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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(今日は流石に、ちと、疲れたな)
 珍しいが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…俺としたことが…)
 家に帰って作ったヤツが、これだけってか、とマグカップの縁をカチンと弾く。
 そう、これだけしか「作ってはいない」。
(しかも、作ると言うよりは…)
 本当に淹れただけなんだよな、とカップの中身に目を落とした。
 いつもだったら、ゆっくり楽しんで淹れてゆくのが気に入りのコース。
 気が向いた日には、わざわざ豆から挽いたりもする。
(…そこまでしない日でも、大抵…)
 ドリップして淹れるものだけれども、今日は違った。
(とにかく、早く熱い一杯を…)
 飲みたかったから、いつもの手順を全てすっ飛ばして、出来合いになった。
 早い話が、インスタント。
 沸かした湯を注ぐだけでいいもの、手抜きの極みと言ってもいい。
(…唯一、今夜の作品なんだが…)
 俺が作ったと言っていいかどうかが疑問だな、と可笑しい気分。
 夕食さえも作っていなくて、食後のコーヒーまでもコレなのか、と情けないものの…。
(…予想以上に、あれこれと…)
 仕事が立て込んでしまったせいで、帰宅するのが遅くなったのが敗因だろう。
 ハーレイにしては珍しく、「疲れちまった」と思うくらいに。
(…一晩、ぐっすり眠りさえすりゃ…)
 明日にはすっかり、元に戻っているのは分かる。
 今も恐らく、普通の人が考えるほどに、疲れてはいない。
(もう一つ頼む、と何か用事を頼まれたって…)
 充分、こなせる筈だけれども、たまには自分を甘やかしたい。
 「疲れちまった」と思ったのだし、ブルーの家にも、寄り損なった日なのだから。


 そういうわけで、仕事が終わって帰る時点で、もう決めていた。
 「今日は、晩飯は作らないぞ」と、最大の手抜きで済ませることを。
 普段だったら、夕食も鼻歌交じりに作っている。
 自分一人しか食べないくせに、凝ったものを作る日だってある。
(…しかしだな…)
 サボりたい気分の時もあるさ、と自分自身に言い訳をする。
 インスタントのコーヒーも含めて、今日はサボリで、自分に優しくしてやる日だ、と。
(だから、今夜は弁当で…)
 いつもの食料品店に寄って、滅多に行かない惣菜や弁当のコーナーに立った。
(普段は見ないし、改めて見ると、新鮮で…)
 どれを買おうか、目移りしながら迷い続けた。
 ごく当たり前の弁当もいいし、ちらし寿司なども面白そうだ。
 他にも色々、選ぶだけでもワクワクとした。
 手抜きの極みの夕食だけれど、当たりだったと言えるだろう。
(うんと迷って、こいつに決めた、と…)
 季節の食材が多めに詰まった、和風の弁当を選んで買って帰った。
 家で食べたら、案の定、美味な味付けで…。
(大満足で、今日の夕飯、当たりなんだが…)
 疲れた気分も吹っ飛んだがな、と思いはしても、食後のコーヒーも…。
(ここはサボっておくべきだよな、と…)
 インスタントで簡単に淹れて、この書斎まで持って来た。
 「疲れちまった」と思った時には、とことん「休んでしまう」のがいい。
 このくらいはな、と何かしようとするのは…。
(あまりお勧め出来ないヤツで…)
 疲れってヤツは、溜まるモンだ、と経験上、よく知っている。
 ちょっとした軽い疲れが溜まって、とんでもないミスに繋がりもする。
 「休んでいい」なら、休むのがいい。
 自分をたっぷり甘やかしてやって、サボって、疲れを癒すのが一番。
(…自覚がないまま、疲れが溜まっちまうのは最悪で…)
 怪我や病気をしたりするから、気を付けるべき。
 最悪の事態を招いた後では、遅いのだから。


(…怪我や病気で、休むってことになってもだな…)
 気分の方は、休めやしない、とコーヒーのカップを傾ける。
 怪我なら痛いし、病気だったら身体が辛い。
 とても「休める気分」ではなくて、快適な休暇などではない。
(そうなっちまう前にだな…)
 サボリだ、サボリ、とインスタントのコーヒーだけれど、ハタと気付いた。
 遠く遥かな時の彼方では、サボリどころではなかったんだ、と前の生での暮らしぶりに。
(…なんたって、キャプテン・ハーレイではなあ…)
 インスタントのコーヒーどころか、代用品のコーヒーをお供に、頑張り続けた。
 不眠不休で舵を取ったり、ブリッジに詰めていたりもして。
(…そんな状態でも怪我をするとか、病気とかとは…)
 無縁で仕事が出来ていたのは、ドクター・ノルディのお蔭だろう。
 自らブリッジに出向いて来たり、看護師を寄越したりした、ドクター・ノルディ。
 「お仕事なのは、分かりますが」と、適切なタイミングで「休まされた」。
 コーヒーを飲むよう指図されたり、サンドイッチが届けられたりして。
(…今の俺には、ああいう頼もしい医者は…)
 付きっ切りでいてはくれないのだから、自分自身で努力するしかない。
 「此処はサボリだ」と決断したり、自分を甘やかしたりして。
(…よし、今日の弁当は、ノルディの指示だということで…)
 オッケーだよな、と思ったはずみに、ブルーの顔が浮かんで来た。
 前の生でも、今の生でも、巡り会えた最愛の運命の人。
(…今のあいつは、チビなんだがなあ…)
 同じブルーには違いないから、ブルーのことも考えてみる。
 「あいつだったら、どうなんだかな?」と。
 前のブルーはソルジャーだったし、ハーレイと同じで、激務の日々。
 ノルディが指示をしていなかったら、ブルーも倒れていただろう。
 それに対して、今のブルーは、本物の優しい両親がいる。
 ある意味、ノルディよりも頼もしい。
 ブルーの身体に気を配っていて、食事なども配慮してくれるから。


(よしよし、あいつは安心だな…)
 俺みたいに、体調管理に努めなくても、と思うけれども、それは「今現在」のブルーの話。
 この先もずっと、両親と暮らしてゆくわけではない。
(…俺と結婚するってことは…)
 ブルーの体調管理などをするのは、「ハーレイ」の役目になる時が来る。
 毎日の食事作りはもちろん、様々な家事も。
(…俺に任せとけ、って日頃から言っているからなあ…)
 きっとブルーは、ろくに家事など出来ないだろう。
 ついでに身体も前と同じに虚弱なのだし、家事の分担が出来るかどうか。
(…出来やしないぞ、と踏んでいるから、俺が丸ごと、引き受けることに…)
 決めてしまっているのだけれども、そうなった後に…。
(疲れちまった、って日が来ちまったら…)
 どうするんだ、と自分に問い掛ける。
 家に帰って食事を作る代わりに、ブルーの分まで弁当なのか、と。
(……うーむ……)
 たまには弁当もいいだろう、と上手く誤魔化せる日ならばいい。
 食料品店で各地の弁当フェアとか、季節の弁当の特集をやっていたなら出来る。
 ブルーも「美味しそう!」と喜ぶだろうし、手作りするよりいいほどだけれど…。
(そういう日ではなくてだな…)
 平凡な弁当しか売っていなくて、それを二人分、買って帰ったら…。
(…どうしたの、って聞かれちまって…)
 疲れているのも見抜かれそう。
 今のブルーも、魂は前のブルーと同じ。
 妙な所で敏いわけだし、「今日のハーレイ、疲れていない?」と赤い瞳で覗き込む。
 「無理をしないで」と心配そうに、「後片付けとかは、ぼくがするから、早く休んで」と。


