(本当に地球に来ちまったんだな…)
夢のようだが、とハーレイがギュッと抓ってみた頬。
夕食の後で、ダイニングで。
コーヒーを飲みながら広げた新聞、そこに見付けた「地球」という文字。
ごく当たり前に、一週間の天気の欄に。
色々な所へ旅行する人も少なくないから、様々な地域の週間予報。
晴れのマークやら、雨マークやら。
中には雪のマークまである、地球の半分は今の季節が逆だから。
他に「地球」は…、と目を向けてみれば、それは幾つもの「地球」の文字。
地球のあちこちから送られて来た愉快なニュースや、彩りも豊かな写真やら。
それより何より、新聞そのものが地球の新聞。
地球に住んでいる人が読者の中心、投稿欄を見たって分かる。
日々の出来事を綴ったものから、趣味の短歌の類まで。
投稿者が暮らす地域の地名は殆どが地球で、たまに他のが混ざる程度で。
つまりは全てが地球で構成された新聞、本日の地球のホットなニュース。
写真も、記事も。
読者があれこれ投稿している、読者中心のコーナーだって。
前世の記憶を取り戻してから、何度も「地球だ」と思ったけれど。
自分は地球にやって来たのだと、地球の住人だと思ったけれど。
その度に頬を抓りたくなる、今夜のように。
こんな奇跡があっていいのかと、本当に地球に来られるとは、と。
おまけにブルーもついて来た。
前の生から愛し続けた、一度は失くした愛おしい人。
ソルジャー・ブルーだったブルーも、この地球の上に生まれて来た。
前とそっくり同じ姿で、けれど少々、幼い姿で。
まだ十四歳にしかならないブルーと、三十代も後半の自分。
奇跡のようにまた巡り会えた、青い地球の上で。
前の生から二人でゆこうと夢を見続けた、水の星の上で。
当たり前のように其処にある地球、今の自分たちが生まれて来た地球。
何も知らずに生まれ変わって、今まで暮らしてきていた星。
前の生の記憶が戻るまで。
前の自分が誰であったか、それに気付いたあの日まで。
ブルーと出会って戻った記憶。
白いシャングリラで生きていた自分、キャプテン・ハーレイだった頃。
この地球は夢の星だった。
ブルーと行こうと夢を見ていた、いつかはきっと、と。
白い鯨で辿り着こうと、母なる地球をその目で見ようと。
なのにブルーは逝ってしまって、取り残されてしまった自分。
愛おしい人を追って逝くことも出来ず、シャングリラに独り残された自分。
仲間たちの姿が幾つあっても、自分は独りきりだった。
生きる意味さえ失くしてしまった、自分のためにと生き続ける意味は。
前のブルーが望んだからこそ、前の自分は生きていた。
ジョミーを支えて地球へ行かねばと、このシャングリラで辿り着かねばと。
そうして半ば屍のように、けれども船のキャプテンとしては懸命に。
ただひたすらに地球を目指した、其処がゴールになるのだろうと。
辿り着いたら役目は終わると、きっとブルーの許へゆけると。
それだけを心の支えにしていた、地球に着いたら終わるのだから、と。
少しばかり残務処理があっても、それが済んだらブルーの許へ、と。
(…土産話にしたかったんだが…)
地球を見られずに逝ってしまった、愛おしい人。
青い水の星に焦がれ続けたブルー。
先に逝ったブルーと再会したなら、土産話に青い地球。
自分は其処へ行って来たのだと、こんな星だったと、土産話にしたかった。
きっとブルーも魂となって、シャングリラを追っているだろうけれど。
青い地球にも一緒に着くだろうけれど、魂だけでは分からないものもあるだろうから。
地球の空気や、風の気配や、それが運んで来る匂いやら。
肉体が無くては分からないもの、感じ取れないだろうものたち。
そういったものを土産にと持って、ブルーに会いにゆく筈だった。
「地球は本当に青かったですよ」と、「これが地球に吹く風の香りですよ」と。
