(お月様…)
あんな所に、と小さなブルーが眺めた三日月。
今の季節は日が沈むのが遅いから。
太陽の名残を留めている空、其処にほんのり浮かんだ月。
細いけれども、ピカピカ光りはしないけれども、月だと分かる。
これから満ちてゆくのだろう月、まだまだ細い姿の月。
今日は学校があった日だから、ハーレイは来てはくれなくて。
仕事帰りに寄ってくれるかと待ったけれども、駄目だった。
とうの昔に過ぎてしまった、ハーレイが寄ってくれそうな時間。
こんな時間から来てはくれない、日暮れの遅い今の季節に夕陽が沈んでしまっては。
細い三日月が西の空にあると、眺めて気付く時間には。
(…昼の間は分かんなかった…)
三日月なんて、と考える。
何度も空を仰いだけれども、細い月には気付かなかった、と。
もしやハーレイが来てはくれないかと、ハーレイの車が見えはしないかと出た家の外。
門扉の向こうの通りまで出て、暫く待ってみたのだけれど。
ハーレイの車が来るならこっち、と眺めてみたり、そちらへと少し歩いてみたり。
そうして待っていたというのに、やはりハーレイは来てくれなくて。
前のハーレイの背にあったマント、それと同じ色の車は走って来なくて。
やっぱり駄目だと、待っていたのに、と戻ろうとした家の中。
溜息をついて門扉に手を掛けた時に気付いた三日月、西の空にほっそり光る月。
昼間は気付かなかったのに。
青い空に月はあったのだろうに、まるで気付かなかった三日月。
(…ぼくと同じでチビのお月様…)
だから見付からなかったのだと思う、あまりに小さな月だから。
まだ生まれたてと言っていいほど、三日しか経たない月なのだから。
(ぼくの方がまだ大きいくらい?)
十四歳にはなっているのだし、あと四年経てば十八歳。
ハーレイと結婚出来る年になる、四年待ったら、十八歳に。
そこまで育って来てはいるのだし、三日月よりかは大きく育っているかもしれない。
なんと呼ぶのか分からないけれど、あの三日月よりも太った月。
そう思ったら、俄かに覚えた親近感。
細っこいチビの三日月に。
これから日に日に満ちてゆくだろう、満月を目指してゆく月に。
(…今はぼくの方が先輩だけど…)
生まれて三日しか経たない月より先輩の自分、大きな自分。
けれども、月は直ぐに自分を追い越してゆく。
少しも背丈の伸びない自分を、十八歳になるまでに四年もかかる自分を。
アッと言う間に満ちてゆく月、二週間も経たずに丸くなる月。
すっかり育って立派な満月、それが夜空に昇ってくる。
けれど…。
(今はホントにチビなんだしね?)
あの月はきっと、本当に子供なのだろう。
早く育って満月になろうと、夜空を明るく照らし出そうと、夢を見ている子供の月。
まだ三日月にしかなっていないと、まだまだチビで光も弱いと。
昼の間は見えないのだから。
青空に月はあったのだろうに、気付いてくれる人は本当に少なかっただろうから。
自分と同じに小さな三日月、生まれて三日目の細い月。
それに力を貰った気がした、自分だって今に大きくなれると。
大きく育って満月になれると、ハーレイと結婚出来る日が来ると。
細っこい月に、「おんなじだね」と心で呼びかけて。
「ぼくの方が少し先輩だよ」と、「大きいんだよ」と自慢して。
西の空に向かって手を振った。
そちらにハーレイの車は無いのだけれども、月に向かって。
生まれて三日しか経たない三日月、自分と同じにチビの細い月に。
家に入ったら、もう三日月は見えなくて。
そうでなくても、きっと沈んでしまっただろう。
沈む間際に「あそこに見える」と気付く細い月、それが三日月なのだから。
太陽が輝く昼の間は、気付いて貰えないのだから。
今頃は山や地平線の向こうに沈んでしまって、育ってゆく日を待っている月。
しっかり眠って明日は育とうと、今日より大きな月になろうと。
(明日も会えるかな?)
今日よりも少し育った月に。
ほんの少しだけ大きく育って、「月があるよ」と早めに気付いて貰えそうな月に。
(…ハーレイが来てくれたら、忘れそうだけど…)
月の光が見えそうな頃は、きっと話に夢中だから。
部屋のテーブルを挟んで座って、あれこれ話しているだろうから。
そうでなければハーレイの膝にチョコンと乗っかっていそうな自分。
この時間なら母は来ないと、甘えていても大丈夫だと。
もしもハーレイが来てくれたならば、忘れそうな月。
今日より少し育ったろうかと、眺めに出るのを忘れそうな月。
(そうやって、一日忘れちゃったら…)
一日見るのを忘れていたなら、月は大きく育つのだろう。
これがチビだった三日月なのか、と思うくらいに。
同じように欠けた細い月でも、ずいぶんしっかりしたんだけれど、と。
二日忘れたら、その分だけ。
三日忘れたら三日分だけ、細かった月は育ってゆく。
チビの三日月はぐんぐん育って、チビの自分を追い越してゆく。
(…次に会ったら、ぼくより大きい?)
