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「あのね、ハーレイって…」
 狡いんだから、と小さなブルーが少し険しくした瞳。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「狡いって…。俺がか?」
 何かしたか、とハーレイはテーブルの上を見回した。
 ブルーの母が運んで来た紅茶は、ポットに入って二人分。
 それぞれのカップにも注がれていて、砂糖もミルクも…。
(充分だよな?)
 おかわりの分もたっぷりあるし、と視線はケーキへ。
 こちらは一人分ずつ、お皿に載せてあるけれど…。
(俺のケーキが、ブルーの分よりデカイってことは…)
 ないと思うが、と大きさを目だけで比較してみる。
 既に胃袋に収まった分も、くっついていると仮定して。
(…大して変わらん筈だがな?)
 それにパウンドケーキでもないぞ、と首を捻った。
 そうだったならば、「狡い」というのも分かるんだが、と。


 ブルーの母が焼くパウンドケーキは、ハーレイの好物。
 好き嫌いは無いハーレイだけれど、それとは別。
(俺のおふくろが焼くパウンドケーキと…)
 同じ味だからな、と改めて思う、ブルーの母が焼くケーキ。
 ブルーもそれを知っているから、母に注文する時もある。
 「次の土曜日は、パウンドケーキを焼いてよね」などと。
(…しかしだ、今日は違うケーキで…)
 狡いと言われる筋合いは無い、と不思議になる。
 いったい何が「狡い」というのか、見当もつかない。
(それとも、俺用にパウンドケーキを注文出来るのに…)
 ブルーは注文出来ないからか、と顎に当てた手。
 「これがいいな」と、ケーキを注文出来ないとか、と。
 けれど、そんなことは無いだろう。
 ブルーの両親はブルーに甘いし、小さなブルーは甘え放題。
 きっと普段から、あれこれ注文をつけている筈。
 「今日のおやつは、これがいいな」と指定して。
 学校から帰る時間に焼き上がるように、ケーキやクッキー。
 そういう日々に決まっているから、「狡い」などとは…。


(…何処から出て来て、何を指すんだ?)
 サッパリ分からん、と考え込んでいたら、ブルーが尋ねた。
「何が狡いか、分かってないの?」
 本当に、と赤い瞳が睨んで来る。
「ぼくより先に生まれて来ちゃって、うんと大きくて…」
 大人じゃない、とブルーは唇を尖らせた。
 「絶対、狡いと思うんだよね」と、「酷いじゃない」と。
 「ぼくのことをチビって、馬鹿にしちゃって」と。
プンスカと怒り始めたブルー。
 「ハーレイ、ホントに狡いんだから」と、睨みながら。
 「あんまりだってば」と、「先回りしちゃうなんて」と。
(…そう言われてもなあ…?)
 こればっかりは、とハーレイは溜息をついた。
 ハーレイ自身に責任は無いし、どうすることも出来ない話。
 いくら「狡い」と責め立てられても、身体も年も…。
(ガキだった頃には、戻せないしな?)
 その上、俺がチビになると…、と思った所で気付いたこと。
 もちろん自分も困るけれども、ブルーの方も困るのだ、と。


(…よし、それだ!)
 それでいくぞ、とブルーと真っ直ぐ向き合った。
 「いいか」と、「よく聞いてから、考えろよ?」と。
「要するに、俺が先に生まれたのが狡いんだな?」
 そうだろう、と念を押したら、ブルーは大きく頷いた。
「うん、さっきから言ってるじゃない!」
「分かった、俺が悪かった。今度の俺は、大いに狡い」
 ズルをしちまって申し訳ない、とブルーに頭を下げる。
 「ちゃんと合わせるべきだったよな」と、「前の俺に」と。
「…前のハーレイ?」
 なあに、とブルーが瞳を丸くするから、ニッと笑った。
「そのままの意味だ、俺はお前より、ずっと後にだ…」
 生まれて来ないと駄目なんだよな、とニヤニヤしてみせる。
 「だから、悪いが、もう十年ほど待ってくれ」と。
 「いや、もっとかも」と、「前のお前は年寄りだった」と。
 なんと言っても前のブルーは、かなり年上だったから…。


「俺が狡いと言うんだったら、お前もきちんと待つんだぞ」
 俺が生まれて来るまでな、と言った途端に上がった悲鳴。
 「ごめんなさい!」と。
 「もう言わないよ」と、「狡くないよ」と。
 「今のハーレイは大人でいいよ」と、泣きそうなブルー。
(…勝った!)
 今日は勝ったぞ、とハーレイはクックッと笑い始める。
 「そうそう毎回、負けてたまるか」と、「大勝利だ」と…。



         狡いんだから・了






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(今日はハーレイに会えなかったけど…)
 きっと明日には会えるものね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…寄ってくれるかと思ってたのに…)
 仕事の帰りに、と嘆いてみたって始まらない。
 ハーレイは忙しかったのだろうし、そういう時には、どんなに文句を言ったって…。
(…ハーレイにだって、どうすることも出来ないよね…)
 会議や柔道部のことだったなら、と分かっているから、どうしようもない。
 他の先生たちと食事に出掛けて行ったのだとしても、それも大人の付き合いだから…。
(どんなにハーレイが楽しんでたって、ぼくには何にも…)
 言えやしないよ、と充分、承知してはいる。
 それでも時々、深い溜息をついている日もあるけれど。
 「ハーレイ、ぼくを忘れてるかも」と、「他の先生たちと楽しく食事だもんね」と。
(…でも、今日は…)
 そんな文句は言わない日、と気持ちを明日に切り替える。
 明日は古典の授業があるから、ハーレイに会えることは確実。
(どんな雑談、してくれるかな?)
 楽しみだよね、と期待に膨らむ胸。
 ハーレイが授業で繰り出す雑談、それは生徒の集中力を取り戻すため。
 皆の興味を惹き付けるように、色々な話題を持ち出して来る。
(食べ物の話かな、それとも昔の文化とかかな…?)
 前のぼくも知らない話ばっかり、と耳にする前から、もう嬉しくてたまらない。
 明日には、聞ける筈だから。
 学校を休んだり、古典の時間に保健室に行ったりしていなければ。
(絶対、学校に行かなくちゃ…)
 風邪なんか引いていられないよ、と決意を新たにする。
 「今夜は、しっかり寝なくっちゃ」と。


