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「ねえ、ハーレイ。ぼく、お料理は…」
 全然、詳しくないんだけれど、とブルーが持ち出した話題。
 二人きりで過ごす休日の午後に、何の前触れも無く。
 料理の話はしていなかった筈だけれども、突然に。
 だから、ハーレイは、首を傾げた。「料理だって?」と。
「なんだ、いきなり、どうしたんだ?」
「お料理だってば、ホントに分かってないんだけれど…」
 前のぼくだった頃も含めて、と小さなブルーは肩を竦めた。
 「ホントのホントに、全然、ダメ」と。
「ふうむ…。まあ、今のお前も、やってないしな」
 お母さんが作ってくれるんだから、とハーレイは笑う。
 「料理上手な人がいるんじゃ、そうなっちまう」と。
 料理をするのが好きだったならば、別だけれども、と。
「そうなんだよね…。ハーレイは好きで、得意なんだよね」
 今のハーレイも、前のハーレイも、と頷くブルー。
 「料理には、うんと詳しそう」と。


(…いきなり料理の話と来たぞ)
 お茶の時間の最中なんだが、とハーレイは首を捻った。
 ブルーの母が焼いたケーキと、香り高い紅茶。
 どちらも料理の話題には…。
(繋がりそうにないんだがな?)
 昼飯だって普通だったぞ、と思い出すメニュー。
 それとも今夜は、何か特別な料理が出ると言うのだろうか。
(…その可能性もあるが、どうなんだ?)
 分からんな、と考えていたら、ブルーが続けた。
「詳しそうだから、確認だけど…。お料理の食材って…」
 新鮮な方がいいんだよね、という質問。
 「食べるんだったら、新鮮な間がいいんでしょ?」と。
「ほほう…。夕食は鍋なのか?」
 鮮度の話が出るんだったら、魚介類か、と尋ねてみた。
 「お父さんが釣りに出掛けたとか、そんなのか?」と。
「そうじゃないけど…。ちょっと質問」
 晩御飯が何かは知らないよ、とブルーは首を横に振った。
 「ママには何も聞いてないもの」と「関係無いよ」と。


「ただの興味というヤツか…。まあ、そうだな」
 新鮮な間が一番だよな、とハーレイは大きく頷いた。
 「古くなったら、美味くなくなっちまうから」と。
 鮮度が落ちてしまわないよう、冷凍する手もあるけれど。
 保存用に加工する手もあるのだけれども、食べるのが一番。
 その食材が新鮮な間に、それに似合いの調理法で。
 今ならではの食べ方だったら、魚なら、刺身。
「そっか、お刺身…。新鮮じゃないとダメだよね…」
「そうだろう? 活きのいい間に捌かないとな」
 新鮮な魚は実に美味い、とハーレイは笑む。
「 釣った魚を、その場で食うのは最高だぞ」と。
「美味しそう! ハーレイのお父さん、釣り名人だし…」
 いいよね、とブルーは羨ましそう。
 「ハーレイも、食べたことがあるんだ」と、「いいな」と。
「美味いんだぞ。お前も、いつかは連れてってやる」
 親父とおふくろに紹介したらな、と瞑った片目。
 「そしたら、みんなで釣りに行こう」と。


「約束だよ? 凄く楽しみ!」
 連れて行ってね、とブルーは大喜びで赤い瞳を輝かせた。
 「ハーレイのお父さんに、釣りを教わるんだ」と。
「その前に、大きくならんとな? しっかり食って」
「うん。新鮮な間に食べるのがいいんだよね!」
 そうなんでしょ、と確認されたから、苦笑した。
 「おいおい、お母さん任せのくせに」と。
 「お前は自分で作らないだろ」と、「昔も今も」と。
「…そうだけど…。ハーレイは自分で作れるから…」
 特に今はね、と真っ直ぐ見詰めて来るブルー。
 「家でお料理しているんでしょ」と、「殆ど毎日」と。
「当然だろうが、一人暮らしをしてるんだから」
 食材にも気を付けているぞ、と自信たっぷりに返す。
 「買い出しの時は、新鮮なのを選んでいるな」と。
 魚はもちろん、野菜も、それに果物も、と。
 そうしたら…。


「だったら、新鮮な間に食べるべきだよ」
 鮮度が落ちたらダメなんでしょ、とブルーが言った。
 「放っておくなんて、絶対、ダメ」と。
「…何の話だ?」
 何処に、そういう食材が、とテーブルの上を確認する。
 ケーキの上には、フルーツは載っていないのに、と。
「分からない? 此処にあるでしょ、新鮮なのが!」
 ぼくの唇、とブルーが指差す自分の唇。
 「ハーレイ、ちっとも食べないんだもの」と。
 「育ったら鮮度が落ちてしまうよ」と、「新鮮な間に」と。
「馬鹿野郎!」
 それは別だ、とブルーの頭にコツンと軽く落とした拳。
 「ついでに言うなら、肉というヤツは違うんだ」と。
「肉ってヤツはな、熟成させてから食うモンだ!」
 覚えておけ、と食材の知識もぶつけておいた。
 「新鮮すぎる肉は、美味くないんだ」と。
 「肉は熟成させるモンだ」と、「お前もだな」と…。



