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(もう一度、地球に来ちまった……)
 しかも、あいつと…、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
 今の自分が生まれ育って、住んでいる星。
 青く輝く、母なる地球。
(記憶が戻って来る前なら、当たり前だったんだがなあ…)
 自分が「地球にいる」ということ。
 生まれた星なら当たり前だし、何の不思議も無いのだけれど…。
(前の俺だと、地球というのは…)
 長い年月、前のブルーと共に目指した、座標さえ謎だった夢の星。
 宇宙の何処かに、きっとある筈の青い水の星。
 前のブルーが焦がれていたから、前の自分も夢を見ていた。
 いつかブルーと共に行こうと、幾つもの夢を。
(なのに、どれ一つ、叶わないままで…)
 前のブルーは逝ってしまって、ただ一人きりで残された。
 白いシャングリラを、地球まで運んでゆくために。
 ブルーが最後に遺した言葉を、果たさねばという悲壮な決意。
 そのためだけに心に鞭打ち、ひたすらに歩んだ地球への道。
(……やっとの思いで辿り着いたら……)
 其処には、青い星は無かった。
 有毒の海と砂漠化した大地、それらが広がる赤茶けた星があっただけ。
 「機械に繋がれた病人のようじゃ」と、ゼルが痛々しさを嘆いたほどに死に絶えた星。
 それが「前の自分」が訪れた地球で、夢などありはしなかった。
 共に夢見たブルーはいなくて、ブルーの夢まで砕けたから。
 「地球に着いたら…」と描いていた夢、それが悉く。
 青い海など何処にも無いなら、海を眺めに行く夢は終わり。
 緑の森が無いというなら、森にゆく夢も叶わないから。


 「地球は青くない」と知った時の驚愕、そして絶望。
 前の自分が受けた衝撃、それを今でも忘れてはいない。
 「こんな星のために」とゼルが言った通り、ブルーまで失くしたのだから。
 いくら寿命が尽きていたといっても、安らかではなかったブルーの最期。
(…あの頃の俺は、キースがブルーを撃ったというのは知らなかったが…)
 メギドで斃れたことは確かで、恐らくは爆死だっただろう、と考えていた。
 自分が起こしたメギドの爆発、それに巻き込まれて死んだのだ、と。
 美しかった赤い瞳も、何もかも一瞬で燃えてしまって。
(……あいつの命まで差し出したのに……)
 青い水の星など、何処にも無かった。
 せめて青い星が浮かんでいたなら、救われたろうに。
 心の中でブルーに、こう語り掛けて。
 「見えますか、あれが地球ですよ」と。
 其処で全ての務めを終えたら、直ぐにブルーの許へゆくから、と。
(…そうするどころか、打ちのめされたままで…)
 廃墟が広がる地球に降り立ち、ブルーの仇のキースに挨拶してしまった。
 ブルーの最期を知らなかったから、殴りもせずに。
(今、思い出しても、腹が立つんだ…!)
 あの時の俺の馬鹿さ加減に…、とコーヒーを一口、飲み下す。
 「そういや、キースもコーヒー党だ」と、苦い思いに包まれながら。
(…でもって、あいつも、今じゃ英雄…)
 地球を救った英雄なんだ、と腹立たしいけれど、どうにもならない。
 キースが最後に下した決断、それはミュウとの共存だったから。
 その上、ジョミーと共に戦い、グランド・マザーを破壊したから。
(…前の俺は、そいつの巻き添えになって…)
 崩れゆく地球の地の底深くで、カナリヤの子たちを救って死んだ。
 幼い子たちに罪は無いから、白いシャングリラに送り届けて。
 これで務めは全て果たしたと、前のブルーの所へゆこうと。


