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「ねえ、ハーレイ…。ちょっと聞きたいんだけど」
 かまわないかな、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、ブルーの部屋で。
 ティーセットが乗ったテーブルを挟んで、瞬きをして。
「かまわないが…。勉強のことではなさそうだな?」
 今の話題とは全く違うし…、と返したハーレイ。
 それにブルーは成績優秀、休日に改めて質問しなくても…。
(自分で答えを見付け出すってな、頑張って)
 そうに違いない、と考えていると、ブルーの方も頷いた。
 「うん、勉強とは関係無いね。ついでに今の話とも」
 全然違う質問なんだよ、と赤い瞳が深みを帯びた。
 とても真面目な話なのだ、と言わんばかりに。


 前のブルーを思わせるような、深い深い色の瞳の赤。
 見詰めていたら、スウッと引き摺りこまれるよう。
 遠く遥かな時の彼方へ、其処に浮かんでいた白い船へと。
「あのね、ハーレイ…。勇気は必要だと思う?」
 今のぼくにも、とブルーは尋ねた。
 すっかりチビになった自分にも、前の自分の頃のように、と。
「勇気って…。例えば、どういうのだ?」
 そう返しながら、ハーレイの背筋が冷たくなる。
 前のブルーの勇気と聞いたら、不吉なことしか思い出せない。
 たった一人で、メギドへと飛んで行ったこと。
 白いシャングリラを、ミュウの未来を守り抜くために。
 一人きりで飛んで行ってしまって、二度と戻りはしなかった。
 あんなにも寂しがりだったのに。
 寿命が尽きると知った時には、激しく泣いていたほどなのに。


 ハーレイの心を知ってか知らずか、ブルーはケロリと答えた。
「もちろん、前のぼくみたいなの…。ソルジャーとしての」
 ミュウの未来を守るためなら、何だって、という返事。
 命さえも捨ててしまえるくらいの勇気のこと、と。
(…やっぱり、それか…!)
 そんな勇気は御免蒙る、とハーレイは心底、震え上がった。
 今のブルーに勇気は要らない。
 命を捨ててしまわれたのでは、前と全く変わりはしない。
(今回だって、やりかねないしな…?)
 いくら平和な時代とはいえ、宇宙船の事故はたまにある。
 旅先などで遭遇した時、今のブルーが…。
(ぼくは後でいい、って他の客たちを救命艇に…)
 乗せた挙句に、自分一人が乗り遅れても不思議ではない。
 その場に「自分」がいたとしたって、止められるかどうか。
(とんでもないぞ…!)
 また俺が一人になるじゃないか、と握った拳。
 ブルーに勇気があった場合は、前と同じになりかねない、と。


 そう思ったから、ブルーの瞳を正面から見て、こう言った。
「今のお前に、勇気は要らん」
「えっ、どうして? 勇気はあった方がいいでしょ?」
 不満そうなブルーに、畳み掛けた。
「要らんと言ったら、要らんのだ。お前の分まで、俺が…」
 勇気を持つことにするからな、と宣言する。
 それならブルーを守り抜けるし、前のようになることもない。
 そうしたら…。
「じゃあ、勇気がある証拠を見せて」
 勇気があるならキス出来るでしょ、と言い出したブルー。
 「ぼくがチビでも、勇気があったら平気でしょ?」と。
「馬鹿野郎!」
 それは勇気と別物だろうが、とブルーの頭に落とした拳。
 心配した分、いつもより少し力をこめて。
 おしおきの意味もしっかりとこめて、軽く、コツンと…。




          勇気が必要・了









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(……旅行かあ……)
 次に行けるのはいつなんだろう、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 ふと思い付いた「旅」という言葉。
 他所の土地へと出掛けてゆくこと。
 生まれつき身体が弱いせいもあって、あまり旅行はしていない。
(夏休みの旅行は、忘れちゃってたし……)
 ホントに綺麗に忘れちゃってた、と肩を竦めて舌を出す。
 夏休みがあまりに楽しかったから、旅のことなど忘れていた。
 今の学校に入学する前、父と約束していたのに。
 「病気をしないで元気でいたなら、夏休みには旅をしよう」と。
 初めての宇宙旅行の約束。
 宇宙と言っても遠出ではなくて、ソル太陽系の外には出ない。
 外へ行くどころか、火星までさえ行かない旅行。
 宇宙から地球を眺めるだけの遊覧飛行で、行くのは衛星軌道まで。
(…月にも寄らずに、帰るんだけどね…)
 それでも宇宙へ出るというだけで、自分にとっては大旅行。
 宙港という場所を知ってはいても、其処から飛んだことは無いから。
 空を飛んでゆく旅をする時は、地球の空を飛んだだけ。
 離れた地域に住んでいる祖父や祖母の所を、訪ねてゆくために。
(…船の形からして、違うんだよね…)
 宇宙船と、地球の空を飛んでゆく船とは。
 だから楽しみに待っていたのが、もう過ぎ去った夏休み。
 両親と一緒に宇宙へ行こうと、宇宙船から地球を見るのだ、と。
(…だけど、ハーレイと会っちゃって…)
 毎日が楽しく過ぎてゆく内に、夏休みは終わってしまっていた。
 旅の話さえ出て来ないまま、いつの間にやら。
 初めての宇宙の旅をするには、体力は充分、あっただろうに。


