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(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 残念だよね、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…色々、話したかったのに…)
 夕食も一緒に食べたかった、と残念な気持ちは膨らむばかり。
 特に話したいことというのは、無かったのに。
 夕食のメニューもごくごく普通で、前の生には繋がらないもの。
 それでも「会いたかった」と思う。
 学校では、顔を合わせたのに。
 ハーレイの古典の授業もあったし、廊下で少し立ち話だって出来たのに。
(……ぼくって、欲張り……)
 だけど仕方が無いんだよね、と自分の我儘な心に言い訳。
 今はともかく前の生では、会えない日などは無かったから。
 恋人同士になってから後は、文字通り「無かった」とも言える。
 「ソルジャーとキャプテンの朝食」は毎日のことで、夜の報告もキャプテンの任務。
 よほど忙しくならない限りは、一日に二度は、顔を見られた。
 その上、仕事で忙しくなるのは、ハーレイばかり。
 ソルジャーは多忙になりはしないし、ハーレイが来るのが遅くなった夜は…。
(サイオンで様子を探ったりして…)
 頃合いを見ては、思念で語り掛けてもいた。
 「まだ終わらない?」だとか、「終わったら、厨房で夜食を頼むよ」だとか。
 そうやって部屋で待った割には、眠っていたりもしたけれど。
 青の間や、キャプテンの部屋で待つ内に、睡魔に捕まって。
(…ふと目が覚めたら、ハーレイがぼくの隣で寝てて…)
 温もりに包まれて、上掛けも二人で使っていたもの。
 ハーレイがきちんと掛けてくれていて、夜着も着せ替えてくれていて。


(あーあ……)
 ホントに残念、と今の自分の境遇が辛い。
 せっかくハーレイと、青い地球の上に生まれて来たのに…。
(家は別々、おまけに離れているんだよ…)
 お隣だったら良かったのに、と眺めるカーテンを閉ざした窓。
 それの向こうは庭を挟んで、ハーレイとは違う隣人の家。
 ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、夜中に訪ねてゆくには遠い。
(夜中でなくても、バスに乗らなきゃ…)
 行けはしなくて、おまけに自分がチビの間は…。
(……出入り禁止になっちゃった……)
 だから行けない、と尽きない悔しさ。
 前の生では、会えない日などは無かったのに。
 それに自分がその気になったら、瞬間移動で一瞬の内に…。
(…ハーレイの所に行けたんだよ)
 通路で一人の時なんかにね、と思い出しては、悲しくなる。
 どうして今では、こうなのだろうと。
 同じ地球の上に暮らしているのに、同じ町に家があるというのに。
(……神様の意地悪……)
 感謝してるけど、ちょっぴり意地悪、と神様を恨みたくもなる。
 こんな風にハーレイが来なかった日には、少しだけ。
 「もっと会わせてくれてもいいのに」と、「会いたかったよ」と。
 なにしろ前の自分といったら、前のハーレイとは「会えて当然」だったから。
 どんなにハーレイが忙しかろうと、会えずに終わった日などは無い。
 ソルジャーとキャプテンが「会えない」ほどでは、船の命運も尽きるというもの。
 そこまで余裕を失った船は、とても地球には辿り着けない。
 皆の心が一つでなければ、遠い地球など目指せはしない。
 そうするためには、必要になるのが心の余裕。
 ソルジャーとキャプテンがそれを失くせば、シャングリラは宇宙の藻屑と消える。
 船の頂点に立った二人が、心の余裕を失ったならば。


 けれど今では、どうだろう。
 ハーレイは一介の古典の教師で、自分の方はチビの教え子。
 たったそれだけ、重要人物などではない。
 会えなくても誰も困りはしなくて、世界が滅びるわけでもない。
(…神様が、ちょっぴり意地悪しても…)
 ぼくがガッカリするだけなんだよ、と肩を落とした。
 ハーレイが家に来てくれなかった日は、こんな具合に溜息だけれど、ハーレイの方は…。
(何か用事があるってことだし、ぼくみたいには…)
 残念がってはいないかもね、と想像してみる。
 他の先生たちと食事に行ったか、あるいは家で気ままに夕食。
 「今日の会議は長引いたよな」と、帰る途中で、買い物でもして。
 食べたくなった料理を作って、一人でゆったり食卓に着いて。
(……食事が済んだら、コーヒーを淹れて……)
 うんとリラックスしてるんだよ、と「そう出来る」ハーレイが羨ましい。
 自分みたいに溜息を零す代わりに、寛ぎの時を持てるハーレイが。
 「やっぱり大人は違うんだよね」と、「忘れられている」チビの自分が悲しい。
 立派な大人のハーレイの場合、そうすることが出来るから。
 チビの自分と過ごさなくても、時間の楽しみ方は色々。
 出掛ける先もうんと多いし、愛車でドライブにも行ける。
 思い立ったら、帰り道でもハンドルを切って。
 「少しドライブして帰るかな」と、行きたい方へと進路を変えて。
 白いシャングリラの頃と違って、今のハーレイは自由だから。
 自分の行きたい所へ向かって、車を走らせられるから。