 そうは思っても、今の生でも弱い身体に生まれた自分。
 運が悪いと、明日になったら、具合が悪いということもある。
(でも、きっと…)
 学校を休んでしまったとしても、ハーレイには会えることだろう。
 「ハーレイの授業を聞きたかったよ」と、昼間はベッドでしょげていたって。
(…よっぽど忙しくない限り…)
 仕事の帰りに、ハーレイは見舞いに来てくれる。
 他の先生との食事なんかは、断って。
 会議があったり、柔道部の部活が長引いた時でも、よっぽど遅くならない限りは。
(…だって、ハーレイの授業がある日に…)
 教室に「ブルー」の姿が無ければ、ハーレイにも直ぐに「身体の具合が悪い」と分かる。
 熱があるのか、風邪を引いたか、とても心配してくれるだろう。
(だから、仕事が終わったら…)
 急いで家まで来てくれる筈で、場合によっては、母に頼んでキッチンに立って…。
(野菜スープを作ってくれるんだよ)
 前のぼくが大好きだったスープ、と緩む頬。
 ほんの少しの塩味しかない、何種類もの野菜をコトコト煮込んだスープ。
 前の自分が寝込んだ時には、ハーレイが作る、そのスープしか受け付けなかった。
(ホントに具合が悪すぎる、って時だけれどね…)
 そうじゃない時は、他の食事も食べていたよ、と時の彼方に思いを馳せる。
 身体を治すには、まず栄養をつけないと。
 ノルディにも厳しく言われていたから、食べられる時は食べていた。
(…だけど、食べられない時だって…)
 少なくはなくて、そういう時には、ハーレイのスープ。
 今の自分も、その味わいを覚えていたから、ハーレイは、ちゃんと作ってくれる。
 「これくらいなら、食えるだろ」と。
 「明日には、お母さんが作る食事も食べるんだぞ」などと言いながら。
(…授業で会えるか、休んでしまって家で会うのか…)
 明日にならないと分からないけれど、恐らく、会える。
 「会えなかったよ」と、此処で嘆いていなくても。
 「ハーレイは、ぼくのことなんか忘れてるんだ」と、恨まなくても。


 明日になったら会える恋人。
 そう考えたら、心はグンと軽くなる。
 「ハーレイの授業まで、あと何時間?」と数えたりして。
 運が良ければ、登校した時、朝のグラウンドで出くわすこともあるのだから。
(…今日はたまたま、会えなかっただけで…)
 会える日の方が多いもんね、と大きく頷く。
 たまに会えない日が続いたって、一週間も続きはしない。
 週末は、学校が休みだから。
 其処でハーレイが家に来てくれるし、週末に何か用事があるなら…。
(それよりも前に、何処かの平日に時間を作って…)
 必ず、寄ってくれるんだもの、と分かっているから安心出来る。
 会えないままで、一週間も過ぎてしまうことは、有り得ないから。
 寂しいのを何日か我慢したなら、優しい笑顔を見られるから。
(…うんと幸せ…)
 前のぼくよりは、ちょっぴり寂しい毎日だけど、と白いシャングリラを思い出す。
 ミュウの箱船では、会えない日などは無かったから。
 どんなにハーレイが多忙な時でも、朝の食事は一緒に食べた。
 そういう決まりになっていたから。
 シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、二人が会う場は必要だろう、と。
(だけど、今だと、そういう決まりは…)
 誰も作ってくれなかったわけで、いくらハーレイが「守り役」でも…。
(毎日、必ず、会って下さい、って、病院の先生も言わなかったし…)
 聖痕を診た主治医が決めなかった以上、学校だって、其処まで配慮はしてくれない。
 ハーレイが「ブルー」を特別扱い、そうすることは認めていても。
 特定の教え子にだけ親切なのを、咎めることはしないけれども。
(…ちょっぴり残念…)
 決まりがあったら良かったよね、と思いはしても、仕方ない。
 それは贅沢というものだから。
 会えない時でも、一週間も空きはしないのだから。