 惜しいことをした、と少しは思う。
 宇宙船にも乗ってみたかったし、宇宙から地球を見てみたかった。
 前の自分が焦がれ続けた夢の星だけに、父と約束した頃よりも、ずっと。
(……でも、パパとママに誘われてたら……)
 自分はいったい、どうしただろう。
 夏休みの前に、「約束していた旅行に行くか」と父が尋ねていたならば。
 母も一緒に夕食の後で、旅のパンフレットが広げられたなら。
(……んーと……?)
 青い地球と宇宙船が刷られた、それは魅力的なパンフレット。
 きっと心が騒ぐけれども、旅に行くなら、この家は留守。
(…どんなに短くても、一泊二日で…)
 家を空けるから、その間、自分は此処にはいない。
 ハーレイが家を訪ねて来たって、カーテンの閉まった窓があるだけ。
 いつもだったら、その窓から大きく手を振るのに。
 夏休みの間は、毎朝のように「まだかな?」と外を見ていたのに。
(……旅行に行ったら、ハーレイに会えない……)
 二人きりで過ごすお茶の時間も、昼食の時間も消えて無くなる。
 なにしろ自分は此処にはいなくて、宇宙だから。
 ハーレイと居場所が重ならないまま、衛星軌道を飛んでいるから。
(…それは困るよ…)
 やっぱり地球よりハーレイだよね、と直ぐに出る答え。
 両親に旅に誘われていたら、迷いもしないで…。
(…行かないよ、って…)
 返していたのに違いない。
 せっかくハーレイと会えたのだから、ゆっくり地球で過ごしたいと。
 前の生の積もる話をしたいし、旅に出るより家の方が、と。
(…三百年以上もあるもんね…)
 前の自分とハーレイの記憶。
 どんなに話しても尽きはしなくて、次から次へと出てくるのだから。


 ハーレイと地球で過ごすと言ったら、両親も納得しただろう。
 恋人同士なのだとも知らず、疑いもせずに。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、今の時代も語り継がれる英雄たち。
 そういう二人の生まれ変わりだけに、話も山ほどあるのだろう、と。
(…旅行の話は、きっと断っただろうけど…)
 それは分かっているのだけれども、そういった旅をするチャンス。
 いわゆる旅行に出掛ける機会は、いつになったら来るのだろうか。
 夏休みの旅を逃したからには、その埋め合わせに…。
(…春休みとか…?)
 今は欠片も見えないけれども、もしかしたら父が言うかもしれない。
 「春休みに旅行に行かないか?」と。
 ほんの一泊二日の旅なら、春休みでも簡単に行ける。
 宙港から宇宙に飛ぶ船に乗って、宇宙から青い地球を見る旅。
(……次の誕生日のプレゼント……)
 それにどうだ、と言いそうな父。
 美しい青い星を見ながら、宇宙で迎える誕生日。
 ソルジャー・ブルーの生まれ変わりの、一人息子には似合いのプレゼント。
 うんと豪華なディナーを予約し、最高のテーブルも予約して。
(…ぼくは沢山食べられないから…)
 船のシェフには、それも伝えることだろう。
 食が細い息子でも食べられるように、軽めのメニューにして欲しい、と。
 そして大人の両親用とは、盛り付ける量も変えて欲しいと。
(…ディナーの後には、バースデーケーキ…)
 きっと間違いなく付いてくる。
 次の誕生日で十五歳だから、蝋燭を十五本立てたのが。
 そうして灯りも消されるのだろう、蝋燭の光が映えるようにと。
(レストランのお客さんも、みんな祝福してくれて…)
 バースデーソングと拍手の中で、蝋燭の火を吹き消すのだろう。
 青く美しい地球が見える席で、胸一杯に空気を吸い込んで、フーッと。


