(もう充分に明るいんだが…)
朝なんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
眩しい朝日が射すダイニングで、コーヒーが入ったマグカップを片手に。
とうに読み終わってしまった新聞、朝食の方も殆ど終わりで。
分厚いトーストをもう一枚焼くか、それとも田舎パンでも切って食べるか。
空腹なわけではないけれど。
朝食の量が少なすぎたわけでもないのだけれど。
スクランブルエッグにソーセージにサラダ、普段の朝より多めに作った。
早い時間に目が覚めたから。
それに出掛けるわけでもないから、いつもの職場へ。
今日は土曜で、仕事は無い日。学校へ出掛けなくてもいい日。
以前だったら、こんな日の朝はジムに行ったりしたけれど。
まだ人が少ないプールで泳いで、爽やかな気分で次は道場へ。
家に帰るより、断然、道場。
柔道の指導が出来る道場、其処へ行ったら好きなだけ柔道を楽しめるから。
友人がいれば試合も出来るし、指導を待っている者も大勢いるし…。
ところが今では、すっかり御無沙汰。
体力作りは欠かさないけれど、暇を見付けてジョギングだってしているけれど。
ジムにも通うし、道場にだって顔を出してはいるのだけれど。
(丸一日いるなんて日は、すっかり無くなっちまったよなあ…)
まるで変わってしまった休日、仕事が休みの日の過ごし方。
体力作りや鍛えることとは逆様になった、運動はしていないから。
今日のように綺麗に晴れた日だったら、往復は歩いてゆくのだけれど。
休日となったら出掛けてゆく場所、ジムでもなければ道場でもなくて。
何ブロックも離れた所の、緑の生垣に囲まれた家。
其処で待っている人がいるから、恋人が待っていてくれるから。
足は自然とそちらへと向く、誰に命令されなくても。
「行け」と家から追い出されなくても、何度もうるさく言われなくても。
世間的には、それも仕事と認識されているけれど。
まさか恋人の家とも思わず、「大変ですね」と労ってくれる人も多いけれども。
聖痕を持った小さな恋人、前の生から愛したブルー。
十四歳にしかならないブルー。
前の自分が失くしてしまった、誰よりも愛したソルジャー・ブルー。
そのブルーが生きて帰って来た。
長い長い時の果てに、蘇った青い水の星の上に。
前のブルーが焦がれ続けた、母なる地球に生まれ変わって。
自分も同じに生まれ変わって、もう一度巡り会えた恋人。
夢ではないかと思うくらいに、何度も頬を強く抓ってみたほどに。
小さなブルーの身体に浮かび上がった聖痕、それは一度しか見ていないけれど。
再会した日に見た一度きりで、二度と起こっていないけれども。
両方の肩に左の脇腹、宝石のように輝く右目。
そこから溢れた大量の鮮血、あの日の衝撃は忘れていない。
最初は事故かと思った聖痕、前のブルーが撃たれた傷跡。
前の生の最後に、悪魔のような地球の男に。
メギドへと飛んだブルーを待ち構えていて狩った、忌まわしいキース・アニアンに。
そう、あの男は前のブルーを狩った。
弄ぶように撃って撃ち続けて、とどめを刺す代わりに右の瞳まで撃って。
ブルーを痛めつけるためだけに撃った、いたずらに苦痛を長引かせるために。
それを思うと腸が煮えくり返るようだし、今も心が痛むけれども。
前の自分はどうしてキースを殴りもしないで終わったのかと、何度悔やんだかしれないけれど。
前のブルーが撃たれた傷痕、それがブルーを連れて来た。
小さなブルーに前のブルーの記憶が戻って、自分も全てを思い出した。
前の自分は誰であったか、ブルーは誰であったのかを。
恋人と共に生まれて来た地球、蘇った青い母なる星。
本当だったら、ブルーとの仲は教師と教え子、それだけで終わりなのだけど。
ブルーだけにかまっていられはしないし、頻繁に会えもしないのだけれど。
小さなブルーの身体を鮮血に染めた聖痕、それが間を繋いでくれた。
ブルーが起こした大量出血、何度も起こせば寝たきりになることもあったと伝わる聖痕現象。
放っておいたら、いつ起こるかも分からないから。
