(今度は年上なんだよね…)
正真正銘、ハーレイの方が、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
青く蘇った水の星の上で、ハーレイは待っていてくれた。
チビの自分が、「ソルジャー・ブルー」だった魂が、再び生まれて来る時を。
二十四年も先に生まれていたというのに、他の誰かに恋もしないで。
(…ふふっ…)
ホントにハーレイの方が年上、と改めて考えて、嬉しくなった。
前の生では、違ったから。
外見だったら、ハーレイの方がずっと年上だったのだけれど…。
(本当の年は、前のぼくの方が…)
ずっとどころか、遥かに年上。
最初の間は、誰も気付いていなかったけれど。
なにしろ見た目は、誰よりも幼い、成人検査を受けたばかりの子供の姿。
それでは分かるわけがない。
本当の年は誰よりも上で、一番最初のミュウだったなんて。
(……自分でも、分かっていなかったかも……)
みんなに甘えていたんだものね、とアルタミラから脱出した船を思い出す。
まだ若かったゼルやヒルマン、ブラウにエラ。
みんな、「ブルー」を可愛がってくれた。
「まだ小さいんだから、沢山食べな」と言ってくれたり、頭を撫でてくれたり。
本当の年が分かった後にも、それは変わりはしなかったけれど。
(…だって、中身もチビの子供で…)
心も身体も成長を止めた、とても可哀想な「小さな子供」。
それをしっかり育ててやろう、と誰もが心を配ってくれた。
中でも一番、前の自分が頼っていたのが、前のハーレイ。
アルタミラから逃れる前から、ずっと二人でいたものだから。
前のハーレイと二人で懸命に駆けた、崩れ、燃え上がるアルタミラの地面。
他の仲間たちを助け出そうと、幾つものシェルターを開けて回って。
(…誰よりも息が合ったから…)
アルタミラから逃れた後の船でも、ハーレイについて回っていた。
「俺の一番古い友達だ」と、他の仲間に紹介してくれた、ハーレイに。
お蔭で、タイプ・ブルーを恐れ、遠巻きに見ていた仲間の視線も、優しくなった。
ハーレイは誰とも直ぐに打ち解け、信頼される人柄だったから。
(ホントに色々、助けて貰って…)
ついにはキャプテンにまで、なったハーレイ。
厨房で料理をしていたというのに、百八十度の方向転換をして。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と、操舵まで出来るキャプテンに。
(…前のぼくが、ハーレイを推したから…)
前のハーレイは、キャプテンの道に進んでくれた。
誰よりも頼りになったキャプテン、前の自分の右腕だったハーレイ。
(ハーレイがキャプテンだったから…)
前の自分は、しっかりと立っていられたのだ、と確信できる。
ソルジャーという皆を導く立場に、その重圧に押し潰されることもなく。
いつも毅然と前を見詰めて、ただ一人きりのソルジャーとして。
(…だけど、中身は…)
前のハーレイに甘えっ放し、とクスッと笑う。
恋人同士になるよりも前から、ずっと甘えて、恋人同士になった後まで。
最後の最後まで甘え続けて、そのせいで…。
(超特大のツケが来ちゃった…)
メギドで独りぼっちになっちゃって…、と笑みが苦笑に変わった。
今でも右手が冷えた時には、あの悲しみを思い出す。
最後まで持っていたいと願った、右手に残った前のハーレイの腕の温もり。
キースに銃で撃たれた痛みで、知らない間に失くしていた。
死んでゆく間際に、凍えた右手。
ハーレイとの絆は切れてしまって、もう会えないのだと、突き落とされた絶望の淵。
前の自分は、泣きじゃくりながら死ぬことになった。
誰よりも頼りにしていたハーレイ、大切な恋人を失くしてしまって。
酷い目に遭った前の自分だけれども、神様がくれた、粋な計らい。
気が遠くなるような時を飛び越え、青い地球の上に生まれて来たら…。
(ハーレイの方が、ちゃんと年上…)
何の遠慮も要らないんだよね、と心がじんわり温かくなる。
ハーレイの方が遥かに年上なのだし、どんなに甘えても構わない。
傍から見たって可笑しくはないし、安心して甘えて、我儘も言える。
これが逆だったら、そういうわけには…。
(……いかないよね?)
ぼくの方が年上だったなら…、と想像してみて、肩を竦めた。
「そっちの方でなくて良かった」と。
もしも前の生での順番通りに、自分が先に生まれていたなら、ハーレイは…。
(…まだ生まれてもいないってこと?)
ぼくは十四歳だものね、と指を折る。
前の生での年の差だったら、ハーレイは、まだまだ生まれて来ない。
生まれるどころか、今のハーレイの両親だって、結婚しているかどうか怪しい。
(……うーん……)
今のハーレイとの年の差でもダメ、と愕然とする。
二十四歳も違うのだから、今のハーレイは、あと十年ほど経たないと…。
(…生まれて来てはくれないんだ…)
十年なんて長すぎるよ、と天井を仰いで溜息をついた。
今のハーレイは、長い年月を待ってくれたのだけれど、自分には無理な感じがする。
いくら記憶が無かったとはいえ、二十四年という歳月は長い。
それだけの間、他の誰にも目を向けないで、恋もしないでいられるかどうか。
けれど、神様の計らいがなければ、そうなっていたわけだから…。
(…ちょっとだけ…)
逆の世界を考えようかな、と好奇心が頭を擡げて来た。
「逆だったならば、どうなるわけ?」と。
今の自分が先に生まれて、ハーレイを待っていた場合。
どういう二人になっただろうかと、ちょっぴり「もしも」の世界を見よう、と。
(……んーと……)
待っている間の話は抜きで、と世界の設定を簡単にした。
他の誰かに恋をしたなら、厄介なことになるだろうから、ハーレイと出会う所から。
(逆にするんだし、年の差だって…)
今のぼくたちと同じでいいや、と二十四歳にしておくことに。
ただし、自分の方が年上。
出会いの年も、今の自分たちと同じでいいだろう。
(…ぼくの姿だって、前のぼくでいいよね)
今のハーレイの年になっちゃったら、前のぼくとは別になるから、と外見の年齢も決めた。
聖痕の方も、無視しておけばいいだろう。
どうせ「もしも」の世界なのだし、聖痕は抜きで、偶然の出会いということでいい。
(ぼくの仕事も、なんにも思い付かないから…)
ハーレイと同じで古典の先生、と、とびきり単純な世界を作った。
そういう世界で出会った二人は、どんな風に恋を育むのだろう。
(まず、ハーレイが十四歳で、ぼくの生徒で…)
うんと若くて、まだ子供だよ、と「十四歳のハーレイ」を頭に描く。
今のハーレイから、色々と話を聞いているから、ポンと浮かんだ元気一杯な少年の姿。
(きっと小さくても、ハーレイの面影、ある筈だよね)
どんな感じかな、と面差しを想像してみるけれど、どれが当たりか、よく分からない。
ヘアスタイルだって、どうだったのかは知らないし…。
(もしかして、それだけでも、うんと新鮮?)
