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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(…ぼく、前のハーレイに…)
 悪いことをしちゃったよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛したハーレイ。
 青く蘇った水の星の上で、再び巡り会えたけれども、前のハーレイは大変だった。
 前のブルーがいなくなった後、白いシャングリラを地球まで運んで行ったハーレイ。
 ジョミーを支えて、仲間たちの箱舟を守り続けて、その人生は地球で終わった。
 燃え上がる地球の地の底深くで、崩れ落ちて来た瓦礫に押し潰されて。
(…でも、ハーレイは、そんな中でも…)
 カナリヤの子たちを見付けて、長老たちと力を合わせて、シャングリラへと送り届けた。
 その後、フィシスも船に送って、ハーレイは死んでいったのだけれど…。
(…ホントに、ごめんなさい、としか…)
 言えないよね、と胸が締め付けられる。
 瓦礫の下敷きになった死に様も悲惨だけれども、それよりも前が、遥かに酷だったと思う。
 今のハーレイは、さほど口にはしないとはいえ、何度も聞いた。
(…前のぼくを失くして、一人ぼっちで…)
 生ける屍のような人生だった、と今のハーレイは笑っているけれど…。
(笑えるのは、今のハーレイだからで…)
 そういう人生を送った「前のハーレイ」の方は、笑うどころではなかったろう。
 たまには笑う時があっても、仲間たちの前で見せる笑顔ほどには、笑えてはいない。
 夜に自分の部屋に戻れば、じきに気付いて孤独になる。
 「此処にブルーは、もういないんだ」と、一人きりの部屋を見回して。
(前のぼくが生きていた時だったら、元気な頃は…)
 しばしばハーレイの部屋を訪ねて、そのまま居座ったりもした。
 身体が弱ってしまった後にも、何度も出掛けて過ごしていた。
(ジョミーが来た後、十五年間も青の間で眠っていたけど…)
 その間だって、ハーレイは「ブルーに会う」ことが出来た。
 語り掛けても返事は無くて、何の反応も返らなくても、ブルーは「いた」。
 ハーレイが青の間に行きさえしたなら、当たり前のように存在していたのが「ブルー」。
 けれども、いなくなった後には、もはや何処にも「いなかった」。
 前のハーレイは、たった一人で「取り残された」。
 ブルーを追ってゆくことも出来ず、白いシャングリラに縛り付けられて。


 前のハーレイを船に「縛った」のは、前のブルーの遺言だった。
 メギドに向かって飛び立つ前に、ハーレイにだけ、思念で伝えた言葉。
 「ジョミーを支えてやってくれ」に加えて、「頼んだよ、ハーレイ」と念まで押して。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
 魂が死んでしまったような身体で、白いシャングリラを、ジョミーを支えた。
 本当に最後の最後まで、前のハーレイは「キャプテン」だった。
 カナリヤの子たちを送り出す前も、子供たちを懸命に慰めていたと聞くから。
(…ホントに、ごめん…)
 前のぼくなんか、忘れて生きていてくれればね、と思ってしまう。
 残した言葉は、忘れて貰っては困るけれども、「ブルー」を忘れてくれていたなら、と。
(…忘れて、うんと前向きに…)
 切り替えて生きていってくれれば、前のハーレイの人生は楽になったろう。
 託された役目は重いとはいえ、重荷は「その分」だけしかない。
 ジョミーを支えて、船を守って、明るく生きてゆく道もあった。
 そちらの道を選んでくれれば、本当に、ずっと楽だった筈で、それを思うと辛くなる。
(…前のぼくの言い方、悪かったかな…)
 もっと違う言葉で伝えていれば…、と首を捻ったけれども、多分、そうではないだろう。
 どんな言葉を選んでいたって、前のハーレイは「ブルー」を忘れはしなかった。
 最後まで想って、想い続けて、今また、「ブルー」と巡り会えるまで、忘れないまま。
 青い地球の上に生まれ変わって、再び「ブルー」と出会う時まで。
(…ちゃんと覚えていてくれたから、会えたんだよね?)
 きっとそうだ、と思うけれども、ハーレイの方が忘れていたって、会えたろう。
 ブルーの方が覚えていたなら、必ず、巡り会えたと思う。
 前のハーレイが気持ちを切り替え、「ブルー」のことは忘れていても。
 たまに思い出す時があっても、「懐かしい思い出」に変わっていても。
(…ぼくさえ、忘れなかったなら…)
 絶対、会えていたと思うよ、と確信がある。
 前の自分は、メギドで最期を迎える時まで、「ハーレイを忘れなかった」から。
 もっとも、前のハーレイの方とは、少し事情が違うけれども。


(…キースに撃たれた痛みのせいで…)
 最後まで持っていたいと願った、前のハーレイの温もりを失くしてしまった。
 ハーレイに「遺言」を伝える時に、ハーレイの身体に触れた右手に残った温もり。
 それさえあったら、ずっと一緒だと思っていた。
 ハーレイとの絆さえ切れなかったら、きっと永遠に離れないのだ、と。
(…ぼくの身体は死んでしまっても、魂は、ずっと…)
 ハーレイの側に寄り添い続けて、前のハーレイの生が終わる時まで、離れはしない。
 前のハーレイが命を終えたら、その魂と共に旅立つ。
 二人とも生きている間には叶わなかった、「二人で暮らせる」場所を目指して。
(…そうなるんだ、って思ってたのに…)
 前の自分は、ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら死んでいった。
 「もうハーレイには、二度と会えない」と、絶望の淵に突き落とされて。
 ハーレイとの絆が切れてしまった悲しみの中で、冷たく凍えた右手をどうすることも出来ずに。
(…あんなことになっても、ハーレイのことを…)
 前のぼくは忘れなかったものね、と思い返して、ハタと気付いた。
 確かに、前の自分は「最期まで」、前のハーレイを忘れなかったけれども…。
(…同じように、ハーレイを忘れなくても…)
 形は違っていたのかも、と首を傾げる。
 もしも、キースに撃たれなかったら、どうだったろう。
 「ハーレイの温もり」を失くすことなく、最後まで持っていたならば。
(…ハーレイのこと、忘れないよ、って…)
 この絆は、切れやしないんだから、と笑みまで浮かべて死んでいたなら、その後は…。
(…前のハーレイを探しに、一直線に…)
 魂は、宇宙を駆けていたことだろう。
 白いシャングリラが何処にいようと、前の自分なら、きっと探せる。
 メギドからも、ジルベスター・セブンからも遠く離れた、遠い場所へワープしていても。
(あれだ、って直ぐに見付け出して…)
 ただ真っ直ぐに、船を目指して飛んでゆく。
 前のハーレイの側にいたくて、たまらなくて。
 死んで魂だけだったならば、ハーレイの側に立っていたって、誰も気付きはしないだろう。
(気付いちゃう人がいそうだったら…)
 少しエネルギーを落としさえすれば、気付かれはしない。
 「あれっ?」と気配を感じたとしても、ほんの一瞬のことで、「気のせいか」で済む。
 ハーレイの側で静かに過ごして、ハーレイが生を終えたなら…。
(一緒に行こう、って…)
 手を差し伸べて、ハーレイと二人で旅立っていって、ハッピーエンドになりそうな感じ。
 それをハッピーエンドと呼ぶかは、また別にしても。


