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(生まれ変わりなんだよなあ…)
 あいつも、俺も、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 十四歳にしかならない、小さなブルー。
 遠く遥かな時の彼方で恋をしていた、愛おしい人の生まれ変わり。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた人、前の自分が誰よりも大切にしていた人。
 その人と、再び巡り会えた。
 気が遠くなるほど長い長い時が、流れ去った後で。
 前の自分たちが焦がれ続けた地球、死の星だった星が青く蘇って来た、その場所に。
 そして始まった、恋の続き。
 果たせずに終わった沢山の夢を、約束を叶えてゆくために。
(まだまだ、先は長いんだがな…)
 ブルーが育ってくれない内は、と分かってはいる。
 結婚できる年の十八歳にならない限りは、ブルーとの恋は、当分、お預け。
(…あいつは、キスを強請って来るが…)
 子供にキスは早すぎるから、強請られる度に叱っている。
 そういう日々が、まだ何年も続くのだろう。
 ブルーの方は不満たらたら、けれど、自分も残念ではある。
 再会した時、ブルーが充分に成長していて、前と同じ姿だったら、と。
 そうだったとしたら、迷いもしないで、直ぐにプロポーズをしたことだろう。
 「俺と暮らしてくれないか」と。
 「今度こそ、共に生きてゆこう」と、「誰よりも幸せにしてやるから」と。
 前の自分たちを縛っていた枷、それはとっくに失せているから。
 もうソルジャーでもキャプテンでもなくて、ただのブルーとハーレイだから。
(…そいつが、ちょっぴり残念なんだが…)
 チビのブルーと過ごす時間も、前の生では得られなかった幸せなもの。
 「だから不満を言いはしないさ」と思うし、現に、満足している。
 いくらブルーがチビであろうと、中身の方も子供だろうと。


 そんなブルーに恋をしたのは、忘れもしない五月の三日。
 今の学校に赴任して来て、入ったブルーの教室で起きた事件のせい。
(あいつの右目から、血が流れ出して…)
 驚く間もなく、両の肩から、左の脇腹から、溢れ出して来た大量の鮮血。
 後に聖痕だと分かったけれども、あの瞬間には怪我だと思った。
 生徒が事故に遭ったのだ、と。
(でもって、ブルーに駆け寄ってだな…)
 抱き起こした途端に、膨大な記憶が交差した。
 ブルーのと、それに自分の分と。
 時の彼方で何があったか、自分たちは誰であったのか、と。
(思い出したら、もう、あいつしか…)
 見えなかったし、心はブルーで一杯になった。
 「俺のブルーが帰って来た」と。
 赤いナスカでの惨劇の時に、失くしてしまった愛おしい人。
 たった一人でメギドへと飛んで、二度と戻らなかった人。
 「幽霊でもいいから、一目会いたい」と、何度願ったことだろう。
 独りぼっちで残された船で、生ける屍のように暮らしてゆく日々の中で。
 ブルーが自分に遺した言葉は、「頼んだよ、ハーレイ」だったから。
 ジョミーを支えて地球に行くよう、ブルーは望んでいたのだから。
(そのせいで、あいつの後も追えなくて…)
 どれほど辛い毎日だったか、思い出しただけで胸がズキリと痛む。
 「よくまあ、耐えていられたもんだ」と、「今の俺なら無理かもしれん」と。
 そうやって失くした、前の自分が愛した人。
 「俺が死んだら、きっと会える」と思っていたのに、奇跡のように巡り会えた。
 自分もブルーも、生きた姿で。
 前の生で「行こう」と誓い合った地球に生まれ変わって。


 お蔭で、今は幸せな日々。
 今日のようにブルーに会い損なっても、きっと明日には会えるだろう。
 明日が駄目でも、週末になれば、ブルーの家まで出かけてゆける。
 そして二人でゆっくり話して、前の生での思い出話をすることだって。
(……幸せだよなあ……)
 もう一度、あいつに会えたってこと、と思った所で、掠めた思考。
 「もしも、記憶が無かったとしたら?」と。
 自分もブルーも、生まれ変わって来たのだけれども、前の生での数々の記憶は…。
(…あいつに聖痕が現れるまでは…)
 まるで全く無かったのだった、自分も、それにブルーの方も。
 今にして思えば「あれが、そうか」と思う痕跡、それは幾つかあるのだけれど。
(白い車を勧められても、どうも気乗りがしなかったとか…)
 そんな具合で、名残りならあった。
 けれども、それらは「今だから分かる」というだけのこと。
 記憶が戻っていない間は、特に不思議にも思わなかった。
(…ということは、お互い、記憶が戻らなかったら…)
 今度の恋は無かったろうか、と傾げた首。
 自分はブルーに恋をしなくて、ブルーの方でも、恋はしないで終わったろうか、と。
(……うーむ……)
 どうなんだろう、とコーヒーを一口、喉の奥へと流し込む。
 今のブルーに巡り会うまで、男性に恋をしたことは無い。
 女性にだったらモテていたけれど、彼女たちを嫌うことも無かった。
(試合の応援に来てくれた時に、花束や差し入れを貰ったら…)
 それは素直に嬉しかったし、子供部屋がある今の家だって…。
(いつか嫁さんと暮らすもんだ、と思ってたよなあ…)
 ブルーじゃなくて、女性の嫁さん、と「ブルーに出会う前」を考えてみる。
 そういう普通の思考の持ち主、ごくごく平凡な古典の教師。
 教室でブルーに出会った途端に、見染めるのかと問われたら…。
(…有り得ない気が…)
 ただのガキだぞ、と首を振る。
 十四歳の子供なんかに、一目惚れは有り得ないだろう、と。


