(美味しかったー!)
今日の晩御飯も美味しかったよ、と御機嫌で部屋に戻ったブルー。
ハーレイは寄ってはくれなかったけれど、両親との夕食だったけれども。
それでも美味しい、母が作る食事。
どんな料理でも母は得意で、美味しく作ってくれるから。
食が細くておかわり出来ない自分の胃袋、それが申し訳なく思えるほどに。
自分くらいの年の男の子だったら、普通はもっと食べるだろうから。
(…みんな、食べ盛り…)
友達は、みんな。
いつものランチ仲間もそうだし、最近は御無沙汰しがちな遊び仲間だって。
(…ハーレイといる方が楽しいんだもの…)
同じ休日ならハーレイと二人、その方が断然、有意義だから。
キスさえ許して貰えなくても、恋人と過ごせる方がいいから。
遊びに出掛ける機会はすっかり減ってしまった、何人もの遊び仲間たち。
彼らも、それにランチ仲間も、よく食べる。
気持ちいいくらいの食べっぷりだし、自分はとても敵わないけれど。
その胃袋と比較したなら、もう本当に母には悪いのだけれど…。
今日も色々と並んだ食卓、父はもちろんおかわりしていた。
「そっちの煮物をさっきと同じくらいでだな…」といった具合に、おかずをたっぷり。
それに合わせて御飯もおかわり、自分には無理としか言えない量を。
母にしたって「もう少し」と自分のお皿に取り分けていたし、なんとも情けない自分。
(…ホントはぼくだって、食べ盛りなのに…)
そういう年頃の筈だというのに、少しも容量が増えない胃袋。
頑張って食べようと努力しても駄目で、そのせいか背までが伸びてくれない。
いつぞや、挫折した大盛りランチ。
食べたら大きくなれると思って学校の食堂で注文したのに、多すぎてとても食べ切れなくて。
(…ハーレイに食べて貰ったんだよ…)
分厚いトーストなどを持て余して、すっかり困っていた自分。
其処へ現れたハーレイが綺麗に片付けてくれた、食べ切れなかった大盛りランチを。
本当だったら、そんな助けが現れなくても食べ切れるのが今の年頃だろうに。
ランチ仲間も遊び仲間も、気持ちいいくらいに食べるのだから。
母の素晴らしい料理の腕前、あれこれと考えてくれる献立。
日々の努力の甲斐が全く無いだろう子供、それが自分で。
他の子だったら、ランチ仲間や遊び仲間が母の子だったら、作り甲斐が…、と零れる溜息。
なんて自分は駄目なのだろうと、母も張り合いが無いだろうにと。
(もっと沢山食べる子だったら…)
おかわりは基本で、おまけに夜食。
自分には信じられない世界だけれども、夜食なるものも今の年頃だと普通。
勉強でなくても遅い時間まで起きていたなら、みんな夜食を食べるのだという。
「お腹が空いた」と、「何か作って」と母に強請って。
遅い時間にそれを平らげ、一晩眠れば、朝からしっかり朝食まで。
(…朝御飯だって…)
たまに話題に上るのだけれど、自分の倍以上の量を軽く食べるのが仲間たち。
それでも足りないと言っていたりする、ランチの時間まで持ちそうにないと。
お腹が減ったから、頭も疲れて来そうだなどと。
(…本当に何か食べちゃう子だって…)
教室を見回せば少なからずいる、コッソリと何か食べている子が。
自分の家から持って来たのか、途中の何処かで買って来たのか。
今の自分はそういう年頃、いくらでも食べられそうな年頃。
食べ盛りな上に育ち盛りで、本当だったら、母も毎日腕を奮っているのだろうに。
夕食はこれで足りるだろうかとドッサリ作って、朝食だって。
注文があれば夜食も作ろうと材料を揃えて、日々、楽しみにしていただろうに。
(…夜食どころか、おかわりも無理…)
それだけで済めばまだマシな方で、残してしまう日だってある。
母が盛り付けておいてくれた量、それをきちんと読めなくて。
(…多すぎるよ、って先に気付いたら、ちゃんと減らして貰うんだけど…)
失敗した日は、自分のお皿に食べ切れなかった料理が残ることになる。
「ごめんなさい」と謝るけれども、母は「いいのよ」と笑顔で許してくれるけれども。
無理に詰め込んで身体を壊してしまうよりは、と微笑む母。
「パパが代わりに食べるとするか」と「ママの料理は美味いからな」と食べてくれる父。
そういう光景が当たり前の食卓、「ママ、おかわり!」と元気一杯に器を差し出す代わりに。
「後で夜食も作って欲しいな」と「御馳走様」の後で頼む代わりに。
これでは駄目だと思うけれども、母にも申し訳ないけれど。
小さな胃袋は広がらないから、容量が増えてはくれないから。
とても美味しかった今夜の料理も、自分が食べた量はほんのちょっぴり。
食べ盛りだとも思えない量で、「それじゃ大きくなれないだろうが」と父が笑う量。
(ぼくだって、もっと食べられたら…)
母が喜んでくれるくらいに、張り切って夜食を作ってくれそうなほどに。
それだけの量をペロリと平らげることが出来たらと、まるで駄目だと溜息をついて。
(…あれ?)