 きっとそうだ、という気がする。
 ブルーは今も心配性だし、不安になりもするのだろう。
 「もしかして、ハーレイ、ずっと具合が悪かったのかも…」と考えたりして。
(…そいつはマズイ…)
 俺にしてみりゃ、早めのサボリに過ぎないんだが、と思いはしても、伝わりはしない。
 ハーレイが、どれほど我慢強いか、ブルーは「知っている」のだから。
(…しかし基準が、前の俺だし…)
 今の俺とは違うんだがな、と言ってみたって、ブルーは納得しそうにない。
 「早く休んで」の一点張りで、たちまち病人扱いになる。
 ただのサボリな気分で弁当、それがブルーの不安を呼んで。
(…そんな事態は避けたいし…)
 結婚した後には、サボリは慎むべきだろう。
 「疲れが溜まる」問題の方は、ブルーが一緒に暮らしているなら大丈夫。
 ブルーと暮らしてゆけることの幸せ、それがどれほど幸運なことか、考えるだけで癒される。
 時の彼方で失くした恋人、その人が帰って来てくれたのだから。
(…あいつを失くして、それでも生きるしか無くて…)
 白いシャングリラで暮らした日々を思えば、毎日が天国のようなもの。
 どんなに疲れ果てていたって、ブルーの顔を見れば綺麗に消し飛ぶ。
 「もうヘトヘトだ」と音を上げるほどに疲れた時でも、ブルーさえいれば。


(…そうだな、あいつがいてくれるなら…)
 サボリたい気分に陥ることさえ、無くなってしまうかもしれない。
 仕事で疲れて帰って行っても、家にはブルーがいるのだから。
(…そうなるとだ…)
 俺の考えからして変わるかもな、とインスタントのコーヒーに目を遣った。
 「こいつの世話になる日も、無くなるかもだ」と、ブルーの面影を頭に描いて。
(…家で、あいつが待ってるんなら…)
 疲れている日も、仕事が終われば、後はブルーに会えるだけ。
 家に帰ってドアを開ければ、愛おしい人が待っている。
(…弁当なんかで手抜きどころか…)
 こんな時こそ、美味い飯だ、と頑張れそう。
 ブルーが喜びそうなメニューを考え、食材を山と買い込んで。
(うん、ソレだ!)
 出来上がるまで待っていろよ、とブルーを待たせて、腕を奮うのも幸せな気分。
 疲れていたことなど、すっかり忘れて、野菜を切ったり、肉を焼いたりと。
(そうだな、あいつと一緒なら…)
 疲れていても、俺は幸せ一杯、ブルーで癒されるんだからな、と笑みを浮かべる。
 ブルーのためなら、頑張れるから。
 前の生でもそうだったのだし、今度も、きっと頑張れる。
 疲れていても、愛おしい人のためならば。
 愛おしい人が待っていてくれて、二人で暮らしてゆけるのならば。
 だから、未来に不安は無い。
 ブルーに心配させはしないし、疲れてしまう日だって来ない。
 疲れていても、ブルーさえいれば、幸せだから。
 ブルーがいるのが一番の薬で、疲れた時でも、最高の癒しに違いないから…。



           疲れていても・了


※ブルー君と一緒に暮らし始めたら、疲れた時でも頑張れる、と考えるハーレイ先生。
 心配させないようにどころか、自分自身の癒しを兼ねて、ブルー君のために料理だとかv







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(今日は、ビックリしちゃったんだよね…)
 ついでに、ちょっぴり慌てちゃった、と小さなブルーは肩を竦めた。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今にしてみれば、ただの勘違いだったけれども、昼間、大事件に遭遇した。
 学校で起きたことではない。
 帰宅してから、この家の中で出会った事件。
(おやつを食べて、のんびりしてて…)
 その間に、ふと思い付いたことがあったから、母に話しに行った。
 いったい何を話そうとしたか、全く覚えていないのだけれど。
(…だって、ホントにビックリしちゃって…)
 おまけに、慌てて走り回ったから仕方ないよね、と苦笑する。
 学校の話をしたかったのか、そうではなかったのかさえも記憶には無い。
(…ママ、キッチンだと思ってたのに…)
 覗いたら、母はいなかった。
 「あれ?」と少し首を捻って、考えてみた母の行先。
 ブルーがおやつを食べているなら、その部屋を通らないと出てはゆけない。
(…いつの間に、通ってったんだろう、って…)
 思いはしても、そうしたことなら珍しくない。
 おやつのケーキに夢中だったとか、庭の方を眺めていたとか、その間に…。
(ママが通って行っちゃうことは、よくあるし…)
 今日もそれだ、と納得した。
 母は庭にでも出たか、あるいは二階に行ったのか。
(どっちかだよね、って思ったから…)
 まずは庭へと出て行った。
 「ママ、何処?」と、外履きのサンダルを履いて、勝手口から。
(でも、ママ、庭にいなくって…)
 ぐるりと一周してみたけれども、庭の物置にも母は来ていない。
 そうすると家の中なわけだし、二階だろう、と家に戻って二階に上がって行ったのに…。
(ママ、二階にもいなかったんだよ!)
 物置にしている部屋を覗き込んでも、母の姿は見付からなかった。
 一階に戻ってキッチンを見ても、他の部屋の何処を探しても。


 母の姿が見当たらないなら、思い当たるのは「外出」だけ。
 買い忘れた食材があって急いで出たとか、急な用事が出来たとか。
(だけど、それなら、言って行く筈で…)
 言おうとしても、ブルーが近くにいなかったのなら、メモを残して行くだろう。
 「お買い物に行って来ます」と、行先も書いて。
(テーブルにメモがあるのかな、って…)
 今度は、それを探しに行った。
 何処かで母と行き違いになった間に、母は出掛けたかもしれない。
(…なのに、テーブル、ぼくが食べてたお皿とかだけ…)
 お茶のカップやポットの隣に、メモは置かれていなかった。
 床に落ちてしまったのかも、とテーブルの下や椅子の上を探してみてもメモなどは無い。
 そうなると、母は何処へ消えたのか。
(ぼくに言うのも忘れるくらいに、急ぎの用事で出て行ったとか…?)
 ただの用事ならいいけどね、と今度は心配になって来た。
 父が会社で急病だとか、あるいは怪我をしただとか。
(そんなの困るし、大変だよ!)
 いったい、ぼくはどうしたら…、と気持ちは焦って慌てるばかり。
 父が病気や怪我で入院などという事態になったら、どうすればいいか分からない。
 ただでも身体の弱いブルーは、何の役にも立たないどころか、足を引っ張るだけだろう。
(…家にいたって、お荷物になるだけだから、って…)
 親戚の家に預けられてしまうかもしれない。
 学校に通えそうな所に、住んでいる親戚がいるものだから。
(…ホントにありそう…)
 両親にすれば、ブルーの心配までしているよりかは、その方がいい。
 ブルーにしたって、学校にさえ通えるのならば、何の問題も無いのだから。
(普通はそうで、正解だけど…)
 ぼくの場合は違うんだよ、と叫び出したい気分になった。
 親戚の家に行くことになれば、当分の間、ハーレイは家に来てはくれない。
 仕事帰りに寄るのはもちろん、週末の土曜や日曜でさえも。
(だって、ぼくの家じゃないんだし…)
 ハーレイだって遠慮するよ、と子供のブルーにも分かる。
 いくら親戚の人が「どうぞ」と言っても、せいぜい、顔を出すだけ程度。
 「これ、皆さんで召し上がって下さい」と、菓子でも届けに来るくらいで。


