(今じゃ、全員、ミュウなんだよなあ…)
ミュウじゃないヤツなんていやしないんだ、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
死の星だった地球が青く蘇った今の時代は、人間と言えばミュウしかいない。
誰もがミュウになっているから、サイオンも当たり前のもの。
「サイオンを使わない」ことがマナーになるほど、普通の力とされている。
持っているのが当然だけれど、「出来るだけ、使わずに」が社会のルール。
思念波の代わりに言葉を使って、物を動かすのも「自分の手足で」。
(空を飛ぶのは、論外だってな)
タイプ・ブルーも、さほど珍しくはなくなったせいで、生まれた常識。
飛ぶのだったら、そのために整備されている場所で、空を飛ぶこと。
「遅刻しそうだ」と飛んでゆくなど、非常識だとされている。
もちろん、瞬間移動で「パッと移動する」のも、「いい大人」ならば…。
(やっちゃいかんのが、今なんだ)
人間らしく生きてゆかねば、というのが今の時代の考え方。
遠い昔に地球を滅びに向かわせた理由を、よくよく検討した結果。
「便利さ」ばかりを追い求めたヒトは、自然を破壊し、地球を滅びに導いた。
そうならないよう、あえて「便利さ」を優先しない世界が出来た。
「いつでも、何処でも」連絡が取れたネットワークなどを、切り捨てて。
せっかく、そのように生きてゆくのだから、サイオンも同じに「使わない」もの。
「ヒトらしく生きる」が、今の時代の合言葉。
だから、ミュウしかいない世界でも…。
(……人類が見ても、全く気付かないかもな?)
道をゆく人々が、全てミュウだとは。
たった今、言葉を交わした相手が、「人類の敵」のミュウだったとは。
想像してみると、面白い世界。
今はもういない「人類」が見ても、「ミュウがいる」とは気付かないだろう「今」。
まさか、そのように進化しようとは、前の自分も思わなかった。
遠く遥かな時の彼方で、地球を目指していた頃は。
前のブルーと生きていた頃も、前のブルーを失くした後も。
(いつか地球まで辿り着いたら、人類と和解して……)
共存の道を歩みたい、というのが当時のミュウたちの悲願。
ミュウの存在を認めて貰って、人類と共に、社会を、世界を構築すること。
(……ところが、どっこい……)
最後の最後に分かった真実、国家主席だったキースが流したメッセージ。
それを目にして、皆、驚いた。
ミュウは「異分子」ではなかったのだ、と。
SD体制が始まるよりも前、既に特定されていた「ミュウ因子」。
グランド・マザーには、それを消すことが許されなかった。
ミュウは「進化の必然」だから。
人類の中から新たに生まれた、次の時代の人間だから。
(…そうでなければ、自然消滅するだろう、と…)
ミュウの因子を放置したまま、始まったSD体制の時代。
やがて最初のミュウが生まれて、人類は慌てて手を打った。
「この異分子を滅ぼさねば」と、閉じ込め、研究対象にして。
それでもミュウは増えてゆくから、ついには育英都市があった星ごと…。
(メギドで破壊したってわけだが、前の俺たちが、逃げ出して…)
生き延びたばかりか、ミュウの子供を救い出しては、次の時代に繋いでいった。
ついには地球まで辿り着いた上、SD体制を倒した世代を。
進化の必然だったからこそ、「そうなったのだ」と、キースも悟った。
けれど、その後に続いた時代は…。
(アッという間に、人類までミュウに変わっちまって…)
ミュウしかいなくなってしまって、揉めている暇も無かったという。
人類までミュウに進化したなら、争う理由は無いのだから。
誰も思わなかった速さで、人類はミュウに進化した。
何故なら、ミュウと接触したなら、「ミュウになりたい」と望んだら…。
(…誰の中にも少しはあった、ミュウ因子ってヤツが…)
覚醒するから、直ぐにミュウへと変化してゆく。
進化というのは、そういったもので、今では、とっくに「ミュウしかいない」。
(そうなっちまうのを恐れたのかもなあ、SD体制を作ったヤツらは…)
ミュウは体制に馴染まないから、と考えていて、違う方へと向かった思考。
「もしも」と、前の生へと思いを馳せて。
アルタミラで生まれた前の自分が、「ミュウ因子を持っていなかったら」と。
(……あの時代だと、ミュウは端から殺すか、研究施設にブチ込むか……)
その辺を自由に出歩かないから、一般市民がミュウと接触する機会は無い。
つまり「ミュウ因子が目覚める機会」は、絶対に来るわけがない。
因子を持たずに生まれて来たなら、最後まで「人類」として生きてゆくだけ。
異分子のミュウの存在も知らず、ごく平凡な生を送って。
(…そうなっていたら、まずは成人検査だな)
受けたって、大して変わりやしないぞ、と苦笑する。
なんでも「子供時代の記憶を奪って、都合よく書き換える」らしいけれども…。
(前の俺には、成人検査よりも前の記憶が無かったからな)
検査と、その後に続いた人体実験、それが全てを奪っていった。
両親の顔を忘れるどころか、その名も覚えていなかった。
それに比べれば、成人検査を無事にパスした子供たちの方が…。
(子供時代も、故郷の記憶も、多めに覚えていたろうさ)
たとえ機械が書き換えていても、基本の部分は「残す」から。
幼馴染や、故郷の星やら、そういったものは「忘れない」。
前の自分も、何の疑問も抱かないまま、「その後」を生きていっただろう。
教育ステーションで四年学んで、社会に出て。
他の人間たちと全く同じに、ミュウのことなど知らないままで。
(…いったい何になったんだろうなあ?)
