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あいつの背丈

(伸びないなあ…)
 面白いほどに伸びないんだよな、と可笑しくなった。
 小さな恋人の背丈のこと。
 五月の三日に再会したブルー、前の生から愛し続けた愛おしいブルー。
 赤い瞳も銀色の髪も、記憶そのままで。
 白く透き通るような肌もブルーだけれども、前とは違ったその柔らかさ。
 前のブルーが白磁の肌なら、今のブルーは白桃だろうかと思ってしまうほどに。


 つまりは柔らかすぎるほどの肌、赤ん坊ほどではないけれど。
 それほど薄くはないのだけれども、今のブルーの肌は子供の肌で。
 肌が子供なら背丈も子供で、ブルーはすっかり小さくなった。
 最後に別れた時より遥かに、前の自分が去りゆく背中を見送った時より、ずっと小さく。
 まだ十四歳にしかならないブルー。
 今の学校では一番下の学年、小さくて当たり前だけど。
 背丈が縮んだというわけではなく、これから育ってゆくのだけれど。
 前のブルーと同じ背丈に、ソルジャー・ブルーだった頃とそっくり同じ姿に。


 まるで記憶に無いわけではない、今のブルーのようなブルーも。
 前の生で初めて出会った時には今と変わらない少年だった。
 燃えるアルタミラで出会い、共に宇宙へ旅立った時は。
(あの頃のあいつは、俺よりもずっと年上で…)
 ただ成長を止めていただけ、育たずに子供の姿でいただけ。
 けれどアルタミラを離れた後には、普通に育っていったから。
 細っこかったチビから、気高く美しかった前のブルーへと育ったから。
 きっと今度も同じだと思った、直ぐに育つと。
 今が一番の成長期だろうし、見る間に背が伸びてゆくのだろうと。


 自分の記憶でもそうだけれども、夏休みの間に育つ子供の多いこと。
 前の自分は共に育った仲間を覚えていないとはいえ、今の自分は違うから。
 大勢の友達と一緒に育って、夏が来る度、グンと育つ子が多かったから。
 きっとブルーもそうだと思った、夏休みが終わる頃にはかなり大きくなるだろうと。
 流石に十センチも伸びはしなくても、一目で分かるくらいには、と。
(あの年頃は伸び盛りなんだ…)
 教師という仕事をしていれば分かる、夏休みの前と後とで違う。
 制服のサイズが合わなくなるほど育つ子供も珍しくはない、夏休みの間、会わない内に。
 なんと大きく育ったものだと驚かされることも度々で…。


 だからブルーも育つと思った、夏の日射しですくすくと伸びる青草のように。
 枝葉を広げて空へと伸びゆく木々たちのように。
 幼い顔立ちも少し大人びて、澄ました顔も似合う少年になって。
 手足もスラリとしてくるだろうと、幼さが抜けてくるのだろうと考えたのに。
(…見事に育たなかったんだ…)
 ほんの一ミリさえも伸びなかった背丈、出会ったあの日と変わらないまま。
 そのままでブルーの夏は終わった、育ち盛りの筈の夏休みは。
 夏の日射しはブルーの背丈を育ててはくれず、制服も小さくなりはしなくて…。


(俺にしてみりゃ、可愛いんだがな?)
 小さなブルーの姿は可愛い、目を細めたくなる愛らしさ。
 いつまでもこのまま眺めていたいと思うくらいに愛くるしい。
 笑顔も、それに仏頂面も。
 機嫌を損ねてプウッと膨れてしまった時でも、もう本当に可愛らしくて。
 そんなブルーも愛おしいから、今のブルーで充分満足、小さいままでもかまわない。
 まさか一生、子供のままでもないだろうから。
 いつかはきっと育つのだろうし、それまではチビで子供のブルーを見ていたいから。