(どう考えても、俺の守備範囲から外れてるしな?)
 子供な上に、男だ、男、と冷静に弾き出す答え。
 いくらブルーが「小さなソルジャー・ブルー」な外見だろうと、たったそれだけ。
 「なんとも可愛らしい生徒がいるな」と目を丸くして、きっと感心するだけだろう。
 一目惚れなんかはするわけがないし、「授業を始める」と告げておしまい。
(…ブルーの方でも、やたら体格のいい教師が来たな、と…)
 思って見ているだけだろうな、と容易に想像がつく出会い。
 これでは恋が芽生えはしないし、「前の記憶」が無かったならば…。
(…恋はしないで、それっきりなのか?)
 なんとも寂しい話なんだが…、と零れる溜息。
 前の生では、あんなにも誓い合ったのに。
 「何処までも共に」と、ブルーの命が尽きる時には、追って逝くとまで。
(……そこまでの恋が、消えちまって……)
 出会えたとしても、教師と生徒で終わるだなんて、あまりに切ない。
 自分たちには自覚が無くても、なんとも思っていないとしても。
(…せっかく二人で、青い地球まで来たっていうのに…)
 前の俺たちの恋は跡形も残らないなんて、と考えるだけで悲しくなる。
 遠く遥かな時の彼方で、失われて、それっきりなんて。
 もう一度、巡り会えたというのに、気付きもしないでおしまいなんて。
(しかし、記憶が無いのでは…)
 そうなるのも、やむを得ないだろうか、と深い溜息をついたはずみに、前の記憶が蘇った。
 前のブルーと初めて出会った、アルタミラ。
 メギドの炎で滅ぼされる前、シェルターの中に閉じ込められた。
 そのシェルターを、サイオンで破壊したブルー。
 けれどブルーは逃げもしないで、ただ呆然と座り込んでいた。
 そこへ「凄いな、お前」と声を掛けたのは、誰だったのか。
 子供にしか見えなかったブルーを相棒に選び、仲間を助けて回ったのは。
(……俺だったんだ……)
 何も考えずに、あいつを選んだ、と思い出した時の彼方の記憶。
 「理由なんかは何も無かった」と、「俺があいつを選んだだけだ」と。


 そうやって出会い、始まった前のブルーとの日々。
 時を経て、やがて恋が芽生えて、互いに求め合うようになった。
(ブルーにしたって、初めて出会った、あの瞬間から…)
 阿吽の呼吸で、燃えるアルタミラを走り回って、共に乗り込んだ宇宙船。
 後にシャングリラと名付けられた船へと、迷いもせずに。
 あの時、互いの名前以外は、何一つ知らなかったのに。
 本当に「出会った」というだけのことで、自己紹介さえしなかったのに。
(……ということはだ、俺とブルーは……)
 何もしなくても引かれ合うんだ、と確信に満ちた思いが湧き上がる。
 出会って直ぐから、誰よりも信頼し合っていた仲。
 互いが誰かも、深く知らない間から。
 ただ魂が引かれ合うから、突き動かされるように、手を取り合って。
(…そういうことなら、記憶が無くても…)
 俺たちは恋をしたんだろうな、と浮かんだ笑み。
 小さなブルーが子供の間は、ただの友達だったとしても。
 仲のいい教師と生徒としてしか、互いを見てはいなくても。
(…そうだな、いつか時が満ちたら…)
 きっとプロポーズをするんだ、俺は、と育ったブルーを思い浮かべる。
 「お前が好きだ」と、「俺と一緒に暮らして欲しい」と。
 ブルーの方でも、その時を待っていたかのように…。
(頷いて、「うん」と言ってくれるさ)
 記憶が無くても、俺たちは、ずっと一緒なんだ、という気がする。
 遠く遥かな時の彼方から、互いに恋をして来たから。
 これから先も、ずっと遥か先も、ブルーと恋をしてゆくと思う。
 たとえ、互いを忘れていても。
 前の自分が誰だったのかを、全く思い出せなくても。
 お互い、まるで記憶が無くても、互いに引かれ合うのだから。
 自分はブルーを見付けるだろうし、ブルーも見付けてくれるだろうから…。

 

