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窓の向こうは

(よし!)
 いい天気だな、と大きく伸びをしたハーレイ。
 カーテンを開け放った窓の向こうに昇った朝日。
 目覚めて直ぐに窓も開けてみた、この時間なら夏でも涼しいから。
 朝の心地よい風が入って来るから、胸一杯に朝の空気を吸い込もうと。
 ベッドから起き出して、パジャマのままで。
 顔も洗わない内から開け放った窓、誰が見ているわけでもないし、と。


 夏休みだから、今日は部活の予定も無いから、ゆっくり過ごせる自由な日。
 朝食を食べて暫く経ったら、ブルーの家へと出掛けてゆく日。
 いい天気だから、もちろん歩いて。
 気の向くままに道を選んで、庭木や生垣、花壇の花などを楽しみながら。
 けれど、出掛けるにはまだ早い時間。
 ただでも夏の夜明けは早いし、こんな時間に訪ねて行っても…。
(大迷惑な上に、ブルーは寝てるぞ)
 夢の中だな、とクッと笑った。
 早起きは得意だと言っていたくせに、夏の夜明けが何時なのかを知らなかったブルー。


 「ハーレイと一緒に夜明けを見たい」と頼まれて凄い時間に訪ねた、先日。
 まだ暗い内に家を出発して、ブルーと二人で眺めた朝日。
 あの日よりかは遅いけれども、朝の光で蘇る思い出、地球の夜明けだと。
 白いシャングリラでは無かった光景、夜明け自体が見られなかったと。
 アルテメシアの雲海の中に隠れ住んでいた白い船。
 浮上することは死を意味したから、船は朝日を浴びられなかった。
 夜が明けても暗かった雲が白くなるだけ、昇る朝日は見られなかった。
 だからブルーと二人で眺めた、ブルーの家で。
 ブルーの部屋とは違う部屋の窓で、東に向かって開いた窓で。


 夜空に残っていた星が一つ、二つと消えて行った後に明るさを帯びた東の空。
 みるみる白さを増して行った空、朝日が射すなり色づいた世界。
 あの光景には敵わないけれど、朝日は昇った後だけれども。
(…地球なんだなあ…)
 それにシャングリラじゃ見ることもなかった景色なんだ、と窓の向こうをグルリと見渡す。
 こんな風に照らし出された世界も、朝日も無縁だった船。
 其処で暮らした前の生の自分、アルテメシアを落とした後には船の外へも出たけれど。
 幾つもの星で、ノアでも地上に降りたけれども、生憎と朝日の記憶など無い。
 感動を覚えたことすらも無い。
 ブルーを失くしてしまったから。
 世界の全ては色を失い、生きる意味さえ失くしたから。


 ブルーと二人で目指した地球。
 白いシャングリラで辿り着こうと夢に見た星、其処へ行く夢さえ、もう意味は無くて。
 辿り着いたら全て終わると、自分の役目は其処で終わると、ただそれだけ。
 ブルーに託されたキャプテンの務め、ジョミーを支えて地球へゆくこと。
 それが終われば自由になれると、飛び去ったブルーを追っていいのだと思っていた地球。
 ようやっと着いた地球は赤くて、青い星ではなかったけれど。
 死に絶えた星で、命の影さえ無かったけれども、それすらも、もう…。
(…あいつの夢が砕けちまった、と思いはしたが…)
 こんな星のためにブルーは逝ってしまったのか、と考えはしても、辛く悲しく思いはしても。
 自分のためにはどうでも良かった、夢の星ではなくて終着点だったから。
 青く美しい水の星の景色、それをブルーに見せたかっただけで、自分はどうでも良かったから。


 そのせいだろうか、地球で夜明けは見ていない。
 ユグドラシルに泊まったのだし、見ようと思えば見られただろうに。
 汚染された大気と無残に朽ちた高層ビル群、其処から昇るものであっても地球の夜明けを。
 朝の光が照らし出す地球を。
(…寝ちまってたかな…)
 それとも何の興味も抱かず、カーテンを開けもしなかったのか。
 朝日が見えそうな場所を探して歩くことさえしなかったのか。
 おぼろげな記憶に残ってはいない、前の自分の生が終わった日の朝のことは。
 地球の夜明けを見なかったことは確かだけれど。


(そいつが今では当たり前なのか…)
 早起きをすれば夜明けが見られる、地球の夜明けが。
 ユグドラシルまで出向かなくても、今の自分が暮らす家から。
 窓のカーテンをサッと開ければ、朝日が昇る時間に東が見える窓から覗きさえすれば。
 だからこそブルーと二人で見られた、地球の夜明けを。
 前の自分が失くしてしまった愛おしいブルー、帰って来てくれた小さなブルーと。
 いつかは二人でゆきたいと願った夢の星、地球。
 其処へ二人で生まれ変わって、暗い内から夜明けを待って。