 だから我慢、と思ったはずみに、頭の中を掠めた考え。
 「ハーレイに会えなくなったなら」と。
 今はどんなに間が空いても、一週間も会えないままになったりはしないのだけれど…。
(…ハーレイが、ぼくの学校の先生だったから…)
 そうなっただけで、今のハーレイの仕事によっては、もっと間が空くのかも、と。
(プロのスポーツ選手だったら、遠征試合に出掛けちゃったら…)
 行き先は遠い他所の星だし、いつ帰るかも分からないほど。
 星から星へと転戦してゆくのなら、そのシーズンが終わるまで…。
(…地球には、帰って来なくって…)
 会えなくなっちゃう、と愕然とする。
 この地球の上で遠征したって、他の地域へ出掛けてゆくなら、一週間では戻れない。
 その上、スポーツ選手だったら、練習のための合宿期間だってある。
(…合宿する場所が、この町でなければ…)
 合宿の間も会えやしない、と気が付いた。
 「それは困るよ」と、「やっぱり、ハーレイは先生でなくちゃ」と。
(……だけど……)
 同じ古典の教師にしたって、遠い町で教師をしていた時には、どうなるだろう。
 日帰りするのは厳しいくらいに、うんと離れた町だったなら。
(…そういう所の先生だって、研修とかだと、この町に…)
 やって来ることも少なくないから、巡り会うのは、研修でこの町に来ている時。
 研修の合間の休憩時間に、ハーレイが何処かを散歩していて…。
(ぼくとバッタリ出会った途端に、ぼくに聖痕…)
 それで互いの記憶が戻って、もちろんハーレイは、血まみれになった「ブルー」と一緒に…。
(救急車に乗って、病院までついて来てくれて…)
 その後も、ちゃんと付き添っていてくれるだろう。
 研修先に連絡を入れて、「目の前で子供が大怪我をしたから」と事情を伝えて。
 一段落したら、研修先に戻ってゆくのだろうけれど…。
(記憶が戻って来たんだし…)
 何か理由を考え出して、休暇を取ってくれると思う。
 ほんの二日か三日だけでも、研修の後で、色々、話が出来るようにと。


(…そこまでは、一緒にいられるけれど…)
 ハーレイの休暇が終わってしまえば、離れ離れになるしかない。
 なにしろ、ハーレイが勤めているのは、遠い町にある学校だから。
 其処で生徒たちが待っているから、休暇が済んだら、戻らなければ。
 どれほど「ブルー」に未練があっても、仕事を放り出すことは…。
(……出来ないよね?)
 今のハーレイも真面目だものね、とハーレイの性格を改めて思う。
 キャプテン・ハーレイだった頃と同じで、とても責任感が強いハーレイ。
 やっている仕事が違うというだけ、仕事にかける思いは同じ。
(教え子たちを放って、ぼく一人には…)
 絶対、かまけてくれやしない、と容易に想像がつく。
 再会出来て喜んだ後は、別れが待っているのだと。
 「じゃあな」と手を振り、ハーレイは行ってしまうのだ、と。
(…遠い町だから、週末の度に来るなんてこと、出来やしないし…)
 次に会えるのは、長期休暇の時だろう。
 夏休みだとか、冬休み。
 学校が長い休みに入って、ハーレイが旅をしてもいい時。
(…それまで、会えなくなったなら…)
 いったい自分はどうするだろうか、ハーレイが行ってしまったら。
 一週間どころか、何ヶ月も会えなくなってしまって、それが普通の二人だったら。
(…どんなに会いたくなったって…)
 今の自分の弱い身体では、ハーレイが暮らしている町まで旅をするのは厳しい。
 なんとか辿り着けたとしたって、寝込んでしまうことだろう。
(ハーレイが来られないんなら、って…)
 週末に会いに出掛けたつもりが、宿で寝込んで、ハーレイに心配をかけるだけ。
 おまけに、一回、それをやったら…。
(…パパとママは二度目を、絶対、許してくれないし…)
 ハーレイにだって、釘を刺されてしまう筈。
 「こんな無茶、二度とするんじゃないぞ」と。
 「俺の方から会いに行くから、それまで大人しく待つんだな」と。
 そのハーレイが会いに来てくれるのは、何ヶ月も先のことになるのに。


(……そんなの、困る……)
 会えなくなったら困っちゃうよ、と思うけれども、有り得た話。
 今のハーレイが、別の仕事をしていたら。
 同じ古典の教師にしたって、遠く離れた町にいたなら。
(…神様が、ちゃんとしてくれたから…)
 一週間も会えずに終わることなど、ないけれど。
 何処かで必ず会えるけれども、ハーレイに会えなくなったなら…。
(…手紙に、通信…)
 ハーレイが書いた返事を見たくて、せっせと手紙を書いて投函するのだろう。
 まるで日記をつけるみたいに、毎日のように郵便ポストに行って。
 家に帰ったら門扉の脇のポストを覗いて、返事が届いていないかを見て。
(ポストの中が空っぽだったら…)
 玄関の扉を開けるなり、「手紙は来てた?」と叫ぶのだろうか、母に向かって。
 もしも手紙が届いていたなら、何よりも先に読みたいから。
(それに、通信…)
 ハーレイが家にいて、忙しくなさそうな時間を選んで、入れる通信。
 「あのね」と、「ハーレイ、元気にしてる?」と。
 ちゃんと手紙を貰っていたって、ハーレイの声が聞きたくて。
(声を聞けたら、とても嬉しくなるだろうけど…)
 手紙と通信だけの日々など、我慢出来るとは思えないから。
 ハーレイに会いたくて堪らなくなって、泣いてしまう夜もありそうだから…。
(一週間も空けずに会えるだけでも…)
 幸せなんだと思わなくちゃね、と自分に向かって言い聞かせる。
 もしもハーレイに会えなくなったなら、きっと耐えられはしないから。
 長い休みにしか会えないだなんて、もう絶対に御免だから…。



          会えなくなったなら・了


※ハーレイ先生に会えなくなったなら、と想像してみたブルー君。遠くに離れて暮らしていて。
 会えるのは長い休みの時だけ、それまでは我慢するしかない日々。耐えられませんよねv