 大変なことになっちゃった、とブルーは青ざめ、崩れるように椅子に座った。
 母から連絡が来るのを待つしかない、と覚悟を決めて。
(…パパが入院だけは、ありませんように…!)
 怪我でも、頑張って家を手伝うから、とキッチンの方を眺めて考える。
 作れそうな料理は何があったか、買い物に行くことは出来るのか、などと。
(…非常事態ってことになったら、ハーレイ、手伝ってくれるかもだけど…)
 そうそう期待は出来はしないし、両親も恐縮するだろう。
 ハーレイは、毎日、手伝いに来てはくれなくて、来てくれる回数も減るに違いない。
(…どっちにしたって、大ピンチだよ!)
 ハーレイに会えなくなっちゃうなんて、と一人でオロオロしていたら…。
(ママがひょっこり、どうしたの、って…)
 何事も無かったかのように、部屋に入って来た。
 ブルーは焦っていたものだから、変な顔でもしていたのだろう。
(ママ、何処にお出掛けしていたの、って聞いたのに…)
 母の答えは、こうだった。
 「あら、ママはずっと、家にいたわよ?」と、怪訝そうに。
(…要するに、家ですれ違い…)
 見事なくらいに、すれ違い続けていたらしい。
 庭でも、二階でも、他の場所でも。
(笑い話っていうヤツだけど…)
 ママ、心臓に悪すぎだよ、と言いたいのを、グッと飲み込んだ。
 一人で勝手に勘違いをして、慌てる方が悪いのだから。
(…「なんでもないよ」って、ママに言ったけれども、ママに話したかったこと…)
 何だったのか、もう覚えてはいなかったんだよ、と思い返しても情けない。
 今の自分はただの子供で、こうした時にも慌てるだけだ、と痛烈に思い知らされて。


 時の彼方の「前の自分」なら、そんなことなど、けして無かった。
 どんな時でも冷静でいてこそのソルジャー。
 内心、焦りが募っていたって、懸命に自分を抑えていた。
 「落ち着け」と、「他に考えることがあるだろう?」と、自分自身に何度も問い掛けて。
(…ホントに、情けないったら…)
 こんなのだから、ハーレイに「チビだ」と笑われるのかも、と悲しい気持ちになってくる。
 ハーレイから見れば、「今のブルー」は、本当に「子供」なのだろう。
 「ママがいない!」と焦って慌てて、悪い方へと思考が向かって、落ち込むのだから。
(…前のぼくなら、有り得ないよね…)
 自己嫌悪、と深い溜息をついた所で気が付いた。
 将来、今日の事件と同じ事件に「出くわす」可能性がある。
 ハーレイと一緒に暮らし始めて、同じ家に住んでいるのなら。
(…ぼくがウトウトしてる間に、ハーレイ、何処かに消えちゃって…)
 うたた寝から目が覚めた途端に、慌ててしまうかもしれない。
 「ハーレイは何処?」と、今日の昼間の自分みたいに。
(……うーん……)
 ありそうだよ、と思い当たる例は山のよう。
 なんと言っても、ハーレイは、母よりもずっと活動的だし、フットワークも軽いと言える。
 「なんだ、ブルーは寝ちまったのか」と、「ちょっと、其処まで」出掛けそう。
 庭で芝刈りならば良くても、近所を散歩しに行くだとか。
(…直ぐ戻るしな、って思っていれば…)
 メモなど置いては行かないだろう。
 ハーレイにすれば「よくあること」だし、じきに帰って来るのだから。
(実際、ほんの近所を散歩なら…)
 ブルーは「気付かない」ままで、気持ちよくウトウトしていそう。
 ハーレイが家から出て行ったことも、散歩してから戻って来たことにも。
(…目が覚めた時に、「ほら」と、お土産、渡されちゃって…)
「あれっ、ハーレイ、出掛けてたの?」と目が真ん丸になる時もありそう。
 家の近くの食料品店に行くのだったら、本当に、往復の時間は僅か。
 「美味そうなのを、売ってたしな?」と、お土産にしても不思議ではない。
 そして「お土産を貰った自分」も、文句を言いはしないのだろう。
 お土産の菓子を美味しく食べて、大満足で。


(…そんなのが、普通になっちゃってたら…)
 ハーレイは、「メモなど置いて行かない」のが「当たり前」になる。
 上手い具合に運ぶ間は、いいのだけれど…。
(ある日、いきなり、今日みたいに…)
 ぼくが焦って大慌てかも、という気がする。
 ハーレイが「出掛けた途端」に、目が覚めたなら…。
(…ハーレイ、何処に行ったのかな、って…)
 庭やら、家の中やら、あちこち回って、探そうとすることだろう。
 「こっちかな?」と覗いて回って、「あれ?」と首を傾げながらも。
(…出掛けたのかも、って気が付くまでに…)
 今日の昼間にやったみたいに、心に焦りが込み上げてくる。
 「ハーレイがいない」現実だけが、どんどん大きく膨らんでいって。
(…出掛けたのかも、って気が付いたって…)
 焦りが膨らんでしまった後では、悪い方にしか考えが運ばないかもしれない。
 「散歩かもね」と、ゆったり構えて、帰りを待つなんていう芸当は…。
(絶対、出来やしないってば!)
 普通だったら、そうするんだろうけれど…、と思いはしても、出来ない相談。
 「じきに帰って来るだろうから、お茶でも淹れておこうかな」と、なったりはしない。
(…前のぼくなら、そっちの方になるのにね…)
 二人分のお茶の支度で、お先に飲み始めているんだろうな、とフウと溜息。
 「ソルジャー・ブルー」の頃なら、きっと間違いなく、そうしていた。
 もっとも、前のハーレイはキャプテンだったし、黙って出掛けはしなかったけれど。
(…それでも、そんな時があったら、ハーレイのお茶も…)
 前のぼくなら用意出来てた筈なんだよね、と今の自分が恥ずかしすぎる。
 とはいえ、きっと「やらかしてしまう」のだろう。
 知らない間に、ハーレイが、家から消えていたのなら。
 庭にも、何処にも見当たらなくて、目の前からいなくなったなら。


