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海が似合う夏

(快晴ってな)
 ハーレイが何の気なしに仰いだ空。
 夏休みの一日、ブルーの家へ歩いて向かう途中に。
 日が昇るのが早い季節だから、強い日射しに目を細めながら。
 雲の一つも見当たらない空、予報通りの青い空。
 こんな日には海が似合いだけれども、生憎と今年は御無沙汰の海。
 ブルーに会いにゆくのが優先、自分の趣味は二の次と言えば聞こえがいいけれど。
(…俺もブルーに会いたいんだ)
 前の生から愛した恋人、再び出会えた小さなブルー。
 まだ十四歳にしかならないブルーは無垢な子供で、キスどころではないのだけれど。
 唇へのキスはもちろん、愛を交わすことなど夢のまた夢、いつになるやら分からないけれど。
 それでも会いたい、会いにゆきたい。
 海に泳ぎに出掛けてゆくより、海へと車を走らせるより。


 去年までなら夏休みには何度も通った海。
 きっと日射しが眩しいだろうと、水平線まで真っ青な海が広がるだろうと心がざわめく。
 灼けた砂浜を裸足で歩いて、波打ち際からザブザブ入って。
 そうして泳いでゆく海もいいし、岩場へ出掛けてゆくのもいい。
 遠浅ではなくて岩場から直ぐに深くなる海、其処を泳いで潜るのも。
 どちらもいいな、と思うけれども、当分は縁が無さそうで。
(あいつが大きく育つまではな)
 今は小さなブルーが育って、前のブルーと同じ背丈になったなら。
 キスを交わせるほどになったら、行こうと約束しているドライブ。
 愛車の助手席にブルーを座らせ、海へもドライブしてゆこう。
 それまでの間は、海と言ったら…。
(仕事絡みだな)
 柔道部の教え子たちを遊びに連れてやるくらい。
 そうでなければ海から近い場所での研修、そのくらいしか縁が無さそうな海。


 同じ青でも空とは違った海の青。
 あの空の青を映した色ではあるのだけれども、もっと細かく決まった仕組み。
 青空の色をそのまま反射するのではなくて、太陽の光を反射して青く光るのが海。
(…はてさて、どういう仕組みだったか…)
 俺には範疇外だからな、と苦笑する。
 今の自分は古典の教師で、海と言ったら物語や遠い昔の日記が対象。
 キャプテン・ハーレイだった頃にしたって、海とはさほど縁が無かった。
 アルテメシアにも海はあったけれども、シャングリラからは見えなかった海。
 雲海の中から海は見えない、真っ白な雲に隠されていて。
 白いシャングリラが地上からは見えなかった以上、その逆のことも有り得ない。
 青い海の上を飛んでいたって、眼下には雲。
 海は何処にも見えはしなくて、何処までも雲が広がるばかりで。
(…その雲だってモニター越しだ)
 巨大な船には、窓は殆ど無かったから。
 ブリッジからも直接見えはしなくて、一番近い窓と言ったら公園の天窓だったから。


 つくづく海とは縁が無いんだ、と思うけれども、今の自分は好きな海。
 柔道と同じに好きな水泳、海が無くては始まらない。
 プールも悪くないのだけれども、ジムのプールなら年中いつでも泳げるけれど。
(やっぱり海には敵わないんだ)
 遥か彼方の水平線まで、その向こうまでも遠く広がる青い海。
 前の自分がブルーと目指した地球の色の青、それは海から来ていた青。
 そうとも知らずに今の自分は海が大好きで、夏になったら海に出掛けていたけれど。
 両親と出掛けた子供時代はもちろん、車に乗れるようになったら行き先も選び放題で。
(砂浜も岩場も、どっちも魅力があるからなあ…)
 今年は出掛けられないんだが、と残念に思う気持ちが半分、未来へと膨らむ夢が半分。
(あいつと行くなら、まずは見物か)
 ブルーと出掛ける海へのドライブ、最初は初夏といった所か。
 今も身体が弱いブルーは海に入っても長くは泳いでいられないから。
 まずは見るだけ、それなら初夏の頃がいい。
 さほど暑くはなっていなくて、けれども充分に夏の輝きを湛えた海。
 それを見るなら初夏がいいよな、と。