(そうやって死んで、次に気付いたら…)
 もう一度、地球の上に来ていた。
 死に絶えた後に赤く燃え上がり、不死鳥のように蘇った地球。
 青く輝く水の星の上に、今のブルーと二人でいた。
 十四歳にしかならないブルーとは、まだ一緒には暮らせないけれど。
 教師と教え子、そういった仲で、家を訪ねるのが精一杯。
(…それでも、夢だった地球に来られて…)
 前の俺にとっては二度目の地球だ、と「前の地球」との違いを思う。
(月とスッポンどころじゃないぞ)
 本当に似ても似つかないんだ、と赤茶けた星の記憶を手繰る。
 あれが今の地球の前の姿だとは、自分でも信じられないくらい。
 この目でしっかり見て来たからこそ、「現実だった」と分かるけれども。
(……いやはや、とんでもない星だった)
 それに比べて今は天国、と書斎の中をぐるりと見渡す。
 この部屋に窓は一つも無いから、外の景色は見られない。
 とはいえ、家の外へと出たなら、まずは緑の庭がある。
 その向こうには隣家の庭やら、もっと離れた所まで行けば、ブルーの家やら。
 何処にも豊かな緑が溢れて、公園どころか、自然の野原や山も広がる。
(…前のあいつの夢ってヤツだ…)
 こういう地球で暮らすのがな、と前のブルーの夢を数える。
 今のブルーと既に叶えた夢もあるけれど、これから叶えてゆくものも多い。
 二人で暮らし始める時まで、叶えられないものもあるから。
 こうして地球で暮らしていたって、日帰り出来ない場所だって。
(あいつと婚約したならば…)
 夢の幾つかは、結婚前に叶えられるだろう。
 自分が、愛車を出したなら。
 前の自分のマントと同じ色合いの、濃い緑色の車でドライブ。
 助手席に今のブルーを座らせ、前のブルーの夢を叶えに。


 前のブルーが描き続けた、幾つもの夢。
 寿命が尽きると悟った後には、語らなくなっていたけれど…。
(あいつが忘れるわけがないんだ)
 生まれ変わった今のブルーは忘れていても、切っ掛けがあれば思い出す。
 その瞬間に、何度立ち会ったことか。
 だから叶える夢は山ほど、せっかく地球に来たのだから。
 ブルーと二人で地球に生まれて、青い水の星で暮らしてゆくのだから。
(…俺だって、地球は二度目とはいえ、青い星に来たのは初めてだしな?)
 神様も粋なことをなさる、と感謝していて、気が付いた。
 地球に生まれて来たのだけれども、「違う星だったかもしれない」と。
 ブルーと二人で生まれ変わって来ても、地球とは違った別の星。
(……神様が、そうなさるとは思えんが……)
 可能性としてはゼロではないな、と顎に当てた手。
 もしかしたら今度も、「地球を目指す旅」が待っていたのかも、と。
(アルテメシアとか、ジルベスター星系だとか…)
 前の生にゆかりの場所に生まれて、其処から地球を目指して旅立つ。
 もちろん平和な今の時代に、青く輝く夢の星を見に。
 前のブルーの夢を叶えに、宇宙船に乗って。
(……そうなってくると……)
 ブルーが大きく育つ時まで、叶えられる夢は無いかもしれない。
 いくら記憶が戻っていたって、肝心の地球が遠いから。
 「青い地球」があると分かっていたって、其処へ行けないのでは、どうにもならない。
 写真や映像などを眺めて、前と同じに憧れるだけ。
 いつかは夢の星へ行こうと、ブルーと二人で。
 手の届かない夢を数えて、叶う日を待って。
 二人して地球に生まれていたなら、簡単に叶えられることでも。
 今の自分たちがとうに叶えて、すっかり満足している夢も。


(……うーむ……)
 そいつは少々、厄介だぞ、と想像してみる「別の星」での生活。
 二人で地球への旅に出るまでに、叶えられる夢はあるのだろうか。
 前のブルーが夢に描いて、今のブルーが叶えた夢は…。
(簡単なトコだと、ホットケーキの朝飯だよな?)
 地球の草を食んで育った牛のミルクのバターと、地球で採れた本物のメープルシロップ。
 それらをたっぷりと添えたホットケーキを、青い星の上で食べること。
 今のブルーには容易いことで、その気になれば、毎朝だって…。
(お母さんにホットケーキを焼いて貰って、食って…)
 飽きるくらいに食べられるけれど、他の星に生まれ変わっていたなら、事情は変わる。
 もちろん、地球産のバターやメープルシロップは、他の星でも手に入るけれど…。
(当たり前にあるとは限らないんだ)
 品切れなんかは普通のことで、次の入荷はいつになるやら。
 青い地球の上で暮らしていたなら、売り切れなど、まず、有り得ないのに。
 いつものメーカーの品が無くても、他のが並んでいるものなのに。
(…ホットケーキの朝飯だけでも、一苦労…)
 他の夢となると、もっと大変だよな、と仰ぐ天井。
 地球にいてさえ、日帰り出来ない場所が沢山あるのだから…。
(…季節を選ぶ夢となったら、一度の旅行じゃ…)
 絶対に回り切れないぞ、と妙な自信が湧いてくる。
 「何回、地球に来ればいいやら」と、「生きてる間に、回り切れるか?」と。
 きっとブルーも、夢を叶える旅の途中で気付くだろう。
 「これじゃ、全然、間に合わないよ」と、「ぼくの寿命が終わっちゃうかも」と。
 けれど、途中では終われない夢。
 今度こそブルーの夢を叶えて、青い地球を満喫させてやりたい。
 新しい人生で増えた夢まで、全部纏めて、夢の星の上で。
(……引っ越すかな……)
 青い地球へな、と「別の星に生まれた」時の暮らしに結論を出す。
 生まれた場所が地球でなければ、引っ越そうと。
 ブルーが焦がれた夢の星へと、前の生での二人と同じに、宇宙船で星の海を旅して…。

