(おっ…?)
涼しそうだな、とハーレイが目を留めた新聞記事。
夏休みの朝、ブルーの家へと出掛ける前に。
家を出るにはまだ早い時間、朝食を終えてのんびり開いた新聞。
其処に載っていた夏の川遊び、船に乗っての急流下り。
一年中やっているのだけれども、今が一番人気の季節。
船頭が操る船で下る川、時には水の飛沫も浴びる。
急な段差を下った時やら、流れが早くて逆巻く所をゆくような時に。
両親や友人たちと何度か乗っているから分かる。
あれに乗るなら夏が一番、飛び散る飛沫を被りながらの川下り。
(ブルーも喜びそうなんだが…)
乗せてやったら喜ぶと思う、小さなブルーも。
車を出したら充分に日帰り出来る場所。
川下りの船に乗り込む前に車とキーとを預けておいたら、車はちゃんと運んで貰える。
船で下って辿り着く場所、其処の近くの駐車場まで。
キーを受け取って乗って帰るだけ、船に乗った場所まで戻らなくても済むサービス。
乗りに行くのは簡単なのだし、帰って来るのも簡単だけれど…。
(…問題はあいつがチビだってことで…)
大喜びでついて来そうなブルー。
「ホントにいいの?」と車に乗り込み、川下りに行くのだとはしゃぎそうなブルー。
容易に想像出来るけれども、如何せん、ブルーは十四歳にしかならない子供。
(…ただの教え子というだけだったら…)
川下りにだって連れて行ってやれる、他の子たちに遠慮はせずに。
学校からも、生徒たちからも「贔屓だ」と文句は出はしない。
自分は守り役なのだから。
聖痕を持った小さなブルーが二度と出血を起こさないよう、側にいるのが役目だから。
ただの守り役と、守られる方の教え子と。
それだけだったら、いつでも行ける川下り。
「今日は天気がいいから行くか」と車で乗り付け、ブルーを乗せて。
ブルーの両親だって何も言わない、それどころか御礼を言われるくらい。
「わざわざ車を出して貰ってすみません」と、「ブルーをよろしくお願いします」と。
川下りの費用も払うと言い出しかねない、二人分を。
息子が乗せて貰うのだからと、もしかしたら「お昼御飯もどうぞ」と余分に。
そうして笑顔で見送るのだろう、一人息子を乗せた車を。
角を曲がって見えなくなるまで、「行ってらっしゃい」と手を振りながら。
連れてやるのは簡単だけれど、何の問題も無いけれど。
川下りの船にも乗れるけれども、今のブルーの年が問題。
(本当に、ただの教え子だったらいいんだが…)
二人きりで車に乗って行っても、遊びに行くというだけだから。
今が一番のシーズンだからと、川下りをしに行くだけだから。
けれどもブルーは実は恋人、前の生から愛したブルー。
どうしたわけだか、幼くなってしまっただけで。
青い地球の上、二人揃って生まれ変わって出会ったけれども、小さなブルー。
前の生でメギドに飛んだ時より、恋人同士だった頃より。
幼くなった小さな恋人、それでも同じに愛おしいブルー。
再会して直ぐの頃には何度も途惑い、小さなブルーの姿に惑いもしたけれど。
この姿でも恋人なのだと、ブルーなのだと心がざわめき、騒いだけれど。
今ではすっかり落ち着いた心、育つまで待とうと生まれた余裕。
心も身体も幼い恋人、小さなブルーが前と同じに育つまでは、と。
唇へのキスも、その先のことも、ゆっくりと待てる。
今のブルーの子供ならではの幸せな日々を、愛らしい顔を見守りながら。
自分の方ではそうなのだけれど、とうに心は決まったけれど。
納得しないのが小さなブルーで、何かと言ったら強請られるキス。
「キスしてもいいよ?」と誘ったりもする、小さな子供の姿のくせに。
無垢で愛くるしい笑みしか出来はしないくせに、一人前の恋人気取りで。
きっと自分では、妖艶な顔をしているつもり。
前のブルーがそうだったように、甘く香しい花がふわりと綻ぶように。
(…見事に失敗してるんだがな?)
