(今日も一日…)
無事に終わったってな、と心で呟くハーレイ。
ブルーの家には寄り損なったけれど、それを除けば順調だった日。
朝起きてから仕事に出掛けて、会議も済ませて帰って来た。
着替えをしたら夕食の支度、食材もちゃんと買って来たから。
鼻歌交じりに作った夕食、ダイニングのテーブルでゆっくり食べたら…。
(コーヒーにするかな)
食後はやっぱりコーヒーがいい。
ブルーの家では滅多に飲まないけれど。
コーヒーが苦手なブルーに合わせて、お茶の時間にはいつでも紅茶。
夕食を御馳走になった後には、たまにコーヒーも出るけれど…。
(あいつが膨れているからなあ…)
顔に出さなくても、声に出さなくても、ブルーの心は手に取るように分かる。
「仲間外れになってしまった」と悔しそうにしている小さなブルー。
両親もコーヒーを飲んでいるから、「どうしてぼくだけ」と。
一度、強請ってコーヒーを飲んで酷い目に遭ってしまったくせに。
苦くて飲めなかったばかりか、目が冴えて眠れなかったという有様のくせに。
(…しかし、あいつは懲りてないんだ)
前の生から変わらない頑固さ、今もコーヒーを飲みたいと思っているらしい。
仲間外れは嫌だから、と。
そのせいでどうも落ち着かないのが、ブルーの家で飲むコーヒー。
食後に「どうぞ」と出て来るコーヒー、美味しいけれども苦いコーヒー。
コーヒーは苦いものだけど。
苦みも美味しさの内だけれども、御機嫌斜めなブルーを横目に飲むコーヒーは…。
(ほろ苦いの意味が違うんだよなあ…)
舌が喜ぶ苦さとは違って、心を掠めてゆく苦み。
自分だけ美味しく飲んでいいのかと、ブルーはこれが飲めないんだが、と。
ブルーの母が淹れるコーヒーは香り高くて、豆もいいもので。
御馳走になったら「美味しいですね」と手放しで褒めてしまうし、実際、美味で。
店で出たなら、もう間違いなく贔屓の店になるだろう。
次に近所を通り掛かったら、是非とも入ってコーヒーを飲もう、と。
(…せっかく美味いコーヒーなんだが…)
小さなブルーの恨みがましい視線を感じてしまうコーヒー。
みんなズルイと、ぼくのコーヒーは無いのにと。
ブルーの両親は慣れているから、そんなものだと気にしていない。
それこそブルーが赤ん坊の頃から、夫婦で何度もコーヒーを飲んでいただろうから。
家ではもちろん、喫茶店でも、家族で出掛けたレストランでも。
要はブルーにはまだ早いコーヒー、それだけのこと。
「ソルジャー・ブルーも苦手だったらしい」と知った今でも、変わりはしない。
自分たちの息子はコーヒーが苦手、たったそれだけ。
飲めないのだからブルーの分まで淹れなくていいし、紅茶で充分、と。
ところが、そうはいかない自分。
ブルーを育てた両親と違って、「仲間外れにしておく」ことに慣れてはいない。
それどころか逆で、今の自分も慣れないけれども…。
(前の俺だって慣れてないんだ!)
ソルジャー・ブルーと呼ばれて、気高く美しかった前のブルー。
前の自分が愛したブルー。
小さなブルーと違って大人だったけれど、「仲間外れ」を嫌がった。
正確に言うなら、前の自分と「飲み物の好みが違う」ことを。
前の自分が好んだコーヒー、それから酒。
どちらも前のブルーには合わず、何かと言えば零していた。
「何処が美味しいのか分からないよ」と、「ぼくは好きではないんだけれど」と。
好き嫌いは全く無かったブルーだけれども、嗜好品となれば別だった。
酒が無くても死にはしないし、コーヒーも同じことだから。
シャングリラに欠かせない食料ではなくて、無くても「我慢しろ」で済むものだから。
好む者だけが欲しがる飲み物、そういったせいもあっただろう。
前のブルーがコーヒーも酒も全く受け付けなかったのは。
飲まねばならない必要はなくて、「ぼくは駄目だ」で済んだのだから。
なのにブルーは我儘を言った、「ぼくも飲みたい」と。
「君が美味しそうに飲んでいるから」と、コーヒーや酒を。
酷い目に遭うと分かっているのに、自分の舌には合わないのに。
強請られる度に断り切れずに、コーヒーや酒をブルーに出していたのが自分で…。
(あいつを無視して俺だけコーヒーっていうのはだな…)
どうにも苦手で落ち着かなかった、前のブルーがチラリと見るから。
「美味しいのかい?」と、「君は本当にそれが好きだね」と。
そんなわけだから、ブルーの前では大抵、紅茶で。
ブルーに合わせて飲んでいたから、それを今でも引き摺っている。
おまけに今でも小さなブルーとお茶を飲む時は紅茶が基本。
ジュースの類も出たりするけれど、コーヒーは出ない。
夕食の後で、ブルーの両親が「どうぞ」と勧めてくれる時だけしか。