 そういう最期を迎えていたなら、前の自分とハーレイの恋は、どうなったろう。
 どんなに悲劇的な最期であっても、その後、満足していたのならば、ハッピーエンド。
 「めでたし、めでたし」で終わる物語で、そこから先は書かれはしない。
(…二人は幸せに暮らしました、って…)
 締め括られて、其処までになる。
 前の自分とハーレイの恋も、もしかしたなら、そうなったろうか。
 ハーレイの温もりを失くすことなく、最後まで持っていたならば。
 永遠に切れない絆を手にして、笑みさえ浮かべて死んでゆく最期だったなら。
(…前のハーレイを乗せた船を追い掛けて、ずっと側にいて…)
 二人一緒に旅立ったのなら、思い残すことなど、何処にも無い。
 前のハーレイと幸せに暮らして、その内に、生まれ変わっただろう。
 きっと二人の絆はあるから、生まれ変わっても、また巡り会えて、恋をする。
 次の生では、人ではなかったとしても。
(…うん、きっと…)
 犬や猫や鳥に生まれていたって、ハーレイを見付け出せると思う。
 ハーレイの方でも「ブルー」を見付けて、新しい命を生きてゆく。
 鳥であっても、犬や猫でも、絆は切れはしないのだから。
(…だけど、人間だった時には…?)
 今みたいに思い出せるのかな、と疑問が涌いた。
 鳥や猫なら、前の生の記憶を持っていたって、さほど問題はないだろう。
 ハーレイと出会って、また恋をしても、二人で一緒に暮らしていても。
(…鳥や猫なら、人間とは違う社会だし…)
 前の生での記憶なんかは、大した意味を持ってはいない。
 「ソルジャー・ブルー」が鳥に生まれても、何が出来るというわけでもない。
 前のハーレイにしても同じで、「キャプテン・ハーレイ」の知識は役に立たない。
 航路を読むのと、鳥が巣を作る場所を決めるのは、全く違う。
(ぼくもハーレイも、雄なんだろうし…)
 巣は要らないとは思うけれども、安全な場所を見付けることは重要になる。
 二人一緒に「安心して、夜を過ごせる」所を探す時には、航路設定の手法なんかは…。
(全く、役に立たないし…)
 意味が無いから、鳥の社会なら、前の記憶はあってもいい。
 普通の鳥として暮らしてゆけるし、困りはしない。
 けれど、人間に生まれ変わるのならば…。


(全部、消えちゃう…?)
 前のブルーとしての記憶は、すっかりと消えてしまいそう。
 もちろん「前のハーレイ」の方も、綺麗に忘れていることだろう。
(ぼくに聖痕が現れるまで、今のハーレイ、なんにも思い出さないままで…)
 今の生を満喫していたのだから、記憶が戻った切っ掛けは「ブルー」。
 聖痕が現れたことが引き金、それが無ければ「思い出さない」。
 つまりは「ブルー」に「聖痕がある」こと、それが「互いに思い出す」ための条件になる。
(ぼくにしたって、聖痕が出るまで、前の記憶は無かったんだし…)
 そのままで生きていったとしたって、何の支障も無かっただろう。
 今も名前は「ブルー」だけれども、それだけのこと。
 前の自分が口にしていた「ただのブルー」で、同名の人間がいるに過ぎない。
 姿形がそっくり同じで、他人とは思えないほどであっても、記憶が無いならそうなってしまう。
(…そんな今のぼくが、今のハーレイと出会っても…)
 一目で恋に落ちたとしても、前の記憶は戻って来ない。
 永遠に切れない絆に引かれて、また巡り会えた「運命の恋人同士」の二人なだけで。
(…だって、人間なんだしね…)
 前の生での記憶なんかは、普通に暮らしてゆくのだったら「不要」だろう。
 たとえ「ソルジャー・ブルー」であろうが、まるで全く意味などは無い。
 むしろ生きるのに差し支えそうで、だからこそ人は「前の生など、覚えてはいない」。
(きっと、キースやジョミーにしても…)
 そんな具合に生まれ変わって、また去って行っているのだろう。
 地球ではなくて違う星でも、その星で暮らす「新しい生」を満喫して。
 「前の自分」が何者だったか、少しも思い出しもしないで。
(…ぼくとハーレイが、何もかも思い出せたのは…)
 聖痕が現れたお蔭なのだし、前の自分が「忘れなかった」せいだと言える。
 前のハーレイを愛したことを、「何処までも共に」と誓ったことを。
(…なのに、温もりを落としてしまって…)
 「絆が切れた」と泣きじゃくりながら最期を迎えたことが、忘れなかった理由で、原因。
 二度と会えないと思ったからこそ、全身全霊でハーレイを求め続けて、そのままで逝った。
 けして満足したりはしないで、ハーレイに未練を残したままで。


(…あの時、ぼくが「これで良かった」って、満足しちゃって…)
 笑みさえ浮かべて死んでいたなら、今の「前の生を知る」ブルーはいなかったろう。
 「前の生を知る」ハーレイもいなくて、恋人同士の二人が仲良く地球の上にいるだけ。
 それはそれで幸せな生き方だろうし、普通はそうなるものだけれども…。
(やっぱり、覚えていた方がいいに決まってるよね?)
 絶対にそう、という気がするから、前の自分の悲しい最期に感謝せずにはいられない。
 前の自分が満足して死んで行っていたなら、今の幸せな日々は無いから。
 ハーレイに未練を抱きはしないで「忘れていたなら」、記憶は戻って来なかったから…。



            忘れていたなら・了


※今のブルー君とハーレイ先生に、前の生の記憶がある理由は、聖痕なのですけれど。
 もし、前のブルーが未練を残さずに死んでいたなら、前の生の記憶は戻っていないのかもv







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(前の俺の人生、最後は悲惨だったよなあ…)
 最期じゃなくて、最後の方だ、とハーレイがふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 前の自分の「最期」だったら、今の時代は多くの人が知っている。
 燃え上がる地球の地の底深くで、前のハーレイの命は尽きた。
(カナリヤの子たちを、皆でシャングリラへ送り出して…)
 一緒にフィシスも送り届けたから、ハーレイたちの最期は後の時代まで伝わった。
 恐らく、瓦礫の下敷きになって死んでいったのだろう、と。
(そいつは確かに、間違いなくて…)
 だから「悲惨な最期だった」と、聞いた人なら誰でも頷く。
 ハーレイ自身も、それに異を唱えるつもりなど無い。
 けれど、後から思い出してみても、もっと悲惨だという気がするのが「晩年」だった。
 人の寿命が尽きる前の頃を指すのが「晩年」だから、晩年と呼んでもいいだろう。
 前のハーレイの長い寿命からしても、最後の「悲惨な頃」は充分、晩年と言える。
(…瓦礫に押し潰されて死ぬのは、ほんの一瞬だったが…)
 晩年は、もっと長かった。
 前のブルーを失くした後に過ごした年月、それが丸ごと「悲惨な」晩年。
 なにしろ生ける屍となって、ただ「生きていた」だけだった。
 前のブルーが最後に残した言葉の通りに、ジョミーを支えて、白いシャングリラを守っただけ。
 ミュウの箱舟を「無事に地球まで運んでゆくこと」、それがブルーが望んだこと。
 だから「仕方なく」生きていただけで、魂はとうに死んでいた。
 前のブルーがいない世界で生きてゆくことに、何の意味があるというのだろう。
 夢も希望も全て失くしていたようなもので、望みは「ブルーに会う」ことだけ。
 いつか命が終わる時が来たら、ブルーの許へ旅立てる。
 その日が来るまで、生きて生き続けて、白いシャングリラを守り続けるだけの人生。
(…あれに比べたら、死んだことなど…)
 悲惨ではなくて、逆に「解放」でもあった。
 「これでブルーの許へゆける」と、心は晴れやかだったから。
 唇に微かな笑みさえ浮かべて、前の自分は地の底で死んでいったから。


