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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(まさにピッタリの職だよなあ…)
 教師ってヤツは、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今のハーレイは古典の教師で、ブルーが通う学校が勤務先でもある。
 もうそれだけで、「教師をやってて良かったよな」と、心の底から思えてしまう。
(ついでに、ブルーが入学してくる年に合わせたみたいに…)
 前の学校から転任して来て、生まれ変わって来たブルーに出会えた。
 着任は少し遅れたけれども、今から思えば、そうなったのも巡り合わせというものだろう。
 ブルーに聖痕が現れたように、ハーレイの方にも神が準備をしていたらしい。
(予定通りに転任してたら、ブルーが入学して来る前に…)
 ハーレイは既に着任していて、今の学校の教師の一人になっていた。
 入学式でも、何か役目があっただろう。
 転任して来たばかりの者でも、務まりそうな仕事を任され、それをこなしていた筈だった。
 受付などは無理にしたって、新入生や保護者を会場に案内するのは出来る。
 校門から講堂までの道さえ覚えていたなら、生徒でも務まりそうな役割なのだから。
(新しくやって来たばかりの教師なんだが、見た目はそこそこ…)
 貫禄がある、と思って貰える姿ではある。
 年恰好もそうなら、身体つきの方もガッシリしていて、頼もしく見える。
(初めての学校に来て、気分が落ち着かない子でも…)
 きっと頼りにしてくれそうだし、配置されるなら、その辺りだろう。
 キョロキョロ、オドオドしている生徒が目に入ったなら、講堂へ案内したりする。
 「今日は入学式だけなんだし、心配なんかは要らないぞ」と声を掛けてやって。
 道案内をしてゆく間も、「少しずつ慣れればいいんだからな」と、安心させる言葉を掛けて。
(そういう役目も、俺に向いてはいるんだが…)
 其処に「ブルー」がやって来たなら、大変なことになったろう。
 ブルーが「ハーレイ」を目にした途端に、あの「聖痕」が現れてしまう。
 右の瞳から血の色の涙が溢れて、両方の肩や右の脇腹からも大量の血が噴き出して来る。
(誰が見たって、大怪我にしか見えないからなあ…)
 実際、俺もそうだったんだ、と目にした時を思い出す。
 てっきり事故だと思い込んだほど、聖痕の鮮血は衝撃だったし、慌てもした。
 入学式を控えた所で、その聖痕が現れたならば、ブルーは救急搬送で…。
(…現場の状況を確認するとか、色々と…)
 学校は騒がしくなってしまって、入学式も中止されるか、延期になっていただろう。
 なんとか当日、出来たとしたって、時間が変わって、午後からだとか。


(絶対、そうなっちまったよなあ…)
 俺の着任が遅れていなかったなら、という気がするから、遅れたのは必然に違いない。
 ブルーに聖痕を与えた神が、前の学校に「ハーレイ」を引き留めた。
 「もう少し此処で仕事してから、ブルーの学校に行くように」と、留まる理由を作り出して。
 お蔭でブルーに聖痕が出ても、入学式は台無しになりはしなくて、他の行事も大丈夫だった。
 ブルーのクラスは酷い騒ぎになったけれども、他のクラスは、少し騒ぎになっただけ。
 「何の騒ぎだ?」と教師が出て来て、事態をしっかり把握した後は、授業に戻った。
(救急車の音で教室を飛び出しちまって、野次馬していた生徒にしたって…)
 教師に「戻って授業!」と一喝されたら、大人しく帰ってゆくしかない。
 何があったか気になっていても、教室で話し続けていたなら、叱られてしまう。
(ブルーのクラスも、俺がブルーについてった後は…)
 担任の教師が駆け付けて来て、その場を無事に収めて行った。
 「ブルー君なら、大丈夫ですよ」と、「ハーレイ先生も一緒ですから」と。
 最小限で済んだ騒ぎは、「ハーレイの着任が遅れたから」で、神が計算していたのだろう。
 「このタイミングで出会うのがいい」と、学校や他の生徒に迷惑をかけないように。
(そういう意味でも、教師で正解…)
 俺にピッタリの職ってヤツだ、と心から思う。
 仕事さえ上手く都合がついたら、帰りにブルーの家にも寄れる。
 学校の中でもブルーに会えるし、これ以上の職は無いだろう。
 まさに天職というヤツだよな、と考える内に、別のことが頭に浮かんで来た。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が就いていた職。
(キャプテン・ハーレイではあるが…)
 今の時代も、有名なヤツはソレなんだがな、と苦笑する。
 人間が全てミュウになっている今の時代は、前のハーレイは「英雄」だった。
 「キャプテン・ハーレイの航空宙日誌」まで、ベストセラーになっているほど。
 とはいえ、長い時を経たって、「キャプテン・ハーレイ」の過去は変わりはしない。
 いくら「キャプテン」の方が有名でも、その前の職も知られてはいた。
 まだ「シャングリラ」という名を持たなかった船で、前のハーレイがどうしていたか。
(…厨房出身なんだよなあ…)
 ついでに備品倉庫の管理人だ、と今も鮮やかに覚えている。
 燃えるアルタミラから逃げ出した船で、自然とそういう役目がついた。
 「厨房で皆の食事を作る」仕事で、ジャガイモ地獄も、キャベツ地獄も乗り越えた。
 仲間たちが飽きてしまわないよう、せっせと工夫と努力を重ねて、料理して。
 「またジャガイモか」と文句が出たって、船にはそれしか無いのだから。


 その厨房に馴染んでいたのに、降って来たのが「キャプテン」という職業だった。
 まるで全く向いてはいない、とハーレイ自身も思ったくらいに畑が違う。
(船の航行に必要なデータでさえも、俺には少しも分からなくって…)
 操舵となったら、どうすればいいか、想像すら出来ない異世界の技術。
 だから「無理だ」と即答したのに、船の仲間は譲らなかった。
 「船の仕組みが分からなくても、其処は得意な者がやるから」と食い下がって来た。
 要は「名前だけのキャプテン」で良くて、船の仲間を纏められれば充分らしい。
(そう言われても、だ…)
 はい、そうですか、と返事など出来るわけがない。
 「向いていない」と断り続けて、厨房で仕事をするつもりでいた。
 料理だったら慣れたものだし、食材の方も、前に比べたら偏りはしない。
 また何かあって、ジャガイモ地獄が来たとしたって、慣れている分、上手くゆくだろう。
 以前だったら思い付かない調理法など、レパートリーも増えているから、乗り切れる。
(俺はあくまで料理担当、と思っていたのに…)
 ある日、背中を押しに来たのが、まだ少年の姿をしていた「ブルー」だった。
 ブルーは船で唯一のタイプ・ブルーで、ソルジャーになるしかない立場にいて…。
(あいつが、俺に言ったんだ…)
 船のキャプテンになって欲しいのは、「ハーレイだけだ」と、真剣な目で。
 「ハーレイにだったら、命を預けられるから」とも。
(俺が一番、息が合うんだ、って言われちまったら…)
 もう、それ以上は、断れなかった。
 ブルーの本当の年はともかく、中身の方は「まだ少年」で、一人きりで船を背負うのは…。
(出来はしたって、キツすぎるってモンでだな…)
 そんなブルーを「俺はキャプテンには向いてないから」と、放っておけるわけがない。
 向いていなくても、キャプテンに就任しさえしたなら、ブルーを側で支えてゆける。
(…やるしかない、ってヤツだよなあ…?)
 でなきゃ、一生、後悔するぞ、と「前の自分」は決断した。
 畑違いの職業だろうが、ブルーのためなら、キャプテンというヤツになってやる、と。
 それから後は、努力あるのみ。
 「フライパンも船も、似たようなものさ」と軽口を叩いて、自分自身を励ました。
 「どっちも、焦げたら大変だしな?」と皆を笑わせたりして、船と仲間を守り続けた。
 操舵も覚えて、白いシャングリラになった後にも、懸命に舵を握っていた。
 前のブルーがいなくなっても、ブルーが残した言葉を励みに、船を地球まで運んで行って。