小さなブルーが「ぼくの分が無い…」と膨れているのが手に取るように分かる時しか。
ブルーは膨れていないけれども、顔は笑顔でいるのだけれども、心に溢れている不満。
「ぼくだけ仲間外れになった」と、「ハーレイだってコーヒーなのに」と。
両親とブルーだけの席であったら、きっと膨れはしないだろうに。
そういうものだと幼い頃から慣れているから、普通だろうに。
(俺がいるっていうだけでだ…)
ブルーの心は我儘になる。仲間外れは嫌だと膨れる。
自分がブルーの恋人だから。
その恋人と同じものがいいと、同じ飲み物を飲みたいのにとブルーの心が溜息をつく。
愛らしいけれど、ブルーの心が分かるから。
仲間外れの寂しさも不満も、自分にはちゃんと伝わるから。
(…絶品のコーヒーが苦くなるんだ)
美味しさが増す苦味とは違って、心に苦み。
小さなブルーを仲間外れにしてしまうという心の痛みと、チリッと走る苦み。
だから落ち着かない、ブルーの家で味わうコーヒー。
その辺りの店で出されるコーヒーなどより、ずっと美味しいコーヒーなのに。
ブルーの両親の客であったら、彼らがブルーの親と違って友人だったら…。
(もう絶対にコーヒー談義だ)
何処の豆かと訊くのに始まり、淹れ方のコツも訊くだろう。
自分も上手く淹れられるけれど、もっと他にも秘訣があるかもしれないから。
それをプラスしたら、家で淹れるコーヒーの味も格段に上がるかもしれないから。
けれども未だに訊けない秘訣と、一度も出来ないコーヒー談義。
小さなブルーが膨れているから、顔に出さなくても不満そうだから。
ブルーの家で飲むコーヒーにはつきものの苦み、ブルーの不満。
小さなブルーの膨れっ面。
膨れていなくても、心の中では「仲間外れだ」と不満たらたら。
(あれじゃコーヒーの美味さもなあ…)
落ちるってもんだ、と淹れたコーヒー、いつもの自分のやり方で。
ブルーの家で出される美味しいコーヒー、それの秘訣はまだ訊けないから。
ともあれ、愛用の大きなマグカップにたっぷり、熱いコーヒーを注ぎ入れて。
これが美味いと、今日も一日無事に終わったと椅子にゆったり背中を預ける。
(淹れる時から楽しいんだ…)
コーヒーってヤツは、と頬が緩んだ、ひと手間かけるのが嬉しいコーヒー。
時間があるなら豆から挽いて、出来上がるまでの時間も味わう。
絶妙な苦さを含んだ一滴、それをゆっくりと淹れる贅沢。
(…こいつはブルーの前ではなあ…)
膨れちまうから出来ないだろうな、と苦笑した。
小さなブルーはきっと怒り出す、「どうしてそんなに時間をかけるの!」と。
「ぼくが飲めないものを、時間をかけて淹れるなんて酷い!」と。
そんな暇があったら…、と怒りそうなブルー。
ぼくに構ってと、話をするのでも何でもいいから、と。
そういうコースで間違いないな、と思ったけれど。
小さなブルーがいないからこそ、コーヒーをゆっくり淹れて飲めるのだと思ったけれど。
(…待てよ?)
毎晩のように淹れるコーヒー、楽しみながら淹れるコーヒー。
前の自分にそんな余裕があっただろうか?
たとえブルーがコーヒーが苦手でなかったとしても、二人でコーヒーだったとしても。
(…やってやれないことはなかったが…)
前のブルーと過ごした青の間、それにキャプテンだった自分の部屋。
どちらでもコーヒーは淹れられたけれど、それを習慣に出来るほどには…。
(…余裕ってヤツが無かったかもしれん)
そういう習慣を持っていたとしても、無かったかもしれなかった明日。
今日はコーヒーを淹れられたとしても、明日の夜には…。
(俺もブルーも…)
死んでいたかもしれないのだった、人類軍からの攻撃を受けて。
白いシャングリラごと沈んでしまって、次の日の朝は永遠に来なくて、コーヒーだって。
(…淹れるどころか、飲めないんだ…)
死んでしまっては、味わえないから。
淹れることさえ出来ないから。
それが今では当たり前のようにコーヒーを淹れて、こうして飲んで。
ブルーの膨れっ面を思って、家で飲むのがいいと思って…。
(…当たり前の時間なんだと思っていたが…)
こうしてコーヒーを味わう時間も、淹れる時間も。
前の自分が持たなかった時間、訪れると分かっている明日がある日々。
それと気付いたこんな夜には、コーヒーをゆっくりと味わおう。
当たり前にあるコーヒータイム。
今ならではの贅沢なのだと、それが出来る世界に今の自分は生まれて来たと…。
当たり前の時間・了
※ハーレイ先生のコーヒータイム。愛用のマグカップで寛ぎのひと時ですが…。
それを毎日楽しめるという保証が無かったシャングリラ。今だから出来る贅沢なのですv
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