メンバーズなんぞは無理だろうし、と想像の翼を羽ばたかせる。
前の自分が、シャングリラで担った役どころから、考えられる職業は…。
(料理人か、宇宙船のパイロット…)
だが、パイロットは後付けだしな、と思いもする。
前のブルーが「キャプテンに」と推したお蔭で、そうなっただけ。
とはいえ、適性がまるで無ければ、操船技術を覚えることは出来ないだろうし…。
(成人検査で、適性も判断するんだっけな?)
機械が才能を見出していたら、料理人の道に進むよりかは、パイロット。
そうなっていた可能性の方が高いな、と容易に分かる。
いくら「料理人」が夢だったとしても、そのコースには行けないで。
料理はあくまで趣味としてしか、楽しませては貰えないで。
(それがSD体制ってヤツだ)
希望が通るとは限らない世界、「やりたい」と「やれる」は違った世界。
前の自分は、パイロットになっていたのだろう。
何処まで出世できていたかは、自分でも分からないけれど。
(…パイロットになってりゃ、故郷の星にも…)
立ち寄る機会は多いだろうし、「懐かしいな」と何度も街を歩いたろうか。
両親に会いに行こうだなどとは、思いもせずに。
その辺のことは、機械が処理しているだろうから、幼馴染でも探しながら。
(……待てよ?)
故郷の星は、あのアルタミラがあった、ジュピターの衛星。
ミュウ殲滅のために、メギドの炎で砕かれたガニメデ。
(もしかしたら、アルタミラ事変の時にも……)
パイロットになった前の自分は、故郷の星にいたかもしれない。
いつも通りに宙港に降りて、休暇を楽しんでいる最中に…。
(緊急呼び出しが入って、慌てて離陸で…)
直後に、遠く離れた場所から、砕ける故郷を見たのだろうか。
何が起きたのかも分からないまま、呆然として。
(……俺の故郷が……)
跡形もなく砕けるなんて、と考えただけでゾッとする。
前の自分は「ミュウだったから」、命からがら逃げ出し、自由になったけれども…。
(ミュウでなければ、故郷を失くして……)
二度と戻れやしなかったんだ、と違う視点で見て驚いた。
きっと「その目に遭った」人類だって、一人くらいはいただろう。
アルタミラで育ってパイロットになり、何度も寄った故郷を失った「誰か」。
前の自分が「それ」だったならば、どれほど悲しかっただろうか。
懐かしい航路を飛んで行っても、故郷の星には、二度と降りられないなんて。
その宙域を飛んでみたって、砕け散った名残りがあるだけなんて。
(…そいつは、勘弁願いたいぞ…)
脱出した方のミュウで良かった、と心底、思った。
当時は呪っていた運命も、さほど悪くはなかったのだ、と。
成人検査をパスしていたなら、失った筈の「故郷の星」。
おまけに、前のブルーに出会うことさえ、一般人では無理だったろう。
故郷の星に何度降りても、研究施設に近付くことなど、出来はしないし…。
(前のあいつが、そんな所にいることも…)
知らないままで、一生を終えていった筈。
故郷の星があった宙域、其処を何度も飛びながら。
「どうして砕けてしまったんだ」と、真相も知らずに悲しみながら。
(……やっぱり、ミュウでなければ駄目だな)
前の俺は、と傾けるコーヒーのカップ。
故郷の星を失くすなんぞは、御免だから。
前のブルーと出会えずに終わる、人生などは最悪だから…。
ミュウでなければ・了
※前の自分がミュウでなかったら、と考えてみたハーレイ先生。人類だった場合の人生。
故郷の星を失った上に、前のブルーにも出会えないまま終わる生涯。悲しすぎかも。
「あのね、ハーレイ…」
ちょっと確認したいんだけど、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、向かい合わせで。
間にはティーセットが置かれたテーブル、お茶の真っ最中。
「確認だって?」
ハーレイはポカンと鳶色の瞳を見開いた。
こういう時間に、ブルーがわざわざ言ってくるのは…。
(質問ばかりで、ついでにだな…)
ロクな中身じゃないものなんだが、と食らった不意打ち。
質問ではなくて確認ならば、その内容は…。
(いつもよりマシなものなのか?)