(……いいな……)
 ハーレイ、ホントに羨ましいな、とドライブする姿が目に浮かぶよう。
 前のハーレイのマントと同じ色をした、お気に入りの車。
 もしかしたら「シャングリラ、発進!」と、ハンドルを切るのだろうか。
 「ドライブに行くぞ」と決めた時には。
 いつもの帰り道を離れて、何処かへ走ってゆく時には。
(…今のハーレイの、シャングリラだしね)
 空は飛べない車だけれど…、と考えた所で、ハタと気付いた。
 前のハーレイは、白いシャングリラで、どう生きたのか。
 どうして今のハーレイの車は、「白くない」のか。
(……前のぼくが、いなくなっちゃったから……)
 前のハーレイは、ただ一人きりで、白いシャングリラに残された。
 ミュウの仲間が何人いようと、何処にもいなくなった恋人。
 しかも、その人の最後の望みは、シャングリラを地球まで運んでゆくこと。
 ソルジャーを継いだジョミーを支えて、座標も分からなかった星へと。
 人類との戦いを無事に切り抜け、地球を探して辿り着くこと。
 それが、ハーレイに課せられた使命。
 「何処までも共に」と誓い合った人が、いなくなっても。
 愛おしい人を失ってもなお、ハーレイは生きねばならなかった。
 とうに魂は死んでしまって、生ける屍のようになっても。
 「そうなってしまった」ことを隠して、キャプテンとして毅然と立って。
(…ハーレイは、それを魂の何処かで覚えていて…)
 白い車を選ばなかった。
 「好きな色だが、選べなかったな」と話した今のハーレイ。
 そして濃い緑色の車を選んだ。
 若いハーレイには地味すぎる色の、前のハーレイのマントの色を。
 「この色がいいと思ったんだ」と、友人たちに「渋すぎる」と言われた車を。


 次に車を買い替える時は「白にしよう」と、ハーレイは言った。
 「お前と一緒に乗ってゆくなら、白がいいんだ」と。
 「今度の俺たちのシャングリラだから、やっぱり白がいいだろう?」とも。
(……前のハーレイは、ぼくを失くして……)
 それでも、たった一人で生きた。
 生まれ変わってさえ、白い車を選べないほどの、深い傷を心に刻んだままで。
 何処を捜してもいない恋人、その面影を忘れられないままで。
(…もしも、ぼくなら…)
 どうなるだろう、とゾクリと凍えた背筋。
 逆に、自分が失くしたら。
 誰よりも愛おしい大切な人を、今のハーレイを失ったならば。
(……そんなの、絶対……)
 耐えられやしない、と心臓を氷の手で掴まれたよう。
 今日のように「来てくれなかった」だけでも、溜息が零れてしまうのに。
 「神様の意地悪」と、ちょっぴり思ってしまうのに。
(…ハーレイが転勤になっちゃったりして…)
 自分の学校を離れるだけでも、物凄く辛いことだろう。
 まだ転勤して来たばかりだから、その心配は無いけれど。
 仮に転勤するにしたって、同じ町の中の別の学校、其処へ移るだけで…。
(今の家から通勤出来るし、引っ越したりはしないんだけど…)
 ハーレイが教師でなかった場合は、遠い所へ転勤する可能性もある。
 地球の離れた地域どころか、他の星へと。
 ソル太陽系の中では済まずに、ワープが必須の星系などへも。
 そうなってしまえば、今のようには会えなくなる。
 ハーレイが休暇を貰った時とか、仕事で地球に来た時にしか…。
(会えなくなってしまうよね?)
 そんなの嫌だ、と首を横に振る。
 「ハーレイに会えなくなっちゃうなんて」と、「ぼくには無理」と。


 きっと毎日、涙に暮れることになる。
 今のハーレイに会えなくなったら、ただ「転勤」というだけのことでも。
(……転勤だけでも、そうなんだから……)
 ハーレイがいなくなったなら、と恐ろしさで血が凍りそうになる。
 前のハーレイがそうだったように、今の自分が、愛おしい人を失くしたら。
 考えたくもない事故か何かで、ハーレイを失ってしまったならば…。
(一日だって、生きていけない…)
 たとえハーレイが望んでいたって、生きてゆくことなど、とても出来ない。
 前のハーレイのように、生きられはしない。
 愛おしい人を、失ったならば。
 生まれ変わっても、また巡り会えた人が、この世から消えてしまったら。
(……絶対、ぼくには耐えられやしない……)
 前のハーレイには悪いんだけど…、と小さく肩を震わせる。
 ハーレイが味わった辛い思いに耐えられるほどに、今の自分は強くないから。
 ソルジャー・ブルーだった頃であっても、無理だったように思えるから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
 耐えられないから、一緒に行くよ、とキュッと右手を握り締めた。
 前の生の終わりに凍えた右手を、今度は凍えないように。
 ハーレイの命が終わる時には、一緒に心臓が止まるように、と。
 今度は、そういう約束だから。
 そう出来るように二人の心を結んで、何処までも一緒に行くのだから…。

 

            失ったならば・了


※ハーレイ先生を失ったならば、生きてゆけそうもないブルー君。たった一日だけでも無理。
 前のハーレイには「そうさせた」くせに、自分にはとても出来ないのです。何処までも一緒v