前のぼくは知らない姿だもの、と気が付いた。
アルタミラの地獄で出会った時には、青年だった前のハーレイ。
成人検査よりも前の記憶は失くしていた上、その後の記憶も、曖昧なもの。
繰り返された激しい人体実験、それが記憶を切り刻んだから。
そのせいで、前のハーレイは…。
(ぼくと違って、成長を止めていなかったから…)
子供時代の自分の姿を、すっかり忘れてしまっていた。
だから、当然、前の自分も知るわけがない。
十四歳だった頃の前のハーレイ、その面差しがどうだったかは。
逆の立場で出会った場合は、珍しいものが見られるらしい。
十四歳の頃のハーレイに出会って、そこから青年に育ってゆくのを。
(なんだか凄い…)
それもいいかも、と胸がときめく。
ハーレイが十四歳だった場合は、今と同じで、やっぱりキスはお預けだろう。
どうしてハーレイが「ダメだ」と言うのか、それもちょっぴり分かる気がする。
(…いい年の大人が、チビの子供とキスなんて…)
良くはないよね、と素直に頷いたけれど、それは相手が「十四歳のハーレイ」だから。
キスをくれる立場のハーレイの方が、小さな子供になっているから。
(もっと育ったハーレイじゃないと…)
ぼくだって、変な感じになるよ、と思考の中身は、うんと我儘。
「キスをしてくれるハーレイ」の姿は、前と同じで頼れる姿の方がいい。
せめて青年と呼べる年まで、大きく育ってくれなくては。
(…そのためには、栄養…)
沢山食べて、早く育って貰わないと、と思う気持ちは、ハーレイの方も同じだろう。
十四歳の子供のままでは、「ブルー先生」とデートしたって…。
(…どう考えても、微笑ましいだけ…)
全然、絵にもならないよ、と分かっているから、ハーレイも急いで育ちたい筈。
前のハーレイほどの年になるには、うんと時間がかかるから…。
(目標は、アルタミラで出会った頃の姿かな?)
あの頃は、恋はまだだったけど…、と考えるけれど、新しい生だから、かまわない。
青年の姿に育ったハーレイ、そのハーレイとデートしたって。
「ソルジャー・ブルー」だった頃の姿なら、あのハーレイと充分、釣り合う。
それまでの間、キスは我慢で、ハーレイとデートするのなら…。
(早く大きく育つといいね、って…)
食事に行くのが多いのだろうか、ハーレイが喜びそうな店へと。
洒落たレストランや喫茶店よりも、子供が山ほど食べられる場所。
(…丼だとか、ラーメンだとか…?)
今のぼくには馴染みが無いけど、と小食な自分を呪うけれども、ハーレイのためなら…。
(ハーレイが山ほど食べてる隣で、ぼくは見てるだけ…)
それでもいいから、頑張らなければ。
ハーレイが育ってくれない限りは、キスもお預けなのだから。
(うんと頑張って、ハーレイを育てて…)
青年の姿になってくれたら、晴れて本物のデートに出掛けて、それからキス。
きっと幸せ一杯になって、涙が溢れて来るかもしれない。
「やっとハーレイと、本物の恋人同士になれる」と。
青年になったハーレイだったら、結婚も出来る年なわけだし、もうそれ以上は…。
(待たなくっても、結婚しちゃってかまわないよね?)
さて、その後は…、と突き当たった壁。
ハーレイが「前のハーレイ」とそっくり同じになるのがいいか、青年の姿の方がいいのか。
(…えーっと…?)
似合いなのは、青年のハーレイとのカップルかもしれない。
けれど、年を重ねた「前のハーレイ」の姿も捨て難い。
(……どっちにするの?)