 結婚した後、それが起きたら、どうするだろう。
 焦って慌てて、家から飛び出してしまいかねない。
 「ハーレイは何処!?」と、玄関に鍵も掛けないで。
 外履き用のサンダルだけを足に引っ掛け、行く先もよくは考えないで。
(…まずは公園、って必死に走って…)
 ハーレイが其処にいなかったならば、食料品店まで突っ走りそう。
 弱い身体で走れるような所に、どちらも「ありはしない」のに。
 公園まで全力で走っただけでも、普段だったら、倒れてしまいそうなのに。
(…だけど、火事場の馬鹿力…)
 前のぼくだって、やっちゃったしね、と記憶なら数え切れないほど。
 いわゆる「晩年」になってからでも、何度やらかしたことだろう。
 ジョミーを追って、アルテメシアの遥か上空まで、一気に飛んで行ったとか。
(…そこまでのヤツに比べたら…)
 公園へ走って、食料品店まで駆けてゆくのは、大したことではないわけで…。
(だから出来るし、出来ちゃうんだけど…)
 やっちゃった後が大変だよね、と想像してみてガックリとした。
 未来の自分は、懸命に走り回った挙句に、何処かでパタリと倒れてしまう。
 居合わせた人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられて…。
(…ちゃんと名乗れれば、いいんだけれど…!)
 声も出ないとか、意識が無いなら、救急搬送されるだろう。
 其処からハーレイに緊急連絡、ハーレイの方も、消えたブルーを探し回っている最中で…。
(病院から緊急連絡だなんて!)
 とんでもなく慌てて、車で来るのも忘れていそう、と思うものだから、気を付けよう。
 ハーレイがいなくなったなら、本当に慌てそうだから。
 慌てて飛び出して行った結果は、大迷惑にしかならないから…。



         いなくなったなら・了


※ハーレイ先生と結婚した後、ハーレイ先生が家から消えたら、慌てそうなブルー君。
 よく考えてから動くようにしないと、ハーレイ先生、大迷惑で困ってしまうかもですねv







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(いやはや、参っちまったなあ…)
 今日の昼間は、とハーレイが零した苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(いつの間にやら、消えてたなんて…)
 まるで思いもしなかったしな、と今日の昼間に起きた事件を思い出す。
 消えていたのは、小さなブルーではなくて、同僚だった。
 同じ国語を担当している、気のいい仲間。
(前から頼まれてた本を纏めて、丈夫な紙袋に入れて…)
 ついでだから、と先日、父が持って来た菓子も、お裾分け。
(あの菓子、ブルーに持って行ってはいないから…)
 祟られたかな、という気もする。
 なにしろ、父の旅の土産で、ブルーの家に持って行ったなら…。
(お母さんたちの分も、と思っちまうし、お母さんが…)
 恐縮するのは分かってるしな、と手土産には持参しなかった。
 「何かお返しするものは…」などと、気を遣わせてもいけないし、と。
(同僚の先生たちにしたってだ…)
 人数分を持って行ったら、菓子の箱が空っぽになるのは確実。
 国語担当の仲間にだけ、と考えてみても、人数は多い。
(だから、本を貸すヤツにだけ…)
 紙袋の中に、そっと入れておくことにした。
 本を貸したら、いつも何か「お返し」に貰っているから、その「お返し」に。
(そうやって、用意して行って…)
 朝、国語担当の教師専用の部屋に行ったら、その同僚も、ちゃんと来ていた。
 その時、直ぐに、本を渡せば良かったけれども…。
(急ぐことでもないからなあ…)
 それに、あいつは授業の準備中だったし、というのもある。
 机に向かってプリントなどを整理していて、雑談を交わせる雰囲気ではなかった。
 お互い、下校時刻まで、学校にいるわけなのだし、急がなくても…。
(後にしよう、と思ったわけで…)
 その判断は間違っていない。
 ところが、後が悪かった。
 午前中の授業などが終わって、部屋に戻ったら…。


(あいつが消えていたってな!)
 はて、とキョロキョロ見回してみても、姿が見えない。
 机を見たら、きちんと綺麗に片付いていて、人が居たような気配さえ無い。
 学校の中にいるのだったら、昼時だけに、そんな風にはならないだろう。
(…外で飯を食うタイプじゃないし…)
 弁当を忘れて、外まで買いに行ったにしたって、机の上を片付けはしない。
 何処から見ても「帰りました」な感じになっているのが今。
(ありゃ、と思って、他のヤツらに尋ねたら…)
 同僚の一人が、「車のキーを持ってましたよ」と教えてくれた。
 「帰るとは聞いていないんですけど、帰ったのでは?」と。
(…机の上が綺麗になってて、車のキーじゃな…)
 これは「帰った」というヤツだ、とガックリと来た。
 どうして朝に「これ、頼まれていた本だ」と、彼に渡さなかったのか。
(せっかく用意して、菓子まで入れて…)
 持って来たのに、と気落ちしたまま、昼時は過ぎた。
 午後になっても、同僚は、やはり帰って来ない。
 「失敗したなあ…」と後悔しきりで、放課後の時間を迎えてしまった。
 フウと溜息、柔道部の方へ行こうと支度をしていたら…。
(ヒョッコリ、帰って来たってな!)
 驚いたけれど、話を聞いたら、不思議でも何でもなかった理由。
 なんでも歯医者を予約していて、どうしても「仕事中」の時間しか…。
(予約が無理で、前後に授業が無いもんだから…)
 早めに出掛けて、他の仲間に頼まれた用事もして来たらしい。
 その仲間たちが国語担当ではなかったせいで、国語教師たちが知らなかっただけ。
 そうしたわけで、本と菓子を入れた紙袋は、無事に手渡せた。
 彼も「ありがとう!」と笑顔で帰って行ったけれども、焦った一日。
 「しまった」と何度も溜息をついて、紙袋を見て。


 それにしても「消えた」のが「彼」で良かった、と可笑しくなる。
 もしも「ブルー」が消えていたなら、焦るどころではなかっただろう。
 朝、学校の中で出会った時には、「おはようございます!」と元気だったのに…。
(あいつのクラスへ授業に行ったら、席にいなくて…)
 机の上も見事に空っぽ、ブルーの鞄も見えないとかは、出来れば御免蒙りたい。
 実際、何度も経験していて、仕事の帰りに家に寄れるか、毎回、焦り続けている。
 家に寄れればいいのだけれども、寄れなかったら心配が募る。
 「早退した」のが確実だけに、どんな具合か、この目で確かめられないから。
(…この手の心配、あと何年も続くんだよなあ…)
 あいつと暮らし始めるまでは、と思った所で気が付いた。
 同じ家で一緒に暮らしていたって、ブルーは「消える」かもしれない、と。
(…なんと言っても、毎日、一緒なんだから…)
 すぐ戻るような所へ行くなら、「出掛けて来るね」と言わない時も…。
(大いに有り得て、ありそうだってな!)
 俺が昼寝の最中だとか…、と「ブルーが黙って出掛ける」理由を考えてみる。
 昼寝でなくても、仕事絡みで書斎に詰めているなら、いちいち言いはしないだろう。
 ほんの近くへ、じきに戻れる用事で出掛けて行くのなら。
(買い置きの飲み物、切らしちまったとか…)
 あるいは、たまには一人で散歩でも、と思い立って、ふらりと出るにしたって。
(ブルーにしてみりゃ、半時間ほどで家に戻って来るわけで…)
 その半時間の間に、ハーレイの昼寝や仕事が「終わる」ことなど考えはしない。
 「邪魔しちゃダメだ」と、そっと家から出てゆくだけ。
 メモでも書いてくれればいいのに、それも書かずに。
(じきに戻って来るんじゃなあ…)
 書いてなくても不思議じゃないぞ、とハーレイにだって、よく分かる。
 じきに戻って来るわけなのだし、いいだろう、と思うのは普通。
 まさか、その間の「僅かな時間」に、「いない」と気付くわけもないし、と。