 

           地球でなければ・了


※青い地球に生まれ変わった、ハーレイ先生とブルー君。地球を満喫してますけれど…。
 もしも別の星に生まれていたなら、事情は変わって来るのです。引っ越すのが一番ですねv












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「ねえ、ハーレイ」
 覚悟しておいて欲しいんだけど…、とブルーが口にした言葉。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 テーブルを挟んで向かい合わせの、ハーレイを見据えて。
「覚悟って…。何をだ?」
 いったい何の覚悟なんだ、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
 今までの会話は、ごくごく普通。
 他愛ないことを話していただけ、覚悟など思い当たらない。
 まるで見当が付かないわけで、ハーレイは首を捻ったけれど。
「覚悟だってば、それ相応の」
 ぼくにして来た意地悪の分、とブルーは答えた。
 唇へのキスをくれないだとか、それを禁止した理由とか。
 意地悪だったら山とあるから、きちんと覚悟するようにと。


「おいおいおい…。覚悟って、将来に向けてか?」
 結婚した後で仕返しなのか、と返したハーレイ。
 意地悪の必要が無くなった後で、俺を苛めに来るのか、と。
「違うよ、もしかしたら、明日かも」
「明日だって!?」
「うん。だけど、来年とか、再来年ってことも…」
 ぼくにも分からないんだよね、とブルーが零した溜息。
 自分でも努力はしているけれども、こればっかりは、と。
「努力だと? 俺に仕返しするためにか?」
 そこまで恨まれているのだろうか、とハーレイは慌てた。
 唇へのキスを禁じているのは確かだけれども、理由も確か。
 十四歳にしかならないブルーに、恋人同士のキスは早すぎる。
(俺はブルーのためを思って…)
 やっているわけで、意地悪じゃない、と言いたい気分。
 けれどブルーには、恐らく通じないだろう。


(うーむ…)
 甘んじて仕返しを受けるべきか、とブルーを見詰める。
 ブルーの努力が実った時には、仕返しされてやろうか、と。
(…だが、妙だな?)
 仕返しが来るのは、明日か、あるいは再来年なのか。
 どんな努力か知らないけれども、どうにも幅がありすぎる。
(…俺に一発、お見舞いしようと…)
 腕の筋肉を鍛えているなら、いきなり「明日」は無いだろう。
 何か悪戯をするにしたって、準備期間は読めそうなもの。
(しかし、ブルーにも分からないとなると…)
 全くの謎な「仕返し」の中身。
 覚悟を決めておくのだったら、やはり心の準備はしたい。
(よし、その線で…!)
 訊いてみるか、と閃いた。
 仕返しをすると言ったブルーに、直接訊くのが一番だから。


「分かった。お前に恨まれるような、俺にも非がある」
 仕返しは受けることにするが…、と赤い瞳を真っ直ぐに見た。
「俺にも心の準備が要るしな、仕返しについて教えてくれ」
 殴るのか、それとも蹴り飛ばすのか、と、ぶつけた質問。
 ブルーはニコリと笑みを浮かべた。
「どうしようかなぁ、ぼくのサイオン次第かな?」
「サイオン?」
「そう! ぼくだって、前みたいなサイオンがあれば!」
 仕返しの方法はドッサリあるよ、と煌めく瞳。
 「そこの窓から放り出すとか、公園の池に落とすとか」と。
 ハーレイになんか負けはしないし、覚悟してよね、と。


「なるほど…。すると、お前が仕返しするのは…」
「サイオンが使えるようになった時!」
 楽しみだよね、と仕返し宣言されたのだけれど。
(……永遠に無理だな)
 こいつの不器用すぎるサイオンではな、と可笑しくなる。
 今のブルーは、サイオンがとても不器用だから。
 思念波もロクに紡げない身で、仕返しなどは不可能だから…。