ちょっと待って、と頭に引っ掛かったこと。
今日の昼休みに誰が零していたのだったか、今夜の夕食の献立のことで。
(…苦手って言ってた…)
そうだったっけ、と思い出したランチ仲間の一人の顔。
祖父母からだったか、親戚からだったか、届いたらしい彼の苦手な食材。
今夜は早速それの出番だと、苦手で食べたくないのにと。
(…だけど、食べないとお腹が減るし…)
とても困ると愚痴を言っていた、今日の夕食は嬉しくないと。
苦手な料理を食べない限りは、夜食も作って貰えないらしい。
「夕食をきちんと食べなかったから、お腹が減っているんでしょう」と叱られて。
食べなかった子供の夜食なんかは作らないから、と断られて。
よくよく周りを見回してみれば、特に珍しくもない話。
彼の場合は「苦手な食材が届いたことを知っていた」から先に出た愚痴、それだけのこと。
今夜の献立が予測出来たから零していた愚痴、普通は不意打ちで現れる苦手。
(…みんな、色々あるんだっけ…)
食材もそうだし、調理法だって。
これは嫌だと、食べたくないと思う苦手はありがちなもの。
お蔭で何度も耳にしている、食事を巡って繰り広げられる攻防戦。
「食べないのなら明日のおやつは抜き」などは、そういった時の親の定番の台詞。
下の学校の頃から「おやつ抜きの刑」を知っていた。
それが「夜食抜きの刑」に変わったのが今、きっとおやつも…。
(セットで抜かれちゃうんだよ)
我儘を言うならこうしてやる、とキッチンの主人の怒りを食らって。
家に帰ればある筈のおやつ、それが出ないとか、隠されてしまって見付からないとか。
そこまで考えて、「よし!」と自分に自信を持った。
胃袋はとても小さいけれども、食事も残してしまいがちだけれど。
(好き嫌いだけは無いんだよ、ぼく)
どんな食材も料理も平気。
幼い頃から何でも食べる子、母はその点では困らなかった。
生まれつき身体の弱かった自分、少しでも丈夫になってくれればと母が色々工夫した料理。
それを「嫌い」と嫌がったことだけは無かったという、ただの一度も。
体調が悪い時でさえなければ、いつも御機嫌で笑顔で食べた。
「美味しいね」と、どんなものでも。
今の友達が「子供時代の苦手料理」を話題にする時、トップに躍り出るようなものでも。
どれも美味しくて、母の料理だと喜んで食べていたのが自分。
好き嫌いが無かった、幼かった自分。
それに今だって…。
(何が出たって食べちゃうしね?)
今日、ランチ仲間が愚痴を零した食材にしても、それを使った料理にしても。
どうすれば「苦手」になるのかが謎で、自分だったら美味しく食べる。
料理上手の母が失敗しなければ。
「焦げちゃったのよ」だとか、「お砂糖とお塩を間違えたのよ」とか、そういった場合。
母に限って、それは決して有り得ないけれど。母は失敗しないのだけれど。
何でも美味しいと思える自分。美味しく食べてしまえる自分。
(…ほんのちょっぴりしか食べられないけど…)
母は張り合いがあることだろう。作った料理は何でも食べて貰えるのだから。
「これは嫌い」とそっぽを向かれず、文句も言われはしないのだから。
勝ったと思った、今が食べ盛りのランチ仲間や遊び仲間に。
自分の方がずっと上だと、子供の頃から上だったのだと。
(でも、これは…)
好き嫌いが無くて、何でも美味しいと思える理由。
ハーレイと再会するまでは気付いていなかったけれど、今なら分かる。
(…前のぼくのせい…)
アルタミラで餌と水しか貰えないまま、長い年月を過ごしたから。
食べ物があれば嬉しいと思う自分が出来上がってしまって、生まれ変わってもそのままで。
(…ハーレイと探しに行くまでは…)
約束をした、好き嫌いを探しに出掛ける旅。
それに行くまでは、きっとこのままなのだろう。何でも美味しく感じるのだろう。
少し寂しい気もするけれども、ランチ仲間には勝ったから。
(これでいいよね?)
まだ暫くは、何でも美味しいと思える舌の自分で。好き嫌いの無い自分のままで…。
何でも美味しい・了
※好き嫌いの無いブルー君。でも、食べられる量はほんのちょっぴり、食べ盛りなのに。
そんなブルー君にも見付かるといいですね、好き嫌いが言える食べ物が、いつかv