(たまには手抜きも悪くないってな)
今夜はコレだ、とハーレイが心に決めているメニュー。
一人暮らしでも夕食に手抜きはしない主義だし、料理をするのも好きだけれども。
ふと思い付いた、手抜きの極みの炒め物。
それにしようと、あの味を食べてみたいからと。
(悪ガキどものお蔭で材料はあるし…)
何かと言えば押し掛けて来たがる、柔道部員の教え子たち。
夏場に来たなら定番は庭でのバーベキューだから、そのために買ってあるソース。
手作りするのも美味しいけれども、ガツガツと食べる運動部員たちには…。
(猫に小判っていうヤツなんだ)
ケチャップや隠し味の醤油や、おろしニンニクなども加えて作るソースは。
彼らは味など気にしてはいない、質よりも量な運動部員。
肉も野菜もとにかく沢山、量さえあったら大満足なのが運動部員の胃袋だから。
かつては自分も所属していた世界なのだから、よく分かる。
(合宿なんぞでシェフを気取っても…)
誰も値打ちが分からんしな、と思い出しても苦笑い。
決められた時間と予算をやりくり、素敵に美味しく出来たと思っても誰も分かってくれなくて。
(美味い! の一言で終わりなんだ)
工夫のことなど誰も意識せず、レシピを訊かれることもなかった。
そういう世界にいたから覚えた、運動部員向きの手抜き料理を。
懐かしくなった、あの頃の味。
ただ豪快に炒めるだけで出来上がる料理、味付けは市販のバーベキューソース。
今も教え子たちとのバーベキューのために買ってある。
ああいうヤツらに手作りなんぞはもったいないと、どうせ味より量なのだから、と。
そのバーベキューソースの瓶を引っ張り出し、「よし」と頷く。
後は野菜を刻むだけだと、肉も適当に切るだけだと。
(しかしだな…)
いざ夏野菜などを刻み始めたら、出てくる欲。
どうせだったら美味しく食べたい、同じ手抜きな料理でも。
むさ苦しい運動部員に囲まれて食べた学生時代も懐かしいけれど、今では自分の家もある。
(…わびしく手抜き料理というのも…)
ちょっと寂しい、と加えることに決めたニンニク。
スライスして入れてやるだけでグンと香ばしさも味も増すから。
貯蔵場所から取って来た一欠片、薄皮を剥いたら更に凝りたくなってしまった。
スライスよりかは、おろすのがいいと。
ひと手間余計にかかるけれども、その方が風味がいいのだからと。
ニンニクをおろすと決めてしまったら…。
(やっぱり肉にも下味ってな)
そのままポイと放り込むより、塩コショウ。
同じ振るならハーブ入りのだと、肉料理向けのハーブソルト、と。
ついつい凝りたくなる料理。
手抜き料理を作るつもりで始めた料理が、いつの間にやら。
おろしニンニク作りもそうだし、切った肉に振ったハーブソルトも…。
(…なんだって揉み込んでいるんだか…)
ローストビーフを作るわけではないんだが、と自分でも呆れる肉の下味。
振っただけでは今一つかと、ハーブソルトをしっかりまぶして揉み込む自分。
これでは手抜き料理どころか…。
(いつもの食事と変わらんぞ?)
出来上がるのが手抜きな炒め物だというだけで、と苦笑してしまう料理好きの血。
母はもちろん、釣り好きの父も自分で料理をする家だから。
そんな血筋を引き継いだ上に…。
(…前の俺まで、料理ってヤツとは無縁じゃないと来たもんだ)
間違いなく血だな、とクックッと笑う。
キャプテン・ハーレイは料理をしなかったけれど…。
(…野菜スープだけは作っていたんだ)
前のブルーに飲ませるために。
寝込んでしまって食欲が失せて、何も食べないブルーのために。
何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだ素朴なスープ。
あのスープだけは前の自分の役目で、厨房のスタッフたちは作らなかった。
ブリッジを抜けたり、勤務が終わった後に急いだり、何度あのスープを作ったことか。
前のブルーのために煮込んだことか…。
(…あれも手抜きはしていないんだ)
今でも小さなブルーが寝込むと、作りに出掛けてやるスープ。
材料こそ酷いスープだけれども、味付けは手抜きの極みだけれど。
初めてそれを作った時には、ブルーの母が見かねてアドバイスをしたほどだけれど…。
(あいつには、あの味だってな)
味に凝るより、コトコトと煮込む手間の方。
野菜がすっかり柔らかくなって透けるくらいに煮込む間に、スープに溶けだす優しい味わい。
前のブルーはそれを好んだ、味付けは基本の調味料だけ。
後は野菜の持っている味、それが溶け込んだ素朴なスープを。
だから…。
(その分、手抜きは厳禁なんだ)
入れる野菜は出来るだけ細かく刻むこと。
早く熱を通そうと炒めたりせずに、じっくり時間をかけて煮ること。
最初に軽く炒めておいたら、柔らかくなるのも早いのだけど。
それではバターや油の味が混じって、ブルーの好む味にはならない。
(…ちょいとバターを落とせば美味いと思うんだがな?)
