(…ずいぶん、狭くなったよね…)
ぼくの部屋、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(んーと…?)
ベッドに、机に、本棚に…、と数えてゆく家具。
クローゼットだって、忘れはしない。
なにしろ、クローゼットには…。
(ママにバレないように、コッソリ…)
鉛筆で印がつけてある。
前の自分の背丈の高さを、きちんと床から測った場所に。
そこまで今の背丈が伸びたら、ハーレイとキスが出来る目印。
まだまだ当分、その日は来なくて、印は見上げるだけなのだけれど。
ハーレイにキスを強請っても無駄で、いつも叱られてばかりだけれど。
(今のぼくの家具、全部並べても…)
一杯になるか怪しいよね、と頭に浮かべた「前の自分」の部屋。
もちろん青の間全体ではなくて、ベッド周りのスペースだけを。
(ベッドだけでも、今のベッドよりもずっと大きくて…)
無駄に立派で、ベッドの枠には、ミュウの紋章まで彫り込まれていた。
更には天蓋付きのカーテン、ぐるりと円形に巡らされたもの。
(……あのカーテンの中だけで……)
今の家具を置くには充分だろうし、そうなってくると余るスペース。
カーテンを巡らせた向こう側には、幾つも灯った青い照明。
それから「床だけ」の部分が広がり、大きな円を作り上げていた。
前の自分の部屋と言ったら、感覚としては、その部分。
付け加えるなら、奥の方にあった、バスルームだとか、小さなキッチン。
それで全部で、青の間自体は…。
(……無用の長物……)
無駄だったよね、と今でも思う。
あんなに広い部屋を貰った所で、使えるわけなどなかったのに、と。
前の自分が「無理やり」押し付けられた部屋。
とんでもない広さがあった空間、貯水槽まで備えた青の間。
高い天井は見上げてみても、何処にあるのか分からなかった。
(サイオンで見たら、見えたんだけどね…)
今の自分が入ってみたって、天井は見えないことだろう。
サイオンがすっかり不器用になって、「見る」ことなどは出来ないから。
肉眼で青の間の天井を見ても、視界に入るのは暗闇ばかり。
(……こけおどし……)
ソルジャーの威厳を高めるためにと、工夫されたのが、あの部屋だった。
ただでも無駄に広いというのに、一層、広く見えるようにと。
わざわざ照明を暗くした上、設置場所まで計算して。
(……貯水槽だって、ホントは要らなかったのに……)
作った所で意味は無いのに、それにも理由が付けられた。
「ソルジャーのサイオンは、水と相性がいいから」と。
ゼルとヒルマンが開発した機械、それを使って測定した結果を基にして。
(大嘘つき…)
あれだって誤差の範囲内だよ、と前の自分もよく知っていた。
だから必死に反対したのに、誰も聞いてはくれなかった。
「こういう部屋に住んで頂きます」と、図面を描いて寄越しただけで。
白いシャングリラの改造計画、それの重要な一環として。
(……貯水槽の水、あの部屋でしか……)
循環してはいなかったから、無駄の極みと言えるだろう。
せめて公園にも流れてゆくなら、まだしも救いがあったのに。
青の間だけの特権ではなくて、船の誰もが享受できるもの。
けれども、それは叶わなかった。
ソルジャーというのは「特別扱い」、他の仲間たちと「同じ」では駄目。
それでは指導者としてのカリスマ、大切な威厳が損なわれるから。
仰ぎ見るような存在だからこそ、仲間たちも「ついてくる」ものだ、と。
(……だけど、ホントにそうだったのかな?)
疑わしいよね、と今でも疑問に思う。
ソルジャーが「やたら偉くなくても」、仲間たちの信頼は得られそうだ、と。
何故なら、ジョミーが「そう」だったから。
子供たちとも気軽に遊んで、若手の仲間たちにも人気。
(…長老たちには、不評だったみたいなんだけど…)
それでも立派に「ソルジャー」だったし、赤い星、ナスカも彼が築いた。
ジョミーが「降りよう」と決断したから、入植した「ジルベスター・セブン」。
人類がテラフォーミングを諦め、捨てて行った星。
その赤い星を「ナスカ」と名付けて、シャングリラの仲間は地面に降りた。
白いシャングリラには「無かった」地面。
其処を自分たちの足で踏み締め、整地し、そして耕していった。
ナスカの大地で野菜を育てて、新たな命も其処で生まれた。
SD体制が始まって以来、考えられさえしなかった「命」。
自然出産で生まれたトォニィ、母の胎内で育まれた者。
トォニィの他にも六人もの子が、赤いナスカで生まれて育った。
彼らはジョミーがいなかったならば、きっと存在しなかったろう。
ジョミーだからこそ、彼らの両親たちの心を掴んで、ああいう道へと導いてゆけた。
後にミュウたちを、白いシャングリラを「救った」子たちを生み出すこと。
メギドの炎からナスカを守って、地球までの道を拓いた子らを。
(……ナスカが燃えた後のジョミーは……)
すっかり人が変わってしまって、「命令すること」が常だったという。
彼は「カリスマ」を目指していたのか、どうだったのか。
(……ジョミーの日記とかは、残ってないから……)
それは誰にも分からないことで、研究者たちの意見も纏まりはしない。