 そんな具合に、前の自分は「向いていない」職を立派に務めた。
 今の時代も「キャプテン・ハーレイ」として名高いくらいに、キャプテンが仕事なのだけど…。
(必死にやるしかなかっただけで…)
 向いていたのは厨房だよな、と振り返ってみても、そう思える。
 厨房か、キャプテンか、好きに選んでいいのだったら、厨房の方に決めただろう。
 フライパンや鍋を自在に使って、あらゆる食材を料理してゆく調理人の方が、断然いい。
(そういう俺が、キャプテンなんかになったのは…)
 前のブルーが望んだからで、向きや不向きは無関係だった。
 もしも「ブルー」に頼まれたならば、機関部にだって行ったろう。
 医務室に詰めて、ノルディを手伝う看護師だって、きっとやったに違いない。
(…そうなると、だ…)
 今の自分の天職の方も、ブルーが望めば、違う職業になるのだろうか。
 まるで全く向いていなくても、「やって欲しいよ」と、今のブルーに頼まれたなら。
(…はてさて、そいつは…)
 どうなんだかな、と顎に手を当て、考えてみる。
 まずは「ブルーに頼まれる」わけで、それを「断れない」状況でないと話にならない。
 前のブルーがそうだったように、今のブルーが「ハーレイを必要とする」状態。
(…俺があいつをサポートしないと、あいつは一人きりってヤツで…)
 そいつは、どうやら有り得ないな、と答えは直ぐに弾き出された。
 今は平和な時代なのだし、ブルーは「ハーレイの支え」なんかは必要としない。
 わざわざ仕事を変更してまで、ブルーを支えてやらなくてもいい。
(なんと言っても、今度は結婚するんだし…)
 もう最高の伴侶でパートナーだから、それ以上の「支え」は無いだろう。
 いつもブルーを支え続けて、同じ家で一緒に暮らしてゆく。
 「キャプテン・ハーレイ」とは比較にならない、ブルーのために生きる人生。


(そっちの方も、俺の天職で…)
 ブルーを大事に支えてやるさ、とコーヒーを一口、飲んだ所で、不意に掠めていった考え。
 平和な今の時代にしたって、危険を伴う職なら「在った」。
 プロの登山家というヤツだったら、サイオンを使ったりせずに…。
(うんと高い山を、遠い昔と変わりやしない道具や装備で…)
 地道にコツコツ登ってゆく。
 目が眩みそうな断崖だろうが、ザイルやハーケンだけを頼りに、自分の手足で。
(…絶対、有り得ない話ではあるが…)
 今のブルーが「登山家になる」と言うのだったら、今の生でも迷わず「転職する」だろう。
 「山登りなんかは向いていないぞ」と心底、思っていたとしたって、その道をゆく。
 ブルーが登山家の道を選んで、厳しい寒さや薄い空気の中を登ってゆくのなら。
(あいつが誰かと組んで登るなら、俺しかいない筈だしな?)
 向いてなくても、俺も登山家になるまでだよな、とクスッと笑う。
 今のブルーは、そんな職など、けして選びはしないけれども、選ぶのならばついてゆく。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が「そうした」ように。
 ブルーを側で支え続けて、たとえ断崖絶壁だろうが、ブルーと二人で登って行って…。



             向いてなくても・了


※ハーレイ先生が天職だと思う、教師の仕事。前の生だと、キャプテンよりは厨房が好み。
 キャプテンなんかは向いてないのに、ブルーの頼みでやった転職。今の生でもやりそうですv









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(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 ちょっぴり残念、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイに会えたら話さなくっちゃ、って思ってることは、一つも無くて…)
 仕事の帰りに寄ってくれたら嬉しいな、と期待していただけなのだけれど、少し寂しい。
 前の生では、ハーレイに会えない日などは、一度も無かった。
 ハーレイがキャプテンだったお蔭で、そういう仕組みになっていた。
(ソルジャーのぼくに、何も報告しないだなんて…)
 許される方がおかしいのだから、必ず、一度は顔を合わせた。
 それだけのために、朝食の時間があったほど。
 ハーレイもブルーも、朝は食事をするのだから、と朝食を一緒に摂ることになった。
 だから毎朝、食事しながら、あれこれ色々、話していた。
 至極真面目にシャングリラや、ミュウの未来も論じたけれども、二人の未来のことも話した。
 いつか地球まで辿り着いたら、二人きりで暮らせる筈だから、と夢を見ていた。
(その夢、まるで違う形で、ちゃんと実現したんだけれど…)
 神様の都合で、おかしなことになっちゃった、とブルーは残念でたまらない。
 今のブルーは十四歳にしかならない子供で、ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師。
 恋人同士だと言えないどころか、二人で暮らすことも出来ない。
(だから、ハーレイが来てくれないと…)
 二人きりで会うことも出来ずに、今日のように溜息をつく羽目になる。
 ハーレイが訪ねて来てくれていたら、両親つきでも、夕食を一緒に食べられたのに。
(きっとハーレイ、今日は用事があったんだ…)
 此処へ来る時間が無かったんだよ、と分かってはいる。
 会議があったか、柔道部の指導が長引いたのか、その辺の理由は謎だけれども。
(他の先生と食事をしに行っちゃっても、それも、お仕事…)
 そう思わないと辛いもんね、と自分自身に言い聞かせる。
 ハーレイが食事を楽しんでいても、そうなったのは仕事の付き合いだから、という風に。
 でないと、嫉妬してしまう。
 男の先生ばかりだったとしたって、「ぼくのハーレイ、盗られちゃった!」と怒りたくなる。
 ハーレイが食事に誘われなければ、家に来てくれていた筈なのだから。


 とはいえ、そうそう怒ってばかりもいられない。
 今のハーレイの仕事からして、時間が無い日が出来てしまうのは、当たり前だと言えるだろう。
 学校の教師ではなかったとしても、仕事があったら、そうなってしまう。
(前のハーレイの仕事の方が、きっと普通じゃなかっただけで…)
 同じシャングリラにハーレイがいても、厨房だったら、まるで事情が違っていそう。
 キャプテンだったら、ソルジャー抜きでは、日々の仕事が進みはしない。
 指示を仰いだり、報告をしたり、前のブルーに会わねばならない用がドッサリ山積みだった。
 たまに用が無い日があったとしたって、「これといったことはありません」といった報告。
 「何も無かった」ということ自体が、シャングリラでは重要だった。
 平穏無事に一日が終わる保証は、何処にも無かった船だったから。
(でも、ハーレイがキャプテンにならずに、厨房の係のままだったなら…)
 ソルジャーのブルーに会う必要など、普通だったら、まず有り得ない。
 食堂のメニューを変更しようと考えたって、ブルーに相談することではない。
 厨房担当のクルーを集めて、会議を開いて決めるだけ。
(ハーレイが厨房のトップにいたって、そうなっちゃうよね…)
 こんな料理を出そうと思う、と相談するのも、ソルジャーではなくて、厨房の者になるだろう。
 新しいメニューに使う食材の調達にしても、農場の者などに相談しにゆく。
 「こういう料理を出したいんだが、食材の方は足りるだろうか?」と、必要な量を挙げながら。
(…それで増産しなくっちゃ、ってことになっても…)
 農場などの生産量を変える相談は、ソルジャーの所まで届きはしない。
 途中の何処かで決まってしまって、最終的には、ハーレイではないキャプテンが来る。
 「ソルジャー、食堂のメニューが変わるそうです」と、いつから変わるか、報告をしに。
 新しいメニューはどんなものかを、きちんと紙に書いたりもして。
(それに目を通して、「分かったよ」って言うのが、ソルジャーの仕事で…)
 後は新作の試食といった所だろうか。
 其処でようやく、ハーレイの出番がやって来る。
 「試食をお願い出来るでしょうか」と、新しい料理をトレイに載せて、青の間まで運ぶ。
 もしかしたら、最後の仕上げの部分は、青の間の厨房でやるかもしれない。
(出来た料理を、ぼくの前に置いて…)
 食べている間も「如何ですか?」と感想を聞いて、場合によってはメモも取るだろう。
 改善すべき部分があるなら、後で早速、取り組まないといけないのだから。
(…そんな時しか、会えないってば!)
 厨房が、うんと忙しかったら、何日会えなくなっちゃんだろう、と恐ろしくなる。
(…前のハーレイの仕事、キャプテンでホントに良かったよ…)
 厨房だったら悲しすぎるよ、と思うものだから、今のハーレイにも文句は言えない。
 もっと忙しい仕事に就いていたなら、会えない日だって増えるのだから。


