(朝なんだけどな…)
とっくに夜は明けているのに、とブルーがついた小さな溜息。
休日の朝に。
学校が休みの、晴れた日の朝に。
ベッドで目覚めて直ぐに分かった、いい天気だと。
カーテンの隙間から射している陽で、朝の光でよく晴れていると。
けれど、鳴ってはいなかった時計。
休日でもかける目覚まし時計。
寝過ごしたろうか、と手に取ってみれば、時間はいつもよりずっと早くて。
これでは起きて行ったところで、持て余すに違いない時間。
母はとうに起きてキッチンにいるだろうけれど。
もしかしたら父も、ダイニングでコーヒーを飲んでいるかもしれないけれど。
(でも、起きてったら…)
きっと悲劇になるだろう朝。
丁度いいからと普段の休日よりも早い朝食、「もっと沢山食べなさい」と言われるに違いない。
せっかく早く起きたのだからと、時間をかけてしっかり食べろと。
母はオムレツの卵を増やしてしまうかもしれない、「残してもいいから」と。
父も「これくらいは食べておかんとな?」と寄越すかもしれない、自分のお皿のソーセージを。
朝からそんなに食べられないのに。
朝でなくても、自分は沢山食べることなど出来ないのに。
そうなることが分かっているから、ここは居留守を決め込んだ。
居留守と言おうか、狸寝入りと言うべきか。
とっくに目は覚めているのだけれども、目などは覚めていないふり。
まだ寝ているのだと、起きていないと、ベッドからは出ずに知らんぷり。
運が良ければまた眠くなると、目覚ましが鳴るまで眠れるだろうと。
コロンと丸くなって、枕に埋めてしまった顔。
カーテンから射す陽が見えないように。
周りから朝を追い払うように。
なのに、ちっとも訪れない眠気。
眠気どころか冴え返る意識、休日なのだと思ったら。
今日は休みでよく晴れている、と思ったら。
(ハーレイ、今日は歩いて来るよ)
まだ来ないけど、と高鳴る胸。
きっと訪ねて来る筈の恋人、前の生から愛したハーレイ。
そのハーレイがやって来るのが休日だから。
午前中から家に来てくれて、夕食まで一緒に過ごせる日だから。
晴れた日には歩いて来るハーレイ。
何ブロックも離れた所に住んでいるのに、そんな距離など物ともせずに。
「俺には大した距離じゃないしな?」とパチンと片目を瞑るハーレイ。
このくらいの距離はなんでもないと。
走ってだって来られるくらいで、ジョギングだったらもっと長い距離を走っていると。
残念なことに、この家はハーレイのジョギングコースではないけれど。
いくら家の表で立っていたって、ハーレイが走っては来ないのだけれど。
(ハーレイ、今頃、走ってるのかな?)
それともジムに出掛けただろうか、朝早くから開いていると前に聞いたから。
もしかしたら泳いでいるかもしれない、ジョギングではなくて。
ハーレイの好きな水の世界で、プールを何往復もして。
(そうなのかも…)
自分は狸寝入りで居留守の最中だけれど、ハーレイの方は有意義に。
ジョギングか、プールで泳いでいるか。
そんな具合で休日の朝を、早い時間からうんと有意義に。
それを思うと情けない自分、朝食が多いと困ってしまうと居留守の自分。
オムレツの卵が増えたら嫌だと、狸寝入りで。
父がソーセージを寄越したら困ると、ベッドで居留守で。
(…有意義の逆…)
なんと言ったろうか、そういう言葉。
有意義という言葉の反対語。
俄かには思い出せないけれども、きっと酷いに違いない。
怠け者だとか、サボっているとか、そんな言葉がぐるぐると回る、頭の中を。
(居留守で、狸寝入りをしてて…)
おまけにサボリで、怠け者。
朝早くから目が覚めているのに、起きもしないで寝ている自分。
目覚ましはまだ鳴っていないんだからと、早く起きたら悲劇だからと。
「沢山食べなさい」と言われてしまって、困るのが目に見えているから。
こんなに早く起きて行っても、ろくなことにはならないのだから。
(ハーレイだって、まだ来ないんだし…)
まだまだ訪ねて来ない恋人、早い時間には決して来ない。
朝食が済んで一段落して、来客があってもかまわない時間になるまでは。
非常識だと言われない時間、そういう時間が来るまでは。
だからハーレイが早く起きたら、その時間を時計が指すまでは。
この家に来てもかまわない時間に此処へ着くよう、家を出る時間が来るまでは…。
(…きっと有意義…)
ジョギングするとか、ジムに行くとか。
そうでなくても書斎でゆっくり読書してから、のんびり支度をするだとか。
居留守のハーレイは思い浮かばない、狸寝入りのハーレイも。
一人暮らしでは居留守も狸寝入りも要らないけれども、怠惰に過ごすハーレイなどは…。
(…有り得ないよね?)