           新鮮な間に・了








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(会えなかったんだよね…)
 今日は一度も、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わった恋人、前の生から愛し続けた、愛おしい人。
 青く蘇った地球に生まれ変わって、再び巡り会えたのだけれど…。
(学校でも一度も会えなかったし、帰りに寄ってもくれなかったよ…)
 前のぼくなら、こんな日なんかは無かったのに、と時の彼方を思い出す。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃なら、会えない日などは一度も無かった。
 キャプテンだった前のハーレイには、それも仕事の内だったから。
(一日の報告に来られなくても、次の日の朝には…)
 必ずやって来たハーレイ。
 「ソルジャーと一緒に朝食を食べる」のが、前のハーレイの仕事で習慣。
 二人で朝食を食べる間に、報告や情報交換をする。
 食事を摂らずに仕事をするなど、論外だから。
 同じ食事をするのだったら、そのための時間も有意義に、と。
(…だけど、ホントは…)
 船の仲間たちが知らなかっただけで、朝食の時間は一種のデートでもあった。
 確かに情報交換もしたし、報告も聞いていたけれど…。
(もっと普通のお喋りだって…)
 和やかに交わして、視線も恋人同士のそれ。
 ただし、気付かれないように。
 朝食の係をしていた仲間が、「変じゃないか?」と思わないように。
(それでも毎朝、きちんと会えたし…)
 今とは全然違ったよね、と寂しくなる。
 「あの頃だったら良かったのに」と、ちょっぴり思ってしまうほど。
 とても幸せな今の暮らしより、そちらが少し羨ましい。
 「前のぼくなら」と。


 いいな、と思った、前の自分の暮らしぶり。
 ハーレイに会えない日などは無かった、ソルジャー・ブルー。
(そりゃ、今のぼくは、地球に住んでて…)
 本当に本物の両親までいて、恵まれた日々を送っている。
 今はチビだから無理だけれども、ハーレイとも今度は結婚出来る。
(……だけど……)
 前のぼくが羨ましくなっちゃう、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
 「今のぼくなら、不器用じゃないよ」と。
(…手先だったら、今のぼくの方が…)
 器用だよね、と自信がある。
 なにしろ、前の自分ときたら…。
(ハーレイの制服の袖が、ほつれてたのを…)
 「直してあげるよ」と豪語したのに、とんでもないことになってしまった。
 服飾部門から拝借して来た、針と糸を使っただけなのに。
(…直すどころか、服飾部門に修理に出さなきゃダメなくらいに…)
 袖をメチャメチャにしたものだけれど、今の自分なら大丈夫。
 家庭科の授業で使う針箱、それの中身で器用に直せる。
 その点では、前の自分より…。
(うんと器用だけど、前のぼくなら…)
 とても不器用な手先の代わりに、サイオンの扱いに優れていた。
 ハーレイの制服で失敗した後、凄い代物を作ったほどに。
(…スカボローフェア…)
 人間が地球しか知らなかった時代の、古い古い歌が『スカボローフェア』。
 恋歌のようなものだけれども、幾つも出される難題の一つが…。
(縫い目も針跡も無い、亜麻のシャツを作って下さい、って…)
 けして作れるわけもないシャツ、それなのに、前の自分は作った。
 ハーレイが、その歌を歌ったから。
 「ぼくなら出来る」と、「作れたら、本当の恋人なんだろう?」と。
 サイオンを使って器用に仕立てた、縫い目も針跡も無かった亜麻の布のシャツ。
 もっとも、着られなかったのだけれど。
 サイズぴったりに作られたそれは、着るための余裕が何処にも無くて。


(…ホントに不器用だったよね…)
 前のぼくは、と可笑しくなる。
 亜麻の布でシャツを作るためには、ハーレイのサイズだけでは無理。
 布の性質を見極めた上で、相応しい寸法にしてやらないと。
 それも知らずに、布だけサイオンでくっつけたなんて。
 縫い目も針跡も無かったけれども、今の自分には作れはしないシャツなのだけど。
(…今のぼくだと、あんなシャツは作れやしないよ…)
 サイオンが不器用になっちゃったから、と嫌というほど分かっている。
 思念波もろくに紡げないほど、今の自分のサイオンは不器用。
 サイオン・タイプは、前と全く同じなのに。
 確かにタイプ・ブルーだというのに、人並み以下でしかないサイオン。
(…お裁縫の腕は、前より器用なんだけど…)
 どっちがいいかな、と考えるまでもなく、器用なのがいいに決まっている。
 前の自分と同じくらいに、サイオンを自在に操れたならば…。
(…今日みたいに、会えなかった日だって…)
 ハーレイに会いに行けるもんね、と窓の方へと目を遣った。
 何ブロックも離れた所に、今のハーレイが住んでいる家がある。
 遊びに行ったのは、たった一度だけ。
(寝てる間に、無意識に…)
 瞬間移動で飛んで行ってしまったこともあるのに、二度と出来ないままの芸当。
(…それに、遊びに行くのは、禁止…)
 いつか大きく育つ時まで、ハーレイは家に招いてくれない。
 けれども、今の自分のサイオンが…。
(不器用じゃなければ、ハーレイだって…)
 断れるわけが無いじゃない、と思うのが、不意打ちで出掛けてゆく訪問。
 例えば、今すぐ、瞬間移動で飛んで行くとか。
 「こんばんは」と、「遊びに来たよ」と。
 この時間なら書斎だろうか、其処で寛ぐハーレイの所へ。
 パジャマのままだと叱られそうだし、上着でも軽く羽織っておいて。


