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(人生をやり直すっていうのが…)
 あるんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…小説とかだと、けっこう人気があるヤツなんだよ)
 人生をやり直すというストーリー。
 何かのはずみで出来た切っ掛け、過去に戻って、自分の人生をやり直す。
 「あそこで失敗した筈なんだ」と思う時点を、失敗しないように修正して。
(…右に行かずに左に行くとか、立ち止まるとか…)
 ほんの小さな修正だけで、やり直せてしまう自分の人生。
 とても人気のテーマだけれども、現実の世界で「やり直せた」人は…。
(……いないと思う……)
 人間が全てミュウになった今の世界でも、それは不可能だと思う。
 もしも誰かが「やり直せた」なら、きっと話題になっている筈。
 今の時代は平和なのだし、隠さなくてもいいのだから。
 それに「自分だけの秘密」にするより、他の人にも教えてあげれば役に立つ。
 どうすれば「やり直す」ことが出来るか、アドバイスをして。
(前のぼくたちの世界じゃないしね?)
 人生で失敗すると言っても、致命的なミスは起こらない。
 「あそこで喧嘩をしなかったならば、恋人に振られはしなかった」という程度。
 小説の世界では、もっとスリリングで、ドラマチックに描かれるけれど。
 「やり直す」主人公にしたって、歴史上の人物だったりもして。
(…人生のやり直し…)
 今のぼくだと、意味が無いよね、と考えるまでもない自分の人生。
 十四歳にしかなっていないし、やり直したいことも、まだ起きていない。
(……ハーレイとの再会で、失敗してたら……)
 二度と会えなくなっていたなら、やり直さないといけないけれども、無事に出会えた。
 「前の自分と同じ姿で出会いたかった」件については、やり直しても無駄。
 どう頑張っても、生まれる前の時点に戻って「もっと前から」は不可能だから。


 やり直すべきことも無ければ、やり直したいことも無いのが、今の人生。
 そうなってくると、「人生をやり直す」ことが出来るのならば…。
(…前のぼくだよね?)
 あっちだったら、うんと劇的に変わるんだよ、と赤い瞳を瞬かせる。
 なにしろ「ソルジャー・ブルー」だから。
 ミュウの時代の礎になった、大英雄が「ソルジャー・ブルー」。
(…前のぼくが、人生をやり直すってヤツ…)
 誰かが小説にしているかも、と思うくらいに、前の自分は名高い歴史上の人物。
 やり直せるなら、どうなるだろう、と想像する価値は充分にある。
(…前のぼくの人生、やり直せるんなら…)
 どの時点に戻ればいいのかな、と振り返ってみた前の人生。
 やり直すのなら、今の記憶を持ったままで、其処へ戻ってゆける。
 今の記憶を持っていないと、やり直す意味が無くなるから。
(……えーっと……?)
 前の自分の最初の記憶は、成人検査を受ける直前。
 検査を受けるための施設の中の、待合室に座っていた時のもの。
(…其処からしか残っていなくって…)
 それよりも前は皆無だけれども、やり直すのなら、事情は変わる。
 今の自分が覚えてはいない、子供時代にも戻れるだろう。
 もちろん、記憶を持ったまま。
 「その後の自分」がどうなったのかを、しっかりと記憶したままで。
(…そういうことなら…)
 顔も覚えていない養父母、何処にあったかも分からない家。
 其処に戻って、やり直すのもいいかもしれない。
 今度は、ミュウだとバレないように。
 成人検査で正体がバレて、捕まってしまわないように。
(…そしたら、あの時のパパやママの顔も…)
 忘れることなく、生きてゆくことが出来るだろう。
 成人検査は上手くやり過ごして、教育ステーションに入学して。
 メンバーズ・エリートには選ばれなくても、平凡な一般市民として。


 それもいいかも、と思ったけれど。
 「前の自分」がミュウとして覚醒しなかったならば、歴史も変わって来そうだけれど…。
(…ホントに、ぼくがミュウでなければ…)
 アルタミラの悲劇は起きずに済んだか、其処の所が自信が無い。
 人体実験をしていた研究者たちは、そのように言っていたけれど。
 「タイプ・ブルー・オリジン」が存在するから、次々にミュウが生まれて来る、と。
(だからアルタミラを、メギド兵器で…)
 星ごと砕いてしまったけれども、それでもミュウは「生まれ続けた」。
 アルタミラがあった育英惑星、ガニメデが滅びてしまった後も。
 宇宙に散らばる育英都市で、それこそ、ジョミーが生まれて来た時代に至るまで。
(…前のぼくのせいで加速したのか、それは謎だけど…)
 そうだったとしても、前の自分が姿を消したら、それで終わりではなかっただろう。
 やっぱりミュウは生まれただろうし、人類は、ミュウを滅ぼそうとする。
(…ぼくが一般市民になったら…)
 そのミュウたちを助けられないよね、と心がツキンと痛んだ。
 「ぼくは良くても、他のみんなが困っちゃう」と。
(…それじゃ駄目だし…)
 研究者になって、ミュウの研究に携わったなら、仲間を逃亡させられるだろうか。
 アルタミラの惨劇が起こる直前に、研究者たちを裏切って。
 船を確保し、シェルターに閉じ込められた仲間を、合鍵で端から解放して。
(…いいかもだけど、その頃まで生きていたんなら…)
 前の自分も、とうにミュウだと判断されていることだろう。
 老けない上に、寿命が異常に長いのだから。
(…何処かの時点で、ちょっと来い、って…)
 連行されて、検査をされる羽目になる。
 「こいつもミュウの可能性がある」と、「奴らは老けないらしいからな」と。
(そうなる前に、逃げ出さないと…)
 そして仲間を助けなくちゃ、と思うけれども、そうなるのなら…。
(最初から、研究者になんかならなくて…)
 一般市民の道へも行かずに、仲間を助ける時が来るのを待つべきだろう。
 成人検査を受けずに逃げ出し、「その時」まで、何処かに隠れ住んで。