(…こいつはマズイ…)
 大いにマズイ、と冷汗が出そう。
 ブルーが「黙って出掛ける」ことに、一度目からして失敗すればいいけれど…。
(あいつが消えてて、俺が家中、探し回って…)
 庭まで出ている真っ最中に、ブルーが戻れば、それでいい。
 「ブルーがいないぞ!」と焦る時間は其処で終わって、次からは予告して貰う。
 「俺が昼寝の最中だろうが、仕事中だろうが、出掛けるのなら、言ってからにしろ」と。
 もちろん、ブルーは、約束を守ってくれるし、これで安心。
 最初の時こそ大慌てしても、以後は焦りも慌てもしない。
 知らない間に「ブルーが消える」ことなどは無いし、何も問題の無い暮らし。
(ところがどっこい、世の中ってヤツは…)
 そうそう上手くは出来ていなくて、ブルーは「黙ってお出掛け」に成功しそう。
 ちょっと買い物に出掛けて行ったり、散歩したり、といった外出。
(…そしたら、それが普通になっちまって、だ…)
 ハーレイの方は気付かないまま、ブルーの「黙ってお出掛け」が繰り返される。
 そして、ある時、突然に…。
(昼寝していた俺が、目を覚ますとか…)
 仕事が一段落して、コーヒーを淹れにキッチンへとか、ブルーがいそうな所まで…。
(出掛けて行ったら、いないってわけだ…)
 きっと最初は、「他の場所だ」と思うだろう。
 家は二階建てになっているから、別のフロアなら「出会わない」。
 ブルーも「自分の部屋にいる」とか、そういったこと。
(どうせそうさ、と思ってるのに…)
 まるで気配がしなかったならば、気になってくる。
 「あいつ、何処だ?」と、家の中を覗いて回ったりして、その内に気付く。
(何処にも姿が見えないんだが、と…)
 そうなったならば、まずは庭へと出るだろう。
 庭にいるなら、家の中では分からないことも多いから。
 なのに、庭にも「ブルー」はいない。
 玄関先から、ブルーの靴が消えているのに。


 どうやら「外に出て行った」ブルー。
 何処へ行くとも聞いていなくて、いつ帰るとも聞いてはいない。
(…どうするんだ、俺は…?)
 家で待てるか、と自分に尋ねてみても、答えは出ない。
 落ち着かないまま、慌てて探しに走り出しそう。
 「何処だ?」と、心当たりの場所を目指して、片っ端から。
 店や公園、それこそ、ありとあらゆる場所へ。
(…そうする間に、ものの見事に、すれ違ってて…)
 ブルーは一人で家に帰って、「あれっ?」と首を傾げていそう。
 どうして鍵が掛かっているのか、理由が全く分からなくて。
(…あいつの方では、じきに戻って来る気なんだし…)
 家には「ハーレイがいる」わけだから、合鍵などは持ってゆかないことだろう。
 帰ってみたら「鍵が掛かっていた」となったら、ブルーは困る。
(季節が良けりゃあ、俺が戻るまで…)
 待ちぼうけでも、あるいは大丈夫かもしれない。
 けれど、季節が悪かったならば、暑さで参ってしまうとか、寒くて風邪を引くだとか。
(…最悪すぎだ!)
 それは避けたい、と思いはしても、家で冷静に待てるのか。
 「ブルーが消えた」という、非常事態に直面したら。
(…本を貸そう、と持ってただけでも、今日は焦ったわけなんだしな…?)
 ブルーが消えたら動転するぞ、と百パーセントの自信がある。
 思念を飛ばして「何処だ?」と訊くのも、今のブルーが相手では…。
(出来やしない、と来たもんだ…)
 あいつの不器用なサイオンなんかじゃ、返事は無理だ、と溜息しか出ない。
 つまり「ブルーが消えた」時には、焦りまくるしかないのだろう。
 焦って慌てて、ブルーを探しに飛び出して行って、すれ違いになってしまっても。
 ブルーを「家から閉め出す」結果になって、玄関先で、ブルーが困ってしまっても。


(……うーむ……)
 そいつはマズイし、大いに困る、と想像するのも怖いけれども、いつか起きそう。
 もしも、ブルーがいなくなったら、探さないではいられないから。
(…だからと言って、今から言っておくというのも…)
 おかしな話で、今は焦っている「自分」にしたって、明日には忘れるかもしれない。
 ブルーと暮らし始めた未来に、そういう事態に出会った時にも、思い出さずに…。
(あいつを探しに飛び出して行って、玄関に鍵…)
 やりそうな気しかしないんだが、と思うものだから、祈るしかない。
 ブルーが「黙ってお出掛け」している最中に、「いない」と気付かないように。
 あるいは「いない」と気付いた時には、今日の心配を思い出すように。
(…ブルーが、家からいなくなったら…)
 冷静でなんかいられないぞ、と分かっているから、ただ祈るだけ。
 ブルーを閉め出してしまわないよう、遠い未来の自分が冷静になってくれるように、と…。



            いなくなったら・了


※ブルー君が知らない間に消えていたなら、ハーレイ先生、大慌てしてしまいそう。
 焦って慌てて、家には鍵で探しに飛び出して行ってしまったら、ブルー君、困りますよねv








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(ぼくの場合は、寝過ごすなんてこと、ないんだけどな…)
 ママが起こしてくれるもんね、と小さなブルーが、ふと思い出した昼間のこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイに会えずに終わってしまったけれども、きっと明日には会えるだろう。
 「会えるのかな?」と、心配でたまらない時も多い割には、今夜は平気。
 いいお天気の日だったせいか、それとも愉快な事件のせいか。
(どっちかと言えば、事件かな…?)
 だって、現場は学校だもの、と今朝の教室が頭の中に蘇る。
 今朝と言っても、朝と呼ぶには少し遅すぎる時間に「事件」は起きた。
 一時間目の授業が、かなり進んだ頃のこと。
(あと十五分ほどで終わります、って時間だっけね…)
 教室の後ろの扉が、音も立てずに開いたらしい。
 ブルーは、見てはいなかった。
 授業の間は、前を見ているか、机の上のノートや教科書、そちらに集中しているから。
(ぼくは、ちっとも知らなかったけど…)
 クラスメイトの何人かは、そちらに視線を向けたという。
 なにしろ、いくら静かに開けても、人の気配は隠せないもの。
(サイオンでシールドしてるんだったら、いけるのかな…?)
 だけど、見た目でバレちゃうよね、と可笑しくなる。
 サイオンで気配だけは消せても、姿が消えるわけではない。
 そこまで強い力を持つのは、最強のタイプ・ブルーだけ。
(…今のぼくには、そんな芸当、出来ないけどね…)
 サイオンが不器用になっちゃったから、とブルーは小さく肩を竦めた。
 今の「ブルー」も出来ないけれども、教室の扉を開けた人物も出来なかった、「それ」。
 気配も隠せていなかったのだし、入って来たのは当然、バレた。
 目ざとい数人のクラスメイトにも、先生にも。
(先生、見付けて、思いっ切り…)
 入って来た「彼」を叱り飛ばした。
 「遅刻したなら、謝ってから入って来い」と、遅刻の生徒を教壇の前に呼びつけて。