 いきなり、ヒョイと現れてしまうチビの恋人。
 ハーレイがいくら「駄目だ」と言っても、来てしまうものは、どうにも出来ない。
(いくらシールドを張ったって…)
 瞬間移動でやって来るのを防ぐ力は、タイプ・グリーンのハーレイには無い。
 タイプ・グリーンが誇るシールド、高い防御力は、その方面には働かないから。
(それに追い出しても、無駄だしね?)
 アッという間に戻ってやるだけ、瞬間移動で元の場所へと。
 書斎だったら書斎に戻るし、リビングだったらリビングへと。
(…追い掛けっこ…)
 その内にハーレイが降参するのは、目に見えている。
 「キスは駄目だ」と叱っていようが、「チビは客として扱うからな」と言い放とうが。
(お客さんでも、キスは駄目でも…)
 ハーレイの側にいられるのなら、文句は言わない。
 「読書の邪魔は許さんぞ」と、まるで構ってもらえなくても。
(…ハーレイを見ていられるだけで幸せ…)
 本を読み続ける背中だけでも、見ていられたなら幸せだろう。
 椅子にチョコンと腰を下ろして、静かにして。
(それに、ハーレイはきっと、コーヒーを飲んでいるんだろうし…)
 お客さんにも、何か飲み物をくれると思う。
 コーヒーが苦手なチビの恋人にも、ホットミルクの一杯くらいは。
(何度も、出掛けて行く内に…)
 ハーレイの方も慣れてしまって、飲み物を用意するかもしれない。
 「どうせ、あいつが来るんだからな」と、ハーレイの家には無さそうなものを。
 ハーレイだけなら飲まないココアを、わざわざ缶で買ったりして。
(うん、ハーレイなら、買ってくれそう…)
 前と同じで優しいものね、と顔が綻ぶ。
 「ぼくが何度も行くんだったら、きっと飲み物、あると思う」と。
 瞬間移動で現れたならば、「おっ、来たのか?」と微笑むハーレイ。
 「よし、待ってろ。直ぐにココアを淹れてやるから」と、椅子から立って。
 読んでいた本に栞を挟んで、飲み物を作りにキッチンへと。


(…そっか、キッチン…)
 それもいいかも、と切り替わる思考。
 前のハーレイは厨房出身だったけれども、今のハーレイも料理が得意。
 だったら、ハーレイが来てくれなかった日に、遅い夕食を作っていたなら…。
(…キッチンに行って、ハーレイがお料理している所を…)
 のんびり見学するのもいい。
 「何が出来るの?」と、前の自分みたいに。
 厨房にいた頃の前のハーレイ、その仕事場に出掛けて行ったみたいに。
(…あの頃とは、すっかり世界が変わって…)
 料理も食べ物も実に色々、腕の振るい甲斐がある時代。
 今のハーレイが作る料理も、前よりもずっとバラエティー豊か。
(見学するだけでも、充分、幸せで、楽しくて…)
 心が浮き立つだろうけれども、試食もさせて貰えそう。
 前のハーレイがそうだったように、「食ってみるか?」と差し出してくれて。
 スプーンだったり、小皿だったり、作っている料理に似合いのもので。
(…美味しそう…)
 ぼくのサイオンが不器用じゃなければ、出来るんだよね、と広がる夢。
 料理を作るハーレイの隣で、手許をじっと眺めることやら、試食をさせて貰うこと。
 きっと幸せ一杯になって、嬉しくてたまらないのだろう。
 ハーレイとキッチンにいるだけで。
 キスは許して貰えなくても、お客様という扱いでも。
(…不器用じゃなければ、出来るのにね…)
 凄く残念、と溜息をついて、其処で気付いた「不器用」な自分。
 サイオンも不器用なのだけれども、料理の腕前。
(…前のぼくだと、キッチンでジャガイモの皮を剥いたり…)
 タマネギを切ったり、大活躍をしていたもの。
 前のハーレイの厨房時代に、チビだけれども、助手を気取って。
(でも、今のぼくは…)
 調理実習をやった程度で、ジャガイモの皮を剥くのも危うい。
 タマネギだって、きっと怖々、そんな風にしか切れないと思う。
 前の自分は器用にこなして、ハーレイの助手を気取っていたのに。


 キッチンでは不器用になってしまうのが、今の自分。
 裁縫だったら、前の自分より凄いのに。
(…ハーレイのお手伝い、出来ないよ…)
 見てることしか出来ないみたい、と嘆いたけれども、其処で閃いたこと。
 調理実習なら出来るのだから、料理だって、それと仕組みは同じ。
(それ、どうやって作るの、って…)
 ハーレイに訊けばいいんだよね、と素晴らしいアイデアが降って来た。
 料理が得意なハーレイなのだし、きっと教えるのも上手いだろう。
 まずは食材の扱い方から、「これは、こんな風に洗って、切って」と。
(…そしたら、お料理…)
 いつの間にやら、自分も色々教えて貰って、料理上手になれると思う。
 いつかハーレイと結婚したって、その日からキッチンに立てるくらいに。
 「ねえ、ハーレイは何が食べたい?」と、注文を聞いて作れるほどに。
(お料理、習いに行かなくっても、いいお嫁さんになれそうだよね…)
 不器用じゃなければ、そう出来るのに、と悔しい気分。
 「どうして、ぼくのサイオン、こんなに不器用になっちゃったの」と。
 器用だったら、ハーレイの所に行けるのに。
 料理も習いに行けそうなのに、不器用な自分は出来ないから。
 前の自分よりも器用な部分があっても、サイオンが器用な方がお得に思えるから…。