(…隠れる場所には、困らないよね?)
 本当だったら、成人検査が引き金になって覚醒する筈のサイオン。
 とはいえ、今の記憶を持ったままで「やり直せる」なら、きっと最初から使えるだろう。
 今の自分のサイオンは不器用だけれど、前の自分は違ったから。
(…今のぼくとは違うもんね?)
 成人検査を切り抜けることが出来るくらいに、巧みにサイオンを使いこなせる自分。
 検査から逃れて逃亡するのも、お安い御用。
(上手く機械の目から逃れて…)
 暮らせる場所を探し出すことも、サイオンがあれば早くて簡単。
 其処に隠れて、食料や衣服も、自分で調達。
(たまには、人類の中に紛れて食事も…)
 出来る筈だよ、と夢は広がる。
 機械の目さえ誤魔化せたならば、人類のふりをするのは容易い。
 レストランで食事と洒落込んだって、誰一人として気付きはしない。
(…一人で食事をしに来た子供の正体が…)
 成人検査を受けずに逃げた、異分子だなんて。
 「ご馳走様」と店を出る時に払ったお金が、何処かから奪ったお金だなんて。
(そうやって隠れて、隠れ続けて…)
 メギド兵器が持ち出された時、仲間を助けに飛び出してゆく。
 シェルターを端から開けて回って。
 「早く逃げて」と、「向こうにある船に、早く乗って」と。
(…サイオンは、ちゃんと使えるんだし…)
 メギドの炎が起こした地震で、壊れてしまったシェルターだって、その前に救える。
 研究者たちが逃げた時点で、シールドすればいいのだから。
 仲間が閉じ込められたシェルターは、全て。
(…それに、ハンスも…)
 アルタミラから脱出する時、乗降口から転落して死んだゼルの弟。
 彼の悲劇も、未然に防げる。
 乗降口を開け放したまま、離陸なんかはさせないから。
 「しっかり閉めて」と指示を飛ばして、余裕を持って離陸させるから。


(うん、いい感じ…!)
 この後だって、上手くいくよ、と溢れる自信。
 船に積み込んであった食料、それが尽きると前のハーレイは嘆いたけれど…。
(そうなる前に、きちんと調達できちゃうし…)
 「今度は、何を奪えばいい?」と、前もって質問できるほど。
 ハーレイが料理したい食材はもちろん、船にあったら便利なあれこれ。
 そういったものを揃えていったら、船の暮らしは快適になるし、改造だって…。
(うんと早くに出来ちゃうよね!)
 白いシャングリラが完成するよ、と頭に描ける人生の航路。
 船さえ出来れば、地球にだって行ける。
 座標を必死に探さなくても、今の自分が知っているから。
 その知識を元にデータを漁れば、「これが地球だ」と仲間を納得させるデータも…。
(絶対、ある筈…)
 地球に行ければ、グランド・マザーを破壊するだけ。
 どんなに手強い相手なのかは、歴史の授業や今のハーレイの話などで承知しているから…。
(…一人で行くような無茶はしないし、壊し方だって、考え抜いて…)
 失敗なんかはしないものね、と漲る闘志。
 「負けやしない」と、「SD体制を倒して、自由になるんだから」と。
 ミュウの時代がやって来たなら、白いシャングリラは、もう要らない。
 ソルジャーも、それにキャプテンだって。
(…ぼくもハーレイも、ただのミュウになることが出来るから…)
 青い地球など何処にも無くても、他の星で二人で暮らしてゆける。
 ノアでもいいし、アルテメシアでもいい。
 もっと辺境の地味な星でも、ハーレイと生きてゆけるなら…。
(…うんと幸せ…)
 人生をやり直した甲斐があるよ、と思ったけれど。
 最高に幸せな日々を送れる、と考えたけれど…。


(…ちょっと待ってよ?)
 アルタミラに長く潜伏していて、仲間たちを無事に逃がした自分。
 「船はこっち」と皆を導き、ソルジャーになるのはいいのだけれど…。
(…見た目の姿は、ちゃんと子供のままだったとしても…)
 成長を始めるのはアルタミラを脱出してから、そうすることは簡単だけれど。
 サイオンで調整できるけれども、中身の方。
 「時が来るまで」隠れていたなら、精神は確実に成長する。
 長い長い時を隠れ続けて、ミュウの未来を考える内に。
 どうしたら上手くゆくだろうかと、人生のやり直しを検討している間に。
(…だから、ハーレイと出会った時には、姿は子供でも、中身はすっかり…)
 大人なのだし、その後の事情が変わって来る。
 果たしてハーレイに恋をするのか、ハーレイは恋をしてくれるのか。
(…恋は出来ても、ぼくの方が、うんと年上だなんて…!)
 悲劇だってば、と抱えた頭。
 「そんなの困る」と、「ぼくはハーレイより、子供でなくちゃ」と。
(…やり直せるんなら、何もかも上手くいきそうだけど…)
 やり直さないのがいいに決まってる、と出した結論。
 前のハーレイとは、前と同じ恋をしたいから。
 自分の方が年上だなんて、絶対に御免蒙りたいから…。

 

            やり直せるんなら・了


※前の人生をやり直すのなら、こんな感じ、と想像してみたブルー君。地球にも行けそう。
 けれど、前のハーレイよりも年上になりそうな精神年齢。やり直さないのが一番ですよねv