決め手が無いから、推測だけしか出来ないから。
ジョミーが「偉いソルジャー」になろうとしたのか、そうでないかは。
けれども、そうなる前のジョミーも、立派にソルジャーだったと思う。
「ソルジャー・ブルー」とは全く違った、威厳など無いソルジャーでも。
長老たちから文句を言われて、軽んじられていた存在でも。
前の自分は「ソルジャー」だったし、ジョミーの評価を誤りはしない。
たとえ引きこもった時期があろうと、彼は「ソルジャー」の務めを果たした。
前の自分が思った以上に、素晴らしい道へ皆を導いて。
新しい世代のミュウを育てて、地球までの道を切り拓いて。
(……だけど、ジョミーが住んでた部屋は……)
今の時代の研究者たちさえ、不思議がるくらいに「ごく普通の部屋」。
ソルジャー候補だった時に暮らした、居住区の部屋を「そのまま」使った。
模様替えさえ、全くせずに。
部屋に置く家具も、ソルジャー候補の頃と同じで、変わらなかった。
ミュウの紋章の飾りなどは無く、実用本位の机やベッド。
(…それでもジョミーは、ソルジャーだったし…)
仲間たちは彼を信頼していて、地球までの道を共に歩んだ。
文句ばかりの長老たちさえ、ナスカから後は、ジョミーを否定はしなかった。
何故なら、ジョミーは「ソルジャー」だから。
「ソルジャー・ブルー」がいなくなっても、白いシャングリラを導ける者。
ジョミーはそれを証明しながら、ついに地球まで辿り着いた。
残念なことに、地球は青くはなかったけれど。
その上、ジョミーや長老たちやら、多くの命が消えたのだけれど。
(…それから、トォニィがソルジャーになって…)
やはりジョミーの時と同じに、「それまでの自分の部屋」で暮らした。
特別な部屋など作りもしないで、家具もそのまま使い続けて。
ソルジャーの衣装だけを作って貰って、他には何も欲しがらないで。
(…でもって、船の仲間たちだって…)
それに反対しなかった上に、トォニィを信じて、彼について行った。
最後のソルジャーになったトォニィ、彼がその座を降りるまで。
白いシャングリラの解体を決めて、船の仲間たちが、全て地面に降りた時まで。
だから、トォニィも立派に「ソルジャー」。
威厳を高めるための仕掛けは、何も無くても。
青の間みたいな「こけおどし」の部屋、それをわざわざ作らなくても。
(……ジョミーも、それにトォニィも……)
普通の部屋で暮らしていたなら、前の自分は何だったのか。
昏睡状態に陥ってさえも、青の間を独占していた自分。
十五年間も眠り続けて、一度も目覚めないままで。
(…眠り姫なら、とっくに茨が茂ってしまって…)
部屋ごと忘れ去られただろうに、前の自分は、そうではなかった。
係の者やら、医療スタッフ、大勢の者に世話されて。
部屋の主は眠ったままでも、毎日、綺麗に掃除がされて。
(……前のぼくって、とっても贅沢……)
これだけあったら充分なのに、と改めて見渡した今の自分の部屋。
青の間だったなら、ベッド周りのスペースだけでも、これより遥かに広かった。
あんな部屋は「要らなかった」のに。
前の自分は欲しくなどなくて、ジョミーも、トォニィも、広い部屋など持たなくて…。
(…ホントのホントに、無駄だったってば…!)
寝ちゃった後には、それこそ無駄、と思わないではいられない。
どうしてメディカル・ルームに移さず、あの部屋に置いておいたのか。
移動させた方が手間が省けて、青の間も有効活用できた。
(医療スタッフ、わざわざ通って来なくても…)
仕事のついでに世話が出来たし、青の間だって…。
(あれだけ広いし、色々と…)
役に立ったと思うんだよね、と考えた所で気が付いた。
「いったい、何の役に立つの?」と。
やたら広くて暗いだけの部屋を、どういう具合に使うのかと。
(……んーと……?)
まず照明から取り替えた上に、貯水槽は撤去。
そうしてみたって、部屋の構造が「ああいう代物」だったのだから…。
(使い道、何も無さそうだけど…!)
だから放っておかれたんじゃあ…、と抱えた頭。
昏睡状態の前の自分も、青の間も、同じに「使えない」から。
何をしたって使えないなら、放っておくのが一番だから。
(……今のぼくの部屋、狭いんだけど……)
これの方が値打ちがあるのかもね、という気がする。
身の丈に合った大きさの部屋で、無駄に広くはないものだから。
いつか自分がハーレイの家へ「お嫁に行っても」、この部屋くらいの広さなら…。
(たまに帰って来た時のために…)
今のままで置いておいたとしたって、けして邪魔ではないだろう。
母が「ついでに」掃除するにも、さほど手間ではないのだから。
(……これが青の間だったなら……)
十五年間でも、大変だったに決まっているよ、と時の彼方の船の仲間に謝った。
青の間がとても広かったせいで、迷惑をかけてしまったから。
まるで必要ない部屋のせいで、部屋の係も、医療スタッフも、きっと苦労をしただろうから…。
青の間だったなら・了
※ブルー君の今の部屋より、ずっと広かったのが青の間。しかも、こけおどしのために。
本当に無駄に広かったんだ、と考えた挙句に、謝ることに。仲間たちに苦労をさせたのかも?