 そうしてブルーと何処で出会ったのか、今のハーレイは覚えていない。
 長い長い時を飛び越えた先で、再びブルーに「巡り会えた」今を生きている。
 まるで奇跡のような話で、実際、ブルーは「聖痕」という奇跡を身体に現わした。
(お蔭で、俺の記憶も戻って…)
 とても幸せな毎日だから、前の自分の「悲惨な最後」は、綺麗に帳消しされてしまった。
 生ける屍だった時代は、遥か彼方に流れ去ったし、気にしてはいない。
 引き摺るつもりも無いのだけれども、もしも「悲惨な時代」が無ければ、どうだったろう。
(…前向きに生きる、って言うからなあ…)
 前の自分の残りの人生、それを「前向きに」生きていたなら、全ては変わっていたろうか。
 魂が死んでしまわないよう、切り替えて生きていたならば。
(…ブルーを失くして、もう悲しみしか無かったんだが…)
 前のブルーが望んでいたのは、「そのように生きる」ことではなかった筈だ。
 生まれ変わって来た今のブルーも、何度も「ごめんね」と謝るのだから、そうだろう。
(あいつのことは、キッパリ忘れて…)
 「今を生きる」ことに全力集中、それがブルーの望みだったに違いない。
 そうでなければ、あんな言葉を残しはしないし、前のハーレイを縛りもしない。
 「屍のように生きていけ」などと、前のブルーが言う筈もない。
(…要するに、前の俺が自分で勝手に…)
 悲惨な晩年を「作り出した」だけで、その気があったら、結果は違っていただろう。
 ジョミーを支えて、ミュウの仲間の相談に乗って、戦略も積極的に立てる充実した生。
 それが「キャプテン・ハーレイ」の晩年、自分自身でも「生き生きと」日々を生きてゆく。
(…きっと、ブルーは…)
 そっちを望んでいたのだろうな、と思うものだから、情けない。
 「前の俺の心が弱すぎたのか」と、溜息までが零れてしまう。
 失くした恋人を想い続けて、未練がましく生きていたのが「悲惨な晩年」の正体らしい。
 もっと心を強く持てたら、輝かしい晩年になっただろうに。
(…今のあいつにも、うんと自慢が出来るくらいに…)
 大活躍をした「キャプテン・ハーレイ」、そういう姿を誇れたと思う。
 もっとも、後世まで残る「キャプテン・ハーレイ」の方は、「そういう人物」なのだけど。
 生ける屍だったことは「誰も知らないまま」で時が流れて、そうなった。
 最後まで「キャプテンらしく」生き続けて、カナリヤの子たちまで助けたのだ、と。
(そりゃまあ、なあ…?)
 そうには違いないんだが、と苦笑する。
 カナリヤの子たちが泣いているのを発見した時、優しい声で語り掛けて安心させた。
 「もう大丈夫だ」と、それは「キャプテン・ハーレイ」らしく。


 今にして思えば、あの時、冷静でいられた「自分」は、最期を悟っていたのだろう。
 「もうじき死ねる」と、地の底深くで死んでゆくのを確信していて、落ち着いていた。
 ブルーの許へと旅立てる時が近いのだから、魂も蘇りつつあったのかもしれない。
 じきに自由になれるのだから、と「すっかり、元のハーレイ」になって。
(…そうだったかもな…)
 だとすれば、最後は少しは幸せだったのかもな、と可笑しくなる。
 悲惨な晩年だったけれども、最後の最後で「ハーレイらしく」生きられたなら。
(…カナリヤの子たちを見付けた時は…)
 この子供たちを助けなければ、と前向きな心しかありはしなかった。
 「もうすぐ死ねる」と何処かで思って、地の底を目指していたというのに、忘れていた。
 前のブルーを追ってゆくことも、追ってゆける時が近付いたことも。
(…するとだな…)
 もしも、と思考が別の方へと向いた。
 前の自分が「ブルーを忘れて」生きていたなら、どうなったろう、と。
(…前のあいつの望み通りに、綺麗サッパリ…)
 引き摺ることなく、きちんと切り替え、前向きに残りを生きていったら、どうなったのか。
(…思い出すことくらいは、あるんだろうが…)
 普段は「生き生きと」生きているなら、前のブルーに「未練は無かった」ことになる。
 常に追い続けて、想い続けて生きてゆくのとは全く違う。
 そうやって生きた「キャプテン・ハーレイ」、その「ハーレイ」が死んだ後にはどうなるか。
(…真っ直ぐ、あいつのいる所まで…)
 飛んでゆくのには違いなくても、其処で「おしまい」かもしれない。
 やっと出会えて「めでたし、めでたし」、前のブルーとハーレイの恋の物語は終わりになる。
 ハッピーエンドで完結するから、その先のことは、もう描かれない。
 どんな具合に二人で幸せに暮らしたのかは、昔話や、おとぎ話に「書かれはしない」。
 幸せなのに決まっているから、その先などは「もう要らない」。
 二人で一緒に暮らしてゆけたら、充分というものだから。
(…そうなるとだな…)
 其処で終わっていたんじゃないか、とハーレイは顎に手を当てた。
 「今のブルーと、俺の物語は、無かったのかもしれないぞ」と。
 大満足のハッピーエンドを迎えたのなら、次の人生を青い地球まで来て続けても…。
(前のことなど、思い出さずに終わっちまって…)
 生まれ変わったブルーに会っても、お互い、そうとは気付かないまま。
 また巡り会って恋に落ちても、一緒に暮らし始めたとしても。


(絆はあっても、忘れていたら…)
 そういうことになっちまうよな、とマグカップを指でカチンと弾く。
 ブルーとの間に「いつまでも切れない」絆があっても、引き摺らなければそうなるだろう。
 「前のブルー」にこだわらないなら、物語の続きは「別の形」で描かれてゆく。
 青い地球の上に生まれ変わって、ある日、出会って、一目惚れ。
 けれど互いに「前の生」など覚えていなくて、最後まで思い出さないまま。
 そういう二人になっていたかもしれないわけで、それでも幸せには「違いない」。
 互いのことが誰よりも好きで、他の相手など考えられない、似合いのカップルなのだから。
(…神様だって、そっちの方が楽だしなあ…)
 あれこれと手配しなくていいし…、と思うものだから、引き摺っていたのが良かったろうか。
 生ける屍のようではあっても、前のブルーを「忘れられずに」生きていたことが。
(…前の俺は最後まで、前のあいつを想い続けて…)
 カナリヤの子たちを救った後には、またしても「思い出して」いた。
 「これでブルーの所へ行ける」と、崩れゆく地球の地の底深くで、夢見るように。
 キャプテンの務めは終わったのだから、今度こそ、やっと自由になれる。
 魂を縛り付けていた身体が呼吸を止めて、心臓も鼓動を止めたなら。
 「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた器が消えたら、魂は飛んでゆけるだろう。
 先に逝ってしまった愛おしい人を求めて、真っ直ぐに空を駆けてゆく。
 真空の宇宙の更に彼方に、何処までも広がる天を目指して。
(あいつを見付けて、そして抱き締めて…)
 もう二度と手を離しはしない、と前の自分は思ったけれども、それから先が問題だった。
 ずっと天国で暮らすのだったら、ハッピーエンドの恋は永遠に続くけれども…。
(前のあいつなら、地球が青い星に戻ったことを知ったら…)
 行きたがるのに決まっている。
 「ハーレイ、一緒に地球へ行こう」と、「何度も約束したじゃないか」と繰り返して。
(そうなった時に、神様が願いを叶えてくれたら…)
 青い地球には行けたとしても、記憶は消えてしまうのだろう。
 「ブルー」だったことも、「ハーレイ」だったことも、新しい生には何の関係も無い。
 神が残してくれる筈がなくて、残るのは互いの絆だけ。
 巡り会って恋に落ちるというだけ、一緒に暮らしてゆくだけになる。
 「ハーレイ」も「ブルー」も、消えてしまって。
 新しい人生を生きる運命の恋人同士が、青い地球の上で巡り会うだけで。