 

          不器用じゃなければ・了


※サイオンが不器用になってしまった、ブルー君。不器用でなければ、出来そうなあれこれ。
 ハーレイ先生の家に出掛けて、料理も習えそうですが…。不器用な今は、夢のまた夢v











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(あいつ、今頃、どうしてるかなあ…)
 今日は会えずに終わっちまったが、とハーレイが頭に描いたブルー。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(寂しがってるか、寝ちまってるか…)
 どっちだろうな、とブルーに思いを馳せる。
 学校でも顔を見られなかったし、ブルーの方でも、恐らく同じことだろう。
(俺が何処かを歩いてる時に…)
 チラと見たかもしれないけれども、その可能性は無いと言ってもいい。
 なにしろ、今のブルーときたら…。
(サイオンが思いっ切り、不器用だからな)
 本当にタイプ・ブルーなのか、と可笑しくなる。
 前のブルーと全く同じに、今のブルーもタイプ・ブルー。
 けれどあまりに不器用すぎて、思念波さえもろくに紡げないレベル。
(だから、あいつの心はポロポロ零れて…)
 心を読まなくても拾い放題、そういった具合。
 それだけに、もしも学校でブルーが「ハーレイ先生」を見かけていたら…。
(俺が気付くまで、懸命に手を振りかねないし…)
 手を振らないなら、じっと姿を追い続ける筈。
 そんなブルーが寄越す視線に、全く気付かないようでは…。
(…俺は柔道引退だな)
 気配が読めなくなったら終わりだ、とクックッと笑う。
 もっとも柔道の試合の場合は、熱い視線が来るのではなくて、殺気だけれど。
 技を繰り出す前の一瞬、相手が抱く必殺の闘志。
(そいつに気付いて、躱すか、攻めるか…)
 其処が勝負の分かれ目だしな、と今も大いにある自信。
 「サイオンなんぞに頼らなくても、直ぐに分かるさ」と。
 「ブルーの視線も同じことだ」と、「今日は、あいつも俺を見かけていないだろう」と。


 不器用になってしまったブルー。
 それは「いいこと」なのだと思う。
 小さなブルーは不満たらたら、不器用な自分を呪っていても。
 「前のぼくだったら…」と何度も零して、最強のサイオンに憧れていても。
 なんと言っても、今の時代は…。
(サイオンは、使わないのがマナーで…)
 人が人らしく生きてゆく世界、それが「人間が全てミュウになった」平和な時代。
 サイオンは出来るだけ使わないのが、マナーで、ルール。
(子供の場合は、あまり守っちゃいないがな)
 雨が降ったらシールドなんだ、と学校の生徒たちを思い出す。
 もちろん、きちんと傘を差す子も、多いのだけれど。
(今のあいつは、それさえも無理で…)
 傘を忘れて困っていたのを見かけたほど。
 その時、傘を貸してやったら…。
(バス停までは、俺の傘に入れてやったから…)
 大感激で嬉しそうだったブルー。
 不器用なサイオンに感謝しただろうと思うけれども、普段は、やはり…。
(不器用なのを恨んでるんだよなあ…)
 出来ないことが多すぎるしな、とコーヒーのカップを傾ける。
 「俺としてはだ、それで大いに助かってるが」と。
 「ヒョイと家まで来られちゃ、たまらん」と、「寛げやしない」と。
 現に一度だけ、ブルーが夜中に、無意識に「飛んで」来た時は…。
(…ベッドでピタリとくっつかれちまって、俺が寝不足…)
 あれは参った、と今でも溜息が出る。
 いくらチビでも、ブルーは今も恋人だから。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 その温もりが側にあるのでは、安眠どころか…。
(……万一の場合が怖くってだな……)
 とても寝るわけにはいかんじゃないか、と額を指でコツンと叩いた。
 「寝ぼけちまったら、危なすぎるぞ」と、「前のあいつと間違えそうだ」と。
 それでウッカリ手を出したならば、大変なことになるのだから。


(あいつが不器用で、本当に良かった)
 色々な意味で、と心から思う。
 「人間らしく生きて欲しい」という点からも、「チビのブルーの恋人」としても。
 ブルーのサイオンが不器用でなければ、あらゆることが「違った」だろう。
(人間らしく、って面の方なら、今は本物の親がいるから…)
 きっとブルーをしっかり躾けて、「普通の子らしく」育てている筈。
 瞬間移動でヒョイと飛ぶ度、「それは駄目だと言っただろう」と、父が叱って。
 ブルーの母も、「普通の子供は、そんなことをしていないでしょ?」と。
(おやつ抜きとか、そんなトコかな)
 お仕置きってヤツは、と考える。
 これが自分の両親だったら、雷が落ちる所だけれど。
 おやつどころか、好物のおかずも、当分、姿を消しそうだけれど。
(ついでに、頭に一発、ゲンコツ…)
 親父のがな、と思うけれども、ブルーの両親なら、それはやらない。
 身体の弱い一人息子に、ゲンコツなんて。
(おやつ抜きだって、やらないかもなあ…)
 あいつには、しっかり食べさせないと、と思うくらいに虚弱なブルー。
 前のブルーは、その虚弱さを補うかのように「強かった」。
 肉体の力が使えない分、誰よりも強いサイオンを誇っていた「ソルジャー」。
 けれども、今のブルーは違う。
 いくら虚弱でも、ミュウが抹殺される時代は終わって、ごく平凡な生を送れる。
 サイオンの力に頼らなくても、ちゃんと両親に愛されて。
(きっと神様の計らいなんだ、あいつが不器用に生まれたのは)
 いいことじゃないか、と微笑んだけれど、違っていたなら、どうだったろう。
 今のブルーが不器用でなければ、サイオンを使いこなせたならば。
 最強と謳われた前と同じに、タイプ・ブルーに相応しかったら。
(……どうなってたんだ?)
 ちょいと考えてみるとするかな、とコーヒーのカップをカチンと弾く。
 「それもたまには面白そうだ」と、「サイオンが不器用でない、あいつ」と。
 寛ぎの時間に想像するなら、それも愉快だと思うから。


