(いいお天気…)
今日も青空、とブルーが眺めた窓の外。
夏休みの朝、目が覚めて一番に自分の部屋のカーテンを開けて。
目覚ましが鳴るよりも前に起きたら射し込んでいた朝日。
カーテンが少し開いていたのか、その隙間から。
もうそれだけで晴れているのだと分かったけれども、確かめずにはいられない。
雲一つ無い夏の青空を、まだ暑さよりも爽やかさが勝る朝の景色を。
暑い季節は苦手だけれども、この時間なら涼しい風も吹いてゆくから。
夜の間に降りた夜露や、冷えた地面が空気を冷やしてくれているから。
(うん、涼しい…!)
自然のクーラー、と窓も大きく開け放ってみた。
サアッと吹き込んで来た清々しい風を、胸一杯に吸い込んで。
せっかくだからと深呼吸もして、身体中の細胞が目覚めた気分。
パジャマ姿で顔も洗っていないけれども、誰も気にしていないだろうから。
二階の窓からパジャマの子供が外をしげしげ眺めていようが、伸びをしようが。
子供でなくても、庭と生垣を隔てた向こうを通る人は気にも留めないだろうから。
気持ちいい、と大きく吸い込んだ空気、肌に心地良い朝の風。
昼の間はジリジリと暑い夏の太陽も、今の時間は強く眩く輝くだけ。
もっともっと高く昇っていったら、酷い暑さになるけれど。
生まれつき身体の弱い自分は、とても仲良く出来ないけれど。
(朝の間は大丈夫…)
ハーレイと夜明けを眺めた日だって、朝の食事は庭だった。
庭で一番大きな木の下、お気に入りの白いテーブルと椅子で二人で朝食。
涼しい朝だったから全く平気で、むしろ気持ちが良かったくらい。
ダイニングで食べる、いつもの朝食よりも。
父や母と囲む朝の食卓よりも。
(ハーレイがいたっていうのもあるけど…)
前の生から愛した恋人、生まれ変わって再び出会えた大切な恋人。
そのハーレイと二人きりの朝食、それは特別だった朝食。
暗い内から日の出を待って、白いシャングリラでは見られなかった光景に二人で酔って。
それから食べた朝食だったし、余計に素晴らしかったのだろう。
朝の空気の清々しさも、お気に入りの木陰のテーブルと椅子も、何もかも。
忘れられない夏休みの思い出、その中の一つ。大切な一つ。
夏休みはまだまだ続いてゆくから、思い出はもっと増えてゆくけれど。
幾つも、幾つも、きっと沢山。
こうして眺める窓の外。
朝食を食べに下りてゆくにはまだ早い時間、風を涼しく感じる時間。
いい天気だから、ハーレイは今日も歩いてやって来るだろう。
何ブロックも離れた所に住んでいるのに、そんな距離など物ともせずに。
高く昇ってゆく夏の太陽、照り付ける日射しも気にもしないで。
けれど、それには早すぎる時間。
早起きだと聞くハーレイはとうに起きてはいるだろうけれど…。
(非常識だ、って言うんだよ)
あまりにも早い時間に訪ねて来ることは。
自分はちっともかまわないのに、両親だって気にしないのに。
教師というハーレイの仕事柄なのか、前と同じに律儀な性格のせいなのか。
「夏の夜明けは早いんだぞ?」と言っていたから、早い時間に起きていることは確実で。
それなのに早くは来ないハーレイ、朝食を食べに来てはくれない。
その気になったら来られるだろうに、充分に間に合うのだろうに。
だから、こうして窓から外を覗いていたって…。
(ハーレイは歩いて来ないんだよ)
来るならあっち、とその方向を向いたって。
じいっと通りを眺めていたって、見慣れた姿は現れない。
この時間には来る筈もなくて、家でのんびり朝食なのか、ジムへひと泳ぎしに出掛けたか。
はたまた軽くジョギングだろうか、この家の辺りはコースに入らないらしいけれども。
(もうちょっと待てば、来るんだろうけど…)
朝食を済ませて待っていれば。
もちろん顔をきちんと洗って、パジャマも着替えて、それから食事。
部屋の掃除もすっかりと終えて、椅子にチョコンと座っていたなら来るだろう待ち人。
勉強机の前に座って本を読んでいる日も多いけれども、窓から見ていることもある。
もう来るだろうかと、そろそろだろうかと、いつもハーレイと座る窓辺の椅子で。
自分の指定席になった方の椅子で、まだか、まだかと窓の外を見て。
けれども、それにはまだ早い時間。
待っていたってハーレイは来ない、朝早くには。
でも…。
(あっちの方から来るんだよね)
いつも、と椅子に腰掛けた。窓辺の椅子に。
前のハーレイのマントの色を淡くしたような苔色の座面、背もたれに籐が張ってある椅子に。