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(…やり直しか…)
 人生の、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(題材としては、よくあるんだよな)
 小説やドラマなんかの中で、と幾つも思い出すことが出来る。
 人生を何処かの時点から「やり直す」こと。
 けっこう人気が高いらしくて、SD体制が敷かれる前から存在していた物語。
 人間が地球しか知らなかった頃から、それは一種の夢だったようだ。
(…やり直せるようになる方法の方も、それこそ色々…)
 あるのだけれども、現実の世界では、成功した例は一つも無い筈。
 もしもあったら、話題になっているだろうから。
(…俺にしたって、やり直すことは出来ないし…)
 方法の見当もつかないけれども、やり直せたなら、どうなのだろう。
 今の自分の人生の方は、まるで全く無い不満。
 仕事も私生活も順調、おまけに恋人まで出来た。
 前の生から愛し続けた愛おしい人と、巡り会うことが出来たから。
(しかしだな…)
 その人と生きた前の生なら、やり直してみたいような気もする。
 遠く遥かな時の彼方へ、戻る方法があるのなら。
 今の自分の記憶はそのまま、前の人生をやり直せるなら。
(…やり直しってのは、そういうモンだしな?)
 人生をやり直す小説もドラマも、記憶はそっくり抱えているもの。
 自分が何処で失敗したのか、覚えていないと話にならない。
 同じ過ちを繰り返さないよう、人生をやり直してゆくのだから。
(右に進んで失敗したなら、左へ行くとか…)
 どちらへも行かずに真っ直ぐだとか、そうやって修正してゆく人生。
 今の人生なら、そうしたいとも思わないけれど、前の自分の人生ならば…。
(やってみる価値はあるかもな?)
 ちょいと想像してみるとするか、と椅子の背にゆったりもたれかかった。
 どんな具合になるんだろうな、と。


 SD体制が敷かれていた頃、自分は其処に生きていた。
 今とは別の肉体を持って、その時代に。
(…やり直せるなら、何処から直していくのがいいんだ?)
 なにしろ記憶はそのままなんだし…、と考えてみる。
 小説やドラマの主人公だと、やり直す先の肉体の年齢には縛られない。
 既に立派な大人だったのが、子供の頃に戻りもする。
 だから自分も、子供時代に戻れるだろう。
(そうなってくると、成人検査の前ってヤツも…)
 前の生の記憶に無い時代とはいえ、恐らく、戻ってゆけると思う。
 今では顔も思い出せない、育ててくれた養父母の元へ。
(…それも一興…)
 もしも会えたら、懐かしく思い出せそうな両親。
 「こういう顔の人たちだった」と、「それに、この家で育ったんだ」と。
(…子供時代から、やり直すんなら…)
 今度は上手く生きればいい。
 「ミュウだ」と判断されないように。
 成人検査さえ切り抜けたならば、後は順風満帆の筈。
(…前の俺の記憶があるってことは…)
 あの忌まわしい成人検査も、なんとか誤魔化してパス出来るだろう。
 どういった部分が「機械のお気に召さない」のかは、充分、承知していたから。
 深層心理テストに似ているとはいえ、予め知っていたならば…。
(心の一部を遮蔽しとけば、引っ掛からんぞ)
 ついでに記憶も失くさないな、と自信はある。
 「キャプテン・ハーレイを甘く見るなよ」と、「成人検査ごときに負けるか」と。
 だから成人検査が済んだら、堂々と行ける教育ステーション。
 もちろん、普通の人間として。
 適性をどう判断されるかは、自分でも分からないけれど。
(…料理人なのか、パイロットなのか…)
 あるいは全く違う職業、そのための育成場所かもしれない。
 それでも普通に生きてゆけるし、ミュウにはならずに普通の人生。


(…ふうむ…)
 そいつも、なかなか面白いな、と少し興味をそそられる。
 人類として生きてゆくのも、一興だろう、と。
(…しかし、だ…)
 俺の記憶があるってことは…、と頭に浮かんだブルーの顔。
 すっかり馴染んだ今のブルーの方とは違って、時の彼方で共に生きた人。
(俺は普通に生きていたって、あいつの方は…)
 あのアルタミラの研究所の中に、囚われたまま。
 過酷な人体実験を繰り返されて、心も身体も成長を止めて。
(…あいつを助けてやりたくっても…)
 普通の人間になった自分では、どうすることも出来ないだろう。
 運良く研究者になっていたとしても、ブルーを解放する権限など無い。
 それを持つのは機械だけだし、せいぜい、待遇を良く出来る程度。
(…でもって、その内、メギド兵器でアルタミラごと…)
 ブルーは消されることに決まって、自分はアルタミラを離れるしかない。
 他の研究者たちと船に乗り込み、ブルーはシェルターに閉じ込めておいて。
(…そこで俺だけ脱走するか?)
 そしてブルーを助けに行くか、と巡らせた思考。
 シェルターの合鍵を持って逃げたら、ブルーを助け出せる筈。
(しかし、それだと…)
 ブルーのサイオンは、あそこまで覚醒したのかどうか。
 他のミュウたちを助け出すのは、合鍵でなんとかなるにしたって…。
(…逃走用の船も、俺が「あれだ」と指示してだな…)
 ついでに操縦出来たとしたって、それから後。
 ブルーのサイオンが、極限まで目覚めていなかったなら。
(…食料が尽きてしまった所で…)
 旅は終わるのかもしれない。
 心も身体も子供のブルーに、「奪って来い」とは言えないから。
 「お前には、そういう力があるんだ」と、強制するなど、出来はしないから。


(…どうやら、その辺で詰んじまうかな…)
 俺が人類のふりをして生きた場合は、と零れた溜息。
 首尾よくブルーと逃れられても、飢え死にしてしまうのかもしれない、と。
(とはいえ、あいつは、あの時だって…)
 誰に頼まれたわけでもないのに、食料を奪いに飛び出して行った。
 だから、同じことが起きるかもしれない。
 ブルーのサイオンが「目覚める」ポイント、その時が「其処」になるだけで。
(それなら、旅を続けられるな)
 俺だってミュウの仲間になって、と広げる想像の翼。
 なにしろ元々ミュウだったのだし、人類のふりをしていただけ。
(…研究者だった俺のことを…)
 責める者たちが何人かいても、時が解決してくれるだろう。
 アルタミラから逃れる時には、「ハーレイ」が活躍したのだから。
 シェルターの合鍵を持って脱走して来て、閉じ込められていた仲間を助けて。
(ついでに船も操縦出来るし、こりゃ最初からキャプテンだな)
 厨房時代は無いようだ、と可笑しくなる。
 「キャプテン・ハーレイ」の記憶があるなら、船の操縦はお手の物。
 離陸の時から「俺に任せろ」で、順調に続いてゆく航行。
 飢え死にの危機を乗り越えた後は、船の改造も早めに出来そう。
(…前の俺の知識があるんだし…)
 ゼルやヒルマンと協力したなら、白いシャングリラが誕生する。
 自給自足のミュウの箱舟、人類軍にはモビー・ディックと呼ばれた船が。
(船さえ出来れば、ブルーの寿命がある内に…)
 地球にも辿り着けただろう。
 前の生では長らく謎だった地球の座標も、記憶の中にあるのだから。
(…何処にあるかを、俺が知ってりゃ…)
 ソル太陽系と地球に繋がるデータも、首尾よく何処かで拾える筈。
 「前の自分」には分からなかった、人類側のデータから。
(この座標が地球ではないでしょうか、と…)
 前のブルーに進言したなら、其処までの道が開くと思う。
 「行ってみよう」と、「駄目で元々」と。