(…俺の部屋も狭くなったもんだな)
あの頃の俺の部屋に比べて…、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(……ガキの頃に使ってた部屋はともかく……)
前の俺だ、と頭の中に描いた部屋は、白いシャングリラにあったもの。
キャプテン・ハーレイのための私室で、相当に広いものだった。
(今の俺の家と比べた場合は、家が勝つんだが…)
庭もあるから、家の方が遥かに広いけれども、部屋の広さでは敵わない。
特に今いる書斎となったら、キャプテン・ハーレイが使った部屋の…。
(いつも航宙日誌を書いてた、あの机…)
あれが置いてあった部屋にも負けちまうな、と苦笑する。
お気に入りだった、木で出来た机。
年を経るほどに味が出るから、暇のある時にせっせと磨いた。
白い鯨が出来上がる前から、持っていた机。
まだキャプテンの肩書きも無くて、厨房でフライパンを握っていた頃から。
(……その俺が、グンと偉くなっちまって……)
いつの間にやらキャプテン・ハーレイ、船の頂点に立つ者の一人。
だからシャングリラで持っていた部屋も、それに相応しく立派になった。
(キャプテンの部屋には、部下を呼んだりするからなあ…)
来客用の家具も必要になるし、それを置くためのスペースも要る。
自然と部屋は広く大きく、しかも複数の部屋を持つことになった。
来客用の部屋にベッドがあっては、キャプテンの威厳を損ねるから、と。
航宙日誌を書くための部屋も、来客用とは分けなくては、と。
(…お蔭で、とんだ広さの部屋に…)
住んでいたのが前の俺だ、と可笑しくなる。
大して偉いわけでもないのに、部屋だけは、やたら広かったと。
自分の城を持つのだったら、今の書斎で充分なのに、と。
今の書斎は、前の自分が暮らした部屋ほど広くはない。
「狭くなった」と思うけれども、身の丈に合ったものだとも思う。
前の自分が、もっと気楽な身分だったら、こういう部屋にしただろう。
居住区にあった「普通の部屋」なら、専用スペースは、さほど広くはなかった。
(…基本の形はあったんだがな…)
生活に欠かせないバスルームなどは、それぞれに決まっていた間取り。
けれど、その他の部分だったら、個人の好みでどうとでも出来た。
最低限の家具しか置かずに、のんびりと床に寝転べる部屋を作ってもいい。
そうかと思えば、自分の好みの家具で揃えて、気の合う仲間を招いたりも。
(…家具と言っても、あの船ではなあ…)
あまり贅沢を言えはしないし、せいぜい、色や雰囲気を揃える程度。
それでも仲間たちは工夫を凝らして、「自分の部屋」を作り上げていた。
前の自分も「ただのミュウ」だったならば、書斎を設けたことだろう。
キャプテン・ハーレイの部屋がそうだったように、本棚を置いて。
自分の好きな本を並べて、机も置いて。
(今の広さで充分なんだし…)
きっと、いい部屋が出来ただろう。
そこに入れば、寛げる部屋が。
船の中での仕事を終えたら、コーヒー片手に本を読む部屋。
(…キャロブのコーヒーだったんだがな)
本物じゃなくて代用品だ、と思い返した、白いシャングリラのコーヒー事情。
コーヒーの木を育てられるだけの余裕は無くて、イナゴ豆の実で代用していた。
その実だったら、コーヒーばかりか、チョコレートだって作れるから。
子供たちの身体と健康のためにも、合成品より「その方がいい」と。
(たとえキャロブのコーヒーでもだ…)
前の自分には充分だったし、ゆったりと飲んだことだろう。
白い箱舟の中の、自分の城で。
「今日も一日、よく働いた」と、自分自身を労いながら。
(…それだけのスペースがあれば、前の俺には充分で…)
広い部屋なぞ要らなかったが…、と改めて書斎を見回してみる。
「狭くなった」と思ったけれども、これよりもずっと広かったなら…。
(……何様なんだ、まったく……)
昔の貴族じゃないんだから、と本で読んだ部屋を思い出した。
遠い昔の地球で暮らした、高い身分の貴族たち。
彼らは競って図書室を作り、自分の蔵書を披露したという。
なにしろ貴族が持つ本なのだし、装丁からして凝っていたもの。
革の表紙はもちろんのこと、見返しなどにも自分専用の紙を使ったりもして。
(そういった本をズラリと並べて、教養ってヤツを…)
誇っていたのが、貴族という人種。
書斎と言うより図書館のような、広すぎる部屋を作らせて。
それらの蔵書を、本当に読破していたかどうか、謎なくらいに。
(…俺には、これで充分なのさ)
読む本の量も、持つ量も、と満足の書斎。
将来、もっと本が増えたら、また本棚を買えばいい。
その分、狭くなるのだけれども、机が置ければ困らないから。
本を読むには机と椅子だけ、それだけあったら何も要らない。
(……おっと、コーヒー……)
こいつも欠かせん、とマグカップの端をカチンと弾く。
香り高いコーヒーが入ったものを。
キャロブで作った代用品とは、まるで違った地球のコーヒー。
前の自分が生きた頃には、そんなコーヒーは何処にも無かった。
地球そのものが、死に絶えた星のままだったから。
コーヒーの木が育つどころか、乾燥した砂漠に覆われた地球。
今は見事に蘇ったから、こうして地球のコーヒーを飲める。
正真正銘、地球の大地で育った豆のコーヒーを。
決して高い品物ではなく、食料品店で気軽に買い込めるものを。
(…まさに天国というヤツだってな)
狭くなったが、俺の城だってちゃんとあるし、と嬉しくなる。
キャプテン・ハーレイだった頃の部屋より、今の部屋の方がずっといい。
狭い書斎でも自分の好みの本を並べて、地球のコーヒーまで飲める。
前の自分の部屋にしたって、今から思えば、あそこまで…。
(広くなくても、良かったのにな?)