 今日は会えずに終わったけれども、今のハーレイは、充分、努力していると思う。
 仕事の帰りに寄れるようにと、時間が無くても、頑張っているに違いない。
 ゆっくり歩いてもかまわないのに、小走りだったり、全力疾走したりもして。
(仕事を済ませて、自分の家に帰るだけなら、ゆっくり歩けばいいけれど…)
 ブルーの家に寄る時間を取るなら、間に合わない時もあるだろう。
 そうした時には全力疾走、あるいは小走り、そうやって時間を作ってゆく。
 「まずいな、これじゃ間に合わないぞ」と思った所で、急ぎ始めて。
(生徒は走っちゃダメな廊下も、階段だって…)
 教師の場合は別なのだから、走っても誰も咎めはしない。
 大荷物を担いで走ってゆこうが、「大変ですね」と労いの声が掛かるだけ。
 「よかったら、半分、持ちましょうか」と、手伝う教師も現れる。
 場合によっては「次の授業はありませんから、代わりに運んでおきますよ」と言う人だって。
(ハーレイ、頑張ってくれてるんだし、文句を言ったら、本当にダメ…)
 ぼくの方は、うんと暇なんだから、と指で額をコツンと叩いた。
 「時間が無くても頑張ってくれるハーレイのことを、恨んだりしちゃダメなんだよ」と。
 きっとこの先も、ハーレイの時間が足りない時は、何度も何度もあるだろう。
 結婚して二人で暮らし始めても、ハーレイの仕事は続いてゆくから、そんな日もある。
 「ハーレイ、まだかな?」と待っていたって、なかなか帰って来ないような日。
(夕食の支度は、ハーレイがする、って言ってるけれど…)
 そのハーレイが帰らないなら、たまには料理もしておいた方がいいかもしれない。
 冷蔵庫を覗いて「何があるかな?」と確かめてから、それで作れそうな簡単なものを。
(調理実習は何度かしてるし、カレーとかなら出来るよね?)
 ハーレイのように本格的なものは作れなくても、基本のルーを使って煮込めば、きっと。
 炒め物でも出来ると思うし、目玉焼きだって作れるし…。
(あとはサラダと、お味噌汁くらい…)
 作っておいたら喜ばれそう、と思った所で、ハタと気付いた。
 結婚した後、毎日、家で留守番しているつもりだけれども、どうなのだろう。
 上の学校に行かない以上は、結婚したら、当然、そうなる。
(…そうだと思い込んでたけれど…)
 違う未来があるかもしれない。
 上の学校に行くことになってしまって、結婚したって、学校に行く日が続いてゆく。
 ハーレイが教師をしている場所とは全く違って、生徒の中には立派な大人もいる学校へ。


(…上の学校、ぼくは、行く気は全く無くて…)
 ハーレイも、「行け」と言ってはいない。
 でも、両親はどうだろう。
 ハーレイと結婚したいことなど、まだ一回も話してはいない。
 そうなってくると、両親の頭の中では、上の学校に行くということで決まっていそう。
 チビのままで身体が育たなかったら、そういう子供が行く幼年学校になるけれど…。
(其処でやるのは、普通の上の学校と同じ勉強で…)
 違う所は、学校でどういう具合に過ごしてゆくか、という所だけ。
 なにしろ身体が子供なのだし、上の学校の生徒のようには暮らしてゆけない部分も多い。
 合宿にしても、フィールドワークに出掛けるにしても、実験の時間を設けるにしても。
(上の学校だと、学校に泊まり込みで実験しなくちゃいけないだとか…)
 選んだ勉強の中身によっては、そういったこともあるらしい。
 実験の結果が出て来る時間が、人間の都合に上手く合うとは限らない。
 朝一番に準備を始めて実験開始で、お昼御飯も実験室で食べたとしたって、結果は夜とか。
(しかも学校の門が閉まっちゃうほど、遅い時間になっちゃって…)
 もうすぐ日付が変わりそうとか、それくらい遅くなるのだったら、泊まるしかない。
 身体がしっかり出来上がっている生徒だったら、少しも問題無いけれど…。
(今のぼくみたいに、チビのままだと…)
 眠くなってしまって耐えられないから、その時のための備えが要る。
 「少し寝て来ていいですよ」と、手伝ってくれる大人の助手とか、先生だとか。
 上の学校では、其処まで面倒は見られないから、幼年学校が必要になる。
 勉強はきちんと出来るけれども、身体がついてゆかない生徒が通う学校として。
(…パパとママ、きっと、どっちも考えてるよね…?)
 上の学校に行く年になってもチビのままなら、幼年学校、といった具合に、頭の中で。
 「きっとブルーは学校に行くし、どっちだろう」と、相談しているかもしれない。
 家から通える所がいいか、寮に入れる学校がいいか、ブルーが全く知らない間に、色々と。
(今の学校、まだ一年目で…)
 四年生まである学校だし、すっかり油断していたけれども、可能性の方はゼロではない。
 「何処がいいかな」と、パンフレットも集めているとか、まるで無いとは言い切れない。
(今からその気で、準備を始めているんなら…)
 卒業する年が近付いて来たら、「この学校がいいと思う」と言われそう。
 「家から近くて、便利そうでしょ?」とか、「寮だし、通うよりも楽よ」だとか。