(…よーし…)
 前のあいつと地球に行けるな、と思ったけれど。
 焦がれていた星を見せてやれる、と考えたけれど、地球に至る道。
 人類の聖地だった地球まで、白いシャングリラで旅することは可能だろうか。
(…ステルス・デバイスがあると言っても…)
 かなり危うい航路になるな、と「キャプテン・ハーレイ」だったから分かる。
 ソル太陽系に近付くだけでも、人類軍に遭遇するのは確実。
(戦法は、俺の頭にあるが…)
 生憎とジョミーがいないんだった、と抱えた頭。
 おまけにトォニィたちもいなくて、タイプ・ブルーは、ただ一人だけ。
(…あいつが戦うことになるんだ…)
 それじゃ駄目だ、と背筋に冷たい汗が伝った。
 ブルーを地球まで連れて行ったら、ブルーは一人で戦うだろう。
 地球の地の底深くに据えられ、SD体制を支配しているグランド・マザーと。
 時の彼方で、ジョミーがキースと「そうした」ように。
 人類側に味方はいないというのに、ただ一人きりで。
(……俺では、役に立たないし……)
 却って足手まといなだけか、と情けなくなる。
 グランド・マザーと戦う術など、自分は持っていないから。
 今の自分の記憶があっても、グランド・マザーには手も足も出ない。
(…そして、あいつも…)
 果たして、グランド・マザーに勝てるのかどうか。
 寿命が充分に残っていたって、ジョミーと同じで相討ちになるとか。
(そうなりゃ、俺だけ生きていたって…)
 仕方ないしな、と浮かんだ苦笑。
 「やり直せたって、最後は同じか」と。
 崩れ落ちて来る瓦礫に潰され、死んでゆく最期。
 息絶えたブルーの身体を抱き締め、庇うようにして。
 「俺もお前と一緒に行くから」と。
 二人一緒に天へゆこうと、ただの恋人同士として、と。


(なんだか、少しも変わっちゃいないぞ)
 大筋ってヤツが、と呆れてしまった、前の人生のやり直し。
 今の自分の記憶があっても、どうやら同じになりそうだよな、と。
(やり直せるなら、劇的に変わりそうなんだがなあ…)
 あいつがいるのが問題なんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
 ブルーと一緒に生きてゆくなら、きっと、そちらに引き寄せられてしまうから。
 前のブルーが歩むだろう道、それに自分もついてゆくから。
(あいつがいない人生なんかは、俺には味気ないんだからな)
 それでいいさ、と湛えた笑み。
 「やり直せるなら、あいつと一緒だ」と、「たとえ結果は同じでもな」と…。

 

            やり直せるなら・了


※人生をやり直せたら、どうなるだろう、と考えてみたハーレイ先生。前の人生の方を。
 成人検査を上手くパスして、変わりそうなのに、結果は同じ。ブルーと一緒だからなのですv










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「あのね、ハーレイ…。聞きたいんだけど…」
 フグの恋人はフグだよね、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? フグって…」
 フグというのは魚のフグか、とハーレイは目を見開いた。
 どうしていきなり、そうなるのか、と。
(…フグだって?)
 フグなんぞ、影も形も無いぞ、とテーブルの上を眺め回す。
 紅茶の入ったカップと、ポット。
 ブルーの母が焼いたケーキが載っている皿。
 何処にもフグは隠れていないし、カップや皿の絵柄にも…。
(…フグも魚も、まるで描かれちゃいないんだがな?)
 いったい何処からフグが来たんだ、と見当もつかない。
 それまでの会話も、フグとは関係無かったから。


 まさに降って湧いた、フグという単語。
 しかもブルーの質問は…。
(フグの恋人は、フグなのか、と…)
 どういう意味だ、と謎だけれども、無視も出来ない。
 目を白黒とさせている間も、ブルーは黙って待っている。
(…もうちょっと、質問の意図ってヤツを、だ…)
 言ってくれると助かるんだが、と考えた末に問い掛けた。
「お前の言うフグは、魚のフグで合ってるんだな?」
「そうだよ、違うって言ってないでしょ?」
 それでどうなの、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
 「フグの恋人はフグだよね?」と。
「いや、だから…。何なんだ、その恋人ってのは?」
「恋人は、恋人に決まってるじゃない!」
 ぼくとハーレイみたいな恋人、とブルーは即答した。
 「他にどんなのがあるって言うの」と、真面目な顔で。
 「フグに恋人がいるって時には、フグだよね?」と。


(…本当に、あのフグなのか…)
 魚なのか、とハーレイは軽い頭痛を覚えた。
 理由はサッパリ分からないけれど、フグが問題。
 ブルーの頭を占めているのは、フグの恋人はフグか否か。
(…どう考えても、フグだよなあ…?)
 フグにも色々いるわけなんだが、と溜息と共に口を開いた。
「…そうなるだろうな、フグの恋人はフグだろう」
 いるとしたらな、とも付け加えた。
 フグのカップルはピンと来ないし、魚が恋をするかどうか。
(…鳥や動物なら、つがいってヤツも…)
 あるんだがな、と思うけれども、魚の場合はどうだろう。
 子孫を残してゆくにあたって、恋をするのか分からない。
(求愛のダンスをする魚、ってのも…)
 いると聞くけれど、その求愛が恋かどうかは本当に謎。
 けれど、ブルーは満足そうに頷いた。
「そっか、やっぱりフグなんだね!」
 フグの恋人はフグになるんだ、と嬉しそうな顔をして。
 「それを聞いたら安心しちゃった」と、瞳を煌めかせて。
 「つまり、フグの恋人も、フグってことだね」と。