          覚悟してよね・了









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(……告白かあ……)
 そういうものがあるんだよね、とブルーの頭に浮かんだこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 何故だか、唐突に湧いて出た言葉。
 告白なんかはしたこともなくて、する予定だって無いというのに。
(…だって、告白…)
 あのハーレイが相手じゃ無理だよ、と掲げる白旗。
 けれど、考えようによっては、何回となく告白している。
 告白する度、鼻先で軽くあしらわれては、砕け散っていると言うべきか。
(ぼくはホントに好きなんだけどな…)
 ハーレイのこと、と零れる溜息。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 それなのに、キスもしてくれない。
 恋人同士の唇へのキス、それは当分、お預けだという。
 今の自分は十四歳にしかならない子供で、子供にはキスは早いから、と。
 貰えるキスは額や頬っぺた、そういう子供向けのキスだけ。
(……酷いんだから……)
 どうしてキスしてくれないの、と不満は募ってゆく一方。
 あの手この手でキスを強請っても、「駄目だ」と軽く小突かれる額。
 場合によっては頭にコツンと、拳が降ってくることもある。
 本当の本当に、ハーレイのことが好きなのに。
 いつ望まれてもかまわない上、いつかは結婚する仲なのに。
(…ぼくの告白、子供っぽいわけ?)
 そうなのかもね、という気もする。
 ハーレイはずっと年上なのだし、学生時代はモテたらしいから。
 きっと多くの女性たちから、告白されていただろうから。


 そうなってくると、事は難しい。
 経験値などは無いに等しい、子供などでは話にならない。
 どうやって告白すればいいのか、まるで見当がつかないのだから。
(……ハーレイに告白するんなら……)
 今のやり方では望みはゼロかも、と悲観的な気持ちになってくる。
 いくら「好きだよ」と言ってみたって、繰り返したって、ハーレイの心には響かない。
 それが証拠に、断られるキス。
 「キスしてもいいよ」と言ったって。
 誘うような眼をして、「キスしたくならない?」と訊いてみたって。
(……うーん……)
 ぼくに魅力が無いんだろうか、と思うけれども、どうだろう。
 今の自分は、前の自分の少年時代に瓜二つ。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに出会った頃と。
(…ハーレイ、たまに言ってるよね?)
 前の生では、初めて出会ったその瞬間から、恐らく恋をしていたのだと。
 自覚するのが遅かっただけで、恋は恋。
 恋していたから、甘やかしたり、こっそり特別扱いしていたのに違いない、とまで。
(ぼくが厨房を覗きに行ったら、特別なおやつ…)
 厨房時代のハーレイは、何度も作ってくれた。
 贅沢は出来ない船だったから、少し余った食材などで。
 試作中の料理も「食べて行くか?」と誘ってくれたし、とても幸せだった頃。
(…ぼくだって、まさか恋をしたとは…)
 夢にも思っていなかったけれど、あれは確かに恋だった。
 アルタミラの地獄で出会った時から、お互い、その場で一目惚れ。
 だからピッタリ息が合ったし、それはハッキリ分かっていたから…。
(前のハーレイを、キャプテンに推薦したんだよ)
 ソルジャー就任が決まった瞬間、「キャプテンはハーレイしかいない」と思った。
 操船の経験などは皆無で、厨房で働いていたけれど。
 「船など操れなくてもいいから、ハーレイがいい」と。


 キャプテンといえば、船の最高責任者。
 人類軍と戦うようなことになったら、ソルジャーを全力で補佐する立ち位置。
(…ぼくの命を預けるようなものだから…)
 ハーレイにだったら預けられる、と前の自分は確信した。
 他の者では務まらなくても、ハーレイだったら間違いない、と。
(ハーレイ、悩んでいたんだけどね…)
 それでも、前の自分は推した。
 わざわざハーレイの部屋まで出掛けて、こんな風に言って。
 「フライパンも船も、似たようなものだと思うけれどね?」と、殺し文句を。
 食料が無ければ皆は飢え死に、船が無くても死ぬしかない。
 どちらも船には欠かせないもので、ウッカリ焦がしてしまうと大変。
 そう言って、ハーレイの決断を待った。
 「引き受けてくれるといいんだけれど」と、内心、ドキドキだったけれども。
(……だけど、ハーレイ……)
 悩んだ末に、キャプテンの道を選んでくれた。
 料理とは似ても似つかない操舵、それまでマスターしてくれて。
 シャングリラの癖をすっかり掴んで、右に出る者が無い見事な腕を示して。
(…前のぼくの言葉、前のハーレイの名文句ってヤツになっちゃった…)
 いつの間にやら、ブリッジクルーたちに、ウインクしながら告げる言葉に。
 「フライパンも船も似たようなものさ」と、皆の緊張を解きほぐすように。
 どちらも焦げたらおしまいなのだし、焦がさないように気を付けろ、と。
 ハーレイの経歴を知らないクルーは、いつだって目を丸くしていた。
 「噂には聞いていたんですけど、厨房の出身だったんですか?」と。
 それに応えて、ハーレイは豪快に笑っていた。
 「もちろんだとも」と、「だから、お前も頑張るんだな」と。
 生え抜きのブリッジクルーなのだし、もっともっと腕を上げなければ、と。
 フライパンで料理を作るみたいに、シャングリラを自在に操れるようになってくれ、と。


