(今日は会いに行ってやれなかったなあ…)
寂しがってなきゃいいんだけどな、とハーレイが思い描いたブルーの顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎でコーヒー片手に。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今は学校の教師と教え子、大抵の日なら学校で会える。
ブルーのクラスで授業をするとか、休み時間に廊下でバッタリ出会うとか。
けれども、今日は、どちらも無かった。
おまけに長引いた放課後の会議、学校を出る頃には、すっかり日暮れ。
(あいつの家に寄るには、遅い時間で…)
仕方なく、自分の家に帰った。
それから始めた夕食の支度、出来上がったら、ゆっくり食べて…。
(片付けをしてから、新聞を読んで…)
読み終わったらコーヒーを淹れて、この書斎まで移動して来た。
その間、小さなブルーのことは…。
(…忘れちまってたとは言わないが…)
お留守になっていたのは確かで、満喫していた自分の時間。
出来立ての料理は美味しかったし、新聞を読むのも、コーヒーを淹れるのも…。
(じっくり楽しんでいたってわけで…)
まるで寂しくなかった自分。
なにしろ気ままな一人暮らしで、どんな具合に過ごしていようと自由だから。
とはいえ、その頃、ブルーの方は…。
(絶対、俺のようにはいかんぞ)
あいつは、まだまだチビなんだから、と容易に想像がつくブルーの姿。
きっと日暮れまで、何度も窓辺に行ったのだろう。
見慣れた色の車が来ないか、家の前の道路を見るために。
「ハーレイが来るといいんだけどな」と、期待に胸を高鳴らせて。
なのにブルーが待った車は、来ないで終わった。
どれほどガッカリしたことだろうか、「もう来ないんだ」と分かった時は。
(……うーむ……)
まさか泣いてはいないんだろうが、と思うけれども、自信は無い。
今のブルーはチビで泣き虫、赤い瞳は、じきに涙が溢れそうになる。
真珠みたいな涙の粒が、あとからあとから零れることも。
(…泣かれちまったら、弱いんだよなあ…)
大抵の無理は聞いちまうよな、と浮かんだ苦笑。
今の自分は、ブルーの涙に、なんとも弱い。
(泣き落としには、引っ掛からないが…)
ついでに我儘すぎる注文、「ぼくにキスして」も蹴り飛ばすけれど、それ以外なら…。
(もう降参で、無条件降伏しちまうってな)
あいつの言いなりになっちまうんだ、と可笑しくもある。
「キャプテン・ハーレイともあろう者が」と、前の自分と重ねてみて。
あの頃だったら、そこまで甘くはなかったろうに、と。
(…前の俺でも、前のあいつの涙には…)
いつもドキリとさせられていたし、無視など出来はしなかった。
恋人同士になった後はもちろん、そうなるよりも遥かに前の時代から。
燃えるアルタミラを脱出した直後も、泣きじゃくるブルーを抱き締めていた。
「今の間に、泣けるだけ泣け」と、小さな背中をさすりながら。
前のブルーの強いサイオン、それに自分たちは縋り付くことになるだろうから。
ブルーがどんなに小さかろうとも、きっと頂点に立たざるを得ない。
そうなったならば、もはやブルーは「泣けない」から。
誰もに頼りにされる立場は、弱さを見せてはいけないもの。
ブルーが弱気になってしまえば、それは周りに、たちまち広がる。
船の仲間の希望も未来も、ブルーの心に引き摺られるように…。
(すっかり萎んで、夢も希望も無くなっちまって…)
暗い空気に包まれた船に、未来などは無いことだろう。
だからブルーは「泣いてはいけない」。
少なくとも、船が落ち着くまでは。
たとえブルーが泣いていようと、周りがしっかり支えられるようになるまでは。
前の自分が言った言葉を、前のブルーがどう受け止めたかは分からない。
改めて訊いてみたこともないし、それに訊くまでもなかったこと。
ブルーは「泣きはしなかった」から。
飢え死にの危機に瀕した時さえ、涙を見せたのは前の自分の前でだけ。
(…あいつにしか言わなかったから、ってこともあるんだろうが…)
船の食料が尽きてしまう、という残酷な事実。
仲間たちにはとても言えずに、前の自分が一人きりで抱え込んでいた。
残った食料の量を調べては、もうすぐ終わりが来てしまうのだ、と。
アルタミラから逃れて自由になれた旅路も、何処へも辿り付けずに終わる、と。
(…それをあいつに…)
つい、打ち明けてしまった自分。
誰よりも心を許していたから、ブルーの幼さを思いもしないで…。
(言っちまったんだよなあ、本当のことを)