 当たり前の光景になってしまった、地球の朝。
 こんな風にパジャマ姿で見られる朝の風景、顔も洗わずに。
 誰が見ているわけでもないし、と寝室の窓を開けて覗いて、胸一杯に朝の空気を吸い込んで。
(前の俺だったら…)
 どうしただろうか、「地球の夜明けを見せてやろう」と言われたら。
 ブルーは気持ちよく眠っているけれど、早起きをして一人で見てみないかと誘われたなら。
(あいつが眠っていたとしたって…)
 見てみないかと誘いが来るなら、次の機会もあるのだろうし。
 ブルーと二人で眺めるチャンスも来るのだろうし、と下見の気分で眺めただろう。
 どんなものかと緊張しながら、「ブルーにも教えてやらなければ」と目を凝らして。


(顔を洗っていないなんぞは有り得んな)
 きっと約束の時間よりも早く起きて身支度、顔を洗って髪もきちんと撫で付けて。
 キャプテンの制服をカッチリ着込んで、背筋もピシッと伸ばしただろう。
 地球の夜明けに敬意を表して、もしかしたら敬礼したかもしれない。
 直立不動で見たかもしれない、昇って来る地球の太陽を。


 ところが今の自分ときたら。
 パジャマ姿で顔も洗わず、寝起きのままでカーテンを開けた。
 この時間の風は心地良いからと窓も開け放った、何の敬意も表さずに。
 いい天気だからと伸びをしただけで、誰が見ているわけでもないし、と隙だらけ。
 前の自分が地球の夜明けに向き合ったならば、一分の隙も無かったろうに。
 これが夜明けかと、ブルーに教えてやらなければと、真剣に見詰めていたのだろうに。
(…まったく、とんだ格好だよなあ…)
 酷いもんだ、と見回した身体。
 寝起きで皺が出来たパジャマに、スリッパさえ履いていない素足で。
 顔を洗っていないのだから、きっと髪だってクシャクシャだろう。
 好き勝手な方へと跳ねてしまって、寝癖までついて。


(昔は、朝日というのはだな…)
 SD体制が始まるよりも、遥かな昔の時代の地球。
 この辺りにあった小さな島国、日本では朝日は神聖なもの。
 朝一番に昇る太陽に頭を下げたり、拝んだ人さえあったという。
 普段はそこまでしなかったとしても、新しい年を迎える元日、その日の朝は。
 初日の出と呼ばれた元日の朝日、それに敬意を表する行事は長く続いていたというから。
(…まったくもって酷いもんだよなあ…)
 今の自分の、この格好。
 地球がどれほど有難いものか、地球の夜明けが如何に貴重か、誰よりも知っている筈なのに。
 遠い昔に白いシャングリラで辿り着いた死の星、それを目にした筈なのに。


 地球の朝日に失礼すぎるな、と思うけれども、これが日常。
 今日はたまたま気付いたけれども、「やっちまった」と苦笑したけれど、明日にはきっと。
(また忘れちまって、寝起きでパジャマだ)
 二階の窓など誰も見ない、と寝癖がついたクシャクシャの髪で、皺の寄ったパジャマで。
 顔も洗わずに「いい天気だな」と窓を開け放って、伸びをして。
 胸一杯に朝の空気を吸い込んだ後は、「さてと…」と朝食の段取りだろう。
 何を食べようか、トーストにするか田舎パンか、などと考えながら。
 地球の朝日を気にも留めずに、有難いとも思いもせずに。


(こうなっちまった原因は、だな…)
 窓の向こうが当たり前のように地球だからだな、と肩を竦めて朝日に詫びた。
 前はともかく、今の自分が目にする窓の向こうは地球。
 自分の家でも、ブルーの家でも、窓の向こうはいつでも地球。
 これでは慣れて当たり前だし、前の生の記憶が戻る前から見ていたのだし…。
(夢の風景だが、こうも見慣れてしまうとなあ…)
 申し訳ない、と朝日に詫びる。
 前の自分が地球で見上げた筈の太陽、その太陽は今も同じだから。
 同じ星だから、詫びておく。
 有難さを忘れちまってすまんと、窓の向こうは当たり前に地球になっちまったから、と…。

 

       窓の向こうは・了


※ハーレイ先生が朝一番に「いい天気だな」と眺める窓の外。当たり前の景色。
 けれども、キャプテン・ハーレイだった頃なら貴重品。それが普通になった幸せv





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