得るだろう。
 ついでに遥か昔の日本で、駆け落ちするとなったなら…。
(心中覚悟の道行きってのも…)
 定番だったし、「心中もの」の歌舞伎や浄瑠璃がもてはやされた。
 叶わぬ仲の恋を貫き、死を選ぶしかない恋人たち。
(ロミオとジュリエットみたいに、駆け落ちに失敗したんじゃなくて…)
 最初から来世を目指して駆け落ち、それが昔の日本人の好み。
 生き延びることなど、二人とも最初から考えていない。
(日本人だと、ロマンチックだと思うのは…)
 そちらの方が伝統だったし、そういう文化を継いだ地域で育ったら…。
(駆け落ちした後に、ちゃっかり戻って来るというのは…)
 何か違うぞ、という気がする。
 もっとも古典の教師でなければ、「どちらでもいい」かもしれないけれど。
 今では世界は「うんと広くて」、もう地球だけではないのだから。


(……その駆け落ちも、今じゃ死語だな……)
 人間が全てミュウになった今の時代は、そう簡単には人間関係はこじれない。
 昔のように意固地で頑固な親はいなくて、喧嘩したって分かり合える。
 思念波を使えば、互いの気持ちを「間違いなく伝えられる」から。
 行き違いがあって大喧嘩しても、原因を取り除くことは容易い。
(お互い、譲り合いさえすれば…)
 相手の気持ちが分かるわけだし、駆け落ちに走るまでもない。
 「それくらいなら…」と何処かでお許しが出て、結婚式に漕ぎ付けるから。
 宇宙船で遠くに逃げ出さなくても、恋の道は叶うものだから。
(……俺とブルーにしたって、だ……)
 結婚までのハードルはとても高そうだけれど、駆け落ちはせずに済むだろう。
 ブルーの両親が反対したって、きっと最後は許す筈。
 大切な一人息子なのだし、駆け落ちされて「いなくなったら」悲しいから。
 ブルーが何処に逃げて行ったか、それさえ分からないことになったら、辛すぎるから。
(…まあ、実際に駆け落ちしたって…)
 本当の所は、行き先を掴むことは容易で、不可能ではない。
 宇宙船に乗るには、それなりの手続きが必要だから。
 まるで全く偽の名前で、遥か遠くまで逃げるというのは、まず出来ない。
(…密航するなら別だがな…)
 しかし密航なんてあるんだろうか、という気もする。
 犯罪の一つも起こらない、今の平和な世界。
 宇宙船で密航しようとしたなら、とても気のいい船長が…。
(どうしたんです、と事情を聞きに来てくれて…)
 たとえお金が無かったとしても、正規の切符を出してくれそう。
 ましてや「駆け落ちする」となったら、行き先までの手配はもちろんのこと…。
(其処で暮らすのに必要なものを、一切合切…)
 全て揃えてくれそうな感じ。
 乗組員や乗客に事情を話して、船の中で募金活動をして。
 落ち着き先になるだろう場所へも、航行中から連絡を取って。


(…グレトナ・グリーンを笑えないなあ…)
 何の不自由も無い駆け落ちなんて、と思うけれども、今の時代はそうなるだろう。
 ついでに「結婚を許さなかった親」の方にも、誰かから連絡が行く。
 「お話したいことがあります」と、仲を取り持とうという親切な人から。
 宇宙船の乗客の誰かか、あるいは落ち着いた先の星の住人か。
(…船の船長でも、時間が取れれば…)
 自ら地球に行きそうではある。
 船で面倒を見た駆け落ちカップル、彼らを幸せにしてやりたくて。
 逃げ出して来た故郷の星へ、もう一度、二人で戻れるように。
(俺がキャプテンなら、そうするなあ…)
 無理やり休暇を捻り出しても…、と考えて、ふと気が付いた。
 前の自分はキャプテン・ハーレイ、正真正銘、船の船長。
 ミュウの箱舟では、駆け落ちしたいカップルなど乗って来ないけれども…。
(誰かが恋で難儀していりゃ、きっと助けたぞ)
 そうでなくっちゃキャプテンと言えん、と大きく頷く。
 船の仲間の面倒を見るのも、キャプテンの役目だったから。
 白いシャングリラで不自由しないで、幸せに生きてゆけるようにと。
(しかし、あの船に駆け落ちが必要なカップルは…)
 誰一人としていなかったんだが…、と順に数えてゆく恋人たち。
 皆、あの船で、ささやかな式を挙げられた。
 ウェディングドレスも、結婚指輪も無かったけれど。
 結婚披露のパーティーくらいが、精一杯の船だったけれど。
(よしよしよし…)
 それでも幸せでいてくれればな、と思ったけれど。
 誰も困っていなかったんだ、と自信に溢れていたのだけれど…。
(……前の俺と、ブルー……)
 忘れていたぞ、と飲み込んだ息。
 前の自分たちこそ、誰にも言えない「秘密のカップル」だったから。
 結婚式を挙げるどころか、恋人同士だとさえ明かせないままの。


(駆け落ちするなら、前の俺たちだったのか…?)
 今のブルーと俺じゃなくて、と愕然とした。
 そんなことなど、一度も考えさえもしないで、時の彼方で生きたのだけれど。
 キャプテン・ハーレイだった前の自分はもちろん、ブルーの方もそうだったろう。
(ソルジャーが駆け落ちしちまったら…)
 ミュウという種族は導き手を失い、未来さえをも失った筈。
 どのように生きてゆけばいいのか、それを指し示す者がいなくて。
 おまけに「キャプテン・ハーレイ」も、いなくなった船。
 白いシャングリラは、宇宙の藻屑と消えただろう。
 船の舵を握るキャプテンはおらず、人類軍の船に発見されても、どうしようもない。
 逃げる手段が分からない上、船を守れるソルジャーのサイオンも無いのでは。
 いくらゼルたちが努力したって、限界というものはあるのだから。
(……それでも、駆け落ちしていたら……)
 二人きりで生きてゆけただろうか。
 遠く離れた辺境の星で、前のブルーと、ひっそりと。
 人類のふりをし、社会から零れ落ちた者に混じって、機械の目の届かない場所で。
(…考えたことも無かったが…)
 そうして二人で生きてゆけたら、どれほど幸せだったろう。
 たとえ海賊になっていたって、誰にも隠さずに済む恋人同士。
 前のブルーと愛し、愛され、満ち足りた生を送れたと思う。
 ただし、その後は知らないけれど。
 こうして地球に生まれられたか、その後のことは謎なのだけれど。
(…だが、それはそれで…)
 良かったかもな、と思わないでもない。
 駆け落ちというのは、本来、そうしたものだから。
 何もかも、ちゃっかり手に入れるなどは、きっと邪道というものだから。
(俺が駆け落ちするのなら…)
 前のあいつだ、と浮かべた笑み。
 出来はしなかったことだけれども、だからこそロマンチックな選択。
 手に手を取って船を捨てるのも、ミュウの未来など知ったことかと逃げてゆくのも…。

 

           駆け落ちするなら・了


※ハーレイ先生の頭に浮かんだ「駆け落ち」という言葉。今の時代は死語なのですが…。
 前のブルーとハーレイの場合は、それに相応しかったかも。その道は決して選べなくても…。











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