年を取ったら、もう逆戻りは出来ないのだから、悩ましい。
ハーレイが年を重ねた後で、「若い頃の方が良かったかも」と考えたって、もう手遅れ。
(…それだけで、凄く悩んじゃうから…)
やっぱり今の通りでいいや、と想像するのは、其処までにした。
逆だったならば、先の未来で後悔するかもしれないから。
「どうして、若いままでいてくれなかったの?」と。
そうはならないとは思うけれども、不安は残るし、自分に自信も無いものだから。
なんと言っても長い人生、先のことなど、誰にも分かりはしないのだから…。
逆だったならば・了
※ハーレイ先生との年の差が逆だったならば…、と考えてみたブルー君。どうなるのかと。
青年のハーレイには出会えますけど、その後が問題。何処で年齢を止めて貰うか、悩みそうv
(見た目通りになっちまったなあ…)
俺とブルーは、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
十四歳にしかならない、小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今では自分が年上だけれど、前の生では違っていたな、と。
(…アルタミラで初めて会った時には、前のあいつは…)
今のブルーとそっくり同じで、成人検査を受けたばかりのチビだった。
SD体制があった頃には、十四歳と言えば成人。
本当の大人とは違ったけれども、大人社会に出てゆくための船出の年齢。
(ところが、俺たちミュウにとっては…)
成人検査は地獄の入口、文字通り死へと突き落とされた者たちも多かった。
アルタミラがメギドに滅ぼされた後は、大抵の者は、そうなったろう。
生かしておいても、意味が無いから。
(…実験体など、そう沢山は要らないからな)
ごく少数の場合を除いて、その場で処分されたと思う。
白いシャングリラが救えた者など、本当に、ほんの一握りで。
アルテメシア以外の星で育てられたら、何処からも救いの手は来ないから。
(…おっと…)
暗い考えになっちまった、と思考を元の道へと戻す。
前のブルーがチビに見えたのは、成人検査のせいだったよな、と。
(俺なんかよりも、ずっと昔に、ブルーは脱落しちまって…)
しかも初めてのミュウだったから、過酷な実験を受け続けた。
おまけに貴重なタイプ・ブルーでは、研究者たちが放っておかない。
死なないようにと治療されては、繰り返される人体実験。
それでブルーは、無意識の内に成長を止めた。
成長したって、いいことは何も起こらないから。
心も身体も育たなくても、困ることなど無いのだから。
そういうわけで、前の自分が出会ったブルーは、十四歳になったばかりの子供。
(シェルターを破壊しちまうような、凄いサイオンの持ち主だったが…)
ほんの子供には違いないから、そのように接して、扱った。
「子供には、優しくしてやらないと」と、年長らしく振る舞って。
なのに、後から分かった真実。
見た目も中身も子供のブルーは、本当は、とても年上なのだ、と。
アルタミラから脱出した船、それに乗っていた仲間たちよりも、遥かに、ずっと。
(…なんてこった、と思ったもんだが…)
幸いなことに、ブルーは再び育ち始めた。
ゼルやヒルマン、エラにブラウといった仲間が、色々、気を付けてやって。
心も身体も育ててやろう、とブルーの日常に気を配って。
(…そして今では、ソルジャー・ブルーと言えば大英雄だよなあ…)
立派に育ってくれたもんだ、と思うけれども、最後まで埋まらなかった年の差。
実年齢の方はもちろん、中身の年も。
どんなにブルーが育ったところで、他の仲間も、前の自分も成長してゆく。
(老けてゆくのは、また別として、だ…)
日々、経験を積んでゆくから、ブルーとの差は埋まらない。
お蔭で、前の自分とブルーは、最後まで…。
(…立場の上では、ソルジャーのあいつが上だったんだが…)
他の所じゃ、俺の方が年長のままだったよな、と苦笑する。
白いシャングリラで暮らした仲間は、気付かなかったかもしれないけれど。
あるいは長老と呼ばれるくらいになったゼルたち、彼らにしても。
(…俺はブルーに、敬語だったし…)
いつでも礼を取っていたから、ブルーが上に見えていたろう。
会議の席でもブルーを立てたし、視察の時にも付き従っていたけれど…。
(どっこい、実は前のブルーは…)
最後まで、甘えん坊だった。
「前のハーレイ」に対してだけは。
あれこれ我儘なことを言ったり、注文したり、と。
メギドに向かって飛んだ時でさえ、「前のハーレイ」にだけ、無理に遺言を押し付けて。
(…あいつは、そういうヤツだったんだが…)
今度は本当に年下だよな、とチビのブルーを思い浮かべる。
二十四歳も年の離れた、小さなブルー。
だから今度は、どんな我儘を言い出そうとも、年長者としてゆったり構えて…。
(何でも聞いてやりたいってな)
前のあいつが苦労した分、と常に思っているのだけれど…。
(…ちゃんと年下に生まれて来たのも、神様の粋な計らいってヤツで…)
あいつにピッタリな人生だよな、と考えた所で、ヒョイと覗いた別の考え。
もしも、今度は逆だったなら、と。
(…いや、逆と言うより、それが正しいと言うのか、これは…?)
今度もブルーの方が年上に生まれていた場合…、と顎に当てた手。
前ほど離れているかどうかは、この際、考えに入れないとして…、と。
(今のあいつと、今の俺とが逆だったなら…)
ちょいと愉快なことになるぞ、と想像の翼を羽ばたかせる。
「聖痕も横に置いておくか」と、「アレを考えたら、ややこしくなる」と。
(…出会いも、適当にしておくとして…)
ハーレイ先生と教え子のブルーな関係の代わりに、それの逆。
ブルー先生がいて、今の自分が教え子な立場。
(ふうむ……)
これはなかなか…、と緩んだ頬。
けっこう楽しそうじゃないか、と「逆だった場合」を思い描いて。
(年の差は、今の逆でいいだろう)
あいつが今の俺の年で…、と決めた最初の設定。
「でもって、俺は、あいつの年だ」と。
そういう二人だった場合を、少し考えてみるとするか、と。
今とは逆な関係の二人。
ブルー先生と、教え子のハーレイ。
(…もちろん、あいつは、外見の年をとっくに止めていて…)
前のあいつと同じ姿でいるんだろうな、とソルジャー・ブルーを頭に描く。
当然、髪型も前とそっくり、とてもモテるに違いない。
今の時代は「ソルジャー・ブルー」は大英雄だし、それにそっくりとなったなら。
しかも写真集が沢山あるほど、気高く美しいソルジャー・ブルー。
(引く手あまたというヤツだろうが、子供の俺と出会うからには…)
ブルー先生は、独身でいるに違いない。
いつか「ハーレイ」と再会を遂げて、もう一度、恋を育むために。
そう、今の自分が結婚しないで、ブルーを待っていたように。
(…俺に自覚は無かったんだが、そうなったしな?)
俺だって、ちゃんとモテたんだから、と学生時代を思い返して誇らしい気持ち。
誰とも付き合わなかっただけで、大勢の女性のファンがいた頃を。
(だから、とてもモテるブルー先生も…)
独身のままで待っていてくれて、ちゃんと再会するのだろう。
それから恋が始まるけれども、生憎と、今の自分の方は…。
(…十四歳にしかならないチビで…)
体格は良くてもチビはチビだ、と十四歳だった頃の自分を振り返る。
「やっぱり、中身は子供だよな」と、「ブルー先生とは、だいぶ違うぞ」と。
(…ブルー先生も、古典の教師になるのか?)