 もしも、ブルーが不器用でなければ、起こりそうなこと。
 まず一番に浮かんで来るのが、「瞬間移動で飛んで来る」こと。
 こうして寛ぐ時間にさえも、遠慮なく。
 「ハーレイ?」と、「今日もコーヒーなの?」と。
(…チビはとっくに寝る時間だぞ、と叱っても…)
 素直に帰って行く筈もなくて、書斎に居座りそうなブルー。
 「何を読んでるの?」と本を覗き込み、「ぼくにも何か、飲み物、ちょうだい」と。
(お前は、歯磨き、済んだだろうが、と言ったって…)
 聞きやしないな、と容易に分かる。
 小さくなってしまったブルーは我儘、ついでに前と同じに頑固。
 何か飲み物を出してやるまで、なんだかんだと言うのだろう。
 「歯磨きだったら、ちゃんと帰って磨くから」だの、「でもコーヒーは要らないよ」だのと。
(意地悪でコーヒーを出してやったら…)
 コーヒーが苦手なブルーのことだし、「お砂糖は?」と睨んで「それにミルクも」と。
 膨れっ面になるのだろうけど、貰ったコーヒーは飲んでゆく。
 そのせいで眠れなくなろうとも。
(…でもって、目が冴えちゃって眠れないよ、と…)
 帰ったくせに、また来るんだな、と「見えている」結果。
 今のブルーも前のブルーも、コーヒーには弱いものだから。
 どんなに砂糖とミルクを入れても、目が冴えて眠れなくなるブルー。
(…前のあいつなら、恋人らしく…)
 寝かしつけようもあるのだけれども、チビのブルーでは、そうはいかない。
 手を出すわけにはいかないのだから、コーヒーで目が冴えたなら…。
(昔々、ある所に、と…)
 眠くなるまで語って聞かせて、「そろそろ帰って寝たらどうだ」と言うしかない。
 小さなブルーが、眠そうに目を擦り始めたら。
 あるいは欠伸を噛み殺しながら、「それで、続きは?」と強請ったら。
(…そいつも、なかなか楽しいかもなあ…)
 普段はホットミルクでいいか、と思いはしても。
 たまには小さなブルーと二人で、夜が更けるまで物語もいい、と。


(そんなのもいいし、いつでもヒョイと現れるんなら…)
 料理している時でもいいな、と思い付いた。
 ブルーの家には寄れなかった日でも、会議で遅くなった時などならば…。
(きちんと飯を作るわけだし…)
 もう夕食を終えたブルーが、其処へヒョッコリ現れる。
 「何が出来るの?」と、興味津々で。
 前のブルーが、遠い昔に、そう言って厨房に来ていたように。
(そしたら、「味見してみるか?」と、だ…)
 小皿に少し取り分けてやって、ブルーに差し出す。
 「美味いんだぞ」と。
 「この料理はな…」と説明しながら、「食って行くか?」とも。
 とっくに夕食を食べたブルーは、どうせ少ししか食べられないから。
(俺の取り分は、大して減りやしないし…)
 減った分は今ならではの食べ物、「御飯」で充分、取り戻せる。
 白い御飯を食べるための「お供」も、今の時代は色々、沢山。
 漬物でもいいし、ふりかけだって。
(うん、ブルーにも食わせてやっても…)
 俺の食事は大丈夫だな、と思うものだから、大歓迎。
 料理中に、ブルーが顔を見せても。
 「ホントに、ぼくも食べていいの?」と、いそいそと椅子に腰掛けても。
(…今のあいつが家に来るのは、禁止したんだが…)
 瞬間移動で来るブルーの方だと、そんな決まりは作っても無駄。
 そして「いつでも来られる」ブルーも、不器用なブルーの方とは違って…。
(きっと気持ちに余裕たっぷりで、前のブルーがチビだった頃と…)
 同じに無邪気で、キスを強請って来はしないさ、という気がする。
 「こいつは、俺の勘なんだがな」と。
 だから、今のブルーが不器用でなければ、楽しく過ごせたかもしれない。
 料理の味見をさせてやったり、夜が更けるまで物語とか。
(…まあ、夢なんだが…)
 そういう暮らしも良かったかもな、と「もしも」の世界に笑みを浮かべる。
 「あいつが、不器用でなかったならな」と、「そんなあいつも、悪くないぞ」と…。