前の生からそうだった。
ハーレイは白いシャングリラのキャプテンだったし、時間を無駄にはしなかった。
もちろん休憩時間はあったし、無駄話だってしていたけれど。
仕事の合間に青の間に来て、お茶を飲んでいたこともあったけれども、怠惰ではなくて。
今の自分がやっているように、居留守だの狸寝入りだのは…。
(…きっと一度も…)
していない筈で、やっていない筈。
早い時間に目覚めたというのに、時間を無駄に費やすなどは。
何もしないで居留守を使って、狸寝入りを決め込むなどは。
そう考えたら情けないとしか言えない状況、今の自分は。
たかが朝食、それが困ると狸寝入りで居留守の自分。
(でも、朝御飯…)
多すぎると困ってしまうというのは本当だから。
母がオムレツの卵を増やしてくれたら残してしまうに決まっているし…。
(パパのお皿のソーセージだって…)
ほら、と寄越されたら、もう食べるしかないのだから。
お腹一杯になってしまっても、詰め込むしかないソーセージ。
なんとも迷惑で困る朝食、早く起きたらそうなるのが分かっている朝食。
やっぱり狸寝入りに限ると、居留守にしようと目を瞑るけれど。
朝日に背中を向けるけれども、有意義だろうハーレイの朝。
自分と違ってジョギングやジムで、朝から活動的なハーレイ。
居留守なんかは使っていなくて、狸寝入りもしてはいなくて、有意義に。
町を颯爽と走ってゆくとか、プールで泳いでいるだとか。
此処で寝ている自分と違って、狸寝入りの自分と違って。
(…うんと有意義…)
考えるほどに情けないから、情けない気持ちになってくるから。
なんて自分は子供なのだろうと、これだから「チビ」と言われるのだとも思うから。
(ハーレイ、まだまだ来ないけど…)
まだ来ないけれど、このまま狸寝入りを続けるよりは。
情けない気持ちで居留守よりかは、起きた方がまだ有意義だろうか?
多めの朝食が待っていようと、食べ切れないと困る運命が待っていようと。
(…ただの朝御飯…)
それを「運命」などと呼んだら、「運命」に笑われてしまうかもしれない。
前のお前の運命というヤツはどうだったのだと、メギドも運命の内なのだが、と。
あまりにも辛くて悲しかった最期、あれこそが運命の最たるものだと思うから。
メギドの前には、朝御飯など吹けば飛ぶようなものだから。
(…やっぱり、頑張って…)
起きるべきだろう、狸寝入りをしていないで。
居留守を使って逃げていないで、真正面から立ち向かうべき朝御飯。
ハーレイが来るには早すぎるけれど、もう目が覚めてしまったのだから。
怠惰は駄目だと、朝は有意義にと、決意を固めて起きたけれども。
ベッドから下りてパジャマも着替えて、顔も洗って戦いの場へと向かったけれど。
「おはよう!」と入ったダイニングに漂う朝食の匂い、笑顔の両親。
母は「あら、早いのね」とオムレツの卵を増やしてくれた。
「ハーレイ先生がいらっしゃるんだし、朝はしっかり食べなさいね」と。
それだけでもすっかり困り顔なのに、父だって。
「パパのも分けてやるとするかな、美味いぞ、今日のソーセージ」
マスタードも少しつけてみるか、と寄越されてしまったソーセージ。
やはりダイニングは胃袋にとっては立派な戦場、勝てるわけなどなかったから。
(ハーレイのせいだよ…!)
まだ来ないけど、と部屋の窓から庭の向こうの通りを睨んだ、恋人のせいだと。
お腹一杯でもう死にそうだと、朝からとんでもない目に遭ったと。
けれど、そう言ったら「俺と一緒に軽く走るか?」と返しそうなのがハーレイだから。
「腹一杯なら、運動がいいぞ」と言われそうだから、文句は言わない方がいい。
生垣の向こう、恋人の姿はまだ無いけれど。
まだ歩いては来ないけれども、ハーレイならきっと、今朝の出来事を笑うだろうから…。
まだ来ないけど・了
※ハーレイ先生が来る日なんだ、と思ったら二度寝が出来なくなったブルー君。
起きたばかりに悲惨な目に遭ったようですけれども、それも幸せな光景ですよねv
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