面倒だから、それで考えとくか、と加えた設定。
ブルー先生は古典の教師で、生徒にも人気があるだろう、と。
(……しかしだな……)
柔道部の指導はしてくれないぞ、と早速、難問にぶつかった。
今のブルーも身体が弱いし、水泳部の指導も無理だろう。
きっと顧問になったとしても、名ばかりの顧問。
指導は他の誰かに任せて、部活には顔を出すというだけ。
(…参ったな…)
まあ、今のブルーも似たようなモンだが、と思いはしても、不満は残る。
「同じ部活をやるんだったら、ブルー先生の指導がいい」と。
そうなってくると、ブルー先生の方に合わせて、自分が変わるしかないだろう。
柔道と水泳は趣味の範囲に留めて、ブルー先生と過ごす時間を増やす。
(…今の俺みたいに打ち込んでいたら、休みの日だって…)
練習なのだし、ブルー先生とは、そうそう会えない。
今のブルーがやっているように、休日は二人で過ごすというのは、とても無理。
(…仕方ない…)
ブルー先生と出会った時点で、柔道と水泳は捨てるとするか、と決心した。
そっちのプロにはなっていないから、別に困りはしないだろう。
(よし、休日はブルー先生と…)
お茶に食事だ、と思ったけれども、それが自分に似合うだろうか。
自分の部屋に椅子とテーブルを据えて、ブルー先生とお茶の時間を楽しむのが。
(……うーむ……)
致命的に似合っていない気がする、と抱えた頭。
十四歳の自分が、ブルー先生と食事をするのなら…。
(店に出掛けて、ラーメンとか、お好み焼きだとか…)
絶対、そっちだ、と思うものだから、それはそれで愉快な光景ではある。
今の時代も人気が高い「ソルジャー・ブルー」にそっくりなブルー先生と、ラーメンの店。
お好み焼きの店にしたって、周りの人が驚くだろう。
「チビのハーレイ」には似合いの店でも、ブルー先生の方は…。
(…掃き溜めに鶴というヤツだ)
こいつはいいな、と可笑しくなった。
きっと「ハーレイ」が成長してゆく間に、そんな場面が掃いて捨てるほど。
(ブルー先生は、俺に合わせてくれるんだろうし…)
洒落た店が似合う年になるまで、そういった店に付き合ってくれる。
ついでに、「チビのハーレイ」が、前のハーレイと同じ年齢になるまでには…。
(うんと時間がかかっちまって、同い年くらいに見える時代も…)
やって来るから、面白い。
その頃には、もう「ブルー先生」がいる学校は、とうに卒業していて…。
(堂々とデートに誘えるってモンだ)
同い年だが、とクックッと笑う。
「ちょうど似合いのカップルだよな」と。
(こりゃ、いいな)
逆だったなら、前とは違う楽しみ方が…、と夢が広がる。
ブルーと同じ年頃でデートなんかは、前の生では出来ていないから。
前のブルーが追い付く前に、前の自分が年を重ねたから。
(…ブルー先生の方じゃ、どう思ってるかは分からんが…)
そいつも悪くないじゃないか、とコーヒーのカップを傾ける。
「ブルー先生と、ハーレイ君だ」と、「俺の人生も変わっちまうぞ」と。
残念なことに、夢物語に過ぎないけれども、逆の立場も悪くはない。
きっと色々、新鮮だから。
前の生では出来なかったこと、驚きが山ほどあるだろうから…。
逆だったなら・了
※ハーレイ先生とブルー君が、逆の立場で出会っていたら、と考えてみたハーレイ先生。
なかなか愉快なことになりそう、同い年のカップルでデートなんかも。それも素敵かもv
「ねえ、ハーレイ。神様ってさ…」
ちょっと酷くない、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然、真剣な顔で。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「酷いって…。いったい何があったんだ?」
今日のお前は元気そうだが、とハーレイの方も首を傾げた。
いきなり「神様は酷い」と言われても、意味が掴めない。
ブルーが風邪でも引いていたなら、直ぐに納得するけれど。
(せっかくの休日に風邪だなんて、と言うのなら…)
不満たらたらになって当然、神様を恨みもするだろう。
とはいえ、今日のブルーは至って普通。
虚弱な身体の持ち主にしても、この様子なら充分、健康。
(なのに、神様は酷いってか?)
分からんぞ、と首を捻っていると、ブルーが重ねて言った。
「だって、本当に酷いんだもの」と。
「あのね…。ハーレイは、今は、何歳?」
急に投げ掛けられた質問。
「神様は酷い」と、どう繋がるのか分からない。
けれど、答えないと、話は進んでくれないだろうし…。
「俺の年なら、お前と同じでウサギ年だから…」
二十四歳、足すだけだな、と指を右手で二本、左手で四本。
「干支が二回り違うんだから、そうなるだろう」と。
「ほらね、やっぱり酷いんだってば」
神様はさ、とブルーは桜色の唇を尖らせた。
「違いだけでも二十四年」と、「ぼくは十四歳なのに」と。
「なるほどな…。お前の不満は、だいたい分かった」
チビに生まれたのが嫌なんだな、とハーレイは大きく頷く。
「俺より遥かに年下のチビで、子供な件か」と。
「そう! だって、あんまりすぎるんだもの」
不公平だよ、とブルーは膨れた。
「ハーレイだけ、先に大人にして」と、「酷いってば」と。
ブルーが言うには、条件は、もっと平等にすべき。
同じに生まれ変わらせるのなら、年齢の方も公平に、と。
「そう思わない? ちょっと酷いと思うんだけど…!」
この年の差はどうかと思う、とブルーは更に言い募る。
「もっと縮めてくれなくっちゃ」と、「公平にね」と。
(…要するに、自分がチビなのが嫌で…)
もっと大人でいたいんだろうが…、とハーレイにも分かる。
ブルーの気持ちは理解出来るし、確かに思わないでもない。
「ブルーが、もっと大人だったら良かったのに」と。
結婚出来る十八歳になっていたなら、今頃は、とうに…。
(一緒に暮らしていたんだろうしな)
ちゃんと結婚式を挙げて、と思ったことは何度もある。
「どうして、こうなっちまったんだ」と。
ブルーが二十四歳も年下の、チビに生まれて来るなんて。
この差が、せめてニ十歳なら、結婚出来る年なのに、と。
「黙っちゃったってことは、ハーレイだって同じでしょ?」
そうなんでしょ、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「神様は、ちょっと酷いと思う」と「不公平だよ」と。
(……うーむ……)
確かにな、と頷きそうになるのだけれども、どうだろう。
ブルーと自分を、生まれ変わらせてくれた存在が、神。
青く蘇った水の星の上に、前の生と同じ姿までつけて。
(この上、俺まで文句を言ったら…)
バチが当たってしまいそうだ、と頭の中で懸命に考える。
どうすれば「不公平」な現状を、違うと否定出来るかと。
(公平だったら、どうなるんだろうな?)