満月は何歳になるのだろうか、と考えてみた。
結婚出来る十八歳なのか、お酒が飲める二十歳なのか。
どちらだろうかと勉強机の前に座って、首を捻って、窓の外を見て。
(…十八歳?)
一番綺麗に見えると言われる月が、満月で十五夜なのだから。
結婚出来る年が似合う気がした、お酒が飲めるようになる年よりも。
二十歳よりも十八歳だと、満月はきっとそういう年だと。
月に年齢があるのなら。
生まれたての月がどんどん育って、大人になってゆくのなら。
丸く大きく満ちた満月が十八歳なら、今の自分と同い年の月はどれだろう。
どのくらいの月が自分と同じで、十四歳の月になるのだろう。
(んーと…)
生まれたての月が零歳だから、と指を折る。
十五夜の月が十八歳なら、三日月は三歳と少しだろうか、と。
その勘定でいけば、多分、満月の少し前。
二日ほど前が十四歳の月なのだろうか、今の自分と同い年の。
きっとそうだと、同い年だと、その月を思い浮かべたけれど…。
負けた、と悲しくなった月。
月の名前はまるで詳しくないのだけれども、上弦の月は知っていた。
七日ほど経った頃の月の見え方、ちょうど半分くらいの月。
そこから更に六日も経ったのが満月の二日ほど前の月。
何処から見たって、三日月のような形の月では有り得ない。
どちらかと言えば丸に近い月、満月なのかと間違えそうなくらいに丸いのだろう、その月は。
十四歳ならこのくらいだと、同い年だと思った月は。
チビで小さな自分と違って、もうすぐ満月になりそうなほどに育った月。
結婚出来る年は直ぐそこなのだと、こんなに大きく育ったのだと。
(…ぼくはホントにチビなのに…)
見た目も、ハーレイが言うには中身も。
前の自分と違って子供で、ハーレイはキスもしてくれない。
「キスは駄目だ」と、「チビには頬と額だけだ」と。
もっと自分が大きかったら、そうは言われなかっただろうに。
前の自分と同じ背丈に育つまでは駄目だと言われもしないで、キスの一つも貰えたろうに。
負けてしまった、と悔しい月。
今はチビでも、生まれて三日しか経たない月でも、直ぐに育って一人前。
十八歳になった満月だったら、負けて諦めもつくけれど。
あれは大人のお月様だと、結婚出来る年なのだからと、納得して仰ぎもするけれど。
(…ぼくと同い年でも、きっと丸くて…)
大きいのだろう、満月の二日ほど前の夜の月は。
さっき自分が勘定してみた、十四歳くらいになるだろう月は。
(…今はチビなのに…)
本当にチビの月だったのに、と悔しい三日月、羨ましい月。
十四歳になった頃には一人前かと思えそうなくらいに丸いだろう月、満ちてゆく月。
月のくせに、と膨れてしまった、昼間は見えもしなかったくせに、と。
気付いていた人は少ないだろうに、ぼくよりもチビの月のくせに、と。
怒ったって月には届かないのだし、膨れているだけ無駄なのだけど。
月はとっくに沈んでしまって、今の自分の膨れっ面さえ知らずに眠っているのだけれど。
明日にはもっと大きくなろうと、しっかり眠って育たなくては、と。
育つために沈んで行った月。
今は眠っているのだろう月、生まれてから三日しか経たない三日月。
それはくるりと地球を回って、明日になったらまた昇ってくる。
今日よりも少し遅い時間に、今日よりも少し育った姿で。
(…くるっと回れば育つだなんて…)
おまけに十四歳までにうんと大きく育つだなんて、とプウッと膨れて。
月のくせにと、今はぼくよりもチビのくせにと窓の向こうをキッと睨んで、気が付いた。
真っ暗になった窓の外。
月は無いから星たちの世界、そういう夜空があるだろうけれど。
幾つもの星が見えるだろう空、十日も経てば十四歳の月が輝くだろう空。
(…地球の空だよ…)
それに月も、と驚いた自分。
前の自分が焦がれていた地球、地球の周りを回っている月。
夢に見た星で、青い地球の上で、地球の月に向かって膨れっ面をしていたなんて。
月のくせにとプウッと膨れて、チビのくせにと、地球の三日月に。
生意気な月だと思ったけれども、もう許すしかないだろう。
前の自分が焦がれた地球。
その地球の上に、ハーレイと二人で来たのだから。
だからこそ羨ましかった月。
同い年のきっと丸いだろう月、それに負けたとプウッと膨れていたのだから…。
チビの三日月・了
※チビの三日月に負けてしまったと膨れっ面のブルー君。月のくせに、と。
けれども地球の月だと気付けば、もう許すしかないようです。地球にいる幸せv