サッパリ謎だ、と思うけれども、無視は出来ない。
ブルーは答えを待っているのだし、まずは返事をしなくては。
だから…。
「確認と来たか…。そいつは大事なことなのか?」
「そう。…ハーレイは、ぼくのことが好き?」
正直に言って、というブルーの言葉に、噛み潰した苦虫。
(質問よりもタチが悪いぞ!)
間をすっ飛ばして来やがった、と眉間に思い切り皺を寄せた。
「……そういう台詞は、チビのお前には、早すぎだ!」
「違うよ、そうじゃないってば!」
話は最後まで聞いてよね、とブルーがプウッと膨らませた頬。
「ハーレイはすぐに怒るんだから」と、「子供扱いだ」と。
「そうさせてるのは、お前だろうが!」
「最後まで聞いて、って言ったよ、ぼくは!」
聞きもしないで怒らないで、とブルーの方も負けてはいない。
そういうことなら…。
「いいとも、聞いてやろうじゃないか」
何を確認したいんだって、とハーレイは徐に腕組みをした。
ブルーの話が真っ当だったら、真面目に答えてやってもいい。
違っていたなら、腕組みを解いて…。
(いつも通りに、コツンと一発…)
頭にお見舞いするまでだ、とブルーの瞳を真っ直ぐ見詰めた。
「早く言えよ」と促すように。
「んーとね…。前のぼくと今のぼくだと、どっちが好き?」
「はあ?」
「確認だってば、どっちが好きなの?」
答えは分かっているんだけどね、とブルーは顔を曇らせた。
「知っているもの」と、「前のぼくの方が好きだ、って」と。
(…バレてたのか!?)
前のあいつの写真集を持っていること、とハーレイは焦った。
書斎の机の引き出しの中に、大切に入れてある写真集。
毎晩、出しては、前のブルーにあれこれと語り掛けている。
チビのブルーと前のブルーは、まだ重ならないものだから。
(……マズイぞ……)
サイオンが不器用だと思って油断していた、と背を伝う冷汗。
なんと言ったら、この状況を打開できるだろう。
チビのブルーに謝るべきか、しらばっくれる方がいいのか。
(このハーレイ、人生最大のピンチ…!)
どうすればいい、と前の生での記憶を懸命に探っても…。
(前の俺は、こんな窮地には……)
陥ったことはなかったんだ、と何の参考にもならない有様。
前の生では、ブルーは一人きりだったから。
(……どうすりゃいいんだ!?)
降参するか、と腹を括った所で、小さなブルーが微笑んだ。
「許してあげてもいいんだけどね」と。
「本当か?」
「やっぱり、前のぼくの方が好きだったわけ?」
ちょっと試しただけなんだけど、と赤い瞳が煌めいている。
「当たりだったら、許してあげるから、ぼくにキスして」
それで許すよ、というブルーの言葉で気が付いた。
「引っ掛けられた」と、「こいつは何も知らないんだ」と。
ならば、自分がするべきことは…。
「馬鹿野郎! 俺は、どっちのお前も好きだ!」
比べられんのを知ってるだろう、と銀色の頭に落とした拳。
「知ってて、俺を試すんじゃない」と。
「お前の狙いは分かってるんだ」と、「騙されんぞ」と…。
どっちが好き?・了
(変身する、っていうのがあるよね…)
未だに夢の能力だけど、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ずっと昔から、人間の夢…)
何かに変身するってことは、と考えてみる。
物語の中の魔法使いが変身したり、他の人間を変身させたり。
(…シンデレラ姫も、変身の一種…)
シンデレラの肉体はそのままだけれど、衣装も髪型も魔法で変わる。
みすぼらしい娘から、お城の舞踏会でも通用する立派な姫君へと。
(おとぎ話だと、変身するのも多いよね?)