今のあいつにそんな魅力があるもんか、とクックッと笑う。
暗闇でも人を誘いそうな花、そんな花とは違って愛らしい花、と。
けれども、ブルーはまるで分かっていないから。
待とうと決めた自分の心を突き崩そうと、あの手この手で頑張るから。
(二人きりだと危ないんだ、うん)
何をしでかすのか分からないブルー、二人きりでのドライブとなれば。
川下りに出掛けてゆくとなったら、それこそ頭をフル回転で。
(…思い付く限りの手を繰り出すぞ)
これはデートだと、勢い込んで。
千載一遇のチャンスなのだと、せめてキスくらいは勝ち取ってやろうと。
そうなってくると、自分の覚悟のほども怪しい。
二人きりの車内、ブルーがせっせと繰り出す攻撃、あの手この手で。
どんなはずみに懐に向けて撃ち込まれるか分からない。
自分の心を射抜くような弾を、キスはしないと決めた心を微塵に砕いてしまう弾を。
(…絶対に無いとは言い切れないしな…)
自分もブルーも、人だから。
いくら心を決めていたって、聖人君子ではない自分。
ブルーの方でも、チビはチビでも中身はブルー。
恋に夢中で、夢は「本物の恋人同士」で、前のブルーの記憶もしっかり抱えたままで。
子供の声でも、子供の顔でも、前のブルーと重なることもあるだろう。
出会って間もない頃の時期には、そうしたこともあったのだから。
だから危ない、いくら川下りが楽しそうでも。
ブルーが喜んでついて来そうでも、ブルーの両親が御礼を言ってくれそうでも。
(…連れてやるには危なすぎてなあ…)
まだまだ先になりそうだよな、と眺めた新聞記事の中。
涼しげに川を下ってゆく船、夏の日射しに煌めく飛沫。
この船がまたいい、遠い遥かな昔の日本で使われた船と同じ川舟。
和船と呼ばれる木で出来た船が、「船」と書くより「舟」が似合う船が。
華奢なように見えて、実は頑丈らしい船。
逆巻く急流も乗り越えてゆく船、川下りの魅力は船にもあって。
(…今どきの船では味わいがなあ…)
川下りをするならこういう船だ、と覗き込む写真。
いつかブルーと乗りに行こうと、ブルーが大きくなったなら、と。
水の飛沫が似合う季節に、夏の盛りに、「涼みに行くか」と車を出して。
ブルーと二人で少しドライブ、川下りの船の乗船場所でキーを預けて、この船に乗って。
同じ乗るなら前の方。
船の速さを、流れ下る川を、飛び散る飛沫を満喫できる場所がいい。
川を下って進んでゆく船、それの魅力を楽しめる場所が。
断然前だと、船を一隻見送ってでも前に乗ろうと思った所で。
ブルーと二人で並んで座って、川を下ろうと思った所で。
(…船なんだよな?)
これも船だ、と気が付いた。
華奢に見えてしまう川下りの船、「舟」と書きたくなるような船。
木で出来た船で、川を下ってゆくだけの船で、それにブルーと乗るのだけれど。
並んで乗ろうと思ったけれども、船ならブルーと乗っていた。
前のブルーと、ずうっと船に。
川を下るための遊びの船とは違って、仲間たちの命を、ミュウの未来を乗せていた船に。
楽園という名を持っていた船、箱舟だったシャングリラ。
あの白い船で宇宙を旅した、前のブルーと広い宇宙を。
船と言ったらシャングリラだった、前の自分とブルーにとっては。
遊びで乗っていた船とは違って、地球を目指して乗っていた船。
ミュウの未来を掴み取ろうと、青い地球まで辿り着こうと。
(…他に船なんかは…)
無かったのだった、ブルーと二人で乗れる船などは。
シャングリラの格納庫にはギブリなどのシャトルもあったけれども、あっただけ。
仲間を救出する時だとか、ナスカとシャングリラの往復だとか。
そういう時にだけ使っていた船、ブルーと乗れる船ではなかった。
シャトルでは地球に行けないから。
小さな機体しか持たないシャトルは、とても地球まで飛べないから。
なのに、この船はどうだろう。
ブルーと二人でいつか乗ろうと、前の方がいいと思った川舟。
「舟」という字が相応しい船、シャトルよりもずっと小さな和船。
それにブルーと乗ってゆく。
シャングリラで地球を目指す代わりに、水の飛沫を浴びながら。
青い地球の上の川を下って、川遊びのために乗ってゆく舟。
(…これにあいつと乗れるのか…)
二人きりで、と笑みが零れた、なんと素敵な船だろうかと。
シャングリラよりも遥かに小さく、まるでオモチャのような船。
それに乗れると、ブルーを誘って乗りに行ける日が訪れるのだと。
(うん、船だな…)
今日はブルーに話してやろうか、「船と言っても色々だよな」と。
前の自分たちが乗ってゆけた船は一つだったけれど、今は沢山ありそうだよな、と。
ただし、川下りの計画は内緒。
小さなブルーは「今、行きたいのに!」と膨れっ面になるだろうから。
大きくなるまで待てと言ったら、きっとプンスカ怒り出すから…。
川を下る船・了
※ハーレイ先生が計画している川下り。シャングリラと違って、遊ぶための船で。
同じ船でも形も意味も違うのです。ブルー君と早く乗りに行けるといいですよねv