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よく伸びるんだが

(うーむ…)
 また伸びてるな、とハーレイがついた溜息、夏の日の庭。
 夏は夜明けが早いから。
 それに夏休みで、今日の行き先は小さなブルーの家だから。
 早く着きすぎたら迷惑になるし、こういう日の朝の過ごし方は色々。
 涼しい内にとジョギングに出掛けることだってあるし、ジムのプールで泳ぐ日も。
 今日はゆっくり朝食を食べてのんびりと、と思ったけれど。
 目を遣った庭の芝生に夏草、いつの間にやら伸びた雑草。


 直ぐに育って種を落とすものは、早めに抜いておくけれど。
 雑草といえども種類は色々、クローバーなどは抜かずに残す。
 白いクローバーの花は綺麗だし、茂りすぎて芝を駆逐しない程度に刈り込んだりして。
 クローバーはまだ丈の低い方、育ってもたかが知れている。
 春に出て来るスミレやタンポポ、そういうものだって残してある。
 けれど、今、目に付いた夏草はお世辞にも可憐とは言えないもので。
 菊を思わせる小さな花はともかく、花が咲くまでに伸びる丈。
 五十センチではとてもきかない、八十センチはいくだろう。
 そんなのが生えた、気を付けていたのに。
 見付けたら早めに抜いていたのに。


 とはいえ、一本、見落としたのも面白いから。
 花が咲いたら直ぐに抜けばいいし、そうすれば増えはしないから。
 たまには花を見てみたくなった、逞しすぎる雑草の花を。
 花の名前はヒメジョオン。
 遥かな遠い昔の地球では、この辺りに日本があった頃には帰化植物。
 一度は滅びた地球が蘇った時、そのまま戻さず放っておいても良かったろうに。
 あまりにも日本に馴染んでいたのか、クローバーなどと一緒に戻った。
 元は無かった植物だけれど、日本にはこれが必要だろうと。


 そんな由来も知っているから、なおのこと。
 ヒメジョオンの白い花を見ようと、花が咲いたら直ぐに抜こうと残した一本。
 これが驚くほどに早く伸びる、見ていない間にニョキッと伸びるかと思うほどに。
 ちょっと目を離したらニョキニョキニョキと伸びているのではなかろうか、と。
 抜き損なったと気付いた時には、まだまだ小さかったのに。
 二十センチも無かったと思う、独特の姿で「生えて来たか」と分かっただけで。
 仕事から帰ったら抜きに行かねばと思った程度の姿だった草。


 ところがウッカリ抜き忘れたから。
 その日も次の日もすっかり忘れてしまっていたから、その間に伸びた。
 ダイニングの窓からよく見える場所、其処の芝生でグングンと。
 上手い具合に庭木の緑に紛れて、いないふりをしていたヒメジョオン。
 四十センチくらいになってしまっていた、もう一度「あれだ」と気付いた時は。
 流石に抜かねばと朝食を終えるなり出て行ったけれど、側に立ったら考え直した。
 せっかく此処まで伸びたのだし、と。
 もう少しだけ置いてやろうと、白い小さな花が咲くまで、と。


 どうして花に同情したのか、それも迷惑な雑草に。
 大して美しい花でもなければ、可憐とも言えない逞しい草に。
(気まぐれなんだと思っていたが…)
 たまには花を見るのもいいし、と起こした気まぐれ、伸びる夏草。
 下手に育てば一メートルを越えることもあるヒメジョオン。
 何処の庭でも直ぐに抜かれる、「増える前に」と。
 現に自分も他の株は抜いて捨てたのに。
 生えて来て直ぐの姿を見付けて、「これは駄目だ」と抜き去ったのに。


 何故だか残ってしまった一株、残しておこうと思った一株。
 それがまた伸びた、昨日よりも。
 昨日ではなくて一昨日かもしれないけれど。
 「今日はこれだけ」と記録しているわけではないから、特に気をつけてもいないから。
 それでも確かに伸びた草丈、この前にそれを見た時よりも。
 グンと大きくなった草丈、きっと蕾もついたろう。
 遠目でも分かる、少し頭を垂れた姿で。
 シャンと伸びたら花が咲くのだと、迷惑な種を落とす花が、と。


 見る度に伸びるヒメジョオン。
 夏の暑さを物ともしないで、我が世の春だと言わんばかりに。
 今は春ではないけれど。草木もうだる夏なのだけれど。
 なのに負けずに伸びる夏草、逞しく生きるヒメジョオン。
 何処まで伸びるか、花を咲かせて「もう抜かんとな」と引っこ抜かれる前に。
 白く小さな花を見た後、根元から抜いて駆除するまでに。