普段はパジャマで座らない椅子、よそゆきの椅子。
自分の部屋の椅子なのだから、よそゆきも何も無いけれど。
どんな格好でいてもいいのだけれども、何故だか「よそゆき」な気がする椅子。
たまには座りたい気分になるし、とパジャマで座って、外を眺めて。
待っていたって来ない恋人、まだ現れない恋人が歩いて来るだろう方を見下ろして。
(流石に早すぎ…)
朝御飯にも早い時間なんだし、と視線を移した空の方。
まだ太陽はそれほど高くは昇っていなくて、吹いてくる風も涼しくて。
気持ちいいよね、と足をブラブラさせていて…。
ハタと気付いた、窓の向こうに広がる朝の景色に。
この前、ハーレイと二人で見ていた時間よりかは遅いけれども、爽やかな朝の光と風に。
木々の間を吹いて来る風、眩しく輝く朝の太陽。
白いシャングリラには無かったのだった、こういう朝の光景は。
夜が明けても雲海が白くなるというだけ、昇る朝日は見られなかった。
長く潜んだアルテメシアの白い雲海、其処からの浮上は死に繋がるから。
船の存在を知られてしまって、追われるより他に道は無いから。
人類軍の船に追われて、沈むまで続いただろう攻撃。
だからシャングリラに朝日は無かった、雲海の中では見られないから。
それでハーレイに強請ったのだった、二人で一緒に朝日を見ようと。
暗い内から待って見ようと、二人で夜明けを見てみたいのだと。
そうして実現させたというのに、ハーレイと日の出を見たというのに。
アルテメシアどころか地球の夜明けを見たというのに、綺麗に忘れた、その有難さ。
前の自分が焦がれ続けた青い地球。
行けずに終わってしまった地球。
其処の朝日をハーレイと二人、窓から見られた奇跡のことを。
(ぼくの部屋の窓じゃなかったけれど…)
東向きの大きな窓がある部屋、其処で二人で待ったけれども。
あの日に二人で眺めた夜明けは地球の夜明けで、窓の向こうに今も地球。
パジャマ姿で見ている景色は、朝の景色は青い地球のもので。
吹いて来る風も、まだ暑くはない眩い日射しも、何もかもが青い地球の上のもので。
(…ハーレイが歩いて来る道だって…)
地球の地面の上にあるのだった、前の自分が行きたいと願い続けた星に。
辿り着けずに終わってしまった、青く輝く夢の星の上に。
前の自分が生きた時代に、青い水の星は無かったけれど。
死に絶えた星しか無かったけれども、青く蘇った母なる地球。
その地球の上に自分は生まれた、ハーレイと二人で生まれ変わってやって来た。
当たり前のように其処にある地球、窓の向こうに朝の地球。
もうすぐ太陽が高く昇って、ハーレイが歩いてやって来る。
他所の家を訪ねてもかまわない時間になったなら。
ハーレイが自分で決めている時間、それが訪れたら、窓の向こうにハーレイの姿。
今は夏だから、半袖のシャツで。
涼しそうな夏物のズボンやジーンズ、そういったラフな格好で。
今の自分が見慣れた光景、この窓の側で待っていたなら見られる光景。
夏の暑さを物ともしないで颯爽と歩いて来るハーレイ。
なんとも思わずにいたのだけれども、今もパジャマでその光景を思い描いていたけれど。
(窓の向こうに、ハーレイが見えて当たり前、って…)
時間になったら来て当たり前だと思ったハーレイ、窓の向こうに見えるハーレイ。
それは今では当然だけれど、夏休みだから来てくれる日も多いけれども。
(…地球なんだっけ…)
窓の向こうも、この家の下も、丸ごと全部。
何もかもが全部、前の自分が焦がれ続けた地球の上。
朝の光も、涼やかな風も、ハーレイが歩いて来てくれる地面も。
夢みたいだ、と頬を抓った景色だけれど。
窓の向こうに地球だなんてと、ハーレイまでついているだなんて、と思ったけれど。
きっとパジャマを脱いでいる内に、顔を洗う内に、素晴らしい奇跡を忘れるのだろう。
今の自分には、この風景と日常が当たり前だから。
窓の向こうに地球はあるもの、それが普通のことだから。
だから忘れてしまう前に、と窓の向こうにペコリとお辞儀をしておいた。
凄い奇跡をありがとう、と。
いつも忘れてしまってごめんと、今のぼくには窓の向こうに地球があるのが普通だから、と…。
窓の向こうに・了
※ブルー君の部屋の窓の外、見える景色は当たり前に地球。見慣れた景色ですけれど…。
前のブルーは地球を見てさえいないのです。その地球が日常になった今は幸せですよねv