年の差が二十四も無ければ…、と数える数字。
「ニ十歳でも、大きすぎるか」と、「不公平だな」と。
(…そうなってくると…)
妥当な数字は、五年くらいといった所か。
いや、五年でも大きいだろうか、三年くらい…。
(そうだな、三年くらいとすると…)
どんなもんだ、と想像してみて、「それだ!」と閃いた。
「公平だったら、大変だぞ」と。
「俺も、ブルーも、困っちまう」と、「とんでもない」と。
これならいける、とブルーを真っ直ぐ見詰めて言った。
「不公平な方がいいと思うぞ」と。
「えっ…?」
なんで、とブルーは即座に抗議したけれど。
「公平だったら、結婚だって出来ていたよ」と言うけれど。
「お前の目当ては、やっぱりソレか。しかしだな…」
公平にするなら、年の差は三年くらいだろう。
お前が十四歳だと、俺は十七、同じ学校の生徒だな。
つまり、お前が、前のお前と同じ姿になる頃も…。
俺は素敵に若いわけだが、それでいいのか、若い俺でも?
どうなんだ、と尋ねてやったら、ブルーは叫んだ。
「不公平でいい!」と。
「二十四歳違ってもいいよ」と、「公平だと、嫌」と。
「ほほう…。若い俺だと、頼りにならん、と」
「そうじゃないけど! そうじゃないんだけど…」
やっぱり嫌だ、と騒いでいるから、これでいい。
神様がくれた新しい命に、文句をつけてはいけないから。
たとえ少々不満があっても、そこは我慢をすべきだから…。
不公平だよ・了
(……聖痕かあ……)
ハーレイをビックリさせちゃったよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
忘れもしない五月の三日に、自分の身の上に起こった事件。
少し前から、その兆候はあったのだけれど…。
(ソルジャー・ブルーの名前を聞いたら、右目の奥が…)
ツキンと痛む感じを受けた、今の学校に入学した日。
校長先生の話に出て来た、「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」という言葉。
今の時代では決まり文句で、そういった時には必ず出て来る。
人間が全てミュウになった時代、SD体制が崩れた後の平和な世界。
それを築くための礎になった、大英雄が「ソルジャー・ブルー」だから。
彼の存在が無かったならば、ミュウの時代が来るのは遅れて…。
(…青い地球だって、蘇ったかどうか分からないから…)
全ての始まりになった英雄なのだ、と讃えられているソルジャー・ブルー。
(学校で勉強できるのだって、ソルジャー・ブルーのお蔭なんだ、って…)
入学式などではお決まりの挨拶、だから不思議に思わなかった。
下の学校でも何度も聞いたし、珍しくもない言葉だから。
(…だけど、ぼくには…)
自分では全く知らなかっただけで、「ソルジャー・ブルー」の魂が中に入っていた。
その魂が目覚める兆候、それが右目の奥で起こった痛み。
じきに痛みでは済まなくなって、家で勉強していた時に…。
(…ソルジャー・ブルーの名前を見たら、ズキンと痛んで…)
右目から真っ赤な涙が零れて、ノートに血の色の染みを作った。
もちろん自分も仰天したし、両親の所へ言いに行ったら、二人とも慌てふためいて…。
(…病院に連れていかれて、検査…)
なのに、異常は何処にも無かった。
それまでの経緯を聞かされた医者が、口にしたのが「聖痕」と呼ばれている現象。
あるいは、それが起こったのかも、と。
ソルジャー・ブルーが最期に受けたという傷、その傷跡が現れたのかも、と。
もしも聖痕が本物だったら、今の自分は「ソルジャー・ブルー」なのかもしれない。
生まれ変わって来た彼の魂が、身体の中に入っていて。
何かのはずみで目覚めた「それ」が、聖痕を引き起こしているのかも、と話した医者。
病院でそう聞かされた後は、とても怖くて堪らなかった。
自分が自分でなくなるようで。
「ソルジャー・ブルー」の魂が目を覚ましたならば、「自分」がいなくなるようで。
(…今のぼくは、すっかり消えてしまって…)
元はソルジャー・ブルーだった魂、それだけが残るのかもしれない。
そうなったならば、今の自分が生きた記憶も、大切なものも…。
(何もかも、全部なくなっちゃう…)
そんなの怖い、と怯えていたのに、本当に現れてしまった聖痕。
いつもと同じに学校に行った、今は記念日になった日に。
前の生から愛し続けたハーレイと、再会を遂げた五月の三日に。
(…ハーレイそっくりの先生がいるんだ、って…)
病院の医者から聞かされたけれど、まるで繋がってはいなかった。
クラスメイトが噂していた、新しく来たという古典の教師。
(前の学校で、急な欠員が出ちゃったから…)
新学期の開始より少し遅れて、赴任して来た教師がハーレイ。
けれども、クラスメイトの噂話に「ハーレイ」の名前は欠片も入っていなかったから…。
(ふうん、って思っただけだったんだよ)
新しい先生が来るんだな、と考えただけ。
まさか「ハーレイ」がやって来るとは、夢にも思っていなかった自分。
目覚めかけていた魂の方も、特に反応しなかった。
右目の奥は少しも痛まなかったし、「聖痕」なんかも忘れていた。
それなのに…。
(ハーレイが、教室に入って来た瞬間に…)
聖痕は一気に、その全貌を現した。
兆候があった右目どころか、両方の肩と左の脇腹に。
「前の自分」がメギドでキースに撃たれた、全ての箇所に。
(…誰が見たって、大怪我だよね…)
教室中に上がった悲鳴を覚えている。
ハーレイが慌てて、駆け寄って来た時の表情も。
(聖痕、とっても痛かったけど…)