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(あいつと地球に来ちまったんだよなあ……)
 信じられないことなんだがな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
 今の自分が住んでいるのは、青い星、地球。
 当たり前のように生まれ育ったけれども、前の生では違っていた。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれていた頃。
 青い水の星は憧れの星で、ミュウたちの約束の場所でもあった。
 「いつの日か必ず、青い地球へ」と。
 けれど、戦いの末に辿り着いてみれば、全く青くなかった地球。
 その上、奪い去られた代償、多くの命が失われた。
 アルタミラからの長い歳月、ミュウを導いた「ソルジャー・ブルー」までも。
(…前の俺は、全てを失くしちまって…)
 生きる気力も失くしていたのに、行かねばならなかった地球。
 そうすることがブルーの望みで、「追ってゆくこと」は許されなかった。
 ブルーの寿命が尽きてしまうと分かった時には、共に逝くのだと誓ったのに。
 何があろうと離れはしないし、何処までも二人、一緒にゆこうと。
(……それなのに、逝ってしまいやがった……)
 俺を残して、と今でも胸がチリリと痛む。
 ブルーは帰って来たのだけれども、こんな風に思い出した夜には。
 メギドに向かって飛んで行ったきり、戻らなかった恋人を想う時には。
(…あいつは、確かに生きてるんだが…)
 この地球の上にいるんだがな、と苦笑した。
 今でも自分がこの調子だから、小さなブルーも気付いている。
 「ソルジャー・ブルー」の面影が今も、「恋人の中で生きている」ことに。
 十四歳にしかならないブルーと、前のブルーは見た目が違うものだから。
(それで嫉妬して、怒るんだ)
 鏡に映った自分にな、と可笑しくなる。
 まるで小さな子猫みたいだと、銀色の毛皮の子猫なのだ、と。


 コーヒーのカップを傾けながら、クックッと肩を揺らして笑った。
 「チビのくせに」と、「嫉妬するのだけは、一人前だ」と。
 今のブルーはまだ子供だから、唇へのキスは許していない。
 お蔭で、更にブルーは嫉妬する。
 「前のぼくなら」と、「ソルジャー・ブルー」だった頃を妬んで。
 ソルジャー・ブルーは自分だったのに、赤の他人であるかのように。
(まあ、こうやって笑えるのも、だ……)
 あいつと地球に来られたからだな、と心で神に感謝した。
 見えない神の粋な計らい、「青い地球の上に二人で生まれ変わって来る」こと。
 ブルーも自分も、長い長い時を一瞬で越えて、青く蘇った地球に生まれた。
 すっかり平和になった時代に、ごく平凡な人間として。
 今度はソルジャーでもキャプテンでもなく、穏やかに生きてゆける人生。
(……いいもんだよなあ……)
 前と違ってスリルは無いが、と考えてみる。
 今だからこそ「スリル」だと言える、緊張の連続だった日々。
 燃えるアルタミラから脱出した後、暗い宇宙を長く旅した。
 飢えて死ぬかと思った時やら、人類軍に見付からないよう、息を殺していた時やら。
 白いシャングリラが出来た後には、平和な時が流れたけれども…。
(それでも、仲間を助け出すために…)
 前のブルーも、前の自分も、常に何処かで気を張っていた。
 二人きりで過ごした甘い時間も、意識の底には、常に緊張があったろう。
 「そういうものだ」と思っていたから、全く自覚が無かっただけで。
 今の自分が同じ立場に立たされたならば、じきに参るに違いない。
(…前の俺は、とても強かったんだな)
 身体が頑丈だったというだけじゃなく…、と感心する。
 心も今より遥かに強くて、打たれ強かったに違いないぞ、と。


(……うん、そうだな……)
 確かにそうだ、と気付かされたのが、前の自分の「心の強さ」。
 前のブルーを失った後も、前の自分は懸命に生きた。
 ブルーがそれを望んだから。
 「頼んだよ、ハーレイ」と後を託して、メギドへと飛んで行ったから。
 どんなにブルーを追ってゆきたくても、そうすることは許されない。
 約束の場所へ辿り着くまで、白いシャングリラを地球へ運んでゆくまでは。
(…そうは言われても…)
 今の自分なら、どうなったろうか。
 生ける屍のように成り果ててもなお、地球への道を歩めただろうか。
(……そいつは、ちょっと……)
 勘弁願いたいというもんだ、と肩を竦める。
 いつ終わるともしれない旅路を、「ブルー無しで」歩んでゆくなんて。
 「何処までも共に」と誓った愛おしい人を、失っても生きねばならないなんて。
 しかも大勢の命を背負って、進んでゆかねばならない旅。
 本当に「生ける屍」だったら、とても務まらなかった立場。
(…俺の心は死んでいたって…)
 身体はキビキビと動き続けて、それと一緒に、精神も働き続けていた。
 ブルーを失くして「死んでしまった」心を隠して、それまでの自分と同じように。
 白いシャングリラを預かるキャプテン、皆が頼りにする者として。
(……俺には出来んな……)
 とても無理だ、と考えただけでも恐ろしい。
 今の自分が、もしもブルーを失ったなら…。
(…泣き喚くどころじゃ済まないぞ)
 ショックで心臓が止まるかもな、という気さえする。
 前の自分は、その衝撃を乗り越えたのに。
 「ブルーが死ぬ」と知っていてなお、去り行く背中を見送れたのに。