(そんなの、困る…!)
 学校なんかより、結婚だよ、と思うけれども、両親が譲らなかった時には、学校で決まり。
 「結婚だってば!」と意地を張ったら、「じゃあ、両方で」と提案される。
 結婚を許してもいいのだけれども、結婚したって、学校の方にも通うように、と。
(…そういう人って、実際、いるよね…)
 幼年学校にはいないけれども、普通の上の学校だったら、珍しくない。
 結婚していて、でも学生で、という二足の草鞋を履いている人は、幾らでもいる。
(パパとママが結婚を許してくれる条件、それだったなら…)
 ぼくの方が、ハーレイよりも忙しいことになっちゃいそう、と愕然とした。
 上の学校の生徒というのは、暇な時には、今の学校より、遥かに暇なのは知っている。
 遊びにゆける時間もたっぷり取れるし、夏休みとかの休暇も長い。
 ところが、忙しくなった時には、今の学校とは比較にならない忙しさ。
 さっき考えていた、泊まり込みでの実験みたいに、とんでもないのがやって来る。
(そういう研究、していなくっても…)
 試験が幾つも立て続けにあって、レポートや課題の締め切りまでが重なることもあるらしい。
 普段は暇にしている生徒も、その時ばかりは、遊ぶどころか…。
(お金を貯めて旅行をしよう、ってアルバイトなんかをしている人も…)
 アルバイト先に「忙しいので休みます」と届けを出して、必死に勉強、レポートに課題。
 いくら頭がいい生徒だって、頭の良さだけでは乗り切れない。
 レポートも課題も、うんと時間を取られるのだから、他のことをしてはいられない。
(ぼくがハーレイと結婚してても、そんなの、まるで関係無くて…)
 試験も課題も、レポートだって、もう容赦なく襲って来るから、逃げられなくて…。
(ハーレイが夜食を作ってくれても、「ありがとう」としか言えなくて…)
 勉強机で夜食を食べたら、脇目も振らずに勉強に課題、それにレポートばかりの毎日。
 ハーレイと話をしている暇さえ、まるで全く無いかもしれない。
(だけど、時間が無くっても…)
 忙しい時期さえ終わってしまえば、またゆっくりと話が出来るし、ドライブも出来る。
 それを励みに頑張るしか、と思うけれども、避けたい未来。
 ハーレイと結婚するのだったら、家で帰りを待っていたいと思うから。
 学校に通って必死に時間をやりくりするより、その方がきっと、幸せだから…。



             時間が無くっても・了


※ハーレイ先生と結婚した後、家で留守番するつもりなのがブルー君。帰りを待つだけ。
 けれど、上の学校に行くことになれば、忙しすぎる日がやって来るかも。試験にレポートv







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(今日は失敗しちまったよなあ…)
 こんなつもりじゃなかったのに、とハーレイはフウと溜息をついた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎でコーヒーの時間。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、これからゆっくり味わってゆく。
(…こいつは、失敗しちゃいないんだ…)
 淹れるのは慣れたモンだからな、とコーヒーについては自信がある。
 時間がある日は豆から挽いて淹れるくらいに、コーヒーが好きで、手間だってかける。
 今日も夕食の片付けを済ませて、手際よく準備を始めて淹れた。
 書斎に移りたい気分になる頃、ちょうど熱いのが出来上がるように。
(豆から挽くほど、今日は時間が無かったが…)
 仕事がある日は当たり前だし、それは失敗には入らない。
 確かに時間は無かったけれども、いつものことだし、失敗の内に数えはしない。
(…しかしだな…)
 他の所で失敗続きの一日だった、とブルーを想って、申し訳ない気持ちになる。
 本当だったら、今日は仕事が終わった後に、ブルーに会える筈だった。
 愛車でブルーの家まで走って、窓から見下ろすブルーに大きく手を振って。
(その筈なんだが、いったい何処に消えちまったんだか…)
 ブルーの家に寄れる時間は…、と考えるほどに「失敗だった」と思えて来る。
 朝、学校に向かう時には、帰りの心づもりをしていた。
 仕事が終われば、今日は時間が充分あるから、ブルーの家に寄って帰ろう、と。
(いつも晩飯をご馳走になるし、たまには手土産でも持って…)
 出掛けてゆくのもいいモンだしな、と買い物までも予定していたくらい。
 新聞と一緒に届いたチラシの中から、目ぼしいものを幾つか眺めた。
 食料品店で各地の名産品が売られるようだし、美味しそうな物を探すのもいい。
 行きつけのパン屋も、焼き菓子の広告を入れていた。
(焼き菓子だったら日持ちするから、それでもいいし…)
 どれにするかな、と少し悩んで、帰りに決めることにした。
 学校を出る時、どういう気分になっているかで、手土産を買いに寄る店を選ぶ。
(名産品を見ながら、あれこれ目移りしてゆくコースか、パン屋に行って…)
 試食しながら「コレだ」と決めるか、それは帰りの気分次第でいいだろう。
 朝から迷って無理に決めるより、直感の方が断然いい。
 「こうだ」と決める時には一瞬、その閃きが運を引き寄せる。
 悩んで時間を費やすよりも、結果はグンと良くなるものだ、と思えるから。


 そんな具合で、時間を上手く使ってゆくのは、ハーレイの得意分野と言える。
 だから滅多に失敗しないし、時間が足りなくなることも無い。
 ところが今日は…。
(やっちまった、と言うべきか…)
 時間が無くなっちまってたんだ、と、また溜息が零れてしまう。
 手土産を買ってゆく時間もあるな、と踏んでいたのに、何処で計算が狂ったものか。
 学校を出られる時間が来たのは、ブルーの家に寄って帰るには遅すぎる頃になってから。
 日もとっぷりと暮れてしまって、余計に情けない気分になった。
 「なんてこった」と、「こんな筈ではなかったんだ」と、ブルーに心で謝りながら。
(…一つ一つは、大したことでは…)
 まるで無かった筈なんだよな、と時間が何処かに消えてしまった原因を思い返してみる。
 ちょっとした用事を頼まれたとか、生徒に呼び止められたとか。
(どれも、ちょっぴり時間があれば、だ…)
 簡単に片付くことばかりだし、その時は何とも思わなかった。
 後になってから積もり積もって、時間がすっかり消えるだなんて、誰が気付くというのだろう。
(それこそ、俺は神様じゃないし…)
 予知能力だって持っていないから、先のことなど分かりはしない。
 いつもの「気のいいハーレイ」のままで、あちこちで用を引き受けた。
 生徒に質問された時にも、答えたついでに、他の生徒も交えて雑談。
(俺にとっては、ごく当たり前の日常で…)
 普段以上にサービスしたとか、熱が入って頑張り過ぎた、ということだって無かった一日。
 けれど、仕事が終わった時には、朝、たっぷりとあった時間は消え失せていた。
 悪戯小僧の妖精か何かに、知らない間に、ヒョイと盗まれてしまったように。
(まさに狐につままれたよう、ってヤツだよなあ…)
 狐に盗まれちまったかな、と尻尾が太くて顔が尖った、悪戯者を思い浮かべる。
 山から子狐が降りて来ていて、時間を盗んで行っただろうか。
(そういや、昼間に…)
 晴れているのに、ほんの少しだけ、小雨が降った。
 いわゆる「狐の嫁入り」だから、嫁入り行列について来ていた、子狐の仕業かもしれない。
 人間にちょっぴり悪戯したくて、頭に木の葉をヒョイと乗っけて、近付いて来て…。
(俺の時間を持ってったってか?)
 本当にそうかもしれないな、と思えて来るほど、今日は不思議に時間が消えた。
 大した用など一つも無いのに、仕事の帰りにブルーの家に寄れなくなってしまったほどに。