魔法を使える人間もそうだし、妖精の類も変身するもの。
もっと昔に遡ったら、神話の中にも沢山ある。
(人間が植物に変わっちゃうとか…)
ギリシャ神話に幾つもあるよ、といくらでも思い出せる変身物語。
他の神話にも、その手の話は少なくない。
きっと昔から人が夢見た、変身するという能力。
(…植物になったら、何も出来なくなっちゃうけれど…)
鳥や動物に姿を変えたら、その能力が手に入る。
翼を広げて空に舞い上がり、海も山も越えて飛んでゆくとか。
とても足の速い馬にでもなって、行きたい場所まで駆けてゆくとか。
(…だけど、今でも夢の能力…)
変身できる人はいないんだよね、と最初の所に戻った思考。
人間が全てミュウになった今でも、変身能力を持つ人間はいない。
『ミュウ』という種族が誕生してから、かなりの時が経っているのに。
死の星だった地球が青く蘇り、豊かな自然が息づく世界になるくらいに。
(……うーん……)
やっぱり夢の夢なのかな、と思う「変身」。
サイオニック・ドリームを使えば、そのように見せかけることは出来ても…。
(実際の姿は変わらないから…)
それは変身とは呼べないだろう。
「変身した」ように見せかけた姿が、どんなに完璧だったって。
姿に伴う能力までをも、サイオンで再現して見せたって。
(…ドラゴンになって、火を吐いたって…)
その火で何かを燃え上がらせても、それはサイオンの「別の働き」。
「炎を生み出す」サイオンの力、それを使っているのに過ぎない。
決して「自分が吐いた火」ではなく、姿もドラゴンに変わってはいない。
そういった風に見えているだけ、全く変身できてはいない。
(…やってる本人が、一番、自覚してるよね…)
変身なんかは出来ていないこと。
観客たちが拍手したって、ドラゴンなんかは「何処にもいない」ということを。
(……本当に変身するんなら……)
身体の組織を、まるごと変えることになる。
ドラゴンは実在してはいないし、現実的な所で考えるなら…。
(鳥になるなら、鳥の身体に…)
肉体を変化させなければ。
空を飛んでゆく鳥の身体は、骨格どころか、骨までがヒトとは全く別物。
(…基本は同じなんだろうけど、鳥の骨は、うんと軽くって…)
空洞が幾つもあるのだったか、それとも別の仕組みだったか。
どちらにしても、人間とは違う重さと密度を持った骨。
それを獲得しないことには、鳥にはなれない。
更に骨格を鳥のものへと、すっかり変えてしまわなければ。
(……人間の身体には、全く無い骨……)
そんな骨まで作り出した上で、鳥のそれへと組み替える骨格。
でないと、鳥にはなれないから。
大空を自由に舞える翼は、自分のものにはならないから。
(…とっても大変…)
腕が翼になるだけじゃないし、と考えただけでも疲れそう。
そこまでの変化をするのだったら、常識でいけば、とても一瞬の間には無理。
(……医学の力を借りたって……)
長い長い時間がかかるだろうし、恐らく、そんな実験は禁止。
「人間が人間でなくなる」ような、技術を開発してはいけない。
いくら平和な時代であっても、それは「神への挑戦」だから。
神の領域を侵す行為で、SD体制の時代と似たようなもの。
「無から人間を造った機械」と、いったい何処が違うというのか。
たとえ本人が望んでいたって、やってはいけない「ヒトを変身させる」こと。
どうしても変身したいのだったら、「自分でやる」しかないだろう。
さっき「たとえば…」と想像したみたいに、身体の組織を組み替えて。
サイオンを「そのように」使いこなして、一瞬の内に。
(ちょっと想像も出来ないんだけど……?)
身体の組織の組み替えなんて、と探った自分の頭の中身。
前の生での記憶があるから、サイオンの知識は「それなりに」ある。
遠く遥かな時の彼方で、最強と謳われた「ソルジャー・ブルー」が持っていた「それ」。
人類さえもが「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と呼んだくらいの能力者。
もっとも、生まれ変わりの自分は、サイオンなんかは…。
(まるで全く、使えないんだけど…!)
