(この船に俺が乗ってたなんてなあ…)
信じられんな、とハーレイが見詰めるシャングリラ。
写真集の中、白い鯨が飛んでいる。漆黒の宇宙空間を。
小さなブルーも同じものを持つ写真集。前の生で二人、共に暮らした白い船。
懐かしい白い船だけれども、今となっては信じられない気持ちさえするシャングリラ。
あまりにも大きかった船。
(この町の空に浮かべたならば…)
誰もが驚くことだろう。
その巨大さに、とても船とも思えないほどの大きさの船に。
シャングリラは虐げられていたミュウたちを乗せた箱舟、それ自体が一つの世界だった。
閉ざされた世界、閉ざされた船。
一つの町とも言える世界で、それゆえに大きく作られていた。
船の中だけで事足りるように、外へ出なくても済むように。
(…本当にデカイ船だったんだ…)
写真集では分からないけれど、自分はそれを見たことがある。
前のブルーを喪った後に巡ったあちこちの星で。
最初に見たのはアルテメシアの空だった。
アタラクシアの上空に浮かんでいた船、停泊していたシャングリラ。
これほどに巨大な船だったのかと地上から見た、見上げた自分。
その光景にも、ノアに着く頃には慣れたけれども。
人類が住む町の上に浮かんだ白い鯨が大きいことにも、町があまりに小さいことにも。
(しかし、こいつを今の俺が見たら…)
もしもシャングリラがこの町の上に浮かんだら。
遠く流れ去った時の彼方から、ふと戻って来て浮かんだならば。
懐かしさよりも先に驚くのだろう、その大きさに。巨大な白い鯨の姿に。
(なんたって、途方もないデカさなんだ…)
どのくらいの範囲に影が差すだろうか、シャングリラが光を遮るだろうか。
この家が鯨の影に入ったなら、きっとブルーが住む家だって。
何ブロックも離れた所で小さなブルーが暮らす家まで、一緒に影の中なのだろう。
それほどに大きかった船。
今の自分が見上げたとしたら、ポカンとするよりなさそうな船。
(そいつを俺が動かしたってか…)
キャプテンとしての指揮はともかく、舵輪を握って操っていた。
自由自在に面舵、取舵、どのようにでも動いてくれた船。
回した舵輪で何処へでも行けた、白いシャングリラを運んでゆけた。
いつかは地球までと舵を握った、アルテメシアの雲海に隠れ住むより前から。
ブルーを乗せて青い地球へと、この船でいつか辿り着こうと。
(あんなにデカイ船を動かせたのに…)
今の自分はまるで駄目だな、と笑いが漏れる。
日々の暮らしでは車がせいぜい、前の自分のマントの色をした愛車。
それが自分が動かせる限度、宇宙船などは操れなくて。
(…まあ、教師だしな?)
仕方ないよな、と言い訳したくなる。
古典の教師は宇宙船など操れなくても問題は無いと、車に乗れれば充分だと。
暮らしてゆくのに不自由は無いし、いつかブルーを乗せるにしても…。
(とっくに地球まで来ちまったしな…)
ブルーを運んでゆかなくてもいい。ブルーを連れてゆかなくてもいい。
青い地球ならこの足の下で、自分たちは地球にいるのだから。
地球の上に生まれて来たのだから。
(…うん、今の俺には車でいいんだ)
それが似合いだ、と写真集をパタリと閉じたけれども。
(シャングリラか…)
こうだったか、と両腕を開いて幻の舵を握ってみた。
夜の書斎で、机の前で椅子に座ったままで。
(…そうだ、こうだな)
面舵いっぱい、と腕を動かし、零れた笑み。
懐かしい舵、白いシャングリラをこうして運んでいた記憶。
いつか地球へと、青い地球へと。
明日は車を運転しながら言ってみようか、面舵、取舵。
前の自分がやっていたように、今の自分に似合いの車を自由自在に走らせながら…。
船と車と・了
※白いシャングリラと、今の愛車と。大きさはまるで違いますけど、動かす人は同じです。
「面舵いっぱーい!」と運転しているハーレイ先生、ちょっぴり覗き見したいですよねv