(んーと…)
どのくらいの幅があるんだろう、って思った、ぼく。
窓から外を覗いてみたけど、ちょっと見えない真上の夜空。
だから庭まで出て来てみたんだ、「星を見て来る」って。
ちょっとだけだよって、夏だから風邪なんか引かないよ、って。
アルタイルとベガ、それからデネブ。
頭の上に夏の大三角形、去年までは何とも思っていなかった。
わし座のアルタイルと琴座のベガと、白鳥座のデネブ。
夏の夜空に輝く星たち、アルタイルとベガは七夕の星。彦星と織姫。
その程度の知識で見上げていた空、綺麗だと思って見ていた星。
それが今年から特別になった、こうして庭まで見に出るくらいに。
見たくなったら夜の庭まで、サンダルを履いて出て来るほどに。
庭の真ん中、暗いけれども家の明かりは見えるから。
足元の芝生もなんとか見えるし、庭の木だって黒々としてても怖くはないから。
庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子もほの白く見える。
ぼくは夜の闇の底に一人じゃなくって、家の中にはパパとママ。
何ブロックも離れてはいても、同じ夜空の下にハーレイ。
(独りぼっちじゃないもんね…)
庭の真ん中に一人だけれども、周りはすっかり夜なんだけれど。
ちっとも寂しい気持ちはしなくて、アルタイルとベガをじっと見上げる。
ぼくの家の庭からは見えないけれども、あそこには天の川がある。
星で出来た川が、アルタイルとベガの間を流れて隔てる広い天の川が。
こうして夜空を仰ぐだけでも、広そうに見える天の川。
実際、とても広いんだと思う、アルタイルとベガのことを思えば。
アルタイルとベガの正体は恒星、早い話が太陽だから。
前のハーレイはアルタイルにもベガにも行ったと話した、前のぼくが深く眠っていた間に。
白いシャングリラで地球を探しに、地球を連れてるソル太陽系の太陽を探しに。
だけどアルタイルもベガも違った、青い水の星は其処には無かった。
遠い遠い距離をシャングリラで旅して、ようやく辿り着いたのに。
地球があるかと行ってみたのに、アルタイルもベガも地球を連れてはいなかった。
そんな話を聞いているから、宇宙についても勉強するから。
天の川の広さはとんでもないって分かっているけど、見に出て来ちゃった。
どのくらいかな、って。
彦星と織姫が年に一度だけ渡って会えるという天の川は、どのくらいの幅があるのかな、って。
(やっぱり広い…)
プールどころの幅じゃないや、ってポカンと見上げた、広すぎるよって。
ぼくじゃとっても泳げそうになくて、橋が無くっちゃ渡れないよ、って。
天の川の広さはよく分かったから、家に入って部屋に戻った。
もう一度窓から外を見たけど、やっぱり見えない、真上にある星。
(天の川、とっても広そうだったよ…)
前のぼくでも飛んでゆくなら一瞬ではきっと無理なんだけど。
本当の距離を考えてみたら、シャングリラでなくちゃ無理そうだけど。
でも…。
(ハーレイ、泳いでくれるって…)
そう言ってくれた優しいハーレイ、前のぼくだった頃からの恋人。
お互い知らずに同じ町にいて、今年の五月の三日に出会った。
前のぼくたちの記憶が戻って、ちゃんと恋人同士に戻れた。
ぼくがチビだから、本当に本物の恋人同士にはなれないけれど。
ハーレイはキスも許してくれずに、ぼくをチビだと子供扱いするけれど。
そのハーレイは古典の先生、七夕のことを教えてくれた。学校であった古典の時間に。
ぼくの家でも他に色々と話してくれた。七夕のことを、もっと詳しく。
聞いている内に、ぼくは自分を重ねてしまった、七夕の星に。
年に一度しか会うことが出来ない恋人たちの星に、ぼくとハーレイとを重ねてしまった。
七夕の夜に雨が降ったら、会うことが出来ない彦星と織姫。
天の川の水が溢れてしまって、カササギの橋が架からないから。
カササギが翼を並べて架けるとハーレイに聞いた、その橋が架かってくれないから。
そうなってしまったら二人は会えない、七夕の夜に雨が降ったら催涙雨。
二人の涙が雨になるとか、降った雨のせいで二人が泣くから催涙雨だとか。
要は会えない、雨が降ったら。
年に一度きりのチャンスを逃して、彦星と織姫は会えなくなる。
もしも、ぼくとハーレイとが、そんなことになってしまったら。
年に一度しか会えなくなったら、その日に雨が降ってしまったら。
カササギは橋を架けてくれなくて、ぼくはハーレイに会えなくなる。
どんなにハーレイに会いたくっても、橋が無ければどうにもならない。
いくら泣いても会えやしないし、諦めるしかないと思った、ぼく。
だけど、ハーレイの方は違った。
天の川を泳いでくれるって言った、橋が無いなら泳いで渡ると。
ぼくの所まで泳ぎ渡ると、天の川がどんなに広くても、と。
そのことを、ふと思い出したから、天の川の幅を見たいと思った。
どのくらいあるのか、どれほどの川をハーレイは泳いで渡るのかと。
(…ホントのホントに広かったよ…)
アルタイルとベガの間の本当の距離を抜きにしたって、広すぎるほどの天の川。
ぼくの家の庭から天の川の星は見えないけれども、あの辺りだな、って分かるから。
天の川の幅は学校のプールよりずっと広くて、ぼくにはとっても泳げそうになくて。
第一、ぼくは水の中には長く浸かっていられないから、天の川なんか泳げない。
星の川でも水は普通に冷たいだろうし、ぼくは浸かっていられない。
(でも、ハーレイは泳ぐって…)
学生時代は水泳の選手もしていたハーレイ、身体も頑丈に出来ている。
泳いで渡るって言ってくれたし、きっと本当にハーレイなら泳ぐ。
天の川がどんなに広い川でも、向こう岸なんか見えなくっても。
カササギの橋が架からないくらいに溢れていたって、ハーレイは泳ぐと言い切った。
二度と後悔したくないって、天の川を渡らずにいたくはない、って。
ハーレイも重ねてしまっちゃったから、七夕の話と前のぼくたちを。
だから今度は渡るって言った、天の川を泳いで渡るんだ、って。
さっき見て来た、天の川。
アルタイルとベガの間の夜空に流れてる筈の天の川。
それを泳いで渡ってくれるとハーレイは言った、ぼくを泣かせやしないって。
ぼくは信じて待てるんだけれど、ハーレイだったら泳いでくれると思うけれども。
(だけど、やっぱり…)
一年に一度しか会えないよりかは、いつでも会える方がいい。
それに、そうなる筈だから。
今は先生と生徒な上に、ぼくがチビだから、こうして分かれて住んでるけれど…。
きっといつかは、ハーレイと一緒。
おんなじ家で二人で暮らして、天の川なんか流れちゃいない。
天の川でも泳いで渡る、って言ってくれたほどのハーレイと二人、いつまでも一緒。
手を繋いで二人、何処までも一緒、天の川なんかを渡らなくっても、いつも二人で…。
天の川の幅・了
※天の川の広さに驚くブルー君ですけれど。それを泳ごうというのがハーレイ。
ブルー君、とっても愛されています、ホントに幸せ者ですねv
※本日、5月3日はハーレイ先生とブルー君の再会記念日。
お祝いにショートを上げておきます、再会とは全く無関係なお話ですけどね!