思念波だってロクに紡げないよ、と情けなくなる今の能力。
それでも知識は充分あるから、変身が可能になるかどうかは…。
(……考えてみれば、答えは出るかも……)
どうなのかな、と前の自分の知識を探る。
似たようなことをやっていないか、何かを応用できないか、と。
空間を飛び越える瞬間移動。
自分の身体を別の場所へと飛ばすのだけれど、身体の組織は変化はしない。
別の所へ移動するだけ、身体の置き場を変えているだけ。
(とんでもない距離を飛んだって…)
細胞に変化が起こりはしないし、微塵も変わらない自分の肉体。
この能力を応用したって、変身するのは絶対に無理。
(…空を飛べるのも…)
念動力が強いというだけ、重力に逆らえるだけの強さがあるに過ぎない。
翼が生えてくるわけではなく、やはり参考にはならない能力。
(念動力だって、細胞の仕組みは変えられないし…)
そんな風には作用しないのが、念動力。
サイオン・バーストを起こした所で、身体の組織が壊れはしても…。
(単に身体が持たないってだけで、組織が変化するのとは…)
違うんだよね、と「自分の身体」が知っている。
前の自分がメギドの破壊に使った、最後の力がサイオン・バースト。
限界を超えてサイオンを使えば、力が暴走し始める。
自分が「生きる」ための力を、全てサイオンに変える方へと。
爆発的な力が生まれる代わりに、身体の組織は壊れてしまって、死が待つだけ。
誰かが止めに入らなければ、そうなってしまう。
(…あれだけの力を放出したって、身体の組織は…)
ちっとも変わりはしないんだから、と零れる溜息。
つまり決して出来ない変身、身体を作り変えることは出来ない。
人類は持たなかった能力、サイオンを使いこなしても。
どれほどの力を発揮しようと、『ミュウ』が変身することは無理。
今も変身は夢のまた夢、物語の中にしか存在しない。
人間が全てミュウになっても、「タイプ・ブルー」が珍しくはない時代でも。
(……変身するのは、無理みたい……)
変身できたら楽しそうだ、と思うのに。
自由に姿を変えられるのなら、人間が持たない力を使いこなせるなら。
(鳥になれたら、空を飛べるし…)
魚になったら、海の中を自由に泳いでゆける。
虚弱に生まれた身体なんかは、少しも苦にはならないで。
変身したからには、鳥も魚も、その姿での能力をフルに使える筈なのだから。
(…えーっと…?)
だったらウサギ、と頭に浮かんだ、幼かった頃の自分の目標。
幼稚園の頃に、ウサギの身体に憧れた。
いつも元気に跳ね回っていた、幼稚園で飼われていたウサギたち。
(だから、ぼくだって、ウサギになれたら…)
元気な身体が手に入るだろう、と夢は「ウサギになること」だった。
ウサギと仲良くしていたならば、いつか「なれるに違いない」と。
「ウサギになる方法」を教えて貰って、ウサギになろう、と。
(……それって、ウサギに変身するっていうこと……)
そういう形の夢だったんだ、と今頃、気付いた。
同じ変身するのだったら、ウサギでなくても良かったのに。
「もっと元気な身体がいいよ」と、「健康な身体の人間」に変身したならば…。
(…パパとママに、庭で飼って貰わなくても…)
ウサギの小屋を作って貰わなくても、自分の部屋で暮らしてゆけた。
食事も、おやつも、人間用で。
もちろん、両親とも自由に話せて、友達とだって遊び回って。
(ぼくって、とても馬鹿だった…?)