痛みで意識が飛びそうだったけれど、その最中に思い出したこと。
「ハーレイなんだ」と。
倒れた自分を抱き起こしてくれた、今のハーレイの逞しい腕。
自分の中から鮮血と一緒に溢れ出して来た、前の自分の膨大な記憶。
それが「ハーレイだ」と告げていた。
またハーレイに巡り会えたと、愛おしい人と再び出会えのだ、と。
同時にハーレイの記憶も戻って、二人分の記憶が絡み合った。
「やっと会えた」と。
遠く遥かな時の彼方で引き裂かれてしまった、誰よりも大切に思った人と。
(…ハーレイも、学校の先生も、クラスのみんなも…)
うんとビックリさせちゃったけど、と自分の身体を眺めてみる。
あれきり聖痕は現れないから、その役目はもう、終わったのだろう。
今の自分と、今のハーレイとを、無事に再会させられたから。
もうお互いに離れはしなくて、何処までも一緒に生きてゆけるから。
(…ホントはちょっぴり、足りないんだけどね…)
今のぼくの背丈と、それから年が、と零した溜息。
結婚するには幼すぎる年で、前の自分より小さな身体。
お蔭で、せっかく巡り会えても、まだ二人では暮らせない。
暮らすどころか、唇へのキスもして貰えなくて、デートも断わられる始末。
なんとも悲しくて情けないけれど、我慢するしかないのだろう。
神様がくれた不思議な聖痕、それでハーレイと巡り会うことが出来たから。
今のハーレイを驚かせてしまって、学校にも迷惑をかけたけれども。
(でも、聖痕が現れたから…)
ハーレイと再会出来たんだよ、と嬉しくなる。
「神様が奇跡を起こしてくれた」と、「神様からの贈り物なんだ」と。
身体中が血に染まるだなんて、とても傍迷惑な聖痕。
それに自分も痛かった。
おまけに、聖痕を目にしたハーレイときたら…。
(キースを絶対、許さない、って…)
心の底から怒り狂っていて、今は何処にもいないキースを、今も激しく憎んでいる。
本物のキースがいないものだから、朝顔のキースに八つ当たりするほど。
(…秋朝顔の、キース・アニアン…)
ご近所さんが育てている、秋に花を咲かせる種類の朝顔。
幾つも品種があるのだけれど、ご近所さんのは「キース・アニアン」。
その花の名前を知ったハーレイは、朝顔の「キース」に復讐する気満々で…。
(…もしも垣根から顔を出したら、毟ってやる、って…)
本気かどうかは謎だけれども、ハーレイならばやりかねない。
朝顔の花をブツッと毟って、指で八つ裂きにするくらいは。
引き裂いた後はグチャグチャに潰して丸めてしまって、ポイとゴミ箱に捨てるくらいは。
(……本物のキースに、地球で会った時……)
ハーレイは何も知らなかったから、キースに挨拶したという。
メギドの中で何があったか知っていたなら、一発、お見舞いすべき所で。
(だから、ホントに憎んでて…)
復讐を果たし損ねた恨みの分まで、余計に憎くて堪らないらしい。
キースに撃たれた「ソルジャー・ブルー」は、キースを憎んでいないのに。
むしろ、キースに会えたなら…。
(話したいことが、一杯あるのに…)
それをハーレイに何度言っても、ハーレイの怒りは消えてくれない。
「あいつは、お前を撃ったんだぞ」と言うだけで。
「俺は、絶対、あいつを許さん」と、憎しみを引き摺り続けるだけで。
(……いつかは、消えると思うんだけど……)
その時が来るまで、ハーレイはキースを憎み続けて、自分自身にも怒りを向ける。
「どうして、気付かなかったんだ」と。
キースが「ブルー」に何をしたのか、知らないままで死んだ前のハーレイ。
そんな自分を「間抜けだった」と、その愚かしさを呪い続けて。
(ハーレイ、聖痕を見てしまったから…)
時の彼方で何が起きたか、今頃になって知ることになった。
メギドに飛び去った「ソルジャー・ブルー」が、どんな風に死んでいったのか。
もしも聖痕を見なかったならば、ハーレイは知らないままだったろう。
そうなればキースを憎みはしないし、自分自身に怒りを覚えることだって無い。
ソルジャー・ブルーが受けた傷跡、それを知ることは無いのだから。
「前のブルーは、メギドを沈めて死んだんだ」としか、思ってはいないわけだから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
聖痕なんかは、無かった方が良かったのかな、と傾げた首。
あの聖痕があったからこそ、ハーレイと巡り会えたのだけれど…。
(…もしも、聖痕が無くっても…)
ちゃんと出会えていた気がするよ、と溢れる自信。
なんと言っても、ハーレイと自分なのだから。
気が遠くなるほどの時が流れても、地球の上で再会出来たのだから。
(…前のハーレイと、ぼくとの絆…)
二人の間を結ぶ絆は、とても強くて確かなもの。
たとえ聖痕が無かったとしても、お互いに巡り会えたと思う。
何処かの街角でバッタリ会うとか、公園で偶然、出会うだとか。
その瞬間に、ハーレイも自分も、互いを見付けて、互いに思い出すことだろう。
「前の自分」が何者だったか、目の前にいるのは誰なのかを。
きっと互いに、見詰め合わずにはいられない。
「本物なのか?」と。
本当に再び出会えたのかと、今度こそ、共に生きられるのかと。
(…前のぼくは、メギドで泣きじゃくったけど…)
ハーレイの温もりを失くしてしまって、右手が凍えて冷たくて泣いた。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、「二度と会えない」と。
それでもこうして巡り会えたし、聖痕が無くても、何処かで必ず出会えただろう。