そうしたところで、どうなるものでもなかったろうに。
いくらブルーが強いサイオンを持っていようと、魔法使いとは違うのだから。
「食料が残り少ないんだ」と言ってみたって、ポンと食料を出すことは出来ない。
料理がドッサリ並んだテーブル、それを魔法で出すことだって。
(…何を思っていたんだか、俺は…)
追い詰められていたんだろうな、としか思えないけれど、それを打ち明けられたブルーは…。
(みんな死んじゃう、って…)
瞳から涙をポロポロ零して、「嫌だ」と首を左右に振った。
船の食料が尽きる時には、誰もがブルーに「食べろ」と譲ってくるのだろう、と。
ただ一人だけの「子供」だから。
そう見えるだけで実は年上でも、心も身体も「まるで成長していない」子供。
だから最後の食料を譲り、笑顔で「子供は食べないと」と。
皆がそうして譲った結果は、前のブルーが、あの船で、たった一人だけ…。
(生き延びちまって、皆の最期を看取った後で…)
死んでゆくことになるのだから、と前のブルーは泣きじゃくった。
「そんなの嫌だ」と、「ハーレイだって、死んじゃうんだから」と。
(しかし、あいつは…)
泣くだけで終わりやしなかった、と覚えている前のブルーの強さ。
食料は無事に手に入った。
前のブルーが、生身で宇宙を駆けて行って。
「みんなが飢えて死ぬくらいなら」と、人類の輸送船から奪って来て。
(…それからは、前のあいつが奪って…)
船に持ち帰って来た食料を、前の自分が料理していた。
ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、キャベツだらけのキャベツ地獄を乗り切って。
せっかくブルーが奪ったのだから、「文句を言うなよ」と皆を睨んで。
(自給自足の船になっても、前のあいつは…)
やはり涙を見せはしなくて、仲間たちの前で泣くのは、誰もが泣いていた時だけ。
ミュウの子供を救出できずに、幼い命が失われた時。
苦楽を共にして来た仲間が、病に倒れて逝ってしまった時。
(…そういった時は、あいつも泣いていたんだが…)
それ以外では、前の自分の前でくらいしか、ブルーは泣きはしなかった。
けれど、その分、流す涙は深い悲しみに彩られたもの。
とても見過ごすことなど出来ない、前のブルーが流した涙。
(…それだけに、俺も弱かったんだ…)
泣かれちまったら、ただ抱き締めてやることしか…、と思い出す遥かな時の彼方。
前のブルーが泣いた時には、殆ど、それしか出来なかった。
ブルーの心を覆う悲しみ、それを拭うための手段を持たなかったから。
皆の前では泣かないブルーが、涙を流す時といったら…。
(…ミュウの未来を思った時とか、地球の座標が掴めないこととか…)
どれも「ただのキャプテン」だった自分には、どうしようもないことばかり。
最強のサイオンを誇るブルーにも出来ないことなど、前の自分に出来るわけもない。
(……そうして、前のあいつの寿命が……)
尽きてしまうと分かった時にも、やはり手立ては何も無かった。
ただ泣きじゃくるブルーを抱き締め、共に泣くしかなかった自分。
「私も一緒に行きますから」と。
けして一人きりで逝かせはしないと、必ず後を追ってゆくから、と。
そう誓ったのに、前の自分は約束を守れないで終わった。
前のブルーが、そう望んだから。
「頼むよ、ハーレイ」と後を託して、メギドへと飛んで行ったから。
(…そうやって飛んだ先で、あいつは…)
独りぼっちで泣きじゃくりながら、最期を迎えたのだと聞いた。
今の小さなブルーから。
右手に持っていた筈の温もり、それを失くして、深い悲しみと絶望の中で。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、「二度と会えない」と。
(…それもあるから、余計だな…)
泣かれちまったら降参なんだ、と今のブルーの涙を思う。
瞳にじわりと滲んで来たなら、たちまち慌て出すのが自分。
ブルーの涙を止めたくて。
ポロポロと零れ出そうものなら、少しでも早く泣き止んで欲しくて。
(泣き落としと我儘は、お断りだが…)
そうでない涙は、なんとしてでも止めてやりたい。
抱き締めることしか出来なかった前の自分とは、違うから。
今の自分は、ブルーの涙を止めてやることが出来るから。
(…俺に出来ることなら、何でもするさ)
泣かれちまったら弱いんだしな、とコーヒーのカップを傾ける。
また巡り会えたブルーのためなら、きっと、なんだって出来るから。
そうすることが出来る世界に、ブルーと二人で来たのだから…。
泣かれちまったら・了