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(…今日は会えずに終わっちまったが…)
 明日は間違いなく会えるだろうさ、とハーレイが思い浮かべたブルーの顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で、コーヒー片手に。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人、それがブルー。
 十四歳の子供になってしまったけれども、ブルーは帰って来てくれた。
 青く蘇った水の星の上で、新しい命と身体を貰って。
 今は自分の教え子のブルー。
 学校に行けば、大抵、会うことが出来る。
 会えないままで放課後が来ても、仕事の帰りにブルーの家に寄ることも出来る。
(今日は、どっちもダメだったんだが…)
 きっと明日には会える筈だぞ、と自分の仕事に感謝した。
 今の仕事は古典の教師で、明日はブルーのクラスでの授業。
(あいつが欠席してない限りは…)
 其処で会えるし、もしもブルーが休んでいたなら、仕事帰りに見舞いに出掛ける。
 明日は会議などの予定も無いから、柔道部の部活を済ませた後で。
(…頼むから、誰も怪我してくれるなよ?)
 でないと俺の予定がパアだ、と柔道部の部員の無事を祈った。
 誰かが怪我でもしようものなら、病院に連れて行かねばならない。
 すると時間を取られてしまって、ブルーの家に出掛けるどころか…。
(…怪我した生徒を家まで車で送り届けて、そいつの家で…)
 お茶を御馳走になる羽目に…、と分かっているから、部員には無事でいて貰わねば。
 部活の後には、ブルーの家へ。
 ブルーが元気に登校していても、それとこれとは話が別。
(学校じゃ、教師と教え子だしなあ…)
 そういう風にしか振る舞えなくて、会話にしたって、ブルーは敬語を使って話す。
 遠い昔に、前の自分が、前のブルーにそうしたように。
 ソルジャーとキャプテンの恋というのは、誰にも知られてはならなかったから。
 教師と教え子の恋と同じで、秘めておかねばいけなかったから。
(…遠慮なく、あいつと話すためには…)
 あいつの家に行くしかないしな、と苦笑する。
 「だから、明日には会いに行くんだ」と、「誰も怪我してくれるんじゃないぞ」と。


 明日には会える筈の恋人。
 どうせだったら、風邪など引かずに、元気に登校して来て欲しい。
 学校では教師と教え子だけれど、それでもブルーの席に姿が無かったら…。
(…残念なんてモンじゃないんだ)
 他の生徒の手前もあるから、もちろん顔には出したりしない。
 「ふむ、今日はブルーは欠席なんだな」と、教卓の上で欠席の印を書き込むだけ。
 誰かが「風邪を引いたらしいです」とでも教えてくれたら、「そうか」と静かに頷いて。
 心配でも、それは口には出さずに、「授業を始める」と話を切り替えて。
(でもって、平気な顔して、授業を…)
 するのだけれども、視線は何度も、ブルーのいない席を捉えることだろう。
 風邪を引いたというのだったら、熱は高くないか、辛くないか、と。
 特に病名を聞かなかったら、「腹を壊したか、風邪でも引いたか…」と気になって。
(学校が終わったら、あいつの家まで一直線だな)
 顔を見るまで落ち着かないぞ、と自分でもよく分かっている。
 今日のように会えずに終わった日だって、ブルーが気になって仕方ないから。
 夜にこうして思い出すほど、ブルーの顔を見たいのだから。
(…前の俺だと、あいつに会えない日なんかは…)
 一日だって無かったからな、と時の彼方に思いを馳せる。
 恋人同士だったことは伏せていたけれど、前のブルーには、毎日会えた。
 ソルジャーとキャプテン、白いシャングリラの頂点に立つ二人だったから。
 毎日、一度は顔を合わせて、色々なことを話し合うべき、と船の仲間たちは考えた。
(そういう方針だったからなあ…)
 忙しい日でも、そのための時間を確保出来るよう、朝食の席が選ばれた。
 朝食は必ず食べるものだし、青の間で会食すればいい、と。
(…朝食係まで拵えちまって…)
 青の間の奥の小さなキッチン、其処で作られていた朝食。
 それをブルーと二人で食べた。
 毎朝、必ず、顔を合わせて。
 どんなに多忙な時であろうと、朝は青の間に出掛けて行って。


 残念なことに、今はそういうわけにはいかない。
 いくらブルーの守り役とはいえ、「毎日、必ず会って下さい」とは言われていない。
(…そう言われていりゃ、なんとしてでも…)
 時間を作って、会えるんだがな、と少しばかり、もどかしい気持ち。
 今日は忙しかったけれども、何処かで時間は作れただろう。
 ブルーが欠席だったとしたって、授業の合間の空き時間になら、家まで行ける。
 ちょっと車を走らせたならば、ブルーの家に着けるから。
 ブルーの顔を見て、僅かな時間でも言葉を交わして、急いで学校に戻ればいい。
 元気に登校していた時でも、仕事を全部済ませた後で…。
(遅くなりましたが、会いに来ました、と…)
 訪ねてゆくのが許される上に、それが役目なら、歓待されることだろう。
 ブルーの両親に感謝されて。
 「お忙しいのに、本当にありがとうございます」と、夕食まで用意されたりして。
(ところがどっこい、そんな役目は…)
 俺は貰っちゃいないんだ、と残念至極。
 お蔭で、今日のように会えない日だって珍しくない。
 前の生なら、毎日、必ず会えたのに。
 ブルーが深く眠ってしまって、何年も目覚めずにいた時だって。
(…あいつに会えなくなっちまったのは…)
 いなくなっちまった後なんだよな、と零れる溜息。
 前のブルーはメギドへと飛んで、二度と戻って来なかった。
 長い長い時を共に過ごして、深い眠りに沈んでしまっていても、いてくれたのに。
 青の間を訪ねて行きさえすれば、前のブルーは、其処にいた。
 まるで目覚めることが無くても、儚く消えてしまったりはしないで。
 手を伸ばしたなら、いつでも頬に、その手に触れることさえも出来て。
(…そういうモンだと思っていたから…)
 失った後は、前の自分も死んでしまった。
 身体は生きていたのだけれども、魂は死んだ「生ける屍」。
 今の自分は、そんな羽目には陥るわけもないけれど…。