(…蝋燭の火を消すまでは…)
 窓の外には、青い地球の姿が、鮮やかに見えるに違いない。
 レストランの灯りを落としている分、それまでよりも、ずっと。
(……きっと、ぼく……)
 その青い地球を長く見ていたくて、息を吸い込むのは、とてもゆっくり。
 うんと時間をかけたいけれども、それでは他の人たちが困る。
(…みんな食事に来てるんだものね?)
 だから迷惑にならない程度に、時間をかけて吸い込む息。
 それを一気に吐き出したならば、ケーキに灯した蝋燭が消える。
(…十五本分…)
 出来れば一度に、見事に消したい。
 蝋燭を消したら灯りが点ってしまうけれども、それとこれとは話が別。
 バースデーケーキの蝋燭を消すのは、バースデーパーティーのハイライト。
 周りのお客さんたちも見ているのだから、其処は絵になる景色が欲しい。
 消し損なった一本とかを、フーフーと吹いて消すよりも…。
(フーッて、綺麗に、いっぺんに…)
 吹き消してこその、パーティーの主役。
 バースデーケーキが出て来るまでは、誰もそれだと知らなくても。
 ウエイターがケーキを運んで来るまで、隣のテーブルの人さえ気付いていなくても。
(…灯りが消えたら、みんな気付いて…)
 心からお祝いしてくれるのだし、主役に相応しく決めたいもの。
 十五本の蝋燭を、いっぺんに消して。
 再び灯りがついた時には、青い地球が霞んでしまっても。
(…もともと、そう見えていたんだものね…?)
 窓の向こうに浮かんだ地球は、最初からレストランの自慢の風景。
 青さが少しばかり減っても、きっと充分に美しい。
 そういう地球を眺めながらの、それは素晴らしい誕生日。
 バースデーケーキは食べ切れないから、周りの人にもお裾分けして。
 「おめでとう」と祝福して貰って。


(……春休みかあ……)
 そこで旅行になるのかな、と考える。
 誕生日プレゼントは宇宙旅行で、地球を見ながらバースデーケーキ。
(…ちょっといいよね?)
 素敵だよね、と弾んだ心。
 ソルジャー・ブルーだった頃には、ずっと憧れ続けた地球。
 何度も何度も地球を夢見て、幾つもの夢を描いていた。
 いつか地球まで辿り着いたら、あれをしようと、これもしようと。
(…その中に、バースデーパーティーは…)
 まるで入っていなかった。
 青い地球を窓の外に見ながら、食事だの、バースデーケーキだのは。
(…とても素敵なイベントなのに…)
 やっぱり誕生日が無かったからかな、と傾げた首。
 前の自分は、誕生日を覚えていなかった。
 成人検査と残酷な人体実験、それらに記憶を奪い去られて。
(……バースデーパーティーなんか、一度も…)
 やっていないし、そのせいで思い付かなかっただろうか。
 青い地球まで辿り着いても、誕生日を祝うことは無いだろうから。
(…そうだったのかも…)
 とは思うけれども、青い地球を眺めながらの食事。
 それにバースデーケーキに灯した蝋燭、吹き消した時の祝福や拍手。
(…他のイベントでも、出来そうなんだよ…)
 たとえば結婚記念日とかでも…、と思った所で気が付いた。
 結婚記念日を迎える時には、もうハーレイと結婚した後。
 二人で地球で暮らしている筈で、地球でやりたいことが山ほど。
 誕生日は宇宙へ出てゆく代わりに、必ず地球で迎えただろう。
 果てが無いほど長い旅をして、ようやく着いた夢の星なのだから。
 その地球を離れて宇宙に出るなど、思い付きさえしないままで。


(…今だと、地球は、近すぎちゃう星で…)
 春休みに旅に出るのだったら、ハーレイのことが心配になる。
 留守の間に訪ねて来たって、窓のカーテンは閉まったまま。
 門扉の脇のチャイムを鳴らしても、母の返事は返りはしない。
(…ハーレイもガッカリするだろうけど…)
 ぼくもガッカリしちゃうんだよね、と容易に想像できること。
 同じ誕生日を祝うのだったら、ハーレイも一緒のパーティーがいい。
 青い地球など見られなくても、豪華なディナーなどは無くても。
(…地球なら、此処にあるんだものね)
 近すぎちゃって見えないけれど、と浮かんだ笑み。
 ハーレイと二人で、地球に来たから。
 宙港から宇宙船に乗ったら、青い地球が必ず見えるのだから…。

 

         近すぎちゃう星・了


※ブルー君が行き損なった、夏休みに青い地球を見る旅。その約束さえも忘れたままで。
 次は春休みかもしれませんけど、旅に出るより地球での誕生日。ハーレイ先生も一緒にv









