(これがママの味…)
ハーレイの好きなパウンドケーキ、と小さなブルーが頬張ったケーキ。
おやつに出て来たものをパクリと、一口サイズにフォークで切って。
(んーと…)
モグモグと噛んでみたけれど。
舌の上でも転がしたけれど、どうにも掴めないケーキの味わい。
パウンドケーキはパウンドケーキで、そういう味しか分からない。
小麦粉とバターと砂糖と卵。
それぞれ一ポンドずつ使って作るからパウンドケーキで、由来そのままに…。
(…バターとお砂糖…)
卵と小麦粉の味はこれだと言い切れないけれど、砂糖の甘さはよく分かる。
バターの風味も、多分、この味。
けれどもそこまで、それよりも先は掴めない。
料理上手でお菓子作りも得意な母のパウンドケーキ。
今のハーレイの好物だという味の秘密は、それが何処から生まれるのかは。
(フルーツケーキなら、まだ分かるんだけど…)
たっぷりのドライフルーツを入れて焼き上げるケーキ、そっちだったら謎も解きやすい。
母も手作りするドライフルーツ、それの中身で味が変わると思うから。
ケーキにしっとりと含ませる酒、その銘柄でも変わるだろうから。
ところがパウンドケーキとなったら、決め手が何も見付からない。
小麦粉の質だの、バターや砂糖のメーカーだので味が変わると言うのなら…。
(ハーレイ、とっくに作っているよね?)
好物だという味のパウンドケーキを、ハーレイの母が焼くのと同じ味のケーキを。
隣町の家に帰ったついでに、「何処のバターだ?」と訊いたりして。
庭に夏ミカンの大きな木がある、ハーレイの両親が住んでいる家。
其処の冷蔵庫や貯蔵用の棚、それを覗いても分かるだろう。
ハーレイの母が使うバターや砂糖が何処のものなのか。
小麦粉のメーカーだって分かるだろうし、卵にしたって…。
(特別な卵だったら、すぐ分かるよね?)
これでなければ、とハーレイの母が決めている卵があるなら、パッケージで。
ハーレイの父が何処かでこだわりの卵を買っていたにしたって、やっぱり分かる。
(農場で買ったら、農場の名前…)
パッケージに何も書かれていなくても、「何処のだ?」とハーレイは訊くだろう。
「俺も其処のを買いたいから」と、「車で行ったらすぐだろうし」と。
材料に秘密があるというなら、もうハーレイは解いている。
どうすれば自分の母が作るのと同じ味をしたパウンドケーキが焼き上がるのか。
とっくに秘密を掴んでしまって、きっと味にもこだわらない。
自分もそれを作れるのならば、「この味が好きだ」とこだわるよりも…。
(きっとアレンジ…)
それを始める、ハーレイだったら。
料理は好きだと聞いているから、パウンドケーキもひと工夫。
小麦粉とバターと砂糖と卵。
それぞれ一ポンドずつの基本はマスターしたのだからと、もっと美味しく作ろうと。
バナナやオレンジ、そういったものを入れて焼くものもあるのだから。
チョコレート風味やブランデー入り、そんな味のもあるのだから。
(…ママも作るし…)
様々な味のパウンドケーキ。
名前の由来からは少し外れてしまうけれども、バナナでもチョコでもパウンドケーキ。
ハーレイの好物がパウンドケーキだと分かってからでも、母は変わり種を焼いたりもする。
「今日はチョコレートにしてみましたわ」などと微笑みながらハーレイに出す。
だからハーレイでも、きっと同じになるだろう。
自分が「これだ」と納得できるパウンドケーキが焼けるようになったら、別の味。
どんなフルーツで作るのがいいか、何を加えてみようかと。
それが出来るだけの料理の腕前を持っているのがハーレイなのに…。
(…無理なんだよね?)
この味がするパウンドケーキを作るのは。
今日のおやつ、と自分がパクリと頬張るケーキを焼き上げるのは。
何度も頑張ったらしいハーレイ、「おふくろの味」を再現しようとしたハーレイ。
けれど失敗に終わった挑戦、謎は未だに解けてはいない。
(ママのパウンドケーキがおんなじ味ってトコまでしか…)
ハーレイが驚いた母が作るケーキ。
「おふくろがコッソリ持って来たのかと思ったぞ」とまで言っていたケーキ。
以来、ハーレイの好物だけれど、謎は解けたのか、それとも逆に深まったのか。
(…どっち…?)
どちらかと言えば、深まってしまった方なのだろう。
ハーレイの母とはまるで縁の無い、自分の母が同じ味のを焼くのだから。
いったい何処に秘密があるのか、秘訣は何かとハーレイも思ったことだろう。
レシピだとしたら、悩むまでもなく解けている謎。
ハーレイの母に「あれのレシピはどれなんだ?」と訊きさえすれば済むのだから。
小麦粉とバターと砂糖と卵、それの配分が変わると言うなら、レシピを貰えば分かるから。
誰にでも違いが分かるのがレシピ、それさえあったら普通は同じに出来上がる味。
それが違うから悩むハーレイ、母のケーキの味に驚いてしまったハーレイ。
(…これの秘密って、何処にあるわけ?)