(…会えなくなったら、どうするんだ?)
 頭を過っていった考え。
 もしもブルーに会えなくなったら、と。
(……今の俺には、そんなことなど……)
 起こらないと分かっているんだがな、と言えるからこそ、「もしも」と思った。
 そういうことが起きたとしたなら、今の自分はどうするのだろう、と。
(…たまたま、教師だったから…)
 ブルーの学校に赴任した日に、今のブルーと再会出来た。
 その後も、教師と教え子として、毎日のように学校で会える。
 今日のように会えない時が続いたとしても、せいぜい数日。
(…しかしだな…)
 自分の仕事や、暮らしている場所。
 それによっては、今のブルーと再会出来ても…。
(ほんの数日、この町にいられるというだけで…)
 とても幸せな日々が過ぎたら、離れるしかないということもある。
 同じ教師の仕事にしたって、遠い所の学校で教師をしていた場合など。
(この町には、研修に来たってだけで…)
 本来だったら、ほんの一泊二日くらいでの出張。
 それをブルーと出会ったからと、何か理由を付けて延長。
(休暇だったら、取れないこともないからなあ…)
 同僚たちを拝み倒して、何日か。
 再会を遂げた愛おしい人と、思い出話などをして過ごすために。
(なんたって、ブルーはチビだから…)
 いくら前の生での恋人とはいえ、連れて帰るというわけにはいかない。
 休暇が終われば、「またな」と手を振り、住んでいる土地へ戻るしかない。
 其処へ帰れば、当分の間、ブルーに会うことは出来ないのに。
 次に会える日は、週末どころか、長期休暇しか無いだろう。
 夏休みだとか、冬休みといった学校が長い休みの時。
 その間だけ、また、この町に来る。
 少しでも長く側にいられるよう、懸命に仕事を片付けて。
 何処かに安い宿でも取って、其処からブルーの家に通って。


 そんなことなど、起こりはしない。
 ブルーに聖痕を与えた神なら、会えなくなるような出会いはさせない。
 そうだと分かっているのだけれども、考えてしまう。
 「ブルーに、会えなくなったら」と。
 いったい自分はどうするだろうと、どういう日々を送るのだろう、と。
(…同じ地球の上に、あいつがいるのに…)
 会いに行くことが出来ない暮らし。
 どんなにブルーの声が聞きたくても、顔を見たいと思っても。
(週末しか会えない、ってことになっても…)
 もう充分に辛いと思う。
 学校で顔を合わせることも出来なくて、ブルーの家にも寄れない毎日。
 会いに行けるのは土曜と日曜、そんな生活になっただけでも、きっと溜息が増えるだろう。
 日曜日の夜、家に戻る度、気分が暗く沈んでしまって。
 「また来週まで、ブルーに会えないわけだよなあ…」と、カレンダーの日付を眺めて。
(…ほんの一週間足らずでも…)
 そうなるんだ、と容易に想像がつく。
 今はブルーを軽くあしらい、「キスは駄目だ」と叱り付けたりしているけれど…。
(…週末どころか、長い休みまで会えないってことになっちまったら…)
 果たしてブルーを叱れるだろうか、今の自分と同じ調子で。
 「まだキスは早い!」と頭を小突いて、膨れっ面になるのを笑ったりもして。
(……キスは許してやれないんだが……)
 頭ごなしには叱れんかもな、と額を指でトントンと叩く。
 キスをしたいとは思わないけれど、離れたくない気持ちはあるから。
 「また帰らないといけないのか」と心が痛くて、ブルーを抱き締めたくもなるから。
(…会えなくなったら、そうなるだろうなあ…)
 今は書こうとも思わないブルー宛の手紙を、せっせと書いては、投函するとか。
 強請られても入れてやらない通信、それを自分から入れるとか。
 ブルーの声が聞きたくて。
 手紙にしたって、ブルーの返事が来るだろうから、ブルーが書いたそれを見たくて。


 会えなくなったら、きっとそうなる。
 ブルーに会えずに過ごすしかない、毎日が辛く、空虚になって。
 同僚と笑い合っていたって、心がお留守になったりもして。
(…生ける屍とまでは、いかないだろうが…)
 前の俺よりマシなんだが、と思いはしても、それは勘弁願いたい。
 ブルーに会えない日が続くなんて、考えただけでも悲しいから。
 溜息に埋もれて過ごす日々など、絶対に御免蒙りたいから…。