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(当分の間は、行けそうにないなあ…)
 旅ってヤツには、とハーレイが微かに浮かべた苦笑。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 ふと思いついたのが「旅」という言葉。
 旅行とも呼ぶ、娯楽の一種。
 当分は、それに行けそうもない。
 一ヶ月や二ヶ月なんかではなくて、年単位で。
(どう考えても、二年以上は無理だな…)
 行けっこないぞ、と頭に描いたチビの恋人。
 十四歳にしかならないブルーは、きっと許してくれないだろう。
 「旅に出てくる」と言ったなら。
 たとえ一泊二日の旅でも、プンスカ怒るに違いない。
 「なんで、ハーレイ、一人で行くの!」と。
 「ぼくは一緒に行けやしないのに」と、「一人で好きに遊びたいんだ!」と。
 なにしろ、連れては行けないから。
 恋人とはいえ、まだまだ内緒の間柄。
 隣町に住む自分の両親はともかく、ブルーの両親は何も知らない。
 一人息子が恋をしていることも、その恋人が足繁く訪ねて来ることも。
(…それをいいことに、一緒に連れて行けだとか…)
 言い出しそうなのがチビのブルーで、そうなった時は断れない。
 ブルーの両親は、きっと喜んで許すだろうから。
 「ハーレイ先生が一緒だったら、安心だ」と。
 身体の弱い一人息子でも、保護者つきの旅なら大丈夫。
 そう考えて「どうぞ、よろしくお願いします」と頭を下げるのだろう。
 一人息子の魂胆も知らず、「ハーレイ先生との旅」に出してやりたくて。
 旅は見聞を広めるチャンスで、世界がグンと広がるもの。
 だから「是非に」と、大喜びで。
 一人息子の成長を願って、「先生と旅をしてくるといい」と。


 けれども、それは出来ない相談。
 ブルーの両親が承知したって、肝心の自分が「お断り」。
 誰も気付いていないことでも、ブルーは「恋人」なのだから。
 前の生から愛していた人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 白いシャングリラでブルーに恋して、ブルーも同じに恋してくれた。
 キスを交わして、愛を交わして、共に暮らした長い歳月。
 もちろん今も忘れていないし、忘れられよう筈も無い。
 どれほどにブルーが美しかったか。
 この腕の中に抱き締めた時に、どれほど愛しく思ったのかも。
(いくらあいつがチビになっても、その辺の記憶は…)
 少しも薄れちゃいないんだ、と充分にある自覚。
 頭から消えてくれない面影。
(……だからだな……)
 小さなブルーと、旅は出来ない。
 前のブルーと重ねてしまって、道を踏み外すようなことになったら…。
(あいつの両親に顔向け出来んし、第一、俺は自分が許せん)
 なんということをしたのだろうかと、自分を責めることだろう。
 意志薄弱にも程があるのだし、言い訳などは、とても出来ない。
(…あいつにとっては、うんと都合がいいんだろうが…)
 本当の所はどうなんだかな、と考えもする。
 小さなブルーは何かと言ったら、「ぼくにキスして」と強請ってばかり。
 早く大きくなろうと夢見て、せっせと牛乳を飲んでもいる。
 前のブルーと同じ背丈に成長したなら、キスを許して貰えるから。
 キスのその先に待っていることも、じきにお許しが出るのだろうと。
(……しかしだ……)
 ちゃんと育ったブルーはともかく、チビのブルーは間違いなく子供。
 「キスのその先」に待っていることは、今のブルーには早すぎる。
 分かっているから、小さなブルーと旅には行けない。
 もしも過ちを犯したならば、大変なことになるだろうから。


(…きっとショックで、泣き叫んだ末に…)
 ブルーが心に負うだろう傷。
 いくら自分が望んだことでも、「思い描いていたもの」とは酷く違ったら。
 甘やかな夢が儚く砕けて、惨い現実と入れ替わったら。
(……あいつを旅行に連れてく、ってことは……)
 そういうリスクを負うということ。
 自制心が利かなくなった時には、小さなブルーを傷付けかねない。
 前のブルーと重ねてしまって、そっくり同じに扱った末に。
(…でもって、俺も傷付くからなあ…)
 旅は出来んぞ、と最初の所に戻った思考。
 小さなブルーが大きくなるまで、旅は封印するしかない。
 研修旅行や、柔道部の生徒を連れた旅とか、遠征試合は許されても。
 小さなブルーが「仕方ないよね」と、納得してくれるケースだけ。
 置き去りにされて、留守番でも。
 「ほら、土産だ」と渡した何かを、「ありがとう」と素直に喜ぶ場合。
 それ以外の旅は、当分は無理。
 小さなブルーが前と全く同じに育って、一緒に旅するようになるまで。
 何処へ行くにも、「お前も一緒に来るんだろう?」と、誘えるようになるまでは。
 その日は、まだまだずっと先のことで、今の所は見えてさえ来ない。
 きっと最初の旅はこれだ、と分かっていても。
 二人で出掛ける新婚旅行で、行き先は宇宙なのだ、とも。
 チビのブルーは、一度も地球を見ていないから。
 宇宙から青い地球を見るのが、二人の新婚旅行だから。