 それはそれで、きっと正しい在り方だろう。
 多分、普通の「運命の恋人」同士は、何度も出会って恋に落ちるけれども、気付きはしない。
 前の自分が誰だったのか、恋の相手が前はどういう人間だったのかにも。
(それでも絆はしっかりあるから、この人と生きてゆくんだ、と…)
 一目で分かって、また新しい恋の物語を紡ぎ始めて、それが何処までも続いてゆく。
 「ハーレイ」と「ブルー」も、前は「そういう恋人同士」で、今が例外なのかもしれない。
 前の生で相手に未練を残して、忘れられずに最期を迎えたものだから。
(前の俺が、あいつを忘れていたら…)
 前向きに生きる道を選んでいたなら、人生、違っていたのかもな、と前の自分に感謝する。
 悲惨な最後だったけれども、前のブルーを「忘れない」ままで生きたから。
 最後までブルーを想い続けて、今の自分に恋の続きのバトンを渡してくれたのだから…。



             忘れていたら・了


※ハーレイ先生とブルー君。前の生の記憶があるのは、前の生で未練を残したからなのかも。
 忘れられないままで最期を迎えたせいで、今も覚えていたのかも、と思うハーレイ先生ですv








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(今日はハーレイに会えなかったけど…)
 きっと明日には会えるよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わってしまった、前の生から愛したハーレイ。
 学校でも姿を見掛けなかったし、運が悪かったのかもしれない。
 とはいえ、明日には会えるだろうし、明日が駄目でも、明後日がある。
 それに会えない日が続いたって、週末には会えるに違いない。
 「次の週末は予定が入って、来られないんだ」とは聞いていないから。
(だから待ったら、必ず会えるし…)
 そこは安心なんだけどね、と思う一方、少し寂しい。
 遠く遥かな時の彼方で生きた頃には、会えない日などは一日も無かった。
 ソルジャーとキャプテンが「会わずに終わる日」が、「あってはならない船」にいたから。
(…シャングリラは、閉じた世界だったし…)
 ミュウの箱舟とも言えた船だから、船の頂点に立つ二人の意志の疎通は大切。
 常に朝食を一緒に取るよう、決まりがあった。
(他愛ない話をしていた日の方が、多かったけどね…)
 大抵は、そういう日だったけれども、時には重要な相談もあった。
 キャプテンが多忙だった時には、朝食でしか顔を合わせられないほどになる。
 伝達事項も当然、増えるし、内容も深刻だったりもした。
(それでも、ちゃんと会えたんだよね…)
 今とどっちがいいのかな、と首を傾げてみたのだけれども、断然、今の方だろう。
 人間は全てミュウになったし、宇宙の何処にも戦争の欠片も無い世界。
 平和な時代に生きているから、会えない日があっても安心出来る。
 「きっと明日には」と思う「次の日」が、今は必ずやって来るから。
(…そういう明日を続けていったら、何処かでハーレイに会える日だって…)
 来てくれるのだし、待っていればいい。
 「会えなかったよ」と寂しく思う日が続いたって、いつかは会える。
 その「いつか」だって、そう遠くなくて、十日も空いてしまいはしない。
 せいぜい一週間といった所で、それだけの間、辛抱するのも今ならではの幸せだろう。
 前の生なら、会えなくなったら、もう其処で「終わり」だったから。
 メギドへ飛んで行った後には、ハーレイには二度と会えはしなくて、それっきりで。


 そうやって終わる筈だったけれど、青い地球の上に生まれて来た。
 新しい命と身体を貰って、ハーレイにも、また巡り会えた。
 文句を言ったら罰が当たるし、寂しくても我慢すべきだと思う。
 今はハーレイに「会えない日」だって、ちゃんと終わりが来てくれる。
(…ホントに安心…)
 ハーレイは、ちゃんといてくれるもの、と笑みを浮かべて、ふと考えた。
 もしも、こうして「生まれ変わって来た」青い地球に、ハーレイがいてくれなかったら、と。
(…生まれ変わって来たのは、ぼくの方だけで…)
 ハーレイは生まれていないのだったら、会えないどころか「出会えもしない」。
 広い宇宙の何処を探しても、ハーレイが「生まれ変わって来ていない」世界だったなら。
(…そんな馬鹿なこと、あるわけないよね…?)
 神様が聖痕をくれたんだから、と自信も確信もあるのだけれども、有り得た可能性はある。
 中途半端な奇跡だったら、「青い地球に行く」部分だけしか、夢は叶わなかったろう。
(…前のぼくの夢は、青い地球の上で、ハーレイと暮らすことだったけど…)
 夢があまりに大きすぎる、と半分だけ叶えて貰えた場合は、青い地球しか手に入らない。
 ある日、聖痕が身体に浮かんで、前の生での記憶が戻って来る所までは、今と全く同じでも。
(…神様がくれた奇跡が、其処までだったら…)
 記憶を取り戻して「前の自分」が目覚めた瞬間、目の前にハーレイが「いてはくれない」。
 ついでに記憶が戻る切っ掛け、それも「ハーレイ」ではないだろう。
(教室で記憶が戻る所は、同じでも…)
 単に「時が満ちた」というだけのことで、少し早めになっただろうか。
 前の生で「ミュウの力が目覚めた切っ掛け」が、成人検査の日だったのだし、誕生日の直後。
(…今のぼく、三月三十一日に生まれて来たから…)
 そこで十四歳を迎えて、成人検査の代わりの節目で、入学式の日に記憶が戻る。
 学校の講堂で、校長先生の挨拶を聞いて、教室に入った後くらいに。
(…担任の先生が、教室の前の扉を開けて…)
 今の生でのハーレイとの出会いみたいに、教室に足を踏み入れた途端に、聖痕が身体に現れて。
 激しい出血と痛みが起こって、「ソルジャー・ブルー」だったことを思い出すのだけれど…。
(…駆け寄って来るのは、ハーレイじゃなくて…)
 今のブルーの担任になる「先生」なのだし、きっと感動などは無い。
 「何が起きた?」と、「前の自分」が驚く間に、意識は失せてゆくのだろう。
 大量の出血で、弱い身体が悲鳴を上げて。
 いくら「ソルジャー・ブルー」の記憶が戻っていたって、身体は「今の自分」だから。


(メギドで、あれだけ撃たれても、ちゃんと最後まで…)
 動けたのが「ソルジャー・ブルー」だけれども、今の生では「ただの虚弱な」子供に過ぎない。
 十四歳までしか生きてもいないし、あんな痛みに耐えられはしない。
(…あっという間に、気絶しちゃって…)
 次に意識が戻った時には、病院のベッドの上だろう。
 母が心配そうに覗き込んでいて、担任の先生もいるかもしれない。
(…今のぼくの記憶も、ちゃんとあるから…)
 状況は把握出来そうだけれど、「前の自分」の方は相当、途惑っていそう。
 「此処は何処だ?」と、「何が起きた?」と、「メギドの続き」だと思い込んで。
(…だって、ハーレイ、いないんだものね…)
 其処に「ハーレイ」がいてくれたならば、「良かった、夢じゃなかったんだ」と安心したろう。
 現に、その通りだったから。
 「ハーレイがいてくれる」世界に来られて、また巡り会えたと確信したのが「今の生」だから。
(…病院のベッドで気が付いた時は、ハーレイ、いなかったけれど…)
 学校に戻った後だったけれど、「会えた」のは、きちんと分かっていた。
 母も「先生が救急車に一緒に乗って下さったのよ」と話してくれたし、裏付けもあった。
 「教室で会ったハーレイ」は、夢や幻の「ハーレイ」ではなくて、本物なのだという証拠。
(だから安心して、家に帰って…)
 それからハーレイと無事に「出会い直して」、言葉を交わせた。
 「ただいま、ハーレイ。帰って来たよ」と、長い長い時を飛び越えた「今」の時代に。
 そう言えたのは、「ハーレイが、いてくれたから」。
 同じように記憶が戻って来たって、ハーレイの姿が見えなかったら、話は違う。
(メギドから、何処に来ちゃったんだろう、って…)
 かなり悩んで、「今の自分」の意識を探って、ようやく現状が見えて来る。
 「生まれ変わって来たらしい」ことと、「青い地球の上に来られた」こと。
 けれども、それが「奇跡の全て」で、気付けば「一人ぼっち」な自分。
 「ソルジャー・ブルー」の記憶が戻って来たのに、それを共有してくれる人は一人もいない。
 時の彼方で起きた出来事、それらを「共に見ていた」人など、誰一人として見付かりはしない。
(…それに、ハーレイ…)
 前の自分が愛した人は、いくら周りを見回してみても、影も形もありはしなくて、一人きり。
 せっかく青い地球に来たのに、ハーレイが「いない」。
 青い地球より、「ハーレイ」の方が「欲しかった」のに。
 メギドでハーレイの温もりを失くして死んでゆく時、前の自分は泣きじゃくった。
 「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、「もう会えない」と、絶望の底で。