ならば、ハーレイにキースを憎ませ、自分自身を責めさせるような聖痕は…。
(…無かった方が良かったのかも…)
聖痕が無くっても、ぼくたちは、きっと出会えるものね、と思ったけれど。
あんな無残な傷の跡など、現れない方が平和だよね、と考えたけれど…。
(…それだと、右手が冷たくなっても…)
前の自分の悲しい最期を夢に見たりして辛くなっても、ハーレイに甘えることは出来ない。
何があったか語らなければ、ハーレイには通じないのだから。
「右手が冷たい、って…。冷やしたんだろ?」と言われるだけで、何も分かって貰えない。
前の自分の悲しい最期も、思い出すと辛くなることも。
右手が冷えてしまった時には、嫌でも蘇る悲しみのことも。
(…聖痕が無くっても、出会えそうだけど…)
やっぱり、あって正解だよね、とコクリと頷く。
今のハーレイには気の毒だけれど、今の自分は強くないから。
ソルジャー・ブルーと同じ強さを持っていたなら、一生、黙っていられたとしても。
(…ごめんね、ハーレイ…)
弱虫なぼくで、と思うけれども、ハーレイなら許してくれるだろう。
聖痕が現れなかったとしても、出会えただろう恋人だから。
二人で青い地球に生まれて、今度こそ、共に生きるのだから…。
聖痕がなくっても・了
※もしも聖痕が無かったとしても、ハーレイ先生とは出会えそうだ、と思うブルー君。
でも、前の自分の悲しかった最期は知って欲しいし、やっぱり必要。弱虫ですものねv
(……聖痕か……)
あれには驚かされたよな、ハーレイが、ふと思い出したこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを味わっていた時に。
今のブルーと再会した時、目にした現象。
十四歳にしかならないブルーは、転任して来た先の学校にいた。
そうとも知らずに入った教室、其処で目にした一人の生徒。
(とても珍しいアルビノなんだが、それに気付くより前にだな…)
生徒の瞳から溢れ出した血。
それに脇腹、両方の肩からも鮮血が溢れて、教室のあちこちで上がった悲鳴。
(てっきり事故だと思ったんだ…)
生徒が大怪我をしたのだろうと、倒れたブルーに駆け寄った。
「大丈夫か?」と抱き起こした途端に、流れ込んで来た膨大なブルーの記憶。
同時に自分自身の記憶も、湧き上がるように蘇った。
「ブルーなんだ」と。
遠く遥かな時の彼方で、誰よりも愛したソルジャー・ブルー。
ただ一人きりの、愛おしい人。
自分が「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれていた頃、前のブルーと育んだ恋。
「何処までも共に」と誓っていたのに、前の自分はブルーを失くした。
前のブルーは、「ハーレイの恋人」であるよりも前に、ミュウを導く者だったから。
ミュウの仲間を乗せていた船、白いシャングリラを守るソルジャー。
白い箱舟をメギドの炎から守り抜くために、前のブルーは命を捨てた。
「頼んだよ、ハーレイ」と、後を託して。
シャングリラを地球まで運んで行くよう、前の自分に密かに頼んで。
(…だから前の俺は、生きるしかなくて…)
愛おしい人のいない世界で、務めを果たすためだけに生きた。
「いつか地球まで辿り着いたら、自由になれる」と。
その日が来たなら、ブルーの許へと旅立てるのだ、と自分に懸命に言い聞かせて。
いつか、その日は来る筈だった。
実際、やって来たのだけれども、残念なことに記憶が無い。
「これでブルーの所へ行ける」と、夢見るように考えた後の、一切が。
燃え上がる地球の地の底深くで、崩れ落ちて来た大量の瓦礫。
その下敷きになって死んだことだけは、間違いのない事実だけれども…。
(……あいつに会った記憶が無いんだ)
魂が身体から解き放たれた後は、どうなったのか。
真っ直ぐに何処かへ飛んで行ったか、それともブルーが迎えに来たか。
(…何も覚えちゃいないんだよなあ…)
困ったもんだ、と思うのだけれど、こればかりはどうすることも出来ない。
ついでに、生まれ変わって来たブルーの方も…。
(やっぱり覚えちゃいないと言うから、生まれ変わって来る時には…)
天国の記憶は消えちまうんだな、と納得するより他に無かった。
「もしも天国を覚えていたなら、きっと帰りたくなっちまうんだ」と。
何と言っても天国なのだし、それは素晴らしい世界だろう。
青い地球がどんなに美しくても、前のブルーが焦がれた星でも、地球は地球。
神様の国に敵いはしないし、天国の記憶を持っていたなら、欲張りになる。
「あちらの方が、ずっと良かった」などと、贅沢を言って。
せっかく青い地球に来たのに、青い水の星に不満を抱き続けて。
(それじゃ駄目だと、神様が消してしまったんだな)
前のあいつとの再会とかは、と苦笑する。
再び会えた時の喜び、それに抱擁、そういったものも。
前のブルーが流した涙も、前の自分が流した涙も。
(…綺麗サッパリ忘れちまって…)
愛おしい人との再会の記憶、それは聖痕の鮮血で始まる。
前のブルーがキースに撃たれた、痛ましい傷。
赤く輝く右の瞳まで、キースは容赦なく撃った。
まるでブルーを弄ぶように、致命傷を負わせないままで。
苦痛を与え続けた挙句に、仕上げの屈辱を投げ付けるように。
(……とんでもないことをしやがって……)
キースの野郎だけは許せん、と奥歯をギリッと噛み締めた。
前の自分は、ブルーの最期を知らなかったから…。
(…キースの野郎に出会った時に…)
相手は国家主席で人類の代表、キャプテンとして礼を尽くさねば、と挨拶をした。