 ブルーと二人で旅に出られる時が来るまで、行けない旅行。
 出掛けられない、旅というもの。
 前は気ままに旅していたのに、すっかり難しくなってしまった。
 「おっ、いいな」と心が動くことがあっても、「今は行けん」と諦めてばかり。
 ほんの片道半日くらいで、行ける場所でも。
 日帰りするには少し遠くて、一泊二日が似合う土地でも。
(一泊二日で行けるトコなら…)
 小さなブルーと出会う前には、よく行ったもの。
 週末にドライブを兼ねて行くとか、公共の交通機関などで。
(もっと遠くに行きたい時には、夏休みとか…)
 長い休みが取れる時に合わせて、旅の予定を組んでいた。
 「今度は此処を回ってみよう」と、色々な場所を組み合わせて。
 この地球だけでも、長い旅なら、いくらでも出来る。
 宇宙船で出掛けてゆく旅だったら、地球を離れて遥か彼方まで。
(…今だったら、行ってみたい所は…)
 いったい何処の星だろうな、と考えてみる。
 懐かしいアルテメシアだろうか、今の自分は知らないけれど。
 前の自分が長く暮らした、雲海の星というだけで。
(…とんと興味も無かった星だが…)
 ミュウの時代の始まりの星だ、と歴史の授業で教わる星がアルテメシア。
 だから知らない者などいないし、前の自分の名前を刻んだ墓碑がある記念墓地だって。
 けれども、記憶が戻る前には、ただそれだけの星だった。
 「いつか行こう」と思いもしなくて、「機会があれば」という程度。
 近くの星まで行くことがあれば、旅程に組み込むのもいい、と。
 「うんと有名な星なんだしな」と、記念墓地などを見学しようと。
 そう、入ってはいなかった。
 旅したい星のリストには。
 長い休みに出掛ける旅行で、「是非とも行きたい場所」の中には。


 それを思うと、なんと変わったことだろう。
 いつかは行きたい場所の一つに、アルテメシアが入るとは。
 歴史で習っただけだった星が、「懐かしい星」になってしまうとは。
(…やっぱり、一度は行きたいよなあ…)
 あいつが大きくなった時には、と頭に描いた雲海の星。
 青い地球を見る新婚旅行が最初だけれども、ブルーと出掛けてみたい場所。
(まずは新婚旅行なんだが…)
 宇宙から青い地球を見んとな、と思った所で気が付いた。
 今は「地球の方が」近いのだと。
 アルテメシアの方が遠くて、青い星、地球は、足の下にある。
 前の生では、前のブルーが焦がれ続けた星だったのに。
 ブルーは辿り着けずに終わって、前の自分だけが地球まで行った。
 前のブルーの言葉を守って、白いシャングリラの舵を握って。
 まるで青くない星とも知らずに、約束の場所へと、ミュウの箱舟を運んで行って。
(…着いたのは、死の星だったんだがな…)
 ついでに俺も死んじまったが、と遠い日のことを思い出す。
 地球の地の底で命尽きた日、ブルーの許へと魂が空へ飛び立った時。
(…その筈だったが、気付いたら、俺は…)
 今のブルーと地球に来ていた。
 青く蘇った母なる星に。
 旅路の遥か彼方だった星が、今では二人の故郷になった。
(……こうも近すぎる星になると、だ……)
 ちょいと有難味が減る気もするな、と傾けたコーヒーのカップ。
 今では旅に出るとなったら、「地球から」だから。
 アルテメシアの雲海で地球に焦がれる代わりに、「遠いな」と思うアルテメシア。
 チビのブルーがうるさい間は、行けないから。
 いつか二人で行ける時まで、雲海の星には、旅をしたくても出来ないから…。

 

            近すぎる星・了


※当分は気ままに旅が出来ない、ハーレイ先生。置き去りにされたブルー君が怒るので。
 けれど今では、近くなった地球。長い旅路を辿らなくても、足の下に地球。近すぎる星v