 気の毒な「彼」はペコペコ謝り、遅刻の理由を言うしか無かった。
 「寝坊しました」と、「誰も起こしてくれなかったので、寝たままでした」と。
 教室は、たちまち笑いの渦に包まれ、先生も呆れ果てた顔。
 「こんな時間に登校だったら、とんでもない時間まで寝ていたんだな」と、時計を指して。
 遅刻した生徒が目を覚ましたのは、恐らく、朝のホームルームが始まる頃。
 もしかしたなら、もっと遅くて、起きた時には…。
(ホームルームも終わってたかも…?)
 彼の家から学校までの距離によっては、有り得るだろう。
 パジャマを脱ぎ捨て、顔も洗わずに制服を着て、そのまま必死に走って来たならば…。
(一時間目が終わるまでには、充分、間に合うわけだしね?)
 いったい何時に起きたんだろう、と想像してみてクスッと笑う。
 家が学校の「すぐ近く」なら、一時間目が始まった後に、起きて登校かもしれない。
 「マズイ、遅刻だ!」と部屋で悲鳴で、大慌てで。
 起こさなかった家の人にも、ろくに文句を言えもしないで。
(…寝坊、常習犯かもね…)
 毎朝、お母さんに「遅刻するわよ、起きなさい!」と、叩き起こされているタイプ。
 あまりに毎朝、続くものだから、たまにはお仕置き。
(…お母さん、わざと起こさずに…)
 大遅刻をする時間になっても、彼を放っておいたのだろう。
 それくらいして「懲りて」くれれば、少なくとも、一ヶ月くらいは効果がありそう。
 もっとも、ほとぼりが冷めてしまえば、「お寝坊さん」に戻っていそうだけれど。
(…こればっかりは、人によるものね…)
 ぼくはそういうタイプじゃないし、と自覚がある分、今朝の事件は面白かった。
 桁外れな「遅刻」も、「後ろからコッソリ入って来た」のも、非日常で愉快な出来事。
 そうそう毎朝、起きはしないし、ブルーにとっては「他人事」だと言えるから。
 ブルー自身が当事者になって、コソコソ、教室に入りはしない。
 遅刻した時は、前の扉を軽くノックし、それから開けて、先生に挨拶して入る。
 「すみません。朝は具合が悪かったので、遅刻しました」と、理由を述べて、謝って。


(…ぼくが寝坊で遅刻だなんて…)
 絶対に、有り得ないもんね、と胸を張りたい気分。
 前の生から、そういったことは「きちんとしていた」わけだし、寝坊などしない。
 目覚ましが鳴ったら、すぐに起きるし、具合が悪くて起きられなければ、母が見に来る。
(学校には、なんとか行けそうだったら…)
 母が学校に通信を入れて、遅刻の連絡もしておいてくれる。
 先生は「ブルーが遅刻して来る」ことを知っているから、もちろん叱るわけがない。
 前の扉から入って行こうが、堂々と「遅刻」で、「遅れて登校した」というだけ。
 事情があっての遅刻だったら、問題などは全く無い。
 むしろ褒められてしまうくらいに、立派な「遅刻」だったりもする。
 居眠っていた生徒を、「ブルー君は、休んでもいいのに来ているんだぞ」と叱る先生だとか。
(…ママに起こされる時と言ったら、お休みの日で…)
 具合が悪いわけでもないのに、二度寝をしたりしていた時。
 いつもの時間に起きて来ないから、母が部屋までやって来る。
 「どうしたの?」と、具合が悪くて寝ているかどうか、確認をしに。
(…ホントに、そんな時だけで…)
 お休みの日だし、遅刻しないし、と自分で自分を褒めてあげたい。
 「ぼくが遅刻なんか、するわけないよ」と、これから先の人生の分も含めて、全部。
(お休みの日には、寝坊したっていいもんね…)
 遅刻の心配なんかは無いし…、と思ったところで、ハタと気付いた。
 今は確かに「そう」だけれども、近い将来、遅刻する日が来るかもしれない。
(…ほんの少しの間だけど…)
 多分、一年も無いだろうけど…、と不安が膨れ上がって来た。
 「遅刻するかも」と、「どうしよう、そんなの、困るんだけど…!」と泣きそうな気持ち。
 そうなったならば、本当に泣いてしまいそう。
 「遅刻しちゃうよ」と、未来の自分が。


 その時期は、いつかやって来る。
 寝坊をするか、遅刻するかは別にしたって、「遅刻しそうな時期」は訪れる。
 来ないわけがなくて、どちらかと言えば、「それ」が来るのを待ち焦がれている。
(…ぼくが育って、前のぼくの頃と、同じ背丈になったなら…)
 ハーレイが唇にキスをくれるようになって、十八歳になれば結婚も出来る。
 結婚までの間の期間に、デートもするに違いない。
(デートが出来るようになったら、連れてってよ、って頼んでる場所…)
 文字通り、山とあるのだけれども、その「デートの日」。
(…ハーレイが、車で家まで来てくれるんなら…)
 寝坊したって困りはしないし、ハーレイの方も、苦笑しながら待ってくれるだろう。
 「なんだ、寝坊か」と、ブルーの支度が出来る時まで、両親とお茶を飲みながら。
(…そういう時なら、いいんだけれど…)
 外で待ち合わせをしてたらアウト、と考えただけで青くなりそう。
 そんなデートも少なくはないし、ハーレイと、いつか「してみたい」デート。
 家まで迎えに来て貰うのも素敵だし、それに楽だけれども、たまには違うデートもいい。
 何処かの店や公園などで、「何時に会うのか」、約束をして。
(…そのデートの日に、寝坊しちゃったら…)
 待ち合わせの時間に間に合わないから、まさに「遅刻」で、ハーレイが困る。
 「あいつ、来ないぞ」と、何度も腕の時計を見て。
(…ハーレイだって、困るんだけど…)
 ぼくも困るよ、と未来の自分の気持ちが痛いほど分かる。
 どんなに急いで家を出たって、もう時間には「間に合わない」。
 ついでに言うなら、行先は「デートの待ち合わせ場所」で、父に車を出して貰うなど…。
(厚かましすぎて、恥ずかしくって…)
 出来やしない、と頭を抱えてしまいそう。
 寝坊してしまった原因にしても、父に「車で送って欲しい」と頼めないのと、根っこは同じ。
(明日はデートだから、寝ちゃってたら、部屋まで起こしに来てね、だなんて…)
 お母さんに言えるわけがないよ、と頬っぺたが熱くなって来る。
 今の自分でも「そう」なのだから、未来の自分は、もう間違いなく「そう」だろう。
 デートの前の日、興奮して寝付けなくなっていたって、母に頼みに行くわけがない。
 「明日の朝、起きて来なかった時は、ちゃんと起こして」なんて、「子供みたい」なことを。