沢山の犠牲を払った果てに、ようやく辿り着いた地球。
ミュウと人類の会談の場が設けられた以上は、平和的に話し合わなければ、と。
(それは分かっているんだが…)
前の俺だって分かっちゃいたが、とギュッと握り締める手。
「それでも、ブルーの最期を知っていたなら、俺はキースを殴っただろう」と。
もちろん、会うなり殴りはしない。
その程度の常識は心得ているし、自制心だって充分にあった。
だから、キースを殴るなら…。
(ユグドラシルの中で、何か口実を設けてだな…)
国家主席と「キャプテン」だけの私的な話し合いの場所。
それをキースに用意させた上で、出掛けて行って殴ったと思う。
「よくも、俺たちのソルジャーを」と。
あくまでブルーの恋人ではなく、キャプテンとしての立場に立って。
でないと、全てが無駄になるから。
前のブルーと隠し続けた、大切な恋が明るみに出て。
(…人類との戦いが終わった以上は、別にバレてもいいんだが…)
どうせブルーの後を追うのだし、そうなればミュウの仲間にも知れる。
とはいえ、ブルーとの恋を最初に知るのが…。
(キースというのは、腹立たしいなんてモンじゃないしな)
要は殴れればいいんだから、と思いはしても、その機会は永遠に無くなった。
前の自分はとっくの昔に死んでしまって、キースもいない。
生まれ変わって来ていたとしても、殴り飛ばすのは…。
(時効ってヤツで、キースにしたって…)
新しい人生を生きているから、前のキースとは違う筈。
「殴っていいぞ」と詫びて来られても、殴れない。
そうして謝る殊勝なキースは、もう「仇」ではないのだから。
(…なんとも複雑な感じだな…)
恨みの持って行き場も無いというのはな、とコーヒーのカップを傾ける。
今のブルーに現れた聖痕、それで全てを知ったのに、と。
ブルーの聖痕を見なかったならば、知らないままでいたかもしれない。
前のブルーが生の最後に、どんな惨い目に遭ったのか。
生まれ変わったチビのブルーに、聖痕が現れなかったならば。
(……そうかもしれん……)
しかし、それでも出会えたろうな、と別の方へと向かった思考。
今の自分も、今のブルーも、聖痕で記憶が戻ったけれど…。
(あれが現れなかったとしても…)
聖痕が無くても、きっと出会えた、そんな気がする。
前のブルーと自分の絆は、切れることなど無いだろうから。
青い地球の上で出会わなくても、聖痕が無くても、互いに互いを見付けるだろう。
神の助けを借りずとも。
聖痕という神の奇跡の力が、ブルーの上に働かなくても。
(…うん、きっとそうだ)
そうでなくちゃな、と溢れる自信。
「俺はブルーを見付けられる」と、「ブルーも、俺を見付けてくれる」と。
何故なら、誓い合ったから。
遠く遥かな時の彼方で、「何処までも共に」と。
前のブルーは誓いを破って、一人きりでメギドへ飛んだけれども…。
(…それでも俺たちは、ちゃんと出会えた)
青く蘇った地球の上でな、と今の自分の手を見詰める。
前の自分とそっくり同じな、その手のひら。
ブルーはチビになったけれども、いずれは育って、前のブルーと同じ姿になるだろう。
そこまで強い絆で結ばれ、こうして地球までやって来た。
先に生まれた今の自分を追い掛けるように、ブルーが生まれて。
隣町で生まれた今の自分は、ブルーが生まれる前に、この町に引っ越して来て。
だから、必ず会えたと思う。
今のブルーに聖痕が無くても、きっと何処かで。
(…そういう出会いも悪くないよな)
聖痕は抜きで、奇跡の再会、と描いてみる夢。
何処でブルーと出会っただろうか、記憶は直ぐに戻ったろうか、と。
(あいつなんだ、と気付いたら…)
記憶は直ぐに戻ると思う。
出会った場所が公園だろうと、街角でバッタリ出くわそうとも。
そして互いに気が付いたならば、そのまま擦れ違うことはしないで…。
(絶対、あいつを呼び止めるんだ)
ブルーが遠慮していたならな、と大きく頷く。
十四歳にしかならないブルーは、自分から大人に声を掛ける勇気は無いだろう。
サイオンもとても不器用なのだし、「ハーレイなの?」と思念で聞けはしないし…。
(俺に気付いた、って顔に出てても、恐らくは…)
何も言えずにいるだろうから、「ブルーじゃないか?」と呼び掛ける。
「もしも人違いだったら、すまん」と、一応、詫びの言葉も入れて。
(……そうしたら……)
たちまち、あいつは飛び付いてくるな、と緩んだ頬。
今のブルーなら、きっとそうなる。
「ハーレイ!」と、顔を輝かせて。
白いシャングリラの頃と違って、二人の恋を隠さなくてもいいのだから。
(とはいえ、やっぱり人目はあるし…)
ついでに子供にキスは出来ん、と可笑しくなった。
チビのブルーが飛び付いて来ても、「そこまでだな」と。
「ちょっと、お茶でも飲まないか?」と、最初のデートに誘いはしても。
(でもって、あいつは不満たらたら…)
今と大して変わらないぞ、と想像してみて、「やっぱり会えるな」と確信した。
前のブルーの悲しい最期を表す聖痕、あれが無くても。
何処かでブルーに巡り会えるし、記憶も戻って来るのだろう、と。
(しかし、キースの野郎は許せん)
やっぱり、聖痕を見ておかないと、と思いもする。
聖痕が無くても会えるけれども、それでは片手落ちだから。
前のブルーの悲しい最期は、どうしても知っておきたいから…。
聖痕が無くても・了
※ブルー君に聖痕が現れたことで、再会したハーレイ先生と、ブルー君。でも…。
聖痕が無くても、きっと再会出来た筈。そういう出会いも幸せですよね、片手落ちでもv