 

           不器用でなければ・了


※もしもブルー君のサイオンが、前と同じに不器用でなければ、と考えたハーレイ先生。
 瞬間移動でヒョイと来られたら、物語を聞かせたり、味見をさせたり。それも楽しそうv











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「あのね…。ぼく、ハーレイに…」
 謝らなくちゃ、とブルーが突然、曇らせた顔。
 二人きりで過ごす休日の午後、お茶の時間の真っ最中に。
 向かい合わせで座ったテーブル、其処で項垂れて。
「…なんだ、いきなり、どうしたんだ?」
 お前、何もしていないだろうが、とハーレイは途惑った。
 今の今まで、和やかに笑い合っていたから、尚のこと。
 ブルーが謝るようなことなど…。
(何一つ無いと思うんだがな?)
 それとも今日のことじゃないのか、と記憶を辿るハーレイ。
 昨日は学校で何かあったか、その前は…、と。
(……いや、何も……)
 無い筈だが、と考える間に、思い当たったことが一つ。
(…さては、今日の菓子か…)
 きっとそうだな、と心の中で頷いた。
 ブルーの母が焼いたケーキは、美味しいのだけれど…。


(パウンドケーキじゃないんだ、うん)
 俺の大好物のヤツな、と考えただけで胸が弾むケーキ。
 ハーレイの母が作るケーキと、そっくり同じ味がするもの。
 多分、ブルーは、母に頼もうとしたのを忘れていて…。
(違うケーキになっちまった、と)
 そういうことか、と納得したから、ブルーに笑顔を向けた。
「謝らなくてもいいんだぞ? 大した事じゃないんだから」
 俺は何にも気にしちゃいない、とケーキを口へと運ぶ。
 「パウンドケーキは、またの機会に取っておくさ」と。
 けれど、ブルーは、「そうじゃないよ」と首を横に振った。
「ぼくが謝らなくちゃ駄目なの、ケーキじゃなくて…」
 前のぼくがやってしまったこと、と赤い瞳が伏せられる。
 「ぼく、ハーレイを置いてっちゃった」と。
「はあ?」
「忘れてないでしょ、メギドの時だよ」
 あの時、置いて行っちゃったから…、と小さくなる声。
 「ハーレイ、独りぼっちになっちゃった」と。
 「ぼくも一人になっちゃったけれど、ハーレイも…」と。


(なんだって…!?)
 そりゃまあ、そうには違いないが…、とハーレイは慌てる。
 前から何度も、ブルーはそれを詫びて来た。
 「ホントにごめん」と「ハーレイだって辛かったよね」と。
 それを言うのなら、ブルーの方が、もっと辛かったのに。
 最後まで持っていたいと願った、温もりを失くして。
 「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、泣きじゃくって。
(右手が凍えて、泣きながら死んでいったのが…)
 前のあいつで、今も引き摺ってる、と充分、承知している。
 今でも右手が冷えてしまうと、ブルーは思い出すのだと。
 肌寒い夜には、メギドの悪夢を見たりもする、と。
(そんなブルーに比べたら…)
 俺なんかは、問題にもならん、と心から思う。
 「ブルーが謝ることなどは無い」と。
 何も謝る必要は無いし、これからだって、と。
 だからブルーの瞳を見詰めて、温かな笑みを湛えて言った。
 「気にするな」と。
 「お前は謝らなくていいんだ」と、「本当にな」と。


 そう言ったのに、ブルーは「ううん」と、悲しそうな顔。
 「それじゃ、ハーレイに悪いもの」と。
 「お願いだから、謝らせてよ」と、縋るような目で。
「謝るなと言っているだろう? だが、それで…」
 お前の気が済むと言うのなら、とハーレイは返してやった。
 「喜んで詫びを受け入れてやる」と、「実に光栄だ」と。
「本当に? だったら、ちょっと目を瞑ってくれる?」
 お詫びのプレゼントを渡したいから、と微笑んだブルー。
 「目を瞑ってね」と、「その間に、ちゃんと渡すから」と。
「プレゼント?」
「そう、ぼくからのお詫びの印」
 だから目を閉じて待っていてね、とブルーは瞳を輝かせる。
 「ほんのちょっとの間だから」と。
 「うんと楽しみに待っていてよ」と、「お詫びの印」と。
(……はて……?)
 何をくれると言うのだろう、と思いながらも目を閉じた。
 どんなプレゼントを渡されるのか、少しドキドキしながら。
 そうしたら…。


(…ちょっと待て…!)
 ブルーが近付いて来る気配。
 すぐ側まで来たら、屈み込んで…。
「馬鹿野郎!」
 ハーレイが、カッと開いた両目。
 目の前にいるブルーを片手で捕まえ、もう片方の手で…。
「キスのプレゼントは、断固、断る!」
 クソガキめが、と銀色の頭に落とした拳。
 コツンと、痛くないように。
 「その手は食うか」と、「騙された俺が馬鹿だった」と…。