※ブルー君の涙に弱いハーレイ。前のブルーの時からですけど、今は余計に弱いかも。
けれど今では、ブルーの涙を止めてやることが出来るんですから、泣かれたら無条件降伏v
「ねえ、ハーレイ。美味しいものって好き?」
どうなのかな、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「美味しいもの?」
なんだそれは、とハーレイは鸚鵡返しに聞き返した。
いきなり「美味しいもの」と言われても、何を指すのか。
(今、食っているケーキは美味いし、飯だって…)
ブルーの母は料理上手で、何を作らせても美味しい。
夕食のメニューのリクエストにしても、この聞き方では…。
(…答えに困るな、いったい何が言いたいんだか…)
だから尋ねる他には無かった。
あまりにも芸が無いのだけれども、「なんだそれは?」と。
「美味しいものだよ、ハーレイは好き?」
ブルーは同じ問いを繰り返した。
赤い瞳を瞬かせながら、好奇心一杯の表情で。
「おいおいおい…。それは晩飯のリクエストなのか?」
俺の答えで変わるのか、とハーレイは質問の仕方を変えた。
これなら真意が掴めるだろう、と問いたいことを噛み砕いて。
「…リクエストって?」
今度はブルーがキョトンとした。
「どうしてそういうことになるの」と、「晩御飯って?」と。
「違うのか…。いや、美味いものだなんて言うもんだから…」
メニューが変わってくるのかと思った、と苦笑いする。
「俺が好きだと答えた場合と、そうでないのとで」と。
「ああ、そういうのもアリかもね!」
今日はそうではないんだけれど、とブルーも笑った。
機会があったら、それもいいね、と。
料理上手なブルーの母。
手際もいいから、夕食のメニューを急に決めても対応できる。
いつか、そういうのもいいね、とブルーは微笑む。
「ハーレイのリクエストに合わせて、作って貰うのも」と。
「それは厚かましすぎないか? で、それはそれとして…」
実際の所はどうなんだ、とハーレイは話を元に戻した。
「美味しいものが好きかどうかで、どう変わるんだ?」と。
「えっとね…。ちょっと聞きたかっただけ」
それだけだよ、とブルーは愛らしく小首を傾げた。
「美味しいものって、やっぱり好きなの?」と。
「そりゃまあ、なあ…。好き嫌いとは違うしな?」
同じ食うなら、断然、美味いものだよな、とハーレイは頷く。
前の生での過酷な体験のせいか、好き嫌いの類は全く無い。
けれども、味とは別の次元の話で、美味しいものは美味しい。
其処はブルーも同じなのだし、何を今更、と。
「お前だって、不味いものより、美味いものだろ?」
ケーキにしたって、飯にしたって…、とブルーを見詰めた。
「第一、俺も料理をするんだ」と、失敗作は不味いしな、と。
「そうだよねえ…。それじゃ聞くけど…」
美味しいものが好きなら、これは、と自分を指差したブルー。
「此処に美味しいものがあるけど」と。
「ぼくを見ていて、欲しくならない?」と、笑みを浮かべて。
(……そう来たか……)
誰がその手に乗るもんか、とハーレイは鼻を鳴らしてやった。
「美味いって、今のお前がか? …馬鹿々々しい」
もっと育ってから言うんだな、とチビのブルーを突き放す。
「お前は、不味い」と。
「まだまだ熟していないからな」と、「口が曲がる」と。
ブルーは膨れているのだけれども、容赦なく。
「不味くて食えたもんではないな」と、「口に合わん」と…。
美味しいものって・了
(ハーレイ、来てくれなかったよね…)
今日はハズレ、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
仕事帰りに来てくれるのを待っていたのに、姿を見せなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
こんな日の夜は寂しい気持ちに包まれる。
「会いたかったよ」と、「ハーレイと過ごしたかったんだよ」と。
白いシャングリラで生きた頃には、会えない日などは無かったのに。
どんなにハーレイが多忙だろうと、何処かで時間が取れたのに。
(恋人同士なことは秘密でも、ソルジャーとキャプテンだったから…)
シャングリラの頂点に立っている二人が、会わずに終わる日などは無かった。
船を預かるキャプテン・ハーレイ、彼からソルジャーへの報告は大切。
一日の打ち合わせなどを兼ねての朝食の時間、それは必ず取られていた。
ハーレイが青の間まで訪ねて来て、ソルジャーと共に食べる朝食。
(キャプテンの仕事なんだと思われてたけど…)