(……どうしよう……)
 デートの日に、寝過ごしちゃったなら…、と焦るけれども、名案は何も浮かんで来ない。
 学校に遅刻しそうだったら、なんとかすることが出来るのに。
(…そもそも、学校には遅刻しないけど…)
 万一、それが起きたとしたって、少しの遅れだったとしたなら、取り戻せる。
 恥ずかしいことには違いなくても、「ママ、大変! タクシーを呼んで!」という手がある。
 もっと大幅に遅れた時には、大きな声では言えないけれども、「ずるい手段」を使うまで。
(家を出る時、急に気分が悪くなったから、って…)
 言い訳したなら、日頃の行いが立派なのだし、先生は信じてくれるだろう。
 母も「通信を入れるのを忘れるくらいに」慌てたのだ、と思い込んで。
(…学校なら、それでいいんだけど…!)
 デートだったら、どうするわけ、と考えてみても、困るハーレイと未来の自分が浮かぶだけ。
 ハーレイは「来ないブルー」が心配になって、家に通信を入れるだろうか。
 「ブルー君は、もう出ましたか?」と、通信機のある場所へ移動して。
(…でも、それまでは…)
 「来ないブルー」を待ち続けるだけで、通信を入れに移動するか否か、考え続ける。
 下手に「待ち合わせ場所」を離れてしまえば、すれ違いになってしまうかもしれない。
 「すれ違い」になってしまったが最後、もう連絡を取れる手段は…。
(マナー違反の、思念だけしか無いんだよ…!)
 そういった「非常事態」に、「思念を飛ばして連絡する」のは許される。
 マナー違反には違いなくても、「仕方ないですよ、実は私も…」と笑う人だって多いから。
 けれども、その頼もしい「思念波」という連絡手段が問題だった。
(ぼくのサイオン、うんと不器用すぎて…)
 ろくに思念を紡げはしなくて、ごくごく近い距離であっても、ほぼ「通じない」。
 相手が目の前に立っていたって、届かないほど。
(…ハーレイにだって、心を読んで貰ってるくらい…)
 通じないのだし、外に出たなら、尚更だろう。
 ハーレイからは「何処にいるんだ?」と思念が来たって、ブルーには、答えようがない。
 「此処にいるんだよ!」と、目に入った店の看板や景色を凝視してみても…。
(…ハーレイ、そんなの、読み取れないって…!)
 タイプ・ブルーじゃないんだから、と空を仰ぎたくなる。
 今は自分の部屋にいるから、仰いだ先には、天井だけれど。


 近い将来、やって来そうな大ピンチ。
 ハーレイとのデートに遅刻した上、すれ違いになってしまうという事態。
(なんとか会えれば、まだいいんだけど…!)
 最悪の場合、ハーレイは「身体の弱いブルー」が心配なあまり、こうしそう。
(待ち合わせ場所か、近い所に、どうにかして…)
 ブルーに宛てて、メッセージを書いて残してゆく。
 「俺は自分の家に帰るから、お前も帰れ。無理をしないで、タクシーに乗るんだぞ」と。
 そうでもしないと、いつまで経っても「すれ違い」のまま、ブルーの体力が尽きそうだから。
(…そんなメッセージを見付けちゃったら…)
 もう目の前が真っ暗だよね、と「その場で倒れてしまう」未来の自分が見えるよう。
 ハーレイの気遣いを無にしてしまって、見舞いに駆け付けさせてしまう自分が。
(そうなっちゃったら、最悪だから…!)
 それだけは避けて通りたいから、未来の自分に、今から注意しておこう。
 絶対に、寝過ごさないように。
 「デートの日の朝、寝過ごしちゃったなら、遅刻だけでは済まないんだよ!」と…。



          寝過ごしちゃったなら・了


※ハーレイ先生とデートする日に、寝過ごしてしまった自分を想像してみたブルー君。
 待ち合わせの時間に遅刻どころか、大変なことになってしまいそう。寝過ごしは、厳禁v








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(…今朝は少しばかり、危なかったよな)
 危なかったというだけだが…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日はブルーに会えなかったけれども、そちらは大したことではない。
(ブルーにとっては、大事件というヤツなんだろうが…)
 今朝、ハーレイを見舞った事件と比べてみたなら、霞んでしまうことだろう。
 なんと言っても遅刻の危機で、ハーレイが遅刻したならば…。
(どう考えても、あいつに朝に会えるチャンスは無いってな!)
 生徒の方が早く教室に入るんだから、と学校の決まりを思い返してみる。
 ブルーも遅刻をしない限りは、「遅刻して来たハーレイ」と出会うわけがない。
 そういう意味でも、今朝は少々、危なかったと言える。
 結果としては「ブルーに会えない日」になったのだけれど、自然のなりゆき。
 ハーレイのせいで「そうなった」部分は、ただの一つも無いのだから。
(しかしだ、俺が遅刻したなら…)
 朝にブルーに会えるチャンスは皆無なのだし、「俺のせいか?」ということになる。
 授業が始まる前の時間に、「何処かで、会えていたのかもな」と考えもして。
(幸い、そうはならなかったが…)
 俺にしては珍しい朝だったよな、とマグカップの縁をカチンと弾く。
 昨夜、遅かったわけでもないのに、目を覚ましたら…。
(時計の針が、目覚ましをかけてある時間をだ…)
 指していたから、驚いた。
 普段だったら、目覚ましより早く目が覚めるわけで、目覚ましは「形だけ」に過ぎない。
 万が一の時に備えて「セットしてある」だけで、起きたら、すぐに止める習慣。
 たまに、止めるのを忘れてしまって、かなり経った後に…。
(寝室の方で、けたたましい音がしていやがって…)
 急いで止めに戻っている時もある。
 「窓を開けていなくて良かったよな」と、お隣さんの家の方を見ながら。


 そんな具合の毎日だけれど、どういうわけだか、今朝は熟睡してしまっていた。
 「目覚ましが鳴らなかったのか!?」と、一瞬、目を剥いたほど。
 その目覚ましは「いいえ、只今、お時間です」と、その瞬間に鳴り出したけれど。
(鳴ってくれるんなら、いいんだが…)
 目覚ましよりも「早く起きる」のがハーレイだけに、鳴る音などは滅多に聞かない。
 止め忘れた日に耳にするだけ、それ以外の日に聞くことはない。
(…だからだな…)
 鳴るかどうかの確認などは、綺麗サッパリ忘れている。
 思い出したように、「そうだった」と鳴らしてみるのは年に数回。
(その数回も忘れちまって、その間にだ…)
 アラームを鳴らす装置がエネルギー切れ、そういったことも珍しくない。
 むしろ、その方が多いだろう。
 休日に止めるのを忘れてしまって、のんびりした後、部屋に戻って、ハタと気が付く。
 「ありゃ?」と、セットしたままの時計を眺めて、「鳴っていない」という事実に。
(面白いことに、狙いすましたように…)
 エネルギー切れになるのは、休日ばかり。
 そして「休みの日で良かったよな」と思うけれども、目覚ましで起きる機会など…。
(俺の場合は、もう本当に…)
 珍しすぎる現象だから、余計、目覚ましを気にしない。
 アラームが鳴ってくれるかどうかの確認さえをも、忘れがちなほどに。
(…お蔭で、遅刻したことなんぞは無いんだが…)
 鳴らないようになっていたって、休日だしな、と考えた所で思い出した。
 その「休日」が、今の自分には「大切な日」になっていたことを。