(…次にあいつの家に行った時、あいつが膨れちまっていたら…)
 狐の話をしてやるとするか、と軽く肩を竦めて、コーヒーのカップを傾ける。
 きっとブルーは、今日はすっかりしょげてしまって、溜息をついていただろう。
 「今日はハーレイ、来なかったよ…」と、暮れてしまった庭を眺めて、残念そうに。
 こういう会えない日が続いたなら、ブルーは機嫌を損ねてしまって、膨れがちになる。
 せっかく久しぶりに会えても、プンスカ怒っていたりもする。
 「ぼくのこと、忘れていたんでしょ!」と眉を吊り上げることもあるから、そうなったなら…。
(すまん、と最初に謝ってから…)
 時間を盗んで行った狐の話を聞かせて、「仕方ないだろ?」と許しを請うのもいいだろう。
 悪戯小僧の子狐に時間を盗まれたのなら、どうすることも出来るわけがない。
 頭の上に葉っぱを乗っけて、姿を消して逃げた狐を追い掛けるなんて、前のブルーでも…。
(サイオン抜きでは、出来やしないぞ?)
 使ってみたって無理かもしれん、と可笑しくなる。
 狐が姿を消す方法と、サイオンシールドで姿を消すのは、多分、仕組みが違うと思う。
 前のブルーが「ハーレイ、狐に時間を盗まれたって?」と探してみたって、見付かるかどうか。
(…狐ってヤツが、ナキネズミみたいに思念波でだな…)
 仲間と話をしているのならば、追跡は可能かもしれない。
 「人間の時間を盗んじゃったよ!」と得意満面で跳ねる思念を追ったら、その先に…。
(俺の時間を抱えた子狐、見付かるかもな?)
 それなら、前のあいつなら…、と取り返すために飛び出してゆきそうな前のブルーを思う。
 「見付けたよ! 追い掛けて返して貰って来る!」と、子狐を追って飛んでゆくブルー。
 「それはハーレイの時間だから!」と、悪戯小僧に思念で呼び掛けながら。
 「返してあげてくれないかな?」と、「返してくれたら、代わりに何かあげるから!」とも。
(…狐にプレゼントするんだったら、油揚げ…)
 シャングリラには無かったんだが、とクスクス笑いが込み上げて来る。
 「油揚げの無い時代だったら、何を代わりにすればいいんだ?」と厨房を思い返してみて。
 悪戯小僧の子狐を捕まえた前のブルーは、何をお礼にするのだろう。
 返して貰った「ハーレイの時間」は、しっかり抱えて戻って来るとは思うけれども。
(はてさて、狐にプレゼントなあ…?)
 あの船には何があったかな、と食堂のメニューやレシピを挙げてはみても、悩んでしまう。
 油揚げの代わりにフライドチキンや、魚のフライでもいいのだろうか。
 どれも油で揚げてはあるから、子狐の口にも合うかもしれない。
 それとも同じ油で揚げても、ドーナツなどの菓子類の方が…。
(子狐だったら、お好みかもな?)
 これもブルーに相談するか、と「狐に時間を盗まれた」話に足すことにした。
 きっと愉快な話になるのに違いないから、ブルーの機嫌も直るだろう。


(…とはいえ、今日は失敗なわけで…)
 俺らしくもない話だよな、と思いはしても仕方ない。
 たまにはこういう日だってあるし、時間が無くなる時も、ひょっこり訪れるもの。
 悪戯者の子狐のせいか、はたまたハーレイの「うっかりミス」かは、謎だけれども。
(…そうそう何度もやらかせないし、毎回、毎回、狐のせいにも出来ないし…)
 俺が頑張るしかないんだよな、とマグカップを指でカチンと弾く。
 「時間が無くても、なんとかするさ」と、この先のことを思い描いて。
 今はブルーと別々の家で暮らしているから、時間が無ければ会えないというだけのこと。
 ブルーが膨れてしまった時にも、「すまん」と頭を下げればいい。
 けれども、これから先となったら、もうそれだけでは済まない時代がやって来る。
 まだ十四歳にしかならないブルーが、大きく育って、結婚出来る十八歳になったなら…。
(同じ家で暮らすわけなんだしな?)
 そうなったならば、約束する日もあるだろう。
 「今日は早めに帰って来るから、何処かで飯を食わないか?」などと。
 料理は得意なのだけれども、毎日、家で食べているより、たまには外食するのもいい。
 評判の店を予約してもいいし、ドライブがてら見付けた店にふらりと入って食べるのも。
(朝にそういう約束をして、俺が出掛けて行ったなら…)
 家に残っているブルーの方は、首を長くして「ハーレイの帰り」を待つだろう。
 何度も壁の時計を眺めて、「まだまだだよね?」と思ったりもして。
 朝、ハーレイを送り出した後、何度も何度も、今夜の食事を思い描いて、楽しみに待つ。
 「ハーレイ、お店を予約するかな?」と、最近、食卓で話題に上った店を幾つも振り返ったり。
(あのお店かな、と予想したのと違っても…)
 店など予約していなくても、きっとブルーは怒らない。
 ハーレイがちゃんと早めに帰って、「行くぞ」と声を掛けたなら。
 「俺はこのままスーツで行くから、すぐに出るぞ」な日もあるだろうし、着替えることも。
 ドライブ向きのラフな服を着て、気の向くままに走って行って、何処かの店へ入るような日。
 スーツのままなら、予約していたレストランなどになるのだろうか。
(俺さえ、ちゃんと早めに帰って、ブルーを乗せて…)
 食事に行ければいいのだけれども、其処で失敗して時間を失くせば、ブルーの方は…。
(待たされた上に、食事なんかには行けなくて…)
 「すまん、これから急いで作る!」と慌てて作ったような料理や、買って帰った総菜などで…。
(家で晩飯、ってことになっちまって、期待外れで、ガッカリで…)
 それでもブルーは怒るどころか、ハーレイの方を心配しそう。
 「大丈夫? 疲れてるなら、晩御飯、ぼくが代わりに作ろうか?」などと言ったりして。


(…そいつはブルーに、うんと悪くて…)
 申し訳ないどころではなくて、穴があったら入りたいほど。
 そうならないよう、時間が無くても、頑張ってカバーしなければ。
(間に合わないかもな、と思っても…)
 頼まれ事や生徒の質問などは無視出来ないから、予定の時間をオーバーした分、頑張るしかない。
 移動する時は小走りだとか、昼食は急いで掻き込むだとか。
(時間が無くても、あいつをガッカリさせないためなら…)
 そのくらいのことは何でもないさ、と思うけれども、今日の所は、ブルーに勘弁して貰おう。
 「すまん、悪戯者の子狐がだな…」と、時間泥棒のせいにして。
 頭の上に葉っぱを乗っけた、狐にやられた話をして…。



            時間が無くても・了


※ブルー君の家に寄ろうと思っていたのに、寄れずに帰るしかなかったハーレイ先生。
 今は謝れば済むのですけど、結婚した後が大問題。時間が無いなら、頑張ってカバーv











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「…クシャン!」
 ブルーの口から、急にクシャミが飛び出した。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で過ごしていた時に。
(…風邪、引いちゃった?)
 もしかしたら、とブルーの心臓が縮んだけれども、次のクシャミは出なかった。
 二回、三回と続くようなら明らかに風邪で、明日は学校に行けなくなる。
(だけど、一回だけだったから…)
 鼻がムズムズしただけだよね、とホッと安心、一息ついて部屋を見回した。
 今の季節は冷え込む夜もあるものだから、窓はきちんと閉めてある。
 カーテンもあるし、部屋の空気は冷たくはない。
(大丈夫だと思うんだけど、用心した方がいいのかな?)
 上に一枚羽織るとか、とブルーは自分の「服」を眺めた。
 さっき、お風呂に入って来たから、着ているものはパジャマだけ。
 夏と違って、厚めの生地ではあるけれど…。
(冬用のパジャマより、ずっと薄いから…)
 やっぱり何か着ておかなくちゃ、とカーディガンを羽織ることにした。
 ベッドに入るのが一番だとは分かっていたって、まだ眠りたい気分ではない。
(…ハーレイ、来てくれなかったし…)
 そのハーレイがどうしているのか、考えてからベッドに入りたい。
 「他の先生と食事なのかな?」とか、「それとも、書斎でコーヒーなの?」とか。
 だからベッドにチョコンと座って、ハーレイを頭に描いたけれど…。
(風邪を引いちゃってたら、明日は学校に行けない所で…)
 危なかったよ、というのが切っ掛けになって、そちらの方へ思考が向かう。
 「風邪を引いたら、ぼくは学校、お休みで…」と、そういった時のハーレイへと。
(学校の後で、お見舞いには来てくれるよね?)
 忙しい日じゃなかったら、と思うけれども、忙しかったら来てはくれない。
 今日の帰りに、此処に寄らずに帰ったみたいに、ハーレイの家へ向かっておしまい。
(ハーレイの車は、走って来なくて…)
 運転しているハーレイだって、見舞いに寄ってはくれずに帰る。
 「ブルーは、今日は休んでいたな」と、休んだことは承知していても。
 ブルーの担任の先生に聞いて、風邪を引いたことが分かっていても。