(前のハーレイは、口説き落とせたんだけれどね……)
 キャプテンになってくれっていう難題、と溜息がまた一つ零れる。
 あちらの方が「告白」などより、ずっと重かったに違いない。
 告白だったら断わったって、恋が砕けるだけだから。
 前の自分が肩を落として、すごすご引き上げてゆくというだけ。
 けれども、キャプテン就任の方は、そう簡単には断れない。
 「他に人材がいない」ことなど、明々白々だったから。
 前のハーレイが断った時は、その任務には向かない者がキャプテンになる。
 ソルジャーと息が合うかどうかが、危うい者が。
 何事も無い日々が続いて行ったら、それでも問題ないのだけれど…。
(……人類軍と遭遇したら、シャングリラは沈められてしまって……)
 皆の命も、ミュウの未来も、全てが宇宙の藻屑と消える。
 それはハーレイも承知していたし、一世一代の決断だったろう。
 後の時代は、「フライパンも船も似たようなものさ」と笑っていても。
 焦がさないことが大切なのだと、皆に軽口を叩いていても。
(……あの時は、上手くいったのに……)
 そしてハーレイはキャプテンになって、前の自分の立派な右腕。
 いつしか恋が芽生えた時にも、誰にもバレなかったくらいに。
 キャプテンがソルジャーの側にいるのは、至極当然のことだったから。
 朝食を一緒に食べていようと、夜更けにソルジャーの部屋を訪れようと。
(……あの時のぼくは、今のぼくより……)
 ほんのちょっぴり、背丈が大きくなっていた。
 年齢で言えば十五歳くらいか、今よりは伸びていた背丈。
 手足もそれに合わせて伸びたし、顔立ちも少し大人びたかも。
 今ほど「チビの子供」ではなくて、「少年」程度に。
 もしかすると、それが大きいだろうか、ハーレイの心を動かせた理由。
 キャプテンになるように口説き落として、厨房から転身させられたのは。


(……そうだとすると……)
 告白するには、今の自分は早すぎるということかもしれない。
 今のハーレイの「キスは駄目だ」は聞き飽きたけれど、もしかしたなら…。
(…もう少し、大きくなったなら…)
 ハーレイの心を揺さぶる力が、今の自分にもつくのだろうか。
 じっと見上げて「好きだよ」と言ったら、「俺もだ」と言って貰えるだとか。
 断わられてばかりのキスにしたって、予定よりも早めに貰えるとか。
(…前のぼくと、同じ背丈に育つまでは駄目だ、って…)
 ケチなハーレイは叱るけれども、頑固な心がグラリと揺れる日。
 今より少し大きくなったら、ついつい心を動かされて。
 キャプテンを引き受けてくれたみたいに、考えを変えて「よし」と頷く。
 まるで有り得ないことでもないよ、と膨らむ夢。
 前のハーレイと恋人同士になった時点は、もっと遥かに後だけれども。
 すっかり育って、少年とは言えない頃だったけれど。
(……ハーレイに告白するんなら……)
 もう少し育った時が狙い目かもね、と閃いた。
 ああいう年頃の「ブルー」の姿に弱いのだったら、望みはある。
 キスのその先は駄目にしたって、唇へのキスくらいなら。
 思っているより、もっと早めに、ハーレイのキスが貰えるだとか。
(……やってみる価値は、絶対、あるよね?)
 上手くいったら儲け物だし、告白しないと損だろう。
 たとえハーレイに断られたって、それはその時。
 今も「当たって砕けろ」なのだし、めげずにぶつかって行けばいい。
 「ぼくにキスして」と、「ぼくのこと、好き?」と。
 でないと先には進めないから、諦めないで。
 断わられてばかりの日々だけれども、大きくなるまで待っていないで。