 今の自分は「持っていない」と、ハッキリと分かる、前の自分が持っていた強さ。
 愛おしい人を失った後も、使命感だけで生きてゆく力。
(……とても無理だな)
 あいつのいない人生なんて、と足元が崩れ落ちてゆくよう。
 ぽっかりと空いた大きな穴へと、今の自分は飲み込まれて消えてゆくのだろう。
 今のブルーを、失ったなら。
 ある日突然、小さなブルーがいなくなったら。
(…そんなこと、起こりやしないんだが…)
 今は平和な時代だしな、と思うけれども、それでも事故というものはある。
 前の自分が生きた頃より、技術は遥かに進歩したけれど。
(……宇宙船の事故は、数えるほどで……)
 滅多に起こりはしないものだし、起きた場合も、殆どの者は生還している。
 よほど不幸な事故でなければ、命を失くしはしないけれども…。
(…今のあいつは、サイオンを上手く扱えなくて…)
 タイプ・ブルーとは名ばかりだから、生存率は下がるだろう。
 普通なら張れるサイオン・シールド、それを張ることが出来ないから。
 突然の事故で宇宙に投げ出されたなら、今のブルーは死ぬしかない。
 運よく周りに誰かいたなら、そのシールドに入れるけれど…。
(一瞬が命取りだしなあ…)
 宇宙って場所は、と前の自分も、今の自分も、よく知っている。
 「シールドを張れない人間がいる」と気付いて貰えるまでの間の、ほんの数秒。
 それだけあったら、宇宙はブルーの命を奪う。
 真空の空間で、窒息させて。
 絶対零度の世界で凍らせ、小さな身体を圧し潰して。
(……本当に、そうなっちまうんだ……)
 今のブルーが、宇宙船の事故に遭ったなら。
 救命艇へと乗り移る前に、船が砕けてしまったならば。
 そうなったならば、今の自分はブルーを失くす。
 戻って来てくれた愛おしい人を、前の自分がそうだったように、奪い去られて。


(……もしも、あいつを失ったなら……)
 きっと生きてはゆけないだろう。
 前と違って、そこまで自分は強くはない。
 それにブルーを失ってもなお、生きねばならない意味だって、無い。
(…俺が突然、いなくなっても…)
 困るようなヤツは誰もいないな、と断言できる。
 悲しむ者は大勢いたって、「生きてゆけなくなる」者はいない。
 白いシャングリラを預かるキャプテンだった頃は、皆の命を支えたけれど。
 キャプテンの自分の判断一つで、船の仲間の生死が左右されるから。
 けれど今では、誰の命も…。
(預けられてはいないんだ)
 ただの古典の教師なのだし、単なる社会の一員なだけ。
 ブルーを失い、ショックで死んでしまったとしても、世界は変わらず回ってゆく。
 教師の職は誰かが引き継ぎ、柔道部の顧問も、誰かが引き継ぐ。
 嘆き悲しむ人の心も、その内に時が癒してくれる。
(…死んじまっても、いいってことだな)
 今の俺なら、とフワリと軽くなる心。
 ブルーを失うことがあっても、前ほど辛くないのだ、と。
 失った時は、ブルーを追ってゆけばいい。
 ショックで心臓が止まらなくても、自分の好きな方法で。
 誰も「生きろ」と命じはしないし、今のブルーも…。
(…今度は、俺を止めやしないさ)
 それどころか、待っているんだろうな、と浮かんだ笑み。
 幸せに育った今のブルーは、そうだろうから。
 一人きりでは寂しすぎるから、「ハーレイも来て」と言うだろうから。
(…そんな心配、要らないんだが…)
 万一の時には、追って行くか、と傾けるコーヒーのカップ。
 もしもブルーを、失ったら。
 不幸な事故が起きてしまって、今のブルーを失くしたならば…。

 

          失ったなら・了


※もしもブルーを失ったなら…、と考えてみたハーレイ先生。ショックで止まりそうな心臓。
 けれど今度は、ブルーを追っても許されるのです。前ほど心が強くなくても大丈夫v












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「ねえ、ハーレイ。ちょっと聞きたいんだけど…」
 かまわないかな? と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
 お茶のセットが乗ったテーブルを挟んで、向かい合わせで。
(来た、来た、来た…)
 またまたロクでもないヤツだ、とハーレイが心でついた溜息。
 こういった時のブルーの質問、それは大抵、厄介なもの。
 ウッカリ答えを返したばかりに、何回、肩を落としたことか。
 「俺としたことが、また引っ掛かった」と。
 「こんなことだと思っていたのに、やっちまった」と。
 そうは思っても、聞き流すことも出来ないから…。


「ほう…。質問というのは、授業のことか?」
 あえて方向を逸らしたけれども、ブルーは首を左右に振った。
「そうじゃなくって、ハーレイのことだよ」
「なるほどな。そういうことなら、中身による」
 真っ当なものなら答えてやろう、と言ったら膨れたブルー。
 「ハーレイのケチ!」と、頬っぺたをプウッと。
「中身によるって、それって、ケチだし!」
「俺は何度も懲りているんだぞ、選択をする権利がある」
 くだらん質問には答えられない、とハーレイは腕組みをした。
 「真面目なことなら、いくらでも返事をしてやろう」と。
 「答える価値がある質問なら、言ってみろ」と。


「それじゃ聞くけど、ハーレイ、おねだりをどう思う?」
 小さな子供がよくやっているヤツ、と投げ掛けられた問い。
 「お店の前とかで見かけるでしょ?」と。
「はあ?」
「おねだりだってば、ああいう子供は許せない?」
 叱りたくなる方なのかな、とブルーは興味津々な様子。
 「ハーレイは気が短い方かな」と、「叱っちゃう?」と。
「ああ、アレか…。俺は、どちらかと言えばだな…」
 微笑ましく見守っちまう方かな、と笑みを浮かべた。
 褒められたものではないのだけれども、子供らしい我儘。
 素直に気持ちをぶつけているのも、愛らしいから。
 たとえ手足をバタバタとさせて、道にひっくり返っていても。