(おいおいおい…)
 そんなに喜ぶようなことか、と不思議で堪らないハーレイ。
 フグの恋人がフグだというのは、自然の法則の一つだろう。
(…同じフグという種族の中なら、色々と…)
 品種の違った組み合わせも、あるいはあるかもしれない。
 トラフグとクサフグの血が混じるとか、そういったこと。
 けれども、それが種族の限界。
 フグの恋人が鯛になったり、ヒラメになったりしはしない。
(…あくまでフグには、フグなんだがな?)
 そう思ったから、ブルーに向かって言った。
 「フグの恋人は、フグ以外には有り得ないぞ」と。
 「他の魚ってことは無いんだ、絶対にな」と。
 するとブルーは、「そうでしょ!」と顔を輝かせた。
 「だから、ハーレイもフグなんだよね」と、最高の笑顔で。
 「フグ以外には有り得ないよ」と、「今、言ったもの」と。


(…フグだって!?)
 この俺がか、と文字通り言葉を失ったけれど。
 本当に言葉が出ないけれども、ブルーは歌うように続けた。
「だってね、ぼくはハコフグだもの」
 「ハーレイ、いつもそう言ってるでしょ」と、得意げな顔。
 「ぼくの頬っぺた、押し潰しては、ハコフグだ、って」と。
「……それで、俺までハコフグなのか……?」
 フグの恋人はフグだからか、と、やっとのことで返したら。
 「俺はお前の恋人なんだし、俺もフグか」と尋ねたら…。
「だって、ハコフグの恋人でしょ?」
 それが嫌なら、ぼくの頬っぺた、潰さないで、という答え。
 「だって何度も膨れるもの」と、「キスをくれるまで」と。
「なるほどな…。だったら、フグでいるとしよう」
 ついでに、フグはキスをしない、とニヤリと笑ってやった。
 「フグの世界には、キスは存在しないしな」と。
 「俺もお前も、そういう世界の住人だろう?」と。
 「実に平和な世界だよな」と、「それで構わん」と…。




           フグの恋人は・了







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(…ハーレイと一緒に、地球にいるんだよね…)
 今日は会えずに終わっちゃったけど、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 大好きで、たまらないハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
 長い長い時を二人で飛び越え、この地球の上で再び出会った。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が焦がれた星で。
(神様からの、うんと素敵なプレゼント…)
 二人で地球に来られたなんて、と考えただけで嬉しくなる。
 前の生では、どう頑張っても手が届かなくて、諦めるしかなかった地球。
 まだ座標さえも掴めない内に、前の自分の寿命が尽きてしまうと分かって。
 青い水の星は夢でしかなくて、肉眼で見ることは叶わないのだと。
(…そう思った時より、長生きしたけど…)
 昏睡状態で眠り続けて十五年ほど、延びていた命。
 けれども、それも失くしてしまった。
 ミュウの未来を切り開くために、白いシャングリラを守った時に。
(…それは後悔しなかったけど…)
 今でも悔いは無いのだけれども、とんだオマケがついて来た。
 メギドでキースに撃たれた痛みで、右手に持っていた温もりを落として。
 最後まで持っていたいと願った、愛おしい人の温もりを。
(ハーレイとの絆が切れちゃった、って…)
 泣きじゃくりながら死んでいった時、地球のことなど微塵も思いはしなかった。
 ハーレイに二度と会えないことが、悲しくて。
 深い悲しみと激しい絶望、地球のことなど、針の先ほども…。
(考えないまま、死んじゃったのに…)
 神様は、ちゃんと覚えていてくれたらしい。
 前の自分が焦がれた星を。
 「いつか行きたい」と願い続けた、青く輝く母なる地球を。


 そして起こった、素晴らしい奇跡。
 神様がくれた、最高の御褒美。
(…ハーレイに会えて、二人とも、地球に生まれて来てて…)
 これから二人で生きてゆくのは、焦がれ続けた青い地球の上。
 前の自分が幾つもの夢を描き続けた、憧れの星。
(ホントに、最高…!)
 チビだったのは、ちょっぴり残念だけど、と細っこい自分の手足を眺める。
 せっかくハーレイと再会したのに、今の自分はチビだった。
 十四歳にしかならない子供で、まだハーレイと暮らせはしない。
 結婚出来る年になるまで、それはお預け。
(でも、ハーレイに会えただけでも、うんと幸せ…)
 それに地球だし、と見回す部屋。
 今の自分の、小さなお城。
 カーテンが閉まった窓の向こうには、地球の夜空があるだろう。
 前の自分が見たいと願った、地球の星座が輝く星空。
(ホントのホントに、最高だよね…)
 こうして地球に来られたなんて、と緩んだ頬。
 白いシャングリラで暮らした頃には、地球と言えば夢の星だったのに。
(…それに、前のぼくが、地球に行けても…)
 青い地球など無かったのだ、と今の自分は知っている。
 ハーレイからも聞いたけれども、歴史の授業でも教わったこと。
 SD体制が敷かれた時代に、青い水の星は何処にも無かった。
 地球を蘇らせるために作られたシステム、それは結果を生み出さなかった。
(死の星のままで、生き物は何も生きられなくて…)
 砂漠と毒の海に覆われた地球。
 皮肉なことに、SD体制が崩壊したのが、再生の引き金になったという。
 グランド・マザーを失い、真っ赤に燃え上がった地球。
 まるで不死鳥が蘇るように、炎の中から、青い水の星が復活した。
 だから今では、青い地球がある。
 今の自分が生まれて来た星、ハーレイと再び出会えた星が。