(……あれ?)
 それだと全く変わらないよ、と気が付いた。
 ハーレイにせっせと告白しては、砕けているのが今の現状。
 もう少し大きく育つ時まで、控えるだなんて、とんでもない。
 いくら望みがあるにしたって、それまで我慢するなんて…。
(……無理だってば!)
 だから駄目でも告白だよね、とグッと拳を握り締める。
 ハーレイのことは大好きなのだし、いつでも告白したいから。
 「告白するんなら、もっと大きくなってから」なんて、耐えられるわけがないのだから…。

 

             告白するんなら・了


※ハーレイ先生に告白しては、砕け散っているブルー君。思い出したのが前の生のこと。
 恋の告白より難しいのが成功しただけに、望みはあるかも。けれど我慢が出来ないようですv











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(告白か……)
 そういうヤツがあったんだっけな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それを片手に。
(…告白ってヤツは、プロポーズとは…)
 違うモンだ、と思い付いた言葉を追い掛けてみる。
 特に目的は無いのだけれども、戯れに。
 寛ぎのコーヒータイムのお供に、丁度いい軽い考え事だ、と。
(愛してますとか、好きです、だとか…)
 プロポーズよりは「軽め」になるのが、告白というものの意味。
 結婚を求めるものではないから、ズシリと重くはないのだけれど…。
(それこそ当たって砕けろとばかりに…)
 覚悟を決めて告白しにゆく場面も、この世の中には山とある。
 ほんの子供の幼稚園児でも、ドキドキしながら告げに行ったりするものだから。
 好意を抱いた相手の所へ、小さな花などを握り締めて。
(手を繋いで歩いてくれませんか、って…)
 思い切って告げて、快く笑顔で受けて貰えたら、仲良く散歩。
 幼稚園の園庭を、手を繋ぎ合って。
 休み時間の間だけしか出来ないデートで、それでも満足。
(幼稚園児でも、一人前に…)
 デートするヤツはいたもんだ、と微笑ましくなる昔の思い出。
 人間が全てミュウになった今は、結婚も恋も、何百歳でも出来るけれども…。
(やっぱり、若い間ってヤツが…)
 告白向けの時間だよな、という気がする。
 年齢を重ねてゆけばゆくほど、言葉は重みを増すものだから。
 同じに「愛してます」と言っても、幼稚園児と大人は違う。
 心と身体の成長に合わせて、愛の形も変わるから。
 幼稚園児が思うデートと、大人のデートは行き先からして別だから。


 面白いもんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
 こうして口に含んだコーヒー、これにしたって、大人のデートなら小道具の一つ。
 「コーヒーでも飲みに行きませんか」は、立派な誘い文句になるから。
 一緒にコーヒーを飲むだけだったら、さほど覚悟は要らないから。
(……告白よりも、まだ軽めだな)
 ちょいとデートに誘うだけなら…、と考える。
 好意を持った相手だからこそ、コーヒーを飲みに誘うのだけれど…。
(断られたって、こいつは、さほど傷付かないんだ)
 なにしろ喫茶店に誘うだけだし、相手の方も断わりやすい。
 「この人と行くのは、ちょっと嫌だな」と思ったとしても、断るための言葉は色々。
(…ちょっと急いでいるんです、だとか、用事があるとか…)
 相手の心を傷付けないよう、気配りをするのが断りの礼儀。
 それに本当に急いでいるとか、用事があるという場合もあるから…。
(そういう時には、「また今度、誘って貰えませんか」と…)
 言って貰えたら、充分、脈あり。
 万々歳と言っていいだろう。
 次に誘いをかけた時には、きっと一緒に来てくれるから。
 そしてコーヒーを飲みに出掛けて、楽しく話して、気が合ったなら…。
(お次は、もっと本格的に…)
 デートに誘う運びとなって、芝居に行くとか、ドライブだとか。
 そうこうする間に、告白をすることになる。
 「好きなんです」と思いをぶつけて、相手の返事を待つ時間。
 もっともデートをしている時点で、まず断られはしないけれども。
(……そうなってくると、コーヒーを飲みに誘うのが……)
 告白ってことになるのかもな、と顎に当てた手。
 ただ喫茶店に誘っただけで、「好きです」とは言っていなくても。
 告白よりは軽めの言葉で、相手を誘い出してはいても。
 相手が気に入ってくれなかったら、喫茶店に来てはくれないから。
 二人でコーヒーを飲みに行くのが、最初のデートと言えるのだから。