 そういう自分の視点からすれば、育たないブルーも可愛いけれど。
 まるで全く伸びない背丈も、微笑ましく思えるのだけれど。
 当のブルーはそうはいかない、「これじゃ困るよ!」と何度叫んだことだろう。
 毎朝ミルクを飲んでいるのにと、どうして育たないんだろうと。
 ブルーの涙ぐましい努力を聞いているから余計に可笑しい、伸びない背丈が面白い。
 いつまで育たずにいるのだろうかと、飲んだミルクは何処に消えたかと。


(ミルクは定番なんだがなあ…)
 背丈を伸ばしたいなら牛乳、そう考える子供は少なくなくて。
 大人の方でも「骨が丈夫になって背が伸びるから」と牛乳嫌いの子を諭すもので。
 小さなブルーは間違ってはいない、毎朝ミルクを飲んでいることは。
 早く育とうと、背を伸ばそうと頑張って飲んでいるらしいことは。
 なのに効果は少しも出なくて、小さなブルーは小さいままで。
 再会した頃から一ミリも伸びない百五十センチ、ミルクの効き目は現れない。
 それを思うと笑いが零れる、ミルクと相性が悪いのだろうかと。
 ブルーの努力は報われないまま、ミルクだけが減ってゆくのだろうかと。


 もっとも、今の世の中の事情。
 人間が全てミュウになった世界、ブルーくらいの年頃になれば育ち方も変わる。
 普通にぐんぐん育つ子もいれば、ゆっくり、のんびり育つ子供も。
 小さなブルーがそうであるように、まるで育たない子もいくらでもいる。
 要は心と身体の兼ね合い、幼い子供はそれに相応しく。
 そんなわけだから、ブルーがどんなに膨れても。
 育ちたいのに背が伸びない、と文句を言っても、特効薬などありはしなくて。
 特別な栄養指導も無ければ、もちろん病院の出番も無くて。
 「個人差ですよ」の一言で終わり、背が伸びないのも子供の個性。
 誰も育てと急かしはしないし、育てるための薬も無いし…。


(…まあ、当分はあのままだろうな)
 チビのあいつを見られるんだな、と笑みを浮かべずにはいられない。
 いくらブルーが不本意だろうが、ミルクが効かないと怒っていようが、愛らしいから。
 気高く美しかったブルーは忘れられないし、今もたまらなく愛しいけれど。
 会いたいと涙する夜もあるけれど、ブルーはブルー。
 前のブルーと今のブルーは同じブルーで、同じ魂。
 ただ幼いというだけのことで、持っている記憶は前のブルーのものだから。
 メギドで冷たく凍えた右手を覚えているのがブルーだから。


 悲しすぎる最期を迎えたブルーが、幸せそうに笑うなら。
 むくれて膨れっ面になるなら、それはブルーが今を生きている証拠なのだから。
 背丈が少しも伸びないチビでも、ブルーは帰って来たのだから。
 幸せな時を、前のブルーが失くしてしまった子供時代を楽しんで欲しい、この地球の上で。
 急いで大きく育たなくても、前と同じに急いで成長しなくても。
(ゆっくり育って欲しいもんだな…)
 心から思う、チビのブルーを幸せに育ててやりたいと。
 焦ることなく、ただ幸せに。


 膨れて、むくれて、「早く大きくなりたいのに!」と嘆けるのも今の内だから。
 育ってしまえばもう言えないから、今の内。
 毎朝ミルクを頑張って飲んで、まだ育たないと溜息をついて。
 そんなブルーが愛おしいけれど、やっぱり可笑しさもこみ上げてくる。
 少しも背丈が伸びないブルー。
 今日もむくれているかと思うと、膨れっ面だろうかと思うと。
(ミルク、飲みすぎたら腹を壊すぞ?)
 過ぎたるは猶及ばざるが如しだからな、とクックッと喉で小さく笑う。
 あいつはそんなに飲めはしないがと、飲みすぎるという心配だけは無さそうだがな、と…。

 

         あいつの背丈・了


※少しも伸びないブルー君の背丈。ハーレイ先生から見れば、それも可愛いのです。
 大人ならではの余裕ですけど、ブルー君が聞いたら間違いなく膨れっ面ですねv





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