小さいから仕方ないんだけれど、と思うけれども、足りなかった知識。
今の時代も夢の能力、変身する力を使うというのに、それで変身するものがウサギ。
他の選択肢も、あったのに。
わざわざウサギを選ばなくても、別の姿になれただろうに。
(……もしも、ウサギになってたら……)
庭をピョンピョン跳ね回るだけで、ニンジンなどを貰えるだけ。
他の動物なら、もっと世界が広いだろうに。
たとえば猫になっていたなら、生垣をヒョイとくぐり抜けて…。
(家の外まで散歩に行けるし、他所の家の庭でも遊べるし…)
猫の友達も出来るだろうから、ウサギなどより、ずっといい。
けれど、それより、もっといいのは「健康な人間」に変身すること。
すっかり元気になれるけれども、他には何も変わりはしない。
それでも「ウサギになる」よりはずっと、素敵な世界が手に入る。
いつかハーレイと出会った時にも、ウサギの姿だったら困るけれども…。
(人間だったら、今と同じで…)
何も不自由しないのだから、人間に変身するべきだった。
幼かった頃の夢が、叶っていたら。
今の時代も夢の能力、変身する力があったなら。
(……そんな力が無くて良かった……)
ウサギになってしまってからじゃ手遅れ、とホッと安堵の息をつく。
生涯にたった一度の変身、奇跡が起こっていなかったことに、感謝して。
幼い子供の「足りない知識」は、変身するには向かなかったことが分かったから…。
変身できたなら・了
※変身できたら楽しいだろう、と考えたのがブルー君。今の時代も変身するのは夢物語。
けれど幼かった日に夢見た変身、それで変身するのがウサギ。奇跡が起こっていたら大変v
(変身能力というヤツは…)
未だに誰も持っちゃいないな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(人間が皆、ミュウになってから、かなりの時が経つんだが…)
死の星だった地球が青く蘇るほどの、長い年月。
それを経た今、タイプ・ブルーの人間の数も少なくはない。
(他のサイオン・タイプに比べりゃ、少ないんだが…)
前の自分が生きた頃とは、全く事情が違っている。
何処の学校にもタイプ・ブルーの生徒がいるし、会社にだって普通にいる。
ただ、サイオンを使う場面が殆ど無いのが、今の時代。
「サイオンを使わない」のが社会のマナーで、好きに使うのは子供くらいなもの。
だから滅多に「青いサイオン・カラー」を見ることはない。
(それでも数は少なくないから…)
超越した能力を持った人間、それが出て来ても不思議ではない。
前のブルーがそうだったように、「他のミュウとは比較にならない」能力者。
(それなのに、変身が出来る人間は…)
一人もいなくて、変身できるヒーローなどは、今でも人気。
なにしろ「夢の能力」だから。
人間がどんなに頑張ってみても、変身することは不可能だから。
(……変身したように見せかけることは……)
出来るんだよな、と分かっている。
サイオニック・ドリームを使えば簡単、いくらでも好きに変えられる姿。
けれど本当は「ただの幻」、変身できたわけではない。
鳥に変わって飛んでゆこうが、ドラゴンになって周囲を威圧しようが、実際は…。
(姿は全く変わっていなくて、そんな風に見えるだけなんだよな)
一種のマジックみたいなモンだ、と苦笑する。
「やっぱり変身は、夢物語に過ぎないんだな」と。
人間が地球しか知らなかった頃にも、そういう物語はあった。
一番古い形のものだと、ギリシャ神話になるのだろうか。
(人間が植物に変身する、ってのが多かったか…?)
水仙になったナルキッソスとか、月桂樹になったダフネだとか。
アネモネも少年だった筈だし、変わった所では石になった少女がアメシスト。
(熊にされちまった女性もいたなあ…)
自分で変身したわけじゃないが、と数えた女性の名前がカリスト。
女神の怒りに触れたばかりに、熊の姿にされてしまった。
そして我が子に狩られる所を、ゼウスが救って星座に変えた。
夜空に輝く大熊座に。
彼女の息子も、小熊座になった。
(熊に変わって、お次は星座だ)
なかなかに凄い変身だよな、と感心する神話の壮大さ。
神話だけに全てが作り話なのか、あるいは真実の欠片があるのか。
(……流石に、ちょっと古すぎてなあ……)
検証のしようも無いってモンだ、と思うけれども、もっと後の時代。
神話ではなくて、記録が残る時代になっても…。
(有名なトコだと、人狼伝説……)
ヨーロッパで恐れられていた、狼人間。
満月の光を浴びると狼に変わり、普通の人間を食い殺した彼ら。
かなりな数の記録が残されただけに、作り話とも思えない。
(…本当に狼に変身したのか、何かの比喩か…)
そこの所は分からないけれど、もしも変身していたのなら…。
(サイオニック・ドリームだったのか?)