(そうしてみると、告白ってのは…)
 大人だと出番が少なめなのか、という気もする。
 何度もデートをしている仲だと、改めて「好きです」と告白したなら…。
(…プロポーズと同じくらいに、だ…)
 重みを持って来る告白。
 「今よりも、もっと深いお付き合い」、それをしたいという意味だから。
 場合によっては、それがそのまま、プロポーズにもなることだろう。
 「あなたが好きです。ずっと一緒にいて下さい」と言ったなら。
 婚約指輪は持っていなくても、プロポーズするのと全く同じ。
 相手が頷いてくれた時には、次のデートは…。
(二人で宝石店に出掛けて、婚約指輪を選ぶってことに…)
 なるだろうしな、と容易に想像がつく。
 婚約指輪を用意しておくのもお洒落だけれども、選びたい女性だっている。
 自分の好みのデザインだとか、使いたい宝石がある女性。
(そのタイプだ、って分かっていたなら、指輪を贈ってプロポーズより…)
 まずプロポーズで、それから指輪。
 そうすることが出来るかどうかは、告白で決まる。
 デートの最中に切り出して。
 「好きです、一緒にいて下さい」と、一世一代の告白で。
(……うんと重いな、この告白は……)
 軽めじゃないな、と思うものだから、大人だと出番が少ない告白。
 子供のようにはいかない言葉で、当たって砕けたら大惨事。
 だからやっぱり、告白向けの時間というのは、若い間のものだろう。
 好きなら素直に思いをぶつけて、応えて貰えたら儲けもの。
 幼稚園の園庭でデートするとか、もっと大きい子供なら…。
(一緒にショッピングモールに出掛けて、遊んで…)
 買い物に、ちょっとした食事。
 そんな「お付き合い」が似合いの間は、プロポーズよりも軽めの告白。
 急いで伴侶を選ばなくても、まだまだ先は長いから。
 何度告白して、何度されても、好きな人が何度も変わって行っても。


 そう考えると面白いな、と思ったけれど。
 「俺だって、学生だった頃には…」と、懐かしく思い出したのだけれど。
(……ありゃ?)
 告白ってヤツはしていないんだ、と気が付いた。
 される方は、何度もあったのに。
 柔道と水泳の選手だった頃は、とてもモテたから。
 ファンの女性が大勢いたし、差し入れにも不自由しなかった時代。
(好きです、付き合って貰えませんか、って…)
 言われることは珍しくなくて、手作りのプレゼントを渡されたことも。
 相手の女性は「当たって砕けろ」、そういう気持ちだっただろう。
 なんと言っても「ハーレイ選手」は、「彼女」を持っていなかったから。
 決まった女性がいないというなら、チャンスは誰にも平等にある。
 告白をして、見事に心を掴んだならば…。
(…憧れの選手の彼女になれて…)
 運が良ければ、ずっと付き合って、結婚だって出来るかも。
 「ハーレイ選手」がどんなにモテても、捨てられないよう、努力したなら。
 他の女性に盗られないよう、自分を磨き続けたならば。
(……あわよくば、と……)
 告白して来た女性は多かったけれど、その逆は一度も無かった自分。
 どんな女性にも、心を惹かれはしなかった。
 美女も、とびきり可愛い女性も、ファンの中にはいたというのに。
 タイプで言うなら「マメなタイプ」も、「華やかなお姫様」だって。
 けれど誰にも、少しも靡きはしなかった自分。
 どうしたわけだか、ただの一度も。
 告白をされた時の返事も、いつもお決まりの断りの言葉。
 その時々で変わったけれども、「今はスポーツに打ち込みたい」とか。
 「練習時間がとても惜しいから、付き合う時間が取れないんだ」とか。
 女性たちはガッカリしたのだけれども、笑顔で応援してくれた。
 「これからも勝って下さいね」と。


(今から思うと、あれはブルーがいたからで…)
 いつか巡り会う人を想って、自分は待っていたのだろう。
 誰にも告白したりしないで、愛おしい人が現れるのを。
 前の生から愛し続けた、ブルーが帰って来る時を。
(……ということは、告白するなら……)
 相手はブルーで、まだ十四歳にしかならない子供。
 もっと大きく育つ時まで、告白は待つべきだろう。
(チビのくせして、一人前の恋人気取りでいるんだし…)
 下手に「好きだ」と言おうものなら、調子に乗るのに決まっている。
 禁止している唇へのキスを貰おうとしたり、キスのその先を強請って来たり、と。
(……迂闊なことは出来ないからな……)
 告白がそのままプロポーズだな、と未来の自分を想像する。
 愛するブルーに指輪を贈って、「ずっと一緒にいて欲しい」とプロポーズ。
 返事はとっくに分かっているのに、それでもドキドキすることだろう。
 断わられはしないと分かっていたって、心臓がバクバク脈打って。
(……なんたって、一世一代の……)
 ただ一度きりの告白なんだ、と笑みを浮かべる。
 若人たちがしている軽めの告白、それとは重さが違っても。
 告白がそのまま、プロポーズの意味を持っていたって。
(……告白するなら、とびきりの場所で……)
 最高の返事を聞きたいものだ、と未来への夢が広がってゆく。
 前の生では恋を隠し続けて、そのまま終わってしまったから。
 「地球に着いたら」と二人で夢見た結婚、それは叶わなかったから。
 だから今度は、この地球の上で、永遠の愛を誓い合いたい。
 そうするためには、まずは告白する所から。
 ただ一人きりの愛おしい人に、心からの愛と想いをこめて…。