口へと運んで味わってみても、舌で転がしても分からない。
パウンドケーキはパウンドケーキ。
チョコレート味や、バナナなどが入ったものでなければ、母のはいつもこの味だから。
すっかり最後まで食べ終わっても、今日も解けずに終わった謎。
パウンドケーキはパウンドケーキで、自分の舌ではどう頑張ってもそれが限界。
(ママのケーキはママの味だし…)
こういう味だとしか思っていないのが自分、小麦粉の味も分かっていない。
卵の味だって掴めていなくて、砂糖の甘さとバターの風味を感じ取るのが精一杯。
これではケーキの謎は解けない、母の味の秘密は解き明かせない。
秘訣があるのか、それとも秘密か、それも分からない魔法のケーキ。
ハーレイの舌と胃袋とを魅了するケーキ、なんとも不思議なケーキだから。
(…ハーレイに作ってあげたいんだけどな…)
ぼくの夢の一つなんだけど、と部屋に帰って零した溜息。
前の生から愛した恋人、生まれ変わって再び出会えたハーレイ。
そのハーレイのために作ってあげたい、今のハーレイが大好きな味を。
ハーレイが挑み続けても無理だったケーキ、おふくろの味だというパウンドケーキを。
(…ぼくは作って貰ってばかり…)
前の自分たちが生きた頃から。
ソルジャー・ブルーだった頃から、ハーレイは作ってくれていた。
キャプテンの仕事が忙しくても、ブリッジを抜けて野菜のスープを。
そして今でも同じスープを作りに家まで来てくれる。
病気で寝込んでしまった時には、「これくらいなら食えるんだよな?」と。
「野菜スープのシャングリラ風だぞ」と、お洒落な名前になったスープを。
前の生から作って貰ってばかりの自分。何も御礼をしていない自分。
もちろん「ありがとう」と御礼は言ったけれども、前の自分はたったそれだけ。
ハーレイのためにと料理はしなくて、何も作りはしなかった。
スープも、お菓子も、ただの一度も。
いつも作って貰うばかりで、お返しは作っていなかった。
(…だから今度は、ケーキくらいは…)
作ってあげたい、ハーレイのために。
母が作るのと同じ味のケーキを、単純すぎるレシピのパウンドケーキを。
それなのに、それが難しい。
料理上手のハーレイでさえも再現出来なかったらしい味。
どうやらレシピに秘密などは無くて、材料の方にも秘密は無くて。
(…魔法ってことは…)
まさか無いとは思うけれども、そんなことまで考えてしまう。
材料を混ぜ合わせる時に唱える呪文があるとか、オーブンに呪文を唱えるだとか。
(…ママが作るのを見ていたら…)
最初から最後まで眺めていたなら、魔法の呪文が分かるだろうか?
呪文でなくても、「これなんだ!」と分かる発見があるのだろうか?
そうは思うけれど、母の隣で、あるいは後ろで、テーブルの向かいで見ていたいけれど…。
(…怪しすぎるよ…)
普段から母のお菓子作りを見学するのが大好きだったら、問題無かったろうけれど。
「何が出来るの?」とワクワクしていたら、「ぼくも手伝う!」とはしゃいでいたなら…。
(ママだって、きっと…)
見学どころか手伝わせてくれて、パウンドケーキの秘密も解けていたのだろう。
ハーレイに「これだよ!」と得意満面で説明出来たし、もしかしたら…。
(ぼくが焼いたんだよ、ってハーレイに御馳走出来たかも…)
そういうことだってあったかもしれない、お菓子作りが好きな子だったら。
母と一緒に作りたがるような、料理の上手な子だったら。
(……絶望的……)
自分は全く当てはまらなくて、パウンドケーキ作りの時だけ出掛けて行ったら怪しいだけ。
どうしてパウンドケーキなのかと母は訝ることだろう。
(…前のぼくの恩を返したいから、って言ったら出来る…?)
ちょっといいかな、と思ったけれど。
言い訳としては素敵だろうと考えたけれど、その場合。
(…上手く焼けるまで、練習ばっかり?)
来る日も来る日もパウンドケーキで、おやつは毎日パウンドケーキ。
それもどうかと思ってしまうし、ハーレイだって「またか?」とウンザリするだろうから。
(…ごめんね、作ってあげたいんだけど…)
今は無理みたい、とハーレイに心で頭を下げた。
いつかはママにちゃんと習うから、それまで待って、と。
とっても作ってあげたいけれども、今のぼくには無理そうだから、と…。
作ってあげたい・了
※ハーレイ先生にパウンドケーキを作ってあげたいブルー君。今の好物らしいから、と。
けれど時間がかかりそうです、今、習ったら怪しすぎ。早くお母さんから習えますようにv