           会えなくなったら・了


※ブルー君と、今のようには会えなくなったら、と考えてしまったハーレイ先生。
 起こるわけがないことですけれど、そうなった時は、かなり辛そうです。会えるのが一番v








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「ねえ、ハーレイ。草や木とかが育つのには…」
 光や水が必要だよね、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、窓の外へと目を遣って。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「ああ、まあ…。簡単に言えば、そういうことだな」
 光と水があれば、最低限はいける筈だ、とハーレイは頷く。
 草や木などの植物たちは、光合成をして生きるもの。
 太陽の光を、生きる力に変えてゆく。
 光合成をするために必要な葉を、育ててゆくには…。
(水ってことだな)
 そいつがあれば、種から芽が出てくるから、と。
(…しかし、今日のは…)
 随分と変わった話題じゃないか、と不思議ではある。
 ブルーは植物に無関心ではないけれど…。
(…季節の花とか、珍しい植物とか…)
 その手の話が多いタイプで、育つ過程はさほどでもない。
(はて…?)
 何かあったか、とブルーに尋ねてみることにした。
 どうして、植物が育つ話なのか。


「草や木が育つのに光や水って、急に、どうしたんだ?」
 種か苗でも貰ったのか、と真正面から投げ掛けた問い。
 一番有り得るのが、それだと思ったから。
 ブルー自身が貰わなくても、母が貰って来ただとか。
 けれどブルーは、「ううん」と首を左右に振った。
「そんなの、貰わないけれど?」
「じゃあ、なんだって、光や水って…」
 何処から思い付いたんだ、と重ねて尋ねる。
 植物を育てるアテも無いのに、いきなりどうした、と。
「えっとね…。光や水だけで、ちゃんと育つと思う?」
 立派な植物、とブルーは窓の外の木を指差した。
 庭で一番大きな木。
 その木の下には、白いテーブルと椅子がある。
 ブルーと初めてのデートをした場所、ブルーのお気に入り。
「あの木か…。あれほど大きくなるには…」
 光と水だけじゃ、ちょっと無理だな、とハーレイは答えた。
 ブルーは質問に答えていなくて、逆に質問なのだけど…。
(無視するわけにもいかんしな?)
 きちんと答えてやらないと、と大きな木を眺めて説明する。
 「さっきも言ったが、光と水は最低限だ」と。
 「大きく立派に育つためには、養分も要る」と。


 光合成だけで生きる植物は、けして少ないとは言えない。
 とはいえ、野山や庭に生えている草木や、農作物などは…。
(…養分が無いと、サッパリなんだ)
 ブルーも知ってると思うんだが、と零れる苦笑。
 なにしろ理科の基本なのだし、下の学校で教わる内容。
「お前、学校で習っただろう? 光合成の他にもだな…」
 養分ってヤツが必要なこと、とブルーを見詰める。
 「まさか寝ていて、聞いてないわけじゃないだろう?」と。
「居眠りなんか、してないってば!」
 腐葉土とかが要るんだよね、とブルーは返した。
 「他にも色々」と、「痩せた土だと駄目なんだよ」と。
「なんだ、分かっているんじゃないか。なのにだな…」
 何を今更、俺に訊くんだ、と赤い瞳を覗き込む。
 「分かっているなら、訊かなくても」と。
 「何か育てるわけでもないのに、何故、訊くんだ」と。
するとブルーは、「分からない?」と瞬きをした。
 「全然、ちっとも育たないのが、此処にいるでしょ」と。
 「ぼくの背、少しも伸びないんだよ」と。
 再会した日から、一ミリさえも育たないのがブルーの背丈。
 それは間違いないのだけれど…。


(おいおいおい…)
 マズくないか、とハーレイの胸に嫌な予感が広がってゆく。
 植物の話だと思っていたのに、どうやら中身が違いそう。
 ハーレイの不安を見透かしたように、ブルーは口を開いた。
 「分かってるの?」と、とても真剣な顔で。
「いい、ハーレイ? 草や木だって、大きくなるには…」
 養分が欠かせないんだよ、とブルーの赤い瞳が瞬く。
 「ぼくが少しも育たないのは、養分不足なんだから」と。
「養分って…。お前、少ししか食わないんだし…」
 栄養が足りていないんだろう、と返したけれど。
 それで済むことを祈ったけれども、ブルーは首を横に振る。
「違うでしょ! ハーレイがキスしてくれないからだよ!」
 だから、いつまでもチビのまま、と頬を膨らませるブルー。
 「そのせいで背が伸びないんだよ」と、「養分不足」と。
 前のブルーのように育つには、愛情も要る、と。
 「そう思わない?」と、ブルーは譲らないけれど。
 「育たないのは、ハーレイのせい」と、言い張るけれど…。


「其処まで言うなら、今日から、食え」
 しっかりとな、とハーレイは腕組みをして、反撃に出た。
 「お母さんにも言っておくから、充分に食え」と。
「ちょ、ちょっと…!」
 そんなの無理、とブルーは慌てるけれども、ニヤリと笑う。
 「養分が足りていないんだろう?」と。
「まずは、一ヶ月ほど、しっかり食って様子を見よう」
 「それで駄目なら考えてもいい」と、「食うことだ」と。
 「柔道部員並みの量を食べれば、足りるだろう」と。
 お母さんにメニューを渡しておくから、努力しろよ、と…。