だが、キャプテンだし、仕方なかったか…、と時の彼方に思いを馳せる。
部屋が広かっただけではなくて、掃除の係までがいた。
キャプテンは何かと多忙だからとか、理由をつけて。
自分で掃除をしたっていいのに、当番の者がやって来て。
(…貴族ほどじゃないが、何様なんだ…)
そんなに偉くはなかったんだが…、と考えた所で、ポンと頭に浮かんだ青の間。
前のブルーが暮らしていた部屋、キャプテンの部屋より広かった場所。
(……うーむ……)
あいつの家が丸ごと入るな、と今のブルーの家と比べた。
庭まで一緒に突っ込んでみても、まだまだ余ることだろう。
上にも下にも、横の方にも、余る空間。
今のブルーの部屋だけだったら、前のブルーのベッドが置かれた所より…。
(うんと狭くて、小さいってな)
けれども、それが今のブルーの大切なお城。
前とは比較にならないサイズの、とても小さなベッドでも。
本棚も、それにクローゼットも、前よりも、ずっと小さくても。
(あいつも、あの部屋で満足してて…)
もっと大きい部屋が欲しいなどとは、思いもしないことだろう。
今の自分が、そうだから。
青の間よりも狭かったキャプテンの部屋さえ、「広すぎだった」と思うから。
(やっぱり人間、身の丈に合った暮らしが一番…)
前の俺の部屋は贅沢すぎた、と肩を竦めて、それから前のブルーを思った。
遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーが言っただろう。
「この部屋は、ぼくには広すぎるよ」と。
青の間が完成しない内から、折に触れては口にした苦情。
「こんなに広い部屋は要らない」と。
自分しか住まない部屋だというのに、どうして此処まで広いのかと。
(……あいつはソルジャーだったから……)
キャプテン以上に、威厳を示さなくてはならない。
ソルジャーとしての衣装はもちろん、暮らす部屋だって整えなければ。
そうして生まれた部屋が青の間、やたらと広くて大きかった部屋。
照明を暗くし、貯水槽まで備えた空間。
(…何度も、文句を聞かされたんだが…)
今なら、あいつの気分が分かる、と見渡した書斎。
自分の城にはこれで充分、さっきからそう思っていたから。
前の自分の部屋でさえもが、「広すぎたんだ」と感じるのが今。
(……ということは、青の間だったら……)
きっとブルーには、本当に「広すぎた」ことだろう。
今のブルーが暮らしている家、それを入れても余るのだから。
ブルーの部屋だけ入れるのだったら、ベッド周りのスペースだけで事足りるから。
(…前のあいつに、青の間を押し付けちまったのは…)
前の俺だって犯人だった、と覚えているから、心の中で前のブルーに謝った。
「とんでもない部屋を押し付けて、すまん」と。
「もしも俺の部屋が青の間だったら、広すぎるなんてモンじゃない」と。
もっとも、今の小さなブルーの前では、謝るつもりは無いけれど。
謝ればきっと調子に乗るから、「お詫びにキスして」と言うだろうから…。
青の間だったら・了
※キャプテンの部屋は広すぎだった、と考えたハーレイ先生。今の書斎で充分だ、と。
けれども、もっと広かったのが、前のブルーが暮らした青の間。今となっては広すぎですv
「ねえ、ハーレイ…」
ちょっと質問があるんだけれど、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後、お茶の時間の真っ最中。
テーブルを挟んで向かい合わせで、赤い瞳を瞬かせて。
「質問だって?」
どうせロクでもないヤツだよな、とハーレイは鼻を鳴らした。
およそ真っ当な質問が来ない、こういう時間。
揚げ足取りのことが多くて、自然と警戒してしまう。
なにしろ小さなブルーときたら、あの手この手で…。
(キスを強請って来やがるからな…)
今日の質問も、きっとそれだぞ、と腕組みをして深い溜息。
そんな中身だと分かっていたって、聞いてやるしかない立場。
だから「それで?」と、顎をしゃくって促した。
質問の時間はサッサと済ませて、小さなブルーを叱ろう、と。
そうしたら…。
「あのね、ストレスっていうのはさ…」
身体に良くはないんだよね、と予想外の問いが降って来た。
文字通り、天からスッコーン! と。
ブルーの頭は、ハーレイの頭よりも低い所にあるのだけれど。
(ストレスだって…!?)