 そういったことは、何度かあった。
 風邪ではなくて、弱い身体が悲鳴を上げて休んだ時にも、ハーレイの仕事が優先になる。
 「お見舞いに来て欲しいのに…」と待っていたって、忙しい日は仕方ない。
 幸いなことに、今の所は、「何度か」程度で済んでいるから…。
(ハーレイ、ちっとも来てくれないよ、って、ベッドでシクシク泣いちゃったことは…)
 無いんだよね、と思い返してみたのだけれども、運が良かっただけなのだろうか。
 熱を出してベッドから動けなくても、ハーレイは家に来ない場合もあるかもしれない。
 うんと仕事が忙しいだとか、研修で遠くへ出掛けてしまって、一週間ほど戻らないとか。
(…そんなの、とても困るから!)
 会えなくなるのは、三日くらいにしておいてよね、と心から思う。
 元気な時でも、会えない日が三日も続いてしまうと、気分がぐんと落ち込んでしまう。
 「なんで?」と、「学校でも、ちっとも会えないだなんて、どうなってるの?」と。
 いっそ柔道部の部活を見に行こうかな、と思い詰めるほど、会いたい気持ちが募ってゆく。
(でも、柔道部の練習を見学するのは、普通は、入りたい人だけで…)
 いわゆる入部希望の生徒が、どんな活動をやっているのか、下見に出掛ける。
 入部希望とまではいかない生徒でも、「やってみようかな?」と興味があるだとか。
(そういう生徒は、ハーレイも、柔道部員の生徒も、大歓迎で…)
 練習を見やすい場所に案内して、椅子だって出してくれるだろう。
 「此処に座って見ていて下さい」と、「よかったら、これ」と、飲み物なども渡して。
(練習したら喉が乾くし、飲み物は絶対、ある筈だから…)
 それを大きなグラスに注いで、見学する生徒を大いにもてなす。
 お菓子や食べ物があるのだったら、「これもどうぞ」と気前よく、飲み物とセットにして。
(柔道部に入ってくれるかも、っていう人だったら、そうなんだけど…)
 身体が弱いブルーが行っても、入部の可能性はゼロ。
 体育の授業を休んで見学するのと同じで、単に見ているだけに過ぎない。
(椅子も飲み物も、お菓子も出してはくれたって…)
 役に立たない邪魔者な上に、下手をしたなら、見学中に気分が悪くなってしまって…。
(ハーレイが、「今日の練習は、ここまでだ。俺はブルーを家に送っていかないと」って…)
 部活の終了を告げてしまって、柔道部員に迷惑をかけてしまう恐れもあった。
 柔道部の練習は、指導しているハーレイがいないと、きちんと出来ないものらしい。
(勝手にやったら、怪我したりして…)
 大変なことになってしまうから、ハーレイが其処にいない時には、身体を作る練習だけ。
 筋肉をつけるトレーニングや、体育館の外を走りに行くとか、その程度のこと。
(そうなっちゃったら、悪いから…)
 柔道部の見学に行けはしなくて、ハーレイに会えない日が一つ重なる。
 家に帰って「会えなかったよ」と、ガックリと肩を落とす日が。


 具合が悪くない時でさえも、ハーレイに会えずに過ごすのは辛い。
 寝込んでしまった時だったならば、もっと寂しくて、悲しくもなる。
 「ハーレイ、どうして来てくれないの?」と、ぐるぐる考えてしまいそう。
 身体が弱ってしまっている分、心も弱くなっているから。
(…休んじゃった時に、うんと長く、会えなかったなら…)
 辛くて辛くて、毎日、泣いているかもしれない。
 「ハーレイ、ぼくを嫌いになった?」などと、どんどんマイナスの思考になって。
(酷い風邪とか、うつっちゃう病気だったなら…)
 避けられてるの、って思っちゃいそう、と背筋が凍りそうになる。
 今日までの日々は、たまたま運が良かっただけで、世の中、そうした病気も多い。
 周りにうつしてしまう風邪やら、他にも色々、今の時代も病気はあった。
(…もし、そういうのに罹っちゃったら…)
 どうなっちゃうの、と深く考えなくても、出て来る答えは一つしか無い。
 ハーレイは、大勢の生徒が通う学校の教師なのだし、その手の病気を持ち込むことは…。
(絶対、避けなきゃいけなくて…)
 ハーレイ自身が罹った時には、即、学校を休むだろう。
 「すみません、うつしたら大変ですから」と、家から学校に通信を入れて。
(…ハーレイが罹ったら、そうなっちゃうから…)
 罹らないよう、ハーレイ自身が注意すべきで、病気に罹った人の家には、極力、行かない。
 どうしても行かないと駄目な場合は、マスクをつけての訪問になって…。
(罹った人の方も、うつさないようにマスクをつけて…)
 用事が済んだら、ハーレイは直ぐに帰ってゆく。
 「では、これで」と挨拶をして、「お大事に」と見舞いの言葉を置いて。
(お見舞いも、持って行くんだろうけど…)
 けして長居をすることは無いし、病人の家を後にしたなら、家に帰ってウガイをする。
 家に帰る前に寄りたい所があっても、「今日は駄目だ」と、真っ直ぐ家へ。
(病気のウイルス、くっついていたら、いけないもんね…?)
 用心のためにウガイと手洗い、とブルーにも、よく分かっている。
 生まれた時から弱い身体は、そうしないと、すぐに風邪を引いたりするものだから。
(ハーレイだって、それと同じで…)
 病人の家に見舞いに行くなら、マスクをつけて、家に帰ればウガイに手洗い。
 仕事だったなら、そこまでしてでも、病人の家に行くだろうけれど…。
(ぼくが病気になっただけなら、ハーレイ、家には来なくって…)
 母に見舞いの品を託して、玄関先で帰ってしまう。
 「生徒にうつすと大変ですから、ブルー君には会えないんです」と、頭を下げて。


(そんなの、ホントに困るんだけど…!)
 三日目くらいで泣き出しちゃうよ、と心が持たない自信がある。
 言葉としてはおかしいけれども、「絶対、持つわけないんだから!」と。
(パパとママの前では我慢するけど、ベッドの中では、涙でグシャグシャ…)
 枕だって、きっと、びしょ濡れだよね、と考えただけで涙が出そう。
 「そんなの嫌だ」と、「寝込んでる時に、ハーレイに会えなくなるなんて!」と。
 けれど本当に、今日までは「運が良かっただけ」だということもある。
 この先はまるで分からないから、本当に酷い風邪を引いたり、うつる病気に罹ったりして…。
(ハーレイに、ホントに避けられちゃって…)
 ベッドで泣く羽目になっちゃうのかも、と泣きたい気持ちになってくる。
 「避けられちゃったら、どうしたらいいの?」と、不安がぐんぐん膨らんでゆく。
 どんなに「嫌だ」と叫んでみたって、罹った時には、そうなってしまう。
 ハーレイの仕事は教師なのだし、ブルーを優先したりはしない。
(同じ病気を貰っちゃダメだ、って、ぼくの病気が治るまで…)
 ハーレイは、この家を避けて通って、お見舞いに来ても「ブルー」を避ける。
 見舞いの品を持って来たって、「ブルー君に」と母に渡して、玄関までしか来てくれない。
 二階の部屋の窓を見上げてくれても、きっと、そこまで。
(早く治せよ、って手を振っただけで、停めておいた車に乗り込んで…)
 真っ直ぐ帰って行ってしまって、話の一つも出来ないのだろう。
 二階の窓と玄関先では、うんと大きな声を出さないと、会話なんかは無理だから。
(お隣さんにも迷惑だろうし、第一、大きな声なんて…)
 出して話をするとなったら、いつものようには話せない。
 両親や近所の人が聞いていたって、何の問題も無いことだけしか喋れはしない。
(早く治せよ、ってハーレイが言って、ぼくが「うんっ!」て答えるくらいしか…)
 出来ないよね、と分かっているから、どうにもならない。
 病気が治ってくれない間は、ハーレイに「避けられた」状態のまま。
 避けられる方は、辛いのに。
 ハーレイにしても、「ブルーを避ける」のは、平気ではないとは思うけれども…。
(避けるしかないから、避けられちゃって…)
 避けられちゃったら、ホントに泣いちゃう、と恐ろしい。
 「嫌だよ、罹りたくないよ」と、ハーレイに避けられるような病気に罹った時を想像して。
 これから先の未来の何処かで、「罹っちゃうかも」と震え上がって。