(…そうだ、休みの日にはだな…)
 ブルーの家に出掛けてゆくのが、今のハーレイの習慣の一つ。
 天気が良ければ、散歩を兼ねて歩いてゆくし、雨が降ったら車を出す。
 ブルーの方でも、朝から「まだかな?」と待っているから、遅刻したなら…。
(遅かったよね、と文句の一つも…)
 言われそうだし、頬っぺたも膨らんでいそうではある。
 いわゆる「フグ」な状態だけれど、いつもは両手で頬を潰して、からかうヤツも…。
(俺のせいで遅れて着いたわけだし、出来やしないぞ…)
 ブルーの顔をハコフグにするなんて、と肩を竦める。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」とふざけるどころか、詫び続けるしかないだろう。
 「すまん、寝過ごしちまったんだ」と、正直に言って。
 ブルーが余計に怒り出しても、機嫌を直してくれる時まで、ひたすらに。
(…どうせ、プンスカ怒るんだから…)
 遅刻ついでに、菓子でも買って行くべきだろうか。
 「これで勘弁してくれないか」と、評判の店のを持って出掛けて。
(…うん、その手は使えるかもしれん)
 開店が遅い店もあるしな、と幾つか思い当たる店ならばある。
 同僚や友人から聞いている店で、気になっていても、寄れない店が。
(あいつの家に行くとなったら、開店時間が昼前ではなあ…)
 遅すぎるんだ、と諦めている店に立ち寄ればいい。
 「悪い」と、「遅くなっちまったが、怪我の功名というヤツなんだ」と、ブルーに差し出す。
 「いつもの時間じゃ、早すぎて、開いてないからな」と、菓子が入った大きな箱を。
(よし、コレだ!)
 コレに限るぞ、と名案に酔ってしまいそう。
 ブルーがフグになっていたって、菓子を持って行けば「大丈夫だな」と。


 これで安心、とコーヒーのカップを傾けたけれど、不意に頭に浮かんだ考え。
 「その案、今しか使えないぞ」と、「自分」が語り掛けて来た。
 「ブルーの家まで行ってる間は、それでいいが」と、「将来的には、どうするんだ?」と。
(…そうだった…!)
 今は「休日に会う」場所は、ブルーの家に限定だけれど、未来は違う。
 ブルーが育って、デートに出掛けるようになったら、待ち合わせる日もあるだろう。
 車で迎えに出掛けるだけでは、お互い、物足りなくなって。
(街とか、美術館とかで待ち合わせて、だ…)
 それからデート、というのは恋人たちの定番の一つ。
 たとえ車があったとしたって、車は近くの駐車場に停めて、待ち合わせ場所へ。
 ゆっくりデートを楽しんだ後で、二人で駐車場までゆく。
 車に乗り込み、次の場所とか、食事する店へ移動するために。
(……うーむ……)
 その手のデートはしない、などとは思えない。
 ブルーなら、きっと「したがる」だろうし、ハーレイにしても同じこと。
 「たまにはな?」とブルーを誘って、提案する日も出て来そう。
 「次の土曜は、待ち合わせてから出掛けないか?」と、自分の方から。
(…そうなって来たら、待ち合わせるパターンも増えそうで…)
 待ち合わせの機会が増えていったら、遅刻のリスクも、当然、上がる。
 朝、目覚ましが鳴らないままで、心地よくベッドで寝過ごして。
(…そいつは、大いにマズイんだが…!)
 実にマズイ、と慌てふためく「未来の自分」が目に見えるよう。
 ブルーとデートに出掛ける日の朝、遅い時間に「朝か…」と起きて、愕然とする自分の姿。
 目覚まし時計が指した時刻は、最悪の場合、待ち合わせの時間を過ぎているとか、寸前だとか。
 其処まで遅くはないにしたって、「どう頑張っても、間に合わない」時間。
 朝食は抜きで家を出ようが、朝の歯磨きをすっ飛ばそうが。


(……どうするんだ、おい……)
 デートの日に寝過ごしちまったら、と想像しただけで恐ろしくなる。
 「待ち合わせの時間に、ハーレイが来ない」となったら、ブルーはフグでは済まないだろう。
 デートに行くほど育っているから、フグの顔にはなっていない分、心の中は怒りの渦。
 「ハーレイの馬鹿!」と、「今、何時だと思ってるわけ?」と、悪態をついて。
(…しかもだな…)
 待たされているブルーに「すまん、遅れる」と連絡するには、方法が限定されている。
 今の時代は、「いつでも、何処でも、連絡が取れる」便利な道具は無い時代。
 遠い昔にはあったのだけれど、「地球を滅びに導いた」原因の一つだ、と言われて消えた。
 SD体制の時代には、既に影も形も無かったのだし、今の時代にあるわけがない。
(…ブルーがいるのが、何処かの店なら…)
 その店に「すみませんが」と通信を入れて、ブルーを呼び出して貰えるだろう。
 けれど、そうそう上手く運びはしなくて、待ち合わせ場所が、そういう場所ではない時に…。
(俺が寝過ごしちまうってのが…)
 ありそうなのが人生なんだ、と嫌というほど分かっている。
 通信が使えないとなったら、「マナー違反」の思念で連絡するしかない。
 「悪い、寝過ごしちまったんだ」と、ブルーに向かって。
(…その手の事情で、思念を飛ばすというヤツは…)
 マナー違反には違いなくても、世間的には、許して貰える範囲ではある。
 誰もが「仕方ないですよ」とクスッと笑って、「私にも経験、ありますからね」などと。
 とはいえ、その「頼もしい、マナー違反の連絡手段」が問題だった。
 なんと言っても相手はブルーで、前のブルーとは全く違う。
 最強のタイプ・ブルーに生まれて来たのに、サイオンの扱いが不器用すぎて…。
(俺の思念を受け取ったって、あいつが返事をすることは…)
 出来ないんだ、と頭を抱えたくなる。
 「遅れる」と聞いて、「分かった、待ってる」と、一言、返すことさえ、ブルーは出来ない。
 おまけに、待ち合わせ場所までは離れているから、ブルーの心を読み取るなどは…。
(俺には、出来やしないってな!)
 終わりじゃないか、と頭痛がしそう。
 ブルーへの連絡は一方通行、返事は「返って来ない」のだから。


(マズすぎるぞ…!)
 寝過ごしたのだし、短時間では「待ち合わせ場所」まで辿り着けない。
 ブルーは今も身体が弱いし、休める場所で待たせたいけれど、どうすればいいか。
 待ち合わせ場所が店でないなら、「何処かに入れ」と伝えるしかない。
(しかし、あいつが行ける範囲に…)
 ある喫茶店が混んでしまって、席が無ければ、ブルーは困る。
 少し離れた場所であっても、其処まで行って「座りたい」だろう。
(それなのに、それを俺にだな…)
 伝える手段が「無い」のがブルーで、どうすればいいか、うんと悩んでしまっても…。
(俺に相談出来やしないし、そうなると、俺が…)
 先手を打って、「近くの店が混んでいるなら、他所にしろ」とか、指図しないといけない。
 「待ち合わせ場所に近い店から、片っ端から覗くから」と。
(…遅れて待たせちまうだけじゃなくって、一方通行で、ああだこうだと…)
 ブルーに指示して、挙句の果てに大遅刻で登場したならば…。
(俺はいったい、どうなるんだ…?)
 それにブルーの身体の方も心配だしな、と悩みの種は尽きはしないし、祈るしかない。
 未来の自分が、デートの日の朝、寝過ごしてしまうことが無いように。
 寝過ごしたなら、大変だから。
 ブルーを怒らせてしまう以上に、恐ろしいことが山積みだから…。



          寝過ごしたなら・了


※未来のブルー君とデートする日に、寝過ごしたなら、と考えてみたハーレイ先生。
 待ち合わせの時間に遅刻な上に、連絡手段も一方通行。大変なことになりそうですよねv






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