実のところは、お互い、大いに楽しんでいた。
ソルジャーとキャプテンの貌であっても、二人きりでの食事だから。
給仕をする係の者はいたけれど、それでも互いの顔を見られて…。
(話も出来たし、うんと幸せで…)
この上もない至福の時だった、あの朝食。
それさえ、今では叶わない。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、隣同士ではないのだから。
せめて隣に住んでいたなら、いくら守り役と教え子でも…。
(たまには、一緒に朝御飯だって…)
食べられたのに、と思うけれども、現実の方はこの通り。
ハーレイが仕事帰りに寄らなかったら、こうして溜息をつくばかり。
「会いたかったよ」と、恋人の姿を思い浮かべて。
なんとも寂しい、こういう夜。
前の生でも一人の夜はあったけれども、朝が来たなら、朝食の時間で…。
(ちゃんとハーレイが来てくれて…)
幸せな時間を持てたのだから、今ほど寂しくはなかったと思う。
あの頃の自分は、充分、寂しかったのだけど。
「どうして今夜は会えないんだろう」と、ハーレイの居場所を思念で探って…。
(忙しいんだから仕方ない、って…)
無理やり自分を納得させては、ベッドで一人きりで眠った。
「明日の朝には会えるんだから」と、呪文のように心で繰り返しながら。
ハーレイは、それを裏切ることなく、次の朝には訪ねて来てくれて…。
(昨夜はすみませんでした、って…)
食事の係に聞こえないよう、ちゃんと謝ってくれていた。
ハーレイが謝ることではないのに、多忙だったことを気真面目に詫びて。
(だけど今だと、お詫びも無しで…)
放っておかれて、それでおしまい。
次にハーレイに会った時には、今日のことなど詫びてもくれない。
どうして寄ることが出来なかったか、その理由さえも話しはしない。
来られない日が長く続けば、流石に言ってくれるのだけど。
(会議があったか、柔道部なのか、それとも他の先生たちと…)
楽しい食事に出掛けて行ったか、それさえも分からないのが今。
おまけに思念で探りたくても、今の自分のサイオンは…。
(うんと不器用になっちゃって…)
思念波さえもろくに紡げないから、ハーレイの行方は分かりはしない。
だから余計に寂しくなる。
「どうしちゃったの?」と、ハーレイの様子が知りたくて。
チビの恋人など忘れてしまっていたっていいから、せめて今、何をしているか。
姿が見えれば、気配が分かれば、寂しさが少し和らぐのに。
ハーレイの「今」を見られさえすれば、それで充分、満足なのに。
(……だけど、無理……)
今の自分には出来ない芸当、どうにもならない寂しい時間。
どんなにハーレイを想っていたって、思念さえも届けられないから。
「大好きだよ」と囁きたくても、サイオンが不器用すぎるから。
(……あーあ……)
どうしてこうなっちゃったんだろう、とフウと大きく息を吐き出す。
今のハーレイと出会う前には、こんな夜など無かったのに。
夜になったら、読んでいた本をパタンと閉じて…。
(ベッドにもぐって、灯りを消して…)
次の日に備えて眠っていた。
弱い身体が、病気を連れて来ないよう。
睡眠不足になってしまうと、どうしても弱るものだから。
(本を読んだら、気は紛れるけど…)
それでも、ハーレイの顔がちらつく。
ふとしたはずみに、思い出して。
「今日はハーレイ、来なかったよね」と、悲しい現実に捕まって。
(……じゃあ、ハーレイがいけないのかな?)
会ってなかったら違ったのかな、と考えてみる。
聖痕のお蔭で巡り会えたけれども、それが未だに無かったならば、と。
(…ぼくはハーレイを知らないわけだし…)
夜に気になる人がいるなら、ハーレイと出会う前みたいに…。
(何か約束した友達とか、お休みの日に遊びたい友達…)
そうした人物が気にかかるだけで、溜息が零れることなどは無い。
友達と喧嘩なんかはしないし、約束したなら、約束は必ず果たされる。
遊びに行きたい友達だって、同じこと。
「次の休みに遊びたいな」と誘ってみたなら、快く承知してくれる。
もしも都合が悪いのだったら、「別の日に」などと。
溜息を零す必要はなくて、ただワクワクとしてくるだけ。
友達のことを、考えたって。
夜に姿が頭に浮かんで、あれこれと思い巡らせたって。
つまり、ハーレイが「いけない」らしい。
ハーレイに出会っていなかったならば、寂しい気持ちにはならない夜。
本を読んだり、友達のことを考えたりと、穏やかな時間を過ごせるだけで。
(……そうなっていたら、どうだったのかな?)