今の自分はそう思うけれど、その発想も今だからこそで。
スープが生まれた経緯を思えば、バターの風味は余計なもので。
小さなブルーも「これはハーレイのスープじゃないよ」と首を傾げるのに違いない。
いつもと味が違うけれどと、「いったい何を入れちゃったの?」と。
今も昔も手抜きが出来ない、ブルーのために作る野菜のスープ。
そんなスープを前の自分は何度も何度も作ったのだし…。
(もう本当に血なんだな、うん)
料理に凝りたくなっちまうのは、と手抜き料理を作りにかかった。
豪快に切った肉と野菜をフライパンへと放り込むだけ、それをジュウジュウ炒めるだけ。
けれど、ここでも…。
(やっちまうんだ…)
肉が先だ、と下味をつけた肉を炒めて、脇へとどける。
いい具合に火が通った頃合い、そこで一旦、皿へと移す。
(俺は手抜きの料理をだな…)
作ってるつもりなんだがな、と肉汁が残ったフライパンで炒め始めた野菜。
本当だったら肉も野菜も一緒に入れるものなのに。
肉が少々炒めすぎになろうが、焦げていようが、気にしないのが運動部員。
量さえあればそれで満足、大皿にドカンと盛られていれば。
それこそが手抜き料理の真髄、味の決め手は市販のバーベキューソース。
たっぷり絡めてザッと炒めて皿に盛るだけ、たったそれだけ。
なのに、何故だか凝っている自分。
下味までつけて先に炒めた肉を後からフライパンに足し、それからバーベキューソース。
(なんだって、こうなっちまうんだか…)
血だから仕方ないんだが、とバーベキューソースをフライパンへと入れていて。
このくらいか、と味の加減を考えながら適量を入れて、仕上げの炒めにかかろうとして。
(…この味なあ…)
ブルーは全く知らないんだっけな、と気が付いた。
前のブルーが知るわけがないし、今の小さなブルーの方も。
運動部などとは無関係な家で料理上手の母の料理で育ったブルーは、これを知るまい。
(美味いんだがな?)
ここまで凝って作らなくても、バーベキューソースの味だけで充分、美味しく作れる。
好き嫌いの無いブルーの舌なら、きっと満足だろう味に。
それをこうして凝って作れば、手抜き料理の炒め物といえども…。
(あいつ、大喜びなんだ…)
ブルーの笑顔が見える気がする、「美味しいね」と喜ぶ顔が。
「これが運動部員の好きな味なの?」と、「美味しいから、また作ってよ」と。
そうに違いない、と考えながら仕上げた料理。
手抜きの極みの野菜と肉とのバーベキューソース炒め、運動部員の御用達。
うっかり凝ってしまったけれど。
味も調理も、こだわって作ってしまったけれど。
大皿に盛り付け、炊き上がったばかりの御飯を茶碗によそって来て。
さて、と取り分けて頬張った味は、懐かしい記憶の中の料理と…。
(似て非なるものか、これでいいんだか…)
思い出の味は、ともすれば美味しさをプラスされがちだから。
本物のそれを食べた時より、ぐんと美味しい記憶が残りがちだから。
(…こういう味ではなかった筈だが…)
肉も野菜も焦げているのが定番だったが、と思うけれども、何故だか記憶と同じ味。
ずっと美味しくなった筈なのに、遥かに美味しく出来上がっている筈なのに。
(…ふうむ…)
これならブルーに自信を持って勧められるな、と思ったけれど。
作ってやりたいと思ったけれども、今は叶わないその望み。
(チビのあいつに、俺の手料理は…)
御馳走する機会が来ないのだった、野菜スープを除いては。
前のブルーだった頃からブルーが好んだ、素朴なスープを除いては。
(…なんだかなあ…)
手抜き料理でも今は作ってやれないのか、と考えると寂しくなるけれど。
ブルーとの間に横たわる距離を思い知らされてしまうけれども、きっといつかは。
(俺が作って、あいつが横から覗き込んでて…)
この料理だって二人で食べられるだろう、「俺の思い出の味なんだぞ」と。
他にも幾つも、今の自分の思い出の味はあるわけだから。
凝った料理も手抜き料理も、幾つも幾つもレパートリーがあるのだから。
作ってやりたい、いつかブルーに。
思い出の中身を語り聞かせながら、「美味いんだぞ」と片目を瞑りながら…。
作ってやりたい・了
※ハーレイ先生の手抜き料理。運動部員時代の思い出の味ですが、凝ってしまうようです。
いつかブルー君に御馳走する時も、凝ったバージョンで作るのでしょうねv