 可愛いと思う、子供の「おねだり」。
 幼い間は、我儘だって、言うべきだろうというのが信条。
 自分を殺した「いい子」なんぞより、断然、悪ガキがいい。
 だから我儘を言っても許すし、おねだりだって暖かく見守る。
 おねだりする子の両親だって、さほど困ってはいないから。
 「みっともないぞ」と叱っていたって、我が子は愛しい。
 道でバタバタ暴れていようと、大泣きをして叫ぼうと。


 そう思うから、ブルーに「俺は許すな」と笑顔で答えた。
 「ああいう姿も可愛いもんだ」と、「元気でいい」と。
 そうしたら…。
「それなら、ぼくもおねだりしていい?」
 許せるんなら、とブルーの瞳が輝いた。
 「ぼくも我儘を言っていいでしょ」と、「子供だから」と。
「なんだって?」
「だから、キスして! ぼくの唇に!」
 おねだりしちゃう、とブルーは嬉しそうだけれども…。
「馬鹿野郎!」
 小さな子供と言った筈だぞ、とブルーの頭に落とした拳。
 「お前は小さくないだろうが」と。
 「キスをするには小さすぎるだけで、充分、デカイ」と…。




        おねだりされたら・了








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(前のぼく、最初のミュウだったんだよね…)
 しかも最強のタイプ・ブルー、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(今の時代は、人間は、みんなミュウなんだけど…)
 あの頃は違っていたんだよ、と前の生へと思いを馳せる。
 機械が人間を統治していた世界。
 滅びゆく地球を蘇らせるためだけに、人間を生かしていた時代。
 SD体制が目指したものは、ただ一つ、地球の再生だけ。
 人間は全て、そのための道具。
 血の繋がった家族さえをも奪い去られて、機械に都合よく育て上げられた。
 人工子宮から生まれた後には、養父母の許で十四歳まで。
 十四歳の誕生日を迎えたら、養父母の手からは引き離された。
 適性に応じて、様々な種類の教育ステーションへと、送り出すために。
 其処で専門の知識を覚えて、あちこちの星へ散ってゆく。
 一般市民も、軍人なども、機械は「そうして」育てていた。
 誰も「疑問を抱かないように」。
 機械に統治されることにも、人間よりも地球が優先されることにも。
(だから、十四歳になったら……)
 施されていた記憶処理。
 「成人検査」と言えば聞こえはいいのだけれども、実際は記憶を書き換えること。
 養父母の許で過ごした期間の、色々なことを。
 「機械が治める世界」には不向きな、温かな子供時代の思い出。
 ヒトがヒトらしく生きてゆくには、それは欠かせないものなのに。
 養父母は「養育係」ではなくて、血の繋がりは無くても「家族」だったのに。
(……だけど、SD体制の時代には……)
 家族の情など、不要のもの。
 持っていたなら、足を引っ張るかもしれないのだから。


 そういう理由で行われていた、記憶の消去。
 前の自分は「何も知らずに」、成人検査を受けに出掛けた。
 記憶は失くしてしまったけれども、その辺りだけは覚えている。
 自分の他にも、同じ年頃の少年や少女が集められた施設。
 検査服のようなものを着せられ、椅子に腰掛けて順番を待った。
 やがて現れた、何処から見たって看護師な女性。
 「あなたの番よ」と声を掛けられ、素直に後ろについて行った自分。
(……あの頃の成人検査は、ホントに検査で……)
 後の時代の、ジョミーたちとは違っていた。
 恐らく「検査」だと、印象づけるためだったろう。
 医療検査用の機械が待ち受けていて、その上に大人しく横たわって…。
(…検査なんだと思ってたのに…)
 機械の内部に送り込まれたら、いきなり告げられた「記憶を消す」こと。
 今日まで大切に育み続けた、自分が生きて来た証を。
(……忘れろだなんて言われても……)
 そんなこと、出来る筈もない。
 忘れたくないから、「嫌だ」と叫んだ。
 記憶を消そうとしてくる機械に、精一杯に反抗して。
(…そしたら、機械が壊れてしまって…)
 自分でも全く分からなかった、「いったい何が起きたのか」。
 木っ端微塵に砕けた機械は、欠片になって宙を漂っていた。
 機械の側には「殺さないで」と、震え、怯えて叫び続ける看護師の姿。
(…本当に、ぼくがやったんだろうか、って…)
 呆然と両手を眺める間に、銃を持った男たちが駆け付けて来た。
 問答無用で発砲されて、気を失ってしまった自分。
(……撃たれて死んだと思ったのに……)
 目を開けた時は、既に地獄の住人だった。
 「人間ではないモノ」と判断されて、檻のような場所に押し込められて。
 人類には脅威でしかない化物、そういった風に決め付けられて。