そいつはマズイ、と一気に神経が緊張する。
小さなブルーが抱えるストレス、それは右手が凍えること。
前の生の終わりに、メギドで冷たく凍えた右手。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失って。
「絆が切れた」と泣きじゃくりながら迎えた、孤独な最期。
今のブルーも覚えているから、右手が冷たくなるのが苦手。
悲しかった記憶が蘇って来て、ベッドで泣く夜もあるという。
メギドの悪夢を連れて来るのが、右手が冷たくなった夜。
今の季節は朝晩、冷え込む時もあるから…。
(ここの所、気温が低めだったし…)
そいつが来たか、とハーレイの背中も冷たくなった。
こうして「ストレス」と持ち出すまでに、何日あったか。
小さなブルーは一人で抱えて、どれほど辛かったことだろう。
もっと早くに言えばいいのに。
休日になるまで待っていないで、放課後に訪ねて来た時に。
そう思ったから、ブルーを真っ直ぐ見詰めて言った。
「ストレスなんぞは抱えていないで、すぐ俺に話せ」
でないと、お前が辛いじゃないか、と赤い瞳を覗き込む。
「どうして俺に言わなかった」と、「我慢するな」と。
小さなブルーの凍える右手は、こちらの心も痛くなる。
前のブルーを失った後に、前の自分を苛み続けた痛みと後悔。
失くすと気付いていたくせに何故、と何度も噛み締めた奥歯。
どうしてメギドへ行かせたのかと、前の自分の判断を悔いて。
いくらキャプテンの立場であっても、正しかったか、と。
(……参っちまうな……)
今の俺まで、と小さなブルーを抱き締めたくなる。
右手が凍えて冷たいのならば、いつでも側にいてやりたい。
二度とそういうことが無いよう、気を配りながら。
ブルーはそれを知ってか知らずか、ふわりと笑んだ。
「やっぱりストレス、良くはないよね?」
「当然だろうが、いい結果にはなりやしないしな」
俺に話してしまうといい、と力強くブルーに頷き掛けたら…。
「それじゃ、キスして! 唇に!」
「はあ?」
「もうストレスでおかしくなりそう、キスが貰えなくて!」
ホントのホントにストレスなんだよ、と訴えたブルー。
「辛くて身体が変になりそう」と、胃まで痛い、と。
「馬鹿野郎!」
それは仮病だ、とブルーの頭に落とした拳。
心配のし損だったから。
小さなブルーが抱える悩みは、ただの我儘だったのだから…。
ストレスって・了
(今日はツイてなかったよね…)
ハーレイに一度も会えなかったよ、と小さなブルーが零した溜息。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わった、ハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はブルーが通う学校の古典の教師で、学校に行けば会える人。
古典の授業がある日だったら、もう間違いなく教室で。
授業が無い日も、学校の廊下や、校内の何処かで。
(…その筈なんだけど…)
今日は会えずに終わっちゃった、と悲しい気持ち。
古典の授業が無かったから。
おまけに運が悪かったらしく、学校の中でもすれ違いばかり。
(……他のクラスの授業はあったし……)
ハーレイは学校に来ていた筈で、廊下もグラウンドも通っただろう。
朝は柔道部の朝練もあるし、運のいい日は朝から会える。
けれども今日は、それも会えず仕舞い。
いつも通りに登校したのに、ハーレイの姿は見かけなかった。
もっとも、朝の出会いの方は…。
(元々、滅多に無いんだけどね)
よっぽど運がいい日じゃないと、と分かってはいる。
だから、そちらは諦めるとしても、放課後までの学校での時間。
けして短いものではないのに、どうして、今日は駄目だったろうか。
廊下は何度も歩いたのに。
階段だって上って下りたし、グラウンドの端も通って行った。
なのに全く会えなかったから、授業が終わって帰る時には…。
(わざわざ、体育館の方まで…)
遠回りをしていったというのに、ハーレイの姿は、やはり無かった。
運のいい日は、柔道着のハーレイに会えるのに。
体育館まで遠回りする前に、廊下の途中でバッタリだとか。
運の神様に見放されたのか、会えずに終わってしまった恋人。
姿も見られなかった所が、本当に、とても悲しい限り。
(…挨拶とかは出来なくっても…)
チラと姿を見られるだけでも、うんと心が弾むもの。
「ハーレイだ!」と、見慣れた姿が視界に入ってくるだけで。
手を振っても気付いて貰えないほど、遠い所にいる時だって。
(でも、今日は、それも……)
無かったんだよ、と肩を落として、運の無さを嘆く。
自分の運が悪かったのか、ハーレイの運もまた、悪かったのか。
(…ハーレイ、どうしているのかな?)