 果たして絆は「切れた」のだろうか。
 ハーレイと出会えなかったとなったら、まず考えるのは「そのこと」なのに違いない。
(…絆が切れてしまっているから、ぼくは一人で生まれ変わって来て…)
 ハーレイは何処にもいないだなんて、それはあまりに残酷すぎる。
 それに「生まれ変わって来られた」のなら、きっと全ては「仕切り直し」になったろう。
 新しい命と身体があるなら、ハーレイの方も、条件は同じなのだと思う。
 何処かで新しい命と身体を貰って、「新しい生」を生きている筈。
(…まだ出会えてないだけなんだ、って…)
 考える方が自然なのだし、そうなれば、次は「ハーレイを探す」。
 同じように「青い地球」にいるなら、話はとても早いけれども、違う場合も考えられる。
 遠い他所の星の上に生まれて、地球までは「来ていない」だとか。
(…うーん…)
 尋ね人で探すしかないんだろうな、と思ってはみても、十四歳の子供がやるには難しい。
 両親に頼めば探せはしても、ハーレイとの仲を疑われそうで、それは出来ない。
(…偶然、会えればいいんだけれど…)
 今の学校の生徒の間は、それしかないよね、と溜息をつく。
 「そうなってしまった」自分を想像してみて、如何に大変な事態かを思い巡らせて。
(何処に行っても、周りをキョロキョロ…)
 見回してばかりになるんだろうな、と「そういう自分」を頭に描く。
 町に出掛けても、両親や友達と何処かに行っても、意識が向くのは「ハーレイ」ばかり。
 人混みの中に混じっていないか、こちらに歩いて来はしないかと。
(ぼくと会ったら、ハーレイの記憶も戻る筈だし…)
 会えさえすれば、と期待しながら、いつも、何処でも探し続ける。
 遠く遥かな時の彼方で、誰よりも愛した人の姿を。
(だけど、見付からないままで…)
 時が流れて過ぎてゆくなら、他のことも考えないといけない。
 今の学校を卒業した後、どうしてゆけばいいのだろう。
(…ハーレイと出会っていないんだったら、順調に育っていってるかも…)
 背丈も伸びて、という気がする。
 卒業する十八歳の頃には、「ソルジャー・ブルー」と同じ姿に育っていそう。
 外見の年は、サイオンが不器用なままでも、止めたい所で止まってくれそうではある。
 だったら、まずは「其処から」だろう。


 いつか「ハーレイと出会いたい」なら、前よりも年を取っては「いけない」。
 若さを保った「ソルジャー・ブルー」とそっくり同じで、瓜二つであることが肝心。
(でないと、分かって貰えないかも…)
 ぼくの方では、直ぐに分かっても、と思うものだから、成長は若くして止めるべき。
 そのせいで様々な制約が出来てしまうとしたって、ハーレイを探し続けるのならば、若い姿で。
(十八歳の姿でいるとなったら、出来る仕事は少ないかも…)
 職業のことは詳しくないのだけれども、「上の学校も出ていない」ような姿では厳しいだろう。
 もっとも、身体が弱い以上は、元々、出来る仕事は少ない。
(ハーレイのお嫁さん、って決めているから、何も考えてないんだけど…)
 何か職業に就くとなったら、頭脳で勝負の仕事になりそう。
 ところが、そういう職業の場合、必然的に「他の人との出会いが減る」。
 研究室に籠っていたなら、もうそれだけで外出が減って、ハーレイと出会える機会も減る。
(そんなの、困るよ!)
 弱い身体で、うんと若くても、出会いの多い仕事って…、とポンと浮かんで来たのは歌手。
 俳優でもいいし、要はルックスが良ければ「そこそこ」稼げる仕事。
(売れっ子になったら、いろんな星にも行けるしね…)
 ハーレイに出会える機会も増えそう、と容易に分かる。
 「売れっ子」になってしまいさえすれば、出演する場所も拘束時間も、意のままに出来る。
 「そんなステージ、ぼくは出ないよ」と蹴ったり出来るし、いい職業と言えるだろう。
 売れっ子になるまでがハードだとしても、将来を思えば耐えられる。
(顔が売れれば、ハーレイの方で気付いて、連絡して来てくれそうだしね?)
 うんと遠い他所の星にいたって…、と頷いたけれど、「いなかった」ならば、それは無い。
 懸命に頑張って「売れっ子」になって、宇宙に名前を轟かせても、愛おしい人には出会えない。
 そうなったとしても、きっと、ハーレイのことを忘れはしない。
 ハーレイだけしか愛さないまま、生涯を終えてゆくのだと思う。
(最後の最後まで、出会えなくっても…)
 ハーレイを探し続けるんだよ、と分かっているから、ちゃんと「出会えた」今が嬉しい。
 今日は駄目でも、明日には会えるだろうから。
 明日も、明後日も、その先も会えなかったとしたって、ハーレイは「いてくれる」のだから…。



              出会えなくっても・了


※生まれ変わって来ても、其処にハーレイがいなかったなら…、と考えてみたブルー君。
 きっと一生、ハーレイを探し続けるのです。成長を止めて、向いていない仕事も頑張ってv









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(今日は、あいつに会えなかったが…)
 きっと明日には会える筈さ、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛した人と、青い地球の上で、また巡り会えた。
 今ではブルーと会うのは日常、会えない日の方が珍しい。
 キスさえ交わすことが出来ない、十四歳にしかならないブルーだけれども、愛おしい。
(あいつに会えれば、もうそれだけで…)
 俺は満足なんだよな、と心から思う。
 ブルーの姿を、学校の中でチラリと遠くから眺めただけでも、それでいい。
 それを「会えた」と言うかはともかく、ブルーが「其処にいれば」いい。
 前の自分は、前のブルーを失くしてしまって、深い悲しみの底で生き続けた。
 ブルーが残した言葉を守って、白いシャングリラを、仲間たちを地球まで運ばねば、と。
(あの頃に比べりゃ、あいつに会えない日があったって…)
 文句なんかは言えやしないぞ、と分かっているから、今日も前向きに考える。
 明日にはブルーに会えるだろうし、明日が駄目でも明後日がある、と。
(…しかしだな…)
 すっかり習慣になっちまった、と自分でも少し可笑しくなる。
 チビの恋人に「会う」というのが、今のハーレイの「日常」の一部。
 ブルーに会えずに終わってしまえば、その日は「普通ではなかった」日になる。
 「本当だったら、会えたんだがな」と考えて、惜しくなったりもする。
(…いったい、いつから、そうなったんだか…)
 考えるまでもないんだがな、と答えは最初から明らかだった。
 今のブルーと再会してから、こういう日々が始まった。
 ブルーは、ハーレイが教師を務める学校の生徒で、職場でも会えるわけだから。
(俺の職場が違っていたなら、多少、事情は変わったろうが…)
 それでも同じに「ブルーに会う」のが、普通になっていただろう。
 毎日は無理な仕事だったら、休日は会いに出掛けてゆく、といった具合に。
 週末だけしか会えないとしても、それは立派に「日常」と言える。
 「週末は、ブルーに会いに行く」という習慣が出来て、それを実行してゆく暮らし。
 貴重な週末が仕事で潰れてしまわないよう、きっと毎日、気を配る。
 ブルーが夏休みなどの長期休暇に入れば、ハーレイも休みを取るかもしれない。
 週末だけでは惜しいから、と週の半ばを休んでみるとか、連休を作って会いにゆくとか。