           記憶が無くても・了


※もしも前世の記憶が無くても、互いに恋をしていただろう、と思うハーレイ先生。
 この二人なら、そうなるに違いありませんけど、前の生の記憶があるのが一番ですよねv











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「ねえ、ハーレイ。…忘れたんでしょ?」
 ホントのところは、と小さなブルーが、いきなり尋ねた。
 二人きりで過ごす休日の午後に、首を傾げて。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 忘れたって…」
 何の話だ、とハーレイの方も首を捻った。
 あまりにも唐突過ぎる質問、思考回路が付いて行かない。
(…お母さんのケーキは、やっぱり美味いな、と…)
 そういう話をしていたのに、と眺めるパウンドケーキ。
 ブルーの母が焼くパウンドケーキは、絶品で…。
(おふくろの味とそっくりなんだが、それについては…)
 忘れることなど無い筈だが、と額を指でトントンと叩く。
 おふくろの味を忘れはしないし、もちろん、レシピも…。
(俺が焼いても、この味わいにはならないだけで…)
 忘れやしない、と頭の中で確認するレシピ。
 バターと小麦粉、卵と砂糖を1ポンドずつ入れるんだ、と。


 忘れる方が難しそうな、パウンドケーキのレシピの分量。
(全部の材料を、1ポンドずつ使うから…)
 ポンド、すなわちパウンドケーキ、と、そのままの名前。
 前の生では、作った覚えが無いけれど…。
(今じゃすっかり、馴染みのケーキで…)
 おまけに、ブルーのお母さんのは美味いんだ、と緩む頬。
 小さなブルーも、「練習するから」と言っているほど。
(…もしかして、それか?)
 その件だろうか、とピンと来たから、恋人に微笑み掛けた。
 「覚えてるぞ」と、自信を持って。
「お前、作ってくれるんだったな、パウンドケーキ」
 今は無理だが、いずれはお母さんに教わるんだろう、と。
 うんと楽しみに待っているから、腕を磨けよ、と。
「えっと…? やっぱり忘れてしまってるよね…?」
 その約束はしたけれど、とブルーは、フウと溜息をついた。
 「ケーキの話は今のことでしょ」と、「前のことだよ」と。
「前のことだと?」
 今じゃなくてか、と思い当たった前の生。
 そっちで何かがあったろうかと。


(…前の俺だった時に、パウンドケーキ…?)
 作った覚えは全く無いぞ、と厨房時代を振り返ってみる。
 手書きのレシピ集を作っていたほど、頑張ったけれど…。
(菓子も色々作ってたんだが、パウンドケーキは…)
 とんと覚えていないんだがな、と困ってしまった。
 「本当に、忘れちまったのか?」と。
 何か特別な思い出があった、とても大切なケーキのことを。
 そうだとしたなら、謝らなければ。
 前のブルーとの大事な思い出、その欠片を取り戻すために。
 小さなブルーが覚えていること、その話に耳を傾けて。
 だから素直に謝った。
 「すまん」と、深く頭を下げて。
「…すまない、忘れちまったようだ。俺としたことが…」
 本当にすまん、と心の底からブルーに詫びる。
 「この通りだから、教えてくれ」と。
 「お前が今も覚えていること、それを俺に」と。
 そうしたら…。


「いいよ、そのまま動かないでね」
 そっちに行くから、とブルーの瞳が煌めいた。
 「キスのやり方を教えてあげる」と、「覚えてるから」と。
「キスだって!?」
「うん。忘れちゃったから、ぼくにキスしないんでしょ?」
 そうだよね、と勝ち誇った顔のブルーがやって来たから…。
「馬鹿野郎!」
 よくも騙しやがって、と銀色の頭に落とした拳。
 コツンと、痛くないように。
 「悪ガキめが」と、「俺はすっかり騙されたんだ」と…。




          忘れたんでしょ・了










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(幻っていうのがあるんだよね…)
 ホントは存在していないものが見えちゃうんだよ、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(昔話とかに、よくあるヤツで…)
 立派な屋敷やお城が見えていたのに、近くに行ったら消え失せるとか。
 確かに見えていた筈の人が、フッと姿を消してしまうとか。
(サイオニック・ドリームだったら、簡単に出来ることなんだけど…)
 昔の人はサイオンなどは持っていないし、色々な原因があったのだろう。
 疲れ果てていて幻覚を見たとか、あるいは酒に酔っていたとか。
 目の錯覚ということもあるのだけれども、見た人にとっては現実と同じ。
 そう、その場所にいた時には。
 幻だとは気付かないまま、その人と話していた時には。
(……うーん……)
 だったら、あれも幻だよね、と思い浮かんだ青い水の星。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が焦がれた地球。
(行きたいなあ、って思っていただけの頃なら、夢なんだけど…)
 いつか行きたい夢の星が地球で、幻だったとは言えないだろう。
 たとえ、青い地球が無かったとしても。
 本物の地球は蘇っておらず、死の星のままであったとしても。
(其処へ行きたい、って夢を持ってるだけで…)
 幻の地球を見てなどはいない。
 何度、心に思い描いても、それは憧れの星で、目標。
 シャングリラと名付けた船で宇宙を旅して、いつの日か辿り着きたい星。
 青く輝く銀河のオアシス、星の海に浮かんだ一粒の真珠。
(それを目標にしてるってだけで、幻を見てはいないよね)
 行こう、と夢見ているだけで。
 地球に着いたら「やりたいこと」を、幾つも夢に描いたとしても。