(今度は、最初から地球の上だし…)
 青い地球で生きていけるんだよね、と神様の奇跡に感謝する。
 なんて素晴らしい奇跡なのかと、地球までついて来ただなんて、と。
(神様が、覚えていてくれたから…)
 青い地球の上に生まれたんだよ、と嬉しいけれども、一番の幸せは、今のハーレイ。
 またハーレイと出会えた上に、二人で生きてゆけるから。
 今度は恋を隠すことなく、大きくなったら結婚して。
(…地球に来られても、ハーレイがいなきゃ…)
 きっと幸せじゃなかったよね、と心から思う。
 どんなに地球が素敵な星でも、前の自分の夢が叶っても。
(ハーレイとの絆が、切れちゃっていたら…)
 記憶が戻った今の自分は、泣き暮らすことになっただろうか。
 両親の前では、平気な顔をしていても。
 夜が来る度、この部屋で一人、ハーレイを想って、涙を流して。
 「どうしてハーレイは、此処にいないの」と、「ぼくだけ、地球に来ただなんて」と。
(…絶対、そう…)
 そうなってたよ、とハッキリと分かる。
 「青い地球より、ハーレイの方が大事なんだよ」と。
 ハーレイがいない青い地球など、アルテメシアよりも味気ない。
 前の生で長い時を暮らした、あの雲海の星よりも。
(……あれ?)
 だったら、地球じゃなくっても…、と別の方へと向かった思考。
 今のハーレイさえいてくれたならば、二人で生まれて来られた星は…。
(……地球じゃなくっても、かまわないのかも……)
 そうじゃないの、と自分自身に問い掛けた。
 「どうしても、地球じゃなくちゃ駄目?」と。
 地球とは違った、何処か、別の星。
 そういう所に生まれていたなら、どうだったのか、と。
 ハーレイとは巡り会えたけれども、地球までは、うんと遠いとか。
 二人で夜空を見上げてみたって、太陽の姿も見えないだとか。


(…その可能性も、あったんだよね…)
 神様の考え方によっては、と今更ながらに気が付いた。
 「地球だとは、限らなかったかも」と。
 宇宙はとても広いのだから、暮らしやすい星は幾つでもある。
 わざわざ地球に限らなくても、大勢の人々が、幸せに暮らしている星が。
(そういう星の中の一つに…)
 今の自分は、生まれ変わっていたかもしれない。
 其処で育って、十四歳になったなら…。
(やっぱり、聖痕が現れちゃって…)
 先に生まれていたハーレイと、無事に再会するのだろう。
 地球とは違った、何処かの星の学校で。
 きっとハーレイは古典の教師で、遅れて赴任して来た所で。
(きっと救急車は、何処の星でも同じだよね?)
 怪我だと思って運ばれちゃうんだ、とハーレイとの出会いを思い返した。
 まるで違う星に生まれていたって、その辺りは変わらないだろう。
 二人の記憶が戻って来たなら、その星の上で恋が始まる。
 遠く遥かな時の彼方で、一度は失くしてしまった恋。
 それの続きが、奇跡のように。
 今のハーレイと出会えたならば、今の自分は、チビの生徒で。
(…他所の星でも、ハーレイはキスしてくれないだろうし…)
 結婚出来る年も十八歳で、まだ先のこと。
 それでも、幸せだと思う。
 また、ハーレイに出会えただけで。
 「切れてしまった」と思って泣いた絆が、切れずにいてくれたのだから。
(もうそれだけで、幸せなんだよ)
 地球まで、うんと遠くたって…、と弾き出した答え。
 「地球じゃなくっても、かまわないよ」と。
 神様が新しい命をくれたのならば、それだけで。
 ハーレイと二人で生きてゆけるのなら、その星が地球ではなかったとしても。


 地球ではない、何処か別の星。
 其処にハーレイと生まれて来たなら、どうだったろう。
(…地球じゃなくっても、かまわないけど…)
 どんな暮らしになっていたかな、と想像してみることにした。
 もちろん、ハーレイと生きてゆく日々を。
 結婚出来る年になるまで、二人で待っている間は…、と。
(…もしも、太陽が見える星だったなら…)
 ソル太陽系の中心に位置する、地球の太陽。
 遠くの星から眺めたならば、夜空に輝く星たちの一つ。
(ハーレイが、家に来てくれた時に…)
 夜に二人で見上げるだろう。
 「あれが太陽?」と、博識なハーレイに確認しながら。
 「あそこに、地球があるんだよね」と。
 前の生では座標も知らずに、見られないままで終わった地球。
 今も肉眼では見えないけれども、あの方向に「地球があるんだ」と。
(…家にあるような望遠鏡では、無理だよね…)
 天文台に行かないと…、と考えるまでもない、地球を眺めるための方法。
 そういう星に生まれたのなら、いつかデートに出掛ける時は…。
(地球が見たいな、って…)
 強請ってみるのもいいかもしれない。
 「地球を見られる天文台まで、連れて行ってよ」と。
 ハーレイの車で夜のドライブ、地球が見られるシーズンに。
(…地球は、公転してるんだから…)
 きっと、いつでも見られるわけではないだろう。
 ついでに、自分たちが住んでいる星も、其処の太陽の周りを回る。
 上手く季節が重ならないと、天文台に行ったって…。
(太陽は見えても、地球は何処にも…)
 見えてくれないのに違いない。
 どんなに凄い望遠鏡でも、季節はどうにも出来ないから。
 地球が観測出来るかどうかは、きちんと調べて出掛けないと。