 前の生で失くした筈のブルーに、会えるのが「普通」というのは嬉しい。
 まだまだチビの子供とはいえ、同じブルーには違いない。
 その魂は「ブルー」そのもの、前の生の記憶も持っているから、恋の続きをしてゆける。
 青く蘇った水の星の上で、毎日のように顔を合わせて。
 それは幸せな日々だけれども、もしも「出会えていなかったならば」どうだろう。
 何かのはずみに「前の生での記憶」が戻って来たのに、其処にブルーが「いなかった」なら。
(…それだけは無いと思うんだがな…)
 なんたって、聖痕のお蔭なんだし、とブルーとの出会いを思い返すけれど、違っていたら、と。
 今のブルーと出会った途端に、前の記憶が戻って来たから、多分、そういうものだと思う。
 ブルーと巡り会わない間は、記憶は戻りはしないのだろう。
(…だが、もしかしたら…)
 万が一ってこともあるよな、と恐ろしい方へ考えが向く。
 前の生の記憶が戻って来たのが、本当に「ただの、はずみ」だったら、ブルーは「いない」。
 自分は「キャプテン・ハーレイ」だったのだ、と思い出しても、愛おしい人は「いはしない」。
 単に記憶が戻っただけなら、そうなってしまう。
 前の生の記憶が戻った理由が、「必然」ではなくて「偶然」だったら。
(…おいおいおい…)
 それは困るぞ、と思うけれども、そうなったものは仕方ない。
 いくら周りを見回してみても、「ブルー」は何処にも見当たりはしない。
(…俺だけなのか、と…)
 驚き慌てて、懸命に探し回ってみたって、ブルーは「見付からない」だろう。
 突然、記憶が戻って来たのが街だったなら、街中を走り回って探してみても無駄なだけ。
 学校だったとしても同じで、やはりブルーは見付かりはしない。
 ただの偶然で戻った記憶に、ブルーの方まで連動して来るわけはないから、当然の結果。
(第一、ブルーが同じ時代にいるのかどうかも…)
 分からないぞ、と怖くなる。
 同じ時代に「いない」のだったら、終生、探し続けていたって、会えないだろう。
 ありとあらゆる手段を使って、どれほど「ブルー」を探しても。
 「思い出してから」の生の全てを、「ブルーを探し出す」ことに費やしても。


(……うーむ……)
 こいつはキツイ、とハーレイは肩を竦めてしまう。
 そうした羽目に陥っていたら、どんな人生になったのだろう。
 前の生での記憶が戻って、けれどブルーが「いなかった」なら。
(…忘れられれば、話は早いんだがな…)
 サッサと忘れて「今の暮らし」に切り替えられれば、何もかも、きっと上手くゆく。
 前の生にも、前のブルーにも「こだわらないまま」、今の生を生きてゆけたなら。
(俺はあくまで今の俺だし、前の俺なんぞは無関係だ、とバッサリと…)
 切り捨てられたら、人生は楽に違いない。
 平和な時代を満喫しながら、幸せに「今」を生きてゆく。
 時の彼方で愛した「ブルー」を、遠い記憶の一コマに変えて、新しい人生を歩み続ける。
 「ブルー」ではない人と出会って、まるで全く違う恋をして、その人と一緒に暮らし始めて。
(その内、子供が生まれて来たなら、もう、それっきり…)
 ブルーなど思い出しもしなくて、前の生でのことも「忘れてゆく」のだろう。
 確かに記憶が残ってはいても、他人事のように思い始めて。
 「そういや、そういうこともあったな」と、ごくたまに、不意に気付く程度で。
(…そうやって生きてゆくっていうのも、アリではあるが…)
 それに、その方がいいんだろうが…、とコーヒーを一口、喉の奥へと落とし込む。
 今、考えたように「生きてゆく」のが、「正しい生き方」というものだろう。
 ハーレイの「前の生」が誰であろうと、周りは誰も気付きはしない。
 自分から「実は…」と名乗りを上げても、それが事実だと証明されても、それだけのこと。
 歴史の舞台を「見て来た」存在として扱われるだけ、貴重な人材になるに過ぎない。
(インタビューやら、講演やらで忙しいだけで…)
 其処に「ブルー」は「影も形も見えない」のだから、虚しく日々が過ぎてゆく。
 「ブルーとの恋」も明かせはしなくて、自分の心の奥底に秘めて、きっと孤独な生涯だろう。
 そうなるよりかは、いっそ「忘れた」方がいい。
 「俺は、俺だ」と「今の自分」を楽しみ、新しい恋を見付ける方が。
 恋の相手が女性だったなら、子供も生まれて来るだろうから、そうする方が断然、いい。
 「ブルー」にこだわらないのだったら、恐らく、女性に恋をする。
 前の生でも、今の生でも、「ブルー」でなければ、男性に恋はしないだろう。
 好きになったのが「ブルー」だったから、恋の相手が「男性だった」という自覚はある。
 だから女性と恋を始めて、前の生とは違った生を全うするのが「正しい」筈。
 ブルーのことなど忘れてしまって、遠く遥かな時の彼方の「思い出」にしてしまうのが。


 けれども、そうは出来ないだろう、という気がする。
 たとえブルーと出会えなくても、ブルーを忘れて生きることなど出来はしない、と。
(…俺の記憶が戻って来た時、ブルーが其処にいなかったなら…)
 きっと懸命に探し回って、夜遅くまで探して、探し続けるだろう。
 足がすっかり棒になるまで、「もう歩けない」と思うくらいに疲れ果てるまで。
(流石に、あいつも起きちゃいないさ、っていう時間まで…)
 探した後には家に帰って、次の手段を考える。
 どうすれば「ブルー」を見付け出せるか、今のように熱いコーヒーを淹れて。
(尋ね人で、宇宙のあらゆる所に…)
 広告を出すか、ツテを頼って「こういう人を見掛けなかったか」と、あらゆる星にばら撒くか。
 どちらが人目に付き易いのか、どれが効率的なのか、と方法を幾つも考えてゆく。
 夜が明けたら、端から実行に移してゆこう、と眠気覚ましに濃いコーヒーを淹れ直しもして。
(打てる手段は全部打つまで、きっと納得しやしないんだ…)
 そして結果が出てくれなくても、諦めて忘れてしまいはしない。
 今の生では出会えなくても、「ブルー」を忘れることなどしないで、想い続ける。
 「ブルー探し」をしている間も、前のブルーを求め続けて、書店に出掛けてゆくのだろう。
 今の時代は山と出ている、「前のブルー」の写真集を買い求めるために。
(最初の一冊は、きっとコレだな…)
 でもって、うんと大事にするんだ、と机の引き出しを開けて視線を落とす。
 其処にあるのは『追憶』というタイトルの、前のブルーの写真集。
 いつも自分の日記の下に大事に仕舞って、何度も手に取り、眺めた一冊。
(…これを買っても、この一冊では終わらないんだろう…)
 あいつに出会えない人生ならな、と確信に満ちた思いがある。
 「ブルー」に出会えず、それでも「忘れられない」のならば、そうなるだろう。
 書店にゆく度、まず向かうのは、前の自分たちが生きた時代を扱った本が並ぶ場所。
 その前で長い時間を過ごして、気に入った本を買って帰ってゆく。
 他に必要な本があっても、それは後回しで、まずは「ブルー」の欠片を探す。
 写真集の中の「たった一枚」のために、買うことだって惜しくはない。
 「ソルジャー・ブルー」の生涯を綴った本に見付けた、「たった一行」のためにでも。
 何故なら、「ブルーが其処にいる」から。
 探し続ける人の面影、かの人が生きた確かな証が、写真に、文の中にあるから。


