(ハーレイ、もしかしてガッカリしちゃった…?)
どうなんだろう、と小さなブルーは心配になった、ハーレイが帰って行った後。
「またな」と手を振り、車で帰って行ったハーレイ、今日は雨ではないけれど。
晴れた日は歩いて来るのがハーレイだけれど、今日は車で来てくれた。
素敵な荷物を積んでいたから、トランクに入れてやって来たから。
前のハーレイのマントの色をした車。濃い緑色の、ハーレイの愛車。
そのトランクから魔法が始まる、バタンと開けたら魔法の始まり。
今日が二回目、折り畳み式のテーブルと椅子が出て来た、キャンプ用の。
庭で一番大きな木の下、ハーレイがそれを据え付けてゆく。
二人きりのデートのための場所。
いつものブルーの部屋とは違った所で食事をするためのテーブル、それと椅子が二つ。
まだ食事とはいかないけれど。
一度目も今日も、お茶とお菓子で、食事をしてはいないけれども。
家の中にいる両親からも見える庭の一角、ハーレイには甘えられなくて。
抱き付くことも、膝の上にチョコンと乗っかることも出来ないけれど。
それでも普段と違う場所で二人、充分にデートの気分だから。
デートをしている気分がするから、今日も御機嫌でテーブルに着いた、椅子に腰掛けた。
母が運んで来てくれたお茶とお菓子と、木漏れ日が描く光のレース模様と。
最高に幸せな時間の始まり、デートなのだと嬉しくなった。
ハーレイにはくっつけないけれど。
甘えたくても抱き付けはしなくて、膝の上に座りも出来ないけれど。
そうして二人でデートしていたら、ハーレイが気付いた雲間から漏れてくる光。
雲の間から射した光の輝き、「天使の梯子」だと教えて貰った。
あれを天使が昇り降りすると、ヤコブの梯子とも呼ぶものなのだ、と。
天使の梯子が出来ている時、雲の端っこを見上げてみたなら天使が見えるとも聞いた。
そこから天使が顔を出していると、そういう姿が見えるらしいと。
天使は見付からなかったけれども、天使が使うという梯子。
そう呼ばれるとは知らなかった、と雲間から射す光を仰いだ、とても綺麗だと。
ところが話はそれで終わらなくて、ハーレイが口にした言葉。
「お前なら綺麗に飛ぶんだろうな」と鳶色の瞳が柔らかく笑んだ。
空を飛ぶお前を見てみたい、と。
きっと天使のようなのだろうと、そんな姿をいつか見せて欲しいと。
途端にドキリと跳ねた心臓、喜びではなくて逆様の意味で。
ハーレイの望みを叶えたくても、今の自分には出来ないから。
空を飛ぶことなど出来はしなくて、天使の梯子を昇る姿をハーレイに見せられはしないから。
ごめん、と仕方なく謝った自分。
「今のぼくは空を飛べないみたい」と、ハーレイには見せてあげられないと。
ハーレイは酷く驚いたけれど、失望したという風でもなくて。
そのままでいいと、飛べなくていいと言って貰えた、「お前は飛ばなくていいんだ」と。
前のお前はメギドにまで飛んでしまったのだし、もう充分に飛んだのだから、と。
それでも重ねて尋ねてみたら、やはり飛ぶ姿も見たいらしいから。
まるで見たくないわけでもなかったようだから…。
(…やっぱり、ホントはガッカリしちゃった…?)