(…ふふっ…)
 座標が分かっていたって駄目、と可笑しくなった、地球を見ること。
 宙港に行けば、地球に向かう定期便があっても、見られない地球。
(もし、ハーレイが旅行したことがあったなら…)
 せがんで、記憶を見せて貰おう。
 前の自分が、フィシスの地球を見ていたように。
 「ねえ、ハーレイの地球を見せてよ」と、手を差し出して。
(…ぼくのサイオン、うんと不器用だろうけど…)
 足りない分は、ハーレイが補助してくれる筈。
 「ほら、手を出せ」と、「お前、不器用になっちまったしな?」と。
(…今のハーレイが見て来た地球なら…)
 機械がフィシスに植え込んだ記憶より、ずっと鮮明。
 それに本物の地球の記憶で、今のハーレイのガイドもつく。
(食べた食事も、ちゃんと見せてよ、って…)
 強請ってみたなら、レストランにも入ってゆけるに違いない。
 もっと気さくな、露店などで食べた時の記憶も。
(そういうのを何度も見せて貰って、「行きたいな」って…)
 ハーレイに言ったりするだろうけれど、その店でなくても、気にしない。
 大きく育って、ハーレイと食事に出掛ける時には、生まれた星で、きっと満足。
 「地球のお店の方がいいな」という、とても我儘な注文などは…。
(…きっと、しないよ)
 運があったら、いつか行けるよ、と浮かんだ笑み。
 「行けないままでも、かまわないもの」と。
 一生、地球は遠いままでも、幸せに生きていけると思う。
 今のハーレイと一緒なら。
 結婚して、同じ家で暮らして、何処に行くのも二人なら。
(…地球じゃなくっても…)
 ぼくは幸せ、と自信を持って言い切れる。
 青い地球より、ハーレイの方が大切だから。
 ハーレイさえ側にいてくれるのなら、地球は無くても気にしないから…。

 

         地球じゃなくっても・了


※ハーレイ先生がいてくれるのなら、地球に生まれて来なくてもいい、と思うブルー君。
 地球に生まれた今の暮らしは最高ですけど、ハーレイ先生が一緒でないと意味が無いのですv










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(地球なあ…)
 俺たちは地球にいるわけだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今の自分が生まれて来た地球。
 当たり前のように生まれ育って、まるで気にしていなかったけれど…。
(前の俺にとっては、奇跡みたいな話なんだ)
 地球に生まれて育つなんて、と時の彼方に思いを馳せる。
 前の自分が生きた頃には、地球は憧れの星だったから。
(選ばれたヤツしか行けない聖地で…)
 青く輝く銀河のオアシス、水の星、地球。
 そんな具合に教え込まれて、母なる星に誰もが焦がれた。
 人間の生き方を変革してまで、蘇らせようとしたほどの地球。
 きっと素晴らしい所だろうと、夢を描いて。
(…ミュウでなくても、行くのは難しかったからなあ…)
 余計に地球は美化されてしまって、聖地扱い。
 それだけに、前の自分たちも懸命に地球を目指した。
 前のブルーを失った後も、ミュウの未来を手に入れるために。
 いつか地球まで辿り着いたら、人類との戦いの日々も終わる、と。
(…確かに戦いは終わったんだが、肝心の地球は…)
 とんでもない期待外れだったな、と今も覚えている衝撃。
 白いシャングリラから眺めた地球は、少しも青くなかったから。
 赤茶けた砂漠に覆われた星で、死の星でしかなかった地球。
 それが今では青く蘇って、今の自分が暮らしている。
(…うん、本当に奇跡だってな)
 ブルーに会えたこともそうだが、と緩んだ頬。
 「神様の粋な計らいってヤツだ」と、「地球って所が最高なんだ」と。
 前の自分たちが焦がれ続けた、青い水の星。
 其処に生まれて来られただなんて、本当に夢のようなのだから。


 生まれ変わって来た自分。
 前の生の記憶が戻ると同時に、生まれ変わったブルーにも会えた。
(そして今度は、この地球の上で…)
 あいつと生きていけるんだよな、と嬉しくなる。
 十四歳にしかならない今のブルーが、もっと大きく育ったら。
 結婚出来る年になったら、二人で同じ家で暮らして…。
(何処へ行くにも、一緒だってな)
 仕事はともかく、旅行も、ドライブや食事なんかも…、と夢が膨らむ。
 前の生では、どれも出来なかったことばかり。
 ソルジャーだった前のブルーとは、結婚さえも出来なかった。
 互いの立場が邪魔をして。
 皆を導いてゆくソルジャーと、白いシャングリラを預かるキャプテン。
 船の頂点に立つ二人の恋など、誰も喜ぶわけがない。
(…うんと平和な時代だったなら、トップが恋人同士でも…)
 祝福されたかもしれないけれども、前の生の頃は、そうではなかった。
 一つ判断を間違えたならば、船が沈むかもしれなかった時代。
(…ソルジャーとキャプテンが、揃って同じ意見を述べても…)
 恋人同士だと知られていたなら、皆、疑ってかかっただろう。
 同意し、即座に従う代わりに、揉めて結論は出ないまま。
(だが、人類軍は待ってはくれないしな?)
 揉めてる間に攻撃されて終わりだ、と零れる溜息。
 「だから最後まで秘密だったさ」と、「結婚なんぞは出来なかった」と。
 けれど今度は結婚出来るし、二人で同じ家で暮らせる。
 白い箱舟では出来なかった旅行も、ドライブも、それに外食だって。
(…しかも、出掛けてゆく先は、だ…)
 もれなく地球の上なんだよなあ、と神様の計らいに感謝する。
 青い地球の上に生まれて来たから、ドライブも食事も、地球の上。
 「なんて素晴らしい話なんだ」と、「前の俺には、決して出来やしなかった」と。