(機械を壊した時に、サイオンが目覚めたんだけど…)
 どうしたわけだか、同時に色素を失った。
 金色だった髪は銀色に変わり、水色だった瞳は、血の色の赤に。
(……あんな変化を起こしたミュウは、前のぼくだけ……)
 他には一人も出て来なかったし、タイプ・ブルーも現れなかった。
 「タイプ・ブルー・オリジン」と呼ばれてはいても、タイプ・ブルーは一人だけ。
 人間たちは、続々と現れ始めたミュウを恐れていたけれど…。
(…ミュウそのものは、SD体制が始まるよりも前に…)
 既に存在していたという。
 SD体制が崩壊した日に、キースがそれを発表するまで、誰も知らずにいたのだけれど。
(…ずっと昔にも、ミュウは生まれていたんだよ…)
 人工子宮などを作った、SD体制の前の時代の研究者たち。
 彼らはミュウの因子に気付いて、それをどうするべきかで迷った。
 新しい時代を担うべき者か、抹殺すべき者なのかと。
(答えは出なくて、後は歴史に任せることに…)
 ミュウが進化の必然だったら、たとえ端から抹殺しようと、生き延びる筈。
 それで機械に与えた指示。
 「生まれて来たミュウは、処分していい。しかし、因子を消してはならない」と。
 機械は彼らの命に従い、実験体以外のミュウを殺した。
 実験体にされたミュウたちも、過酷な実験に耐えかねて死んでいったけれども…。
(…前のぼくが、生まれるよりも前にも…)
 ミュウは生まれていたのでは、と「真実」を知る今だから思う。
 成人検査に抗わなければ、攻撃力のあるミュウでなければ…。
(……マツカみたいに、検査をパスして……)
 人類の中で生きてゆけたのだろう。
 「自分は、少し変なのでは」と思いはしても。
 普通の人間と何処か違うと、奇妙な力に気付きはしても。


(…前のぼくが、危険すぎたから…)
 人類は「ミュウ」を抹殺するべく、成人検査を厳重にした。
 そして多くのミュウが見付かり、ついにはアルタミラを星ごと破壊したけれど…。
(……前のぼくが、ミュウでなかったら?)
 ごくごく普通の人間だったら、歴史は変わっていたかもしれない。
 いずれはミュウの時代になるのだけれども、それまでに通ってゆく道が。
 アルタミラの惨劇は起こることなく、まるで全く違った流れ。
(…ちょっと想像も出来ないけれど…)
 その可能性もあったんだよね、と赤い瞳を瞬かせる。
 前の自分が「ミュウでなければ」、多分、歴史は変わったろうから。
(……ただの「ブルー」って名前の子供……)
 養父母に愛され、可愛がられていたのだろう「ブルー」。
 だからこそ記憶を失くしたくなくて、成人検査に抗おうとした。
 サイオンを目覚めさせてまで。
 身体をアルビノに変化させてまで、成人検査の機械を破壊して。
(でも、前のぼくがミュウでなかったら…)
 逆らっても機械を壊せはしなくて、記憶は奪い去られただろう。
 そうなっていたら、成人検査をパスした後は…。
(機械に書き換えられた記憶を、本物なんだと思い込んで…)
 少しも疑いさえもしないで、システムに馴染んでいったと思う。
 教育ステーションで学ぶ間に、地球を蘇らせるためにと、忠誠心を培って。
 機械に従うことを覚えて、それが当然なのだと信じて。
(そしたら、前のぼくは…)
 とても平凡な生を送って、穏やかに死んでいったのだろうか。
 社会の中での務めを果たして、満足して。
 もしかしたら一般人のコースに進んで、結婚して、子供を何人か育てて。
(…そうだったかもね?)
 その方が平和だったのかもね、と考えないでもない。
 前の自分がミュウでなかったら、歴史は変わっていただろうから。


 「タイプ・ブルー・オリジン」が、もしも生まれなかったなら。
 ただの「ブルー」のままで終わって、ミュウにはならなかったなら…。
(…アルタミラは、壊されたりはしなくて…)
 大勢のミュウが命拾いをしたかもしれない。
 ミュウだと知られず、成人検査をパスしていって。
 研究施設で命を落とした大勢のミュウも、メギドの炎に殺されたミュウも。
(……その方が、良かったのかもね……)
 みんなのためには、と落ち込んでゆく気持ち。
 前の自分がミュウだったばかりに、死へと続く道を歩む羽目に陥った、他のミュウたち。
 彼らには何の罪も無いのに、「危険な生き物」と判断されて。
 「タイプ・ブルー・オリジン」が危険すぎたばかりに、恐れられて。
(…前のぼくが、ミュウでなかったら…)
 いったい何人が助かっただろう、と涙が零れそうになる。
 「その方が、きっと良かったんだよ」と、戻れない過去を思い返して。
 今更、どうにもならないことでも、自分が悪いように思えて。
(……前のハーレイたちだって……)
 あんな酷い目に遭わなくて済んだ筈なんだよ、と噛み締める唇。
 きっと成人検査をパスして、幸せに生きてゆけただろう、と。
(…ごめんね……)
 本当に悪いことをしちゃった、と溢れ出した涙。
 前の自分がミュウだったせいで、大勢のミュウに迷惑をかけた、と。
(……前のぼくが、ミュウでなかったら……)
 会わずに終わっただろう、前のハーレイ。
 生まれた時代が違いすぎたから、前のハーレイが生まれる頃には…。
(…前のぼくは、とっくに死んじゃっていて…)
 巡り会う機会は訪れなかった。
 それでも、良かったのかもしれない。
 前のハーレイたちが「ミュウだ」と知られず、平穏な生涯を送れたならば。