 けれども、前の自分は出会った。
 青い水の星の幻に。
 その星を身に抱く少女に、よりにもよって、人類の世界で。
(……フィシス……)
 忌むべき機械が、無から作った生命体。
 強化ガラスの水槽の中で、機械に育てられていた少女。
(…理想の指導者を作り上げるために…)
 機械が作り出したものだと、前の自分は知っていた。
 ミュウとは対極にある存在で、その上、ヒトと呼べるかどうか。
 三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡いで、機械が作ったのだから。
(…どう考えても、ミュウの長とは…)
 相容れるモノではないのだけれども、何故か惹かれた。
 人工羊水の中に浮かぶ少女に。
 何故、惹かれたかは今も分からない。
 あれが機械の罠だったならば、きっと酷い目に遭っていたろう。
 水槽に手を触れた途端に、強い電流が流れるだとか。
 タイプ・ブルーでも瞬時に避けられないほど、レーザーの雨が降り注ぐとか。
(…でも、そんなことは考えもせずに…)
 前の自分は、水槽に触れて少女を眺めた。
 胎児のように身体を丸めて、眠っているように見える少女を。
(……そうしたら……)
 少女は不意に目覚めて、水槽の中からこちらを向いた。
 とても愛らしい笑みを浮かべて。
 それからまるで人魚みたいに、ゆらりと揺れて近付いて来て…。
(ぼくを見たから、水槽に手をくっつけて…)
 少女が重ねて来た手を通して、ハッキリと見た。
 自分を彼女に惹き付けたものを。
 彼女が見ていた夢の中には、青く輝く地球が在るのだ、と。


 フィシスが抱いていた、青い地球の映像。
 機械が植え付けた記憶の一つ。
 何故なら、機械が作った少女は、外の世界を「知らない」から。
 無から生まれて、水槽の中で育って来たから、外の世界を知るわけがない。
 本物の地球を見た筈も無いし、明らかに彼女の記憶ではない。
(…それは分かっていたんだけれど…)
 一度、彼女の青い地球を見たら、忘れることなど、もう出来なかった。
 水槽越しに彼女に触れれば、いくらでも青い地球が見られる。
 焦がれ続けた、青い水の星が。
 まだ座標さえも掴めていなくて、いつ行けるのかも分からない星が。
(……だから、とうとう……)
 前の自分は、人類の施設から、彼女を攫った。
 自分の強いサイオンの一部を彼女に移して、ミュウに仕立てて。
 白いシャングリラの仲間を騙して、「ミュウの仲間だ」と偽ってまで。
(…本当のことを知っていたのは…)
 前のハーレイだけだった。
 他の仲間には、本当のことなど言えはしないし、隠すしかない。
 それでも、フィシスが欲しかった。
 彼女が抱く地球を「見たかった」から。
 シャングリラに連れて来て側に置いたら、いつでも地球を見られるから。
(…あの青い地球は、本物なんだと信じていたけど…)
 宇宙の何処かに、あの通りの地球が存在するのだ、と前の自分は思ったけれど。
 船の仲間たちも信じたけれども、実際は、それは幻だった。
 青い地球など、無かったから。
 前の自分が命尽きた後、白いシャングリラが長い旅の果てに辿り着いた地球。
 数多の犠牲を払った末に、ようやく目にした、地球という星は…。
(…赤茶けたままで、有毒の海と砂漠に覆われていて…)
 かつて人間が放棄して去った、高層ビル群の廃墟までもが残されていた。
 フィシスの地球は、青かったのに。
 青く輝く美しい星が、その場所には在る筈だったのに。