(ある意味、俺との勝負だな)
 抜かれる前に何処まで伸びるか、どれだけの背丈を誇れるか。
 ヒメジョオンの中でも立派な部類になるまで育つか、そこそこまでか。
 花が咲いたらゲームオーバー、庭の持ち主に頃合いを見て抜かれてしまう。
 もうここまでだと、充分に楽しく伸びただろうが、と。
(はてさて、何処まで伸びるやらなあ…)
 何処まで頑張るつもりなんだか、と考えた所で思わずプッと吹き出した。
 伸びるどころか、ちっとも背丈が伸びないブルー。
 再会した日と少しも変わらず、百五十センチしかないままのブルー。


 夏は草木が一番育つ時期なのに。
 それと同じに子供も育って、夏休みの前と後とでまるで背丈が違う子供もいるというのに。
 再会した日が五月三日で、あの頃は春。
 直ぐに迎えた初夏から夏へと移り変わる時期、ブルーは育ちもしなかった。
 ただの一ミリも、ほんの一ミリだけさえも。
 出会った頃と全く同じに百五十センチ、そこから全く育たないブルー。
 夏休みが近付く頃になっても、夏休みに入った今になっても。


(あいつ、ヒメジョオンにも負けてやがるな)
 小さなブルーに出会った頃には、まだ種だったろうヒメジョオンに。
 芝生の下で深く眠って、目を覚ましてもいなかった草に。
 それがニョキリと顔を覗かせ、運良く草むしりの手から逃れて生育中。
 何処まで伸びるか、花が咲いたら抜こうとしている自分と勝負の真っ最中。
 また伸びていると、まだ伸びるのかと、今朝のように溜息をつかれたりもして。
 さっさと抜いてしまいたいんだがと、所詮は雑草なのだからと。
 その雑草がグングンと伸びる、小さなブルーが見たら「酷い!」と怒り出しそうなほどに。
 あれは伸びるのに、ぼくの背丈は伸びないと。
 雑草なんかに負けるだなんてと、ぼくは大きくなりたいのにと。


(ふうむ…)
 気まぐれで残したヒメジョオン。
 どうせ一本だけなのだからと、たまには花を見てみるのもいいと残したけれど。
 今にして思えば、無意識の内に…。
(あいつと比べていたのかもな?)
 まるで伸びないチビのブルーと、背丈が少しも伸びないブルーと。
 小さなブルーは愛らしいから、急がずゆっくり育って欲しいと思うから。
 見る度に草丈が伸びてしまっているヒメジョオンのように急がずともいいと思うから。


 ブルーの代わりにヒメジョオンを見て、そして楽しんでいたろうか?
 あんなに逞しくなることはないと、ゆっくり、のんびり育って欲しいと。
 グングン伸びるのはアレに任せて、ブルーはゆっくり育てばいいと。
(…案外、そうだったのかもなあ…)
 小さな花だけを見れば菊にも似ているけれども、花壇には無いヒメジョオン。
 ふてぶてしいと思えてしまうほどの草丈、それと姿が邪魔をして。
 何処から見たって立派な雑草、花壇の花にはなれないから。
 ブルーが早く育ってしまって、愛らしいチビの姿を失うよりかは、もっとゆっくり。
 今の小さなブルーの姿を眺めていたいと、早く育つのは雑草に任せてしまおうと。


 昨日よりも今日、今日よりも明日と伸びてゆくのがヒメジョオン。
 小さなブルーは育たないのに、面白いほどにニョキニョキと。
 目を離したら伸びているかと思うくらいに、夏の暑さを物ともせずに。
(うん、大急ぎでデカくなるのはだな…)
 ヒメジョオンだけで充分だと思う、もうここまでだという限界まで急いでグングン伸びるのは。
 昨日よりも今日、今日よりも明日と成長し切った姿になるまで急ぐのは。


(よく伸びるんだが…)
 本当に逞しく伸びるんだが、とヒメジョオンを見て苦笑する。
 小さなブルーは「ぼくもあんな速さで育ちたいよ!」と言いそうだけれど、ゆっくりがいい。
 急いでぐんぐん伸びなくてもいい、今の小さなブルーの背丈は。
 前のブルーが失くしてしまった子供時代の幸せの分まで、幸せに生きて欲しいから。
 子供だからこそ味わえる幸せ、それを満喫して欲しいから。
 急いで伸びるのは任せておきたい、あのヒメジョオンに。
 もうすぐ「花が咲いちまったしな?」と抜かれるのだろう、庭の逞しい雑草に…。

 

        よく伸びるんだが・了


※子供がぐんぐん育つ夏にも、背が伸びないのがブルー君。庭の雑草に負けてます。
 でも、その姿が愛おしいのがハーレイ先生、チビでも愛されているのですv





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