ただでも弱いブルーの身体に、聖痕現象はあまりにも危険すぎるから。
自分が守り役につくと決まった、ブルーがそれを起こさないように。
ソルジャー・ブルーが撃たれたというメギドの時と同じ状況、それを出来るだけ回避するよう。
キャプテン・ハーレイが側にいたなら、其処はメギドではないのだから。
彼にそっくりな自分さえいれば、ブルーの心が安定するから。
生まれ変わりだとは誰も知らないブルー。
それに今の自分。
だから同僚たちに言われる、「大変ですね」と。
休日の度にブルーの家に行かねばならないわけだし、平日だって、時間があれば。
なんとも大変そうな仕事だと、しかも無期限で守り役だとは、と誰もが案じてくれる状況。
それでは休みが無いではないかと、自由時間が全く無いと。
そう言われる度、「いえ、息抜きはしていますから」と答えるけれど。
現にジムにも道場にも行くし、身体はなまっていないけれども。
(本当にまるで逆なんだよなあ…)
自分の休日の過ごし方。
道場に出掛けて丸一日とか、思う存分ジムのプールで泳ぐとか。
ドライブなどにも行っていたけれど、基本は身体を動かしていた。
それが好きだし、せっかくの休みにじっと座ってなどいられるかと。
なのに今では…。
(座ってるのが殆どだな、うん)
ブルーの部屋にあるテーブルと椅子か、あるいは庭の木の下にいるか。
庭で一番大きな木の下、小さなブルーのお気に入りの場所。
其処に据えられたテーブルと椅子でも過ごすけれども、つまりは座っているわけで。
水泳や柔道とはまるで逆様、腰掛けたままでお茶にお菓子に、それから食事。
以前だったら想像も出来なかった休日、運動の代わりに座っているだけ。
小さな恋人を膝に乗せたり、抱き締めたりはするけれど。
頬や額にキスも落とすけれど、それは運動とは言えないのだし…。
ブルーの家へと出掛けてゆく時、運動というものがあるのなら。
これは運動だと言っていいものがあるなら、ブルーの家まで歩く道のり。
普通ならバスに乗るだろう距離、それを歩いてゆくのだから。
自分にとっては大した距離ではないけれど。
ジョギングだったらもっと長い距離を気ままに軽々と走ってゆくから、ほんの散歩で。
(今から出たら、だ…)
アッと言う間に着いちまうんだ、と壁の時計を眺めて溜息。
訪ねてゆくには早すぎる時間、あまりに常識外れの時間。
行くには早いな、とコーヒーを傾け、また思案する。
分厚いトーストをもう一枚か、それとも田舎パンでも切るか。
ブルーの家に行くには早すぎる時間、けれどもジムに行ってしまったら…。
(…中途半端になっちまうんだ)
思う存分泳げはしなくて、途中で切り上げ。
小さなブルーが待っているから、長くは待たせられないから。
以前だったら、こんな悩みは無かったけれど。
休日の朝に早く起きたら、好きなように時間を過ごせたけれど。
(…幸せな悩みっていうヤツか…)
恋人の家に早く着きすぎないよう、さりとて遅刻しないよう。
時計を見ながら時間を見極め、頃合いを見て家を出る。
早すぎないよう、遅すぎないよう、丁度いい時間に着くように。
小さなブルーが待っている家に、恋人が待っている家に。
もう少しパンを、と思ったけれど。
時間潰しにトーストを一枚、あるいは田舎パンでも少し…、と思ったけれど。
(行くには少し早すぎるんだが…)
待ち切れないと騒ぎ出す心、早く会いたいと、家を出ようと弾んでいる胸。
恋人に会える休日だからと、今日はブルーと過ごせる日だと。
躍る気持ちを、どうにも押さえ切れないから。
こんな晴れた日は、早く行きたくてたまらないから。
行くには少し早いんだがな、と苦笑しながら始めた後片付け。
少し早いけれど歩いてゆこうか、ブルーの家へと。
早い分だけ回り道をして、運動を兼ねて時間潰しに。
もうこれ以上は待てないから。
早く出ようと、会いに行こうと、心が我慢の限界だから…。
行くには早いが・了
※ハーレイ先生の休日、前とはすっかり変わってしまったみたいですけど。
それでも嬉しい、ブルー君に会える日。早い時間に出掛けてしまうハーレイ先生ですv