 ブルーと二人で出掛けてゆく海、その日も空は青いだろう。
 今日と同じに雲一つ無くて、何処までも青い初夏の空。
 ただし夏ほど暑くはないから、きっとブルーも日射しに負けたりすることはなくて。
(帽子さえきちんと被せてやったら、もうのんびりと…)
 二人で海を眺められるだろう、遥か彼方まで広がる海を。
 地球の海だと、前の自分たちが目指した青だと、この地球の上を覆って青く染める海を。
 前の自分は見られなかった、青い地球を作り出す海を。
(もっとも、二人で出掛けて行ったら…)
 そんなことなど綺麗に忘れていそうだよな、と浮かべてしまった苦笑い。
 海はデートにやって来た場所で、今の自分たちのための場所だから。
 前の自分たちが夢に見た星、いつか行こうと目指した地球でも、今ではそれが普通だから。
(…きっとあいつも忘れているんだ)
 地球の海だということを。
 前の自分が焦がれ続けた青い水の星、その青が広がる海辺に来たということを。


 二人して見事に忘れていそうで、帰るまで綺麗に忘れていそうで。
 帰りの車で不意に思い出して、二人で笑い転げるのだろう。
 せっかく海に行ったというのに、すっかり忘れてしまっていたと。
 二人で初めて眺めた筈の青い地球の海、その有難さに微塵も気付きはしなかったと。
(間違いなくそのコースだよなあ…)
 出掛ける時には「海へ行こう」と二人で決めて車で走り出しても、いざ海を見たら。
 砂浜が広がる海岸だろうが、ゴツゴツとした岩場だろうが。
(俺にとっては馴染みの場所だし…)
 ついつい語り始めていそうな、自分の其処での過ごし方。
 夏ならどんな風に泳ぐか、岩場だったらどんな楽しみがあるのかと。
(でもって、あいつも…)
 海を知らないわけではないから、今のブルーは知っているから。
 夢中で話に聞き入るのだろう、「何処まで泳いで行けるの?」だとか。
 遠浅の海の沖合に浮かべてあるブイよりも向こうに行ったことがあるかと尋ねてみたり。
 岩場だったら、どの辺りへ行けば潜って貝などが獲れるのかだとか。


 もう間違いなく、地球からはズレてゆきそうな話題。
 今の自分たちの世界に引かれて、今の時間に引き寄せられて。
 きっと忘れる、二人揃って。
 青い地球の海を見にやって来たことも、前の自分たちは見られなかった海だということも。
 けれども、それも幸せの形なのだろう。
 前のブルーが焦がれていた地球、青いと信じて夢に見た地球。
 ブルーを失くしてしまった後にも、前の自分は地球を目指した。
 それをブルーが望んだから。
 ジョミーを支えてくれと言い残してメギドへと飛んでしまったから。
 独り残された白いシャングリラで青い水の星を目指していたというのに、辿り着いた地球は…。
(…赤かったんだ…)
 青い海など何処にも無かった、赤い死の星。
 前のブルーが夢見た地球などありはしなくて、青い星などただの幻で。
 あの時の衝撃を忘れてはいない、「ブルーにはとても言えない」と思った死の星のこと。
 それなのに地球は青く蘇り、自分たちは其処にやって来た。
 気軽に車を出してドライブ、シャングリラではなくて車で辿り着ける海。
 日帰り出来る所にある海、「海へ行くか」と思い立ったら出掛けられる場所に。


 今では当たり前の海。何処までも青く広がる海。
(二人揃って忘れちまっても…)
 まるで有難味を感じないままで海を眺めて、今の話題に興じてしまって。
 帰りの車で「忘れていた」と気付いて二人で大笑いして。
 そんなドライブが似合いだと思う、幸せの形なのだと思う。
 前の自分たちの切ない思いを、悲しかった記憶を忘れ果てて海を眺めることが。
 初めて二人で海に行っても、「海に来たのは初めてだな」とブルーに説明してやって。
 「俺は夏には此処で泳ぐんだ」と、「夏になったらお前も来るか?」と。
 遠浅の海で二人で遊ぶか、と誘ってやったり、岩場で獲物を獲るのを見るかと誘ったり。
 きっとブルーは赤い瞳を輝かせて「うん」と言うのだろう。
 「ぼくも来たい」と、「夏になったらまた来ようね」と。


 今はその夏、海のシーズンなのだけど。
 去年までなら車で海を目指したけれども、今年は道を歩いている。
 真夏の青空の下を歩いて、海へは向かわずブルーの家へと。
(いつかはブルーと海に行けるさ)
 あいつが大きく育ったらな、と夢を見ながら歩いてゆく。
 前のブルーと二人で目指した地球の海。
 その青を作る海だと忘れて、きっと二人で眺めるのだろう。
 遠浅の砂浜や、岩がゴツゴツと並ぶ岩場で、水平線まで広がる海を。
 今日は海までドライブに来たと、夏になったら今度は遊びに来るのもいいと…。

 

         海が似合う季節・了


※今年の夏は海に行くよりブルー君の家なハーレイ先生。海より断然、恋人です。
 けれども、いつか二人で行きたい海。幸せ一杯の楽しいドライブになりそうですよねv





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