        大きくなるには・了






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(兄弟かあ……)
 今のぼくにも、いないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…前のぼくにも、いなかったけど…)
 多分、と遠い時の彼方に思いを馳せる。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた前の自分は、子供の頃の記憶が無かった。
 成人検査で消された上に、過酷な人体実験を繰り返されたせいで。
(…育ててくれた養父母も、育った家も…)
 全く覚えていなかったから、あるいは、兄弟がいたかもしれない。
 人工子宮から生まれた子供を、血縁の無い養父母が育てていた時代でも。
(あの時代でも、ちゃんと兄弟、いたもんね…)
 とても珍しいケースだったけれど、と二組の兄弟を思い出す。
 一つは、ゼルと弟のハンス。
 成人検査でミュウと判断された後まで、離れずに一緒だった兄弟。
(…二人とも、ミュウになっちゃったんだから…)
 ゼルとハンスは、本物の兄弟だったのだろうか。
 遺伝子的にも繋がりがあった、正真正銘の兄と弟。
(……んーと……?)
 その辺のことは、自分は知らない。
 シャングリラでも調べていないし、第一、調べようが無かった。
(…ハンスは、アルタミラから逃げ出す時に…)
 開いたままだった宇宙船の扉から、外へと放り出されたから。
 燃える地獄に落ちてゆく彼を、前の自分は助けることが出来なかったから。
(…ハンスがいなくちゃ、ゼルのデータと比較出来ないし…)
 船の中では、どうにもならない。
 マザー・システムが持っていたデータを調べたならば、一目瞭然だったろうけれど…。
(そんな力は、前のぼくが生きてた時代には…)
 ミュウは持ってはいなかったから、どうだったのかは分からない。
 今の時代なら、資料を当たれば分かることでも。


 本物の兄弟だったのかどうか、確信が無いのがゼルとハンス。
(でも、もう一つ、前のぼくが知ってた兄弟は…)
 どう考えても、本物だよね、と鮮やかに覚えている双子の兄弟。
 正確に言えば双子の兄妹だった、ヨギとマヒル。
(…検査なんかはしていないけど…)
 誰もが信じて疑わなかった、双子の兄弟だという事実。
 あんな時代に、どんな機械の気まぐれだったかは謎だけれども。
(それでも、ホントに兄弟だったし…)
 人類よりも数が少ないミュウの世界だけで、二組も知っていた兄弟。
 だから「兄弟」は珍しくても、きっと、そこそこ存在していただろうと思う。
 前の自分にも、いたかもしれない。
 まるで記憶に無いというだけで、兄がいたとか、弟だとか。
(…そっちは、仕方ないんだけれど…)
 いたとしたって、ミュウになった時点でお別れだから、と零れた苦笑。
 ゼルとハンスのように「二人ともミュウ」なら、研究施設で再会しただろうけれど。
(でも、そんなのは…)
 嬉しくないや、と思うものだから、前の自分に兄弟は要らない。
 いたとしたなら、ミュウにはならずに、「ブルー」のことなど綺麗に忘れて…。
(幸せになっていて欲しいよね?)
 成人検査を無事にパスして、子供時代の記憶が薄れてしまったとしても。
 「ブルー」がミュウになった時点で、機械に「ブルー」の記憶を全て消されたとしても。
(…兄弟がいたことなんか…)
 すっかり忘れてしまっていたって、その方がいい。
 二人揃ってミュウになるより、研究施設でバッタリと顔を合わせるよりも。
(…前のぼくなら、そういうことでいいんだけれど…)
 今度は、ちょっぴり欲しかったかも、と残念な気持ちがする「兄弟」。
 せっかく青い地球に生まれて、本物の両親がいるのだから。
 今、兄弟がいたとしたなら、血の繋がった本物の兄弟。
(…お兄ちゃんとか、弟だとか…)
 いてくれたら楽しかったのに、と少し寂しい。
 「今のぼくにも、いないんだよね」と。


 今の自分に兄弟がいたら、毎日、賑やかだったろう。
 兄弟がいる友達も多いから、どんな感じかは想像がつく。
(お兄ちゃんなら、小さい頃から、ぼくの面倒を見てくれて…)
 うんと優しくて、頼もしくて、と思う一方、「でも…」と不安な面だってある。
 仲がいい筈の兄弟だって、喧嘩するのを知っているから。
 それも、とびきり、つまらないことで。
 おやつに出て来たケーキのサイズが、ほんのちょっぴり違ったとかで。
(ぼくが大きいのを食べるんだ、って…)
 優しい筈の「お兄ちゃん」でも、たまには主張したくなる。
 「ぼくの方が身体が大きいんだから、大きい方だ」と、普段なら我慢する所を。
(でもって、大きい方のケーキを…)
 サッと自分の物にしたなら、弟の方は、いつも甘やかされているから…。
(酷い、って、お兄ちゃんの頭を…)
 ポカッと殴るとか、髪の毛を掴んで引っ張るだとか、子供ならではの怒りの表現。
 子供なのだし、口よりも先に手が出てしまうこともあるから。
(…そしたら、「よくもやったな」って…)
 お兄ちゃんの方も、弟の頬っぺたを引っぱたく。
(後は、取っ組み合いの喧嘩で…)
 母が飛んで来て止めに入るまで、勝負がつかないかもしれない。
 でなければ、弟の方が、おんおんと泣いて、おやつどころではなくなるだとか。
(…そういうことも、ありそうだよね…)
 ぼくなら、おんおん泣いちゃう方だよ、と分かっている。
 「お兄ちゃん」に大きなケーキを取られた上に、頬っぺたを引っぱたかれたのだから。
(…でも、ぼくの方が、お兄ちゃんでも…)
 優しい「お兄ちゃん」でいられるかどうか、自信が無い。
 何のはずみで「いつも、弟の方ばかり…」と羨ましくなるか、分からないから。
(…そういうの、うんと困るけど…)
 でも、お兄ちゃんは欲しかったかも、と思った拍子に、閃いた。
 「前のぼくなら、いいお兄ちゃんになれそうだよ」と。
 「一日だけでいいから、なってくれないかな」と、「ぼくのお兄ちゃんに」と。