ぼくの人生、と想像してみることにした。
「ハーレイに出会っていなかったなら」と、この先のことを。
どういう具合に時が流れて、どんな風に生きて行けるのだろう、と。
(…ハーレイがいないなら、恋も無いよね?)
まだ小さいから、と自分の年を振り返ってみる。
前の生での記憶のせいで、ハーレイに恋をしているけれど…。
(十四歳にしかならない子供なんだし、ちょっと早すぎ…)
恋をするには、と自分でも一応、自覚はあった。
前の生でも、前のハーレイと出会った頃には、チビだった自分。
成人検査を受けた時のまま、成長を止めてしまっていたから。
(心も身体も育っていなくて、年はともかく、うんと子供で…)
ハーレイたちが「前の自分」を育ててくれた。
「しっかり食えよ」と食事を摂らせて、運動なんかもさせたりして。
(あの頃のぼくは、もうハーレイに恋をしてた、って分かるけど…)
それは後になって気付いたことで、当時の自分は気付いていない。
ただハーレイに纏わりついては、慕っていたというだけのこと。
つまり恋には早すぎた。
当然、今の自分にとっても、恋をするには早すぎる年が今の年齢。
(恋には早いし、友達と遊んで、勉強もして…)
その内に上の学校に行って、そこで出会うかもしれない「誰か」。
ハーレイとは別の恋のお相手、その人は、きっと…。
(女の子だよね?)
男じゃなくて、と大きく頷く。
前の自分の記憶が無ければ、男性には惹かれないのでは、と思うから。
ソルジャー・ブルーだった頃でも、ハーレイしか見えていなかったから。
(…ハーレイでなければ、ぼくの恋人、男でなくても…)
いいと思うし、実際、幼稚園の頃には、親指姫を探していた。
母が育てたチューリップの蕾を、片っ端からこじ開けて。
中に親指姫がいないか、小さな胸を高鳴らせて。
(親指姫を探すってことは、お姫様を見付けたかったんだから…)
いつか出会うだろう恋の相手も、女性だろうという気がする。
運命の相手に巡り会えたら、何度もデートを繰り返して…。
(プロポーズをして、結婚式…)
そしたら誰かが嘆くのかな、と可笑しくなった。
今の時代は「ソルジャー・ブルー」は、お伽話の王子様。
ミュウの時代の始まりを作った、大英雄でもあるのだけれども、憧れの王子様でもある。
写真集が人気で、何種類も売られているほどに。
その王子様と瓜二つなのが、大きく成長した時の自分。
ときめく女性は多いだろうし、恋の相手になれなかった人は、嘆きそう。
「どうして私じゃないのかしら」と、結婚すると耳にした時に。
選んで貰えなかったことを嘆いて、「どうしてなのよ」と。
(…ちょっぴり申し訳ないんだけれど…)
結婚相手は一人だけだし、恋の相手も一人だよね、と顎に当てた手。
前の生でも、ハーレイ以外は目にも入っていなかったのだし、今度も同じ。
そういう自分が恋をするなら、ハーレイでなくても、きっと一直線。
「好きだ」と思う人が出来たら、その人しか目には入らない。
周りを見たなら、もっと綺麗な人がいたって。
誰が見たって「あの人の方が…」と思うくらいに、素晴らしい美女に片想いされたって。
(…だって、そうだもんね?)