会えなかったことに気付いてくれただろうか、ハーレイは。
生まれ変わって来たチビの恋人に、一度も会ってはいないことに。
(……うーん……)
どうなんだろう、と自信が無い。
自分はチビの子供だけれども、ハーレイの方は立派な大人。
同じ学校に行くにしたって、まるで違うのが生活の中身。
(ぼくは学校で授業を受けて、休み時間は食事か、自由時間で…)
うんとのんびりしているけれども、教師のハーレイは忙しい。
授業に出掛ける教室にしても、学年も違えば、生徒も違う。
その上、授業の準備をしたり、生徒の質問を受け付けたりも。
(宿題を出してたら、それを集めて…)
採点だって必要なのだし、テキパキ進めねばならない全て。
そういう中でも、廊下で教え子に出会ったならば…。
(ハーレイ先生、って呼び止められて…)
気さくに話をしてゆくのだから、頭の中には生徒が一杯。
チビの恋人の自分なんかは、すぐにはみ出してしまうくらいに。
たとえ会えずに終わっていたって、気付くかどうかも分からない。
そう、ハーレイは忙しいから。
家に帰って寛ぐ時まで、頭は生徒で一杯だから。
(……気付いてないかも……)
ぼくの顔を見ていないこと、と視線が自然と下向きになる。
ハーレイは今頃、家でコーヒーを飲んでいるのだろうか。
それなら、思い出しても貰えるだろう。
「今日は、あいつに会ってないな」と、何かのはずみに。
けれど、真っ直ぐ家には帰らず、教師仲間と食事に行っていたなら…。
(それっきりだよ…)
今度はハーレイの頭の中は、教師仲間との話で一杯。
食事が終わって家に帰っても、楽しかった食事の席でのことが頭を占める。
どんな話題かは知らないけれども、大人同士の楽しい会話。
そうなったらもう、チビの恋人なんかのことは…。
(……忘れてしまって、お風呂に入って……)
明日に備えてベッドで眠って、それっきり。
「会えなかったな」と思いもせずに。
チビの恋人がどんな気分か、少しも考えたりせずに。
(……そっちなのかも……)
今日は寄ってはくれなかったし、食事に行ったのかもしれない。
だったら自分は忘れ去られて、明日まで思い出されもしない。
(……前のぼくなら……)
こんなことなんか無かったのに、と遥かな時の彼方を思う。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃なら、決して忘れられなかったのに、と。
(…前のハーレイは、キャプテンだったし…)
ソルジャーの存在を忘れて一日を送ることなど、とても出来ない。
恋人同士になった頃には、とうにそういう関係だった。
白いシャングリラの頂点に立つ、ソルジャーとキャプテン。
一日に一度は顔を合わせて、ハーレイの報告を聞いていた。
朝の食事も、ハーレイと一緒。
顔を合わせない日などは有り得ず、忘れ去られることも無かった。
どんなにハーレイが忙しくても。
キャプテンの仕事が山ほどあっても、睡眠も満足に取れない日でも。
(……前のぼくの身体が、うんと弱って……)
床に就く日が多くなっても、ハーレイは必ず来てくれた。
ジョミーを迎えて、アルテメシアを後にしてからも。
前の自分が深く眠って、目覚めなくなってしまった後も。
(…ハーレイ、前のぼくのために、子守歌まで…)
歌ってくれていたのだという。
今の自分が幼かった日、大好きだった『ゆりかごの歌』を。
記憶が戻っていない頃から、前のハーレイの歌を恐らく、重ねて聴いて。
(キャプテンは、忙しかったのにね…)
昏睡状態の前のソルジャーなどには、キャプテンが会う義務は無い。
それでもハーレイは毎日通って、目覚めない恋人を想ってくれた。
ただの一日も忘れることなく、通い続けて。
ハーレイの声さえ聞こえてはいない、何の反応も返さない恋人の許へ。
(…それなのに、今のハーレイは…)
ぼくのこと、忘れちゃうんだよ、と涙がポタリと膝の上に落ちた。
「会えなかったことにさえ、気付かないんだ」と思ったら。
教師仲間との楽しい食事とお喋り、それにすっかり気を取られて、と。
(……どうせ、今のぼくは……)
チビの子供で、恋人だなんて言えやしない、と頬を伝う涙。
ハーレイと食事に行けもしなくて、デートなんかは夢のまた夢。
家を訪ねて来てはくれても、ハーレイはキスもしてくれない。
「俺は子供にキスはしない」と、叱るばかりで。
「お前は、まだまだ子供だからな」と、何かと言えば子供扱いで。
(…前と今とじゃ…)
大違いだよ、と悲しくて悔しい。
時の彼方の自分だったら、ハーレイに会えない日など無かった。
深く眠ってしまっていてさえ、ハーレイの心を捉えた自分。
瞼を開けることさえ、無くても。
思念の一つも紡ぎはしなくて、ただ昏々と眠っていても。
前の自分と比べてみたなら、なんと自分は惨めだろうか。
恋人の心を掴むことさえ、満足に出来ていない今。
恋敵が出て来たわけでもないのに、あっさりと忘れ去られてしまう。
今のハーレイの「付き合い」だけで。
仕事仲間の教師たちとの、楽しい食事の集まりだけで。
(……前のぼくなら、食事会の主催……)
あまり好きではなかったけれども、ソルジャー主催の食事会。
それの主役で、前のハーレイは必ず出席していた。
ソルジャーの前だと、緊張してしまう仲間たちの心を、和ませるために。
わざと失敗してみせたりして、「かしこまらなくてもいいのだ」と。
(でも、今のぼくじゃ…)
ハーレイを食事に招きたくても、その前に、母に頼まなければ。
「こういう料理を作ってくれる?」と、理由を述べて。
前の生での思い出だとか、母が納得するものを。
(……招待するのも、パパとママに……)
頼むしかないのが、今の自分を取り巻く現実。
バースデー・パーティーをするにしたって、招くのはチビの自分でも…。
(…家はパパとママので、お料理はママが作ってくれるんだし…)
ソルジャー・ブルーのようにはいかない。
あの頃だったら、エラたちが全てを準備してくれて、「それでいいよ」と頷いただけ。
それでも立派に食事会の主役で、ゆったりと構えていれば良かった。
招かれた仲間が緊張したなら、ハーレイに「頼むよ」と思念を飛ばして。
「キャプテンだって失敗するんだ」と、仲間たちがホッとするように。
(……お肉が宙を飛んで行ったり、ナイフやフォークを落っことしたり……)
ハーレイは上手くやってくれたし、食事会の席は笑いで一杯。
そんな具合に過ごしていたのに、今の自分は…。
(ハーレイ、ぼくのこと忘れてしまって、楽しく笑って…)
この時間でも食事中かも、と辛くて悲しい。
自分は此処で泣いているのに、ハーレイは楽しんでいるのかも、と。
本当にすっかり忘れ去られて、明日まで忘れられたままかも、と。
(……前と今とじゃ……)
違いすぎるよ、と涙が止まらないけれど、心を掠めていったこと。
どうして辛くて泣いているのか、悲しくて涙が止まらないのか。
(…ハーレイが、ぼくのこと、忘れていそうで…)
なんとも惨めで悲しいけれども、そのハーレイは「ちゃんと、いる」。
メギドで最期を迎えた時には、「もう会えない」と思ったのに。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、泣きじゃくりながら死んだのに。
あの時の辛さと今を比べれば、忘れ去られていることくらい…。
(…なんでもないよね?)