(きっと一生、あいつを探して、探し続けて…)
 出会えなくても、俺はあいつを忘れやしない、とコーヒーのカップを傾ける。
 今の生に「ブルー」がいてくれなくても、愛おしい人は「ブルー」しかいない。
 ブルー以外を愛せはしなくて、生涯、ブルーを愛し続ける。
 いつかブルーに出会えはしないか、何処へ行っても、まずはブルーを探すことから。
 「いない」と諦めてしまいはしないで、息を引き取る、その瞬間まで。
(…本当に、きっと、そうなんだろうな…)
 幸い、あいつに会えたんだが、と思うものだから、今の幸せを噛み締めていたい。
 今日のように会えない日もあるけれども、ブルーは確かに「いてくれる」から。
 出会えないままで終わる生とは違って、いずれは一緒に暮らせるから。
(…そうさ、あいつに出会えなくても、俺はあいつを…)
 愛し続けて終わるんだしな、と幸せが胸に満ちてゆく。
 「ブルー」だけしか愛せないから、今の人生は、順風満帆。
 たとえ会えない日が続いたって、生涯、ブルーを探し続けて終わる生ではないのだから…。



            出会えなくても・了


※前の生の記憶が戻っても、ブルー君に出会えなかったら、と考えてみたハーレイ先生。
 ブルー君以外は愛せそうになくて、生涯、探し続けていそう。出会えて良かったですよねv








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(今のぼくの仕事は、学生だよね?)
 学生って言うと、上の学校のイメージだけど、とブルーの頭に、ふと浮かんだこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 そう考えた切っ掛けの方は、多分、ハーレイのせいだろう。
 「今日は仕事が忙しかった?」と、寄ってくれなかった理由を探っていたものだから。
 恐らく、今日のハーレイは、会議があったか、柔道部の方で何かあったかで来られなかった。
 ハーレイの仕事が「教師」な以上は、ありがちなことで、珍しくはない。
(今日の仕事は何時まで、ってキッチリ言える仕事じゃないし…)
 仕方ないよね、とブルーも分かっているから、不満を言ってはいけないことも良く分かる。
 きっとハーレイと結婚したって、こういう日はやって来るだろう。
 「まだかな? 今日は早いって言ってたのにな」と、溜息をついて「待ち続ける」日。
 ハーレイが普段通りに帰れることは間違いないし、と期待していたのに、そうはゆかなくて。
(絶対、いつも通りだから、って考えて…)
 用意していた料理なんかがあったとしたら、しょげてしまうに違いない。
 自分で作った「何か」だったら、涙が出るほど悲しくなって、俯いてしまうかもしれない。
 「せっかく、ぼくが作ったのにな…」と、冷めた料理を、たまにチラリと眺めて。
(買って来たヤツでも、そうなりそうだよ…)
 ハーレイの帰る時間に合わせて、出来立てを受け取って来ただとか…、と想像してみる。
 例えば、揚げ立ての美味しいコロッケ。
(家で作っても、コロッケ、もちろん美味しいけれど…)
 お肉屋さんのは油からして違うから、とブルーだって、それは耳にしていた。
 家だと、「その日に揚げる分しか」油を用意したりはしない。
 揚げた後の油を残しておいて、また使うことも無いのだけれども、専門店だと事情が違う。
(毎日、毎日、絶対、使うに決まってるから…)
 コロッケやカツを揚げる時間が終わった後には、火を落とすだけ。
 それから油の中に残った「揚げかす」を綺麗に取り除いてから、蓋をしておく。
 次の日になれば、また火を点けて油を熱く滾らせていって、コロッケなどを揚げ始める。
(油の中には、お肉の美味しい汁が溶けてて、どんどん溜まっていくわけで…)
 いわば出汁入り、そういう油が出来る仕組みで、それで揚げれば当然、美味しい。
 家で揚げるのとはまるで違った、「店ならでは」の味になる。
(そういうの、時間ピッタリに揚げて貰えるように…)
 出掛けて行って揚げて貰って、弾んだ気持ちで帰って来たのに、冷めてゆくのは悲しいだろう。
 「なんで?」と、「今日に限って、遅いだなんて…」とガッカリとして。


 けれど、ハーレイの仕事の都合なのだし、嘆いてみても仕方ない。
 ついでに言うなら、そのハーレイを「家で待つ」仕事を選んでいるのも、ブルーの「都合」。
(上の学校に行っていたなら、まだ学生で…)
 両親と「この家で」暮らしているのだろうし、ハーレイに「待たされる」ことはない。
 上の学校に通いながらの、結婚生活だったとしたなら、今度は「お互い様」になりそう。
 ハーレイが夕食の支度をしている最中に、「ごめん、友達と食事なんだ」と連絡したりして。
(上の学校だと、ありそうだしね…)
 急に予定が変わってしまって、「家で夕食」の筈が「外食」になってしまうこと。
 気ままな学生生活になるのが「上の学校」だと聞いているから、大いに有り得る話だった。
(…そういう道を選ぶ代わりに、家で待つだけの「お嫁さん」だし…)
 ハーレイが帰って来るのが遅い、と悲しくなるのは「選んだ結果」で、自分が悪い。
 そうならない道もあったというのに、「今の仕事」に決めたのだから。
(……うーん……)
 でも、天職だと思うんだけど…、とブルーは軽く首を傾げる。
 今の仕事の「学生」よりも、遥かに性に合っているのが「お嫁さん」だと思えて来る。
 ただ「ハーレイの側にいる」だけのことで、それが「職業」なのだから。
(ハーレイだって、料理も掃除も、何も出来なくてもいいからな、って…)
 何度も言ってくれているほど、「お嫁さん」としての腕など期待されてはいない。
 今のハーレイは一人暮らしが長くて、何でも出来るし、「お嫁さん」の助けは一切、不要。
 だから「ハーレイの側にいる」ことが、今のブルーの「未来の仕事」になる筈だった。
(絶対、天職…)
 ぼくに向いてるのに決まっているよ、と自信だったら充分にある。
 ハーレイの帰りが遅くなったら、悲しくなってしまうけれども、普段は幸せに違いない。
 朝、ハーレイを送り出したら、後片付けをして、帰って来るまで、のんびりと待つ。
 おやつを食べたり、本を読んだり、昼になったら昼食も食べて。
(その昼御飯も、ハーレイが作ってくれていそうだよ)
 きっとそう、と確信に満ちた思いがある。
 ハーレイだったら、朝、朝食を作るついでに、手早く用意しておくだろう。
 「今日の昼飯、ちゃんと作っておいたからな」と、パチンと片目を瞑ったりもして。
 冷蔵庫の中に入れてあったり、ラップをかけてテーブルの上にあるだとか。
 ブルーの「仕事」は、それをきちんと食べること。
 身体を壊して、ハーレイに心配をかけてしまわないよう、栄養をつけてゆくために。