          謝らなくちゃ・了









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(ちゃんと、ハーレイに会えたんだよね)
 今日は会えずに終わっちゃったけれど、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋をした人。
 生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人が今のハーレイ。
 世界はすっかり変わったけれども、前の自分たちの恋は変わっていなかった。
(出会った途端に…)
 ハーレイなんだ、と分かったものね、と胸がじんわり温かくなる。
 聖痕はとても痛かったけれど、ハーレイと自分の前の記憶を運んでくれた。
 二人の心の奥に沈んで、ずっと眠ったままだったものを。
(…だから、すっかり思い出したし…)
 ハーレイに「ただいま」を言うことが出来た。
 前の自分が言えずに終わった、とても大切な「ただいま」の言葉。
 メギドに向かって飛び去ったままで、前のハーレイには言えなかったから。
 ハーレイは、待っていたのだろうに。
 けして聞けないとは分かっていたって、前の自分が消えた時から。
(……前のぼくだって……)
 その「ただいま」を言いたかったけれど、まさか言えるとは思わなかった。
 キースに撃たれた痛みのせいで、ハーレイの温もりを失くしたから。
 最後まで持っていたいと願った、右手に残った微かな温もり。
 それを失くして、泣きじゃくりながら死んでいった自分。
 「もうハーレイには、二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
 ハーレイの許へと帰りたくても、そうすることは出来ないのだ、と。
(…「ただいま」なんて、もう言えない、って…)
 絶望の底に突き落とされて、闇の中へと吸い込まれた。
 なのに、気付いたら、ちゃんと目の前にハーレイがいて…。
(…ただいま、って…)
 言いたかった言葉を伝えた後は、恋の続きが始まった。
 前の自分が焦がれ続けた、青い星の上で。


 とても幸せな、今の人生。
 SD体制がとうに崩壊した後、本物の両親から生まれた自分。
(…チビだったのが、ちょっぴり残念だけど…)
 いつかは大きく育つ筈だし、そうなれば、全て、元通り。
(ううん、元通りどころか…)
 もっと幸せになれるんだよね、と嬉しくなる。
 今度は結婚出来るから。
 前の生では恋を隠したけれども、今度は隠さなくてもいいから。
(結婚できる年になるまで…)
 我慢するしかないんだけれど、と不満な点は、幾つかある。
 唇へのキスが貰えないとか、ハーレイの家には行けないだとか。
 けれど、そんなのは些細なことだと言えるだろう。
 「ただいま」も言えずに、終わるよりかは。
 ハーレイとは二度と巡り会えずに、それっきり恋を失うよりは。
(…そうだよ、それだけで充分、幸せ…)
 恋の続きが出来るんだもの、と思った所で、ふと考えた。
 「もしも、記憶が無かったら?」と。
 今のハーレイと巡り会っても、記憶が戻って来なかったなら、と。
(……うーん……)
 神様が起こしてくれた奇跡が、生まれ変わりと、今の自分が持つ聖痕。
 前の自分が生の最後に、キースに撃たれた傷跡が現れるのが聖痕。
(…聖痕、ハーレイと出会った時に…)
 その全貌を現したけれど、兆候は少し前からあった。
 「ソルジャー・ブルー」の名前を聞いたら、右目の奥が痛む現象。
 実際に血の涙も出たから、病院で診察を受けたほど。
(…でも、ハーレイと出会えたら…)
 聖痕は姿を消してしまって、もう現れない。
 あの聖痕が「合図」だったのだろう、という気がする。
 今の自分とハーレイが持つ、前の生での数々の記憶。
 それを再び解き放つための鍵で引き金、それが聖痕だったのだろう、と。


(…もしも、聖痕が無かったら…)
 ただ二人して「生まれ変わって来た」だけだったら、どうなったのか。
 聖痕が無ければ、前の生での二人の記憶は、戻って来ないままかもしれない。
 巡り会えても、それだけのことで、今の自分とハーレイとが…。
(……出会うってだけ……)
 それじゃ「ただいま」にならないよね、と首を捻った。
 「はじめまして」な仲の二人で、今の自分が見たハーレイは…。
(…新しく来た、古典の先生…)
 そういうことになっちゃうよ、と再会した日を思い出す。
 今のハーレイが、今の自分がいる教室に入って来た日。
 忘れもしない五月の三日で、聖痕が出たから、教室は大変な騒ぎになった。
(ぼくは痛みで気絶しちゃって、救急車が来て…)
 ハーレイも救急車の中で付き添ってくれたという。
 現場を見ていた唯一の大人、それに学校の教師だから。
(…でも、もう、その時には思い出してて…)
 再会を遂げた愛おしい人が死なないようにと、懸命に祈っていたのだと聞いた。
 なにしろ酷い出血だったし、事故だと思っていたものだから。
(…でも、聖痕が出なかったら…)
 二人の記憶は戻らないまま、授業が始まったのだろう。
 まずはハーレイの自己紹介から、そういう感じで。
(赴任して来るの、遅れたものね…)
 本当だったら、年度初めに着任している筈だったのに。
 それが遅れてやって来たから、そのことも含めて、自己紹介。
(…黒板に、「ウィリアム・ハーレイ」って書いて…)
 笑顔で「今日から、よろしくな」と生徒たちに挨拶するハーレイ。
 自分も記憶が無いわけだけれど、そうなってくると、その瞬間には…。
(……恋は無しかも……)
 前のぼくだって、そうだったしね、と可笑しくなる。
 本当は恋に落ちていたのに、気付かなかった、と。
 アルタミラの地獄で出会った時から、ハーレイに恋をしていたのに、と。