(…フィシスの地球は、ただの幻…)
 それが脆くも崩れ去った時を、自分は知らない。
 前の自分は、とうの昔に、メギドで死んでしまっていたから。
 どれほどの絶望が皆を襲ったか、考えただけでも恐ろしくなる。
 もしも、その場に、前の自分が居合わせたなら…。
(なんて謝ったらいいのかさえも、分からないよね…)
 青い地球を目指さなければ、と言い出したのは、前の自分だから。
 地球を抱くフィシスを攫った時にも、自分自身に、そう言い訳した。
 「いつか地球まで辿り着くには、フィシスが抱く地球を眺めることも必要なのだ」と。
 どんなデータよりも確かだと思えた、青い地球へと降りてゆく映像。
 それを見たなら、自分自身を鼓舞出来るから。
 「地球へ行きたい」と願う気持ちが、より強いものになってゆくから。
(……そうやって、幻の地球を追い掛け続けて……)
 前の自分の地球への思いは、夢から幻へと変化したと思う。
 ただ「行きたい」と夢見た頃より、気持ちは強くなったのだけれど…。
(…一つ間違えたら、幻にすっかり夢中になって…)
 現実を忘れかねない状態だった、と言えないこともないかもしれない。
 実際、フィシスを攫ったから。
 船の仲間たちを騙してまでも、幻の地球を手に入れたから。
(…おまけに、フィシスが抱いてた地球は、ホントに幻だったんだよね…)
 あの青い地球は何処にも無かったんだから、と知っている今は、胸が微かにチリリと痛む。
 「前のぼくは、幻を見ていたんだ」と。
 酔っ払っていたわけではなくて、幻覚などでもなかったけれど。
 機械に騙されていただけのことで、仕方ないとも言えるのだけれど…。
(あんな具合に、見たいものが見えてしまうっていうのが、幻かもね)
 立派なお屋敷とか、お城だとか…、と考える。
 会いたいと思う人が見えるとか、そんな具合に。
 人の心は弱いものだから、簡単に騙されるのかもしれない。
 見たいと思う幻に。
 幻なのだと気が付くまでは、その幻が現実だから。


(…今は幻、もう見えないよね)
 本物の地球に来たんだから、と見回した今の自分の部屋。
 夜だからカーテンが閉まっているけれど、窓の向こうに見える景色は、地球のもの。
 正真正銘、青い姿に蘇った地球の。
 前の自分が生きた頃には、幻だった青い水の星。
 それが今では現実になって、もう幻ではなくなった。
 焦がれた星に生まれて来たから、今の生では、幻を追う必要は無い。
 フィシスの地球を眺めなくても、好きなだけ地球を見られるから。
 青く輝く地球の姿は、宇宙からしか見られないのだけれど。
(…今のぼくは、まだ見たことが無くて…)
 宇宙旅行の予定も無いから、それを見られるのは、まだ先のこと。
 とはいえ、宇宙から地球を眺められる日が来た時には…。
(……ハーレイが隣にいてくれるんだよ)
 ちゃんと約束したんだものね、と見詰めた小指。
 今のハーレイと交わした約束、宇宙から青い地球を見ること。
 もう幻ではない地球を。
 今の自分が住んでいる星を、ハーレイと暮らしてゆく星を。
 今度こそ、共に生きられるから。
 結婚出来る年になったら、ハーレイを選んでいいのだから。
(…まだ何年も先だけど…)
 その日は必ず来るんだものね、と思った所で、掠めた思考。
 「まさか、幻なんかじゃないよね?」と。
 そういう幻も、あるものだから。
 会いたいと思う人の姿が、ありありと目の前に見える幻。
 昔話にはよくある話で、その人は、確かに其処にいたのに…。
(……朝になったら、消えてしまって……)
 影も形も無かったという、悲しい話を幾つか読んだ。
 幻だった人の方でも、「会いたい」と願ってくれていたから、会えた話を。
 とても悲しい話の場合は、幻だった人はもう、この世にはいない。
 魂だけが時空を越えて、会いに来ただけ。
 会いたいと願った人の許へと、幻になって。


(……今のハーレイ……)
 幻だったなら、どうしよう、と背筋がゾクリと冷えた。
 今の自分は前の自分の生まれ変わりで、地球に生まれて来たのだけれど…。
(…ハーレイの方は、そうじゃなくって…)
 生まれ変わって来てはいなくて、幻が見えているのかも、と。
 「ソルジャー・ブルー」だった頃の記憶が戻って来たというのに、一人きりだから。
 何処を探しても、どんなに待っても、ハーレイは現れなかったから。
(……そんなことって……)
 絶対に無いよ、と思いたいけれど、前の自分さえもが追った「幻」。
 青い地球の確かな姿を見たくて、フィシスを攫って来たほどに。
 船の仲間たちを欺いてまでも、地球の幻に酔っていたくて。
(…今のぼくだと、前のぼくより…)
 ずっと心が弱いのだから、ハーレイの幻を作りかねない。
 「本物のハーレイ」に出会えなかった悲しみで。
 もう一度、ハーレイに会いたいあまりに、幻のハーレイが見える世界に閉じ籠って。
(…でも、大丈夫…)
 ハーレイは、ちゃんといる筈だもの、と机の上の写真に目を遣った。
 夏休みの記念に撮った写真で、庭で一番大きな木の下、ハーレイと自分が写っている。
 そこまで良く出来た幻なんかは、ある筈がない。
(うん、きっと…)
 ハーレイは幻なんかじゃないよ、と浮かべた笑み。
 他にも色々、探せば証拠が見付かるから。
 今のハーレイは「今は、此処にはいないだけ」だから。
 そういう証拠も、探せば幾つも見付かるだろう。
 何故なら、一緒に地球に来たから。
 今度こそ二人で生きてゆけるし、青い地球だって、もう幻ではないのだから…。