前のハーレイだって、そうだったものね、とクスッと笑った。
白いシャングリラで人気を博した、薔薇の花びらで作られたジャム。
欲しい人は抽選のクジを引くのだけれども、ハーレイだけは例外だった。
(キャプテンに薔薇のジャムは似合わないから、って…)
クジの入った箱は素通り、ついに引けないままだった。
ブリッジに箱が来ていた時には、ゼルだって引いていたというのに。
今の生でも恋をするなら、お相手は、たった一人だけ。
外見などにはこだわらなくて、どんなに周りが呆れようとも…。
(この人だ、って思った相手に恋をするよね)
女の子だけど…、と考えたところで我に返った。
その「女の子」を選んでいるつもりで、ハーレイを思っていた自分。
白いシャングリラの頃の記憶を、わざわざ引っ張り出してまで。
(…ハーレイでなくちゃ、ダメみたい…)
いくら寂しい思いをしても、と零れる溜息。
無意識の内に「ハーレイ」と比較するほどだから。
「ハーレイと出会わない人生」を想像したって、ハーレイが出て来るのだから。
(……やっぱり、君でなければダメだよ……)
だから放っておかないでよね、と心でハーレイに呼び掛ける。
寂しい思いは、したくないから。
一人きりになってしまった夜には、寂しくてたまらないのだから…。
君でなければ・了
※ハーレイ先生に出会わない人生を想像してみたブルー君。どんな人と恋をするのだろう、と。
けれど比べてしまっていた相手は、ハーレイ。無意識でも惹かれてしまうのですv
(……恋人か……)
恋人と言ったらブルーなんだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(まだまだチビで、十四歳にしかならない子供で…)
とても世間では通らないから、まだ両親にしか打ち明けていない。
恋人がいることも、女性ではないということも。
(おふくろも親父も、うんと喜んでくれたんだがなあ…)
ブルーの両親はどうだろうか、と考え始めると前途は多難。
大事な一人息子のブルーが、よりにもよって男と結婚するなんて。
しかも相手は長い年月、信頼していた「守り役」のハーレイ。
ソルジャー・ブルーの生まれ変わりの、小さなブルー。
聖痕を持って生まれたブルーが、二度と聖痕に見舞われないようにと…。
(俺が守り役になっているわけで…)
キャプテン・ハーレイの生まれ変わりとして、ブルーの両親にも望まれた守り役。
安心して息子を預けていたのに、なんとキャプテン・ハーレイは…。
(前の生では、ソルジャー・ブルーの恋人で…)
誰も知らなかったというだけなんだ、とフウと溜息。
その辺の事情を説明したって、ブルーの両親は悔やむかもしれない。
「どうして息子に、こんな男を近付けたのか」と。
もしも守り役にしなかったならば、ブルーが記憶を取り戻していても…。
(今の人生ってヤツに引っ張られて、俺のことは、だ…)
それほど強くは気に留めないで、忘れた可能性もある。
最初の間は「恋人」と意識していても。
「ハーレイのことが好きだったんだ」と、魂は確かに覚えていても。
(…こればっかりは、分からんからなあ…)
他に好きな子が出来ちまったら、それっきりかも、という気もする。
逢瀬を重ねていなかったなら。
今のようにブルーの家に通って行っては、語らう時間が無かったならば。
充分に有り得た、その可能性。
今となっては起こり得ないけれど、あったかもしれない「もしも」というもの。
(…あいつの両親が、悔やまないことを祈るしか…)
ないんだよな、と仰ぐ天井。
いつかブルーにプロポーズしたら、待ち受けているだろう高いハードル。
ブルーの両親に何と言うのか、どうお許しを貰うのか。
(塩を撒かれて、叩き出されても…)
無理は無いのだし、そういう覚悟もしてはいる。
お許しが出るまで毎日通って、土下座を繰り返すこともあるかも、と。
(それでも、あいつを好きな気持ちは変えられないから…)
たとえ何年かかったとしても、高いハードルを乗り越える。
ブルーの両親の許しを貰って、結婚式を挙げなければ。
(……あいつは、駆け落ちを希望しそうだが……)
きっと言うぞ、と確信に近いものはあっても、してはならないものが駆け落ち。
それでは、自分とブルーは良くても…。
(俺の両親も、ブルーの両親も…)
悲しむことが分かっているから、その選択は避けなければ。
どんなにブルーが望もうと。
「逃げて来たよ」と荷物を抱えて、駆け落ちしようと促しに来ても。
(…それだけは、やっちゃ駄目なんだ…)
今度こそ幸せになるんだからな、と決意は固い。
前の生では許されなかった、愛おしい人と結婚すること。