多分そうだな、と今だから思う。
これほどの時が流れた今でも、誰も変身できないから。
変身は今も夢のまた夢、物語にしか出て来ないから。
(…夢ってヤツだな、人間の…)
特に子供には夢なんだよな、と幼かった頃を思い出す。
ヒーローに変身してみたかったし、他の子たちも似たようなもの。
(…今のブルーだと、ちょっと変わってて…)
なんとウサギと来たもんだ、と小さなブルーの「将来の夢」が頭に浮かんだ。
今度も虚弱に生まれたブルー。
幼稚園児だった頃に描いた将来の夢が、「ウサギになること」。
ブルーが通う幼稚園にあった、ウサギの小屋。
元気に跳ね回るウサギたちを見て、ブルーもウサギになりたくなった。
ウサギになったら元気になれる、と考えて。
(でもって、ちゃんとウサギになれたら…)
両親に飼って貰うつもりで、せっせと通ったウサギたちの小屋。
ウサギと仲良くなりさえしたら、「ウサギになれる方法」を教えて貰える、と。
いつか自分もウサギになろうと、赤い瞳を煌めかせて。
(あいつがウサギになっちまってたら…)
俺も変身するしかなくて…、とブルーとの会話が蘇る。
「俺も一緒にウサギになるから、一緒に暮らそう」とブルーに話した。
再会した時のブルーの姿がウサギだったら、自分もウサギに姿を変える。
ブルーは白いウサギだけれども、自分は茶色い毛皮のウサギ。
変身できたら、ブルーの家のウサギ用の小屋は、お役御免で…。
(あいつと郊外の野原に移って、巣穴を掘るんだ)
二人で住むのに充分な広さの、立派なものを。
安全そうな場所を見付けて、頑丈な足で、せっせと掘って。
そういう、ブルーとの夢物語。
ウサギになれるわけもないから、もう本当に他愛ない話。
とはいえ、楽しかったのだけれど。
ブルーと二人でウサギになるのも、きっと悪くはないだろうから。
(……もしも、変身できるなら……)
今の自分が変身できたら、いったい何になりたいだろう。
ヒトが未だに持たない能力、夢の力があったなら。
(…ガキの頃に見た、ヒーローものだと…)
変身したなら、凄い力が手に入る。
タイプ・ブルーの人間でさえも、持ってはいない素晴らしい能力が。
(しかし、そんな力を貰っても…)
出番が全く無いんだよな、と分かっているのが今の世の中。
戦争も武器も、とうの昔に滅びてしまった平和な世界。
「悪の組織と戦う」などは、物語の中にしか存在しない。
だから変身するだけ無駄だし、ヒーローになれる場所だって無い。
それでは変身する意味が無くて、もちろんヒーローにもなれない。
(……うーむ……)
だったら何に、と思った所で、前のブルーがポンと浮かんだ。
変身すれば、そのものズバリの姿と能力が手に入る。
前のブルーの姿はともかく、能力は今でも気になるところ。
「いったい、どれほどのものだったのか」と、ブルーが負っていた重荷と共に。
(…前のあいつになれたなら…)
少しは理解できるのだろうか、前のブルーの悲しみが。
「一人きりのタイプ・ブルー」だった頃の、深い憂いと苦しみとが。
(今の俺が、変身できたところで…)
世界がすっかり変わっているから、同じ体験をすることは無理。
せいぜい、ブルーがやっていたように、思念の糸を細かく張り巡らせる程度。
「シャングリラの何処で、何があっても」分かるようにと、前のブルーが張った糸。
どれほど神経を使っていたのか、前の自分には謎だった。
分かるものなら、それを体験したくもある。
もうシャングリラは無いのだけれども、似たような広さの空間などで。
シャングリラの仲間と同じほどの数、人が散らばる建物などで。
(…前のあいつか…)
変身できたら、なってみたい、と思う存在。
他にも何か、と今度は思考を「今」へと向ける。
今のブルーと関わるのならば、何に変身すればいいか、と。
(…前のあいつに変身した、などと知られたら…)
小さなブルーは怒り狂って、「酷い!」と叫ぶことだろう。
「やっぱり、前のぼくの方がいいんだ」と、「鏡を覗いていたんでしょ!」と。
(あいつは、自分に嫉妬するしな…)
鏡に映った姿に喧嘩を吹っ掛ける子猫みたいに、と笑った途端に閃いた。
「これだ!」という「変身したい存在」。
今のブルーが喜びそうで、自分にとっても、お得なモノ。
(そうだ、ミーシャになればいいんだ!)