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「ねえ、ハーレイ。…前のぼくのこと、どう思う?」
 いきなり投げ掛けられた問い。
 ブルーと過ごす休日の午後に、お茶を飲んでいたら。
 テーブルを挟んで向かい合わせで、寛ぎの時間の真っ最中に。
(…前のブルーだと!?)
 表情には出さなかったけれども、ハーレイは内心、狼狽えた。
 ブルーが「前のぼく」と言ったら、ソルジャー・ブルー。
 今も心の奥から消えない、前の生で恋をしていた人。
(……まさか、バレたか!?)
 あいつのことを忘れられないのが、と背中に流れた冷たい汗。
 チビのブルーには内緒だけれど、書斎の机の引き出しには…。
(あいつの写真集が入れてあるんだ…)
 それは『追憶』というタイトルの本。
 前のブルーの一番有名な写真が表紙の、後世に出た写真集。
 毎晩、机の引き出しを開けて、前のブルーに語り掛ける。
 他愛ないことなどを、今も彼が生きているかのように。


 今のブルーは、サイオンがまるで使えない。
 心を読むことなど出来はしないし、バレる心配は…。
(全く無いと思ってたんだが、いつの間に…!)
 これはマズイ、と心臓の鼓動が早くなる。
 前のブルーに嫉妬しているのが、チビのブルー。
 鏡に映った自分に喧嘩を売る子猫みたいに、目の敵にする。
 そんなブルーにバレたとなったら、ただでは済まない。
(…あの写真集を捨てろってか!?)
 今のブルーなら、言いかねない。
 家に来ることは禁じてあるから、あの本を此処へ…。
(持って来て、目の前で破り捨てろと…?)
 そうなった時は、どうすればいいと言うのだろう。
 前のブルーも今のブルーも、魂は全く同じだけれど…。
(…だからと言って、前のあいつの写真集を…)
 捨てることなど、とても出来ない。
 破るなんて、出来る筈もない。


(……どうすりゃいいんだ……)
 大ピンチだぞ、と身が縮む思い。
 あの写真集を破るとなったら、心まで破れそうだから。
(…前のあいつを、捨てるみたいで…)
 それも俺の手で引き裂いて…、と血の涙まで溢れて来そう。
 小さなブルーはそれで良くても、大満足で輝く笑顔でも。
(…このハーレイ、一世一代のピンチ…)
 なんというヘマをしたのだろうか、と悔いは尽きない。
 チビのブルーに、心を読まれたなんて。
 未だに忘れられない恋人、その存在を知られたなんて。
(なんてこった…!)
 窮地に追い詰められた所へ、チビのブルーが笑いかけた。
 「前のぼくって、とても心が強かったよね」と。
「はあ?」
 何の話だ、と言いかけて、慌てて取り繕った。
 「そうだな、あいつは強かったな」と。
 そうしたら…。


「だからね、ぼくも見習うべきだと思うんだよ」
 諦めちゃったらダメだもんね、と胸を張ったブルー。
 「ハーレイがキスをしてくれるまでは、諦めないよ」と。
「おいおいおい…」
 いつもだったら、此処で「馬鹿野郎!」と言うのだけれど。
 小さなブルーを叱るのだけれど、窮地を脱したものだから…。
(……たまにはなあ……?)
 寝言だと思って聞き流すかな、と浮かべた笑み。
 前のブルーを想う気持ちは、バレてはいないようだから。
 何も知らないチビのブルーは、自分の気持ちで手一杯。
(よしよしよし…)
 そのまま気付いてくれるんじゃないぞ、と今日は広い心。
 たまには、こういう日だっていい。
 チビのブルーを叱らなくても。
 言いたいように言わせておいても、心は痛くならないから…。




           陥ったピンチ・了








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(…ビックリしちゃった…)
 今日の古典、と小さなブルーが瞬かせた瞳。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は寄ってはくれなかったハーレイ。
 放課後に会議が入っていたのか、柔道部の指導が長引いたのか。
 それは全く分からないけれど、学校でハーレイには会えた。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 古典の教師になったハーレイ、その授業の中で起こった事件。
 ブルーのクラスにやって来た時に、宿題を集めようとして。
(……泣き落としなんて……)
 そんなの思い付かなかったよ、と驚きと共に感嘆する。
 宿題を忘れた男子生徒が、そういう手段に訴えた。
 前の授業で、ハーレイが予告していたから。
 「宿題をやって来なかったヤツには、追加の宿題を出すからな」と。
(それが嫌だから、泣き落とし…)
 宿題のことなど忘れていたろう、件の男子。
 彼は「やっていません」と申し出る代わりに、真っ赤な嘘をつくことにした。
 「ミミちゃんが病気だったんです」と、愛猫の名前を口にして。
 家族同然の「ミミちゃん」だから、上を下への大騒ぎ。
 動物病院に連れて行ったり、帰ってからも皆で見守ったりと。
(…晩御飯を食べるのも、うんと遅くなって…)
 ミミちゃんの具合が落ち着いた頃には、とうに変わっていた日付。
 疲労困憊してベッドに入って、宿題どころではなかった昨日。
 お風呂に入るのが、精一杯で。
 今日の学校の授業に備えて、時間割だけ整えただけで。
(……ホントに大変だったんだよね、って……)
 心から同情した自分。
 ところが、事実は違っていた。
 何もかもが、口から出まかせの嘘で。