(…そういうの、ホントに向いていそうで…)
 学生よりも合うんだから、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
 今の自分は、いずれ「天職」に就くのだけれども、前の自分はどうだったろう。
(……ソルジャー・ブルー……)
 あれは絶対、違うと思う、とハッキリ断言してもいい。
 まるで全く向いてはいなくて、前のブルーも、どちらかと言えば「お嫁さん」の方が合っている。
 中身は今と変わらないから、そういうことになるだろう。
 たまたま、運が悪かったせいで、「ソルジャー」になってしまっただけ。
(…誰に言っても、信じて貰えそうにないけどね…)
 ソルジャー・ブルーの天職は「ソルジャー」なのに決まっているし、と溜息が出そう。
 今の時代に「ソルジャー・ブルー」の名前を出したら、誰だって、そう言い切るだろう。
 「ソルジャー・ブルーは、ソルジャーですよ」と、「あれこそ彼の天職でした」と、キッパリと。
 でないと、ミュウは滅びてしまって、今の平和な「ミュウの時代」は…。
(いつかは、やって来たんだろうけど、もっと、ずっと後になってしまって…)
 苦労するミュウも、もっと増えたに違いないから、と分かってはいる。
 あの時代に「ソルジャー」は必要だったし、だからこそ「ソルジャー・ブルー」が存在した、と。
 けれども、「前の自分」は「違う」。
 「ソルジャー」は天職などではなくって、本当に「向いていなかった」。
 なのに「やらざるを得なかった」わけで、その重圧に耐えてゆけたのは…。
(…前のハーレイが、ずっと支えていてくれたから…)
 それだけなんだよ、と心の底から言える。
 もし、ハーレイが側にいてくれなければ、前の自分は、ああいう風には生きられなかった。
 最後まで強くいられはしなくて、もっと早くに「潰れてしまっていた」だろう。
 仲間たちからの期待や注文、ミュウの未来の見通しがまるで立たないことなど、悩み過ぎて。
 どうすればいいか、どうしたいのかも、もう「自分では」掴めなくなって。
(それでも、みんなは…)
 ソルジャーを頼りにして来るのだから、潰れない方がどうかしている。
 きっと何処かで、「ジョミーみたいに」なっていたろう。
 遠く遥かな時の彼方で、あの「強かった」ジョミーさえもが、そうなった。
 前のブルーが深く眠ってしまって、誰にも頼れなくなって。
 相談相手を失くしたジョミーは、自分の殻に閉じこもるしか道は無かった。
 「やるべきこと」も、「ソルジャーとしての仕事」も、何もかも、全て投げ出して。
 キャプテンの部屋さえ訪ねはしないで、ブリッジには顔も出さなくて。
(きっと、ぼくでも…)
 そうなったよね、と「自分のこと」だけに、誰よりも分かる。
 大英雄だと讃えられている「ソルジャー・ブルー」でも、危なかったのだ、と。


 そうならないで済んだ理由は、本当に「前のハーレイ」だった。
 「ソルジャー」にならざるを得なかった「ブルー」を、懸命に支え続けてくれた。
(ハーレイ、船の操縦なんかは、まるで出来なくて…)
 船の仕組みさえも知らなかったのに、「俺でいいなら」と、キャプテンになった。
 元は厨房で料理をしていて、舵の代わりにフライパンを握っているのが仕事だったのに。
(…前のハーレイの天職、そっちの方だったよね…)
 前のぼくでも「お嫁さん」が向いていたみたいに、と容易に想像がつく。
 「前のハーレイ」の天職は、きっと、「料理人」の方だったのだろう。
 そうでなければ、まだ「シャングリラ」の名が無かった頃から、船で料理はしていない。
 仕事は他にも色々あったし、そちらに「向いている職」があったら、それにしたろう。
 機関部でエンジンの整備をするとか、船内の掃除に専念するとか、洗濯だとか。
(だけど、料理の方を選んで、メニューも色々、研究してて…)
 前のハーレイに「向いていた」のは、絶対、そっちの道なんだ、と今でも思う。
 もちろん、前の自分にしたって、重々、承知していたけれども、頼み込んだ。
 「ハーレイにだったら、命を預けられるから」と。
 「誰よりも息がピッタリ合うから、キャプテンになって欲しいんだけど」と。
(…それで、ハーレイ、決心をして…)
 厨房からブリッジに転職をして、立派に「キャプテン・ハーレイ」になった。
 船の操縦までも覚えて、誰よりも「シャングリラの癖を掴んだ」操舵手になって。
(そうやって、前のぼくを支えて、側にいてくれていたから、ぼくは…)
 まるで向いてはいない職でも、「ソルジャー」としてやってゆくことが出来た。
 前が見えなくなってしまうくらいに落ち込んだ時も、ハーレイが支えてくれたから。
 そっと寄り添い、「何かあったか?」と訊いてくれるだけで、どれだけ心が救われたろう。
 ハーレイには、問題を解決するための「力」が、全く少しも無い時だって。
(前のぼくにしか、どうにも出来ない問題は、うんと山積みで…)
 何度も潰れそうになっては、前のハーレイに助けて貰った。
 「どうしたんだ?」と問い掛けられて、「なんでもない…」としか言えなくても。
(前のハーレイ、あのまま厨房にいたとしたって…)
 きっと支えてくれていたよね、という気がする。
 どうしても「キャプテンだけは無理だ」と断られたって、見捨てられることは無かっただろう。
 厨房でジャガイモの皮を剥きながら、「雲の上の人」になったブルーと話したと思う。
 「ソルジャーに、こんな口を叩くだなんて、どうかと思うが」と苦笑しながら。
 「お前、もうちょっと力を抜けよ」と、「一人で悩み過ぎってモンだ」と。
(きっと、そう…)
 厨房のままでも、ハーレイなら支えられたんだよね、と少し可笑しくなってくる。
 「キャプテンの方が断然いいけど、厨房のままでも良かったかも」と。


 そんな具合で、前の自分は「頑張った」。
 本当だったら向いてはいない、「ソルジャー」なんかを最後まできちんと勤め上げて。
 どう考えても「無茶すぎるから!」という気持ちしかしない、メギドを沈めることまでやって。
(…まるでちっとも向いてなくっても、今の時代の人が聞いたら…)
 あれが「天職だった」と言い切る職を、前の自分は「やり遂げられた」。
 自分でも「凄い」と思うけれども、何もかも「ハーレイがいてくれたから」出来たこと。
 だとすると…。
(今のぼくでも、ちっとも向いてなくっても…)
 ハーレイが側にいてくれるのなら、違う職でもいいのだろうか。
 「お嫁さん」とは「かけ離れた」仕事を、これから、やってゆくのだとしても。
(…そんなの、出来る…?)
 今の時代は「ソルジャー」のような、命が懸かった仕事など無い。
 軍人さえもいない平和な時代で、危険などがあるわけもない。
(…想像するだけ無駄ってヤツかな?)
 きっと、と首を捻った所で、一つだけ、ピンと閃いた。
 サイオンがあるのが普通の時代に、それを使わず、便利な道具を使いもしないで…。
(ずっと昔と全く同じに、自分の手足と、なんだっけ…?)
 ザイルとハーケンだったっけ、と頭に浮かんだ「プロの登山家」。
 彼らは今でも「命の危険と紙一重」な世界で、せっせと山に登ってゆく。
 今の自分の体力はともかく、あの仕事を「ハーレイがいれば」出来るのか、尋ねられたなら…。
(出来るに決まっているじゃない!)
 ハーレイと二人、一緒に登ってゆくんだしね、と今の自分も、前の自分と思いは同じ。
 「ハーレイさえいれば」、どんな職でも、やり遂げられることだろう。
 まるで全く向いていなくて、畑違いの仕事だとしても…。



            向いてなくっても・了


※前のブルーには向いていなかった「ソルジャー」の職。務まったのは、前のハーレイのお蔭。
 きっと、今のブルーにしたって、ハーレイがいれば、向いていない職も出来るのですv








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