 

             幻だったなら・了


※幻について考える内に、怖くなってしまったブルー君。ハーレイ先生も幻だったなら、と。
 けれど、机の上には写真。他にも色々、証拠が見付かる筈なのです。本物だという証拠v












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(幻なあ…)
 そういうものがあるんだっけな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…ずっと昔から…)
 人間が地球しか知らなかった頃から、語り継がれて来たのが「幻」。
 確かに「ある」と思えていたのに、儚く消えてしまう「幻」なるもの。
 「幻」と纏めて呼ばれてはいても、現れるものは色々で…。
(…人間だったり、家や泉とか…)
 規模の大きなものになったら、それは立派な町だったりする。
 凄いものだと、理想郷の名に相応しいような場所とか。
(なんとも不思議なモノなんだよな)
 幻ってヤツは、と書斎の本棚を見回してみた。
 其処に並んだ趣味の本たち、それにも沢山出て来る「幻」。
 昔話や伝説などには、よくある話なものだから。
(キツネやタヌキに化かされちまって、見る幻は…)
 今の時代なら、サイオニック・ドリームの類なのだと言えるだろう。
 遠い昔のキツネやタヌキが、サイオンを持っていたかどうかは、ともかくとして。
(…前のあいつでも、その気になったら…)
 化かせたんだ、と前のブルーの比類なきサイオンを思い出す。
 ブルーは化かさなかったけれども、もしも、やろうと考えたなら…。
(シャングリラの仲間を、端から化かして…)
 昔話のキツネさながらに、肥溜めの風呂にも入れられただろう。
 もっとも、白いシャングリラにも、改造前のシャングリラの時代にも…。
(肥溜めなんぞは、船には無かったんだがな)
 だから肥溜めの風呂は無いな、とクスクスと笑う。
 「その点だけは、安心だった」と
 「もしも、ブルーに化かされていても、肥溜めに浸かる心配は無い」と。


 おかしなことを考えちまった、と苦笑したくなる、シャングリラの肥溜め。
 前のブルーが、サイオニック・ドリームで「化かした」時の話。
 思考がズレてしまったけれども、「幻」は美しいものが多い気がする。
 キツネやタヌキが化かした時にも、いつも肥溜めとは限らない。
(それは立派な屋敷が出て来て…)
 絶世の美女がもてなしてくれて、山海の珍味が並ぶ食事に、フカフカの布団。
 夢のような暮らしを満喫したのに、朝になったら…。
(…一面の野原のド真ん中で…)
 パチリと目が覚め、美女も屋敷も跡形も無い、というケース。
 その手の話も、珍しくはない。
 ついでに、キツネやタヌキでなくても…。
(山奥で見事な花園を見るとか、そりゃあ色々と…)
 美しい「幻」に出会う話も、それこそ世界中にある。
 立派な町だの、理想郷だのも、美しいものには違いないから…。
(夢、幻って言われるくらいで…)
 人間の願望から生まれて来るもの、それが「幻」なのかもしれない。
 サイオニック・ドリームのように「かかる」ものではなく、自分で「かける」自己暗示。
 「こういう暮らしをしてみたい」だとか、「此処に町があれば」という願望から。
(自分では、意識していなくても…)
 知らない間に暗示をかけて、結果が出ることはあるだろう。
 思いが切実になればなるほど、無意識にかけてしまいそうな暗示。
 現実から「幻」の世界に逃げ込み、其処で安穏に暮らしたくて。
 たとえ一夜の夢であっても、その夢も見ないで生きるよりかは…。
(少しは救いがあるってモンだな)
 ほんの一瞬だけだとはいえ、現実から逃れられたから。
 「夢だったのか」と思いはしたって、幻の世界では、確かに幸せだったから。
(…現実逃避というヤツも…)
 程度によっては人を救うさ、と長い経験から知っている。
 前の生で何度も夢見た、青く輝く水の星、地球。
 青い地球まで辿り着けたら、と前のブルーと描いた夢たち、それも一種の幻だから。
 まだ見ない地球を夢に見る度、ミュウの未来が見えない現実、その恐ろしさが和らいだから。