 クラスメイトも騙されたけれど、誤魔化せなかったハーレイの目。
 事情を聞き終えたハーレイはといえば、大きく頷いて、こう言った。
 「なるほど、それは大変だったな」と同情をこめて。
 自分も昔は猫を飼っていたから、「帰りにミミちゃんの見舞いに行こう」と。
 聞くなり、顔色が変わった生徒。
 「ミミちゃん」は病気になっていないし、昨日は、ごくごく平凡だった日。
 宿題をやらずに終わった理由は、単に忘れていただけのこと。
 もしもハーレイが見舞いに行ったら、家族は恐縮することだろう。
 彼がついた嘘もバレてしまって、夜に帰って来た父親に…。
(ゲンコツを貰うとか、晩御飯は抜きになっちゃうだとか…)
 ロクな結果になるわけがない。
 仕方なく、彼は白状せざるを得なかった。
 本当のところはどうだったのかを、「宿題は、やっていないんです」と。
(だから追加の宿題が出て…)
 ハーレイを騙そうとした罪の分まで、別の宿題が追加になった。
 「忘れました」と言うならともかく、同情を買おうとしたものだから。
 愛猫が病気だと「お涙頂戴」、「泣き落とし」などを試みたから。
(……正直に言えば良かったのに……)
 そうしていたなら、宿題の追加は一つだけ。
 オマケの宿題は貰わなかった。
 とはいえ、彼の「真っ赤な嘘」がバレなかったら、効果は大きい。
 「やむなく宿題が出来なかった」上に、家族同然の「ミミちゃん」が病気。
 一晩で無事に治ってはいても、誰だって気の毒に思うだろう。
 病気になったミミちゃんのことも、看病に励んだ彼や家族をも。
(なのにハーレイが、宿題を追加していたら…)
 きっとクラス中がブーイング。
 「先生、酷い!」と、非難轟々で。
 授業が終わった休み時間には、他のクラスにまで伝わって。


(……血も涙も無い、鬼教師だ、って……)
 たちまち評判が立つのだろうし、自分だって、ハーレイを責めたくなる。
 いくらハーレイのことが好きでも、それとこれとは別問題。
 次にこの家を訪ねて来たなら、真っ先に口にすることだろう。
 「ハーレイ、なんで宿題を追加しちゃったの!」と。
 とても可哀想な生徒を相手に、なんということをするのか、と。
(宿題は、忘れたんじゃなくって…)
 男子生徒の言い訳によれば、昨日、仕上げる筈だった。
 そのつもりで予定もメモしておいたし、やらない気など全く無かった。
 けれど起こった突発事故。
 大切な猫が病気となったら、宿題などはしていられない。
 気が気ではなくて、勉強なんかは…。
(絶対に、手につかないよね…?)
 具合の悪い「ミミちゃん」のことが心配で。
 動物病院に連れて行ったのが彼でなくても、家で留守番していたのでも。
(……ぼくだって、きっと泣きたくなるよ……)
 ペットを飼ったことは無いけれど、気持ちは分かる。
 「このまま、死んでしまったら…」と、涙がポロポロ零れるだろう。
 動物病院から帰って来たって、落ち着くまではオロオロ見守る。
 「ちゃんと元気になるんだよね?」と、何度も両親たちに尋ねて。
 大事な家族がいなくならないかと、寝ている姿を覗き込んで。
(誰だって、きっとおんなじだよ…)
 病気のペットを思う気持ちは、誰だって、きっと変わりはしない。
 だから「泣き落とし」は効果絶大、彼が成功していたならば。
 真っ赤な嘘だとバレなかったら、ハーレイに看破されなかったら。