ハーレイは、ちゃんといるんだもの、と拭った涙。
二人で地球までやって来たから、こういう日だって、たまにある。
それを思えば、自分は、とても幸せだから。
前の自分が夢に見た星に、ハーレイと生まれて来たのだから…。
前と今とじゃ・了
※ハーレイ先生に会えなかった日、悲しくなったブルー君。「忘れられてるかも」と。
けれど、ハーレイに「忘れられる」のは、二人で地球に来たからこそ。幸せですよねv
(今日は顔さえ見られなかったな…)
ツイてなかった、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
今日は無かった、ブルーのクラスでの古典の授業。
だから行っていない、ブルーがいる教室。
そういう日ならば珍しくないし、ツイていないというわけではない。
授業で顔を合わせなくても、学校の中では会えるチャンスは、いくらでも。
休み時間に廊下でバッタリ出くわすだとか、登下校の時に会うだとか。
けれども、今日は、それさえ無かった。
ブルーの姿は見かけないまま、終わってしまった「今日」という一日。
銀色の髪はよく目立つから、何処かにいれば一目で分かる。
なのに、月の光のような銀さえ…。
(見かけちゃいないと来たもんだ)
まったくもってツイていない、と思うけれども、ブルーの方も同じだろう。
もう眠ったかもしれないとはいえ、起きていたなら…。
(今日はハーレイに会えなかったよ、と…)
膨れているのに違いないな、と膨れっ面が目に見えるよう。
いつも「フグだ」とからかってやる、ブルーのプウッと膨れた頬っぺた。
唇も尖らせて不満たらたら、そんな具合に違いない。
この時間でも、起きているならば。
今日の出来事を思い返して、「会えなかった」と思っているならば。
(それとも、しょげている方か…)
どっちなんだか、と小さなブルーの心を思う。
立派な大人の自分でさえも、「ツイてなかった」と思うのだから。
たった一日、ブルーに会えずに終わっただけで。
多分、明日には会えるだろうし、家に寄れるかもしれないのに。
(……まったく、本当にいい年をした大人がだな……)
一日会えずに終わったくらいで何なんだ、と自分の額をコツンと小突く。
小さなブルーの方はまだしも、いい年をした大人なのに、と。
そうは思っても、やっぱり「ツイてなかった」ことは真実。
よっぽど運が悪い日だったか、あるいは神様の悪戯なのか。
(……前の俺なら……)
こんな日なんかは無かったんだが、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
前のブルーと、シャングリラの中で生きていた頃。
いつかは青い地球へと夢見て、船の中だけが全ての世界で。
(恋人同士だった時には、あいつは、とっくにソルジャーで…)
前の自分はキャプテンだったし、顔を合わせない日など無かった。
シャングリラも、とうに改造を終えて、白い鯨になっていた時代。
前のブルーが暮らす青の間、其処を訪ねるのもキャプテンの大切な役目の一つ。
夜は、一日の報告に。
朝食の時間は、ブルーと食べながら、その日の色々な打ち合わせ。
(…いつも、あいつと朝飯で…)
必ず顔を合わせていたから、一度も無かった「会えなかった日」。
朝食の時間が取れないようなら、何処かで必要な「会いに行く時間」。
(…キャプテンは、どんなに多忙でも…)
一日に一度は、ソルジャーに会って、話さなければならなかった。
白いシャングリラの頂点に立つ、ソルジャーとキャプテンなのだから。
二人の息が合わなかったら、シャングリラは危機に瀕するから。
(周りのヤツらも、そう思ってたし…)
恋人同士だとは知らないままでも、ちゃんと時間を作ってくれた。
「今の間に、ちょっと行って来な」と、ブラウが肩を叩くとか。
「抜けていいぞ」と、ゼルが扉を指差すだとか。
たとえ会議の最中でも。
あるいは今後の航路を巡って、話をしているような時でも。
そういう日々を過ごしていたから、会えない日などは無かった「ブルー」。
「ツイていない」と感じたことなど、まるで無かった前の自分。
今の自分は、何度も経験しているのに。
「今日も、あいつに会えなかった」とガッカリした日は、少なくないのに。
(そう考えてみると、前の俺は、だ……)
うんと恵まれていたんだよな、と前の自分が羨ましい。
恋人に会えずに終わるような日は、一度も無かったのだから。
一日に一度は必ず会えて、言葉を交わしていたのだから。
(……恋人同士の甘い時間とは、いかなくてもだ……)
前のブルーの顔を見られて、声だって聞けた。
ついでに言うなら、前のブルーは…。
(今のあいつとは全く違って…)
最強のサイオンを誇っていたから、船の何処にでも思念を飛ばせた。
お蔭で、顔を合わせなくても、様々な言葉が飛んで来た。