青い星で飲んだ水の味やら、其処で育った野菜の味やら。
そんなものまで持ってゆきたかった、味わえなかったブルーのために。
「地球の食べ物はこうでしたよ」と、「地球は素晴らしい星でしたよ」と。
それなのに夢は無残に砕けた、長く苦しかった旅の終わりに。
勝ち戦が続いていた時でさえも、ブルーを失くした悲しみしか無かった旅の終わりに。
ようやっと辿り着いた地球。
最後のワープで超えた空間、月の向こうに見えてくる筈だった青い星。
それをブルーに報告しようと、この感動の瞬間を一番最初にブルーの許へ、と見詰めた月。
もうすぐ向こうに地球が見えると、旅の終わりの水の星が、と。
(…だが、あの地球は土産どころか…)
笑い話にさえもなりはしなかった、赤かった地球。
あれが地球かと、そんなことがと、誰もが言葉を失った地球。
死の星が其処に転がっていた。
そう、文字通りに「転がっていた」としか言えなかった地球、骸と化した醜い星。
前の自分たちの死に物狂いの努力と戦いを嘲笑うように。
長かった旅路を、地球までの旅を嘲るように。
青い水の星は何処にも無かった、前のブルーに見せたかった星は。
前のブルーと夢見た星は。
土産話に持ってゆこうにも、どうしようもない赤い死の星。
こんな土産は持ってゆけはしない、地球に焦がれていたブルーには。
白いシャングリラを、自分たちの船を地球へと送り出すために、散ってしまったブルーには。
とてもブルーに話したくはない、教えたくもない赤かった地球。
生き物の影さえありはしなくて、青い海さえも無かった地球。
あの時の衝撃を忘れてはいない、こうして生まれ変わった今も。
死に絶えた地球に降りた時の痛み、「ブルーには言えない」と渦巻いていた胸の奥の痛みも。
けれども、今では地球は青くて、此処にあるのが当たり前の星。
自分の手の中に地球の新聞、青い地球の今を映した新聞。
読者が撮って送った写真や、記者たちが書いた様々な記事や。
天気予報までが地球で埋められ、晴れのマークに雨マーク。
曇りのマークも、雪のマークも、何もかもが賑やかに地球で埋め尽くされて。
(前の俺が見たら…)
きっと夢だと思うだろう。
そんなことなどありはしないと、地球は死の星だったのだから、と。
自分はこの目でそれを見たのだし、新聞などがあるわけもないと。
第一、誰がそれを読むのだと、ただの日報の間違いだろうと。
ユグドラシルにいたリボーンの者たち、彼らのための読み物だろうと。
ところが時代はすっかり変わって、シャングリラは時の彼方に消えて。
前の自分も地球の地の底で死んでしまって、それから長い時が流れていって。
地球は青い星になって宇宙に戻った、蘇った青い水の星。
自分もブルーも其処に生まれた、前と全く同じ姿で。
再び出会って恋をするために、今度こそ共に生きてゆくために。
前の自分たちの夢だった地球、共にゆこうと夢に見た地球。
其処へブルーと還って来た。
前の自分も一度は着いた地球だけれども、あんな赤い地球は…。
(地球は地球でも、あれじゃ話にならないってな)
先に逝ってしまった愛しい人への土産話にも出来はしない、と思った地球。
信じられない思いで見詰めた、赤い死の星。
それが今では青い星になって、こうして新聞までがある。
地球のニュースや写真を集めて編まれた、天気予報まで地球一色の新聞が。
当たり前になってしまった地球。
日常になってしまった地球。
(…なんとも不思議な話だよなあ…)
それに奇跡だ、と小さなブルーを思い浮かべる、恋人と二人で此処まで来たと。
夢だった地球に辿り着いたと、今度こそ二人で生きてゆこうと…。
夢だった地球・了
※ハーレイ先生も驚く、「地球が当たり前にある」という今の現実。それも青い地球が。
キャプテンだった時代に目にした赤い地球。見たからこそ分かる今の素晴らしさですv