それが叶うのが今の人生、おまけに青い地球に生まれて出来る結婚。
(神様の粋なはからいってヤツを…)
無駄にするなど、とんでもない、と思っているから、努力あるのみ。
ブルーの両親が反対しようと、それは激しくなじられようと。
「よくも息子を」と塩を撒かれて、毎日、門前払いだろうと。
(……前途多難ではあるんだが……)
ゴールを思えば楽なもんさ、と思うと鼻歌を歌いたい気分にもなる。
「認めて貰えない日々」を乗り越えた先は、前の生では叶わなかった結婚式。
ブルーと結婚指輪を交わして、それからはずっと二人で暮らせる。
誰にも後ろ指をさされることなく、堂々と。
何処に行くにも二人一緒で、あちこち旅行にも出掛けて行って。
(…あいつを嫁に貰ったら…)
やるべきことは山ほどあるぞ、とブルーと作ったリストを思う。
前の生から夢見たことやら、今の生で新しく出来た夢やら。
「結婚したら」と約束したこと、それを綴った二人で叶える夢たちのリスト。
端から叶えていくにしたって、いったい何年かかることやら。
(その上、これからも増えていくんだ)
結婚するまでの日々にはもちろん、結婚した後も夢たちは増えてゆくだろう。
前の生と違って、今度は希望に満ちているから。
ミュウの未来の心配も無くて、ブルーは自由なのだから。
(俺も今度は、シャングリラなんぞは背負っていないし…)
晴れて自由の身になったしな、と見回す書斎。
今の自分はただの教師で、重い責任などは何処にも無い。
ブルーも同じで、メギドに向かう少し前に口にしていた通りに…。
(…ただのブルーだ)
だから何でも出来るんだよな、と嬉しくなる。
結婚したってかまわないのだし、何処に出掛けてゆくのも自由。
もっとも、いくら自由と言っても…。
(…俺を忘れて、他の誰かと行っちまうのは…)
勘弁願いたいものなんだがな、と苦笑する。
さっき考えた「もしも」があったら、ブルーは行ってしまうから。
いくら「ハーレイ」を覚えていたって、「じゃあね」と新しい恋人と。
御免蒙りたい、ブルーに「新しい恋人」が出来ること。
今となっては有り得ないけれど、起こり得たかもしれない「それ」。
そうなっていたら、どれほどショックだっただろう。
ブルーはいるのに、目の前から消えてしまったら。
他の誰かを選んでしまって、「じゃあね」と去って行ったなら。
(いくら告白していなくても…)
今の生ではプロポーズをしていないとしても、ブルーがいなくなったなら…。
(……呆然自失で……)
頭の中は、きっと真っ白になるだろう。
前の生から愛し続けた、愛おしい人。
生まれ変わってまた巡り会えた、ブルーが行ってしまうのだから。
自分以外の誰かを見付けて、その人と恋を育んで。
その人と共に生きてゆこうと、結婚式を挙げて、指輪を交わして。
(…どうして俺じゃなかったんだ、と…)
涙に暮れても、どうすることも出来ない現実。
今のブルーが生きてゆくのは、「今のブルー」の人生だから。
前の生の記憶を持っていたって、それは単なる「アクセサリー」。
多分、人生のスパイスの一つ、味付けが珍しいというだけ。
前世の記憶を持つ人間は、恐らく、滅多にいないから。
おまけに今のブルーの場合は、とびきり素晴らしい前世。
誰もが憧れを抱く大英雄、「ソルジャー・ブルー」なのだから。
(…新しい恋人にも、きっと話して…)
大感激で話を聞いて貰って、それは幸せなカップルになる。
その人に聞かせる話の中では、「キャプテン・ハーレイ」は、単なるブルーの右腕で。
かつて恋人だったことなど、匂わせることもないままで。
(それを言ったら、大切な恋が台無しだしな?)
時の彼方でも浮気は浮気、と零れる溜息。
そうして「ハーレイ」は忘れられると、今のブルーは去ってゆくのだ、と。
(……まあ、実際には起きやしないんだがな)
あいつは俺にベタ惚れだから、とブルーの顔を思い浮かべる。
何かと言ったら「ぼくにキスして」と強請ってばかりの、我儘なブルー。
前のブルーと同じ背丈にならない間は、キスはしないと言ったのに。
唇へのキスは禁じてあるのに、あの手この手で欲しがるブルー。
(あれが厄介なんだがなあ…)
それでも去って行かれるよりは、と微笑ましくさえ思える今。
「もしも」と考えた未来の先には、「恋人のブルー」がいなかったから。
他の誰かに恋してしまって、「じゃあね」と去って行ったから。
(…本当に、それだけは勘弁なんだ…)
ブルーの両親が激怒しようが反対しようが、それくらいは全く堪えはしない。
お許しが出るまで通い続けて、ひたすら頭を下げ続けるだけ。
努力が報われる時さえ来たなら、ブルーと結婚出来るから。
前の生から二人で描いた、幾つもの夢も叶えられるから。