(…そう考えると、幻ってのも…)
 悪いことばかりじゃないんだよな、と考える。
 砂漠の真ん中で水が無い時に、オアシスの幻は、辛いけれども。
 「これで助かる」と思っていたのに、オアシスは消えてしまうのだから。
(…それでもなあ…)
 ただ干からびて死んでゆくよりは、まだ幸せな方なのだろうか。
 ほんの一瞬、救いが見えたわけだから。
 絶望も大きくなるだろうけれど、消えたオアシスの幻は、きっと救いにもなる。
 「死んだら、あそこに行けるだろうか」と、最後に夢を見られるから。
 今は一滴の水も無くても、水が溢れる世界に行ける、と。
(…そういう世界を夢に見ながら、死んで行けるなら…)
 前のあいつより、ずっとマシだ、とギュッと握り締めた、自分の右手。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーの右手は凍えた。
 白いシャングリラを守り抜こうと、一人きりでメギドを沈めた時に。
 キースに銃で撃たれた痛みで、最後まで持っていたいと願った、温もりを失くして。
(…前の俺の腕に、最後に触れて行った時に…)
 前のブルーが感じた温もり、それがブルーの大切な宝物だったのに。
 「この温もりさえあれば、一人ではない」と、メギドまで持って行ったのに。
(あいつは、それを失くしちまって…)
 泣きじゃくりながら、たった一人で死んでいくしか無かった。
 「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
(あの時のあいつに、俺の幻が…)
 見えていたなら、きっと幸せだったと思う。
 たとえ幻に過ぎないとしても、其処に「ハーレイ」がいるのだから。
 失くしてしまった温もりの代わりに、前のブルーが、一番、見たいだろう姿で。
 「ブルー、私なら此処にいますよ」と、笑みを湛えて。
(それが見えたら…)
 前のブルーは、泣かずに済んだことだろう。
 そんな幻が見えるのならば、絆は切れていないから。
 いつか「ハーレイ」の命が尽きたら、もう一度、会えるだろうから。


 けれど、ブルーは見られなかった。
 誰よりも会いたいと願った筈の、愛おしい人の幻を。
 ブルーの悲しみが強すぎたからか、あるいは意志が強すぎたのか。
 「ソルジャー」だった前のブルーは、常に現実を見据えていたから。
 青い地球には焦がれたけれども、幻の世界に逃げたりはせずに。
(そりゃあ、少しは、前の俺と同じで…)
 現実逃避もしていたわけだし、地球の映像を抱くフィシスを攫っても来た。
 それでも「幻」に逃げなかったから、最期の時にも、それが裏目に出たかもしれない。
 「ハーレイの温もりが消えてしまった」という、現実だけがハッキリと見えて。
 幻のハーレイを見ればいいのに、そちらへ逃げることは出来ずに。
(…そうだったかもなあ…)
 可哀想に、と今更ながらに、前のブルーの悲しみと辛さを思わないではいられない。
 幸いなことに、ブルーは帰って来たけれど。
 絆は切れていなかったから。
 青く蘇った水の星の上に、「ハーレイ」を追って生まれて来て。
(うん、俺たちは、また出会えたってな)
 今度こそ、幸せになれるんだから、と広がる夢。
 十四歳にしかならないブルーが、前のブルーと同じ姿に育ったならば…。
(結婚して、同じ家で暮らして…)
 前の生で夢見た沢山のことを、二人で一緒に叶えてゆく。
 「青い地球まで辿り着けたら」と、描いていた夢を、片っ端から。
(…全部、幻なんかじゃないんだ)
 青い地球も、前の俺たちには夢だったことも…、と思った所で、掠めた不安。
 「全部、幻ではないだろうな?」と。
 何もかもが夢とは言わないけれども、「もしも、幻だったら」と。
 青い地球にいる自分自身は、確かに存在しているとしても、他のこと。
 また巡り会えた、小さなブルー。
 前のブルーの生まれ変わりの、愛おしい人。
 それが「幻」だったら、と。
 実はブルーは何処にもいなくて、幻を見ているだけだったら、と。


(おいおいおい……)
 いくらなんでも、それは無いだろ、と抓った頬。
 確かに痛いし、夢を見ているわけではない。
 机の上には、小さなブルーと二人で写した写真もある。
 ブルーの家の庭で一番大きな木の下、其処で夏休みの記念に撮った。
 だから「ブルー」は間違いなくいるし、幻のように消えてしまいはしない。
 今、この瞬間、抱き締めることは出来ないけれど。
 こんな夜更けに通信を入れて、声を聞くことも無理だけれども。
(…あいつは、ちゃんといるんだからな?)
 都合のいい幻を見ちゃあいないさ、と思いはしても、恐ろしくなる。
 「何もかも、幻だったら」と。
 ブルーと再び出会えたことも、小さなブルーが、この世に存在していることも。
(…何もかも、俺の夢だったなら…)
 きっと立ち直れはしないだろうな、と心臓が縮み上がるよう。
 幸せな時を過ごして来た分、失くした時の痛みも強い。
 いくら幻だったと知っても、「ブルー」がいた日々を諦めるなんて…。
(出来やしないし、そうなった時は…)
 幻を追って行くんだろうな、という気がする。
 自分が見ていた幻のブルーに、何処かで出会えはしないかと。
 「きっと何処かに、いる筈なんだ」と、砂漠で幻のオアシスを追ってゆくように。
 いつの日か、命尽きるまで。
 そしてブルーが迎えに来るまで、ブルーの幻を追い掛けて。
(今のあいつが、幻だったら…)
 間違いなく、俺はそうするだろうさ、と傾けたコーヒーのカップ。
 たとえブルーが幻だろうと、忘れてしまえる筈がないから。
 忘れてしまえるくらいだったら、幻のブルーの姿などには出会える筈もないのだから…。