 奇跡のように生まれて来られた、青い地球。
 いつかブルーと旅行する時も、青い水の星を満喫出来る。
 前のブルーが地球に描いた、幾つもの夢。
 それを端から叶えてゆくのが、今のブルーとの約束だから。
(サトウカエデの森に出掛けて、出来立てのメープルシロップを…)
 真っ白な雪の上に流して、出来たキャンディーを食べるとか。
 森に咲いているスズランを探して、五月の一日に贈り合うとか。
(どれも、お安い御用だってな)
 なんたって、此処は地球なんだから、とコーヒーのカップを傾ける。
 「わざわざ出掛けてゆくにしたって、宇宙船なんかは要らないんだ」と。
 同じ地球の上での移動だったら、宇宙船に乗る必要は無い。
 別の地域に行くにしたって、のんびりと船で旅だって出来る。
 地球の上なら、青い海を辿ってゆけるから。
 船に乗って地球を一周する旅、そんなツアーもあるほどだから。
(前のあいつが見ていた夢なら、いくらでも…)
 叶えてやれるさ、と思った所で、不意に頭に浮かんだ「もしも」。
 ブルーと二人で生まれて来たのが、青い地球ではなかったら、と。
 同じように出会って、前の生での膨大な記憶が戻って来ても…。
(…地球に住んではいなかった、ってことも…)
 有り得るんだよな、と顎に当てた手。
 神様の考え方によっては、そういうこともあっただろう。
 「地球でなくても、二人一緒ならいいだろう」と。
 其処まで面倒を見てやらずとも、と適当に決められた「地球とは違う」星。
 人間が全てミュウになっている今の時代は、何処の星でも平和だから。
 宇宙の何処に生まれようとも、誰でも、幸せに暮らしてゆける。
(そういう時代を満喫しろ、と…)
 神様は、考えたかもしれない。
 「別の星でも、充分、幸せに生きられるだろう」と。
 青い地球の上に生まれなくても、二人一緒なら、いいじゃないか、と。


(……ふうむ……)
 その可能性もあったんだよな、と考えてみることにした。
 地球ではない星に生まれていたなら、どうだったろう、と。
 今と同じにブルーと出会って、それから後。
(…地球じゃなくても、俺たちの関係は変わらんだろうな)
 俺が教師で、あいつが生徒、と小さなブルーを頭に描く。
 やはり聖痕がブルーに現れ、そうして記憶が戻るのだろう、と。
 二人の記憶が戻って来たなら、今と同じに、小さなブルーが育つのを待つ。
 結婚出来る年になるまで。
 せっせとブルーの家に通って、色々なことを話しながら。
(あいつが前と同じ姿になるまでは…)
 デートも出来んし、今と変わらん、と可笑しくなる。
 「何処の星でも同じじゃないか」と、「地球じゃなくても」と。
 ただ、違うのは…。
(地球って星が、うんと遠くにあることだよなあ…)
 いくら近くても、宇宙船が無いと行けないぞ、と宇宙の広さを改めて思う。
 ソル太陽系の中の何処かだとしても、地球に行くには宇宙船のお世話になるしかない。
(夜空を見たって、果たして地球が見えるかどうか…)
 遠く離れた星だったならば、太陽さえも見えないだろう。
 前の生で長く隠れ住んでいた、アルテメシアのような場所なら。
(…アルテメシアか…)
 其処に生まれりゃ、馴染みはあるか、と思う雲海の星。
 ブルーと二人で、アルテメシアに生まれていたなら、どうなったろう。
(…あそこには、前の俺たちの記念墓地ってヤツが…)
 あるんだよな、と苦笑した。
 墓地と言っても、亡骸が納められてはいない。
 とはいえ、自分のための墓標があるのが、アルテメシア。
(いずれデートに行くしかないなあ、行き先が墓地というのも変だが…)
 まあ、観光地ではあるんだし、と想像してみたブルーとのデート。
 前の自分たちの墓標を眺めて、二人で笑い合うのだろうか。
 「立派過ぎる」と、「まさか英雄にされるだなんて」と。


(…アルテメシアだったら、それが一番の見どころだよな)
 記念墓地の墓標に、挨拶をして回るのもいい。
 ジョミーや、ゼルや、ヒルマンの墓標。
 「今はこんなに幸せだから」と、ブルーと二人で、手を繋ぎ合って。
 前の生では明かせなかった、二人の恋を告げて回って。
(…そういや、キースの野郎の墓も…)
 あるんだった、と顔を顰めて、「あいつは無視だ」とフンと鼻を鳴らす。
 皆に花束を持ってゆくとしても、キースの分だけは「用意しないぞ」と。
(…しかしブルーは、キースのヤツを…)
 嫌うどころか、やたらと庇う。
 だから花束を「用意しない」と言った場合は、「酷い!」と文句を言うのだろうか。
 「それなら、ぼくが用意するよ」と、「ハーレイの分の花まで入れて」と。
(…でもって、他のヤツらに供える花より…)
 大きめになるのが、ブルーがキースに供える花束。
 「だって、ハーレイが供えないから」と、「ハーレイと二人分だもの」と。
(……そいつはそいつで、俺は大いに……)
 嬉しくないが、と思うけれども、仕方ない。
 キースに花など供えたくないし、供えたいとも思わないから。
(…あの野郎が、立派な花束を供えて貰うのを…)
 舌打ちしながら眺めたりして、またしてもブルーが「酷い!」と文句。
 「どうして、そんなにキースを嫌うの」と、「ホントに心が狭いんだから」と。
(何とでも好きに言ってくれ!)
 嫌いなものは嫌いなんだ、と思いはしても、ブルーを怒らせるとまずい。
 せっかくのデートが台無しだから、機嫌を直して貰わねば。
(…墓参りが済んだら、とびきり美味いケーキでも…)
 食べに行こう、と誘ってやったら、輝きそうなブルーの顔。
 「うん、行きたい!」と、「何処のお店?」と。
 そしたら、サッと腕を差し出し、エスコート。
 「車で直ぐだ」と、「美味いんだぞ」と。
 「ちゃんと調べておいたんだから」と、「もちろん、味も確かめたしな?」と。


(…うん、なかなかに…)
 いいじゃないか、とマグカップの縁をカチンと弾いた。
 「地球じゃなくても、充分、幸せに暮らせそうだぞ」と。
 アルテメシアとは違う星でも、きっと、其処ならではの楽しみがある。
 地球も太陽も見えないくらいに、遠く離れた星だって。
(そうさ、あいつと二人だったら…)
 地球じゃなくても、幸せに生きていけるってもんだ、と浮かんだ笑み。
 「あいつさえ、側にいてくれればな」と。
 「それだけで充分、幸せなんだ」と、「地球じゃなくても、気にしないさ」と…。

 

            地球じゃなくても・了


※ブルーと生まれ変わった場所が、地球とは別の星だったら、と考えてみたハーレイ先生。
 別の星でも、充分、幸せに暮らしていけそう。ブルー君と一緒にいられるだけでv









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