(……そうだよね?)
 そうだったかも、と泣きじゃくっていたら、耳に届いたハーレイの声。
 「本当に、そうか?」と。
 「お前に会えずに終わるよりかは、あれで良かったと思うがな」と。
(……ハーレイ!?)
 今の、ハーレイの思念だったの、と見回すけれども、そんな筈もない。
 人間が全てミュウになった今では、思念波を飛ばすのは、マナー違反だから。
(…でも…)
 ハーレイなら、そう言ってくれる気がする。
 この場にいたなら、涙をそっと拭ってくれて。
 「前のお前は、ミュウでいいんだ」と、「ソルジャー・ブルーは大英雄だぞ」と。
(……勝手な思い込みだろうけど……)
 それでも、ハーレイなら言ってくれるよ、と浮かべた笑み。
 前の自分がミュウでなかったら、ハーレイに出会えはしないから。
 二人で青い地球にも来られず、一緒に生きてゆける未来も無いのだから…。

 

           ミュウでなかったら・了


※ブルー君が、ふと考えたこと。前の自分がミュウでなかったら、と。歴史まで変わりそう。
 気が付いたら、落ち込んでしまったのですけれど…。ハーレイ先生なら、きっとこんな具合v












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(今じゃ、全員、ミュウなんだよなあ…)
 ミュウじゃないヤツなんていやしないんだ、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
 死の星だった地球が青く蘇った今の時代は、人間と言えばミュウしかいない。
 誰もがミュウになっているから、サイオンも当たり前のもの。
 「サイオンを使わない」ことがマナーになるほど、普通の力とされている。
 持っているのが当然だけれど、「出来るだけ、使わずに」が社会のルール。
 思念波の代わりに言葉を使って、物を動かすのも「自分の手足で」。
(空を飛ぶのは、論外だってな)
 タイプ・ブルーも、さほど珍しくはなくなったせいで、生まれた常識。
 飛ぶのだったら、そのために整備されている場所で、空を飛ぶこと。
 「遅刻しそうだ」と飛んでゆくなど、非常識だとされている。
 もちろん、瞬間移動で「パッと移動する」のも、「いい大人」ならば…。
(やっちゃいかんのが、今なんだ)
 人間らしく生きてゆかねば、というのが今の時代の考え方。
 遠い昔に地球を滅びに向かわせた理由を、よくよく検討した結果。
 「便利さ」ばかりを追い求めたヒトは、自然を破壊し、地球を滅びに導いた。
 そうならないよう、あえて「便利さ」を優先しない世界が出来た。
 「いつでも、何処でも」連絡が取れたネットワークなどを、切り捨てて。
 せっかく、そのように生きてゆくのだから、サイオンも同じに「使わない」もの。
 「ヒトらしく生きる」が、今の時代の合言葉。
 だから、ミュウしかいない世界でも…。
(……人類が見ても、全く気付かないかもな?)
 道をゆく人々が、全てミュウだとは。
 たった今、言葉を交わした相手が、「人類の敵」のミュウだったとは。


 想像してみると、面白い世界。
 今はもういない「人類」が見ても、「ミュウがいる」とは気付かないだろう「今」。
 まさか、そのように進化しようとは、前の自分も思わなかった。
 遠く遥かな時の彼方で、地球を目指していた頃は。
 前のブルーと生きていた頃も、前のブルーを失くした後も。
(いつか地球まで辿り着いたら、人類と和解して……)
 共存の道を歩みたい、というのが当時のミュウたちの悲願。
 ミュウの存在を認めて貰って、人類と共に、社会を、世界を構築すること。
(……ところが、どっこい……)
 最後の最後に分かった真実、国家主席だったキースが流したメッセージ。
 それを目にして、皆、驚いた。
 ミュウは「異分子」ではなかったのだ、と。
 SD体制が始まるよりも前、既に特定されていた「ミュウ因子」。
 グランド・マザーには、それを消すことが許されなかった。
 ミュウは「進化の必然」だから。
 人類の中から新たに生まれた、次の時代の人間だから。
(…そうでなければ、自然消滅するだろう、と…)
 ミュウの因子を放置したまま、始まったSD体制の時代。
 やがて最初のミュウが生まれて、人類は慌てて手を打った。
 「この異分子を滅ぼさねば」と、閉じ込め、研究対象にして。
 それでもミュウは増えてゆくから、ついには育英都市があった星ごと…。
(メギドで破壊したってわけだが、前の俺たちが、逃げ出して…)
 生き延びたばかりか、ミュウの子供を救い出しては、次の時代に繋いでいった。
 ついには地球まで辿り着いた上、SD体制を倒した世代を。
 進化の必然だったからこそ、「そうなったのだ」と、キースも悟った。
 けれど、その後に続いた時代は…。
(アッという間に、人類までミュウに変わっちまって…)
 ミュウしかいなくなってしまって、揉めている暇も無かったという。
 人類までミュウに進化したなら、争う理由は無いのだから。