今の自分が飛べないと知って、天使の梯子を昇る姿を見ることは出来ないと知らされて。
飛ぶのを見たいと言ったハーレイは、本当に見たかったようだから。
そうでなくても前の自分が飛んでゆく姿を、前のハーレイはのんびりと見てはいないから。
ソルジャーだった自分とキャプテンだったハーレイ、飛ぶ姿を見せる暇など無かった。
ハーレイは何度も見ていたけれども、前の自分も飛んでいたけれど。
互いの立場が立場だったから、披露も見物もまるで無縁で。
きっとハーレイは見惚れたことさえ無かったのだろう、ただの一度も。
だから見たいと望んだのだろう、今の平和なこの地球の上で。
空を飛んでゆくお前を見たいと、きっと綺麗に飛ぶのだろうと。
「飛ばなくていい」と言ったハーレイの言葉は、けして嘘ではないけれど。
本心だろうと思うけれども、前の自分には出来なかったこと。
ハーレイがゆっくり眺められる場所で、ハーレイのためにだけ空を飛ぶこと。
それが出来たら、と考えてしまう、空を飛べたら、と。
(…ハーレイ、ガッカリしちゃってるよね…?)
今の自分は飛べないから。
ハーレイのためだけに舞い上がれなくて、天使の梯子を昇れないから。
きっとそうだと、ガッカリさせたと、溜息が零れて落ちてしまう。
ハーレイは「飛ばなくていい」と言ったし、それが本心だと分かっていても。
そう考えてしまう辺りが子供で、考えすぎだと分かっていても。
(…だって、ハーレイ…)
本当に見たかったのだろうと思う、自分が空を舞う姿を。
前のハーレイには決して叶わなかったことを、今の時代に叶えたいのだと。
キャプテンとしての務めではなくて、自由な一人の人間として。
ソルジャーではない恋人の自分が空を飛ぶ姿を、心ゆくまできっと眺めたかったのだと。
もう本当に申し訳なくて、どう謝ればいいのか分からなくて。
頭がぐるぐるしそうだけれども、これは自分の考えすぎで。
ハーレイはとっくに分かってくれていて、飛べない自分を許してくれて。
許すどころか喜んでくれて、「飛ばなくていい」と優しく受け止めてくれて。
そんなハーレイの懐の広さが、自分への想いが分かるからこそ、気にかかること。
(…本当はきっと、ちょっぴりガッカリ…)
しちゃったよね、と呟いてしまう、心の中で。
ハーレイがガッカリしたことはきっと間違いないから、ほんの少しの間だけでも。
(飛びたいよ、ぼく…)
ハーレイが「飛ばなくていい」と言ってくれても、許してくれても。
昼間も決意したのだけれども、ハーレイの望みを叶えたいから。
天使の梯子を昇る姿を、ハーレイに見せてあげたいから。
どうすれば空を飛んでゆけるのか、舞い上がれるのか、まるで全く分からないけれど。
手掛かりさえも見付からないのが今の自分で、もう見当もつかないけれど。
それでも飛びたい、天使の梯子を昇ってみたい。
飛べない自分でも空を飛びたい、ハーレイのために。
きっとハーレイは「飛ばなくていいぞ」と微笑むだろうし、それでいいと思いそうだけど。
もう「飛べない」と決めてしまって、見たい気持ちも何処かへ仕舞っているだろうけれど。
けれど飛びたい、ハーレイが「見たい」と言ったのだから。
飛ぶためのコツを「プールで一緒に掴んでみるか?」とも誘ってくれたハーレイだから。
ハーレイにプールで水に浮く所から教えて貰って、いつかは空へ。
飛べない自分でも、コツを掴んで舞い上がりたい。
(飛べないぼくでも、ハーレイは許してくれそうだけど…)
許してくれているのだけれども、「飛ばなくていい」と言われたけども。
ハーレイがそうして許してくれたように、ハーレイの優しい想いと同じように。
自分もハーレイの夢を叶えたい、天使の梯子を昇りたい。
今は飛べなくても、きっといつか。
そんな思いを捨て切れないから、ブルーは願う。
飛べないぼくでも飛べますようにと、ハーレイのために空を飛べますようにと…。
飛べないぼく・了
※空を飛べない、ブルー君。「飛ばなくていい」と言って貰えたのに、気にしてます。
ハーレイ先生のために飛びたい健気さ、ハーレイ先生、愛されてますねv