 絶対に罹りたくないよ、と祈っていたって、罹る時には罹るだろう。
 学校を休んで、家で寝込んで、ハーレイが来てもくれない病気。
(…神様、お願い…)
 どうか罹りませんように、と聖痕をくれた神様に必死に祈る間に、ハタと気付いた。
 「これって、一生、続くんだよね?」と。
 今だけでなくて、結婚出来る十八歳を迎えて、ハーレイと暮らし始めた後も…。
(ハーレイの仕事は、学校の先生なんだから…)
 そう簡単には休めない上、学校に病気も持ち込めない。
 もしも「ハーレイと一緒に暮らすブルー」が、酷い風邪だの、うつる病気に罹ったら…。
(ハーレイ、ぼくを避けるんだよね…?)
 おんなじ家で暮らしていても、と愕然とする。
 もちろん、ブルーが寝込んでいたなら、ハーレイは世話をしてくれるけれど…。
(ぼくに近付く時はマスクで、食事も、一緒に食べるのは駄目で…)
 ブルーの分だけ、トレイに乗っけて、部屋まで運んで来るのだろう。
 「しっかり食べて、早く治せよ」と食べさせてくれても、ハーレイの顔はマスクつき。
 優しい笑みもマスクに隠れて、目元だけしか見えないまま。
(寝る時も、部屋はきちんと分けて…)
 添い寝さえもしてくれないんだよ、と未来の自分が目に見えるよう。
 ハーレイに距離を置かれてしまって、途方に暮れる「病気に罹ったブルー」。
 ただの風邪なら、ハーレイは、そこまでしないだろうに。
(そんな風に、毎日、避けられちゃったら…)
 治るのも、うんと遅くなりそう、と思うものだから、それは勘弁願いたい。
 酷い風邪だの、うつる病気に罹ってしまって、ハーレイに避けられてしまう未来は。
(神様、罹りませんように…)
 お願いだから、とブルーは懸命に祈る。
 ハーレイと一緒に暮らしていたって、避けられてしまう、怖い未来がありそうだから…。



            避けられちゃったら・了


※ハーレイ先生がブルー君を避けることなど、有り得ないように見えても、あるのです。
 学校の生徒にうつりそうな病気に、ブルー君が罹ってしまった時。罹りたくない、ブルー君v









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「…ックション!」
 クシャン、とハーレイの口から、立て続けにクシャミが飛び出した。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で寛いでいた真っ最中。
 幸いなことに、コーヒーが零れはしなかった。
 丁度、机に置いた所で、いきなり揺れはしなかったから。
「おっと、危ない…」
 危うく零すトコだった、と愛用のマグカップを眺める間に、次のクシャミは出なかった。
 どうやら二つで収まったらしく、鼻や喉にも違和感は無い。
「よし、二つだったら大丈夫だな」
 三つ出たなら風邪だと言うが…、とハーレイはホッとした。
 そろそろ風邪の季節が近いし、気を付けないと、と気を引き締める。
 ウッカリ引いてしまおうものなら、何かと厄介になるのが風邪というもの。
(仕事だけなら、マスクで出掛けて、なんとかなるが…)
 そうそう熱は出ないからな、と体力には充分、自信があった。
 学生時代に風邪を引いても、自宅でトレーニングを欠かさなかったほど、丈夫ではある。
 しかし「自宅で」というのがポイント、いつものように練習に行けはしなかった。
 他の仲間に風邪をうつしたら、迷惑をかけてしまうことが確実なのだし、行ってはいけない。
 試合を控えている者もいれば、大事な試験や選考が近い者たちもいたのだから。
(風邪を引いたら、実力を発揮出来ない上に、場合によっては門前払いで…)
 試合とかに出られなくなっちまうんだ、と昔の自分を思い出す。
 そうした仲間にうつさないよう、トレーニング出来る体力はあっても、あくまで家で。
 家の中でストレッチや筋トレをしたり、外気に晒される広い公園まで走りに行ったり、と。
(…今でも、それでいけるんだがなあ…)
 柔道部の指導はマスクをつけて、生徒から距離を取りさえすれば、問題は無い。
 授業も同じで、教室の中ではマスクを外さず、クシャミの飛沫を飛ばさなければ、うつさない。
 今までの教師生活はずっと、それで乗り切って来たのだけれど…。
(問題は、あいつなんだよなあ…)
 うつしちまったら大惨事だぞ、と小さなブルーを頭の中に思い浮かべる。
 前の生でもブルーは身体が弱かったけれど、今度も虚弱に生まれてしまった。
 風邪など引いてしまったが最後、一週間ほどは学校を休まなければならないだろう。
(なんと言っても、この俺がだ…)
 引いちまうほどの風邪なんだしな、と考えただけで恐ろしい。
 生半可な風邪のウイルスではなく、相当、強いに違いない。
 元気な柔道部員が引いても、三日くらいは欠席しそうなほどに。


 そういう風邪を引いた身体で、ブルーの家には、とても行けない。
 学生時代の比ではないほど、距離を取らねばならないだろう。
(ブルーのクラスで授業はしても、その後は…)
 長居をしないで、急いで廊下に出なければ。
 教室よりかは廊下の方が、空気の通りがいい場所ではある。
 学校の空調は万全とはいえ、やはり安心材料が欲しい。
 換気が出来ていればいるほど、感染のリスクは下がるのだから。
(でもって、廊下に出た後も…)
 質問をしたい生徒たちとの会話が済んだら、サッサと引き揚げてしまうのがいい。
 でないと、ついつい、他の生徒と話が弾んで、学校が終わってしまった後で…。
(家に帰ったブルーがションボリ、肩を落として泣きそうな顔で…)
 俺と話が出来なかったと嘆くんだ、と分かっているから、長居は禁物。
 他の生徒たちがハーレイを囲んでいる時、ブルーはいつでも、遠慮がちにしているものだから。
(俺が風邪さえ引いていなけりゃ、部活が終わった後でだな…)
 ブルーの家に寄れば問題無いのだけれども、風邪を引いた身では、そうはいかない。
 虚弱なブルーにうつさないよう、真っ直ぐ自分の家に帰って、風邪を治す努力を重ねるだけ。
(体力をつけて治すしかないのに、体力自慢の俺ではなあ…)
 これ以上、どうすればいいんだか、と溜息が零れそうになる。
 「風邪に効く」という食事や飲み物、それを取り入れて、自然に治ってくれる時まで…。
(待つしかないのが、辛いんだが…)
 ブルーの方は、もっと辛いな、と容易に想像がつく。
 「ハーレイが来ない」理由が何か、ブルーが気付かないわけがなくても、心は違う。
 頭では理解出来ていたって、気持ちは、そうそう、ついてゆかない。
(…今日はハーレイと話せてないよ、と落ち込んじまって、涙ぐんだりしそうだし…)
 他の生徒と歓談するのは禁止だ、禁止、と自分自身に言い聞かせる。
 「風邪を引いちまってマスクになったら、授業の後には、サッサと引き揚げて来るべきだ」と。
 ブルーにうつしてしまわないよう、距離を取るのが「ブルーのため」。
 それは間違いないのだけれども、きっと、ブルーは…。
(俺に避けられたような気分になってしまって、毎日、うんと落ち込んで…)
 ポロポロ泣いたりするんだろうな、と思うものだから、風邪を引くのは遠慮しておきたい。
 これからの季節は予防に努めて、柔道部の生徒や同僚が引いてしまった時にも、要注意。
(同じ空気を吸った以上は、食ったり、飲んだりする前に…)
 ウガイと手洗いは欠かせないな、と肝に銘じる。
 以前だったら、そこまで神経質になる必要は無かった暮らしだけれども、今では違う。
 虚弱なブルーに出会ったからには、全力でブルーを守らなければ。
 風邪のウイルスからはもちろん、ブルーの繊細な心の方も。