 時の彼方で「ソルジャー・ブルー」だった、前の自分。
 大勢のミュウの仲間を率いて、最後は命まで投げ出したほど。
(…もし、お兄ちゃんになってくれたら…)
 絶対、優しい筈なんだよね、と想像の翼を羽ばたかせる。
 「たった一日だけでいいから、兄弟みたいに過ごしたいな」と。
 神様が起こしてくれた奇跡で、前の自分が、この世界に来て。
(前のぼくの方が、大きいんだから…)
 お兄ちゃんだよ、と大きく頷く。
 きっと「弟」になった自分を、可愛がってくれることだろう。
 青い地球の上で暮らしているのを、羨ましいと思ったとしても、苛めないで。
 「ずるい」と頬っぺたを叩いたりせずに、「幸せそうだね」と微笑んで。
(…前のぼくが、ぼくのお兄ちゃん…)
 素敵だよね、と緩む頬。
 お兄ちゃんなのだし、前の自分にも、たった一日だけ、家族が出来る。
 「パパ、ママ!」と呼んでいい人が。
 今の自分の本物の両親、それが「前の自分」の「パパ」と「ママ」。
(…前のぼくだって、喜びそう!)
 本当の年は、両親よりも、ずっと年上だとしても。
 三百歳をとうに超えていたって、「パパ」と「ママ」がいれば嬉しい筈。
(それに、一日だけだって…)
 「お兄ちゃん」になってくれるからには、両親から見ても、大事な子供。
 母のお腹から生まれた子ではなくても、一日だけの間は、長男。
(…だから、きちんと、お兄ちゃんの部屋とか…)
 服とかだって、あるんだよね、と考える。
 神様が奇跡を起こすからには、そういったことも抜かりはないだろう。
 「お兄ちゃん」になった前の自分が、ソルジャーの衣装のまま、なんてことは。
(…もしかして、学校の制服もある?)
 それとも上の学校だろうか、そっちだったら制服は無い。
 自分の好きな服で通って、通学鞄も好みの鞄。
 そうなのかも、と広がる夢。
 「上の学校に通ってる、お兄ちゃんなんだ」と。


 そういう「お兄ちゃん」が出来るのだったら、断然、休日の方がいい。
 別々の学校に登校するより、一日、一緒に過ごしていたい。
 朝は、おんなじ食卓に着いて。
 前の自分が夢見た朝食、ホットケーキに本物のメープルシロップをかけて。
(…前のぼく、うんと感激しそう…)
 憧れ続けた地球での朝食、それを「お母さん」が作ってくれる。
 ホットケーキだけではなくって、目玉焼きなども。
(ソーセージだって、焼いてくれるし…)
 飲み物だって、「何にするの?」と尋ねてくれる母。
 ホットミルクか、紅茶にするか、紅茶にするなら、ミルクティーか、などと。
(…ぼくのホットケーキ、お兄ちゃんに…)
 一枚、譲ってあげてもいいな、と、「弟」なのに「お兄ちゃん」な気分。
 前の自分は、一日だけしか、青い地球にはいられないから。
 神様がくれた夢の一日、幸せ一杯でいて欲しいから。
(朝御飯が済んだら、パパに頼んで…)
 家族揃って、ドライブに行くのも素敵だと思う。
 前の自分が焦がれ続けた、青く輝く水の星、地球。
 当時は死の星だったけれども、前の自分は「青い」と信じていたのだから。
(…本当のことは、言えやしないし…)
 前の自分が、どんな最期を迎えたのかも、絶対、言えない。
 「青い地球に生まれて来られたんだよ」と、それだけしか。
(…ハーレイだって、来てるんだよ、って…)
 もちろん、きちんと話すけれども、ハーレイには「会いに行かせない」。
 「それより、みんなでドライブしようよ」と、連れ出して。
 ドライブに出掛けた先で食事で、帰りは街の方に行くのもいいだろう。
 前の自分は、デパートなんかは知らないから。
 知識としては知っていたって、其処で買い物していないから。
(…うんと楽しいことを、沢山…)
 でも、ハーレイに会うのだけは駄目、とキュッと拳を握り締める。
 「もしも会ったら、ハーレイを盗られちゃうから」と。
 ハーレイが今も忘れてはいない、「ソルジャー・ブルー」は、絶対に駄目、と。


(…まさか、そんなので喧嘩なんかに…)
 ならないよね、と肩を竦めた。
 前の自分は優しいのだから、「チビの子供になってしまった自分」にだって優しいだろう、と。
 「ハーレイには、絶対、会っちゃ駄目だよ」と駄々をこねても、怒りはしない、と。
(…悲しそうな顔はしそうだけれど…)
 きっと、「うん、大丈夫。分かっているよ」と頭を撫でてくれる筈。
 優しい「お兄ちゃん」らしく。
 とてもハーレイに会いたいだろうに、その気持ちを、グッと飲み込んで。
(いいな、優しいお兄ちゃん…)
 うんと我儘な弟になってしまうけれど、と夢を見る。
 「たった一日だけでいいから、前のぼく、お兄ちゃんになってくれないかな」と。
 「兄弟みたいに過ごしたいな」と、「でも、ハーレイには、会わせられないけどね」と…。



             兄弟みたいに・了


※兄弟がいたらいいのに、と思ったブルー君。前の自分なら、いいお兄ちゃんになれそう。
 うんと優しい「お兄ちゃん」が出来ても、ハーレイに会いに行くのは駄目。我儘な弟ですv









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