「もう眠いから、先に寝るよ」といった調子で。
(…おまけに、出前の注文まで…)
やっていたのが前のブルーで、ブリッジにいたら飛んで来た思念。
「青の間に来る時、サンドイッチを持って来て」などと。
それが来た時は、仕事の後に寄った厨房。
「ソルジャーが夜食をご希望だから」と、クルーに頼んで作って貰った。
注文の品のサンドイッチや、フルーツをカットしたものなどを。
よく考えたらブルーはソルジャー、出前は頼み放題なのに。
直接、厨房に連絡したなら、担当の者が、すぐに届けに行く筈なのに。
(それをしないで、俺に注文…)
使い走りをさせてやがった、と思うけれども、あれもブルーの甘えの一つ。
恋人同士だったからこそ、我儘なことを言っていた。
皆の前では、決して誰にも甘えたりせずに。
もちろん我儘も言いはしないで、白いシャングリラを守り続けて。
(…それに比べりゃ、今のブルーは我儘で…)
甘え放題で自分勝手なガキってヤツだ、と苦笑する。
今のブルーが前と同じに、サイオンを使いこなせていたら…。
(今度も確実に使い走りをさせられてるな)
間違いないぞ、と大きく頷く。
きっと食べたいものが出来たら、思念波を投げて寄越すのだろう。
今の時代は「思念を飛ばす」のは、基本的にマナー違反なのに。
きちんと「声で」話すのがルール、通信を入れるべきなのに。
(そうは言っても、子供なんだし…)
通信機を使って「ハーレイ先生の家」に連絡、それがしょっちゅうだったなら…。
(いい加減にしなさい、と叱られるよな?)
あいつの親に、と容易に想像がつく。
だから代わりに思念を飛ばして、「あれを買って来てよ」と出前の注文。
柔道部員たちによく出す、近所の店のクッキーだとか。
あるいは前の生での記憶の欠片を、ふと運んで来る食べ物だとか。
(思い付いたら、俺に出前の注文で…)
きっとうるさいに違いないんだ、と思い浮かべる小さなブルー。
前のブルーとは似ても似つかない、甘えてばかりの我儘なチビ。
そのくせに、一人前の恋人気取りで、何かと言ったらキスを欲しがる。
前と同じに育つまでは駄目だ、と言ってあるのに。
何度も叱って、頭をコツンとやったのに。
(前のあいつとは、大違いだな)
いろんなトコが、と可笑しくなる。
前のブルーは、けして、ませてはいなかった。
「ぼくにキスして」と言わなかったとまでは、言わないけれど…。
(…そいつは、いい雰囲気になった時にだ…)
ごくごく自然に出て来た言葉で、今のブルーのそれとは違う。
チビのブルーがそれを言うのは、出前の注文と変わらないから。
「あれを買って来て」と同じレベルで、欲しがっているだけだから。
(…まるで分かっちゃいないんだしな?)
キスの重さも、大人の恋というヤツも…、と前のブルーと比べれば分かる。
今のブルーが幼いことも、前とは違うということも。
本物の両親に可愛がられて育ったブルーは、前のブルーとは違って当然。
中身は同じ魂でも。
前のブルーの記憶を引き継ぎ、様々なことを知ってはいても。
(……前と今では、違うんだよなあ……)
毎日の暮らしだけじゃなくてな、と前と今との違いを思う。
「ブルーに会えない日」が何度もあったり、ブルーがサイオンを使えなかったり。
我儘放題なチビの子供で、甘えるのが当たり前だったり。
(……どっちがいいかと訊かれたら、だ……)
判断に困っちまうんだよな、とコーヒーのカップを傾ける。
前のブルーと今のブルーでは、どちらの方が好きなのか。
どちらか一人を選ぶのだったら、自分は、どちらの手を取るのか。
(…とても選べやしないんだが…)
取るべき手なら分かっているな、と小さなブルーの右手を頭の中に描いた。
前の生の最後に、メギドで冷たく凍えてしまった、ブルーの右手。
それを包んで温めてやれるのは、今の自分の両手だけ。
だから自分は、チビのブルーの手を取るだろう。
どちらかの手を取れと言われたら。
前と今では違っていたって、ブルーは確かにブルーだから。
(本当を言えば、もう少し育ってくれてだな…)
前のあいつと同じ姿がいいんだがな、と思うけれども、そこは辛抱すべきだろう。
チビのブルーもいつかは育つし、その日を待っていればいい。
甘え放題、我儘放題のままで、ブルーが大きくなったって。
前のブルーからは全く想像できないくらいに、甘えん坊の弱虫になったって。
(……前と今では違うんだしな?)
そいつが今の俺のブルーだ、と心はブルーの許へ飛ぶ。
出来れば、明日は会いたいものだ、と。
ブルーの家に寄れればいいなと、それが無理でも顔を見られる日だといいな、と…。
前と今では・了
※ブルー君に会えなかった日の、ハーレイ先生。ツイてなかった、と比べてみた前の生。
そして思った、どちらのブルーを選ぶのか。やっぱり今のブルーなのですv