 

             告白するなら・了


※告白という言葉について、考え始めたハーレイ先生。最初は、ほんの軽い気持ちで。
 考える内に気付いたことが、告白を一度もしていないこと。告白は、いつかブルー君に…v











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「ねえ、ハーレイ。別れ話って…」
 どう切り出したらいいのかな、とブルーが言い出したこと。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「別れ話だと?」
 なんだそれは、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
 普通に「別れ話」と言ったら、恋人同士の仲が壊れそうな時。
 愛想を尽かした方の片割れ、それが相手を捕まえて「する」。
 もうお互いに限界だから、別れようと。
 二人の仲はこれでおしまい、会うのも今日で最後にしようと。
(しかしだな…)
 どうしてブルーが気にするんだ、と其処が解せない。
 切り出し方を尋ねるなどとは、穏やかではないものだから…。


(……学校の友達の話なのか?)
 誰か悩んでいるのだろうか、と頭に浮かんだブルーのクラス。
 それともクラスは別だけれども、幼馴染の誰かだとか。
(…そうかもしれんが、それにしたって…)
 別れ話には早すぎないか、と思うブルーの年齢。
 十四歳にしかならないのだから、恋にも別れ話にも早い。
(今じゃ人間は全員ミュウだし、寿命も長いし…)
 恋をするのも、のんびり、ゆっくり。
 初恋が芽生えるのは上の学校、それが今では標準コース。
(とはいえ、こいつの例もあるしな…)
 一人前の恋人気取りのチビと言えば…、とブルーを眺めた。
 前の生の記憶を継いだとはいえ、恋をしているのは事実。
 そうなってくると、例外だって無いとは言えない。
 ブルーと同い年で恋をした末に、別れ話な友達だって。


(…そいつを見かねて、俺に相談したってか?)
 有り得るな、と納得したから、改めてブルーに問い掛けた。
「別れ話とは穏やかじゃないが、何がしたいんだ?」
「んーとね…。上手な切り出し方とか、あるのかな、って」
 ハーレイだったら詳しそうだし、とブルーが傾げた首。
 「今のハーレイも、前のハーレイもね」と。
「はあ? 今はともかく、前の俺って…」
 どうしてそういうことになるんだ、とポカンとした。
 キャプテン・ハーレイだった時代に、別れ話の相談などは…。
「船の仲間のトラブル解決、前のハーレイの役目でしょ?」
 別れ話も管轄だと思う、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
 「だから訊くけど、どういう風に切り出すものなの?」と。
「うーむ…。そう言われれば、そうだったかもなあ…」
 相談に乗ったこともあったか、と時の彼方を思い出す。
 船には恋人たちも多くて、恋人同士の諍いだって。
 今の自分も、別れ話の相談を受けたことはあるから…。


「相手のプライドを傷付けないよう、注意することかな」
 そこが大事だ、と小さなブルーに教えてやった。
 相手も同じ人間なのだし、思いやりを忘れないように、と。
 そうしたら…。
「ありがとう! じゃあ、次にキスを断られるまでに…」
 思いやりのある言葉を考えておくね、と微笑んだブルー。
 「キスをくれないなら、別れてやるから」と。
「なんだ、お前の話だったか。なら、別れるか」
 次でなくても、今日でもいいが、と返したらブルーは大慌て。
 「酷いよ、別れてもいいの?」と。
 脅しをかけてやったつもりが、アテが外れて。
 別れ話に発展しそうで、繋ぎ止めないと大変だから。
(……面白いから、苛めてやるか)
 ニヤニヤしながらブルーを見詰めて、ゆったり頷く。
 「俺なら、別に別れてもいいぞ」と、「お別れだな」と…。




          別れ話って・了









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