子供だった頃、母が飼っていた真っ白な猫の名前がミーシャ。
今のブルーに写真を見せたら、それは嬉しそうに眺めていた。
おまけに「猫になりたい」などと言い出し、理由は「ハーレイの側にいられるから」。
(俺がミーシャに変身できたら…)
毎日、仕事が終わった後には、ミーシャに変身。
そして自分の家には帰らず、代わりにブルーの家にゆく。
生垣を抜けて庭に入って、「ニャア」と一声、鳴いたなら…。
(ブルーが出て来て、俺を抱えて…)
部屋へと連れてゆけばいい。
そうすれば朝までブルーと一緒で、ブルーが欲しがるキスだって…。
(猫の俺なら、何の問題も無いってな!)
ブルーの顔をペロペロと舐めて、唇にキス。
猫の小さな唇で。
フカフカの毛皮の感触つきで。
(よし…!)
変身できたら、猫になるぞ、とコーヒーのカップを傾ける。
そんな力は持っていないから、夢物語に過ぎないけれど。
ヒトは未だに変身できずに、夢を描いているのだけれど。
(猫になれたら、めでたし、めでたし…)
ブルーは複雑なんだろうがな、と意地悪な笑みも忘れない。
毎晩、恋人と過ごせはしたって、「猫」なのだから。
山ほどキスをして貰えたって、フカフカの毛皮とセットだから…。
変身できたら・了
※未だに変身できない、人間。ハーレイ先生が考えてみた、「自分が変身したいもの」。
真っ白な猫のミーシャに変身、そして毎晩、ブルーの家へ。問題なく一緒に過ごせますよねv
「えーっと、ハーレイ…?」
ちょっと質問があるんだけれど、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後の、お茶の時間の真っ最中。
テーブルを挟んで向かい合わせで、赤い瞳でじっと見詰めて。
「質問だって…?」
嫌な予感しかしないんだがな、とハーレイは顔を顰めた。
こういった時のブルーの質問、それは大抵、とんでもない。
何か企んでいるのが普通で、真面目に聞いたら、馬鹿を見る。
すっかり馴染んでしまっただけに、今日もそれだと考えた。
(どうせ、ろくでもないことなんだ)
およそ聞くだけ無駄ってモンだ、と思ったのだけれど…。
「そう言わないで、ちょっとだけ…」
ね? とブルーは愛らしく笑んだ。
ハーレイに「否」を言わせないよう、それは無邪気に。
(……こう言われると、弱いんだよなあ……)
ついでに、この顔、と呆気なく崩れるハーレイの防壁。
前の生から愛したブルーに、冷たい態度が取れるわけがない。
ろくでもない結果が待っていようと、頼み込まれたら。
おまけに可愛らしい笑みまでセットで、お願いされたら。
「仕方ないな…。質問するなら、簡潔に言え」
「ありがとう! いい子と悪い子、どっちが好き?」
ハーレイの好きな子供はどっち、とブルーは膝を乗り出した。
「どっちがハーレイの好みなのかな」と。
「はあ?」
「だから、いい子と悪い子だってば!」
ハーレイは悪ガキだったんだよね、というブルーの指摘。
「すると悪ガキの方がいいの?」と、興味津々で。
(なんだ、マトモな質問じゃないか)
こういうヤツなら大歓迎だ、とハーレイは大きく頷いた。
ついでに子供は大好きなのだし、こんな質問も悪くない。
「そうだな、俺は悪ガキだったわけだが…」
「それじゃやっぱり、悪い子がいい?」
「場合によるかな、たとえば、俺がサンタクロースなら…」
うんと悩むぞ、クリスマス前に、子供の評価で。
悪ガキにもプレゼントを持ってってやるか、どうするかで。
あんまり悪戯ばかりのガキじゃあ、おしおきってのも…。
必要だしな、とウインクした。
「いい子と悪い子は程度によるな」と、「要はバランス」と。
うんと悪ガキでも、根っこは悪くないんだから、と。
そうしたら…。
「だったら、うんといい子にしてたら…」
クリスマスにキスをしてくれる? と言い出したブルー。
「プレゼントを持って来てくれるのなら、それがいいな」と。
「馬鹿野郎!」
今のは例え話ってヤツだ、とブルーの頭に落とした拳。
「お前にキスは、まだ早い」と。
「第一、俺はサンタクロースじゃないだろうが!」と。
そして心で悪態をつく。
こいつは立派な悪ガキだ、と。
いい子にするなど聞いて呆れると、また騙された、と…。
いい子にしてたら・了