 前の生でのハーレイとの恋は、きっと出会った瞬間から。
 お互い、そうとは気付かないまま、長い月日が経ったけれども。
(…一番、仲のいい友達…)
 自分もハーレイも、ずっとそうだと思っていた。
 「これは恋だ」と気が付くまでは。
 だから今度も、そんな具合に違いない。
 もしも記憶が戻って来なくて、ただの教師と教え子として出会っていたら。
 本当は恋に落ちているのに、前と同じに、気が付かなくて。
(……男の先生に恋をするなんて、思わないものね?)
 自分もそうだし、ハーレイの方もそうだろう。
 教え子という点はともかく、「男の子」に恋をするなんて。
(…そうでなくても、学生時代は、うんとモテてて…)
 女性ファンも多かったらしい、今のハーレイ。
 それだけに、余計、「男の子」などに恋をするとは思わない筈。
 ある日、「恋だ」と気が付く時まで、「今のブルー」のことは、せいぜい…。
(よく懐いている生徒かな?)
 ぼくの方でも、「大好きな先生」程度なんだよ、と前の生でのことを重ねる。
 前のハーレイの後をついて回っていた時代。
 まだソルジャーには選ばれておらず、最強のサイオンを持っているだけのことで…。
(みんなが大事に育ててくれてた、あの頃みたいに…)
 チビの自分は、「ハーレイ先生」に纏わり付くのだろう。
 理由が何故かは分からなくても、大好きだから。
 ハーレイ先生の顔を見たなら、それだけで元気が出るものだから。
(…柔道なんか、出来っこないのに…)
 柔道部の練習を見たくて通って、いつの間にやら、すっかり常連。
 そうなるくらいに、ハーレイの後を追い掛ける。
 何故だか、好きでたまらないから。
(…年の離れた、お兄ちゃんかも…)
 そういう風に思うのかもね、と微笑ましくなる、自分の行動。
 前の生での恋のことなど、まるで全く覚えていないのに、気になるハーレイ。
 いつでも姿を見ていたいほどに、柔道部に通い詰めるくらいに。


(…うん、きっと…)
 前の記憶が無くっても、と確信に満ちた思いがある。
 今度の生でも、「きっと、ハーレイを好きになる」と。
 それが恋だと気付く前から、せっせとハーレイに纏わり付いて。
(…ハーレイだって、きっと、おんなじ…)
 ぼくのこと、好きになってくれるよ、という自信。
 柔道部に入部など夢のまた夢、そんな身体の弱い子供でも。
 練習風景を見に通っていたって、風邪などで欠席しがちな子でも。
(…あの子は、今日も来ていないよな、って…)
 また風邪なのか、と心配したりしてくれる内に、ある日、お見舞いに来るかもしれない。
 「三日も来ないから、気になってな」などと、学校が休みの土曜か日曜に。
 家の住所は、学校で聞けば分かるから。
(…お見舞いに来てくれたら、ビックリだけど…)
 それでも、嬉しくてたまらないから、熱があっても笑顔になる。
 「ハーレイ先生、来てくれたの?」と。
 「ぼくは、こんなの、慣れているから」と、起き上がろうとするくらいに。
(…そしたら、「こら、病人は寝ているもんだ」って…)
 額をコツンとやられるだろうか、今の自分が、よくハーレイにやられるように。
 「熱があるのに、起きちゃいかん」と、「ゆっくり寝てろ」と。
(……そうだよね?)
 だって、ハーレイなんだもの、と頭に浮かぶ優しい笑み。
 それから、額を撫でてくれる手。
 「熱いじゃないか」と、「しっかり眠って治さないとな」と。
(…その手が、とっても嬉しくって…)
 もっと、もっと、と心で強請ってしまうのだろう。
 「ハーレイ先生に、ずっと、こうやって側にいて欲しい」と。
 「いつも先生の側にいたいな」と、「早く学校に行きたいよ」とも。
(…ぼくのサイオン、不器用だから…)
 気持ちはハーレイに筒抜けになって、ハーレイは笑い出すのだろうか。
 「そりゃまあ、いたってかまわないが」と、「休みだしな」と。
 「しかし、お前は寝ていないとな」と、「そうだな、何か話してやるか」と。


 そうやって距離が縮まってゆく。
 互いに恋だと気付かないまま、少しずつ。
 柔道部の試合を応援に行ったり、ハーレイが訪ねて来てくれたりと。
(…だけど、恋だと気付いてないから…)
 仲のいい教師と生徒なだけだし、周りも変だと思いはしない。
 二人で何処かに出掛けて行っても、ハーレイの車でドライブしても。
(…そんな風に、ずっと仲良く過ごして…)
 恋だと気付く日がやって来るのは、何年も先になるのだろうか。
 前の自分が、そうだったから。
 ハーレイの方でも気が付かないまま、長い長い時が経っていたから。
(…そうなっちゃうかもしれないけれど…)
 だけど、絶対、恋はするよ、とハーレイの姿を思い描いて、大きく頷く。
 「前の記憶が無くっても」と。
 全く覚えていないままでも、今度も、きっと恋をせずにはいられない。
 ハーレイのことが、大好きだから。
 生まれ変わっても恋をするほど、愛おしい大切な人なのだから…。

 

         記憶が無くっても・了


※前世の記憶が無かったとしても、ハーレイ先生に恋をするよ、と思うブルー君。
 時の彼方での恋と同じに、互いに恋だと気付かないまま、惹かれ合って。きっと、そうv











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