(迂闊に引いてしまおうモンなら、ブルーも気落ちしちまって…)
 気分が落ち込んでしまった時には、抵抗力なども落ちてしまって、ブルーの身まで危険になる。
 ハーレイが引いたのとは違うウイルスを、何処かで貰ってしまうとか。
(学校って所は、そういう意味では危ないからなあ…)
 まさにウイルス天国なんだ、と長い教師生活でよく知っている。
 風邪でなくても、「感染する」病気に誰かが罹れば、巻き添えの生徒が出たりする。
 最初に休んだ生徒の欠席届が出てから、一人、二人と休んだりして。
(机が隣り合わせだったとか、一緒に昼飯を食ったとか…)
 原因が「普段の学校生活」だけに、完全に防ぐ手立てなど無い。
 その学校に「虚弱なブルー」が通うのだから、抵抗力が落ちていたなら、ひとたまりもなく…。
(罹っちまって、欠席届で…)
 ハーレイの風邪が治った頃にも、ブルーは休んでいるかもしれない。
 学校に来られる体力は無くて、家のベッドで本を読んだりしているだけで。
(本を読める程度になっているなら、マスクにお別れした俺が…)
 見舞いに出掛けて、前のブルーの好物だった野菜スープを作ってやれるし、話も出来る。
 けれど、すっかり寝込んだままなら、それもままならないかもしれない。
(お母さんに見舞いの品を届けて、玄関先で失礼するしかないかもなあ…)
 そうなっちまったら、何日くらい会えないんだか…、と背筋が冷たくなりそう。
 ハーレイでさえも寂しくなるほど、長い間の「ブルーに会えない」期間。
 ブルーの方では、それどころではないだろう。
 目を覚ます度にキョロキョロ見回し、「ハーレイ先生、来てくれた?」と母に訊くのだろうか。
 「お見舞いを持って来てくれたんなら、どうして起こしてくれなかったの?」と。
 窓から顔を眺めるだけでも良かったのに、と残念そうなブルーの姿が見える気がする。
 ベッドから起きるのが精一杯の身体のくせに、貼ってでも窓辺に行きそうなブルー。
 「此処にいるよ」と、ハーレイに向かって手を振りたくて。
 見舞いの品が何か、まだブルーには分からなくても、「持って来てくれてありがとう」と。
(……そうなっちまうのは、勘弁願いたいからなあ……)
 ブルーも俺も、と肩を竦めて、「用心しろよ」と自分に言い聞かせる。
 「さっきのクシャミは違ったようだが、たまたま幸運だったに過ぎん」と。
 本当に風邪を貰っていたなら、明日からの日々は、今、考えていた通りになっていただろう。
 マスクをつけて学校に出掛けて、帰りもブルーの家には寄れない。
 ブルーの身体の安全のために、ブルーと暫く、距離を置く。
 そうする間のブルーの心は、寂しさ一杯、避けられたような気持ちになるだろうけれど。
 「ぼく、ハーレイに避けられちゃってるみたいな感じ…」と、毎日、溜息ばかりで。


 そいつはマズイ、と承知しているから、風邪に気を付けて過ごさねば、と心から思う。
 学生時代の自分以上に、「今の自分」は「風邪を引いたら、大変」らしい。
(…ブルーの心を傷付けちまって、抵抗力まで落としちまうし…)
 風邪など引くんじゃないぞ、ハーレイ、と自分自身を叱咤していて、ふと考えた。
 「これが逆だと、どうなんだかな?」と。
 自分が「ブルーを避ける」のではなく、ブルーの方が「ハーレイを避ける」。
 そんなことなど、まず有り得ないし、前の生でも一度も無かった。
 けれど、この先、長い長い時を、ブルーと一緒に生きてゆく。
 シャングリラという狭い世界とは違う、青く蘇った水の星の上で、二人で暮らす。
 前の生では思いもよらない、とんでもない事態に見舞われることもあるだろう。
 命が危ないわけではなくて、もっと平和なトラブルの類。
(…そういや、俺たちが住んでる地域には、いない動物で…)
 だが、当たり前にいる地域もある凄いのが…、とハーレイの頭に浮かんで来た。
 前の生でも耳にしていた、とても迷惑らしい生き物。
(…スカンクってヤツが、家の庭に住み着いちまってて…)
 此処は自分の縄張りなんだ、と主張することが頻繁にあるらしい。
 他人様の家の庭に住んでいるくせに、庭の持ち主が知らずに巣などに近付いたなら…。
(あっちに行け、と臭いオナラを…)
 遠慮なくお見舞いするらしいよな、と今の生でも聞いている。
 今の地球では、スカンクがいる地域だったら、その手の事件は珍しくもない。
 そしてスカンクに、一発、オナラをお見舞いされたら…。
(うんと臭くて、服を着替えても、風呂に入っても、まるで匂いが取れなくて…)
 ケチャップで洗うといいらしい、などのアイデアが披露されている。
 今の時代は、もっとよく効く消臭剤もあるのだけれども、使う人間は殆どいない。
 「スカンクに一発、お見舞いされる」のは、地球が昔の姿に戻った証拠。
 全身、臭くなってしまっていたって、庭の持ち主は許してしまう。
 「家の庭でスカンクが暮らしているのは、いい庭だからこそなんだ」と、自慢もして。
 そうは言っても、臭いことには違いないから、この家の庭に…。
(スカンクが住んでて、俺が一発お見舞いされたら、すっかり臭くなっちまって、だ…)
 流石のブルーも逃げるかもな、と愉快な気分になって来た。
 もしもスカンクにやられてしまって、ブルーに「臭い!」と避けられたなら…。
(追い掛けて行って、捕まえるのも素敵じゃないか)
 避けていないで、お前も仲間になろう、とスカンクの匂いを分けてやるために。
 「風邪のウイルスとかはダメだが、匂いは問題無いだろうが」と、ギュッと抱き締めて。
 ブルーが必死に逃げようとするのも、きっと最高に楽しいだろう。
 前の生では一度も無かった、「ブルーに避けられる」という事態も、きっと…。



            避けられたなら・了


※ハーレイ先生が風邪を引いたら、ブルー君とは距離を取るしかない現実。うつしたら大変。
 避けているように見えるのですけど、ブルー君の方が避ける事態も、今の地球ならありそうv









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