 

            幻だったら・了


※幻について考える内に、ブルー君が幻だったら、と恐ろしい考えになったハーレイ先生。
 そうだった時は、幻を追ってゆくのです。きっと何処かで出会える筈だ、と幻のブルー君をv











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「あのね、ハーレイ…」
 そう言ったきり、俯いてしまったブルー。
 二人きりで過ごしていた休日の午後に、突然に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「…おい、ブルー?」
 どうしたんだ、とハーレイはブルーの顔を覗き込んだ。
 言いにくいことでもあるのだろうか、と。
 なのにブルーは、俯いたまま。
 赤い瞳も伏せられたままで、視線を上げようともしない。
(…何か深刻な相談事か?)
 そうだろうか、と思ったけれども、ブルーの表情。
 何故だか、妙に心細そうな感じに思える。
 相談事を抱えている時、そんな表情を見せるだろうか。
(…まさか、具合が悪いのか?)
 それなら分かる、とピンと来た。
 せっかくの休日を、無駄にしたくはないのだろう。
 具合が悪いと両親に知れたら、ベッドの住人なのだから。


(…なるほどな…)
 朝から我慢していたんだな、と改めてブルーを観察した。
 ただ怠いだけか、熱があるのか、いずれにしても体調不良。
 ついに限界といった所で、けれど「辛い」と言ったなら…。
(俺だって、ベッドに放り込むとも!)
 そして、お母さんに御注進だ、と心の中で大きく頷く。
 そうなってしまえば、今日のブルーに自由は無い。
 お茶もお菓子も片付けられて、代わりに薬で…。
(お母さんにも俺にも、寝てろと言われて…)
 ベッドで寝ているしかなくなる。
 夕食だって、ダイニングで揃ってとはいかないだろう。
(食欲が無いなら、野菜スープは作ってやるが…)
 飯は此処で食うことになるんだろうな、と分かっている。
 客人の自分は、ブルーの両親とダイニングで食事なのに。
(…それが嫌だから、ずっと黙っていたんだろうが…)
 今も黙っていたいのだろうに、身体は限界。
 だから「あのね」と切り出したものの、言えないのだろう。
 言えばどうなるかは、嫌と言うほど分かっているから。


 困ったもんだ、とハーレイが心で零した溜息。
 とはいえ、放ってもおけない。
 もっと具合が悪くなってしまったら、自分だって困る。
(ご両親にも申し訳ないが、俺だって…)
 ブルーが寝込んでしまったならば、悲しくて辛い。
 どうして早めに寝かせなかったか、「俺のせいだ」と。
 そう思ったから、ブルーに問い掛けることにした。
「お前、具合が悪いんだろう?」
「…えっ?」
 ブルーは弾かれたように顔を上げ、赤い瞳を瞬かせた。
 「どうして分かっちゃったの?」と。
「様子を見てれば分かるってな。それでだ…」
 熱っぽいのか、と重ねて訊いたら、俯いたブルー。
 「違うよ」と、「凍えちゃいそう」と。
「凍えそうって…。寒気がするのか?」
「ううん、ホントに凍えちゃいそうで…」
 冷たいんだよ、とブルーは自分の身体を抱き締めた。
 「とても寒くて、冷たくって」と。


(…右手か!)
 メギドで凍えちまった右手、とハーレイの背が冷たくなる。
 前のブルーが最期に失くした、右手に持っていた温もり。
(そういえば、明け方、ちと寒かったぞ…)
 そのせいで冷えて、悪夢を見たのか、とゾクリとした。
 ブルーが恐れるメギドの悪夢。
(そりゃ、心細そうな顔になるわけだ…)
 俺としたことが、と自分の頭を殴りたい気持ち。
 全く気付いていなかった上に、間抜けな質問をするなんて。
「すまん、気付いてやれなくて…。すぐ温めてやるからな」
 俺の温もりで治るんだろう、と言ったら輝いたブルーの顔。
 「本当に?」と、「ぼくを温めてくれるの?」と。
「当たり前だろうが、何を言ってる」
 右手を出せ、と促した。
 俺の温もりを分けてやるから」と、「すぐ温まるさ」と。
 ところがブルーは、「違うんだよ」と首を左右に振った。
 「凍えちゃいそうなのは、心なんだよ」と。
「…はあ?」
 心だって、とハーレイは目を丸くした。
 「どういう意味だ?」と。
 そうしたら…。


「えっとね、ハーレイがキスをしてくれないから…」
 寂しくて悲しくて凍えちゃいそう、と訴えたブルー。
 「すぐ温めてくれるんだよね」と、「ぼくにキスして」と。
「馬鹿野郎! よくも騙してくれたな、お前!」
 メギドだと思っちまったじゃないか、と軽く握った拳。
 ブルーの頭に、コツンとお見舞いするために。
 「俺の心が凍えたじゃないか」と、「大嘘つきめ」と…。




       凍えちゃいそう・了









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