けれど、ブルーが去ってしまったら、自分は一人で放り出される。
せっかく青い地球に来たのに、愛おしい人を失って。
それも死神が連れ去る代わりに、他の誰かが攫って行って。
(だからと言って、俺も新しい恋をするなんて…)
とても無理だ、と自分でも分かる。
ブルーに出会ってしまったからには、「他の誰か」は有り得ないと。
今のブルーが去って行っても、心にぽっかり穴が開くだけで…。
(そいつを埋められる人間なんかは…)
いやしないんだ、と分かっているから、心の中で呟いた。
(俺は、お前でなければ駄目だ)
他の誰かじゃ駄目なんだからな、と愛おしい人に呼び掛ける。
昔も今も、「お前だけだ」と。
お前でなければ欲しくなどないと、「好きなのは、お前だけなんだ」と…。
お前でなければ・了
※ブルー君が新しい恋をしていたら、と考えてしまったハーレイ先生。可能性はあった筈。
もしもそうなったら、心に空いてしまう穴。ブルー君以外は考えられないのですv
「あのね、ハーレイ…。オバケって、怖い?」
どうなのかな、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とケーキが載ったテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「オバケだと?」
急にどうした、とハーレイはポカンと口を開いた。
そんな話はしていなかったし、何処からオバケになったのか。
けれどブルーは真剣な顔で、「オバケだよ」と繰り返した。
「もしもオバケが出て来たら、怖い?」
「なんだ、そいつは俺の話なのか?」
お前じゃなくて、と頬を緩めたハーレイ。
てっきりブルーの話なのかと、頭から思っていたものだから。
「うん、ハーレイに聞いてるんだよ」
オバケは怖いの、とブルーが言うから、軽く腕組みをした。
「そうだな…。そいつは場合によるな」
時と場合によるだろうな、と返した答え。
オバケと言っても色々あるから、それによるな、と。
「えっと…? 怖くないオバケがあるの?」
それから怖いオバケもあるの、とブルーは瞳を丸くする。
「怖いとか怖くないとかじゃなくって、両方なの?」と。
「うむ。お前が言ってるオバケは、いわゆる化物なのか?」
昔話に出て来るような、とハーレイは逆に問い掛けた。
遠い昔の日本の文化が蘇った今では、昔話も沢山あるから。
キツネやタヌキが化けるオバケや、雪女だとか。
「んーと…。ハーレイが怖いのは、どういうオバケ?」
それを教えて、とブルーは赤い瞳を輝かせる。
「ハーレイにも怖いオバケがあるなら、知りたいな」と。
「なるほどな…。俺の弱みを知りたい、と」
「うん、本当に怖いオバケがあるならね」
ケチっていないで教えてよ、とブルーは興味津々。
(…たかがオバケの話だしな?)
弱みってほどのモンでもないか、とハーレイは大きく頷いた。
「よし」と、「怖いオバケを教えてやろう」と。
「ただの化物なら、さほど怖くはないんだが…」
俺を食おうとしない限りは、と小さなブルーに微笑み掛ける。
「もっとも、食いにかかった所で、負けやしないが」とも。
なにしろタイプ・グリーンなのだし、防御力だけは桁外れ。
タイプ・ブルーに負けない力は、化物だって防げるから。
「そっか、ハーレイ、強いものね」
凄い、と感心しているブルーに、「だがな…」と続けた。
「幽霊ってヤツは御免蒙る。俺を恨んで出た時はな」
恨まれる覚えは無いからいいが、と軽くウインクしてみせる。
「幽霊じゃ、勝てる気がしないからな」と。
「恨んで出ようってくらいなんだし、どうにもならん」と。
そうしたら…。
「だったら、化けて出てやるから!」
「はあ?」
ブルーの口から出て来た言葉に、ハーレイは目を見開いた。
どうしてそういう話になるのか、まるで分からなかったから。
そもそも、化けて出ると言っても、いったい誰が化けるのか。
なのにブルーは勝ち誇った顔で、こう言った。
「ぼくにキスしてくれないんだから、化けて出てやる!」
今はいいけど、うんと未来に、と赤い瞳がキラキラと光る。
「その時、後悔するといいよ」と、「キスの恨み」と。
「…そう来たか…」
そう言えばキスをしてくれるかも、というのがブルーの考え。
とはいえ、まだまだ甘すぎるわけで、ハーレイは笑む。
「なるほど、お前は、今度も俺よりも先に死ぬんだな」と。
「でないと化けて出られないしな」と、「頑張ってくれ」と。
「あっ…!」
それは嫌だよ、と慌てふためく小さなブルー。
「今のは無し!」と、「化けて出るのはやめにするよ」と。
「ずっとハーレイと一緒にいるよ」と、「幽霊は嫌」と…。
化けて出てやる・了