 誰も思わなかった速さで、人類はミュウに進化した。
 何故なら、ミュウと接触したなら、「ミュウになりたい」と望んだら…。
(…誰の中にも少しはあった、ミュウ因子ってヤツが…)
 覚醒するから、直ぐにミュウへと変化してゆく。
 進化というのは、そういったもので、今では、とっくに「ミュウしかいない」。
(そうなっちまうのを恐れたのかもなあ、SD体制を作ったヤツらは…)
 ミュウは体制に馴染まないから、と考えていて、違う方へと向かった思考。
 「もしも」と、前の生へと思いを馳せて。
 アルタミラで生まれた前の自分が、「ミュウ因子を持っていなかったら」と。
(……あの時代だと、ミュウは端から殺すか、研究施設にブチ込むか……)
 その辺を自由に出歩かないから、一般市民がミュウと接触する機会は無い。
 つまり「ミュウ因子が目覚める機会」は、絶対に来るわけがない。
 因子を持たずに生まれて来たなら、最後まで「人類」として生きてゆくだけ。
 異分子のミュウの存在も知らず、ごく平凡な生を送って。
(…そうなっていたら、まずは成人検査だな)
 受けたって、大して変わりやしないぞ、と苦笑する。
 なんでも「子供時代の記憶を奪って、都合よく書き換える」らしいけれども…。
(前の俺には、成人検査よりも前の記憶が無かったからな)
 検査と、その後に続いた人体実験、それが全てを奪っていった。
 両親の顔を忘れるどころか、その名も覚えていなかった。
 それに比べれば、成人検査を無事にパスした子供たちの方が…。
(子供時代も、故郷の記憶も、多めに覚えていたろうさ)
 たとえ機械が書き換えていても、基本の部分は「残す」から。
 幼馴染や、故郷の星やら、そういったものは「忘れない」。
 前の自分も、何の疑問も抱かないまま、「その後」を生きていっただろう。
 教育ステーションで四年学んで、社会に出て。
 他の人間たちと全く同じに、ミュウのことなど知らないままで。


(…いったい何になったんだろうなあ?)
 メンバーズなんぞは無理だろうし、と想像の翼を羽ばたかせる。
 前の自分が、シャングリラで担った役どころから、考えられる職業は…。
(料理人か、宇宙船のパイロット…)
 だが、パイロットは後付けだしな、と思いもする。
 前のブルーが「キャプテンに」と推したお蔭で、そうなっただけ。
 とはいえ、適性がまるで無ければ、操船技術を覚えることは出来ないだろうし…。
(成人検査で、適性も判断するんだっけな?)
 機械が才能を見出していたら、料理人の道に進むよりかは、パイロット。
 そうなっていた可能性の方が高いな、と容易に分かる。
 いくら「料理人」が夢だったとしても、そのコースには行けないで。
 料理はあくまで趣味としてしか、楽しませては貰えないで。
(それがSD体制ってヤツだ)
 希望が通るとは限らない世界、「やりたい」と「やれる」は違った世界。
 前の自分は、パイロットになっていたのだろう。
 何処まで出世できていたかは、自分でも分からないけれど。
(…パイロットになってりゃ、故郷の星にも…)
 立ち寄る機会は多いだろうし、「懐かしいな」と何度も街を歩いたろうか。
 両親に会いに行こうだなどとは、思いもせずに。
 その辺のことは、機械が処理しているだろうから、幼馴染でも探しながら。
(……待てよ?)
 故郷の星は、あのアルタミラがあった、ジュピターの衛星。
 ミュウ殲滅のために、メギドの炎で砕かれたガニメデ。
(もしかしたら、アルタミラ事変の時にも……)
 パイロットになった前の自分は、故郷の星にいたかもしれない。
 いつも通りに宙港に降りて、休暇を楽しんでいる最中に…。
(緊急呼び出しが入って、慌てて離陸で…)
 直後に、遠く離れた場所から、砕ける故郷を見たのだろうか。
 何が起きたのかも分からないまま、呆然として。


(……俺の故郷が……)
 跡形もなく砕けるなんて、と考えただけでゾッとする。
 前の自分は「ミュウだったから」、命からがら逃げ出し、自由になったけれども…。
(ミュウでなければ、故郷を失くして……)
 二度と戻れやしなかったんだ、と違う視点で見て驚いた。
 きっと「その目に遭った」人類だって、一人くらいはいただろう。
 アルタミラで育ってパイロットになり、何度も寄った故郷を失った「誰か」。
 前の自分が「それ」だったならば、どれほど悲しかっただろうか。
 懐かしい航路を飛んで行っても、故郷の星には、二度と降りられないなんて。
 その宙域を飛んでみたって、砕け散った名残りがあるだけなんて。
(…そいつは、勘弁願いたいぞ…)
 脱出した方のミュウで良かった、と心底、思った。
 当時は呪っていた運命も、さほど悪くはなかったのだ、と。
 成人検査をパスしていたなら、失った筈の「故郷の星」。
 おまけに、前のブルーに出会うことさえ、一般人では無理だったろう。
 故郷の星に何度降りても、研究施設に近付くことなど、出来はしないし…。
(前のあいつが、そんな所にいることも…)
 知らないままで、一生を終えていった筈。
 故郷の星があった宙域、其処を何度も飛びながら。
 「どうして砕けてしまったんだ」と、真相も知らずに悲しみながら。
(……やっぱり、ミュウでなければ駄目だな)
 前の俺は、と傾けるコーヒーのカップ。
 故郷の星を失くすなんぞは、御免だから。
 前のブルーと出会えずに終わる、人生などは最悪だから…。

 

         ミュウでなければ・了


※前の自分がミュウでなかったら、と考えてみたハーレイ先生。人類だった場合の人生。
 故郷の星を失った上に、前のブルーにも出会えないまま終わる生涯。悲しすぎかも。











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