(あいつ、飛べなくなっちまったのか…)
まるで全く飛べないんだな、とハーレイが思い浮かべたブルー。
夜の書斎で、ブルーの家まで出掛けて帰って来た後で。
今日はブルーと一緒に過ごした、二人で天使の梯子を見上げた。
雲間から射す太陽の光、それが作った天使の梯子を。
天使が行き交う、天と地上とを結んだ梯子。
ヤコブの梯子とも呼ばれるけれども、同じ呼ぶなら天使の梯子。
そこを天使が昇ると言うから、降りてくるともまた言うから。
小さなブルーと二人で見上げた、その梯子を。
庭で一番大きな木の下、いわゆるデートの真っ最中に。
キャンプ用の椅子とテーブルを据えて、お茶とお菓子と、そういう時間。
たったそれだけのことだけれども、特別な気がするブルーとのデート。
其処で天使の梯子を見かけた、ブルーにそうだと教えてやった。
そうして思った、あの梯子を昇るブルーを見たいと。
天使さながらに綺麗だろうと、それは美しく空を舞うのだろうと。
(…前の俺はゆっくり見ていないしな…)
ブルーが飛ぶのは何度も見ていて、見送りもしたし、迎えたけれど。
白いシャングリラから飛び立つブルーを、戻って来るのも見ていたけれど。
それはソルジャーとしてのブルーで、遊びで飛んではいなかった。
いつも必ずあった目的、ソルジャーの務めで空を駆けたブルー。
前の自分もキャプテンの立場でそれを見ていた、見惚れているような暇は無かった。
ブルーが飛び立てば必要な仲間たちへの指図、戻って来た時もやはり同じで。
(…あいつが飛んでいる間だって同じ…)
シャングリラのブリッジから追い続けていた、ブルーが何処を飛んでいるのか。
飛んでゆく先がどうなっているか、人類の船は、人類軍の動きはどうかと。
スクリーンにブルーが映し出されても、そういったことしか頭に無くて。
綺麗だと見惚れる時間は無かった、そんな余裕も。
ゆっくり見ている暇も無いまま、美しいと眺めることも無いまま、時は過ぎて行って。
ブルーは飛んで行ってしまった、前の自分を独り残して。
「ジョミーを支えてやってくれ」と自分を縛る言葉を残して、一人で飛んで行ってしまった。
シャングリラから遠く離れたメギドへ、二度と戻れない死が待つ場所へと。
其処へ飛んでゆくブルーの姿を、自分は見られもしなかった。
それどころではなかったから。
赤いナスカはもう崩れそうで、ブルーの言葉を守るためには、仲間の命が最優先で。
「ソルジャーを追え」と言えはしなくて、飛び去る姿も見られなかった。
前のブルーの最後の飛翔を、遠く小さくなっていったろう、青く輝く命の光を。
けれども、ブルーは帰って来たから。
まるで奇跡のように、青い地球の上に生まれ変わって来てくれたから。
自分の目の前にブルーがいるから、天使の梯子が空に出来たから。
ブルーが飛ぶのを見たいと思った、今の平和な地球の上で。
前の生では見惚れることすら叶わなかった、ブルーが空高く舞う姿を。
だから何の気なしに口にした、「お前なら綺麗に飛ぶんだろうな」と。
きっと天使のようなのだろうと、その姿をいつか見たいものだと。
そう、見られると思い込んでいた、空へ舞い上がるブルーの姿を。
まるでブルーを招くかのように雲間から射した天使の梯子を、天使さながらに昇る姿を。
その光景が見えるようだと、小さなブルーがいつか大きく育ったならば、と思い描いたのに。
今度こそ心ゆくまでブルーが飛ぶのを眺めるのだと、見上げられると思ったのに。
(…飛べなかったか…)
小さなブルーは「飛べないブルー」になっていた。
前の生では自由自在に飛んでいた空を、何処までも飛んで駆けていた空を。
真空の宇宙空間でさえも飛んでゆけたのに、メギドまでも飛んで行ったのに。
ジルベスター・セブンだったナスカからジルベスター・エイト、そんな距離さえ飛んだのに。
二階の窓から庭へ飛ぶことさえ出来ないブルー。
飛ぼうとしたなら落ちるしかなくて、間違いなく怪我をするブルー。
そうなっていたとは気付きもしなくて、大人しいのだと思っていた。
いつも部屋の窓から手を振っているだけ、けして飛び出しては来なかったブルー。
(…てっきり、行儀よくしているんだとばかり…)
そう信じていた、相手は小さなブルーだから。
窓から飛び出して迎えに出るなど子供っぽいから、と自分を抑えているのだと。
充分、子供っぽいくせに。
まだまだ子供で、すぐにプウッと膨れっ面になるくせに。
ブルーなりの背伸びで、大人っぽく見せたくて我慢しているか、根っから大人しい性質なのか。
どちらにしたって、本当は飛べると思い込んでいたし、疑いさえもしなかった。
前と同じに飛べるのだろうと、その気になれば空へと飛んでゆけるのだろうと。
ところが、それを口にした途端。
天使の梯子を昇るブルーを、飛んでゆく姿をいつか見たいと言った途端に、分かった真実。
今の小さなブルーは飛べない、空を飛ぶだけの力を持たない。
前のブルーと全く同じにタイプ・ブルーに生まれたのに。
飛べるだけのサイオンはあるというのに、まるで使えないのが今のブルーで。
(飛べないブルーなあ…)
そいつは夢にも思わなかったな、と笑いが漏れた。
前のブルーならば有り得ないこと、あってはならないことだけれども。
ブルーが自在に飛べたからこそ、前の自分たちは生き延びることが出来たのだけれど。
今のブルーは全く飛べない、二階の窓から庭へも飛べない。
もしも飛んだら確実に怪我で、もう本当に普通の子供。
今の時代も飛べない人間の方が多数派、普通は空を飛べないもので。
ブルーは普通になってしまった、ごくごく普通の小さな子供に。
空を飛べないただの子供に、飛ぼうとしたなら怪我をするのがオチの子供に。
けれども何故だか、それが嬉しい。飛べなくなったブルーが愛おしい。
もう飛ばなくてもいい時代だから、ブルーは飛べなくなったのだと。
懸命に空を駆けてゆかずとも、不自由することなく暮らせるのだから。
ブルーが飛べなくても誰一人として困りはしないし、生きてゆけなくなることもない。
飛べないことはただの笑い話で、「不器用なヤツだ」と笑ってやれば済むだけのことで。
(…あいつは二度と飛ばなくても…)
いいのだと思う、メギドまで飛んだブルーだから。
命尽きるまで、仲間もいない暗い宇宙で死を迎えるまで、飛んで行ってしまったブルーだから。
もう飛ばなくてもいいのだと思う、ブルーは「飛ぶ」と言うけれど。
いつか飛びたいと言っていたから、「プールでコツを掴んでみるか」と誘ったけれど。
飛べないブルーのままでかまわない、天使さながらの姿を見られなくても。
天使の梯子を昇るブルーを眺められなくても、かまわない。
(俺は飛べないあいつもいいんだ…)
それが平和の証拠だから。
今の平和な地球に生まれて、ブルーと生きてゆくのだから。
飛べないブルーでかまわない。
二階の窓から庭へ飛ぶことも出来ない小さなブルーが、たまらなく愛おしいのだから…。
飛べないあいつ・了
※実は飛べなかったブルー君。天使みたいに飛んでゆけたら、綺麗なんでしょうが…。
そんな姿が見られなくてもかまわないのがハーレイ先生、ブルー君がいるだけで幸せですv