 そうは言っても、世の中、そこまで甘くなかった。
 百戦錬磨のハーレイ相手に、通じなかった泣き落とし。
 彼が貰ったのは「オマケの宿題」、ハーレイを騙そうとしていた分まで。
 素直に「忘れました」と言っていたなら、追加の分だけで済んだのに。
(…思いっ切り、間抜けだったんだけど…)
 それは結果がそうなったからで、バレずに成功していた時は…。
(上手くやったな、って羨ましがられて…)
 ちょっとしたヒーローだっただろう。
 嘘八百を並べまくって、ハーレイの同情を買ったのだから。
 「そういうことなら仕方ないな」と、免除になった追加の宿題。
 ついでにお見舞いの言葉も貰って、得意だったに違いない。
 授業が終わって、ハーレイが姿を消したなら。
 「ミミちゃん、病気だったのかよ?」と、友人たちに囲まれたなら。
(…泣き落としだぜ、ってニヤニヤ笑って…)
 してやったり、という顔だったろうか。
 結果は逆に転んだけれども、ハーレイを騙せていたならば…。
(すげえ、って、友達に褒められちゃって…)
 たちまちクラスの英雄扱い、「頭が切れる」と大評判。
 宿題を忘れた時の言い逃れに、「泣き落とし」という手は斬新だから。
 咄嗟に思い付いたことやら、効果の大きさに、皆が感心して。


(……失敗しちゃったんだけれどね……)
 あの手も、きっと悪くないよね、と「泣き落とし」のことを考えてみる。
 自分は宿題を忘れないけれど、他の場面で役に立ちそう。
 同情を買って「お涙頂戴」、使い方によっては、素晴らしい武器。
 彼は泣いてはいなかったものの、本当に涙を流したならば…。
(もっと効果は抜群で……)
 普通だったら、すげなく断られそうなことでも、許して貰えそうな気がする。
 言われた相手が可哀想に思って、仕方なく折れて。
 涙を零したくらいだったら、「駄目だ」と突き放された時でも…。
(大泣きに泣いて、泣きじゃくったら…)
 どうにもこうにもならないのだから、涙を止めにかかるだろう。
 最初は、僅かに譲歩してみて。
 それでも涙が止まらないなら、じりじりと後退していって。
(…うんと無茶なことを言ってても…)
 泣き落としという手段に出たなら、勝ち目はありそう。
 目玉が溶けて流れるくらいに、おんおんと泣いていたならば。
 「聞いて貰えないなら、死んじゃった方が遥かにマシだよ」と、訴えたなら。
(……うん、使えそう……)
 いつか大いに役立つだろうか、たとえば両親を相手にして。
 ハーレイと結婚できる年になったのに、結婚に反対されたりしたら。
 両親が頑として譲らなかったら、まずはポロポロ涙を零して。
 「ハーレイとしか結婚しない」と、唇を噛んで。
 それで駄目なら、もう身も世もなく泣きじゃくるまで。
 結婚を許して貰えないなら、家出するとか。
 「御飯は二度と食べないからね」と、ハンガーストライキに入るのもいい。
 痩せ衰えて死んでやるから、と涙ながらに脅しをかけて。
 そういう手段に訴えたならば、両親も、きっと折れるだろう。
 一人息子を失うよりかは、許した方がマシだから。
 ハーレイと結婚されてしまっても、息子の命は残るのだから。


(……よーし、この手で……)
 いけばオッケー、と笑みを浮かべて頷いた。
 両親に反対された時には、「泣き落とし」という手が使えそうだ、と。
(…ついでに、ケチなハーレイにも…)
 やってみようか、と考えてみる。
 断わられてばかりの唇へのキスも、この手で貰えるかもしれない。
 涙をポロポロ幾つも零して、「ぼくにキスして」と。
 「ハーレイのキスが貰えないなら、死んじゃうからね」と泣きじゃくって。
 これならケチなハーレイでも、と考えたけれど…。
(……鬼教師……)
 男子生徒の真っ赤な嘘を見抜いたように、直ぐに見抜かれることだろう。
 「馬鹿野郎!」と頭に軽くゲンコツ、おまけに罰も来るかもしれない。
 「俺は当分、来ないからな」と、サッサと帰ってしまわれて。
 それから何日待っていたって、一向に来てはくれなくて。
(……うーん……)
 泣き落とせたらいいんだけどな、と思いはしたって、相手はハーレイ。
 きっと敵いはしないものだから、ガックリと肩を落とすしかない。
 「泣き落とせたなら、幸せなのに」と、「ハーレイのキスが貰えるのにね」と…。

 

         泣き落とせたなら・了


※ハーレイ先生の授業で、泣き落としを試みた男子生徒。ブルー君まで騙されたほど。
 その手を自分も使えるかも、と浮かんだ名案。ハーレイ先生には、無理そうですけどねv









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